第4怪 きさらぎアバンチュール ―きさらぎ駅―
「テオもこっちに来れたんだね。セト先生の気配を辿れないって聞いたけど……」
セト先生の保護者も自負してるから意地でも見つけたのかなと思ったら、テオはキンバリー先生に言われてゴーレムの気配を辿って来たと言う。私がちょうど足元の穴に落ちたのと入れ違いで。
「少しややこしいが、ヒノリのスマホに、ヤシャから電話がかかってきてな。相手はゼンだったんだが、」
――セトに貸した蝶をミス・ハイデルバッハに接触させる。彼女の体質でゴーレム自体の魔力量が上がれば、君なら探知できるはずだ。それを追えば、敵の魔術結界のなかに乗り込めるかもしれないぞ
キンバリー先生、第三者という立場をフル活用してイノリの裏を掻いたんだ。ファインプレーすぎない? シャオとか私よりよっぽど探偵っぽいぞ。
「念のために、あの男がまだこの空間にいないかを見てくる。他に生存者がいないかも確認したほうがよさそうだな」
「うん、お願い。イノリちゃん、全然関係ない人たちを巻き込んでも放置してると思うから」
「……あの男、人間のくせにとんだ厄災だな」
ぼそっと呟いた後、テオは一瞬で消えた。セト先生曰く、自分の身体を水蒸気化して空気中の水分を伝って高速で移動していくらしい。
「それ、簡単にできるものなんですか?」
「いいや。テオしかできないだろうね」
こんなにあっさり返されることある? ちなみにテオは種族も性別も不明だ。謎だらけなんだよね……。
「改めて、助けに来てくれてありがとう」
「どういたしま――ヘックシュンッ」
「あー……。テオに乾かしてもらえばよかったね。とりあえずこれを着て」
ずぶ濡れでくしゃみをした私を見かねて、セト先生は自分のコートを掛けてくれた。彼シャツの親戚じゃないですか。なんのご褒美?
「さっき、犯人をイノリって呼んでなかった? ヒノリが探してるお兄さんだよね?」
「はい。間違いありません」
案の定、イノリはセト先生に偽名を使って話しかけてきたようだ。
「いますぐ調べてほしい場所がある」「このままだと大変なことになる」と、セト先生の使命感を擽ることを散々まくし立ててきたから、結果的にセト先生が折れたそうだ。ヒノリとテオに断る隙もないまま途中下車させられて、仕方なくついていったらいつのまにかイノリがいないし、とりあえず見つけた建物 は寂れているし、そこからなぜか出られなくなったし……。セト先生はこの場所に留まらざるを得なくなった。
「唯一持って来たスマホも誰にも通じなくてね。参ったよ」
「……本当に?」
本当に、イノリの電波妨害は完璧だったんだろうか?
「イノリちゃんの性格的に、徹底的な妨害よりもきさらぎ駅を充実させるほうを選ぶと思うんですが」
私がイノリの立場だったら、囮の連絡手段を徹底的に潰してから閉じ込めるが、目的が違えば魔力の配分は変わる。
イノリは確かに私のことが嫌いだけど、今回の目的は私を殺すことじゃなかった。最初に本人が言ったとおり、都市伝説【きさらぎ駅】の実体化。この目的の延長線で私がうっかり死んで予言が成就すればラッキー。
だから、本物の異界駅に私を生け贄として差し出そうとしたんだ。手土産なんて言っていたが、イノリはそんな気の利いたことをするような人じゃない。さっきのは彼のアドリブだろう。
「セト先生の失踪に誰かが絡んでいる可能性は最初から考えてました。でも、それよりもあたしが心配だったのは、セト先生が死ぬつもりで連絡を断ったんじゃないかってことです」
「……君、本当に僕のことをよく知ってるね」
