空欄の場合は夢主になります。
逆ハー・複数キャラ
お名前をどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
~あらすじ~
勇作殿が何者かによって殺された!(生きてる)
現場には「アニサマ」という不可解な(?)ダイイングメッセージ。
真っ先に疑われる尾形(無実)。
裸のまま閉じ込められる杉元。
自称精子探偵宇佐美による猥褻物陳列罪。
自称迷探偵門倉によって事件は迷宮入りかと思われたが……
名探偵夢主による華麗なる推理劇をとくとごらんあれ!
1夢主
ここ、第七商事には個性の強い社員がそろっている。
今回実施される泊まりがけの研修旅行では、その中でも特に濃いメンバーが参加することとなった。
夢主は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は総務部庶務課。
仕事態度は真面目で優秀。素直で明るくポジティブな彼女はファンの多い女性であった。しかし本人は良くも悪くも鈍感で、アピールしても響いているのかいないのかはっきりしない。そんな態度に色々とこじらせる男性社員が多いという。
「私が一番乗りかな?」
今回研修旅行に参加することになった夢主。同期の普段はなかなか話せない社員と親睦を深めるチャンスとあって、夢主はこの旅行を楽しみにしていた。
2杉元
杉元佐一は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は営業部。
顔面に走る大きな傷跡が気にならないほどハキハキしていて爽やかな好青年の杉元は、上司や先輩に可愛がられている他、取引先にも杉元を気に入っている客は多い。体育会系の部活にずっと入っていたこともあり上下関係は叩き込まれているが、客からの理不尽な要求には真っ正面から「ノー!」と言えるその心の強さが一部のファンの心を掴んで離さない。
今回の社員研修では杉元は同期入社の夢主と親睦を深めようと狙っていた。
「夢主さん!おはよう!」
夢主が杉元の声に気が付くと顔を綻ばせた。顔見知りの他の同期がまだ到着していなくて心細かったのだろう。夢主が杉元を見つけてから笑顔を浮かべるまでの、例えるならまるで花が開くような、世界に色がつく瞬間のような、そんな夢主が笑うまでの時間が杉元にはスローモーションに見えていた。杉元は後で夢主の笑顔を回想できるように意識してしっかりと目に焼き付ける。
「おはようございます、杉元さん。お早いですね!」
ニコッと微笑む夢主に杉元は思わず「可愛い」と声に出しそうになるのをぐっと堪えた。
杉元はなんとか今回の社員研修で距離を縮めようと話題を選んでいた。
3尾形
尾形百之助は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は技術部。
両顎にほぼ左右対称な傷跡があり、髪型をツーブロックのオールバックにしている。角張った印象の眉毛と目元が特徴的だ。やや堅気ではなさそうな見た目の尾形だが、仕事は正確で丁寧。精密な装置の扱いに長け、更に設計も手掛けることができる器用な男である。
杉元と同期入社であるが杉元は高卒で尾形は大卒。少しだけ尾形の方が年上だった。なぜか入社時から杉元とは衝突することが多く、また仕事の内容でも営業部と技術部の性質上どうしても揉める場面が多いため二人は犬猿の仲と周知されている。
そんな尾形は今回の研修旅行で同期の夢主と話せるのを少しだけ楽しみにしていた。夢主は無愛想な尾形に対しても優しく親切だった。初めはそんな夢主を妬んでいたが、いつの間にか話の上手い夢主に乗せられて軽口を叩くようになっていた。
「あ、尾形さん!」
杉元と話している夢主を視界に捉えつつも、いつでも話しかけられるのだからわざわざ杉元のいる所に割り込む意味はないと知らんぷりをして通り過ぎようとしたときだった。夢主に声をかけられて思わずぴたっと動きを止めてしまった。
「ああ」尾形は反応してしまったからには何も言わないわけにはいかなかった。「お前もいたのか」
尾形が返事をすると夢主は嬉しそうに笑った。その後ろで杉元が不満そうな顔をしているのが見えて、余計に尾形は顔がにやけそうになるのを抑えなければいけなかった。
「やだなぁ、私たち同期ですよ?」
「ちゃらんぽらんなお前が同期だと?笑わせんなよ」
「あ~ひどい!杉元さん、なんとか言ってやってくださいよ!」
「クソ尾形!夢主さんを苛めるな!」
「ははあ、学のないやつは品もねえんだなあ~」
