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第4怪 きさらぎアバンチュール ―きさらぎ駅―

「イノの野郎、アシュを殺すために異界駅を仕組んだのか?」

 グレンと電話越しのエムリスが簡潔にいままでの出来事を説明したところ、ヤシャは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。ヤシャって表情変わるんだ……とグレンが内心驚いたのはここだけの話である。

「いまいち関係がわからないんだけど……。イノリはヒノリの双子のお兄さんで、アシュとヤシャの幼馴染で? 幼馴染に『死ね』って言うの、どういう感覚?」
「めんどくさい子ってことは確かだヨ」
「死んでほしいぐらいに嫌いって意味じゃねーよ。あいつにとっては、占いとかこっくりさんの言ったとおりになったほうが面白いんだよ。何度アシュが危ない目に遭わされたか、思い出したくもない」

 少なくともエムリスとヤシャがイノリにいい印象を持っていないことは、鈍感なグレンでも十分に察せた。

「……『アシュの寿命が短い』ってのは?」

 こっくりさんがどうの、とイノリは言っていた。こっくりさんならグレンもやったことがあるので理屈はわかる。たとえ降霊していなくても、誰かがコインを動かせば「降霊た」と言い張れるゲームだ。そんなこっくりさんの言葉をアシュ本人さえ鵜呑みにしているような雰囲気が、グレンはずっと引っ掛かっているのだ。

「アシュの短命予言はこっくりさんだけが言ったことじゃないヨ。あの子の未来を占うと、必ず『大人になる前に死ぬ』って結果になるんだ。『17歳まで』って言われたこともあったネ」
「あと1年もないじゃん……」

 イギリスでは18歳からが成人おとなである。17歳までに死んでしまえば、たしかに大人にはなれない。「いま死のうが半年後に死のうが変わらない」というイノリの言葉に隠れた背景は、もはや背筋が凍るような心地だった……。

「なんで短命なの? 全然死にそうな雰囲気じゃないのに」
「『神様に愛されたから』」

 シャオの口から出たそれは、グレンがまったく想像もしていないもので。

「――必ず言われるんだよ。『この子は神様に愛されてるから諦めろ』ってさ。どんな物好きだよ」

 淡々と言うシャオが、一番この理不尽に怒っているような気がする。だが、そこを指摘したところで彼は意地でも認めないだろうから、グレンもあえて言わなかった。

「でも、シャオは矛盾してるよ。心配する割に、アシュの触媒体質を利用して怪奇現象を起こさせようとするし」
「それとこれとは話が別だよ。死んでほしくて巻き込んでるわけじゃねーし! 問題はイノリだイノリ!」
「シャオの言うとおりサ。彼、アシュを孤立させるためにグレンを退場させたんだろうネ」
「じゃあ、オビーの加護が発動しなくても、オレはこっちに帰って来れたのかな?」
「それはない。今度イノに遭ってみろよ。『生きてたのか、ふーん』で終わるぞ。どうでもいいんだよ、自分の目的のために誰が死んだとかは」
「……」

 できれば金輪際遭いたくはない。もっと言うなら、アンブローズ探偵局の関係者には二度と関わらないでほしい。

「ネーベルと黒妖犬ヘルハウンド女王スカアサがいるから、そう簡単に死なないとは信じているが……。イノリの魔術のなかって状況がまずい。あいつの魔術で、アシュの不利な状況にいくらでも書き換えられるだろ⁈」
「――ミスター・キャロル。先程、セトも異界駅にいると言ったな?」
「あぁ⁈ それがどうしたよ⁈」

 突然口を開いたゼン先生に、シャオはなぜがケンカ腰で返した。なにかあったんだろうか、このふたりに……?
 案の定というべきか、ゼン先生は顔も知らない相手に怯むような人ではない。いつもの淡々とした口調で、いつものポーカーフェイスで、彼は突破口を告げた。

「あいつが同じ空間にいるなら、ミス・ハイデルバッハを助けられると思うぞ」


 †


「ネーベル。あの辺、なにか飛んでなかった?」

 松明が照らす石畳の階段をひたすら登っていた時だ。灯りが届かない暗闇にヒラヒラと飛んでいるものを見たような気がして、私は足を止めた。

「火の玉とかじゃねェの?」」
「そんなのじゃなかったよ。もっと生き物っぽい動き方してた……」

  ブーーーッ

 なんだこのサイレン? もしかして、変装がバレた? 
 鬼に襲われなくなってラッキーとしか思ってなかったけど、逆に鬼の動きが全然ないから怪しまれたか?

