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有坂閣下
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男夢主くん、第七師団やめるってよ
~あらすじ~
夢主は第七師団の落ちこぼれ。特に射撃の腕は酷いもので、「夢主に味方が撃たれるんじゃないか」と言われるほどであった。性格もおどおどしていて大人しそうな見た目から他人からはよくナメられている。
そんな夢主はふとしたことをきっかけに夢子という兵士(実は女性らしい)に興味を持つ。しかしいつも二階堂兄弟が夢子をガードするように付いて歩いているため、なかなか近づけなかった。たまたま二階堂兄弟がいないときに夢子と話す機会があり、その時汚してしまった夢子のハンカチを夢主はずっと持っていた。
いつ返そうかと思案するもなかなかタイミングが合わない。
そうしているうちに夢主は突如現れた有坂という兵器開発の天才に引き取られることとなる。
今回は夢主が第七師団を脱退するまでのお話。
いつものように周りの兵士たちに雑用を押し付けられて断り切れなかった夢主は、やっとのことで雑務を終えて兵舎の陰で一人武器の手入れをしていた。
夢主は銃の腕は悪くとも、分解・修理することに関しては誰よりも器用で丁寧である。独学で銃器の仕組みを学んでは独自に改造を加えたことすらある。このことを知っているのは射撃の天才とも言われている尾形上等兵と何かと夢主を気にかけてくれている夢子くらいで、ほかの兵士たちは夢主をなんの取柄もないサンドバックとしか思っていない。
武器の手入れをしているときだけが夢主が心からほっとできる瞬間だった。
「やあ!キミが夢主くんかね!?」
そんな中突然大声で背後から声をかけられた夢主は思わず身体を跳ね上げて驚いた。ビクビクしながら怪訝そうに声の主を振り返る。
「そうですけど……」
「キミは銃の腕前がかなり残念らしいな!」
初老の男性はガハハと豪快に笑い声をあげる。仕立ての良さそうなスーツを着ていて口髭を蓄えた初老の男性は、年齢こそ夢主よりも二回り以上年上のようだが精神的には夢主よりずっと元気な印象を受けた。そんなことをいきなり言われて夢主はあからさまにショックを受けた表情を浮かべる。普通の軍人だったら文句どころか拳の一つでも振り上げている場面だろう。しかし夢主はそんなことは絶対にできないタイプの人間だった。
「なんでそんなこと言うんですか。おじさん誰ですか?」
悲しそうな顔を浮かべながら夢主は問う。男性はゴホン、と咳ばらいを一つしてから名乗り出した。
「私は東京砲兵工廠提理の有坂成蔵である!」
有坂と名乗る男性の言葉に夢主は口を大きくあんぐりと開ける。有坂と言えば重火器に詳しいものなら誰もが知っている。東京湾要塞を始めとして榴弾砲や機関銃、果ては歩兵銃に至るまで設計・開発ができる天才科学者である。夢主は憧れの人を目の前にして、ヨロヨロと立ち上がると慌てて深くお辞儀をした。
「そ……それは失礼しました」
「キミを私の部下にするために師団から引き抜きに来た。つい先ほど鶴見くんには許可を得たよ!」
有坂はあっけらかんと笑いながらとんでもないことを言い放つ。
「えっ?で、でも……」
夢主は困惑した様子で有坂を見る。有坂は夢主の戸惑いを気にする素振りもなく畳みかける。
「キミのような人間であっても戦時に扱える武器を作りたいんだ!協力してくれるかね⁉」
有坂の言葉に驚きを隠せない夢主。目を大きく見開いて息を飲んだ。今までずっと落ちこぼれだった自分が、初めて誰かの役に立てるかもしれない。頭の中は「そんなの無理だ。できっこない」と臆病ゆえに激しく警告音が鳴り響く。しかしそれでも無視できない何かが胸の奥底から湧き上がる。
夢主は有坂に向き直ると、有坂の眼をまっすぐに見つめて答えた。
「僕でお役に立てるなら、ぜひ、有坂さんにお供させてください」
「おお!ありがとう!」
