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第5怪 アンブローズ探偵局の悪夢 ―リンフォンー

「愚兄が本当にすまなかった!」

 エディンバラ駅で合流するや否や、ヒノリは私とセト先生に向かって土下座をしてきた。セト先生は「これがドゲザか」と感心していたが――

「みんな見てるから止めて! というかヒノリちゃんが謝ることじゃないよ⁈」

 この国の人たちは土下座に馴染みない……というか、私だって二次元でしか見たことがないぞ。ハラキリまで言い出さないうちに、「気持ちは十分伝わった」とヒノリの土下座を強制終了させた。

「そんなことより腹が減ったからハギスを食べないか?」

 よし、テオに便乗しよう。やけに刺さる大勢の視線から逃げるためにも、近くのレストランに寄ってから竜動ロンドンへ帰ることにした。


 †


 臓物ミンチハギスをおいしいと喜ぶテオとヒノリを横目に、セト先生は徐に告げた。

「――イノリ・テンカは、他にも事件を起こしている気がするよ」

 食事中なんだからもうちょっと明るい話題を選んでもいいはずだが、セト先生の職業的にそうも言っていられないかもね……。

「スマホの電波妨害といい、あの立ち回りといい、準備万端というだけではない気がするよ」

 セト先生がクラナハンを頬張っているから、もうなにを話してたって許せる。スプラッタ映画の感想を言われたってニコニコできる自信しかないよ、私は。見目の麗しい大人が甘いもの大好きって最高かよ。いっぱい食べてほしい。

「アシュはなぜそんなにニコニコしているんだ?」
「幸せを超噛み締めてるからに決まってるじゃん」
「臓物よりもクラナハンのほうがおいしいよね」

 セト先生、私並みにハギス嫌いじゃないですか。気が合いそうだ。ちなみに、このテーブルでクラナハンを食べているのは私とセト先生だけだ。

「セト先生の言うとおり、イノリちゃんは初犯じゃないですよ。あたしとヒノリちゃんで、すでに1回巻き込まれてますから」
「八尺様事件か? やっぱりな」

 ヒノリが思いっきり顔を顰めた。その一方で、「八尺」という聞き慣れない単語にセト先生とテオは首を傾げている。

「日本の都市伝説かい?」
「ヒノリちゃん話してないの?」
「そういえば、してなかったな。未遂だったし、祓除ばつじょできたから」
「……ヒノリ。グレンはその場所にいた?」
「いました。というか、グレンが絡まれたのをそのままお持ち帰りしてきたのが発端です」
「グレンらしいが、イヤな手土産だな」
「ヒノリ、今後は彼がいたら些細な出来事でも報告してくれ。上にバレると面倒だから」
「これも報告案件なんですか?」
「そうだね。魔術や怪異絡みなら全て上げないといけないから」

 審査官の保護対象の報告書はかなりめんどくさいらしい。「こんな細かいことまで言わないとダメなのかよ⁈」って、かつてはシャオもよく愚痴ってたな。

「報告書が増えると残業も増えるとヒノリにしょっちゅう愚痴を溢すからだろう。つまり、セトが悪い」
「テオの手にかかれば全部僕が悪者になるね?」

 謝ろうとしたヒノリを遮ったテオの言い分に、セト先生は苦笑を浮かべている。テオのこの態度、普通の使い魔としてはありえないんだよね。主従契約を紡いでいる私の召喚獣キャス・パ・リーグのほうがまだオブラートの包み方を弁えている……。

「あえて聞くよ。彼の犯行、ハッシャクサマだけで済むかな?」
「いいえ。あたしたちが知らないだけで、他にもあると思います」
「これだけで終わりだと思わないほうがいいですよ。無駄に行動力がありますから」

 私もヒノリもきっぱい言い切った。イノリは行動力がある上に労力をまったく惜しまない奴だから、本当に厄介だよ……。

「アシュ。アンブローズ探偵局で、怪しい事件の情報を集めてもらえないかい?」
「それは構いませんけど。それって、イノリちゃんを咎術師くじゅつしに認定するため……ですよね?」

