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第2怪 降りた幽霊、上から来るか? 横から来るか? ―降霊術ゲームー

「こっくりさん、こっくりさん。お越しになりましたら鳥居の中にお入りください」

 私がまだ日本で暮らしていた頃のことだ。
 めったに家を出られない私にとって、幼馴染が遊びに来てくれるのはなによりの楽しみで。私が怖いものも好きだと知った幼馴染が、気合を入れて最初に教えてくれたのが【こっくりさん】だった。
 いまさらだけどさ、いくら怖いものが好きだからって5歳の女の子に「こっくりさんやろう」って普通言うか? イカれてるよね、幼馴染。

「うごいた⁈」

 当時の私は、自分が動かしてもいない十円玉が単語を紡ぐ光景を純粋に驚いていた。絶対幼馴染が動かしてたと思うんだよね。やりかねない人だし。

「あなたはこっくりさんですか?」

 最初にこの質問したのは幼馴染だ。当然、十円玉は「はい」の文字の方にゆっくり動いていった。そりゃあ、「はい」としか答えられないでしょ……。

亜朱アシュ、なにか聞いてみろよ。こっくりさんが答えてくれるぞ」

 幼馴染が笑って言う。純粋に楽しんでいるその笑顔に、私を騙しているような意地悪さはなかった……はず。じゃあ、やっぱり成功してたのかな。

「いいの?」
「順番に聞こうって言っただろ。だから、次はお前の番」
「じゃあ……。こっくりさん。こっくりさん」

――アシュは何歳まで生きられますか?



「……この場合、どうすればいいの?」

 グレンのその声に、一気に現代の竜動ロンドンへと意識を引き戻された。
 放課後の空き教室で、私とグレンとヤシャは、コイン――十ペンス硬貨にそれぞれの利き手の人差し指を乗せて、こっくりさんの応答を待っている。

「もう1回聞けばいいんだよな?」
「ん? うん。そうだよ」
「アシュ、ぼーっとしてた?」
「もしかして、お前に憑依しはいったパターン?」
「全然。ボーッとしてただけ」

 ナニかにログインされるのは二度とごめんだ。ロクなもんじゃない。
 あのときの私の質問に、こっくりさんがなんて答えたかは不思議と覚えていない。望む答えじゃなかったことはたしかだ。
 さて、昔話はこれぐらいにして。いまは目の前のこっくりさんだ。

 ――残念ながら動きなし。お越しになっていないようだ。

 私たちはもう一度声をそろえて呼びかけた。

「こっくりさん、こっくりさん。お越しになりましたら鳥居の中にお入りください」

 ……動きなし。竜動ロンドンだからってペンス硬貨にしたのがまずかったか?

「誰か動かせよ」
「それじゃ意味ないじゃん」
「動かしてほしいなら、力尽くで押さえるの止めてくんない?」

 ヤシャの力が強すぎて全然動かせないんだが。ひょっとして、こっくりさんもヤシャの力に負けてるんじゃない??
 ってことにしたかったんだが、生憎本当に誰も降霊てないんだよね……。

誘蛾灯あたしがいるのに、誰も来ないなんてことある?」
「お前が言うな」
「アシュってたまにぶっ飛ぶよな」
「グレンほどじゃねえけどな」
「え?」

 ゲーム感覚で降霊ることを期待するなってこと? はたまた、己の力を過信するなって戒めか。物語的には出オチなんですが。

「お前の触媒体質って不調とかあんの?」
「あたしの場合、逆に惹き寄せる力が悪化するんだわ」
「えー? 大変だな……」

 とりあえず、もう1回呼びかけてみることにした。

「こっくりさん、こっくりさん。お越しになりましたら鳥居の中にお入りくだ――」

  ガラッ

 緊急事態発生。ぴたりと締め切っていたはずのドアがいきなり開いた!

「ぉおっ⁈」

 この情けない声はグレンだ。1個のことに集中しちゃうと、他の方角から来るモノに全然気付けないからびっくりするみたい。

「……なにをしている?」

 ドアを開けたのは、銀髪の若い男――この学校の先生だった。
 
「そっちから来た……」
「ゼン・コックリー先生じゃん」
「全然上手くないよ、ヤシャ」

「手書きのボードゲームか?」

 ゼン・キンバリー先生が、さして表情も変えずにじっと私たちを見つめてくる。この人はヤシャ並みに表情の変化が乏しいから、なにを考えているのかが全然わからない。

「こっくりさんやってる」

 素直すぎるのもどうかと思うなぁグレンくん⁈ お世辞にも丁寧とは言えない解答だし。日本産|(こういう言い方が合ってるかどうかはさておいて)のこっくりさんを、竜動在住ロンドナーのキンバリー先生が知っているはずない……。

「さては、降霊術の一種か?」

 私たちを訝しむでもなく、キンバリー先生は律儀にドアを閉めて、授業の時と同じ足取りで入ってきた。え??

