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第1怪 挨拶代わりのプロローグ ―幽霊屋敷探索―

 なにかの縁でこの冒頭を読んでいるあなたへ、ぜひとも問いたいことがある。

 ――あなたは、幽霊が見えますか? もしくは、見たことはありますか?

 なんかさ、幽霊が見えるのは脳の異常だとか、憑き物を起こした人に脳炎が見つかったとか、そんな話もあるから気になって。
 私の家は所謂見える家系だったけど、じゃあみんな頭が変だったの? 私がしょっちゅうナニかに憑かれていたのは、脳が炎症を起こしまくったせいなの? ――この「脳が変だから」理論で言えば、私は間違いなく“異常者”だろう。でも、この“異常”ってなに?
 元からいないモノを、あたかも“いる”と認識てしまうことか。それとも、見えなくていいモノを認識てしまうことなのか。私に憑いた悪霊をママが引き剥がしてくれた感触や、取り憑いたソレに吐きかけられた寒気や呪詛を紡ぐ声は、すべて脳炎で片付けられるものなのか?
 そんなわけない。全部本物だ。私はそう思っている。
 こういう理論を否定したくて、私はオカルトを追いかけるようになったのかもしれない。



「超雰囲気あるな、ここ。入ったら呪われそう」

 竜動ロンドン郊外、住所非公開のすっかり荒れ果てた廃墟の前。
 「呪われそう」と零したのは私の双子の弟だが、別に怖気付いた素振りはない。いつもそうだ。ポーカーフェイスも相まって、逆にこいつが怖いぐらい。
 今回お邪魔するのは、灰色の壁に黒い屋根という、見た目がいかにも“いわくつき”な廃墟だ。壁には気合いを入れて描かれたらしい落書きが目立ち、窓ガラスはほとんど割れている。そこから見える室内は侵入者が散々荒らしていったんだろう。落書きする奴、廃墟を荒らす奴の気持ちはわからない。友達にはなれないな。

「ここ、本当に入るの?」

 綺麗な翠色の瞳の少年が、私の後ろで立ちすくみ、怪訝そうな表情を浮かべている。彼だけは廃墟に近付こうともしない。

「埃がすごそうだから入りたくない」
「「そっち?」」
「それ以外に入りたくない理由ある?」

 幽霊よりも埃がいやときたか……。ここまで来ると潔癖症も異常じゃない?

「心霊スポットとしての知名度は?」
「まあまあかなー。2ヶ月ぐらい前に、某動画配信者の不法侵入動画がバズったから知ってる人は増えたと思うけど。それよりも前から『ヤバい』とは言われてた」
「どんな意味の“ヤバい”?」
「下手したら死ぬ」
「「ヤバいじゃん」」
「でしょ?」

 心霊スポットの紹介文を読むのと実際に見るのとでは、感じるものが全然違う。ここはたしかにヤバい。
 雰囲気がどんよりしているせいか、ここだけ空気が澱んでいる感じがして気持ち悪いんだ。『来るな』って屋敷全体から拒絶されているような……。

「入りたくないって思うけど、つまりは心霊スポット的に大当たりってことじゃん? ゾクゾクしてきた」
「アシュ? 無理しなくていいと思うよ」
「ありがとね、グレン。でも、無理してないよ。早く行きたいぐらい」

 側から見れば、私たちは廃墟に侵入しようとしている悪ガキトリオだろう。しかもスマホ2台体制、動画を撮る気満々の。

「それに、あたしが行かないとシャオがキレるし」
「キレねえよ、さすがに。『お前が行かなかったら幽霊が元気にならないだろ』とは言うけどな」

 自撮り棒の先の私のスマホから、第三者の声がした。声の主は、シャオという私たちの(一応)上司だ。

「なんで優先事項が幽霊なの?」
幽霊アッチに調子いいとか悪いとかあってたまるかよ」

 聞け、ロクデナシ。グレンもヤシャも呆れてるぞ!

「人間も幽霊も元気が一番だろ。行くからにはガンガン怪奇現象を出してもらわないと。あーあ、私も行きたかったなー! シャオ・マクスウェルの行きたい心霊スポット第2位だぞそこ!」
「いっそ心霊スポットってのがガセだったらいいのに」

 グレンは面白いこと言うね。でも、残念ながらここは本物だ。シャオには嘘でもガセだったって言おうかな。

「ねえ、シャオ。どこから電話してんの?」
「電車」
「電車って、電話してもいいんだっけ?」
「私以外誰もいないからセーフだよ。イヤホンつけて動画に突っ込むフリしてるし」
「いや、そういう問題じゃなくて」

