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尾形
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cube/尾形
「なにそれ」
雨が降る街のとあるカフェで読書をしていた「私」は呟いた。長い時間をかけて丁寧に読んできた物語の結末が期待外れだった。ただそれだけなんだけど、裏切られたような気がして思わず失笑してしまった。でも期待外れだったのに不快ではなかったのだから不思議な気持ちである。
つまらない日常で誰しも一つや二つくらい悩みは抱いているものだろう。私もちょうど人生が上手く回っていないような感覚を抱きながら生きていた。
読み終わった本を閉じて「もしも自分がこの物語の主人公だったならどうしただろうか」と考え込む。そして唐突に思い出した。たまらなくなった私はカフェを飛び出す。いつの間にか雨は止んでいたけれど水たまりを自動車のタイヤが踏んで水しぶきが飛んでいた。
この気持ちをなんと表現したら良いだろうか、急に視界が開けた気分だった。霹靂っていうと大げさに聞こえるかもしれない。でも、私にとってはそれくらい大きく感じられる衝撃だった。
周囲は何も変わらない。いつも通りに日常をこなしているように見える。でも、確かに私の中では何かが大きく変わったのを感じる。
私の心の中に一つだけある大切な記憶。これをもう一つ持ち合わせている人がいるではないか。
どこだここは。
「俺」は確かに死んだはずだった。暴走列車の上で。
電車の中で目を覚ました俺は一瞬混乱した。ああ、そうだいつも見る悪夢だ。前世の記憶だかなんだか知らないが、俺には断片的な記憶がある。明治時代の軍人だった俺が色んな人間を殺しながら愛を求めて彷徨い、最終的には罪悪感に飲まれて幕引きする夢。悪夢と呼んでいるが、前世の「俺」は満足していたのをなぜか知っている。心が覚えている。
この悪夢を見た後は意識が混濁する。方向感覚を失う。
現代を生きる俺は周りに溶け込んでそれなりにやっていると思う。前世にもあった頬の傷が今世にも出現するのは予想外だが、誰も前世の俺を知らないのだから現実的にはただ見た目が物騒なだけである。
突然、断片的な記憶の中で一瞬、女の顔が映った気がした。この女は誰だ。悪夢に出てくる腹違いの兄弟は男だった。母親や祖母とも顔が違う。穏やかにこちらへ笑いかける女。その顔が見えた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
ああ、俺はこの女を知っている。明治時代に残してきた愛した女に会わなくてはいけない。
俺の前世の記憶が一つ。きっとあの女も持ち合わせている二つの記憶。
だから俺は乗り換え駅ではないがそこで下車して、走り出した。
会いたい。きっと会えるはず。
私は足を速めた。どこへ向かっているのか、自分でもわからない。
途中人にぶつかる。チッと舌打ちをされても人混みをかき分けてひたすらに足を動かした。
もっと向こう、もっと遠くだ。
こんなの一方通行の気持ちだろうに、なぜか気持ちが通じている実感があり、どこか心地よい感覚があるのだから不思議だ。
俺は、歩みを進めるうちに涙が頬を伝っているのに気が付いた。
涙が流れるのは左目だけだ。最期に自分で撃った左目。思わず笑みがこぼれた。顔の半分だけ器用に笑みが浮かんでいる状態だ。
髭面の顔に傷のある成人男性が泣いているのだからさぞ不気味だろう。周囲は引いた様子だが、構わない。
その周囲の人混みの向こうから、あの女がこちらに来ていることに気が付いたから。
あの女は俺のこの様を見てなんて言うだろう。また、あの時のように穏やかに笑ってくれることだろう。
会えた!