「先生、こっくりさん知ってんの?」
「いや。この面子だからなんとなくそう思っただけだ。ミスターが否定しないと言うことは、そうなのか」

 なんでこんなにあっさり溶け込んでるんだ、この人。しかも、このメンツなら降霊術やってても納得するって、私たちはどういう認識なんだ。

「俺が食いついたのがそんなにめずらしいか、ミス・ハイデルバッハ?」
「キンバリー先生はこういうものに興味がない人だと思ってたので」
「授業が始まるまでオカルト雑誌を読み耽る君ほどではないが、嫌いではないぞ」
「アシュ……。授業前になにしてんの」
「なに読んでんのかと思ってたぜ。納得」

 いやいやいやいや! いつもじゃないし!

「オカルトマニアだった兄の影響でつい反応してしまう、というのが正しいかもしれない」
「へえ、ゼン先生ってお兄さんいるんだ?」
「もう亡くなって久しいがな」

 普通なら言いづらい話題だと思うけど、世間話みたいにさらっと言うじゃん……。それはそれで反応に困るんだが。
 こんなふうに淡々と話す人だが、面倒見がいいというか? 生徒ひとりひとりに真摯に向き合ってくれるからか、キンバリー先生はこの学校で一番人気な教師だと思う。顔立ちの良さはあんまり関係ない……よね? 特に女子たち。
 ヤシャはともかく、グレンもめずらしく手放しでキンバリー先生を信頼しているし、かく言う私もそう。シャオ局長に一度もしたことがないのに、キンバリー先生には何度も進路相談を聞いてもらっているくらいには。

「先生。ちなみに、こっくりさんは成功するとキツネかイヌかタヌキの霊が来る」
「ほう? 興味深いな」

 あれれー? キンバリー先生、授業でも見たことない程の真剣な顔になったぞー??
 これは後から聞いた話だが、キンバリー先生はヤシャと同じかそれ以上に生き物が好きらしい。クールな見かけによらず、虫も植物も守備範囲でしかも詳しい。虫を操る先生の魔術式、持つべくして持ったものだったか……。
 そんなキンバリー先生とは反対に、グレンはキョトンとしている。

「タヌキってなに?」
「ドラちゃんがよく勘違いされてる動物」
「ドラちゃんって誰?」
「……ジブリのぽんぽこは見たことある?」
「なにそれ?」

 未来の猫型ロボットも狸合戦も知らないなら、もう「ググれ」としか言えないよ……。

「やっぱりグレンは知らねえか。タヌキってヨーロッパにはいねえからな」
「そうなの⁈」

 キンバリー先生はタヌキに唆られたのか。グレンがキョトンとしたのも納得。

「それで、成功したのか?」
「ううん。失敗。何度呼びかけてもコインが動かないから」
「そうか……。馴染みのない土地だから迷っているのかもしれないな」

 キンバリー先生、タヌキの霊大前提で言ってません? 私的にはイヌのほうが嬉しいんですけど。
 って、そんなことどうでもいい。グレンの言う通り、こっくりさんは失敗……ってことでいいか。

「紙とコインをいじったせいだろ。タヌキが英語読める訳ねーじゃん」
竜動ロンドンだから英語と硬貨ペンスにしろって言ったのヤシャだが⁈」

 言い出しっぺは全然反省していない。もういいや。興醒めだ。

「次に行こう、次!」
「降霊術って1日に何回もやっていいものなの?」
「ダメってルールはないよ。だからやる」
「いつになく意固地だな。どうせいつかはやると思ってたけど」
「一言多いんだよヤシャは」

 ちらっとキンバリー先生を見たが、止める気配がない。生徒の自主性を重視する先生とはいえ、降霊術は止めに入ってもよさそうなのにね。だめと言われてもやるけど。

「俺は止めるつもりで教室に来たわけではないぞ?」
「じゃあ、なんで入ってきたんですか?」
「純粋な興味……と言っても、ミス・ハイデルバッハは信じてくれそうにないな。これならどうだ?」

 キンバリー先生が、ジャケットの内ポケットからなにかを取り出す。机に置いた小さな赤い箱には白い字で“ペルメル”とある――タバコ⁈
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