セト先生は、自分というもの……セト・ガードナーとしての「生」に執着していない。極端な話、いますぐに死んでもいいとさえ思っているところがある。どうしてそう考えているのかはわからない。聞かされていないし、聞き辛いから触れたことさえない。
ただ、審査官という仕事に就いてからそうなったんじゃないってことだけは、なんとなく察している。きっと、セト先生の”死にたがり”に気づいているのは私と使い魔兼保護者のテオだけだろう。
「ヒノリ、シャオ、アシュの3人にかけて、誰も電話が繋がらなかったから早々に脱出を諦めたよ。もしかすると、最初からゼンにはかけられたのかもね」
「本当にあたしにかけてたんですか⁉︎」
「うん。でも、無意識だった。相手がアシュだって、切ってから気づいたよ。なんでだろうね?」
「あたしに聞かないでください。わかんないですよ」
恋する乙女目線で都合のいいほうにしか考えませんからね⁈
「結界も、僕が2〜3回魔術をぶつければ壊せるものだってことはわかってたよ。けど、死んでもいいと思ったから壊す気も起きなかった。イノリ・テンカは結界の脆さに気づいてたのかな?」
「たぶん。セト先生が結界を破った場合の作戦 も用意してたと思いますよ。違う怪談をフル動員した奴、」
「じゃあ、じっとしてて正解だったね」
いやいや、死ぬつもりだったくせによく言うよ……。
「でも、生きてますね。諦めて一緒に帰ってください」
「そうだね。君との約束を破るわけにはいかないし。――腑抜けな先生でごめんね」
「……あの、言いたくなかったら別にいいんですけど。セト先生、なんで死にたいんですか?」
私自身、「大人になれずに死ぬ」っていやと言うほど言われてきたが、全然死にたくはない。予言が外れることを願いながら生きている。ホラー・オカルト事案が科学的に否定されるのが嫌いなくせに、自分の予言は外れてほしい――なんて矛盾しているかもしれないけど。
そんな私とは対照的に、死を予言されていないセト先生は「いつ死んでもいい」ってずっと思っている。純粋に理由が気になったんだ。ついさっき、私がそこで死にかけたから。
「――昔から、僕に死んでほしいと心から願ってる人がいるんだけど」
ほんのちょっと躊躇いを見せたが、セト先生は私に話してくれた。
「その人から厄介な呪いをかけられている。僕が知る限りで一番魔術に秀でたエムリスさんでさえ、解呪できないって諦めたぐらいに強い呪いをね」
「……どんなものなんですか?」
「僕じゃなくて周りの人に発動するようになってる。誰に降りかかるのか、いつ発動するかは予測できないけど、その人が死んでしまいかねないことが起こる。そのせいで、実際に人を死なせてしまったこともあるよ」
「……」
なんて声をかけていいのかわからなかった。「ただの偶然じゃないか」って無責任に言うことはできる。でも、偶然でも誰かが死んだ事実が重なってしまえば、実際に呪いが関係がなかったとしても本人にとっては……。
「だから、これ以上誰かを巻き込む前にさっさと元凶 が死ねばいいと思ってるよ」
そっか。だから、「死んでもいい」ってなったんだ……。
「――ちなみになんですけど、その呪いの対象って、魔力は関係ありますか?」
「と、言うと?」
「先生より魔力が多い人だった、とか。逆に、魔力が少ない人に発動するとか」
「どちらかと言うと……僕より魔力量が多い人かな。――いや、ちょっと待って。君が一番危なくないか⁈」
私の場合、魔力は無尽蔵だから多い少ないどころではない。これも触媒体質の影響らしい。いや、原因?
