空欄の場合は夢主になります。
杉元
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荒廃した街の、とあるクラブで俺は働いている。
客も店員も、みんなロクでなしだ。まともなやつらは、もうこの街から消え去った。
俺の仕事は曲乗り。まあ、言ってしまえばピエロみたいなもので。誰も聴いちゃいない喧しい音楽の中で、これまた誰も見ていないのに芸をするんだ。
たまに気まぐれで小銭を投げつけてくる客がいるから、それをまるで宝石のように有り難がって受け取る。他にも、人間様が俺のステージに餌をぶちまけた後に、俺は這いつくばって野良犬のようにドックフードを食うことすらあった。プライドなんか持ってたって一円にもならない。だったら死ぬ気で生き抜いてやる。
実は俺、「不死身の杉元」として一世を風靡したことがある。
というのも、自分でも自覚してなかったことだけど、傷の治りが昔から人より早くてね。交通事故に遭った時に俺の細胞が特殊であることが医者にバレて、一時話題になったんだ。最初はマスコミやら医学会やらからもてはやされて、まるでアイドルのような扱いを受けたよ。ガン細胞だけを死滅させることができるんじゃないか、不治の病を治せるんじゃないかって。散々だったよ、骨折させられたり斬りつけられたり火で炙られたりと、非人道的な拷問実験は一通り受けた。
でも結局、俺の細胞が変わっていただけで誰にも代用できなくて、そのことがわかると学者たちは研究用に一定数俺の細胞を抜き取った後に、いきなり俺を見捨てた。それもそうか。モルモットを飼うにも金がかかる。しかもそのモルモットが不死身ともなれば、わざわざ手厚く保護する必要はないのだから。
一般人が有名になると、デメリットしかない。働こうにも顔が割れてるから、まともに働くことができなかった。初対面から不気味がられたり、やんちゃな人間は俺を傷つけようと殴りかかってくることだってあった。元々天涯孤独だったから親戚を頼ることもできなくて。結局社会から爪弾きにされた人間が集まる荒れたこの街に辿り着いたってわけ。
今日も仕事だ。まともな給料なんかもらえない。ほとんど店にピンハネされるが、多少おこぼれが貰えるだけでもマシだ。特にチップは貴重な収入源。
キンキン声の甲高い女たちの笑う声が楽しげに響く。俺はステージの上で輪っかに首を通してぶら下がっていた。普通の人間だったら気絶したりもがいたりするだろうが、まっすぐにブランと首吊りをして、女たちに笑いかける。脳みそが空っぽの女たちは「すごーい」「なにあれ怖ぁい」「どうなってんの?」なんて口々に言っていたが、同じく脳みそが腐っている男たちはそんな女の胸や尻を鷲掴みにしながら酒を煽って笑う。俺も彼らの輪に入っているかのように顔の表面だけで笑っていた。
仕事が終わっても帰る場所などない。
俺は廃墟の中で暮らしている。水道も電気も通っていない。荒れ果てた家。この街はそんな家がいくつもあるから、雨風さえ凌げればどこでもよかった。
電気がなく日当たりが悪いから昼間でも薄暗い。夕方になると宇宙の中にいるのかと思うほど黒が深くなる。人って、本当の暗闇にいると上下左右の感覚がなくなって、まるで無重力空間にいるような不思議な感じになるんだよ。酒を買う金もないから、手っ取り早く酔える暗闇に酔って遊んでいたら、いつの間にか戻り方がわからなくなってきた。
今日もいつものように仕事を終えて、自分の居住区と勝手に決めた廃墟に戻った。長年少しずつかき集めた布切れを毛布代わりに寝床にしていて、落ちていたゴミを食料にする。廃墟の割れた窓は瓦礫で塞いで雨風を凌いだ。学校にも行っていないので字など読めないのに、なんとなくかき集めた新聞紙の山。これらが俺の財産だ。自分だけの秘密基地。
と、思っていたら今日は先客がいた。
俺よりずっと小さくて華奢な女の子が、俺の寝床で丸くなっていた。すうすうと寝息をたてている。
「……あのぅ」