「なんだとぉ?」
尾形は杉元の反応を面白がるように挑発する。いつものように二人が揉め始めたとき、夢主が間に入って「どうどう」と二人をなだめる。それがまた尾形にとって嬉しいイベントの一つだった。
4勇作
花沢勇作は第七商事に入社して一年目の社員である。所属は総務部経理課。
資産家で複数の企業の経営者である花沢幸次郎氏の息子である勇作は、父親の繋がりのあるこの第七商事で社会勉強のために入社した。所謂コネ入社であるが、コネがなくとも採用されるくらいの有名大学を卒業しており成績優秀、眉目秀麗、品行方正の誰が見ても文句のない優秀な人材であった。第七商事の社長である鶴見にも信頼されていることから経理課で会社経営に関わるお金の動きを勉強するようにと言われている。
彼は尾形の二つ年下の異母兄弟である。尾形は花沢氏の愛人との間の子供で、本妻との間の子が勇作だ。複雑な家庭環境から尾形が学生時代に荒れたこともあったが、今となっては人懐っこい勇作の押しに負けて表面上は当たり障りのない対応を取っている。同じ会社に入社しようとも、勇作は変わらず尾形のことを「兄様」と呼び慕っていた。
今回の社員研修は本来入社して数年の社員を対象にしているが、優秀な勇作の後学のために新入社員でありながら特別に参加が決定した。
勇作が集合場所に到着すると、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。その声の中にはよく知った声があった。
「兄様!おはようございます!」
勇作が少しでも周りが見えていれば、聞こえていた声が割り込む隙のない喧嘩であることに気が付いただろう。しかし彼は兄のこととなると全く周りが見えなくなってしまう。
「朝からお元気ですね!わたしも研修に参加しますので宜しくお願い致します!」
そう勇作が爽やかに笑顔で挨拶すると、揉みくちゃになりかけていた杉元、夢主、尾形は呆然と固まった。あまりに勇作が眩しすぎたのだ。
「ああ!夢主さんもいらっしゃったんですね!お会いできて嬉しいです!」
「え?ええと」
夢主が怪訝そうな顔を浮かべる。花沢氏の一人息子が入社したことは知っていたが、直接話すのは初めてのはずである。勇作はワンテンポ遅れてそれに気が付いた。
「失礼しました、兄様からよく夢主さんのことを伺っておりましたので……」
「ちょ、勇作さん……」尾形が慌てて勇作を止める。小声で文句を言った。「初対面の人間に色々言うのはやめてください」
「すみません、つい」
二人のやり取りを見ていた杉元が割り込んだ。杉元は馴れ馴れしく勇作と肩を組むと、何か良からぬことを企んでいる顔をしている。
「へぇ?尾形のこと、もっと聞かせてよ勇作さん」
「おい」
尾形が低く威嚇するが、夢主も続いた。
「私も私も!聞きたいです!」
「お前らいい加減にしろ!」
「なんでですか兄様!私は兄様の素晴らしさをお伝えしたくて……」
「俺は聞きたいけどなぁ?なぁ、夢主さん?」
「うんうん!」
勇作の登場は、騒がしい声の主の人数が一人増えただけだった。
5宇佐美
宇佐美時重は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は法務部。
目鼻立ちのはっきりとした美形である彼は、さっぱりとした坊主頭であっても人目を惹く。両頬の左右対称の黒子がチャームポイントだ。
夢主や杉元と同期入社で、彼は尾形と小学校からの幼馴染である。出身大学も尾形と同じだ。学部が違うためキャンパスが離れてしまったが、結局同じ会社に入社して再会を果たしている。大家族の長男であり面倒見の良い宇佐美は、尾形が気兼ねなく会話できる貴重な友人だ。
宇佐美もまた今回の社員旅行を楽しみにしているうちの一人である。新入社員研修の時から夢主や杉元とは面識があったので、宇佐美が集合場所に到着した時点で夢主・杉元・尾形が揉めているのを目撃しても、遠慮することなくその輪に入って行くことができた。
「おはよう夢主。なにしてんの?」
「あ、宇佐美さんおはようございます!」
夢主が宇佐美に挨拶を返すと、宇佐美はにっこりと笑い返してから周りの面子を見渡した。夢主の隣にいた眩いくらいに整った顔立ちの男、勇作に気が付くと宇佐美は「あれ」と声を上げた。
「勇作さんじゃん。久しぶりだね」
「ご無沙汰しております、宇佐美先輩。わたしも今回の研修に参加することになりました。よろしくお願いします」
「二人はお知り合いなんですか?」