 こんな大人にはなっちゃいけない――。私たちティーンエイジャーズ、『こいつは人生の反面教師だ』と各々の心に刻み込むのだった。

「シャオもうるせーし、早く行こうぜ」
「待ってよ、ヤシャ。セト先生が『カギを取りに行くから待ってて』って言ったじゃん」

 私たちは、決して不法侵入しようとしているわけではない。なんなら、この廃墟の現在の管理人に許可をもらっている。

「カギはどうした? さては幽霊に隠されたな⁈」
「なんでもかんでも怪奇現象にすんなロクデナシ」
「冗談に決まってんだろ。セトの奴、どうせ職場に忘れてきたんだろ。あいかわらずおっちょこちょいだな」

 いやいや、セト先生に限ってそんなミスをするはずないでしょ。……全然戻って来そうにないが。

「窓から侵入できそうだし、もう行こうぜ」
「やだ。汚い」
「潔癖症め。じゃあ、どこの窓ならいいか選ばせてやるよ」
「そういう問題?」
「素直にセト先生を待てばいいじゃん――」

  ギィィィィィィ……

 言い合っていた私たちを諌めるようにドアが開いた。誰も触っていないのに。
 観音開きの扉の向こうにも人はいなかった。
 いなくて当たり前だ。誰も住んでないから廃墟・・なんだもん。

「カギ、かかってたよね?」
「うん。間違いなく」
「早く来いってことだろ。お邪魔しまーす」

 警戒する私とグレンをよそに、シャオが電話越しに「行け行け」と煽り、ヤシャはさっさと進んでしまった。元々入るつもりだったから、好都合といえばそうなんだけどさ……。

  バタンッ

 最後尾の私が玄関を潜った瞬間、ドアが乱暴に閉じてしまった。ドアノブを捻ってもビクともしない。別に閉じ込められたわけじゃないもんね。窓が全壊だから逃げようと思えば逃げられるし。

「ヤシャ。セト先生に連絡して」
「無理。圏外になってる」
「えっ、嘘? シャオ、聞こえる?」
「早速怪奇現象か? 幸先いいな」
「これのどこが吉兆なの⁈」

 私のスマホも圏外になっているのに、どうしてシャオとの電話はそのままなんだ。正直、一番切れても問題ないのに。

「エムリス? ずっとだんまりだけど、聞こえてる?」
「キミたちが面白いからあえて口出ししなかっただけで、ばっちり聞こえてるヨ。新しく接続するのがダメなんじゃないかな? ボクからセトクンに伝えておくから、キミたちは進んでおくれ」
「うん。お願い」

 グレンのスマホからもうひとり――探偵局のお留守番担当の声が返ってきた。エムリスはしっかりサポートしてくれるからありがたいよね。

「すげぇ荒らされっぷりだな」

 一足先にライトで室内を照らしたヤシャも、そう呟かずにはいられなかったようだ。
 とにかく荒れっぷりがひどい。壁の落書きは派手で攻撃的だし、床には椅子やテーブルなどの家具の残骸が散らばっている。誰かが持ってきた不法投棄のゴミも混じってそうだ。

「ここの心霊現象って、どんな奴?」
「『幽霊に襲われた』とか『屋敷を出るまで追いかけてくる』とか、『意味不明な声がついてくる』とか。あとは『心霊写真撮り放題』」
「誰得オプションだそれ」

 呆れるヤシャをよそに、グレンが徐にスマホで写真を撮った。観光客気分か?

「心霊写真ってこういうこと?」

 グレンが見せてくれた撮り立ての写真には、たくさんのオーブが写り込んでいた。

「幽霊が映ればよかったのにな」
「廃墟だからネ〜。オーブは余裕で映るだろう」

 写真を共有したシャオとエムリスが、評論家よろしく口々に言う。

「オーブって、もう心霊写真の括りに入らねーの?」
「人間が目視できない粒子や埃が光に反応して映った現象だからね。『オーブが写ったから心霊写真だ』って即決はしかねるかも」
「本当だ。フラッシュ焚いた方が写る」

 グレン、目的を忘れてない? 心霊写真を撮りに来たんじゃないんだぞ。

「あ、写った」
「なにが、」
「幽霊」
「「は⁈」」

 グレンがいましがた撮っていたのは、ぶらぶら揺れていまにも落ちそうなシャンデリアだったが……。

「ここ。シャンデリアと天井のあいだ」
「お、本当だ」
「たしかにいるね」
「直に確認するって度胸あるな、お前」
「アシュってそういうタイプだよな。知ってた」

 私とヤシャ、双子の割には似てないんだよね。特にこういうところが。ヤシャがグレンのスマホを覗いた横で、私は直にシャンデリアを見上げていた。
 ばっちりいる。揺れて危なっかしいシャンデリアの上に、いまも幽霊が乗ってる。
 目が合った瞬間、ニタァッと笑って――

  アァァァァァァァァアアアアア

 奇声を上げて飛び降りてきた!

「とりあえず1階探索すっか」
「そだね〜」

 ……ところが、我ら3人トリオ、踵を返して華麗にスルー。飛び降りた幽霊は虚しくも軋む床をすり抜けて――どこ行った?