恐る恐る、女の子の肩を揺さぶる。「うう」と小さく唸ったと思ったらゆっくりと瞼が開いて、大きな瞳がぱちくりとこちらを見た。
「ひゃあ!」
飛び上がって驚いたその子は、俺の毛布を身体に巻き付けて震え出した。まるで俺が不審者みたいじゃないか。ちょっとむすっとして文句を言ってしまった。
「……ここ、俺の拠点にしてたんだけど」
「あ、……ご、ごめんなさい」
女の子はヨロヨロと立ち上がって出て行こうとした。女の子が着ているボロ布の裾から棒のように細い足が見えた。栄養状態が悪い。
「ま、待って」
つい呼び止めてしまった。このまま街に出たら野垂れ死ぬのが目に見えていたから。
「よかったら、ここ、一緒に使う?」
「え……」
女の子は一瞬ポカンとした表情を浮かべた。その後意味を理解したのか、大きく目を見開くと動揺したのかキョロキョロと忙しなく視線が彷徨った。
「それとも、どこか別のアテがあるのかな?」
いささか意地悪な質問だった。こんなところにいる人間が、他にアテなどあるわけがない。どうせこの街の中を彷徨う以外ないに決まっている。ましてやこんな小さな体の少女、ブローカーに内臓を売り飛ばされるかいかがわしい店で娼婦のように使われるかどちらかだ。
「え、えっと……」
まあ、この女の子からすれば俺もブローカーや変態共と変わらぬ不審者に見えるかもしれない。おどおどとした様子からは身を守る術を模索しているのが窺えた。
「俺は杉元佐一。この近くのクラブで曲乗りしてるんだ」
俺が近づいて右手を前に出す。女の子は目をまん丸にして俺の手と顔を交互に見比べた。そして少しの間を置いてからおずおずと俺の手を握る。きっとそのまま右手を掴まれて乱暴されることを覚悟したのだろう。ぎゅっ、と目を瞑っていた。が、軽く握り替えしただけの俺に驚いたのか、震える声で名乗ってくれた。
「……わ、私……夢主」
「夢主さん、か。いい名前だね」
「……ありがとう」
夢主さんは俺を信用して良いのか迷っているようだった。でもここではそれが正しいと思う。
それから、夢主さんと二人で暮らすことになった。
俺が仕事の間は夢主さんがこの辺りで使えそうな物を探してきたり、街を出てゴミや廃材を売ってきて日銭を稼いできてくれた。仕事がない時間は夢主さんが危ない目に遭うことがないよう、俺は用心棒としてついて歩いた。
共同生活の中で、俺は自分の生い立ちや今の生活なんかを夢主さんに語った。いつかはこの街を出て、人並みに幸せに暮らしたいということも。
夢主さんは親に虐待されて育ったらしい。ついには金のために売り飛ばされて、そこからは奴隷人生。趣味の悪い連中から命からがら逃げ出したそうで、男の人は苦手だと呟いていた。
俺も男なんだけどな……と思っていると、顔に出ていたのか夢主さんは笑った。
「ふふ、佐一くんは特別。信用してるよ。不死身の杉元くん?」
恥ずかしげもなく真っ直ぐに向けられる視線に、俺は思わず帽子を深く被り直して呟いた。照れくさかったんだ。
「まぁ、夢主さんのことは守るけどさぁ……」
そんなやりとりをして、どちらからともなく俺たちは唇を重ねた。
スラム街で暮らしていると嫌というほど娼婦やそれを買い付ける汚い男たちを見かける。そんな奴らは所かまわず獣のように下品に身体を交えるが、同じ行為をしているとは到底思えないほど夢主さんと心も体も密着するのは心地が良かったし、夢主さんはとても綺麗だった。
そうやって夢主さんと暮らす日々は、今までになく幸せだった。不思議と汚いスラム街がまるで天国にでもなったかのように穏やかに感じたし、他人から向けられる悪意や敵が以前とは違った意味で刺さらなくなった。
その日は給料日だった。俺が稼いだところでほとんど店にピンハネされるので、恐らくまともな仕事をしてる人間からすれば端金には違いないが、俺にとっては貴重な収入源。
今日は夢主さんが得意料理を作って待っていてくれるって言ってたから、俺は浮き足立って帰路につく。
しかし、拠点は暗く静まり返っていた。