私は嬉しくなった。彼が私を認識しているのは確実だった。顔の半分だけ涙を流した彼が私に向かって両手を広げたから。
一人一つ、二つの記憶でこれからも一緒に生きていける。そう確信した。
「尾形さん!」
「夢主!」
二人で叫びながら同時に身体ごとぶつかるような抱擁をする。
人々はまるで遠距離カップルが再会したシーンのように見えるだろう。しかし、遠距離なんてもんじゃない。前世からの恋愛だ。
「今までどこにいたんだ」
「尾形さんこそ何してたのよ」
「……」
「なんか急に閃いたんだもん。会えるって思ったの」
「俺もそうだ。お前の顔が急に思い浮かんだ」
「ふふ、そうか。嬉しい閃きね」
「前世の償いをさせてくれ」
「そうだね、やり直そう。今度は置いていかないでね」
「お前こそ、ちゃんとついてこいよ」
私たちはどちらからともなく唇を重ねた。
たとえこれが夢だったとしても、今度は一緒だから絶対大丈夫。どこまでもいける。
おわり
「なにそれ」
雨が降る街のとあるカフェで読書をしていた「私」は呟いた。長い時間をかけて丁寧に読んできた物語の結末が期待外れだった。ただそれだけなんだけど、裏切られたような気がして思わず失笑してしまった。でも期待外れだったのに不快ではなかったのだから不思議な気持ちである。
つまらない日常で誰しも一つや二つくらい悩みは抱いているものだろう。私もちょうど人生が上手く回っていないような感覚を抱きながら生きていた。
読み終わった本を閉じて「もしも自分がこの物語の主人公だったならどうしただろうか」と考え込む。そして唐突に思い出した。たまらなくなった私はカフェを飛び出す。いつの間にか雨は止んでいたけれど水たまりを自動車のタイヤが踏んで水しぶきが飛んでいた。
この気持ちをなんと表現したら良いだろうか、急に視界が開けた気分だった。霹靂っていうと大げさに聞こえるかもしれない。でも、私にとってはそれくらい大きく感じられる衝撃だった。
周囲は何も変わらない。いつも通りに日常をこなしているように見える。でも、確かに私の中では何かが大きく変わったのを感じる。
私の心の中に一つだけある大切な記憶。これをもう一つ持ち合わせている人がいるではないか。
どこだここは。
「俺」は確かに死んだはずだった。暴走列車の上で。
電車の中で目を覚ました俺は一瞬混乱した。ああ、そうだいつも見る悪夢だ。前世の記憶だかなんだか知らないが、俺には断片的な記憶がある。明治時代の軍人だった俺が色んな人間を殺しながら愛を求めて彷徨い、最終的には罪悪感に飲まれて幕引きする夢。悪夢と呼んでいるが、前世の「俺」は満足していたのをなぜか知っている。心が覚えている。
この悪夢を見た後は意識が混濁する。方向感覚を失う。
現代を生きる俺は周りに溶け込んでそれなりにやっていると思う。前世にもあった頬の傷が今世にも出現するのは予想外だが、誰も前世の俺を知らないのだから現実的にはただ見た目が物騒なだけである。
突然、断片的な記憶の中で一瞬、女の顔が映った気がした。この女は誰だ。悪夢に出てくる腹違いの兄弟は男だった。母親や祖母とも顔が違う。穏やかにこちらへ笑いかける女。その顔が見えた瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
ああ、俺はこの女を知っている。明治時代に残してきた愛した女に会わなくてはいけない。
俺の前世の記憶が一つ。きっとあの女も持ち合わせている二つの記憶。
だから俺は乗り換え駅ではないがそこで下車して、走り出した。
会いたい。きっと会えるはず。
私は足を速めた。どこへ向かっているのか、自分でもわからない。
途中人にぶつかる。チッと舌打ちをされても人混みをかき分けてひたすらに足を動かした。
もっと向こう、もっと遠くだ。
こんなの一方通行の気持ちだろうに、なぜか気持ちが通じている実感があり、どこか心地よい感覚があるのだから不思議だ。
俺は、歩みを進めるうちに涙が頬を伝っているのに気が付いた。
涙が流れるのは左目だけだ。最期に自分で撃った左目。思わず笑みがこぼれた。顔の半分だけ器用に笑みが浮かんでいる状態だ。
髭面の顔に傷のある成人男性が泣いているのだからさぞ不気味だろう。周囲は引いた様子だが、構わない。
その周囲の人混みの向こうから、あの女がこちらに来ていることに気が付いたから。
あの女は俺のこの様を見てなんて言うだろう。また、あの時のように穏やかに笑ってくれることだろう。
会えた!
私は嬉しくなった。彼が私を認識しているのは確実だった。顔の半分だけ涙を流した彼が私に向かって両手を広げたから。
一人一つ、二つの記憶でこれからも一緒に生きていける。そう確信した。
「尾形さん!」
「夢主!」
二人で叫びながら同時に身体ごとぶつかるような抱擁をする。
人々はまるで遠距離カップルが再会したシーンのように見えるだろう。しかし、遠距離なんてもんじゃない。前世からの恋愛だ。
「今までどこにいたんだ」
「尾形さんこそ何してたのよ」
「……」
「なんか急に閃いたんだもん。会えるって思ったの」
「俺もそうだ。お前の顔が急に思い浮かんだ」
「ふふ、そうか。嬉しい閃きね」
「前世の償いをさせてくれ」
「そうだね、やり直そう。今度は置いていかないでね」
「お前こそ、ちゃんとついてこいよ」
私たちはどちらからともなく唇を重ねた。
たとえこれが夢だったとしても、今度は一緒だから絶対大丈夫。どこまでもいける。
おわり