「じゃあ、さっきの溺死未遂がそうだったかもしれないですね。先生を責めてる訳じゃないですよ? あたしだって、“神様”って存在に呪われてるようなもんですから」
さっきの死にかけた現象が、セト先生の呪いのせいかもしれないって言われてもわからないや。気にしようとも思わないし。
「でも、セト先生が助けてくれたおかげであたしは死なずに済みました。ありがとうございます」
セト先生が火事場の馬鹿力みたいな奇跡を起こして、操れるはずのない水を操って私を溺死から救ってくれた――。
「案外、それぞれの呪いを背負った人同士が力を合わせれば、どうにかできるのかもしれませんね」
あのエムリスが諦めたと言うのなら、たぶん解呪は不可能なんだろう。
だったら、解くんじゃなくて、折り合いをつけて生きる方法を取ればいいだけの話じゃないか。
「魔力量が関係してるなら、あたしがセト先生といる限りは他の人に呪いが発動しませんよね? それなら簡単です。あたしが呪いを引き受けて、なんとか生き延びてみせます。セト先生は手が空いた時に助けてください」
「アシュ……」
「今日みたいに先生の呪いが発動したって死ぬつもりはありませんから。自分が早死にだって呪いに負けるつもりもないです。あたしが生きる限り、何度だって今日みたいにセト先生のことも助けに行きます。だから、諦めてあたしたちと生きてください」
死にたがっている人に言うべき言葉じゃないかもしれないけど、置いていかれるのはいやだ。好きな人に二度と会えなくなってしまうのは辛い。私も置いて行くほうになっちゃいけない、なんとか生き延びなきゃ、ってずっと思っている。
――私は大人にならずに死ぬつもりはない。この突破口が、もしかするとこの死にたがりさんを助けることなんじゃないかな、ってなんとなくだけど思ったんだ。
「……アシュは、男より男前なこと言ってくれるね」
「パパに言われたんです。願ってることは言葉にすれば叶うって。言葉にすることで変えられることもあるって。言ったからには有言実行しますからね」
「告白された気がするのは、僕の思い込みかい?」
「んあ゛っ」
変な声を出した私とは反対に、セト先生は楽しそうに笑っている。
「僕も言葉にしてみるよ。――もうちょっと生きたいって、初めて思った。アシュのおかげだ」
「あたしの?」
「ゼンのゴーレムと一緒に来た時、大好きな飼い主に会えた犬みたいな、すごく嬉しそうな顔をしてたよ。あんなに可愛い顔をされたら、“死にたい”なんて軽々しく考えるのもどうかと思ってさ。だから、もう少し生きるよ。君といると、落ち着くし」
「――そろそろいいか、ふたりとも」
テオ⁈ 戻ってたなら言って! わざと存在感を消さないで⁈
「遅かったね、テオ」
「空気を読んで声をかけなかっただけでとっくに戻っていたぞ。……そのまま自覚すればいいものを」
「なにか言った?」
「ただの独り言だ。鈍感め」
「え? 僕ディスられてる?」
恥ずかしいのと嬉しいのとよくわかんないのとでキャパオーバーを起こした私は、いまのふたりのやりとりを全然聞いていなかった。
「――真面目な話をするぞ。イノリ・テンカはすでにここから脱出したようだ。生きている人間もおまえたちだけだ」
まずはひと安心ってところかな。巻き込まれた人がいないのは本当によかった。
「一刻も早くここから出たほうがいい。イノリの魔術の効果が切れつつあるから、どさくさに紛れて本物の異界駅がアシュを連れて行きかねないぞ」
「電車は本物の異界駅が掌握しているんだっけ? それで戻るのは止めようか。アシュ、異界駅からの脱出方法はなにか知ってるかい?」
「はい。燃やせばいいんですよ」
「「なにを?」」
ここで「異界駅まるごと」って言うと思います? 映画じゃないんだから。
「異界駅ってなにかを燃やせば脱出できるらしいんですよ」
「だってさ、テオ」
「止むを得ないな……」
わざとらしいほどに大きなため息を吐いて、テオが渋々ポケットから取り出したのは……ダンヒルのガスライターとJPSの箱。どこかどう見ても喫煙セットだ。
「燃やすだけなのはもったいないから吸うよ。臭いかもしれないけど、許してね」
「はい??」
セト先生が、咥えたタバコに火を点けた。周りの景色がぐにゃりと歪む――
†
はたと気がついたら明るい場所に移動していた。あれ? エディンバラ駅が目の前にある……。
「セト。1本だけだぞ。アシュもいるんだからな」
「はいはい。わかってるよ」
セト先生、ちゃっかり喫煙を満喫していらっしゃる。
「先生、喫煙者だったんですね⁉︎」
「意外とバレてなかったんだね。現役時代のシャオに覚えさせられてさ、」
「嘘を吐くな。アシュと同じ歳の頃から吸ってただろ」
「絶対に言うなって言っただろそれ⁉︎」
「たまには幻滅されてしまえ」
フン、と鼻を鳴らしてテオはそっぽを向く。ごめんね、テオ。幻滅どころか私的にはギャップ萌えなんですわ。未成年の喫煙は絶対ダメだけどね?