有坂は夢主の答えに嬉しそうに声を上げた。
「すぐにというわけにはいかないだろう!……そうだな、週末には迎えに行くからそれまでに荷物をまとめておきなさい!」
そう言い残すと有坂は去っていった。夢主はどこか夢見心地な状態のまま小さくなっていく有坂の背中を見送った。
兵舎に戻ると夢主は自分に向けられる周囲の視線の違いに気が付いた。いつもならクスクスと蔑まれるようなものだったが、今はどこか違う。一部は羨望の眼差しで、一部はヒソヒソと妬ましそうな視線を送ってくる。
もしかしてもう自分が有坂さんに引き抜かれる話が漏れているのだろうか。有坂さんは声が大きかったから、鶴見中尉殿と話している声が駄々洩れだったのかもしれない。いずれにしても心地の良いものではなかったので、夢主はいつも通りに小さくなって進んだ。
「夢主くん!」
地面をひらすらに見つめて歩いている途中で声をかけられて顔を上げると、そこには夢子がいた。両脇には二階堂兄弟もいる。二人は今にもこちらに嚙みつきそうな視線を送っている。まるで番犬だ。
「夢子さん……」
「聞いたよ、ここを辞めて東京に行くんだって?」
夢子の言葉に静かに息を飲んだ夢主。夢子には今までよくしてもらったのに何も恩返しができていない。夢主はなんと言ったら良いのかわからず、ただ黙って頷いた。夢子はそんな夢主に苦笑しつつも夢主の坊主頭をまるで犬猫と戯れるかのようにワシワシと撫でる。夢子の行動に二階堂兄弟がピリついたのを感じた夢主は二重の意味で慌てふためいた。
「わ、わ、……なに、何ですかっ」
「良かったじゃないか!自分の長所が活かせる場所に行けるんだ!第七師団にいなくとも軍人であることには変わりはない!もっと胸を張って生きろ!」
「あ、ありがとう、ございます……」
夢主は頭を撫でまわされてグワングワンと目を回しながらお礼を言う。夢子は悪戯に笑みを浮かべていたが、おもむろに提案をした。
「まだ出発まで日にちあるんだろう?荷物まとめるの手伝うよ」
「えっでも夢子さんのお手を煩わせるわけには……」
「二人も手伝ってくれるって」
「エッ!?」
夢子の言葉に夢主は思わず大きく叫んでしまう。そんな夢主の反応に、夢子の両脇にいる二階堂兄弟はムスッとした様子でこちらを見下ろしている。
「ね?洋平?浩平?」
夢子が二人の方を交互に見ると、先ほどまでの視線が嘘のように二階堂兄弟は表情を柔らかくする。その表情の変化に夢主は底知れぬ恐怖を覚えた。これほどまでに夢子に執着する理由はなんだろうか。知りたいような、知りたくないような。
そんなことを考えていると二人はそれぞれ夢子の肩や腰をこれ見よがしに抱いてみせながら挑発的に夢主に言い放った。
「夢子の頼みだから仕方ねえな」
「夢主なんかと二人っきりになんてさせねえ」
「ひ、ひぃぃ」
夢主が冷や汗をかきながら後ずさりすると、夢子はポコン!と軽く二人の頭をはたいた。
「こら、威嚇しない!」
「フン。早く終わらせちまおうぜ、浩平」
「ああ、さっさと荷物まとめて出て行ってくれた方が俺たちも安心だしな、洋平」
二階堂兄弟はガタガタと震えあがる夢主を面白がるように次から次へと夢主を追い詰めるような言葉を吐き捨てる。そのたびに夢子が両脇の二人をペシペシと叩いてしつけるのだが、二階堂兄弟は全く意に介していない様子だった。
そんなやり取りを続けながら夢主の荷物をまとめにやってきた面々。
「え?ここなの?」
夢子の呟きに夢主は「ここです」と短く返答した。そして扉が開くと夢主の部屋を見るなり夢子は絶句する。
「これは……すごいね」
絞り出すような声で言った夢子の呟きに、夢主はバツが悪そうに頬を掻いた。
夢主の部屋は所狭しと書物が詰まれ工具や改造用の銃のパーツが散乱していた。そもそも夢主は相部屋どころか大部屋に本来いるはずだが、夢主は皆にバカにされるうちに居場所がなくなり元々倉庫として使われていた部屋に勝手に住み着いたそうな。設計図やガラクタの山に囲まれ、寝る場所すらない状態だった。