夢主はなぜか宇佐美と勇作には問わず、尾形に向かって問いかけた。尾形は一瞬面食らったような表情を浮かべたが、咳ばらいを一つしてから答える。
「俺と宇佐美は小学校から大学まで同じ学校だからな。俺と勇作さんは一緒に暮らしてはいなかったが、宇佐美は俺に兄弟がいることも昔から知っている」
「なるほど。そうなんですね」
人によっては複雑に感じる家庭事情を聞いても夢主はたいして動揺した素振りも見せなかった。 普通の人間だったら気まずい反応を返してしまうだろう話題であっても、裏表のない明るい夢主がそんな風にリアクションすることで尾形がどれだけ救われるだろうか……と宇佐美は表面上澄ました顔をしつつ考える。尾形が直接口に出したことはないが、長い時間を尾形と過ごした宇佐美にとっては、尾形が夢主に好意を抱いていることなど入社したての頃からお見通しであった。とはいえ、宇佐美もまた夢主を気に入っている。万が一尾形以外の男と夢主がくっつこうものなら、横取りするつもり満々であった。
勇作と肩を組んでいた杉元が「へえ」と小さく呟いている。喧嘩ばかりしている二人は詳しい事情を話す機会もなかったようだ。
「で、何話してたのさ。ずいぶん盛り上がってたけど?」
宇佐美が話を戻そうとするので、尾形が慌てて割り込んだ。
「聞く必要はねえよ」
杉元がここぞとばかりにニヤけながら宇佐美に答える。
「いやなに、俺たちはただ、勇作さんに尾形のことをもっと教えてもらおうと思ってね」
杉元と宇佐美は仕事での直接的な関わりはあまりないが、同期入社であることから当たり障りのない会話はできる程度の関係性だ。その言葉を聞いた宇佐美はニタァと嫌な笑みを浮かべた。
「ああ、そんなことなら僕に聞いてよね。百之助のハナタレ小僧時代から知ってるんだから」
「おいやめろ」
そろそろ尾形が本当に怒り出しそうになっているタイミングで、集合場所にぞろぞろと今回の研修旅行の引率メンバーがやってきた。
6門倉・月島・鯉登
集合場所に入ってきたのは三人の社員だった。
先頭に立っているのは門倉利運。宇佐美のいる法務部の部長である。彼は長年中間管理職だったが昨年度から部長職に昇進した。とはいえ見た目は本当によくいるくたびれたサラリーマンである。本人は普段から省エネルギーな性格をしており、やる気があるのかないのかハッキリしない。だからこそ権力争いや派閥などから逃げ回っているうちに勝手にライバルたちが自滅し合って希望もしていないのに勝手に昇進した強運の持ち主である。日頃の生活では鳥のフンに直撃したり、乗っているエレベータが故障したりと散々である分、ここぞという場面で運の良さを発揮しているようだ。
その隣にいるのは月島基。所属は総務部秘書課の課長。この課は他の課と比べて人数が極端に少ない。月島を筆頭に社長である鶴見篤四郎の精鋭部隊が揃っている。秘書課の人間はそれぞれ秘密や事情を抱えていることが多く、異常なまでの口の堅さを持っている。他にもそれぞれに独自の人脈を持っているなど癖のある人間が多かった。月島は優秀で真面目、更には鶴見に対して絶大な忠誠心を抱いている。鶴見からも信頼されているため何かと面倒ごとを処理させられているせいか、顔に気苦労が現れていた。
そして最後に月島の隣にピッタリとくっついているのが鯉登音之進であった。所属は広報部。鯉登は入社して二年目の社員であるが、社長である鶴見のお気に入りの薩摩隼人だ。見た目が整っていて華やかであることから彼は期待の新人として昨年入社した。鯉登の父親が社長と付き合いがある上に、彼自身も鶴見社長の熱狂的なファンであり、興奮すると癖で早口の薩摩弁が出てくる。部は違えどオールマイティに仕事をこなす月島が彼の子守役を任されているため、今回の社員研修でも月島が指導官に選ばれたことで必然的に鯉登の参加も決定した。
最初に口を開いたのは月島だった。
「今回の指導を務める秘書課の月島です。こちらは法務部部長の門倉さん、そして広報部二年目の鯉登さんです。まずは人数確認をしますね」
月島は両脇の社員を簡単に紹介した。参加者たちは皆月島の恐ろしさを感じるほど冷淡な口調にビビったのかいつの間にか静まり返っていた。
挨拶もそこそこに月島は社員たちを遠くから指さしていち、に、さん……と数えていった。指さされている間は参加者たちも黙って前方にいる三人に注目していた。数え終わって人数が揃っていることを確認できたのか、月島は隣にいる門倉に小さく頷いて見せた。
門倉はそれを受けて面倒臭そうに頭をボリボリと掻いた。
「じゃあさっそく行きましょか。外にバス呼んであるから」
