第5怪 アンブローズ探偵局の悪夢 ―リンフォンー
「ちょっと!」
「んぁ……」
隣の席から伸びたペンに小突かれ、さらには小声で嗜められた。それもそうだ、授業中だもん。それなのに私、完全に寝てたな……⁉︎
「――窮屈な体勢で寝ている時に突然身体が動くのは、ジャーキング現象という。誰にでも起こりうる生理現象だ、笑うのは控えるように」
起きた瞬間にキンバリー先生とばっちり目が合った。かなり恥ずかしい。絶対に私に対して言ってるじゃん!
「主な原因はストレスや疲労だが、てんかんなどの病気の可能性もある。現象が続くようであれば受診をおすすめする。なによりも、自分を労ってくれ」
ありがたくもキンバリー先生からご配慮いただいたが、病気の線はないと思う。だって、思い当たる節がある。答えは、連日眠れていないからだ。
結局、先生から名指しで注意されないまま授業は再開した。幸いにも眠気が覚めたので、また舟を漕ぐことはなかったが――
「最近、欠伸も居眠りも多いわよ。どうしたの?」
キンバリー先生が逃してくれても、お節介焼きな親友は見逃してくれないんだよなあ! ペンで突いて起こしてきたジンは、怒りとか呆れじゃなくて純粋に私を心配してくれるらしい。
「睡眠時間を削るほどの沼があったのか?」
一方で弟のヤシャなんて、私の寝不足の原因をなにかにハマったからだと決めつけている。少しはジンを見習ってくれないかな。
「別に沼は見つけてないよ。単純に、眠れなくて……」
ここ1週間、私はずっと寝不足が続いている。おかげさまで学校生活にも支障が出ており、授業中の欠伸どころか居眠りはするわ、ノートはミミズ文字が這っているわで全然いいことがない。
「ジン、一生のお願い。今日のノート見せて」
「そんなのを一生のお願いにしないで。ノートぐらいケチらないわよ。代わりに教えなさい。なにがあったの?」
「気持ち悪い夢を見るんだよ。しかも毎回同じ展開、同じ場所。さっきも見ちゃってさ、」
「ジャーキング現象は夢の中で飛び降りた時も起こるらしいけど、そんな激しい夢なのか?」
キンバリー先生もヤシャも結構人体に詳しいな? 生き物好きとして人間のことも熟知している感じですか? シロクマを観るためだけに、プライベートにふたりきりでスコットランドへ行くだけあるね。意気投合してるというかなんというか……。
「気持ち悪い夢って、いわゆるスプラッタ系?」
いやそうな口調だが、ジンは訊ねてくれた。そういえば、ジンはグロ系が地雷だったね。
「そういうのではないんだけど、いっそフレディが出てくるほうがマシかもしれない」
「マーキュリーとクルーガーのどっちだ」
「まさかのフレディ・マーキュリーときたか」
「前者はかわいそうだから止めてちょうだい」
私に出会ったらかわいそうってなんだよ。こちとら一度でいいから遭ってみたいなって思ってるんだぞ。ドミニオン劇場に出るって噂があるから! 絶対にフレディ・クルーガーに出会すほうがかわいそうでしょ。逃げ切る自信しかないけど。
「気持ち悪い夢って、悪夢に入るのかな?」
「俺は夢見が悪かったら全部悪夢にカウントするけど。別に聞いてやってもいいぞ」
「そうね。話したほうが現実にならないって話もあるみたいだし」
なんだかんだで優しい弟と親友に甘えて、私は最近見続ける夢――火の中を走って、叫び声で目を覚ます夢のことを話した。
「ずっと同じ夢を見ること自体が気持ち悪いわね……」
「実際に見ないことには、アシュの感じてる気持ち悪さはわかんねえだろうな」
「余計いやなのがさ、火の中にいる感じがやたらリアルなんだよ」
むしろ夢とは思えないぐらい、熱さと息苦しさが生々しい。走ってるはずなのにのろのろしたスピードなのが相まって、やけに不安を煽られるっていうか――。
「最後の『連れてって』はアシュに言っているの?」
「……わかんない」
あまりにも悲痛で、怖い。この夢のなにが一番いやかって、間違いなくあの声だ。あれを聞きたくないから、夢をみたくないから、眠りたくないと思っている。
「昨日あたりから気づいたんだけど、あたしの目の前に何人かいてさ。その人たちに手を伸ばして、あの声が聞こえて――ってところでいつも目が覚めるんだ。続きは劇場版でってか?」
「夢の劇場版ってなんだよ。走馬灯か?」
「冗談じゃない!」
「……実際に手が届いたら、どうなるのかしら」
「それが気になっちゃって眠れないんだよね。考えるほど頭が冴えちゃって」
「夢が怖くて眠れないんじゃないの? 心配して損したわ」
そんなはっきり言わなくてもよくない? ジンひどくない? 悩みっていえば悩みだぞ?
