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第4怪 きさらぎアバンチュール ―きさらぎ駅―

 こうして、セト先生救出作戦が始まろうとしたんだが、

「本当に行くつもりか、アシュ?」
「いい加減くどい! 行くって言ってるじゃん!」

 セト先生を放っておけないと速る私を、シャオがずっと引き留めようとするんだ。どうしても私を行かせたくないみたいで。
 先に出発したヒノリはとっくにテオと合流して電車に乗ったと言うのに、後発隊の私とグレンはずっとシャオに阻まれていた。

「どうしたんだよ、シャオ。いままで散々煽ってたくせに、急にアシュが心配になったの?」
「え? そういうこと?」
「シャオがアシュを引き留めるのは、自分がいないところで、アシュの体質のせいで取り返しのつかないことが起きたらどうしよう、っていう心配からだと思ってたんだけど。違う?」
「おお~。グレンは結構人のこと見てるネ」

 うんうん、とエムリスも頷いている。
 でも、グレンもちゃんと指摘してくれたが、心配で引き留めるなんていまさらじゃない? いままでネッシー・ウォッチングに私を連れて行って、あわよくば異界駅へ迷い込むチャンスを狙っていたくせに。自分がいないなら行くな? はあ⁈

「そもそもなんでシャオは行かないの? いつもなら率先して行くって言うのに」
「私はもう行けないと思うから遠慮してんだよ」
「腰やった?」
「ぎっくり腰はエムリスだけで十分だ。私は異界駅から脱出したから、向こうが歓迎しないんじゃないかと思って」

 そういうことか……。
 いろんな異界駅の話を見聞きしたが、不思議と再訪した人の話は少ない。死者の世界にまつわる場所だって解釈で考えたら、二度目の来訪は本当に死んでからじゃないと無理なのかもしれない。

「ヒノリチャンは気づいてると思うからあえて言わなかったが、今回のセトの失踪は誰か・・が意図的に関わっている可能性がある」
「セト先生と話し込んでた人のこと?」

 怪しむのも当然だろう。誰も顔を覚えてないなんていかにも怪しいもん。

「キミがアシュを行かせたくない親心はわかるけどネ、シャオ。アシュは行かせたほうがいいヨ。失せ物探しも触媒体質も、異界駅で活動するのに誰よりも向いているから」

 エムリスはいやにきっぱり言い切った。

「誰が誰の親だって? 冗談じゃない。私の娘ならもうちょっと天才肌だろ」
「こんなロクデナシ、パパと養父リンと並べないでくれない⁈ 絶対やだ!」
「「そういうところだよ……」」


 †


「アシュ。これって、」
「うん。アタリだと思う」

 午後4時44分――なんとも不吉な時間。改札を潜った時から、いつもと違う駅に来たなっていうのを肌に感じた。車掌もほかの乗客もいなくて、いやにひっそりしているんだ。てっきり私たちの世界に異界行きの電車が迷い込むパターンかと思いきや、改札口から始まるらしい。
 時刻表より少し遅れて、不気味なくらい静かな電車が異界版パディントン駅に到着した。

「うわっ」

 車両に乗り込んだら、腕組みをして俯いているマネキンが居座っている。

「アシュ、グレン。聞こえるかい? 電車はどんな感じ?」
「マネキンが3体いる。それ以外は普通の電車と変わらないよ」

 私たちのスマホからエムリスの声が響いた。今回の通話相手は彼だけだ。シャオはヒノリとテオのサポートに回っている。

「変な音とか聞こえてない?」
「マネキンしかいないって言った割に、人間が話し込んでいるような声が聞こえてるヨ。シャオのときと同じだネ」

 マネキンから距離が取れるコンパートメントを選んで、私とグレンは向かい合って座った。これなら両方から襲われても対処できる。

「異界駅ってどんな感じなんだろう?」

 まるでこれから楽しい旅行が始まるかのような口調で、グレンが呟いた。


 †


 乗車してから1時間――特にマネキンが襲ってくることもなく、誰も乗り降りすることさえなく。

「ディメン●ーも乗り込まなければ、夢の中に閉じ込められるわけでもなく……。暇だね」
「ハリポ●はわかったけど、後半は何限列車かナ」
「エムリス知ってんじゃん」

 シャオのときは何駅か停まったらしいが、私たちが乗った便はずっと走り続けている。異界駅行きにも各駅停車と直行便があるのかな。

「……今回の件って、誰がなんのためにセト先生を失踪させたんだろう」

 グレンがずっとなにかを言いたそうにしているなーと思ったら、そこが気になってたのか。

誰かさんはんにんはセト先生が話してた人だろうけどね。目的までは……わかんないな」
「なんで誰も顔を覚えてないのかな。隠してたとか?」
「隠してると目立つから逆にみんな覚えてるはずだよ。そういう魔術を使っただけだと思う」