ピシッとした雰囲気の月島とまるでやる気の感じられない門倉。これだけでも混乱を起こしそうなものなのに、二年目にして指導官扱いの鯉登の方が明らかにワクワクしておりそわそわと落ち着かない様子であった。
この第七商事は、幹部クラスや中間管理職、また幹部候補までもが癖が強いメンバーが揃っていることがお分かりいただけたことだろう。
こうして研修旅行が始まった。
7移動
夢主がバスに乗り込もうとしていると、後ろから複数人に同時に名前を呼ばれた。夢主が何事かと振り返るとそこにはさっき集合場所で話した面子のほかに月島と鯉登もいた。
「あ、月島課長……鯉登さん。本日はよろしくお願い致します」
夢主はひとまず一番役職の高い月島に挨拶をした。ついでになってしまったが月島とよく一緒に居る鯉登にも頭を下げる。
月島とは課は違えど同じ総務部に所属しているので顔を合わせることも少なくはない。月島が夢主に用事があることはほとんどないのだが、それでも同じ部署内ということで気にかけてくれているのか顔を合わせた時は普段から何気ない世間話程度はできるような関係性を築いていると夢主は感じていた。実際は何かと鶴見社長や鯉登が夢主を気にかけているので半ば義務的に夢主に話しかけているうちに、月島自身も多少心が揺れ動かされてきて自ら話しかけるようになった、というのが真相である。
夢主が営業スマイルを向けて頭を下げると月島は眩しそうに眼を細め、鯉登はわかりやすく顔を赤らめた。二人が声をかけといて話を続けないので不思議に思った夢主が問いかけた。
「あ……もしかしてバスの席次って決まってたりしますか?」
「いいよいいよ夢主さん、早くバス乗ろう?」
黙ってみていた杉元が夢主の問いかけに食い気味に声をかけた。そして強引に夢主の手を引くとバスへと入って行った。それに伴い他のメンバーも続々バスに乗り込んでいく。
「兄様!お隣良いですか?」
「勝手にしてください」
尾形と勇作も続いてバスに乗り込む。その後ろから宇佐美が乗り込んで、前方の席にすでに座っていた門倉の隣に身体をねじ込んだ。
「門倉部長ぉ~お菓子くださいよ」
「お前なんで隣に……煎餅しかないよ?」
「ええ、甘いお菓子はないんですか?シケてんなぁ」
「ひどい!」
そんなやり取りがバスの外側まで響いていた。
「あ、おまえら!くっ……なんて自由な奴らだ」
バスの外で鯉登が悔しそうに呟いた。実は入社してすぐ夢主に惚れた鯉登は、事前に夢主と仲良くなれるようにバスの中で遊べる様々なミニゲームを用意していた。早速それらが無駄になったため鯉登はムスッと不貞腐れた表情を浮かべる。あきれた様子でそれを見ていた月島は「ほら早く行きますよ」と鯉登を荷物ごと押し込んだ。
バスの後方で杉元の隣の席に座った夢主は、二人できゃっきゃっとお菓子交換やカードゲームをやっていた。話題は仕事のことになりがちだったが、杉元の武勇伝は夢主の部署にもよく伝わってくるのでそれらのエピソードを話していた。
「えっそれは本当ですか?」
「そうだよ、取引先が酷い無茶言うからさぁ、俺ちょっとキレちゃって……それ以来なんか皆俺に優しいんだよね」
「杉元さんってお強いんですね。それに……ふふふ、本当にお話が上手で面白いです」
「ええ~そうかなぁ?夢主さん相手だからかなー?」
あからさまなアピールをする杉元を通路を挟んで隣側の列から兄弟仲良く勇作と尾形がムッとした様子で睨みつけていた。視線に気がついた夢主が明るく笑いかける。
「尾形さんと勇作さんも一緒にやりましょう」
夢主が声をかけたことで杉元は夢主を独占できなくなってしまったが、あまりに楽しそうに夢主が笑っているので仕方がないと諦め、結局4人でゲームをしていた。
その様子を車両の前方に乗っている鯉登が羨ましそうに聞いていた。耐えきれなくなったらしい鯉登は月島に「ババ抜きをやろう!」と声をかけて「二人でですか?接待にもなりませんが……」と呆れられていた。
鯉登たちの隣の列にいる宇佐美は門倉の荷物を勝手に漁り「ゲームとかないんですか?あれ、これグラビア雑誌じゃないですか。仕事なのにいけないんだぁ」などと声を上げる。門倉は焦った表情で「馬鹿よく見ろ!ヤ○グジャンプだよ!もうやだ何なのコイツ上司のこと何だと思ってんだよ!」と悲痛な声を上げていた。
8到着
研修先に到着するとさっそくそれぞれに個室が割り当てられた。
鍵を受け取って荷物を置きに部屋へと向かう。夢主の左隣の部屋の扉を杉元がちょうど開けた瞬間だった。
「あ、杉元さんお部屋もお隣ですね」
「夢主さん!」