「少年、アウト~」
「ガキ使かよ」

 イノリのアナウンスに私が突っ込んだと同時に、すぐ横の松明が派手に倒れた。別にネーベルの太い尻尾が当たったわけでもないのに。

「あ?」

 ドミノのように、松明が次々と重なって倒れていく。ピタゴラスイッ●でも始まるのか?

「あのクソガキ、なにを企んでる?」

 ネーベルの尻尾が一際太くなり、さらには頭を低く背中を高くして丸まった。ネコ科の警戒態勢だ。私もボストンバッグに手を伸ばして、臨戦態勢を取る。
 そんな私たちの目と鼻の先で、今度は地面に臥した松明の火が不自然に集まっていく。なんか大きくなってるな? 生き物みたいに蠢いて……ドラゴンみたいな形になった。

「ネーベル!」

 彼の背中に乗って前方へ逃げようとしたそのとき――

  ぽつっ ぽつっ

 雨が……降り始めた。異界駅でも雨が降るの?
 わずか数秒で、あっという間に土砂降りになった。隠れる場所もないし、傘も持ってないから晒されるほかない。

「ンにゃん⁈」

 いまのはネーベルの悲鳴だ。濡れるのが嫌いなのは知ってるけど、バリトンボイスで「にゃん⁈」ってなかなかの破壊力……。

「は? 雨?」

 どこからか驚いているイノリの声がした。この雨、イノリの嫌がらせじゃないんだ?

「あ、」

 私たちを飲み込もうと鎌口をもたげていた火のドラゴンが、雨に打たれて掻き消されて……鎮火した。すると、雨がピタリと止む。

「ん? 濡れてねェ」

 猫の姿になって私の股下に避難したネーベルに言われて、初めて気がついた。私たち、雨の中にいたのに全然濡れていない。

「あの時と一緒だ……」

 ――シャオと一緒に海坊主ナックラヴィーに追いかけられた時も「もうダメかも」って思った瞬間に雨が降って、ナックラヴィーが海へ撤退した途端にピタッと止んだ。そして、私もシャオもちっとも濡れてなかった。ここまで全部一緒。もう偶然なんかじゃないよね……。
 知らないナニかが私を守ろうとしている?

「お嬢が見たの、アレか?」

 猫姿のネーベルが尻尾で指したのは、明かりが消えた暗闇のなかを自ら輝きながら飛ぶ蝶だった。

「あれ、合成霊ゴーレム?」

 あの蝶のタイプは学校で見たことがある。――ゼン・キンバリー先生の職員室だ。以前、趣味で虫のゴーレムを作っているって聞いたことがある。

「なんでキンバリー先生のゴーレムが異界駅に?」
「セトチャンが預かったンじゃねェの」
「なんでさも当然のようにセト先生が出てくんの?」
「お嬢知らねェの? あのふたり、よく飲んでるぜ。俺チャンのお散歩ルートにある、イカした猫がやってるパブの常連」
「ほあぁぁぁあ⁈」

 セト先生とキンバリー先生が繋がるの? ちょっと世間が狭すぎない?

