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杉元
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ガソリンスタンド/杉元
外回りの仕事を終えて会社に戻る途中、社有車のガソリンランプがついた。
「んもー!みんな入れてないから!」
ガソリンを入れたとしても会社に請求すれば後程返ってくるのは分かっているのだが、交通費の精算が給料の締めと同時なのでその間はタイムロスがある。
それを皆嫌がって月初は誰も入れたがらない。
実際、私も面倒でだましだまし社有車を使っていた。
そもそもそんなに遠出はしないし、私の番はなんとかなるだろうと思っていた。
しかし今回は運悪くランプがついてしまったので、会社まであと少しではあったが近くのガソリンスタンドに寄る。
セルフではないが特に割高というわけでもなく平均的な価格帯、街を走れば何か所も見ることがあるチェーン店のガソリンスタンドだ。
そこへ車を入れると、帽子をかぶってつなぎを着た背の高いお兄さんが出てきて誘導してくれる。
ガソリンスタンドの人は皆元気いっぱい声を出してくれるけれど、なんだか疲れさせてしまいそうで申し訳なくなる。
なのでせめてもと、私も元気いっぱい挨拶をすることにした。
「こんにちは!お疲れ様です!レギュラー満タンでお願いします。」
顔を見て笑顔を向けていたつもりだったが、駆け寄ってきてくれたはずのお兄さんは返事をしない。
不思議に思い視線をむけてみると、驚いた表情のまま固まったお兄さんと目が合う。
あら、お兄さんカッコイイ顔してるけど、顔の傷が凄い。
昔怪我をされたとかかなぁ…もう痛くないのだろうか、などと短い時間に色々考えてしまう。
お兄さんが我に返ったようで、「すみません、お支払いは?」と営業スマイルを作り直して聞いてくれた。
現金で、と答えて車のエンジンを止めて給油口を開ける。
お兄さんがガソリンを入れている間、窓を拭くサービスをしてくれた。
車内もどうぞ、とタオルを渡されたのでハンドルやダッシュボード近くを拭いていると、外からフロントガラスを拭いているお兄さんとふと目が合った。
気まずくてつい曖昧に微笑んでしまったが、今度はお兄さんは慌てて帽子を深くかぶりなおして視線を遮ってしまった。
あれ、不快にさせちゃったかな……。
少し反省しながらお金のやり取りをするときに、つなぎの胸ポケットに刺繍されたお兄さんの名前を盗み見た。
そこには「スギモト」とカタカナで縫われていたので、漢字が分からなかったがとりあえず名前の響きだけ覚えた。
そしてそのままお会計が終わると道路まで誘導してくれる。
ありがとうございます!と車内にまで聞こえる大きな声でお見送りしてくれた。
元気のよいお兄さん、じゃなかったスギモトさん。
次にガソリンを入れるときまで覚えておこうと思っていたが、仕事を終えて自分の車に乗り込んだとき、あることに気づいた。
「うわー!私の車もか……。」
ガソリンの残量が少ない。
ランプがつくほどではないが、今入れようが明日入れようが変わらないだろう。
生憎だが、私の通勤路にある入りやすいガソリンスタンドは今日行ったところだけだ。
遠くまで行けば割高なところが何か所かあるのだが、遠くまで行って割高に入れるなんてマゾの考えだろう。
まさか一日に二度も同じガソリンスタンドに寄ることになるとは。
少し気まずく思いつつ日中に行った店に車を動かす。
でももしかしたら、ほかの社員さんが担当してくれるかも、と思っていたが、案の定スギモトさんが誘導に出てきてくれて気まずい。
車が違うからスギモトさんはまだ気づいていない様子。
しかし、こちらに駆け寄ってくると、さすがに気づかれた。
「いらっしゃいま……あれ?お姉さん昼間の……。」
「あは、社有車も自分の車もガソリン入ってなくって……。」
本来客が何度店に来ようとそこまで恥ずかしくはないのだが、今回は昼間微妙な空気になったのもあって気まずかった。