ギャップ萌えの余韻に浸りたいところだったが、電話の着信音がうるさいから諦めた。電話の相手は――シャオ?
「もしもーし」
「無事か⁉︎」
「うん。たったいまセト先生とテオと脱出したよ」
「全部キンバリーの目論みどおりってか? 腹立つな」
「腹立つってなにさ。善意で助けてくれたのに」
「もっと他に言うべき言葉があるよネ、シャオ?」
「なんもねーよ。逆になにがある?」
「ホント素直じゃないんだよなァ……」
「グレン、ゼンはまだ一緒にいる? ――パブで奢れ? しょうがないな」
セト先生のスマホにはグレン(とキンバリー先生とヤシャ)から電話がかかってきたらしい。手短かに済ませたと思ったら、今度はヒノリからかかってきていた。着信の多さにセト先生も笑っている。
それでいいんですよ、先生は。笑ってるほうが素敵です。
「で、どこに出たんだ?」
「なんでかエディンバラ駅のほうだった。ランダムなのかな?」
「じゃあ、帰ってくるまで4時間はかかるな? きさらぎ駅の詳細を――」
私は無言で電話を切った。着信拒否の気持ちを込めて、電源も落とす。シャオと喋ってる場合じゃないっての。セト先生といる時間に浸らせてくれよ。
「電車、何時発ですかね?」
「しばらく電車も駅もごめんだなぁ……。アシュ、【あいだ】を使おうか? 4分の1ぐらい時短できるよ」
「竜動 に戻る前になにか食べたい。ハギスとかハギスとか。魔力を使いすぎて腹が減った」
「あ、テオはハギス好きなんだね……」
「おれだけじゃない。ヒノリも気に入ってたぞ」
「僕は苦手な味だったけどね。アシュがすごい顔をした理由がよくわかった。ヒノリがまもなく来るから、4人でなにか食べてから帰ろうか」
「セト! ちゃっかり2本目を吸うな!」
「めちゃくちゃ貴重なお姿なので全然吸ってください」
「アシュは甘やかすなっ」
異界駅の大冒険 、これにて閉幕!
セト先生の保護者も自負してるから意地でも見つけたのかなと思ったら、テオはキンバリー先生に言われてゴーレムの気配を辿って来たと言う。私がちょうど足元の穴に落ちたのと入れ違いで。
「少しややこしいが、ヒノリのスマホに、ヤシャから電話がかかってきてな。相手はゼンだったんだが、」
――セトに貸した蝶をミス・ハイデルバッハに接触させる。彼女の体質でゴーレム自体の魔力量が上がれば、君なら探知できるはずだ。それを追えば、敵の魔術結界のなかに乗り込めるかもしれないぞ
キンバリー先生、第三者という立場をフル活用してイノリの裏を掻いたんだ。ファインプレーすぎない? シャオとか私よりよっぽど探偵っぽいぞ。
「念のために、あの男がまだこの空間にいないかを見てくる。他に生存者がいないかも確認したほうがよさそうだな」
「うん、お願い。イノリちゃん、全然関係ない人たちを巻き込んでも放置してると思うから」
「……あの男、人間のくせにとんだ厄災だな」
ぼそっと呟いた後、テオは一瞬で消えた。セト先生曰く、自分の身体を水蒸気化して空気中の水分を伝って高速で移動していくらしい。
「それ、簡単にできるものなんですか?」
「いいや。テオしかできないだろうね」
こんなにあっさり返されることある? ちなみにテオは種族も性別も不明だ。謎だらけなんだよね……。
「改めて、助けに来てくれてありがとう」
「どういたしま――ヘックシュンッ」
「あー……。テオに乾かしてもらえばよかったね。とりあえずこれを着て」
ずぶ濡れでくしゃみをした私を見かねて、セト先生は自分のコートを掛けてくれた。彼シャツの親戚じゃないですか。なんのご褒美?