 当たってほしくはないが、思い当たる人物がひとりいる。『異界駅』という目的地にも十分絡まってくれる奴が。
 電車がだんだんと減速していった。いよいよ到着らしい。

「エディンバラに行くより近かったね」

 ゆっくりブレーキをかけて軋む音を立てながら、電車が静かに停まる。窓から見えた駅名は、

「名前、なんて書いてるの?」

 私の目にそう見えただけじゃなかった。グレンもしっかり異国の字ひらがなを認識しているらしい。

「……きさらぎ駅」

 竜動ロンドンとか関係なく、異界駅といえばきさらぎ駅になるの?

――ご乗車いただきまして誠にありがとうございます。終点、きさらぎ駅になります

「アナウンス付き?」
「終点なんだ」

 意外にもプラットホームは混んでいた……と言っても、ただぼんやりとした人っぽい影がいるだけ。|死者の帰る日ハロウィンだから賑やかなのか? 私たちと反対側の電車に乗り込んでいるのは、これから竜動に行く死者の魂だろうか……。

――この電車のご利用は一度きりとなっております。悔いのない人生を送られた方だけこのままお進み下さい

「このアナウンス、オレたちに話してかけてる?」
「そりゃそうさ。生きてる人間は俺たちしかいないし」

 アナウンスの声の主――明らかに生きている男が、拡声器片手にそこに立っていた。
 ヒノリと同じ藍色のくせっ毛の青年が、誰の記憶にも残らないように異界駅へ人を連れ去れる人物が、すぐそこにいる。

「……ひさしぶりだね、イノリちゃん」
「ああ。4年ぶりだな、亜朱アシュ

 やっぱりイノリだった。彼は純粋に4年ぶりの再会を喜んでいるようだが……私は素直に喜べなかった。

「イノリって、ヒノリの双子のお兄さん?」

 おや、グレンが会ったことのない人間を覚えているとはめずらしい。

「ずいぶん変わったなあ、アシュは」

 そう言うイノリは変わっているようで変わっていないような? 顔の左半分にいくつもの傷が走っているが、見た感じは元気そうだ。ちょっと髪が伸びたっていうか、伸ばし始めたようだ。

「イノリちゃん、なんで異界駅ここにいるの? まさか住んでる?」
「さすがに住むのは勘弁だなー。たまに来るぐらいならいいけど」

 お察しいただけただろうか。イノリもシャオに負けじ劣らずのオカルトヲタクである。なにせ、私が怪奇モノを好きになり、ヒノリがホラー大っ嫌いになった原因だから。

「少年も久しぶりっていえばそうか。観覧車、結構楽しかったぜ」
「あんたがあのチケット使ったんだ」
「さすがにな。八尺様は元々チケットなんかなくたって乗れるんだぜ? 誰も認識えないからな」
「――八尺様と知り合いなんて、ずいぶん顔が広いんだね」
「嫉妬か? たまたま似てただけの別の怪異で、本当の八尺様かどうかはわからないぞ。でも、俺がコピーを作るのを許してくれたから、イイヒトなのは間違いないな。どうだった? 俺のコピーは怖かった?」
「……」

 グレンは無言で私を見てきた。「もしかしてヤバい人?」って聞きたそうに。
 やっぱり、先月の八尺様事件はイノリが絡んでいたんだな。あとでヒノリにチクってやろう。

「イノリちゃん、諦めてなかったんだね。怪談を現実にすること」
「そう! 俺の夢、覚えててくれてたんだ? 優しいなーアシュは」
「散々な目に遭ってきたからいやでも忘れてないっての!」
「だって、お前の体質は都合いいし面白いんだもん。俺が欲しいぐらいだぜ」

 やっとわかったよ。シャオが私を行かせたがらなかったのは、イノリが関与しているかもしれないって怪しんだからだ。こいつの本性が、誰が犠牲になっても構わないって考えるサイコパスだってわかっていたからだ。イノリなら、乗客の誰にも顔を覚えさせない状態で、セト先生を電車から移動させられる。そういう魔術式を持っている――!