しかしスギモトさんは気まずくはないみたいで、むしろガソリンを入れている間にめちゃくちゃ話しかけてきた。
一回目はあんまり気にならなかったけど、めちゃくちゃタメ口。
でも、それが不愉快にならないのはスギモトさんが男前で笑顔が眩しいからだろうなあ。
「お姉さん、あの辺の会社の人?よく会社の人がお姉さんと同じ社有車でここ来るよ。」
「はい、会社から近いので皆ここで入れてるんだと思います。」
「お姉さんはさ…」
「あ、夢主でいいですよ。スギモトさん。」
「えっなんで俺の名前!」
驚いた様子のスギモトさん。
若干嬉しそうだ。
ああ、わかるよ、バイトしているとき、常連さんとかに店員としてじゃなくて個人として見てもらえると嬉しいよね。
私はスギモトさんの胸ポケットを指さした。
ああそういうことか、と呟いてスギモトさんは笑った。なぜだか少し寂しそうだった。
「漢字はどう書くんですか?モトは本?」
「いや、元旦の方。」
「ああーそっちですか。覚えておきますね。杉元さん。」
「うん、夢主さんのことも覚えておくよ。」
自己紹介をしているうちにガソリンが入れ終わったようだ。
お会計を済ませてその日は帰った。
それからは何となく社有車に乗るとガソリンを少しだけ入れに行くようになった。
せめて自分が使った分くらいは入れておこうと最もらしい理由をつけたが、本当はただ杉元さんと話したかったのだ。
自分の車は休日にめちゃくちゃ遠出のドライブを一人でしてガソリンをそこそこ減らすことに努めていた。
おかげで隣町、隣の県への長距離運転に慣れてきた。途中休憩に立ち寄れるカフェや公園のようなレジャースポットもたくさん発見した。
とはいえ私の目的は杉元さんのいるガソリンスタンドに行くことなので、観光を満喫することはほとんどなかった。
ガソリンスタンドに行くと杉元さんはいつも笑顔で夢主さん!と言ってこちらに来てくれる。
車に乗っているのが私だと分かると、他の社員さんと交代してまで私の接客をしてくれる。
仕事に支障がなければ良いのだけれど、と少し心配になったが、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくれる杉元さんに、水を差すようなことは言えなかった。
短い時間でいろんなことを話した。
杉元さんは今大学生だそうだ。
私より年下なのかと驚いたが、整備士の資格をとるために勉強しながら働いているそう。
杉元さんも私も近くに住んでいるようだ。
バイクでここまで通勤しているらしい。
好きなものは車と干し柿と意外なことに可愛いものも好きだそうだ。
あまりに楽しい時間なのでいつも帰るのが嫌になるが、どこかでお話しましょうと言う勇気が出なかった。
プライベートに踏み込んでは失礼かもしれない、とこんなときだけ常識人ぶってしまう自分が憎かった。
杉元さんは人懐っこいから誰にでもこうなのだろう、とか彼女さんとかいたら怒られてしまう、とか色んなことが浮かんできて頭でっかちになってしまった。
そんな生活が続いて早半年が経とうとしていた頃、そろそろエンジンオイルの交換です、と車を買ったディーラーから通知が来た。
律儀にも手書きの営業ハガキだ。
いつもならそのままディーラーに行くか、安く済ませるならカー用品店でオイル探してそのままそこの工場でやってもらうのだけれども、今回は決めていた。
「杉元さーんエンジンオイル交換してほしいでーす。」
車をつけるとはいはーいと杉元さんは車を誘導してくれて、キーを預ける。
ガソリンスタンドには何回も寄ったが、奥のお店の中に入るのは初めてだった。
幸い、というかあえて暇な時間帯を狙ってきたのでお客さんは他にいない。
中にあるプラスチックの椅子に座って待つ。
「夢主さん、何が好き?お茶とコーヒーとジュース。」
車をガソリンスタンドの裏手の工場に移動させたのだろう、杉元さんが戻ってきた。
じゃあお茶で、というと杉元さんはつなぎのポケットから小銭を出して自販機からお茶を買う。
え。お茶ってそういう?っていうかそれ杉元さんのポケットマネーだよね?
