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第5怪 アンブローズ探偵局の悪夢 ―リンフォンー

「これがラーメン……」
「餃子も来たな」
「ギョーザ!」
「高菜炒飯ふたりぶん? 誰と誰だ」
「ヒノリちゃんとあたし」
「これがチャーハン⁉︎」
「落ち着け、キャロル。リスより喧しいぞ」

 ヒノリが忙しなく反応するグレンに呆れているが、いまの彼は異文化交流はじめましてのオンパレードだからね。落ち着けって言っても無駄だよ、無駄無駄。
 私たちの現在地は、竜動ロンドンのソーホーにあるチャイナタウンだ。規模的には欧州最大と言われている。ここは、華僑だけじゃなく竜動に移住してきたアジア系の妖精ようかいたちの拠点にもなっている。あくまでも【あいだ】におけるチャイナタウンの話だけどね。今日は、妖精たちのボスから依頼があったので4人で来ている。ハロウィンが終わっても居残るキョンシーを追い祓う仕事はもはや毎年恒例であり、私たちにとってはお小遣い稼ぎだ。それが終わったら打ち上げよろしくおいしいものを食べるのも恒例になっている。「竜動でうまいものが食べたかったらチャイナタウンに行け!」という格言があったりするから、味はお墨付きだよ。竜動のご飯が不安な方はぜひ!

死体キョンシーを散々見た後に爆食キメるのって大概だよな」

 ヤシャに至っては、ラーメンとチャーハンどっちも大盛りだ。かく言う私を含めて、全員がラーメンにチャーハンセットを注文した上に、餃子もひとり3個の計算で食べるつもりだからね。食欲ゼンカイ、オールオッケー!

「あいつら俊敏だから、やった分だけ腹が減るんだよな。グロよりも食い気が勝る」
「ゾンビより綺麗だって言うからまだマシじゃない? 本物見たことないけど」

 順にヒノリ、グレンだ。私としても、ホラーという名のスプラッタ映画を観ながらご飯を食べるのと同じ感覚だと思っている。

「飯時に観てんのかよ。さすが親子」
「シャオの子どもはいや!」
「なにをいまさら」
「なんだかんだで仲いいよね、アシュとシャオって」

 みんなひどい。探偵局にはエムリスもいるんだから、私とシャオだけがヘンだなんて思わないでいただきたい。エムリスだって涼しい顔で食べながら観てるからね!

「アシュとシャオが親子なら、エムリスはなに?」
「おじいちゃんだろ」

 ヤシャは言い得ている。私的にはお兄ちゃんがしっくり来るんだが、言動的におじいちゃんのほうが違和感ないや。見た目は若いのに……。

「ラーメンといえば、猫とか死人で出汁を取ってる店の都市伝説があるよな」
「ヤシャァァァ!」
「別にいいだろ。実物食ってるわけじゃねえんだし」

 いまのヒノリのほうがキョンシーよりも数倍恐かった。なんやかんやでヤシャだって私の弟だもん、この手の話題を選ばないわけがないんだ。

「ラーメンを食ってる時に変なラーメンの話をするなッ!」
「蕎麦の話でもしろってか? それともパスタ?」
「ネコがかわいそうな都市伝説じゃなかったらなんでもいいよ」
「グレンは人間だったらどうでもいいの?」
「だいたい人間が怖い目に遭うのが都市伝説じゃないの?」
「「それはそうだ」」

 食べる時も賑やかだな〜このメンツ。いちおう解説を挟むと、死体や猫で出汁を取るっていう都市伝説は、ライバル店を潰すために流したデマという説が優勢だ。逆に考えるんだ。ライバルとして脅威的なほどおいしいラーメンのお店なんだって。

「けどさ、火がないところに煙は立たないって言うよね?」
「グレン冴えてるね。死人云々はあながち嘘じゃないらしいよ。シャオの現役時代に、証拠隠滅を図って咎術師くじゅつしが鍋に死体をぶち込んでたって――」
「おいジュニア」
「誰が誰のジュニアだよ!」

 これはチャイナタウンであった怖い話だが、ここのお店ではない。なお、鍋の中身は料理に使われることなく速やかに回収されたそうだ。事件の舞台は私とヤシャがしょっちゅう飲茶を嗜んでいるお店なんだが、ヤシャに話したことあったかな? 別にしなくてもいいよね。