「さっき、犯人をイノリって呼んでなかった? ヒノリが探してるお兄さんだよね?」
「はい。間違いありません」
案の定、イノリはセト先生に偽名を使って話しかけてきたようだ。
「いますぐ調べてほしい場所がある」「このままだと大変なことになる」と、セト先生の使命感を擽ることを散々まくし立ててきたから、結果的にセト先生が折れたそうだ。ヒノリとテオに断る隙もないまま途中下車させられて、仕方なくついていったらいつのまにかイノリがいないし、とりあえず見つけた
「唯一持って来たスマホも誰にも通じなくてね。参ったよ」
「……本当に?」
本当に、イノリの電波妨害は完璧だったんだろうか?
「イノリちゃんの性格的に、徹底的な妨害よりもきさらぎ駅を充実させるほうを選ぶと思うんですが」
私がイノリの立場だったら、囮の連絡手段を徹底的に潰してから閉じ込めるが、目的が違えば魔力の配分は変わる。
イノリは確かに私のことが嫌いだけど、今回の目的は私を殺すことじゃなかった。最初に本人が言ったとおり、都市伝説【きさらぎ駅】の実体化。この目的の延長線で私がうっかり死んで予言が成就すればラッキー。
だから、本物の異界駅に私を生け贄として差し出そうとしたんだ。手土産なんて言っていたが、イノリはそんな気の利いたことをするような人じゃない。さっきのは彼のアドリブだろう。
「セト先生の失踪に誰かが絡んでいる可能性は最初から考えてました。でも、それよりもあたしが心配だったのは、セト先生が死ぬつもりで連絡を断ったんじゃないかってことです」
「……君、本当に僕のことをよく知ってるね」
セト先生は、自分というもの……セト・ガードナーとしての「生」に執着していない。極端な話、いますぐに死んでもいいとさえ思っているところがある。どうしてそう考えているのかはわからない。聞かされていないし、聞き辛いから触れたことさえない。
ただ、審査官という仕事に就いてからそうなったんじゃないってことだけは、なんとなく察している。きっと、セト先生の”死にたがり”に気づいているのは私と使い魔兼保護者のテオだけだろう。
「ヒノリ、シャオ、アシュの3人にかけて、誰も電話が繋がらなかったから早々に脱出を諦めたよ。もしかすると、最初からゼンにはかけられたのかもね」
「本当にあたしにかけてたんですか⁉︎」
「うん。でも、無意識だった。相手がアシュだって、切ってから気づいたよ。なんでだろうね?」
「あたしに聞かないでください。わかんないですよ」
恋する乙女目線で都合のいいほうにしか考えませんからね⁈
「結界も、僕が2〜3回魔術をぶつければ壊せるものだってことはわかってたよ。けど、死んでもいいと思ったから壊す気も起きなかった。イノリ・テンカは結界の脆さに気づいてたのかな?」
「たぶん。セト先生が結界を破った場合の
「じゃあ、じっとしてて正解だったね」
いやいや、死ぬつもりだったくせによく言うよ……。
「でも、生きてますね。諦めて一緒に帰ってください」
「そうだね。君との約束を破るわけにはいかないし。――腑抜けな先生でごめんね」
「……あの、言いたくなかったら別にいいんですけど。セト先生、なんで死にたいんですか?」
私自身、「大人になれずに死ぬ」っていやと言うほど言われてきたが、全然死にたくはない。予言が外れることを願いながら生きている。ホラー・オカルト事案が科学的に否定されるのが嫌いなくせに、自分の予言は外れてほしい――なんて矛盾しているかもしれないけど。
そんな私とは対照的に、死を予言されていないセト先生は「いつ死んでもいい」ってずっと思っている。純粋に理由が気になったんだ。ついさっき、私がそこで死にかけたから。
「――昔から、僕に死んでほしいと心から願ってる人がいるんだけど」
ほんのちょっと躊躇いを見せたが、セト先生は私に話してくれた。
「その人から厄介な呪いをかけられている。僕が知る限りで一番魔術に秀でたエムリスさんでさえ、解呪できないって諦めたぐらいに強い呪いをね」
「……どんなものなんですか?」
「僕じゃなくて周りの人に発動するようになってる。誰に降りかかるのか、いつ発動するかは予測できないけど、その人が死んでしまいかねないことが起こる。そのせいで、実際に人を死なせてしまったこともあるよ」
「……」
なんて声をかけていいのかわからなかった。「ただの偶然じゃないか」って無責任に言うことはできる。でも、偶然でも誰かが死んだ事実が重なってしまえば、実際に呪いが関係がなかったとしても本人にとっては……。
「だから、これ以上誰かを巻き込む前にさっさと
そっか。だから、「死んでもいい」ってなったんだ……。
「――ちなみになんですけど、その呪いの対象って、魔力は関係ありますか?」
「と、言うと?」
「先生より魔力が多い人だった、とか。逆に、魔力が少ない人に発動するとか」
「どちらかと言うと……僕より魔力量が多い人かな。――いや、ちょっと待って。君が一番危なくないか⁈」
私の場合、魔力は無尽蔵だから多い少ないどころではない。これも触媒体質の影響らしい。いや、原因?