はい、と目の前のテーブルにペットボトルのお茶が出された。
「それ、杉元さんのお金じゃ……。」
おずおずと聞いてみると、杉元さんは明るく笑う。
「いいのいいの、むしろごめんねこんなお茶しか出せなくて。」
ニカッと笑った杉元さんの笑顔が眩しい。
「……嬉しいです。ありがとうございます。」
ちょっと照れてしまってごにょ、とお礼を言うも杉元さんから何も返事がない。
ちらりと上目遣いに見るとあんなに笑っていた杉元さんが真剣な表情でこちらを見下ろしていて、驚いてしまう。
そしてまじめな表情をしたまま杉元さんからとんでもない発言が飛び出す。
「可愛い。」
「エッ」
「いや、前から思ってたんだよね。」
杉元さんは私の隣のイスにドカッと座る。
思わずビクッと肩が跳ねる。
杉元さんは驚いている私をものともせず、テーブルの上のお茶のペットボトルを両手で握っていた私の手に、上から手を重ねる。
「夢主さん可愛いからきっと狙ってる人たくさんいると思っててさ、会社の人とか絶対狙ってるよ。」
「え……。」
「あとは普通に彼氏いると思ってたし、でも休日まで最近ちょこちょこ顔出してくれるし、もういいよなって。」
杉元さんが止まらない。
「あー可愛い。もうたまんないよ。」
「ひえっ」
「毎日のようにニコニコ笑って来てくれてさ。初めて会った時の笑顔が可愛すぎて忘れられなくなっちゃった。」
「うぁ…」
「彼氏いてもいい。」
「待って杉元さん……」
「俺が付き合いたいんだもんしょうがないよね。」
「あの、」
「彼氏さんには別れてもらおう。」
「え、待っ…」
「付き合ってくれるよね?」
そもそも彼氏などいないのに、それを伝える余裕がない。
マシンガントークで追い詰められて顔が熱くなるのを感じながらうつむいてしまう。
とはいえ隣で見ている杉元さんからはきっと真っ赤な顔を見られてしまっている。
ぎゅっと握られた手も指先まで熱い気がした。
どうしようもなくて、こくん、と頷くと杉元さんはヤッター!と叫んで飛び跳ねるように立ち上がると、座ったままの私をそのままの勢いで抱きしめた。
杉元さんのおなかに顔面を押し付けられて苦しくて何も言えない。
でも杉元さんは凄く嬉しそうでまた一人で喜びを語っている。
この空回り具合がすごいが、私も嬉しかったので杉元さんの腰に手を回して抱き返した。
「杉元ォ……。」
その声にビクッと跳ね上がり驚く杉元さん。
私も一緒にビックリしてしまう。
「うわクソ尾形。」
げ。と眉を寄せた杉元さん。
声がした方を見るとオールバックに髭面と顎に不思議な傷のある、工具を持った整備士さん?のような姿をした男性がいた。
つなぎ着てなかったらカタギには見えない。
「仕事中に何で客とイチャついてやがる…ここはラブホじゃねえんだぞ!」
そう言って持っていたレンチのようなものを尾形と呼ばれた男性がぶん投げる。
投げたレンチは杉元さんのおでこに当たってイタアッと悲鳴をあげた杉元さんは尻餅をついた。
「杉元さん……!」
慌てて杉元さんの怪我を診ようとするが、大丈夫だよ~と笑い返される。
しかし杉本さんの額からは血が流れていた。
私が青ざめていると、尾形さんがわざとらしい口調でこちらに言い放つ。
「あーそのポンコツ怪我しちまったな、これじゃあ仕事にならねえから今日は帰れ。」
「尾形さん……!」
「気安く呼ぶんじゃねえクソアマ、とっとと帰れ。」
うわあこの人意味わからないくらい怖いけど優しい。
その尾形さんからは請求書を投げつけられたので、後日振り込みますとお答えしておいた。
ありがとうございます!とお礼を言って整備が終わった車に、まだ文句を言っている杉元さんを詰め込んで走り出す。
少しドライブして、その間に杉元さんに渡したタオルでおでこの止血をしていてもらう。
血が止まったころに話しかけた。
「杉元さん、今日はこれから自由ですね、何しますか?」
「そうだなぁ、今までずっと車越しに話してたから、今度はちゃんとお話ししようか。」