「この異界駅、あたしたちを誘き寄せるためにイノリちゃんが作ったとか言わないよね?」
「自意識過剰だな、アシュは」

 自分でもびっくりするぐらい冷たい声が出た。でも、イノリはそれで怯むような奴じゃない。

「ひさしぶりにアンブローズ探偵局と遊びたかっただけだよ。ヤシャもいるし、シャオさんにも会いたかったし」

 つまり、私たちはまんまとイノリの思惑に乗ってしまったという訳だ。

「僕たちを呼び寄せるために、わざとセトクンを囮に選んだのかい?」
「おっ、その声はエムリスさんか? 久しぶりですね。会いたかったです」
「僕は会いたくなかったヨ。キミとは趣味が合わないし」
「……そうなの?」
「バドエン主義者とハピエン厨って言ったらわかる?」
「なんとなく」

 ちなみに、前者がイノリ、後者がエムリスだ。全然合わないんだよね、このふたり。

「たまたま異界駅を見つけたから、挨拶も兼ねてアンブローズ探偵局と異界駅で遊んでみたくなったんだよ。俺は元々あった駅をちょっといじっただけだ。竜動に『きさらぎ』なんて和名の駅がある訳ないだろ」
「あたしが引っかかるようにあえて和名を選んだんでしょ? 趣味悪い」
「いやーそれほどでも」
「ちっとも褒めてねぇわ!」

 イノリの手のひらの上をコロコロ転がされていることに腹が立ってきた。電車の中でヒノリに見つかればよかったのに!

「アンタ、相当ヤバい人だね。それで人間の生活に馴染めるの?」
「好青年を装ってたからそれなりに馴染めてるぞ。少年も参考にしろよ? お前は妖精を引きずりすぎだ」
「……なんでオレのことまで知ってるの?」
「少年は自分が思ってるより有名だぜ? 有名人なら俺が知っていてもおかしくないだろ?」

 グレンにも無事にヤバい人認定されたみたいだが、実際そうだからイノリのフォローなんて絶対にしない。
 昔から、イノリは都市伝説や怪談を空想そのままで終わらせず、本物現実になったほうが面白いと考える人だった。エムリスの「語り手」と「聞き手」による対等構造を無視して、「語り手」の語るがままになったらいいのにっていう思考回路。――この時点でイノリとエムリスは合わなかったんだ。
 そんなイノリが自分の野望ゆめを叶えるために目をつけたのが、触媒体質持ちの私。まだ日本にいた頃から度々巻き込まれて、ときどき死にかけて、そのたびにヒノリとヤシャがブチギレて、みんながイノリに怒った。両親に至っては、私と2歳しか違わないイノリを最後まで警戒していた。■■に至っては「二度と関わらない方がいい」って……。
 あれ? ■■ってなに? 私は誰のことを言っているんだ?
 ――失敬。長々と言ったが、要は、イノリはシャオよりずーっと厄介なオカルトサイコ野郎ってことだ!

「異界駅をいじった、ってどうやって?」
「特別に教えてやろうか」

 イノリが右手のひらを見せびらかしてくる。手のひらに走る一閃の傷口から赤い血がゆっくりと静かに流れ落ちる様を、彼の真上の街灯が冴え冴えと照らしていた。
 
「俺の魔術【奇生論ラフカディオ】は、自分の血を媒介に描いた物を具現化するんだ。八尺様のコピーを作ったのも、同じ電車に乗ってた人たちが誰も俺を覚えてなかったのも、異界駅をいじったのも、全部この魔術。――せっかくだから遊ぼうぜ。かくれんぼと鬼ごっこを混ぜただけの簡単な奴で」
「いやだ! あんたに付き合ってるヒマなんかない」

 グレンは空気を読まないっていうか、読めないっていうか。これ、絶対参加しなきゃいけない奴だよ……。

「少年、妖精に甘やかされすぎじゃないか? そんなに帰りたいなら、鬼に捕まる前にセトセンセイをさっさと見つけてみろよ」

 ほら見ろ、絶対私たちには拒否権なんかないんだから。セト先生は囮兼人質として巻き込まれただけなんだ。……ん? セト先生はヒロインだったのか??

「もし見つける前にあたしたちが捕まったら?」
「連れていかれるかもな」
「死者の世界とか品のないこと言わないよね?」
「どうせ下品だよ。お前とは育ちが違うしな」

 そろそろイノリを殴ってもいいかな。前科百犯だし、私が一発で遠慮するのは少ないぐらいじゃない?

「連れていかれたっていいだろ。アシュは寿命が短いって、あのときこっくりさんも言ってたし。いま死のうが半年後に死のうが変わらない――」
「キミのわがままで消費されていい命なんかないぞ、イノリ・テンカ!」

 私がなにか言うよりも先に、あのエムリスがめずらしく声を荒げた。
 私? もはやどう反応すればいいのかわからなかったから、真顔になってたよ。もしかして、いままでのことは遠回しに「死ね」って言われてたのかなって思ったぐらい。

「勝手にほざいてどうぞ。俺は面白かったらそれでいいんで――」
「あ⁉︎」

 ぐにゃりとイノリの姿が歪み、闇に溶けるようにして姿が消えた。……いつのまに、陽が沈んでいる? 

  ピーッ ピピーッ!
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