何の音もしない。まるで宇宙の中にいるみたいだ。
俺は数秒間固まったが、夢主さんがいないことに気がつくとそのまま外へと飛び出した。
変質者に連れ去られたのか、はたまた奴隷商人に見つかったのか、そんなことを考えながら俺は荒廃した街を走り回る。
街の中を走り回っていると、路地裏から聞き覚えのある声が小さく聞こえた気がした。そして、同時にガッと何か硬いものがぶつかるような音も。
急いで声のした方へ向かうと、そこには複数の男たちに囲まれた夢主さんがいた。夢主さんの服はビリビリで、身体はあざだらけだった。
俺は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。怒りだと理解する前に怒鳴りながらそちらへ足を向ける。
「夢主さんに……何をしてる!!」
「さ、佐一くん……!」
夢主さんは震える声で俺の名前を呼ぶ。顔を見ると頬を殴られたのか、赤く腫れていた。
男たちは単身で乗り込む俺に対して余裕をかまし、ニヤニヤと笑いながら数人で俺を取り囲んだ。そのうち一人は夢主さんを人質に、首元にナイフを突きつける。
「夢主さんにそんなもの向けるんじゃねえ!」
そう叫びながら一斉に襲い掛かってくる男たちを掴み、殴り、蹴り、投げ飛ばし、あらゆる手段でぶちのめす。
武器を持っていた男もいたが殴打されようが刺されようが、俺は不死身だ。そんなものは一時的な傷にしかならない。だから真正面から振りかぶってきた男の鉄パイプを額で受けた。攻撃してきた男の方が「化け物かよ」と呟いてへたり込んだ。
残るは夢主さんを人質にしている男だけとなった。
俺は頭から血を流しながらも迷いなくその男の方へと向かうと、男は焦った様子で後ずさる。そして行き止まりの壁に追い詰められた男は「クソ……!」と呟いた後、夢主さんの首筋にあてていたナイフをスッと動かした。夢主さんの細くて白い首からは血しぶきが上がった。
「痛っ」
夢主さんの小さな悲鳴を聞いた瞬間俺はカッとなってしまって、そこから記憶が飛んだ。
「佐一くんっ……」
気が付けば俺は男を組み敷いてボコボコに殴りつけているところだった。
夢主さんが震える手で俺にしがみついて止めてくれていた。
「大丈夫、もう、大丈夫だから」
そう言ってくれて、ようやく拳を止める。自分の手は返り血と容赦なく殴りつけたことによってあちこち切れて腫れていた。
我に返って夢主さんの手を取る。
「夢主さん!けがは!?病院に行こう!」
夢主さんは首を横に振る。
「でも……!」
俺が夢主さんの手を引いて歩こうとすると、夢主さんがそれを止める。
「佐一くん、私は大丈夫。ほら、見て」
「え……?」
夢主さんが見やすいように顎をクイ、と上に向ける。先ほど確かに俺は男が夢主さんの首に這わせたナイフで切りつけたのを目撃したというのに、首には治りかけのかさぶたができている。
「え……?」
俺が動揺していると、夢主さんは困ったように笑った。そして俺を落ち着かせるように俺の手をそっと握って優しく擦りながら続けた。
「もう治ったみたい。痛くないよ」
「な、なんで……」
「キスで移ったのかな?それともその後の……」
思わず俺が耐え切れずに「わー!」と声をあげると、夢主さんは楽しそうにクスクスと笑った。
そこでようやく気が付いたが、確かに先ほど夢主さんの体中にあった痣や頬の腫れが引いている。夢主さんは俺の血まみれの手を自分の頬に当てて、にっこりと微笑んだ。
「佐一くん、前に言ってたよね。『不死身の杉元』だって。私も『不死身の夢主』になっちゃったのかもね」
「ご、ごめん」
俺はへなへなと力が抜けて座り込んでしまった。夢主さんは不思議そうに俺を見下ろす。
「どうして謝るの?」
「俺みたいに、化け物みたいに、なっちゃったから……」
夢主さんはそんな俺の前にしゃがみ込むと、嬉しそうに笑って俺を抱きしめた。
「そんなことないよ。佐一くんのおかげでせっかく丈夫になれたんだもん。こんな街でも楽しく過ごせそうじゃない?」