杉元は嬉しそうに顔を綻ばせる。そして夢主が部屋の鍵を開けている横で、杉元は何か言いたげにまごついた。しかし、夢主は扉を開けながらそんな杉元には気が付かず無邪気に笑う。
「あとでお部屋に遊びに行っていいですか?またゲームしましょ」
自分が遠慮していたことを簡単に口に出来る夢主に驚きと喜びの感情が入り混じる。杉元はあからさまに顔を明るくして頷いた。
「も、もちろん!」
杉元が全力で頷いていると杉元の背後、杉元の部屋の左隣の部屋の扉が開いて声がかかった。
「じゃあ後で俺も勇作さんと行くからな」
杉元が振り返ると尾形は得意げに髪をなで上げていた。尾形のネットリとした嫌味ったらしい言い回しに杉元が苛ついた様子で返す。
「なんだよお前も隣かよ。ってかお前は来ンな!」
「まぁまぁ二人とも……」
夢主が言い合いに発展するのを止めようと苦笑していると、今度は夢主の右隣の部屋の扉が開いて声が上がった。
「わたしもせっかくですから、ぜひ皆様とご一緒したいです!お願いします!」
声だけですら眩いほどにはつらつとしている勇作がいた。夢主は杉元に笑いかけた。
「ほら杉元さん、勇作さんもこう言ってることですし?せっかくですから皆で遊びましょう。ね?」
「ええ~夢主さんがそう言うんなら。しょうがないな。じゃあ夕飯後の自由時間になったら適当に俺の部屋集合ね」
「はーい!」と答える夢主。勇作も「わかりました!」と嬉しそうに笑う。尾形は満足げな顔で何も言わずに扉をしめた。
各自荷物の整理をしてから再度集合。
その日は座学を行った。仕事に関わる真面目な話がほとんどだったため、さすがの彼らも真剣に受けたようだ。
一日目の研修はそれで終了。宿泊施設で半分宴会のような状態になりながら夕食を終え、その後は大浴場や部屋のシャワーを使用して各自自由時間である。
広々とした大浴場に入った夢主はホクホク顔で部屋に続く廊下を歩いていた。
すると突然夢主の左隣の部屋からドタン!と何か大きなものが落ちたような音が響いた。
「どうかしたんですか!?」
夢主が隣室である杉元に扉越しに声をかける。しかし杉元からの返事はない。恐る恐るドアノブに手をかけるとロックはされていないようだった。扉を開けながら夢主は「お邪魔します」と一応呟く。
部屋の出入り口付近にあるシャワールームから水音が聞こえる。どうやらシャワーを浴びているような音なので杉元がいるのだろうと夢主は判断する。それにしても、先ほどの音は浴室というよりは部屋の中のことだったように思う。夢主には他人の部屋を拝見する気まずい気持ちもあったが音の正体を確かめたい好奇心が勝った。
部屋の奥へと進むと隣室の夢主の部屋とは左右対称のレイアウトの内装が見えてきた。
荷物が散乱しているのを除けば何の変哲もない、と夢主が床へと視線を下ろすとそこにはうつ伏せに倒れる勇作の姿があった。
「きゃああああ!」
夢主の悲鳴が施設に響き渡った。
9事件発覚
夢主の悲鳴を聞いて最初に部屋に駆けつけたのは、他の人よりも部屋が比較的近い尾形だった。
「どうした!?」
いつもよりもやや切羽詰まった様子で尾形が問いかけるも、夢主はその場に腰を抜かしてしまっており震える指で勇作を指差すだけだった。
「勇作さん……!?」
尾形も倒れ込んだ勇作の姿に驚愕してその場に駆け寄った。
尾形が勇作の様子を見るために顔を覗き込もうとしたとき、遅れて月島と鯉登がやってきた。
「夢主さん!どうされましたか!?」
「夢主!無事か!?」
月島はともかく後輩の鯉登にまで呼び捨てで呼ばれているが夢主はそのことに構う余裕はない。夢主が唇を震わせながらなんとか言葉を紡ぎ出す。
「廊下を歩いてたら、ドスンと凄い音がしたので……どうしたんだろうって杉元さんのお部屋に入ったら……勇作さんが……!」
それ以上は言葉にならない様子の夢主に、尾形が何も言わずに夢主の肩をぽんと叩く。夢主は戸惑った様子で尾形を見つめたが尾形は夢主の視線を無視して夢主の肩を抱いた。
その様子を見ていた鯉登があからさまに敵意を剥き出しにして、尾形を夢主から引き離そうと胸ぐらを掴む。
「お前か尾形」
「はあ?」
尾形は明らかに不快感を示した。そこで鯉登は倒れた勇作の指先に赤い文字があることに気が付いた。
「ほらあれを見ろ。「アニサマ」と血文字で書いてある。これはダイイングメッセージだろう。尾形が犯人だ」
「仮に俺だとして、そんなあからさまなダイイングメッセージを隠滅せずに放置するほど俺は無能じゃねえ。それから、いくらコネ入社だとしても先輩にその口の効き方はいけませんなぁ?」