「虫でも湧いてんじゃねえか」
「虫も住めないだろこんなの」
二階堂兄弟も夢主の住処の状況にさすがにドン引きしているようだ。
「さて、まずは武器の部品たちから……」
夢主は慣れた様子で足場を確保すると部屋の真ん中に入ってあれこれ引っ張りだし始めた。案の定雪崩が起きるが、夢主は足が埋まるのも気にせず適当なカバンにガラクタとしか思えない部品を詰め始めた。そんな様子に思わず二階堂兄弟も夢主を止める。
「お、おい……少しは考えろよ」
「さすがに全部持っていくのは無理だろ」
「すごい。浩平と洋平がまともなこと言ってる」
夢子が苦笑いするも、夢主はきょとんとしている。
夢子はそんな夢主の様子にため息をひとつついてから、ガラクタの山を越えて夢主の両肩をガシッと掴んだ。
「夢主くん、悪いんだけど外で待ってて」
「エッでも大事な設計図……」
夢主が狼狽えるも、その言葉が合図だったかのように二階堂兄弟に両脇を抱え込まれてしまった。夢主は慌てて抵抗するが、二人の腕力には敵わない。
夢子は二階堂兄弟に指で指示をして夢主をポイッと廊下に投げ出させた。
「まずはごみを捨てるのが先!」
「全部ごみじゃないんですぅ~~あああぁ~~」
夢主の悲痛な叫びを無視して3人はひたすらガラクタたちと書物の山を片付けた。
作業はほとんど丸一日かかった。
廊下で情けなく扉に縋り付いて泣きわめく夢主の姿をほかの兵士たちがドン引きしながら遠巻きに見守る中、夢子と二階堂兄弟がさすがのチームワークでほとんど全てゴミとして片付けてしまった。
途中であまりの夢主の情けない泣き声を聞きつけた月島軍曹がやってきたが、倉庫を勝手に使っていたこととあまりのガラクタの多さに二重に怒られて、夢主は更に泣いた。
結局ほとんどのものを処分したため、夢主の荷物はカバン1つに収まる程度しかなくなった。
ぐすぐすと泣きべそをかきながらも綺麗になった部屋を見て夢主は三人にお礼を言う。
「ひっく、……ありがとう、ございました」
「泣きすぎだろ。赤子より長時間泣いてるぞ」
「あのゴミになんの価値があるんだ」
二階堂兄弟はドン引きしつつ情けない様子の夢主を笑い飛ばす。夢主は子供のようにむすっとしながら「あれはすべて発明の元なんですぅ」と珍しく二階堂兄弟に言い返す。二人は一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐにニヤリと笑うとそれぞれ夢主の肩をパンッと叩いて部屋から出て行った。
「イタッ!?イタッ‼え、何……なんだったんだ?」
困惑する夢主に夢子は笑い出す。
「はは、二人とも怖い顔してるけど、悪気はないってことだよ」
「夢子さん、本当にありがとうございました。僕一人では片付けなんて到底終わりませんでした」
「うん、あの量はそうだろうね」
「それで、あの……お礼と言っては何ですが、これ……」
夢主はポケットから包みを取り出した。
「これは?」
「この間ダメにしてしまったハンカチです。油が落ちなくて……新しいものを用意しました」
「いいのに」
夢主が包みを開けるとそこにはミカンが刺繍されたハンカチがあった。
「ミカン……可愛らしいな」
「あっ、あの、二階堂さんたちがミカン好きだって聞いて……じゃあ夢主さんも好きかなって……」
「ふふ、なんで二人が好きだと私も好きになるの」
「い、いつも一緒にいるので……つい。すみません」
夢子の言葉に夢主は気まずそうに答える。
夢子はそんな夢主に笑みをこぼすと包みにハンカチを戻して向き直った。
「ありがとう夢主くん。……たまには顔を見せに来て。多分洋平と浩平も喜ぶから」
夢子がそう言うと夢主が返事をする前に扉の向こうから二階堂兄弟が返事をした。
「別に来なくていい」
「俺たちの邪魔すんなよな」
その声を聞いて夢子と夢主はしばらく顔を見合わせた後、クスクスと笑い合った。
出発の日。
夢主の元に有坂がやってきた。
「やあ、夢主くん!」
「おはようございます」
