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第1怪 挨拶代わりのプロローグ ―幽霊屋敷探索―

「アシュ?」
「お前、いまなんて言った?」

 グレンとヤシャには聞こえてないらしい。ついでに、床を転がってる幽霊嬢にも。

――ダシテ! ココカラダシテ!

 でも、この声の主が「屋敷がヤバい」って言われてる元凶だ。私の直感がそう告げている。配信者を呪い殺しておいて「それがどうしたの」って顔をしているお嬢なんか、足元にも及ばないぐらい。幽霊は幽霊でも、いわゆる“怨霊”だ。そりゃあヤバい訳だよ……。

「シャオ、エムリス。そっちにはなにか聞こえてない?」
「ノイズが入ったヨ。明らかにナニかいるんだろ?」
「さては、現在進行形でなんか受信してるな⁈」

 楽しそうだな〜シャオ。腹立つぐらいに声が弾んでる。こっちは全然楽しめないっての。下手したら私たち3人とも危ないからね? 
 でも、グレンとヤシャは首を傾げているし、お嬢に至っては「頭大丈夫?」と馬鹿にするような目で見てくる。このクソガキめ、この怨霊は絶対あんたのせいだろ。

「アシュはなんて聞こえたんだい?」
「『ここから出して』って、そこから」

 エムリスに促されて私が指差したのは、グレンの右隣の壁の奥。……いまさらだけどさ、『黒猫』みたいな結末じゃないよね?
 私が壁の奥を指差した途端、お嬢が一瞬で表情を変えた。その瞬間を私はばっちり見ていた。

「な、なにを……」
「あれ? ここだけ壁紙が違う」
「ゲームだとそういうとこに隠し部屋があるんだよな」

 “隠し部屋”というヤシャの言葉が決定打だったらしい。床に転がったままのお嬢が突然叫び出す。

「ふざけないでっ! あんたたち殺すわよ⁉︎」
「んお、やるか?」

 ヤシャが煽ってるってことは、このお嬢には余裕で勝てると確信してるんだね。実際、贔屓目に見なくてもヤシャなら楽勝だろう。

「この奥にいるの、君の弟?」

 私がそれを訊いた途端、お嬢の顔がさらに青褪めた。
 
「わっ、わたしは悪くないもん! パパとママが悪いのよ……ッ!」
「そう言ってるけど、負い目があるからビビってんでしょ? 『姉さん』」

 壁の向こうにいる怨霊おとうとは「ここから出して」と「姉さん」以外の単語を言わないから、詳細はわからない。
 お嬢も詳しいことは語らないだろうが、あんまりいい話じゃなさそうだな。弟を壁の奥に閉じ込めるきっかけ――。お嬢が思いっきり関わっていそうなのは確かだが。

「壁の奥の子、出していいだろ?」
「うん。よろしく」
「わたしは悪くない! 悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない――」

 壊れたラジオのように同じ単語を繰り返すだけになった幽霊と、私にしか聞こえない声が重なる不協和音に頭痛すら覚えた。

「アシュ? いったん部屋出る?」
「ううん。大丈夫……」

 グレンは優しいね、心配してくれるなんて。つい強がったけど、壁がどんどん壊れていくにつれて頭痛がひどくなってきた。
 感動の再会なんて期待できないな。肌を刺すように感じる冷気は、殺意って奴? この部屋いっぱいを満たす、純粋な殺意……。正直怖い。
 頭痛がひどくて動けない私を気遣って、グレンは寄り添う様に立ってくれていた。それも気にせず、ヤシャは簡単に例の壁を壊していく。どうやら壁は相当薄いらしい。「そこまで手応えがなかった」って後にヤシャから聞いた。

「ビンゴだ」

 壊れた壁の向こうには、ドアノブが外されて、内からも外からも絶対開けられないように板まで打ち付けたドアがあった……。

我発見せりユーレカ⁈」

 シャオひとりだけ、笑っている。いや、もうひとり笑ってるな。壁の向こうにいる子、「出られる」と確信したようだ。
 一方、お嬢は震える声でずっと喚きながら蹲っていた。ヤシャの【邪眼】が解けたことすら気づかずに、壁の奥に閉じ込めた弟に怯えている……。

「私、またアイツに殺されるの⁈ いなくなったんじゃないの⁈ なんでいまになって出てくるのよぉ……!」
「どうやって開けるの、これ?」
「破るか。ワンパンでいけっかな」

 お嬢の喚き声、誰も聞いちゃいないな。
 どうしようかと相談し合うグレンとヤシャを嘲笑うように、突然板がゴトリと外れた。そして、内側からゆっくりとドアが開く――

 ギギィ……

「ひっ、」

 ドアの向こうには、お嬢よりも幼い男の子の形をしたモノが立っていた。
 目があるはずの場所は、黒黒と塗り潰されたふたつの空洞しかなくて。にぃっと口角を吊り上げた口から、先端がふたつに割れた蛇のような舌と、どんより澱んだ暗闇が覗いている……。