「じゃあ、さっきの溺死未遂がそうだったかもしれないですね。先生を責めてる訳じゃないですよ? あたしだって、“神様”って存在に呪われてるようなもんですから」
さっきの死にかけた現象が、セト先生の呪いのせいかもしれないって言われてもわからないや。気にしようとも思わないし。
「でも、セト先生が助けてくれたおかげであたしは死なずに済みました。ありがとうございます」
セト先生が火事場の馬鹿力みたいな奇跡を起こして、操れるはずのない水を操って私を溺死から救ってくれた――。
「案外、それぞれの呪いを背負った人同士が力を合わせれば、どうにかできるのかもしれませんね」
あのエムリスが諦めたと言うのなら、たぶん解呪は不可能なんだろう。
だったら、解くんじゃなくて、折り合いをつけて生きる方法を取ればいいだけの話じゃないか。
「魔力量が関係してるなら、あたしがセト先生といる限りは他の人に呪いが発動しませんよね? それなら簡単です。あたしが呪いを引き受けて、なんとか生き延びてみせます。セト先生は手が空いた時に助けてください」
「アシュ……」
「今日みたいに先生の呪いが発動したって死ぬつもりはありませんから。自分が早死にだって呪いに負けるつもりもないです。あたしが生きる限り、何度だって今日みたいにセト先生のことも助けに行きます。だから、諦めてあたしたちと生きてください」
死にたがっている人に言うべき言葉じゃないかもしれないけど、置いていかれるのはいやだ。好きな人に二度と会えなくなってしまうのは辛い。私も置いて行くほうになっちゃいけない、なんとか生き延びなきゃ、ってずっと思っている。
――私は大人にならずに死ぬつもりはない。この突破口が、もしかするとこの死にたがりさんを助けることなんじゃないかな、ってなんとなくだけど思ったんだ。
「……アシュは、男より男前なこと言ってくれるね」
「パパに言われたんです。願ってることは言葉にすれば叶うって。言葉にすることで変えられることもあるって。言ったからには有言実行しますからね」
「告白された気がするのは、僕の思い込みかい?」
「んあ゛っ」
変な声を出した私とは反対に、セト先生は楽しそうに笑っている。
「僕も言葉にしてみるよ。――もうちょっと生きたいって、初めて思った。アシュのおかげだ」
「あたしの?」
「ゼンのゴーレムと一緒に来た時、大好きな飼い主に会えた犬みたいな、すごく嬉しそうな顔をしてたよ。あんなに可愛い顔をされたら、“死にたい”なんて軽々しく考えるのもどうかと思ってさ。だから、もう少し生きるよ。君といると、落ち着くし」
「――そろそろいいか、ふたりとも」
テオ⁈ 戻ってたなら言って! わざと存在感を消さないで⁈
「遅かったね、テオ」
「空気を読んで声をかけなかっただけでとっくに戻っていたぞ。……そのまま自覚すればいいものを」
「なにか言った?」
「ただの独り言だ。鈍感め」
「え? 僕ディスられてる?」
恥ずかしいのと嬉しいのとよくわかんないのとでキャパオーバーを起こした私は、いまのふたりのやりとりを全然聞いていなかった。
「――真面目な話をするぞ。イノリ・テンカはすでにここから脱出したようだ。生きている人間もおまえたちだけだ」
まずはひと安心ってところかな。巻き込まれた人がいないのは本当によかった。