夢主はカバン一つで有坂の元へ向かう。有坂は振り返りもせずに兵舎の敷地から出てきた夢主に驚いた様子を見せた。
「お別れはいいのかね!?」
「僕を見送る人間なんていませんよ」
少し寂しそうに笑った夢主に、有坂は「ふむ」と口髭を撫でる。
「……では、あそこにいる人たちは何だろうね!?」
「えっ?」
夢主が振り返るとそこには夢子と二階堂兄弟がいた。そして建物の中から遠巻きに見ている兵士たち。その中には月島軍曹、尾形上等兵もいた。
「夢子さん!二階堂さんたちも……」
「夢主くん、頑張ってね。キミならきっとすごいことができるよ」
「夢子さん……ありがとうございます」
夢子の言葉に夢主が涙ぐむと、間髪入れずに二階堂兄弟が割り込んだ。
「夢主、今までからかって悪かったな」
「何言っても言い返してこないから……お前落ちこぼれだったし」
兄弟の言葉に驚きながらも夢主は笑い飛ばした。
「いいんです、僕が悪いところもありましたし」
「気が向いたら顔見せに来いよ、またからかってやる。なあ浩平?」
「そうだな、洋平。次は肩パンじゃ済まさねえからな」
「あはは、遠慮しておきます。ああそうだ、二人ともちょっといいですか……」
夢主は明るく笑い飛ばした後、何かを思い出した様子で二階堂兄弟に耳打ちする。二人は一瞬驚いた様子を見せたが夢主の顔を見ると、あからさまにニヤニヤしながら頷いた。そしてそれぞれ何かを夢主から受け取ってそれを懐へしまった。
「では、そろそろ行こうか!」
頃合いを見て有坂が声をかける。
「お世話になりました」
夢主は3人に向き直ると深々とお辞儀をし、兵舎の方へ敬礼してから去っていった。
~おまけ~
夢主と有坂が去ったあと、夢子が不思議そうに二階堂兄弟へ問う。
「夢主くんに何もらったの?」
「内緒だ」
「あとで使ってやる」
「?」
~おまけ2~
列車に乗り込んだ有坂と夢主。
「ところで、先ほどは彼らに何を選別にあげたのかね!?」
「ああ、あれは媚薬の類ですね。たまたま調合してたらできたので。きっと今晩辺りあの3人は盛り上がるでしょう。夢子さんの身体が持つといいですね」
「なんてものを……」
~あらすじ~
夢主は第七師団の落ちこぼれ。特に射撃の腕は酷いもので、「夢主に味方が撃たれるんじゃないか」と言われるほどであった。性格もおどおどしていて大人しそうな見た目から他人からはよくナメられている。
そんな夢主はふとしたことをきっかけに夢子という兵士(実は女性らしい)に興味を持つ。しかしいつも二階堂兄弟が夢子をガードするように付いて歩いているため、なかなか近づけなかった。たまたま二階堂兄弟がいないときに夢子と話す機会があり、その時汚してしまった夢子のハンカチを夢主はずっと持っていた。
いつ返そうかと思案するもなかなかタイミングが合わない。
そうしているうちに夢主は突如現れた有坂という兵器開発の天才に引き取られることとなる。
今回は夢主が第七師団を脱退するまでのお話。
いつものように周りの兵士たちに雑用を押し付けられて断り切れなかった夢主は、やっとのことで雑務を終えて兵舎の陰で一人武器の手入れをしていた。
夢主は銃の腕は悪くとも、分解・修理することに関しては誰よりも器用で丁寧である。独学で銃器の仕組みを学んでは独自に改造を加えたことすらある。このことを知っているのは射撃の天才とも言われている尾形上等兵と何かと夢主を気にかけてくれている夢子くらいで、ほかの兵士たちは夢主をなんの取柄もないサンドバックとしか思っていない。
武器の手入れをしているときだけが夢主が心からほっとできる瞬間だった。
「やあ!キミが夢主くんかね!?」
そんな中突然大声で背後から声をかけられた夢主は思わず身体を跳ね上げて驚いた。ビクビクしながら怪訝そうに声の主を振り返る。
「そうですけど……」
「キミは銃の腕前がかなり残念らしいな!」