「あの蝶について行けば、お嬢の大好きなセトチャンがいるかもな」

 ゴーレム蝶は、私たちが歩き出すのを待っているかのようにずっと周りを飛んでいた。


 †


 蝶に案内されるがままにまっすぐ石畳の階段を登り切り、広がっていた森も抜けると寂れた社があった。だが、それも通過。蝶はさらに奥へ奥へと飛んでいく。
 その先には――

「セト先生⁈」

 本物だ! ゴーレム蝶を手に留まらせる仕草がめっちゃ似合う。蝶が似合うハンサム紳士尊い。

「……ゼンの言う通りになったか」

 開口一番でキンバリー先生のファーストネームが出てくるってことは、やっぱりあの人の作ったゴーレムなのか。仲がいいのか! 後から聞いた話、ナックラヴィーの偵察用にひとつだけ借りていたらしい。

「探しましたよ〜セト先生! 心配したんですから!」
「ごめんね。君にも電話をかけたけど全然繋がらなくて。どうしてゼンのだけは繋がったんだろうね」
「イノリちゃん、やっぱり電波の妨害もしてたか……」

 キンバリー先生が探偵局と関係のない第三者だから、イノリの電波ジャックの適用範囲外だったのかな。ん??

「キンバリー先生から電話がかかってきたですか?」
「うん。グレンから聞いたって言ってたよ。パディントン駅で会ったって」
「いつのまに離脱してたんだ……⁈」

 ひょっとして、さっきの「少年、アウト~」の時? 無事みたいだからよかったけど。

「ゼンが言ったんだ。アシュが危ないからゴーレムを稼働させて合流しろって。強い魔力に反応するように元々の命令式を書き換えて、この蝶を飛ばしたんだ。君が無事でよかったよ。ネーベルが守ってくれたのかな」
「MVPはあの雨に譲ってやるよ。なんだったんだろうなァ?」
「ん? さっきの雨、アシュの魔法じゃないのかい?」
「あたしもよくわかんないですよ。昔、ナックラヴィーを追い払ってくれたのと同じ雨だと思うんですが……」

 ネーベル以外に契約を紡いだ黒妖犬も女王も、雨にまつわる属性はなかったはずだ。思い返せば、ナックラヴィー以外にいままでにも何度か雨に守られたことがある……。
 なんで雨なんだろう? どうして私を守ってくれるの?

「ところで、その帽子とジャケットはどうしたんだい? 車掌みたいだね」
「これにゃァ深い訳があるのよ、セトチャン――」

  ブーーーッ! ブーーーッ!

 唐突に、サイレンが二度も鳴り響いた。

「姿が見えないなーと思ったら、鬼になりすましてたのか」

 どこからかイノリの声が響いてくる。本当に彼の目を欺いてたっぽい。 
 たったいま私が帽子を脱いだから見つかったってこと?

「……完全に油断してた」
「ツメが甘かったなァ、お嬢」
「お前の小賢しいとこほんと嫌いだわ。あの雨はなんだよ。召喚獣か? セトセンセイを隠してた結界を消すとかありえねぇ」
「は? 隠してた?」

 なんだよそれ。イノリは最初からフェアにゲームをするつもりがなかったってことじゃん。

「ズルばっかするから最後の最後でいつもあたしに負けるんだよ」
「ほざけ。うぜぇ」

 人に向けられる感情に疎い私でも、いまならはっきりわかる。私、イノリには相当嫌われてるね?

「お前が小賢しい方法を取ることぐらい想定してたけど、覚えてるか? ここ、俺が作ったきさらぎ駅だぜ?」
「あ、」

 身体が一瞬、宙に浮いた。

「アシュ!」

 焦った顔のセト先生が見えたが、次の瞬間。
 私は
   落
    ち
     た
      。


  ザッバーーン!


 ゴポゴポと水の中でしか聞こえてこない独特の音と共に、自分の口から出た泡がちろちろと上へとのぼっていくのが見えた。は⁈ 水の中⁈
 
「『針浮かべ』って事前の準備が必要なんだってな? バターを塗るとか、磁石を用意するとか」

 水の中にまでしっかり響いてくるイノリの声を聞いて、ようやく状況を理解できた。針浮かべは読んで字の如く、水に針を浮かべられるかを競うハロウィンのゲームだ。
 人間版針浮かべでもやろうってか! セト先生を見つけたのに、なんでこんな目に遭わないといけないの⁈

「『なんでこんなことするの?』って? いじらせてもらった本物の異界駅側への手土産だよ」
「ごぼっ! ぼぼぼっ!」
「ははっ! なに言ってるかわかんねぇや」

 アチラ側の手土産が私だって? 冗談じゃない!
 泳げないネーベルを強制送還したまではよかった。水面へ上ろうとしたら、ナニカに足を引っ張られて邪魔をされた。感触的に人の手だ。気持ち悪っ!