その後、二人は荒廃した街の中で貧しいながらにも慎ましく生活し、幸せな家庭を築きましたとさ。
めでたしめでたし
客も店員も、みんなロクでなしだ。まともなやつらは、もうこの街から消え去った。
俺の仕事は曲乗り。まあ、言ってしまえばピエロみたいなもので。誰も聴いちゃいない喧しい音楽の中で、これまた誰も見ていないのに芸をするんだ。
たまに気まぐれで小銭を投げつけてくる客がいるから、それをまるで宝石のように有り難がって受け取る。他にも、人間様が俺のステージに餌をぶちまけた後に、俺は這いつくばって野良犬のようにドックフードを食うことすらあった。プライドなんか持ってたって一円にもならない。だったら死ぬ気で生き抜いてやる。
実は俺、「不死身の杉元」として一世を風靡したことがある。
というのも、自分でも自覚してなかったことだけど、傷の治りが昔から人より早くてね。交通事故に遭った時に俺の細胞が特殊であることが医者にバレて、一時話題になったんだ。最初はマスコミやら医学会やらからもてはやされて、まるでアイドルのような扱いを受けたよ。ガン細胞だけを死滅させることができるんじゃないか、不治の病を治せるんじゃないかって。散々だったよ、骨折させられたり斬りつけられたり火で炙られたりと、非人道的な拷問実験は一通り受けた。
でも結局、俺の細胞が変わっていただけで誰にも代用できなくて、そのことがわかると学者たちは研究用に一定数俺の細胞を抜き取った後に、いきなり俺を見捨てた。それもそうか。モルモットを飼うにも金がかかる。しかもそのモルモットが不死身ともなれば、わざわざ手厚く保護する必要はないのだから。
一般人が有名になると、デメリットしかない。働こうにも顔が割れてるから、まともに働くことができなかった。初対面から不気味がられたり、やんちゃな人間は俺を傷つけようと殴りかかってくることだってあった。元々天涯孤独だったから親戚を頼ることもできなくて。結局社会から爪弾きにされた人間が集まる荒れたこの街に辿り着いたってわけ。
今日も仕事だ。まともな給料なんかもらえない。ほとんど店にピンハネされるが、多少おこぼれが貰えるだけでもマシだ。特にチップは貴重な収入源。
キンキン声の甲高い女たちの笑う声が楽しげに響く。俺はステージの上で輪っかに首を通してぶら下がっていた。普通の人間だったら気絶したりもがいたりするだろうが、まっすぐにブランと首吊りをして、女たちに笑いかける。脳みそが空っぽの女たちは「すごーい」「なにあれ怖ぁい」「どうなってんの?」なんて口々に言っていたが、同じく脳みそが腐っている男たちはそんな女の胸や尻を鷲掴みにしながら酒を煽って笑う。俺も彼らの輪に入っているかのように顔の表面だけで笑っていた。
仕事が終わっても帰る場所などない。
俺は廃墟の中で暮らしている。水道も電気も通っていない。荒れ果てた家。この街はそんな家がいくつもあるから、雨風さえ凌げればどこでもよかった。
電気がなく日当たりが悪いから昼間でも薄暗い。夕方になると宇宙の中にいるのかと思うほど黒が深くなる。人って、本当の暗闇にいると上下左右の感覚がなくなって、まるで無重力空間にいるような不思議な感じになるんだよ。酒を買う金もないから、手っ取り早く酔える暗闇に酔って遊んでいたら、いつの間にか戻り方がわからなくなってきた。
今日もいつものように仕事を終えて、自分の居住区と勝手に決めた廃墟に戻った。長年少しずつかき集めた布切れを毛布代わりに寝床にしていて、落ちていたゴミを食料にする。廃墟の割れた窓は瓦礫で塞いで雨風を凌いだ。学校にも行っていないので字など読めないのに、なんとなくかき集めた新聞紙の山。これらが俺の財産だ。自分だけの秘密基地。
と、思っていたら今日は先客がいた。
俺よりずっと小さくて華奢な女の子が、俺の寝床で丸くなっていた。すうすうと寝息をたてている。
「……あのぅ」
恐る恐る、女の子の肩を揺さぶる。「うう」と小さく唸ったと思ったらゆっくりと瞼が開いて、大きな瞳がぱちくりとこちらを見た。