初老の男性はガハハと豪快に笑い声をあげる。仕立ての良さそうなスーツを着ていて口髭を蓄えた初老の男性は、年齢こそ夢主よりも二回り以上年上のようだが精神的には夢主よりずっと元気な印象を受けた。そんなことをいきなり言われて夢主はあからさまにショックを受けた表情を浮かべる。普通の軍人だったら文句どころか拳の一つでも振り上げている場面だろう。しかし夢主はそんなことは絶対にできないタイプの人間だった。
「なんでそんなこと言うんですか。おじさん誰ですか?」
悲しそうな顔を浮かべながら夢主は問う。男性はゴホン、と咳ばらいを一つしてから名乗り出した。
「私は東京砲兵工廠提理の有坂成蔵である!」
有坂と名乗る男性の言葉に夢主は口を大きくあんぐりと開ける。有坂と言えば重火器に詳しいものなら誰もが知っている。東京湾要塞を始めとして榴弾砲や機関銃、果ては歩兵銃に至るまで設計・開発ができる天才科学者である。夢主は憧れの人を目の前にして、ヨロヨロと立ち上がると慌てて深くお辞儀をした。
「そ……それは失礼しました」
「キミを私の部下にするために師団から引き抜きに来た。つい先ほど鶴見くんには許可を得たよ!」
有坂はあっけらかんと笑いながらとんでもないことを言い放つ。
「えっ?で、でも……」
夢主は困惑した様子で有坂を見る。有坂は夢主の戸惑いを気にする素振りもなく畳みかける。
「キミのような人間であっても戦時に扱える武器を作りたいんだ!協力してくれるかね⁉」
有坂の言葉に驚きを隠せない夢主。目を大きく見開いて息を飲んだ。今までずっと落ちこぼれだった自分が、初めて誰かの役に立てるかもしれない。頭の中は「そんなの無理だ。できっこない」と臆病ゆえに激しく警告音が鳴り響く。しかしそれでも無視できない何かが胸の奥底から湧き上がる。
夢主は有坂に向き直ると、有坂の眼をまっすぐに見つめて答えた。
「僕でお役に立てるなら、ぜひ、有坂さんにお供させてください」
「おお!ありがとう!」
有坂は夢主の答えに嬉しそうに声を上げた。
「すぐにというわけにはいかないだろう!……そうだな、週末には迎えに行くからそれまでに荷物をまとめておきなさい!」
そう言い残すと有坂は去っていった。夢主はどこか夢見心地な状態のまま小さくなっていく有坂の背中を見送った。
兵舎に戻ると夢主は自分に向けられる周囲の視線の違いに気が付いた。いつもならクスクスと蔑まれるようなものだったが、今はどこか違う。一部は羨望の眼差しで、一部はヒソヒソと妬ましそうな視線を送ってくる。
もしかしてもう自分が有坂さんに引き抜かれる話が漏れているのだろうか。有坂さんは声が大きかったから、鶴見中尉殿と話している声が駄々洩れだったのかもしれない。いずれにしても心地の良いものではなかったので、夢主はいつも通りに小さくなって進んだ。
「夢主くん!」
地面をひらすらに見つめて歩いている途中で声をかけられて顔を上げると、そこには夢子がいた。両脇には二階堂兄弟もいる。二人は今にもこちらに嚙みつきそうな視線を送っている。まるで番犬だ。
「夢子さん……」
「聞いたよ、ここを辞めて東京に行くんだって?」
夢子の言葉に静かに息を飲んだ夢主。夢子には今までよくしてもらったのに何も恩返しができていない。夢主はなんと言ったら良いのかわからず、ただ黙って頷いた。夢子はそんな夢主に苦笑しつつも夢主の坊主頭をまるで犬猫と戯れるかのようにワシワシと撫でる。夢子の行動に二階堂兄弟がピリついたのを感じた夢主は二重の意味で慌てふためいた。
「わ、わ、……なに、何ですかっ」
「良かったじゃないか!自分の長所が活かせる場所に行けるんだ!第七師団にいなくとも軍人であることには変わりはない!もっと胸を張って生きろ!」
「あ、ありがとう、ございます……」
夢主は頭を撫でまわされてグワングワンと目を回しながらお礼を言う。夢子は悪戯に笑みを浮かべていたが、おもむろに提案をした。
「まだ出発まで日にちあるんだろう?荷物まとめるの手伝うよ」
「えっでも夢子さんのお手を煩わせるわけには……」
「二人も手伝ってくれるって」
「エッ!?」