「向こうはお前が欲しいってさ。お前に一目惚れしたの、異界駅しのせかいの神様かもな?」

 ふざけんなイノサイコ! ヒノリの破魔矢をおでこにブッ刺してやるまで死ぬもんか‼︎
 一緒に落ちたボストンバッグに手を突っ込んで、残りのソウルケーキを全部水中にばら撒いた。予想どおり、私の足を掴んでいた手がすべて離れ、我先にとソウルケーキ争奪戦が始まっている。
 よし! この隙に逃げて――

「ガハッ⁈」

 一際大きな手ががっしりと私の両足を掴んできた。驚いた衝撃で、一際大きな泡が私の口から吐き出されてしまう。
 しまった。酸素ゼロだ。苦しい。息ができない。酸素がほしい。ない。泳げない、苦しい。水面がどんどん遠のいていく……。
 こんなところで死ぬの? 神様は死に方も選ばせてくれないの? セト先生、ひとりで帰れるかな……



――諦めないで、アシュ! ボクがついてるから!



 …………え? 
 いまの声は、誰? 

 ほんの微かに意識が戻った刹那、激しい水音とともに自分の身体が上に吸い寄せられている感覚に気づいた。

「はっ――」

 息が出来る。私、生きてる?

「げほっ、がはっ……ひゅぅっ」
「アシュ! 大丈夫か⁈」

 この声はセト先生だ。身体を支えられている。
 ……いや、近くない? ご尊顔近すぎない??

「あえ? え、げほっ……」
「途中で魔術を投げ出す馬鹿がどこにいる!」

 もうひとり――セト先生の使い魔、テオフィルスがいた。セト先生に怒っている。
 顔をあげたら、大量の水の球が宙に浮いていた。え? これ、セト先生がやったの?

「【固定セキュラー】」

 テオが代わりに詠唱したおかげで、崩れそうになった水の球は形を維持したまま宙に留まった。宙吊りの丸い水槽、って言うとお洒落な水族館みたいだが……。

「うわっ」

 私に向かって伸ばされた手やら乾涸びたミイラのような顔のドアップに、さすがの私もビビった。私を水の奥に引き摺り込もうとしたヤツらじゃん。グロい!

「セト。この水球をどうするつもりだ?」
「……どうしようね?」
「え??」
「アシュを助けることしか考えてなくて。これ本当に僕がやったのかい?」
「全く、才能だけは確かだな」

 テオ、それ褒めてる……?
 セト先生が驚くのも無理はない。だって、この人はあくまでも氷の魔術師であって、水は残念ながら操れないはずだから――。

「活用するとしようか。【凍魔フィンブル霜花蜘蛛フロストウェブ】」

 浮かぶ水球が中身ごと弾け、私たちに降り注ぐよりも早く空中で凍りついていった。まるで、蜘蛛の巣みたいに複雑な網目を描いて……

「あっ、しまった」

 イノリの声がした。よく見ると、氷で出来た蜘蛛の巣に人型の紙が何枚か捕まっている。
 まさか、あれで私たちを監視してたの?

「【溶解メルト

 セト先生の言葉を合図に、氷の網が弾けた。細かく細かく、目に見えないほどの粒子になって、イノリの式神をすべて巻き込んで、消えた――。
 
「お、お見事……」
「伊達に審査官やってないからね」

 審査官。魔術師の卵が一度は憧れるけど、誰もがなれるわけじゃない魔術師の花形。ごく限られた秀才が選ばれる、魔術職のなかでもとりわけエリート職業。
 そんな人が善意で私に魔術を教えているなんて、奇跡かもしれない……。
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