「夢の内容が更新される感じもないんだよね。さっきの居眠りで、目の前にいるのが4人だってことがわかったぐらいで」
「徐々に把握してんのはさすがだな。だからどうするって話だけど」
「――前に読んだ本に、夢は潜在意識の反映、記憶の整理をしている時に見るものだって書いてあったわ」
ジンが徐ろに本の引用をしてきた。その理論で言うと、私は火の中にいたことがあるってことで。火の中を現実に置き換えると……火事??
「前世の記憶って可能性もありえるそうよ。たまに聞くわね。前世の記憶を持っている子どもの話とか」
「前の人生の記憶を持ったまま時間逆行するか転生するか、定番だよな」
「なんの話?」
頭がズキズキと痛む。どうやら、火事は私にとってNGワードらしい。竜動に移住する前の記憶がほとんど曖昧なのも絶対関わってるよね……。メタいヤシャのおかげで踏み込む余裕も展開もなさそうだが。
「記憶の整理ってことは、いままで見た映画とかアニメの反映もありえそうだな」
「かも。たまに二次元キャラが出てくることもあるし」
「あなたたちの場合、反映されそうなネタの引き出しが多そうね」
実は、私もその線を疑っている。悪夢には元ネタがあるんじゃないかな、って。しかし、それはそれで思い当たる節がないから、いままでに観てきた夢にまつわる作品を思い出せる限りまとめて――
「見返したり、ネトサで考察を見つけて読み耽るうちに睡眠時間がゴリゴリ削れちゃったんだだよね」
「自業自得じゃねーかよ」
「心配に費やした時間を返してくれる?」
はい、すみませんでした。
寝不足に関しては自業自得なところもあるんだが、肝心の問題はなにひとつ解決できていない。――どうして、同じ夢あるいは記憶の反芻を毎日繰り返しているのか。
「あたしが話したのがきっかけで、ジンとヤシャも同じ夢を見たら面白いんだけど」
「どこのカシマレイコだよ」
「本当にそうなったら一生恨むわよ!」
†
夢の内容を話してすっきり――とは行かず、結局その日も映画を観ることにした。
「フレディってシリーズ化してたんだね。ハリポタぐらいあるし」
「シリーズとは別で、あのジェイソンとバトる話もあるぞ」
ポップコーンを片手に、シャオは子どもみたいにわくわくしながらブルーレイの再生開始を待っている。この人は、依頼がない限り日中でも眠る時間を作れるから付き合ってくれるんだろう。明日は学校が休みだから、私も時間を気にせず楽しむけれど。
「エムリスは降りて来ないのかな」
「だろうな。あのパズルに熱中してるし」
シャオが骨董市で買って来たパズルは、よっぽど面白いらしい。エムリスがクリアしたら貸してもらおうかな。またしても寝不足になったりして。
「で、なにがいやなんだ?」
「なにがって、なに?」
「連日夜更けに映画を観てんのは、寝たくないからだろ」
シャオに図星を突かれた。着物の帯留めといい、結構人のことを見ているなぁ……。ほんのちょっとの観察だけで細部に気づけるからこそ、審査官が務まっていたのかもしれない。まるでホームズみたいな名探偵じゃないか。
「……毎日、ずっと同じ内容で、超不気味な夢を見れば眠りたくもなくなるよ」
「ふーん。フレディに遭ったらちゃんと連れて来いよ。サインもらった後で燃やしてやっから」
「サインもらうけど倒すのかよ」
「あの殺され方は誰だっていやだろ。あ、ほら、始まったぞ」
気づいてるくせに相談は乗ってくれないのかよ。このロクデナシめ!