夢子の言葉に夢主は思わず大きく叫んでしまう。そんな夢主の反応に、夢子の両脇にいる二階堂兄弟はムスッとした様子でこちらを見下ろしている。
「ね?洋平?浩平?」
夢子が二人の方を交互に見ると、先ほどまでの視線が嘘のように二階堂兄弟は表情を柔らかくする。その表情の変化に夢主は底知れぬ恐怖を覚えた。これほどまでに夢子に執着する理由はなんだろうか。知りたいような、知りたくないような。
そんなことを考えていると二人はそれぞれ夢子の肩や腰をこれ見よがしに抱いてみせながら挑発的に夢主に言い放った。
「夢子の頼みだから仕方ねえな」
「夢主なんかと二人っきりになんてさせねえ」
「ひ、ひぃぃ」
夢主が冷や汗をかきながら後ずさりすると、夢子はポコン!と軽く二人の頭をはたいた。
「こら、威嚇しない!」
「フン。早く終わらせちまおうぜ、浩平」
「ああ、さっさと荷物まとめて出て行ってくれた方が俺たちも安心だしな、洋平」
二階堂兄弟はガタガタと震えあがる夢主を面白がるように次から次へと夢主を追い詰めるような言葉を吐き捨てる。そのたびに夢子が両脇の二人をペシペシと叩いてしつけるのだが、二階堂兄弟は全く意に介していない様子だった。
そんなやり取りを続けながら夢主の荷物をまとめにやってきた面々。
「え?ここなの?」
夢子の呟きに夢主は「ここです」と短く返答した。そして扉が開くと夢主の部屋を見るなり夢子は絶句する。
「これは……すごいね」
絞り出すような声で言った夢子の呟きに、夢主はバツが悪そうに頬を掻いた。
夢主の部屋は所狭しと書物が詰まれ工具や改造用の銃のパーツが散乱していた。そもそも夢主は相部屋どころか大部屋に本来いるはずだが、夢主は皆にバカにされるうちに居場所がなくなり元々倉庫として使われていた部屋に勝手に住み着いたそうな。設計図やガラクタの山に囲まれ、寝る場所すらない状態だった。
「虫でも湧いてんじゃねえか」
「虫も住めないだろこんなの」
二階堂兄弟も夢主の住処の状況にさすがにドン引きしているようだ。
「さて、まずは武器の部品たちから……」
夢主は慣れた様子で足場を確保すると部屋の真ん中に入ってあれこれ引っ張りだし始めた。案の定雪崩が起きるが、夢主は足が埋まるのも気にせず適当なカバンにガラクタとしか思えない部品を詰め始めた。そんな様子に思わず二階堂兄弟も夢主を止める。
「お、おい……少しは考えろよ」
「さすがに全部持っていくのは無理だろ」
「すごい。浩平と洋平がまともなこと言ってる」
夢子が苦笑いするも、夢主はきょとんとしている。
夢子はそんな夢主の様子にため息をひとつついてから、ガラクタの山を越えて夢主の両肩をガシッと掴んだ。
「夢主くん、悪いんだけど外で待ってて」
「エッでも大事な設計図……」
夢主が狼狽えるも、その言葉が合図だったかのように二階堂兄弟に両脇を抱え込まれてしまった。夢主は慌てて抵抗するが、二人の腕力には敵わない。
夢子は二階堂兄弟に指で指示をして夢主をポイッと廊下に投げ出させた。
「まずはごみを捨てるのが先!」
「全部ごみじゃないんですぅ~~あああぁ~~」
夢主の悲痛な叫びを無視して3人はひたすらガラクタたちと書物の山を片付けた。
作業はほとんど丸一日かかった。
廊下で情けなく扉に縋り付いて泣きわめく夢主の姿をほかの兵士たちがドン引きしながら遠巻きに見守る中、夢子と二階堂兄弟がさすがのチームワークでほとんど全てゴミとして片付けてしまった。
途中であまりの夢主の情けない泣き声を聞きつけた月島軍曹がやってきたが、倉庫を勝手に使っていたこととあまりのガラクタの多さに二重に怒られて、夢主は更に泣いた。
結局ほとんどのものを処分したため、夢主の荷物はカバン1つに収まる程度しかなくなった。
ぐすぐすと泣きべそをかきながらも綺麗になった部屋を見て夢主は三人にお礼を言う。
「ひっく、……ありがとう、ございました」
「泣きすぎだろ。赤子より長時間泣いてるぞ」
「あのゴミになんの価値があるんだ」