「ひゃあ!」
飛び上がって驚いたその子は、俺の毛布を身体に巻き付けて震え出した。まるで俺が不審者みたいじゃないか。ちょっとむすっとして文句を言ってしまった。
「……ここ、俺の拠点にしてたんだけど」
「あ、……ご、ごめんなさい」
女の子はヨロヨロと立ち上がって出て行こうとした。女の子が着ているボロ布の裾から棒のように細い足が見えた。栄養状態が悪い。
「ま、待って」
つい呼び止めてしまった。このまま街に出たら野垂れ死ぬのが目に見えていたから。
「よかったら、ここ、一緒に使う?」
「え……」
女の子は一瞬ポカンとした表情を浮かべた。その後意味を理解したのか、大きく目を見開くと動揺したのかキョロキョロと忙しなく視線が彷徨った。
「それとも、どこか別のアテがあるのかな?」
いささか意地悪な質問だった。こんなところにいる人間が、他にアテなどあるわけがない。どうせこの街の中を彷徨う以外ないに決まっている。ましてやこんな小さな体の少女、ブローカーに内臓を売り飛ばされるかいかがわしい店で娼婦のように使われるかどちらかだ。
「え、えっと……」
まあ、この女の子からすれば俺もブローカーや変態共と変わらぬ不審者に見えるかもしれない。おどおどとした様子からは身を守る術を模索しているのが窺えた。
「俺は杉元佐一。この近くのクラブで曲乗りしてるんだ」
俺が近づいて右手を前に出す。女の子は目をまん丸にして俺の手と顔を交互に見比べた。そして少しの間を置いてからおずおずと俺の手を握る。きっとそのまま右手を掴まれて乱暴されることを覚悟したのだろう。ぎゅっ、と目を瞑っていた。が、軽く握り替えしただけの俺に驚いたのか、震える声で名乗ってくれた。
「……わ、私……夢主」
「夢主さん、か。いい名前だね」
「……ありがとう」
夢主さんは俺を信用して良いのか迷っているようだった。でもここではそれが正しいと思う。
それから、夢主さんと二人で暮らすことになった。
俺が仕事の間は夢主さんがこの辺りで使えそうな物を探してきたり、街を出てゴミや廃材を売ってきて日銭を稼いできてくれた。仕事がない時間は夢主さんが危ない目に遭うことがないよう、俺は用心棒としてついて歩いた。
共同生活の中で、俺は自分の生い立ちや今の生活なんかを夢主さんに語った。いつかはこの街を出て、人並みに幸せに暮らしたいということも。
夢主さんは親に虐待されて育ったらしい。ついには金のために売り飛ばされて、そこからは奴隷人生。趣味の悪い連中から命からがら逃げ出したそうで、男の人は苦手だと呟いていた。
俺も男なんだけどな……と思っていると、顔に出ていたのか夢主さんは笑った。
「ふふ、佐一くんは特別。信用してるよ。不死身の杉元くん?」
恥ずかしげもなく真っ直ぐに向けられる視線に、俺は思わず帽子を深く被り直して呟いた。照れくさかったんだ。
「まぁ、夢主さんのことは守るけどさぁ……」
そんなやりとりをして、どちらからともなく俺たちは唇を重ねた。
スラム街で暮らしていると嫌というほど娼婦やそれを買い付ける汚い男たちを見かける。そんな奴らは所かまわず獣のように下品に身体を交えるが、同じ行為をしているとは到底思えないほど夢主さんと心も体も密着するのは心地が良かったし、夢主さんはとても綺麗だった。
そうやって夢主さんと暮らす日々は、今までになく幸せだった。不思議と汚いスラム街がまるで天国にでもなったかのように穏やかに感じたし、他人から向けられる悪意や敵が以前とは違った意味で刺さらなくなった。
その日は給料日だった。俺が稼いだところでほとんど店にピンハネされるので、恐らくまともな仕事をしてる人間からすれば端金には違いないが、俺にとっては貴重な収入源。
今日は夢主さんが得意料理を作って待っていてくれるって言ってたから、俺は浮き足立って帰路につく。
しかし、拠点は暗く静まり返っていた。
何の音もしない。まるで宇宙の中にいるみたいだ。
俺は数秒間固まったが、夢主さんがいないことに気がつくとそのまま外へと飛び出した。