 咎術師とは、守るべき【掟】に背いた魔術と魔法を扱う者たちのこと。【掟】についてシンプルにまとめると、他者に対して危害が及ぶ魔術を使ってはいけないっていう決まり事だ。本当はもう少し細かいけど、いま押さえるべきポイントはそこだけだから端折ろう。つまり、咎術師は魔術を扱える犯罪者とも解釈できる。
 そんな彼らを追うのがセト先生――魔術師のなかでも審査官に任命された者だけだ。かつて無実の人間ばかりが処刑された魔女狩りを反省し、規律を乱した魔術師を魔術師が魔術を以て裁く。いまの社会は、このシステムによって魔術を使う者と使えない者の均衡を保っている。
 だからこそ、魔術職のなかでも審査官はエリート職業だし、一番の花形とも言われる。まあ、厳密に言うと、審査官の仕事はこれだけじゃないんだけどね。私やグレンみたいなイレギュラーの保護観察もあるから。
 正直、イノリが咎術師に認定されるのは時間の問題だと思っていた。いままで偶然誰も死ななかっただけで、あいつを野放しにしたら、いつか犠牲者が出てしまうかもしれないから。頭ではわかっているけど、実際に幼馴染が犯罪者として指名手配されるのは……想像以上に複雑だ。

「なるべく早く認定してください。手が出しやすいので」
「……」

 ヒノリは真顔だ。お兄ちゃんに対する情はもはやない――。いや、待てよ? ヒノリっていままでイノリに優しくしたことあるのか??

「ひとつだけお願いがあります。でしゃばっていることは百も承知ですが、あいつが確保された場合、すぐに私に知らせてほしいんです」
「それは問題ないよ。呪術師には呪術師なりのけじめの付け方があるんだろう?」

 そうなんだよなあ。イノリの場合、魔術師として裁かれるだけじゃなくて、呪術師はらいやとしての実家の制裁もあるんだ。絶対その場に居合わせたくない。

「はい。4分の1は生かして返すので安心してください」
「どこに安心できる要素があるのか教えてくれる?」
「ヒノリちゃん、それほとんど死んでる」

 審査官の刑執行はエグいらしいけれど、ヒノリのほうがヤバいのでは? 大事なことでもないけど2回言うぞ。絶対にその現場に居合わせたくない。

「セト、急いで捕まえたほうがよさそうだぞ。時間が経てば経つほど、確保した時のイノリ・テンカが人間としての原型を留められないかもしれない」

 ハギスのおかわりも平げたテオが、至極真面目な顔でそう言った……。


 †


 【あいだ】を通って探偵局に戻ってきた私は、早速シャオ局長にセト先生からの頼まれ事を話した。なんだか探偵っぽいんじゃない?

「――10件は心当たりがあるな」
「そんなに⁉︎」

 ぴんと来るものが多すぎない? てっきりこれから時間がかかると踏んでいたのに!

「八尺様事件の当日とか、私が単独で動く時がたまにあっただろ? そん時はだいたい審査官時代の勘が働いてる案件だ。金にもならないからお前らを使わないだけで、ちゃんと探偵してるんだぜ」

 こう見えて、シャオって元審査官エリートなんだよな。セト先生とバディを組んでいたし、当時は私もしょっちゅうお世話になったし……。セト先生とグレンの関係が、私の場合はシャオだったんだよね。いまは違うひとに引き継がれたけど。

「依頼が来そうだから事前に調べてたってこと?」
「いや、怪異とか都市伝説が絡んでそうだなって首を突っ込んで引っ掻き回してる」

 期待した私が馬鹿だった。このロクデナシがまだ見ぬ誰かのために動くわけがなかったよ……。

「イノリの魔術式【寄生論ラフカディオ】なら説明できそうな案件が10件あるってだけで、もっと増えるだろうな。それはそうと、この魔術式いいよな」
「いいかな?」

 自分の思いどおりにできるのは便利かもしれないが、いざ自分が使うとなると……難しい。血が必要なのもネックだ。

「魔術式は適材適所だからネ。イノリクンの場合は完全に私利私欲に走ってしまったけど、平和的に利用できる方法も絶対にあるヨ」

 ソファーに座って私たちの会話をじっと聞いていたエムリスが、ようやく口を開いた。

「盛り上がっているから言いそびれたヨ。お帰り、アシュ」
「あ……。ただいま」

 エムリスの安心したような顔を見て、思い出した。私、ほんの数時間前には溺死するところだったんだよね。

「キミたちにはこういうやりとりを先にしてほしいんだけどネ……」
「こいつの無事は電話で確認できたからいいだろ」
「元々シャオにそういう優しさは期待してない」
「はいはい、似た者親子」
「「はぁっ⁈」」
「そういうところだヨ」
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