二階堂兄弟はドン引きしつつ情けない様子の夢主を笑い飛ばす。夢主は子供のようにむすっとしながら「あれはすべて発明の元なんですぅ」と珍しく二階堂兄弟に言い返す。二人は一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐにニヤリと笑うとそれぞれ夢主の肩をパンッと叩いて部屋から出て行った。
「イタッ!?イタッ‼え、何……なんだったんだ?」
困惑する夢主に夢子は笑い出す。
「はは、二人とも怖い顔してるけど、悪気はないってことだよ」
「夢子さん、本当にありがとうございました。僕一人では片付けなんて到底終わりませんでした」
「うん、あの量はそうだろうね」
「それで、あの……お礼と言っては何ですが、これ……」
夢主はポケットから包みを取り出した。
「これは?」
「この間ダメにしてしまったハンカチです。油が落ちなくて……新しいものを用意しました」
「いいのに」
夢主が包みを開けるとそこにはミカンが刺繍されたハンカチがあった。
「ミカン……可愛らしいな」
「あっ、あの、二階堂さんたちがミカン好きだって聞いて……じゃあ夢主さんも好きかなって……」
「ふふ、なんで二人が好きだと私も好きになるの」
「い、いつも一緒にいるので……つい。すみません」
夢子の言葉に夢主は気まずそうに答える。
夢子はそんな夢主に笑みをこぼすと包みにハンカチを戻して向き直った。
「ありがとう夢主くん。……たまには顔を見せに来て。多分洋平と浩平も喜ぶから」
夢子がそう言うと夢主が返事をする前に扉の向こうから二階堂兄弟が返事をした。
「別に来なくていい」
「俺たちの邪魔すんなよな」
その声を聞いて夢子と夢主はしばらく顔を見合わせた後、クスクスと笑い合った。
出発の日。
夢主の元に有坂がやってきた。
「やあ、夢主くん!」
「おはようございます」
夢主はカバン一つで有坂の元へ向かう。有坂は振り返りもせずに兵舎の敷地から出てきた夢主に驚いた様子を見せた。
「お別れはいいのかね!?」
「僕を見送る人間なんていませんよ」
少し寂しそうに笑った夢主に、有坂は「ふむ」と口髭を撫でる。
「……では、あそこにいる人たちは何だろうね!?」
「えっ?」
夢主が振り返るとそこには夢子と二階堂兄弟がいた。そして建物の中から遠巻きに見ている兵士たち。その中には月島軍曹、尾形上等兵もいた。
「夢子さん!二階堂さんたちも……」
「夢主くん、頑張ってね。キミならきっとすごいことができるよ」
「夢子さん……ありがとうございます」
夢子の言葉に夢主が涙ぐむと、間髪入れずに二階堂兄弟が割り込んだ。
「夢主、今までからかって悪かったな」
「何言っても言い返してこないから……お前落ちこぼれだったし」
兄弟の言葉に驚きながらも夢主は笑い飛ばした。
「いいんです、僕が悪いところもありましたし」
「気が向いたら顔見せに来いよ、またからかってやる。なあ浩平?」
「そうだな、洋平。次は肩パンじゃ済まさねえからな」
「あはは、遠慮しておきます。ああそうだ、二人ともちょっといいですか……」
夢主は明るく笑い飛ばした後、何かを思い出した様子で二階堂兄弟に耳打ちする。二人は一瞬驚いた様子を見せたが夢主の顔を見ると、あからさまにニヤニヤしながら頷いた。そしてそれぞれ何かを夢主から受け取ってそれを懐へしまった。
「では、そろそろ行こうか!」
頃合いを見て有坂が声をかける。
「お世話になりました」
夢主は3人に向き直ると深々とお辞儀をし、兵舎の方へ敬礼してから去っていった。
~おまけ~
夢主と有坂が去ったあと、夢子が不思議そうに二階堂兄弟へ問う。
「夢主くんに何もらったの?」
「内緒だ」
「あとで使ってやる」
「?」
~おまけ2~
列車に乗り込んだ有坂と夢主。
「ところで、先ほどは彼らに何を選別にあげたのかね!?」
「ああ、あれは媚薬の類ですね。たまたま調合してたらできたので。きっと今晩辺りあの3人は盛り上がるでしょう。夢子さんの身体が持つといいですね」
「なんてものを……」