了解です、と笑うと私は街から離れる方へ進路を決める。
今日は一日ドライブデートだ。
さあ、何から話そうか。
おわり。
外回りの仕事を終えて会社に戻る途中、社有車のガソリンランプがついた。
「んもー!みんな入れてないから!」
ガソリンを入れたとしても会社に請求すれば後程返ってくるのは分かっているのだが、交通費の精算が給料の締めと同時なのでその間はタイムロスがある。
それを皆嫌がって月初は誰も入れたがらない。
実際、私も面倒でだましだまし社有車を使っていた。
そもそもそんなに遠出はしないし、私の番はなんとかなるだろうと思っていた。
しかし今回は運悪くランプがついてしまったので、会社まであと少しではあったが近くのガソリンスタンドに寄る。
セルフではないが特に割高というわけでもなく平均的な価格帯、街を走れば何か所も見ることがあるチェーン店のガソリンスタンドだ。
そこへ車を入れると、帽子をかぶってつなぎを着た背の高いお兄さんが出てきて誘導してくれる。
ガソリンスタンドの人は皆元気いっぱい声を出してくれるけれど、なんだか疲れさせてしまいそうで申し訳なくなる。
なのでせめてもと、私も元気いっぱい挨拶をすることにした。
「こんにちは!お疲れ様です!レギュラー満タンでお願いします。」
顔を見て笑顔を向けていたつもりだったが、駆け寄ってきてくれたはずのお兄さんは返事をしない。
不思議に思い視線をむけてみると、驚いた表情のまま固まったお兄さんと目が合う。
あら、お兄さんカッコイイ顔してるけど、顔の傷が凄い。
昔怪我をされたとかかなぁ…もう痛くないのだろうか、などと短い時間に色々考えてしまう。
お兄さんが我に返ったようで、「すみません、お支払いは?」と営業スマイルを作り直して聞いてくれた。
現金で、と答えて車のエンジンを止めて給油口を開ける。
お兄さんがガソリンを入れている間、窓を拭くサービスをしてくれた。
車内もどうぞ、とタオルを渡されたのでハンドルやダッシュボード近くを拭いていると、外からフロントガラスを拭いているお兄さんとふと目が合った。
気まずくてつい曖昧に微笑んでしまったが、今度はお兄さんは慌てて帽子を深くかぶりなおして視線を遮ってしまった。
あれ、不快にさせちゃったかな……。
少し反省しながらお金のやり取りをするときに、つなぎの胸ポケットに刺繍されたお兄さんの名前を盗み見た。
そこには「スギモト」とカタカナで縫われていたので、漢字が分からなかったがとりあえず名前の響きだけ覚えた。
そしてそのままお会計が終わると道路まで誘導してくれる。
ありがとうございます!と車内にまで聞こえる大きな声でお見送りしてくれた。
元気のよいお兄さん、じゃなかったスギモトさん。
次にガソリンを入れるときまで覚えておこうと思っていたが、仕事を終えて自分の車に乗り込んだとき、あることに気づいた。
「うわー!私の車もか……。」
ガソリンの残量が少ない。
ランプがつくほどではないが、今入れようが明日入れようが変わらないだろう。
生憎だが、私の通勤路にある入りやすいガソリンスタンドは今日行ったところだけだ。
遠くまで行けば割高なところが何か所かあるのだが、遠くまで行って割高に入れるなんてマゾの考えだろう。
まさか一日に二度も同じガソリンスタンドに寄ることになるとは。
少し気まずく思いつつ日中に行った店に車を動かす。
でももしかしたら、ほかの社員さんが担当してくれるかも、と思っていたが、案の定スギモトさんが誘導に出てきてくれて気まずい。
車が違うからスギモトさんはまだ気づいていない様子。
しかし、こちらに駆け寄ってくると、さすがに気づかれた。
「いらっしゃいま……あれ?お姉さん昼間の……。」
「あは、社有車も自分の車もガソリン入ってなくって……。」
本来客が何度店に来ようとそこまで恥ずかしくはないのだが、今回は昼間微妙な空気になったのもあって気まずかった。
しかしスギモトさんは気まずくはないみたいで、むしろガソリンを入れている間にめちゃくちゃ話しかけてきた。