胸ぐらを掴む鯉登の手をやんわりと押さえつけては遠回しに「教育がなってない」と月島に抗議する尾形。しかし月島は鯉登の手を止めさせるどころか、ギロリと鋭く尾形を睨んだ。
「知っているぞ。尾形、お前は異母兄弟の勇作さんを疎ましそうにしていたじゃないか」
「それは会社で馴れ馴れしく話しかけられるからです。規律が乱れますから」
尾形は毅然とした態度で言い返す。月島はしばらく尾形と睨み合っていたが「放してあげなさい」と鯉登に命令した。鯉登は「でも……」と渋ったが月島が再度低く繰り返すと渋々といった様子で手を離した。
月島が倒れている勇作に近づき状況を確認する。何かに気が付いたのか月島が「あ」と声を上げたため全員が注目した。
「どうしたんだ月島ぁ」
「月島課長と呼びなさいと言っているでしょう」と一旦たしなめてから月島が続けた。
「勇作さん、生きてますよ」
「えっ!?」
夢主が驚いて勇作の顔を覗き込む。そこには「へへ……」と照れたように笑う勇作がいた。
「何してるんですか!」
夢主が叫ぶと勇作は上体を起こし床に転がっているトマトジュースのパックを見せる。ダイイングメッセージは血文字ではなくこぼれたジュースで書いたようだ。勇作はまるで子供のような笑顔を浮かべる。
「一度殺される役がやってみたくて」
その場にいる全員が絶句する。将来有望な御曹司にこうも無邪気に笑われると誰も文句も言えない。
「何で俺の名前を書いたんですか」
尾形が不満そうな表情で問うと、勇作は「アハハ」と明るく照れ笑いをしながら答えた。
「兄様が好きだからです!あと一度ダイイングメッセージってやつを書いてみたかったんですよね。ほら、ドラマとか映画とかでよく見かけるじゃないですか!」
勇作の眩いほどの笑顔と共に快活に言い切られると尾形は半ば白目を剥いて閉口した。勇作はそんな尾形を見慣れているのかニコニコと笑ったまま続ける。
「あ、でも殴られたのは本当です。実際に倒れてからさっきまでの記憶が曖昧で……誰に殴られたのか思い出せそうにありません。せっかくなので皆様で犯人を推理していただけますか?」
「なっ……救急車呼びましょう!後遺症が出たら大変です!」
夢主は勇作の言葉に驚いて叫ぶ。まだ動揺しているのか震える手でスマホを取り出そうとするも上手くいかない。そんな様子を見て月島が「私が連絡してきます。ついでに会社にも報告してきます」とその場を去った。
その姿を見送ってから、勇作が「あれ?」と呟いて自分の左手を見ていた。
「どうしたんですか?」
「なんか写真のようなものを握りしめていました。誰のでしょうか」
勇作の手にあったのはビリビリにちぎられた写真の一部だった。それらは数枚あるがつなぎ合わせても人物が写っているということしかわからなかった。写っている人物の顔も人数も、写真を撮った場面も全く見当がつかない。夢主はのぞき込んで首をひねる。もう少しゆっくり調べる必要があると考えた夢主は勇作に訊ねた。
「勇作さん、この写真預かっててもいいですか?」
「ええ。わたしはこれを持っていた記憶がないので咄嗟に掴んだのか、犯人が証拠隠滅を図っていたのか……手がかりになると良いのですが」
「とにかく勇作さんを殴った奴は存在したってことですか。許せませんね」
尾形が珍しくやる気を出している。異母兄弟が襲われた事実に加えて、真っ先に疑われたことを根に持っているのだろう。疑われたのはダイイングメッセージを書いた勇作が原因であるが、そのことに尾形は気が付いていない。
全員が静まり返った場面で、部屋の出入り口付近から声がかかった。
「あのぅ、俺服着たいんだけど、出てもいい?」
事件の起きた部屋の主である杉元が、バスルームの扉から水を滴らせた格好で上半身だけ出してこちらを見ていた。
「服が……そこのベッドの上にあるんだよね」
びしょびしょの姿で杉元が指を指した先のベッドの上には、カバンから乱雑に投げ捨てられた下着と上下セットのスウェットがあった。
尾形が乱暴に服を掴むと隣にいた夢主に渡す。夢主は思わず「えっ」と声をあげた。
「夢主、運んでやれ」
「バカ尾形!女の子にパンツ触らせんな!」
杉元が思わず身体を乗り出して尾形にツッコミを入れると、腰にタオルを巻いているとはいえ湯上がりの杉元の鍛え上げられた肉体が露わになる。夢主は服を渡そうとして振り向いていて、杉元のその姿を直視してしまったため再度悲鳴を上げた。
「キャーッ!杉元さんのえっち!」
「ごごごごめん!」
「貴様らは何をやっておるのだ!さっさと服を着ろ!」