「食べ物といえば、ミミズバーガーの都市伝説もあるよな」
「それよりも中華料理症候群のほうがヒノリちゃんも聞きやすいんじゃない?」
「私を気遣いたいならいったん都市伝説から離れろ! 杏仁豆腐も奢るから黙ってくれ!」
「いいの⁈」

 本業が学生の私たちと違って、ヒノリはひと足先に社会人をやっている。聞いたところによると、審査官の助手は下手にバイトの掛け持ちより稼ぎがいいらしい。危険手当ても上乗せされるからだと思うけど。

「日本食がうまい店を教えてもらった礼も兼ねてだ」
「あ、はい。都市伝説の話はもうしません!」
「ヒノリチャン太っ腹〜! ごちになります!」

 年下に奢られる気満々の社会人、ひとり追加。私とヤシャとグレンが向ける白い目なんか気にも留めない、ロクデナシ・マクスウェルだ。

「シャオ、いつのまにいたのかよ」
「ヒノリチャンが奢ってくれるって聞いて。ありがとな!」
「お前が全部持てや元高給取り世帯主」
「肩書きがリアルすぎるよ……」

 この場では、私以外にシャオへ堂々と暴言を吐ける人がいない。グレンが感心したように呟いたのはさておいて。

「マクスウェルさんもラーメンを食べに来たんですか」
「それもあるけど、一番の目当ては待ちに待った骨董市バザーだよ」

 ああ、骨董市のポスターと幟がちらほらあったね。レトロアンティーク調の家具が好きなシャオとしてはさぞや垂涎のイベントだろう。

「たまに呪物と出遭える時もあるから楽しいんだわ」
「そうなの?」
「あんまり仰々しいのはないけどな。本格的なのが欲しいなら、専門家か専門のオークションに行ったほうがいいぞ」

 オカルトヲタクを突き詰めた結果というべきか、シャオはいわく付きのアンティークや呪物の蒐集を趣味としている。探偵局の地下室には、シャオの寝室も兼ねたコレクション・ルームもある。呪物と一緒の部屋で寝てるんだよ、この人。コレクションの全てを確認したことはないからどれだけものが揃っているのか、私は知らない。私自身は体質的に一発で呪われそうだから、あんまり立ち入らないようにしているし。

「なにかめぼしいものはあったの?」
「レトロ調のアンティークが何個か」
「マクスウェルさん、そういうセンスいいですよね」
「だろ⁉︎」

 認めたくないけど、ヒノリの感想には私も同意する。アンブローズ探偵局の室内がやけにおしゃれなのは、シャオのいわく付きアンティーク蒐集の副産物だったりするから。
 本人は「平和な骨董市だった」って言うけど……本当に??


 †


 探偵局に帰ってから、シャオの戦利品を見せてもらうことになった。誰だ、検閲とか言ったのは――。

「それじゃあ、検閲と行こうか」

 あら、エムリスも言っちゃった。ちなみに、チャイナタウンでは私以外のグレンとヤシャとヒノリが「検閲」と言い切ったからね。シャオの信用の低さたるや。

「このカトラリーは、悪趣味を極めた美食家が人肉を喰べてたって感じのいわく付き?」
「普通のカトラリーだよ。なんだその雑な設定」
「キミがカメオを買うなんて意外だネ。深夜になると涙を流したり叫び出すのかな?」
「お前ら、無駄に想像力逞しいな。カメオとカトラリーにまでホラーを求めて楽しいか?」
「「お前が言うな」」

 シャオ曰く、カトラリーはデザインが気に入ったから購入。このカメオは、なんと私にあげると言い出した。

「その大きさなら着物のオビドメにも合うだろ」
「よく見てたね⁈」

 私はちょくちょく着物を楽しんでいるが、ブローチを帯留めに換えて使うことがあるんだ。このカメオを買った決め手も、私の着物が思い浮かんだからだという。なんだか恥ずかしいけど。せっかくだから合わせよう。

「エムリスにはこれを進呈しよう。用途は売ってる奴も知らないって言ってたけど」
「願いを叶えるたびに指が1本ずつ折れる奴かな?」
「猿の手なくて、これは孫の手っていう奴。背中の届きにくいところを掻くんだよ」

 竜動ロンドンで見ることになるなんて誰が思ったよ? 「それはいいネ!」と存外お気に召したらしいけど、エムリスが持ったらおじいちゃんに拍車がかかるじゃんか。
 孫の手を知っていた私に、シャオはなにか思ったらしい。最後の戦利品を真っ先に私に見せてきた。

「これもわかるか? マゴノテと同じところにあったんだが、」

 それは、手のひらに収まる立体だった。数えたら二十面もあるじゃないか。四面体じゃないルービックキューブとか、TRPG御用達の多面のサイコロは知っているけど、これは面によって色分けもされていないし、況してや数字が振られているわけでもない。なんだこれ??