変質者に連れ去られたのか、はたまた奴隷商人に見つかったのか、そんなことを考えながら俺は荒廃した街を走り回る。
街の中を走り回っていると、路地裏から聞き覚えのある声が小さく聞こえた気がした。そして、同時にガッと何か硬いものがぶつかるような音も。
急いで声のした方へ向かうと、そこには複数の男たちに囲まれた夢主さんがいた。夢主さんの服はビリビリで、身体はあざだらけだった。
俺は全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。怒りだと理解する前に怒鳴りながらそちらへ足を向ける。
「夢主さんに……何をしてる!!」
「さ、佐一くん……!」
夢主さんは震える声で俺の名前を呼ぶ。顔を見ると頬を殴られたのか、赤く腫れていた。
男たちは単身で乗り込む俺に対して余裕をかまし、ニヤニヤと笑いながら数人で俺を取り囲んだ。そのうち一人は夢主さんを人質に、首元にナイフを突きつける。
「夢主さんにそんなもの向けるんじゃねえ!」
そう叫びながら一斉に襲い掛かってくる男たちを掴み、殴り、蹴り、投げ飛ばし、あらゆる手段でぶちのめす。
武器を持っていた男もいたが殴打されようが刺されようが、俺は不死身だ。そんなものは一時的な傷にしかならない。だから真正面から振りかぶってきた男の鉄パイプを額で受けた。攻撃してきた男の方が「化け物かよ」と呟いてへたり込んだ。
残るは夢主さんを人質にしている男だけとなった。
俺は頭から血を流しながらも迷いなくその男の方へと向かうと、男は焦った様子で後ずさる。そして行き止まりの壁に追い詰められた男は「クソ……!」と呟いた後、夢主さんの首筋にあてていたナイフをスッと動かした。夢主さんの細くて白い首からは血しぶきが上がった。
「痛っ」
夢主さんの小さな悲鳴を聞いた瞬間俺はカッとなってしまって、そこから記憶が飛んだ。
「佐一くんっ……」
気が付けば俺は男を組み敷いてボコボコに殴りつけているところだった。
夢主さんが震える手で俺にしがみついて止めてくれていた。
「大丈夫、もう、大丈夫だから」
そう言ってくれて、ようやく拳を止める。自分の手は返り血と容赦なく殴りつけたことによってあちこち切れて腫れていた。
我に返って夢主さんの手を取る。
「夢主さん!けがは!?病院に行こう!」
夢主さんは首を横に振る。
「でも……!」
俺が夢主さんの手を引いて歩こうとすると、夢主さんがそれを止める。
「佐一くん、私は大丈夫。ほら、見て」
「え……?」
夢主さんが見やすいように顎をクイ、と上に向ける。先ほど確かに俺は男が夢主さんの首に這わせたナイフで切りつけたのを目撃したというのに、首には治りかけのかさぶたができている。
「え……?」
俺が動揺していると、夢主さんは困ったように笑った。そして俺を落ち着かせるように俺の手をそっと握って優しく擦りながら続けた。
「もう治ったみたい。痛くないよ」
「な、なんで……」
「キスで移ったのかな?それともその後の……」
思わず俺が耐え切れずに「わー!」と声をあげると、夢主さんは楽しそうにクスクスと笑った。
そこでようやく気が付いたが、確かに先ほど夢主さんの体中にあった痣や頬の腫れが引いている。夢主さんは俺の血まみれの手を自分の頬に当てて、にっこりと微笑んだ。
「佐一くん、前に言ってたよね。『不死身の杉元』だって。私も『不死身の夢主』になっちゃったのかもね」
「ご、ごめん」
俺はへなへなと力が抜けて座り込んでしまった。夢主さんは不思議そうに俺を見下ろす。
「どうして謝るの?」
「俺みたいに、化け物みたいに、なっちゃったから……」
夢主さんはそんな俺の前にしゃがみ込むと、嬉しそうに笑って俺を抱きしめた。
「そんなことないよ。佐一くんのおかげでせっかく丈夫になれたんだもん。こんな街でも楽しく過ごせそうじゃない?」
その後、二人は荒廃した街の中で貧しいながらにも慎ましく生活し、幸せな家庭を築きましたとさ。
めでたしめでたし