慌てて扉の陰に隠れた杉元に、夢主の手から奪った洋服を鯉登が投げつけた。先述した通り、鯉登は入社して二年目のため夢主・杉元・尾形の後輩にあたる。先輩社員に対して偉そうな口を利けるところから鯉登のプライドの高さが窺える。
そんなやり取りをしているとちょうど連絡を終えた月島が部屋に戻ってきた。
「勇作さんは救急車が来たら病院へ行ってください。付き添いで私も病院に行きます。他の人は全員座学をやった会議室へ。今、門倉部長と宇佐美が鶴見社長とオンラインで相談できるようにセッティングをしてくれています。あとは頼みましたよ、鯉登さん」
月島が厳しい口調で指示を出すと、鯉登が「キエエ!?」と大きな声を出した。近くで聞いた尾形と夢主は咄嗟に耳を塞ぐほどの声量だった。
「月島ぁん!私を置いていくのか!」
「病院の付き添いが終わったらすぐに戻りますから。鶴見社長には簡単にしか状況を説明できていませんので。門倉部長と宇佐美は現場を見ているわけではないので頼りにできるのは指導役の鯉登さんしかいませんから」
月島はそう言いつつも目線で明らかに夢主に説明をしてくれと訴えている。夢主は少しの間戸惑いの表情を浮かべたが、やがて静かに月島に頷いて見せた。それに気が付かない鯉登は「鶴見社長のお役に立てる!」と興奮した様子で部屋の中を走り回り、月島に怒られていた。
「俺も付き添う」
尾形が急に声を上げた。
「俺と勇作さんは腹違いとはいえ血縁者だ」
「だがしかし……」
渋る月島を遮るように勇作が嬉しそうな声を上げる。
「兄様!なんとお優しい……ぜひお願いします!」
「決まりですな」
尾形は得意げに頭を撫で上げてふんぞり返る。勇作が押し切ったことで月島は何も言い返すことなく「分かった」と短く呟き、勇作・月島・尾形は病院へ向かった。
後編へつづく
勇作殿が何者かによって殺された!(生きてる)
現場には「アニサマ」という不可解な(?)ダイイングメッセージ。
真っ先に疑われる尾形(無実)。
裸のまま閉じ込められる杉元。
自称精子探偵宇佐美による猥褻物陳列罪。
自称迷探偵門倉によって事件は迷宮入りかと思われたが……
名探偵夢主による華麗なる推理劇をとくとごらんあれ!
1夢主
ここ、第七商事には個性の強い社員がそろっている。
今回実施される泊まりがけの研修旅行では、その中でも特に濃いメンバーが参加することとなった。
夢主は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は総務部庶務課。
仕事態度は真面目で優秀。素直で明るくポジティブな彼女はファンの多い女性であった。しかし本人は良くも悪くも鈍感で、アピールしても響いているのかいないのかはっきりしない。そんな態度に色々とこじらせる男性社員が多いという。
「私が一番乗りかな?」
今回研修旅行に参加することになった夢主。同期の普段はなかなか話せない社員と親睦を深めるチャンスとあって、夢主はこの旅行を楽しみにしていた。
2杉元
杉元佐一は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は営業部。
顔面に走る大きな傷跡が気にならないほどハキハキしていて爽やかな好青年の杉元は、上司や先輩に可愛がられている他、取引先にも杉元を気に入っている客は多い。体育会系の部活にずっと入っていたこともあり上下関係は叩き込まれているが、客からの理不尽な要求には真っ正面から「ノー!」と言えるその心の強さが一部のファンの心を掴んで離さない。
今回の社員研修では杉元は同期入社の夢主と親睦を深めようと狙っていた。
「夢主さん!おはよう!」
夢主が杉元の声に気が付くと顔を綻ばせた。顔見知りの他の同期がまだ到着していなくて心細かったのだろう。夢主が杉元を見つけてから笑顔を浮かべるまでの、例えるならまるで花が開くような、世界に色がつく瞬間のような、そんな夢主が笑うまでの時間が杉元にはスローモーションに見えていた。杉元は後で夢主の笑顔を回想できるように意識してしっかりと目に焼き付ける。
「おはようございます、杉元さん。お早いですね!」
ニコッと微笑む夢主に杉元は思わず「可愛い」と声に出しそうになるのをぐっと堪えた。
杉元はなんとか今回の社員研修で距離を縮めようと話題を選んでいた。
3尾形
尾形百之助は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は技術部。