「んぁ……」
隣の席から伸びたペンに小突かれ、さらには小声で嗜められた。それもそうだ、授業中だもん。それなのに私、完全に寝てたな……⁉︎
「――窮屈な体勢で寝ている時に突然身体が動くのは、ジャーキング現象という。誰にでも起こりうる生理現象だ、笑うのは控えるように」
起きた瞬間にキンバリー先生とばっちり目が合った。かなり恥ずかしい。絶対に私に対して言ってるじゃん!
「主な原因はストレスや疲労だが、てんかんなどの病気の可能性もある。現象が続くようであれば受診をおすすめする。なによりも、自分を労ってくれ」
ありがたくもキンバリー先生からご配慮いただいたが、病気の線はないと思う。だって、思い当たる節がある。答えは、連日眠れていないからだ。
結局、先生から名指しで注意されないまま授業は再開した。幸いにも眠気が覚めたので、また舟を漕ぐことはなかったが――
「最近、欠伸も居眠りも多いわよ。どうしたの?」
キンバリー先生が逃してくれても、お節介焼きな親友は見逃してくれないんだよなあ! ペンで突いて起こしてきたジンは、怒りとか呆れじゃなくて純粋に私を心配してくれるらしい。
「睡眠時間を削るほどの沼があったのか?」
一方で弟のヤシャなんて、私の寝不足の原因をなにかにハマったからだと決めつけている。少しはジンを見習ってくれないかな。
「別に沼は見つけてないよ。単純に、眠れなくて……」
ここ1週間、私はずっと寝不足が続いている。おかげさまで学校生活にも支障が出ており、授業中の欠伸どころか居眠りはするわ、ノートはミミズ文字が這っているわで全然いいことがない。
「ジン、一生のお願い。今日のノート見せて」
「そんなのを一生のお願いにしないで。ノートぐらいケチらないわよ。代わりに教えなさい。なにがあったの?」
「気持ち悪い夢を見るんだよ。しかも毎回同じ展開、同じ場所。さっきも見ちゃってさ、」
「ジャーキング現象は夢の中で飛び降りた時も起こるらしいけど、そんな激しい夢なのか?」
キンバリー先生もヤシャも結構人体に詳しいな? 生き物好きとして人間のことも熟知している感じですか? シロクマを観るためだけに、プライベートにふたりきりでスコットランドへ行くだけあるね。意気投合してるというかなんというか……。
「気持ち悪い夢って、いわゆるスプラッタ系?」
いやそうな口調だが、ジンは訊ねてくれた。そういえば、ジンはグロ系が地雷だったね。
「そういうのではないんだけど、いっそフレディが出てくるほうがマシかもしれない」
「マーキュリーとクルーガーのどっちだ」
「まさかのフレディ・マーキュリーときたか」
「前者はかわいそうだから止めてちょうだい」
私に出会ったらかわいそうってなんだよ。こちとら一度でいいから遭ってみたいなって思ってるんだぞ。ドミニオン劇場に出るって噂があるから! 絶対にフレディ・クルーガーに出会すほうがかわいそうでしょ。逃げ切る自信しかないけど。
「気持ち悪い夢って、悪夢に入るのかな?」
「俺は夢見が悪かったら全部悪夢にカウントするけど。別に聞いてやってもいいぞ」
「そうね。話したほうが現実にならないって話もあるみたいだし」
なんだかんだで優しい弟と親友に甘えて、私は最近見続ける夢――火の中を走って、叫び声で目を覚ます夢のことを話した。
「ずっと同じ夢を見ること自体が気持ち悪いわね……」
「実際に見ないことには、アシュの感じてる気持ち悪さはわかんねえだろうな」
「余計いやなのがさ、火の中にいる感じがやたらリアルなんだよ」
むしろ夢とは思えないぐらい、熱さと息苦しさが生々しい。走ってるはずなのにのろのろしたスピードなのが相まって、やけに不安を煽られるっていうか――。
「最後の『連れてって』はアシュに言っているの?」
「……わかんない」
あまりにも悲痛で、怖い。この夢のなにが一番いやかって、間違いなくあの声だ。あれを聞きたくないから、夢をみたくないから、眠りたくないと思っている。
「昨日あたりから気づいたんだけど、あたしの目の前に何人かいてさ。その人たちに手を伸ばして、あの声が聞こえて――ってところでいつも目が覚めるんだ。続きは劇場版でってか?」
「夢の劇場版ってなんだよ。走馬灯か?」
「冗談じゃない!」
「……実際に手が届いたら、どうなるのかしら」
「それが気になっちゃって眠れないんだよね。考えるほど頭が冴えちゃって」
「夢が怖くて眠れないんじゃないの? 心配して損したわ」
そんなはっきり言わなくてもよくない? ジンひどくない? 悩みっていえば悩みだぞ?