「でられた!」


 だが、その声は、恐ろしい風貌とは裏腹にずいぶんあどけないものだった。

「きゃああぁぁぁあああ⁉︎」

 お嬢が男の子のほうに引き寄せられていく。なにかを叫んでいるが、言葉になっていない。「助けて」だけは聞き取れた気がする……。
 でも、誰も助けようとしなかった。別に見捨てた訳じゃない。本当に一瞬だったから、“動けなかった”という方が正しい。

  バタンッ

 男の子とお嬢が隠し部屋の暗闇に吸い込まれるや否や、ドアが乱暴に閉じた。

「ここにいたのか、君たち」
「あ、」

 まるで狙ったかのようなタイミングで、一緒に探索するはずだったセト先生がやって来た。

「うおっ⁉︎」
 
 閉じられたドアの向こうが急にけたたましくなる。ナニカが暴れてぶつかり合う音と、悲鳴? うん、考えたくないな!

「なにが起こっているんだい?」
「きょうだい喧嘩……ですかね」
「よぉ、セト。ゆっくりしたご到着で」
「その声、シャオ? どこから電話してるんだい? やけに賑やかだね」
「賑やか? 私以外誰もいないぞ」
「「「は?」」」
「セトクン、ちょっといいかな」
「なんでしょうか、エムリスさん」

 シャオの状況も気になるが、それよりも大事な問題がすぐそこにある。物音もさっきより大人しくなった――あ、まだだ。

「この家に住んでいた家族について、管理人からは聞けたかい?」
「公の記録では、某伯爵家の三男坊と妻、娘の3人なんですが、息子がいるっていう噂もあったようです。肖像画にもいないのにどこからそんな噂が出てきたのか、って言ってましたよ」

 私とグレンとヤシャで仲良く顔を見合わせた。あの肖像画の不自然な余白、あの弟の姿を塗り潰したせいなのか……。

「そういえば、ここの家族がカルトにハマってたって噂も見たんですけど……」
「よく知ってるね、アシュ。その噂は本当だよ。一晩で一家全員が不審死したのは、全て詳細不明のカルトの仕業じゃないかって当時の新聞でも推測されていたようだね」

 ここに来るまでの間、セト先生は綿密に調べてくれたらしい。

「この屋敷の怪奇現象、住んでた家族が幽霊として彷徨ってるせいだと考えてたんだけど、実際はどうだった?」
「ほとんどは娘の仕業。父親も母親は幽霊になってねえみたいだぜ。で、ごく一部は隠し部屋にいた“息子”が起こしてた」
「息子がいたのは事実だったのか。闇が深いね……」
「貴族ってだいたいそんなものじゃないですか?」

 と、私は呟いた。どこの国でも、お家の名誉とかが絡み始めるとロクなことがないね――。

「……整理できない」
「どうした、グレン」
「あの女の子さ、また・・また殺されるって言ってたじゃん? 生前もあの弟に殺されたってことだよね?」

 なんだ、グレンはちゃんと聞いてたのか。ヤシャは「そんなこと言ってたっけ?」って顔してるけど。

「壁の奥の子、どうやって自分の家族を殺したんだろう?」
「呪い殺したんだと思うよ? だからこそ、『不審死』で片付けるしかなかったんだろうし」

 セト先生も断言したが、意外にも「どんな風に死んでいたか」は管理人にも伝わっていなかった。噂にも残っていない。書き残せない程ひどかったんだろう、と私とセト先生は解釈していた。『不審死』って言葉で都合よく片付けたんだろうなって。

「変じゃない? 閉じ込められた部屋から家族を呪い殺せたなら、なんで現在いまは外に出てから姉に手を出したんだろう?」

 探偵局の局長と副局長の反応を知りたかったが、ふたりとも無言。セト先生もなにも言わない。私とヤシャすらなにも言わないのに、グレンは構わず続ける。

「その事件当時の状況がわかんないから、あの男の子の力が弱くなったのかどうかも比較しようがないけど。もしかして、昔も、弟は部屋の外で直接・・家族を殺したんじゃないかと思って」

 怖い怖い怖い怖い! 澄んだ瞳で物騒なこと言わないで! グレンがいま一番怖いよ⁈

「でも、そうなるとまた変じゃん。怨霊レベルのあの子を、当時の人たちは誰も認識なかったのかな? あれぐらい力がダダ漏れだったらさすがに気付きそうだけど」
「――怨霊が関与した可能性がある場合、まず魔導省が動くんだけどね? 残念ながら、この家に関わった記録は残ってなかったよ。祓除に失敗した時も記録はちゃんと残るはずなんだけどね。被害の詳細を書かないといけないから」

 そこが気になったから、セト先生も独自に記録を調べたらしい。だが、なにもなかった。
 つまり、一家が亡くなった当時、あの怨霊の存在に誰も気づかなかったってこと……?