「一刻も早くここから出たほうがいい。イノリの魔術の効果が切れつつあるから、どさくさに紛れて本物の異界駅がアシュを連れて行きかねないぞ」
「電車は本物の異界駅が掌握しているんだっけ? それで戻るのは止めようか。アシュ、異界駅からの脱出方法はなにか知ってるかい?」
「はい。燃やせばいいんですよ」
「「なにを?」」
ここで「異界駅まるごと」って言うと思います? 映画じゃないんだから。
「異界駅ってなにかを燃やせば脱出できるらしいんですよ」
「だってさ、テオ」
「止むを得ないな……」
わざとらしいほどに大きなため息を吐いて、テオが渋々ポケットから取り出したのは……ダンヒルのガスライターとJPSの箱。どこかどう見ても喫煙セットだ。
「燃やすだけなのはもったいないから吸うよ。臭いかもしれないけど、許してね」
「はい??」
セト先生が、咥えたタバコに火を点けた。周りの景色がぐにゃりと歪む――
†
はたと気がついたら明るい場所に移動していた。あれ? エディンバラ駅が目の前にある……。
「セト。1本だけだぞ。アシュもいるんだからな」
「はいはい。わかってるよ」
セト先生、ちゃっかり喫煙を満喫していらっしゃる。
「先生、喫煙者だったんですね⁉︎」
「意外とバレてなかったんだね。現役時代のシャオに覚えさせられてさ、」
「嘘を吐くな。アシュと同じ歳の頃から吸ってただろ」
「絶対に言うなって言っただろそれ⁉︎」
「たまには幻滅されてしまえ」
フン、と鼻を鳴らしてテオはそっぽを向く。ごめんね、テオ。幻滅どころか私的にはギャップ萌えなんですわ。未成年の喫煙は絶対ダメだけどね?
ギャップ萌えの余韻に浸りたいところだったが、電話の着信音がうるさいから諦めた。電話の相手は――シャオ?
「もしもーし」
「無事か⁉︎」
「うん。たったいまセト先生とテオと脱出したよ」
「全部キンバリーの目論みどおりってか? 腹立つな」
「腹立つってなにさ。善意で助けてくれたのに」
「もっと他に言うべき言葉があるよネ、シャオ?」
「なんもねーよ。逆になにがある?」
「ホント素直じゃないんだよなァ……」
「グレン、ゼンはまだ一緒にいる? ――パブで奢れ? しょうがないな」
セト先生のスマホにはグレン(とキンバリー先生とヤシャ)から電話がかかってきたらしい。手短かに済ませたと思ったら、今度はヒノリからかかってきていた。着信の多さにセト先生も笑っている。
それでいいんですよ、先生は。笑ってるほうが素敵です。
「で、どこに出たんだ?」
「なんでかエディンバラ駅のほうだった。ランダムなのかな?」
「じゃあ、帰ってくるまで4時間はかかるな? きさらぎ駅の詳細を――」
私は無言で電話を切った。着信拒否の気持ちを込めて、電源も落とす。シャオと喋ってる場合じゃないっての。セト先生といる時間に浸らせてくれよ。
「電車、何時発ですかね?」
「しばらく電車も駅もごめんだなぁ……。アシュ、【あいだ】を使おうか? 4分の1ぐらい時短できるよ」
「
「あ、テオはハギス好きなんだね……」
「おれだけじゃない。ヒノリも気に入ってたぞ」
「僕は苦手な味だったけどね。アシュがすごい顔をした理由がよくわかった。ヒノリがまもなく来るから、4人でなにか食べてから帰ろうか」
「セト! ちゃっかり2本目を吸うな!」
「めちゃくちゃ貴重なお姿なので全然吸ってください」
「アシュは甘やかすなっ」
異界駅の