「説明書もないし、店主もいつからあったかわからないって言うから、孫の手と電話機のおまけでつけてもらった」
「電話機?」

 骨董市って家電も売ってるの? さてはそっちが呪物ホンメイか⁈

「デザインが気に入ったから買っただけだよ。家電にまで“いわく”求めてどうすんだ。生活しにくいだろ」
「シャオがそれ言う? 呪物じゃないならなんで買ったの? 【あいだ】では使えないでしょ」
「は? 使えるだろ。コンセントまだ空いてるし」
「いや、電話回線も必要だから」
「まじ?」
「初耳って顔止めて。常識だからね⁈」

 安心してください、平常運転ですよ。最近は家電の買い替えとか新調がなかったから忘れていたが、シャオは魔術とオカルトネタ探求と事務系以外の仕事しかできないんだ。典型的な機械音痴だし、生活力もないから私たちがいなくなったら3日も保たないと思う。審査官時代にスマホとパソコンは使えるようになったって自慢してくるが、「現代にそれ程度で威張れると思ってんのか」とヤシャが鋭いツッコミを入れた時は拍手喝采だったね。そんな私はシャオ以上にスマホを使いこなせませんけど、なにか? 怪異に棲んでもらっているから使えるようになった(ふりはできている)もん!

「ん? そもそも、なんで普通に家電が使えてるの?」

 人間たちの世界と妖精郷ティル・ナ・ノグに挟まれた【あいだ】は、まず電気という概念がない。それなのに、【あいだ】にあるアンブローズ探偵局では当たり前のようにスマホは繋がるし、テレビとラジオどころか冷蔵庫も洗濯機も稼働している……。

「いまさら気づいたのか? クォーツから分けてもらってるんだよ。電話も問題ないと思うぞ」
「分けてもらってるって名目の盗電じゃないよね?」
「お前のなかの私はクズか?」
「日頃の行いの賜物だと思うヨ」

 私と同じく、クォーツは探偵局の創立時から在籍している最古参だ。サポートに徹しているおかげか、会う機会はほとんどない。別に「来るな」と言われてないから会おうと思えばいつでも行けるんだけどね。最後に会ったのはいつだったっけ? ひょっとすると、グレンとヤシャどころかセト先生さえも彼の存在を知らない可能性があるな……。
 
「クォーツがちゃんと関わっているならシャオが訴えられることはないよね。よかった、」
「なんで私よりクォーツが信用されてんの?」
「日頃の行いの賜物だと思うヨ」


 こんな感じで、その日の戦利品検閲会はあっさり終わったんだが、後日、店主も匙を投げた正二十面体の遊び方があっさり判明した。掃除中にうっかり落としてしまったんだが、その時にある面が動いたんだ。そこから、どうやらあらゆる面を引っ張って形を変形させるパズルだということが判明して――。

「へ〜? 結構面白いネ」

 買ってきたシャオよりも、元々パズル好きなエムリスがハマってしまった。たしかに、いままでに見たことがないタイプのおもちゃだもんね。



 †



 あたり一面真っ赤っかだ。時々いくつも視界を横切るのは……火の粉のよう。
 どうやら火の中にいるらしい。どうりであついはずだ。

――あついアツイ圧イ暑い熱いアツい
――焼けそう溶けそう灼けそう解けそうと消そう
――くるしいクルシイ苦しい来る死

 走り出した。走らないといけない気がする。火から逃げなければならないのもそうだが、それよりも立ち止まっていてはいけないという焦りのほうが強かった。なぜかはわからない。
 だが、身体がおかしい。走っているはずなのだが、いくら一生懸命に足を動かしても景色が全く変わらず、進んでいる気がしなかった。
 そもそもこれだけ真っ赤っかな景色だと、自分がまともに走れているのかどうかもわからない。

――連れてって! 連れて行ってよぉ!

 誰かが叫んでいる
 泣きながら、誰かに向かって、懇願している……
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