「夢の内容が更新される感じもないんだよね。さっきの居眠りで、目の前にいるのが4人だってことがわかったぐらいで」
「徐々に把握してんのはさすがだな。だからどうするって話だけど」
「――前に読んだ本に、夢は潜在意識の反映、記憶の整理をしている時に見るものだって書いてあったわ」
ジンが徐ろに本の引用をしてきた。その理論で言うと、私は火の中にいたことがあるってことで。火の中を現実に置き換えると……火事??
「前世の記憶って可能性もありえるそうよ。たまに聞くわね。前世の記憶を持っている子どもの話とか」
「前の人生の記憶を持ったまま時間逆行するか転生するか、定番だよな」
「なんの話?」
頭がズキズキと痛む。どうやら、火事は私にとってNGワードらしい。竜動に移住する前の記憶がほとんど曖昧なのも絶対関わってるよね……。メタいヤシャのおかげで踏み込む余裕も展開もなさそうだが。
「記憶の整理ってことは、いままで見た映画とかアニメの反映もありえそうだな」
「かも。たまに二次元キャラが出てくることもあるし」
「あなたたちの場合、反映されそうなネタの引き出しが多そうね」
実は、私もその線を疑っている。悪夢には元ネタがあるんじゃないかな、って。しかし、それはそれで思い当たる節がないから、いままでに観てきた夢にまつわる作品を思い出せる限りまとめて――
「見返したり、ネトサで考察を見つけて読み耽るうちに睡眠時間がゴリゴリ削れちゃったんだだよね」
「自業自得じゃねーかよ」
「心配に費やした時間を返してくれる?」
はい、すみませんでした。
寝不足に関しては自業自得なところもあるんだが、肝心の問題はなにひとつ解決できていない。――どうして、同じ夢あるいは記憶の反芻を毎日繰り返しているのか。
「あたしが話したのがきっかけで、ジンとヤシャも同じ夢を見たら面白いんだけど」
「どこのカシマレイコだよ」
「本当にそうなったら一生恨むわよ!」
†
夢の内容を話してすっきり――とは行かず、結局その日も映画を観ることにした。
「フレディってシリーズ化してたんだね。ハリポタぐらいあるし」
「シリーズとは別で、あのジェイソンとバトる話もあるぞ」
ポップコーンを片手に、シャオは子どもみたいにわくわくしながらブルーレイの再生開始を待っている。この人は、依頼がない限り日中でも眠る時間を作れるから付き合ってくれるんだろう。明日は学校が休みだから、私も時間を気にせず楽しむけれど。
「エムリスは降りて来ないのかな」
「だろうな。あのパズルに熱中してるし」
シャオが骨董市で買って来たパズルは、よっぽど面白いらしい。エムリスがクリアしたら貸してもらおうかな。またしても寝不足になったりして。
「で、なにがいやなんだ?」
「なにがって、なに?」
「連日夜更けに映画を観てんのは、寝たくないからだろ」
シャオに図星を突かれた。着物の帯留めといい、結構人のことを見ているなぁ……。ほんのちょっとの観察だけで細部に気づけるからこそ、審査官が務まっていたのかもしれない。まるでホームズみたいな名探偵じゃないか。
「……毎日、ずっと同じ内容で、超不気味な夢を見れば眠りたくもなくなるよ」
「ふーん。フレディに遭ったらちゃんと連れて来いよ。サインもらった後で燃やしてやっから」
「サインもらうけど倒すのかよ」
「あの殺され方は誰だっていやだろ。あ、ほら、始まったぞ」
気づいてるくせに相談は乗ってくれないのかよ。このロクデナシめ!