「あれ? 祓えないって判断して、魔導省が壁の奥に封印したのかと思ってた」
「魔導省は全く関与してないみたいだよ。まあ……意図的に記録を消された可能性もなくはないけど」
「……誰かがあの子に一家を殺させて、証拠隠滅でまた壁の奥に戻した?」
「おい待て。アイツ、2回閉じ込められたってことかよ?」
「政府があのヤバい存在を認知してないってことは、そういうことなんじゃない?」
「結局、真実はよくわかんないけど人間の闇が深すぎない……?」

 やっぱり、生きている人間が一番怖いかもしれない。
 でも、この仮説だったらいまの一連の流れも説明できるんだよね。――私たちに封印を解いてもらうために、屋敷の奥に誘導したんだって。幽霊としてこの世に留まる姉を、完璧に殺すために……。

「考察の域を出ないし、この話はもう止めようか……」

 大人のセト先生ですら、適切な表情を作りかねている。シャオとエムリスが無言なのは、“触らぬ神に祟りなし”ってこと?

「じゃあ、別の話にするか。セト、お前、どこまでカギを取りに行ってたんだよ? 遅すぎだろ」

 シャオめ、やっと口を開いたと思ったら、そこを蒸し返すか。もういいじゃん。入れたし、合流できたんだし。

「言わなきゃだめかい? 職場に置いてあったよ。ごめんね、3人とも」
「ひえっ」

 おっちょこちょい! ハンサム紳士のギャップ可愛い!

「誰だ。いまの情けない悲鳴あげたの」
「あ、」

 けたたましい音がぴたりと止んで、秘密のドアがゆっくりと開いた。「どうぞ」とでも言いたげに。

「次は俺たちの番ってか?」
「いや……」

 殺意がすっかり消えている。もういないんじゃないか?

「お邪魔しまーす」
「おいアシュ⁈ 不用心だな⁈」

 電話越しにシャオが止めようとしたのを振り切って、私は隠し部屋に足を踏み入れた。うん、やっぱりなんともない。
 というかこの部屋、暗すぎない? 照明どころか窓さえないじゃん。しかも狭いし。4人入っただけでだいぶ窮屈だぞ……。

「うわ……」

 ヤシャのライトが照らした壁には、「ここから出して」という赤い文字がびっしり書かれていた。

「アシュ、足元気をつけて」
「え?」
「骨がある」
「ほあぁ⁈」

 グレン、よく見えたな⁈ すかさずセト先生のペンライトが照らしたのは、うつ伏せになった小さな白骨体だった。あの男の子か?

「こっちにも書いてあるね」

 白骨死体の右手が指差した床に、壁と同じ赤い文字があった。“出してくれてありがとう”って……。

「これはあたしたち宛て?」
「お礼残すなんて律儀だな」
「お、おう……」
「結果的に怨霊まで祓っちゃったみたいだネ。お疲れ様、ティーンズ」

 ようやくエムリスが口を開いた。ふう……。戦闘があった訳でもないのに、疲れたな……。
 この屋敷はもう心霊スポットじゃなくなった。元凶となる幽霊が、もう誰もいないから。これからどうなるんだろう?

「ところで、シャオはいつ戻ってくるんだい?」

 唐突に告げられたエムリスのそれに、私は耳を疑った。

「シャオ、まだ探偵局に帰ってないの? 」
「うん。まだ帰れないな」
「もう電車降りたのか? すげぇ賑やかじゃん」
「賑やか? なに言ってんだ、ヤシャ。こっちは人っ子ひとりいない無人駅だぞ」
「あれ? セト先生、竜動ロンドンに無人駅なんてあるの?」
「無いね。ありえない」
「……シャオ、まさか異界駅にいるとかじゃないよね」
「悪いな、電波が悪くて聞こえなかった! なんだって?」

 嘘だ。しらばっくれやがったなこいつ。
 昨日のシャオがずっと駅や電車にまつわる怪談を読み耽ってたのは、異界駅に行くフラグだったわけだな⁉︎

「お、なんか線路のほうからパレードが近づいてるみたいだぞ。今度は私が実況してやろう!」
「あんたとアシュしか得しねえだろ。さっさと帰ってこい」
「絶対行っちゃいけないヤツだよ、それ……」
「ちょっとヤシャ! シャオと一緒にしないでくれる⁈」
「アシュも現場にいたらやりかねませんよね?」
「うん。むしろ考察し始めると思うヨ」

 このロクデナシ局長め。絶対助けになんか行かないからな⁈
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