一回目はあんまり気にならなかったけど、めちゃくちゃタメ口。
でも、それが不愉快にならないのはスギモトさんが男前で笑顔が眩しいからだろうなあ。
「お姉さん、あの辺の会社の人?よく会社の人がお姉さんと同じ社有車でここ来るよ。」
「はい、会社から近いので皆ここで入れてるんだと思います。」
「お姉さんはさ…」
「あ、夢主でいいですよ。スギモトさん。」
「えっなんで俺の名前!」
驚いた様子のスギモトさん。
若干嬉しそうだ。
ああ、わかるよ、バイトしているとき、常連さんとかに店員としてじゃなくて個人として見てもらえると嬉しいよね。
私はスギモトさんの胸ポケットを指さした。
ああそういうことか、と呟いてスギモトさんは笑った。なぜだか少し寂しそうだった。
「漢字はどう書くんですか?モトは本?」
「いや、元旦の方。」
「ああーそっちですか。覚えておきますね。杉元さん。」
「うん、夢主さんのことも覚えておくよ。」
自己紹介をしているうちにガソリンが入れ終わったようだ。
お会計を済ませてその日は帰った。
それからは何となく社有車に乗るとガソリンを少しだけ入れに行くようになった。
せめて自分が使った分くらいは入れておこうと最もらしい理由をつけたが、本当はただ杉元さんと話したかったのだ。
自分の車は休日にめちゃくちゃ遠出のドライブを一人でしてガソリンをそこそこ減らすことに努めていた。
おかげで隣町、隣の県への長距離運転に慣れてきた。途中休憩に立ち寄れるカフェや公園のようなレジャースポットもたくさん発見した。
とはいえ私の目的は杉元さんのいるガソリンスタンドに行くことなので、観光を満喫することはほとんどなかった。
ガソリンスタンドに行くと杉元さんはいつも笑顔で夢主さん!と言ってこちらに来てくれる。
車に乗っているのが私だと分かると、他の社員さんと交代してまで私の接客をしてくれる。
仕事に支障がなければ良いのだけれど、と少し心配になったが、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくれる杉元さんに、水を差すようなことは言えなかった。
短い時間でいろんなことを話した。
杉元さんは今大学生だそうだ。
私より年下なのかと驚いたが、整備士の資格をとるために勉強しながら働いているそう。
杉元さんも私も近くに住んでいるようだ。
バイクでここまで通勤しているらしい。
好きなものは車と干し柿と意外なことに可愛いものも好きだそうだ。
あまりに楽しい時間なのでいつも帰るのが嫌になるが、どこかでお話しましょうと言う勇気が出なかった。
プライベートに踏み込んでは失礼かもしれない、とこんなときだけ常識人ぶってしまう自分が憎かった。
杉元さんは人懐っこいから誰にでもこうなのだろう、とか彼女さんとかいたら怒られてしまう、とか色んなことが浮かんできて頭でっかちになってしまった。
そんな生活が続いて早半年が経とうとしていた頃、そろそろエンジンオイルの交換です、と車を買ったディーラーから通知が来た。
律儀にも手書きの営業ハガキだ。
いつもならそのままディーラーに行くか、安く済ませるならカー用品店でオイル探してそのままそこの工場でやってもらうのだけれども、今回は決めていた。
「杉元さーんエンジンオイル交換してほしいでーす。」
車をつけるとはいはーいと杉元さんは車を誘導してくれて、キーを預ける。
ガソリンスタンドには何回も寄ったが、奥のお店の中に入るのは初めてだった。
幸い、というかあえて暇な時間帯を狙ってきたのでお客さんは他にいない。
中にあるプラスチックの椅子に座って待つ。
「夢主さん、何が好き?お茶とコーヒーとジュース。」
車をガソリンスタンドの裏手の工場に移動させたのだろう、杉元さんが戻ってきた。
じゃあお茶で、というと杉元さんはつなぎのポケットから小銭を出して自販機からお茶を買う。
え。お茶ってそういう?っていうかそれ杉元さんのポケットマネーだよね?