「そういえば、座ると死ぬって噂の椅子があるらしいよ」
「まじ? 記念写真撮ろうぜ」
「絶対やだ。埃被ってそうだし」
「「そっち?」」

「ちょー-っと待ってキミたち⁉」

 幽霊が行く先を阻んできた……と思ったら、さっきの落下幽霊だ。めんどくさいタイプらしい。

「もうちょっとビビろう⁈ 怖がるフリだけでも――あのさ、『なに言ってるの?』って感じの顔止めて⁉︎ 特に赤目ガール!」

 だって、怖くもないものをどうやって怖がれって言うの? 私は女優じゃないっての。
 
「お前、もしかして動画配信者?」

 私のスマホ越しのシャオが声を上げた。言われてみれば、たしかに似てるかも。この屋敷が心霊スポットとして認知された例の動画を仕切ってた……。

「もしかしてオニイサン、俺のファン⁈」
「全然」
「はぁーーッ⁉︎」
「シャオって、心霊系配信者はみんな好きだと思ってた」
「オカルトが好きだからこそ、好き判定かなりシビアだぞ。アシュもシャオも」
「ガーンッ!」

 そうそう。擬態語を口で喋っちゃうところとかさ、喧しくてあんまり好きになれなかったんだよね。

「もう1回行こうかなって2週間前のブログに書いたっきり音沙汰ないから、もしかしてと思ってたんだが。よりによってここで死んだのか」
「うわっ、傍迷惑」
「棚上げは止せよ〜! そういうキミたちはどうなの? 現在進行形でここにいるじゃん⁈」
「屋敷の管理人に頼まれたから来たんだよ。お前と一緒にすんな」

 あ、あまり人の好き嫌いをしないはずのヤシャも、こいつはいやみたいだ。

「なんで幽霊になってるの? 新手の宣伝?」
「翠目クン面白いこと言うね⁉︎ それができたらよかったんだけど!」

 グレンは正気で言ったのか? 斜め上から行きすぎなんだよ、君は。

「実は、2回目の撮影で来たときに、幽霊に襲われちゃってさ〜」
「聞いてねえのに語り出したな」
「要は、ここに棲む幽霊に殺されて地縛霊になったんだネ」
「あは〜! 言われちった〜」

 エムリスが超簡潔にまとめてくれた。幽霊のノリがいちいちうるさい。

「幽霊って実体がないよな? 人を殺せるの?」
「モノによる。人に干渉できるから、“祟り”や“呪い”が存在するんだよ」

 首を傾げるグレンに私はそう答えた。屋敷の奥からヒシヒシと感じるんだよね。本能的に「逃げたほうがいい」って感じるナニかがいるって。簡単に人を殺せる力を持ったモノが、人を殺してもいいと思ってるモノが、どこかに潜んでいる……。

  バタンッ

 ふと、ドアの閉じる音がした。2階か?

  ギシギシギシギシギシギシギシギシ

 見えないナニかが階段を駆け降りているらしい。ものすごい速さで足音が降りてきた――と思ったら、シャンデリアの下に佇んだ私たちを通り過ぎていく。
 え、なにしに来た? 妙に生温かい風がそよいだの、絶妙に気持ち悪いんだが?

「ほらほら! ご主人サマがキミたちをターゲットにしたみたいだぞ⁉︎ 早く早く! 逃げるならいまのうち――」
「【黙ってろ】」

 ヤシャがギッと睨んだ途端、配信者の顔が歪む。そして、息もできないほどに苦しい、と言わんばかりの表情を浮かべて石のように固まってなにも言わなくなった。

「さっさと【邪眼】使えばよかったぜ。コイツ、友達にしたくねぇタイプだわ」
「そこの幽霊クンは、アズラエルアイシャンに回収を頼んでおくヨ」
「うん。放っとくね」
「あ、」

 グレンが声を上げたと同時に、ずっと揺れていたシャンデリアが音もなく落ちて来た――

  ガッシャーーン!!

  ギャハハハハハハハハハッッッ

 下品な笑い声が屋敷に木霊している。この声の主が「ご主人サマ」か?

「……やっぱり落とすと思った」
「シャンデリア、ボロボロだったもんな。何回落としてるんだよ」
「もうちょっと裏を掻いてほしいところだ。想像どおりになってもつまんないし」

 グレンもヤシャも、そしてシャオも、私も同じことを考えていたみたいだ。なにも言わないけど、エムリスだってそう予測していたに違いない。

「とりあえず探索するか。さっきのドアが閉じた音、2階だったよな?」
「もう行っちゃう? ここの見応えは2階だってサイトにあったよ」
「見応えってなんの見応えだよ。心霊現象か?」
「帰ったら速攻風呂に入ろう……」

 ヤシャも私もグレンも、相次ぐ心霊・怪奇現象には全くビビっていない。こんなのに怖気付いていたら、怪奇専門の探偵局(のアルバイト)なんかやってないって。

「正直、動じないキミたちが一番怖いよネ」

 探偵局のなかで一番怖気づかない人が、電話越しにそう呟いた。
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