はい、と目の前のテーブルにペットボトルのお茶が出された。
「それ、杉元さんのお金じゃ……。」
おずおずと聞いてみると、杉元さんは明るく笑う。
「いいのいいの、むしろごめんねこんなお茶しか出せなくて。」
ニカッと笑った杉元さんの笑顔が眩しい。
「……嬉しいです。ありがとうございます。」
ちょっと照れてしまってごにょ、とお礼を言うも杉元さんから何も返事がない。
ちらりと上目遣いに見るとあんなに笑っていた杉元さんが真剣な表情でこちらを見下ろしていて、驚いてしまう。
そしてまじめな表情をしたまま杉元さんからとんでもない発言が飛び出す。
「可愛い。」
「エッ」
「いや、前から思ってたんだよね。」
杉元さんは私の隣のイスにドカッと座る。
思わずビクッと肩が跳ねる。
杉元さんは驚いている私をものともせず、テーブルの上のお茶のペットボトルを両手で握っていた私の手に、上から手を重ねる。
「夢主さん可愛いからきっと狙ってる人たくさんいると思っててさ、会社の人とか絶対狙ってるよ。」
「え……。」
「あとは普通に彼氏いると思ってたし、でも休日まで最近ちょこちょこ顔出してくれるし、もういいよなって。」
杉元さんが止まらない。
「あー可愛い。もうたまんないよ。」
「ひえっ」
「毎日のようにニコニコ笑って来てくれてさ。初めて会った時の笑顔が可愛すぎて忘れられなくなっちゃった。」
「うぁ…」
「彼氏いてもいい。」
「待って杉元さん……」
「俺が付き合いたいんだもんしょうがないよね。」
「あの、」
「彼氏さんには別れてもらおう。」
「え、待っ…」
「付き合ってくれるよね?」
そもそも彼氏などいないのに、それを伝える余裕がない。
マシンガントークで追い詰められて顔が熱くなるのを感じながらうつむいてしまう。
とはいえ隣で見ている杉元さんからはきっと真っ赤な顔を見られてしまっている。
ぎゅっと握られた手も指先まで熱い気がした。
どうしようもなくて、こくん、と頷くと杉元さんはヤッター!と叫んで飛び跳ねるように立ち上がると、座ったままの私をそのままの勢いで抱きしめた。
杉元さんのおなかに顔面を押し付けられて苦しくて何も言えない。
でも杉元さんは凄く嬉しそうでまた一人で喜びを語っている。
この空回り具合がすごいが、私も嬉しかったので杉元さんの腰に手を回して抱き返した。
「杉元ォ……。」
その声にビクッと跳ね上がり驚く杉元さん。
私も一緒にビックリしてしまう。
「うわクソ尾形。」
げ。と眉を寄せた杉元さん。
声がした方を見るとオールバックに髭面と顎に不思議な傷のある、工具を持った整備士さん?のような姿をした男性がいた。
つなぎ着てなかったらカタギには見えない。
「仕事中に何で客とイチャついてやがる…ここはラブホじゃねえんだぞ!」
そう言って持っていたレンチのようなものを尾形と呼ばれた男性がぶん投げる。
投げたレンチは杉元さんのおでこに当たってイタアッと悲鳴をあげた杉元さんは尻餅をついた。
「杉元さん……!」
慌てて杉元さんの怪我を診ようとするが、大丈夫だよ~と笑い返される。
しかし杉本さんの額からは血が流れていた。
私が青ざめていると、尾形さんがわざとらしい口調でこちらに言い放つ。
「あーそのポンコツ怪我しちまったな、これじゃあ仕事にならねえから今日は帰れ。」
「尾形さん……!」
「気安く呼ぶんじゃねえクソアマ、とっとと帰れ。」
うわあこの人意味わからないくらい怖いけど優しい。
その尾形さんからは請求書を投げつけられたので、後日振り込みますとお答えしておいた。
ありがとうございます!とお礼を言って整備が終わった車に、まだ文句を言っている杉元さんを詰め込んで走り出す。
少しドライブして、その間に杉元さんに渡したタオルでおでこの止血をしていてもらう。
血が止まったころに話しかけた。
「杉元さん、今日はこれから自由ですね、何しますか?」
「そうだなぁ、今までずっと車越しに話してたから、今度はちゃんとお話ししようか。」
了解です、と笑うと私は街から離れる方へ進路を決める。
今日は一日ドライブデートだ。
さあ、何から話そうか。
おわり。