両顎にほぼ左右対称な傷跡があり、髪型をツーブロックのオールバックにしている。角張った印象の眉毛と目元が特徴的だ。やや堅気ではなさそうな見た目の尾形だが、仕事は正確で丁寧。精密な装置の扱いに長け、更に設計も手掛けることができる器用な男である。
杉元と同期入社であるが杉元は高卒で尾形は大卒。少しだけ尾形の方が年上だった。なぜか入社時から杉元とは衝突することが多く、また仕事の内容でも営業部と技術部の性質上どうしても揉める場面が多いため二人は犬猿の仲と周知されている。
そんな尾形は今回の研修旅行で同期の夢主と話せるのを少しだけ楽しみにしていた。夢主は無愛想な尾形に対しても優しく親切だった。初めはそんな夢主を妬んでいたが、いつの間にか話の上手い夢主に乗せられて軽口を叩くようになっていた。
「あ、尾形さん!」
杉元と話している夢主を視界に捉えつつも、いつでも話しかけられるのだからわざわざ杉元のいる所に割り込む意味はないと知らんぷりをして通り過ぎようとしたときだった。夢主に声をかけられて思わずぴたっと動きを止めてしまった。
「ああ」尾形は反応してしまったからには何も言わないわけにはいかなかった。「お前もいたのか」
尾形が返事をすると夢主は嬉しそうに笑った。その後ろで杉元が不満そうな顔をしているのが見えて、余計に尾形は顔がにやけそうになるのを抑えなければいけなかった。
「やだなぁ、私たち同期ですよ?」
「ちゃらんぽらんなお前が同期だと?笑わせんなよ」
「あ~ひどい!杉元さん、なんとか言ってやってくださいよ!」
「クソ尾形!夢主さんを苛めるな!」
「ははあ、学のないやつは品もねえんだなあ~」
「なんだとぉ?」
尾形は杉元の反応を面白がるように挑発する。いつものように二人が揉め始めたとき、夢主が間に入って「どうどう」と二人をなだめる。それがまた尾形にとって嬉しいイベントの一つだった。
4勇作
花沢勇作は第七商事に入社して一年目の社員である。所属は総務部経理課。
資産家で複数の企業の経営者である花沢幸次郎氏の息子である勇作は、父親の繋がりのあるこの第七商事で社会勉強のために入社した。所謂コネ入社であるが、コネがなくとも採用されるくらいの有名大学を卒業しており成績優秀、眉目秀麗、品行方正の誰が見ても文句のない優秀な人材であった。第七商事の社長である鶴見にも信頼されていることから経理課で会社経営に関わるお金の動きを勉強するようにと言われている。
彼は尾形の二つ年下の異母兄弟である。尾形は花沢氏の愛人との間の子供で、本妻との間の子が勇作だ。複雑な家庭環境から尾形が学生時代に荒れたこともあったが、今となっては人懐っこい勇作の押しに負けて表面上は当たり障りのない対応を取っている。同じ会社に入社しようとも、勇作は変わらず尾形のことを「兄様」と呼び慕っていた。
今回の社員研修は本来入社して数年の社員を対象にしているが、優秀な勇作の後学のために新入社員でありながら特別に参加が決定した。
勇作が集合場所に到着すると、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。その声の中にはよく知った声があった。
「兄様!おはようございます!」
勇作が少しでも周りが見えていれば、聞こえていた声が割り込む隙のない喧嘩であることに気が付いただろう。しかし彼は兄のこととなると全く周りが見えなくなってしまう。
「朝からお元気ですね!わたしも研修に参加しますので宜しくお願い致します!」
そう勇作が爽やかに笑顔で挨拶すると、揉みくちゃになりかけていた杉元、夢主、尾形は呆然と固まった。あまりに勇作が眩しすぎたのだ。
「ああ!夢主さんもいらっしゃったんですね!お会いできて嬉しいです!」
「え?ええと」
夢主が怪訝そうな顔を浮かべる。花沢氏の一人息子が入社したことは知っていたが、直接話すのは初めてのはずである。勇作はワンテンポ遅れてそれに気が付いた。
「失礼しました、兄様からよく夢主さんのことを伺っておりましたので……」
「ちょ、勇作さん……」尾形が慌てて勇作を止める。小声で文句を言った。「初対面の人間に色々言うのはやめてください」
「すみません、つい」
二人のやり取りを見ていた杉元が割り込んだ。杉元は馴れ馴れしく勇作と肩を組むと、何か良からぬことを企んでいる顔をしている。
「へぇ?尾形のこと、もっと聞かせてよ勇作さん」
「おい」
尾形が低く威嚇するが、夢主も続いた。
「私も私も!聞きたいです!」
「お前らいい加減にしろ!」
「なんでですか兄様!私は兄様の素晴らしさをお伝えしたくて……」
「俺は聞きたいけどなぁ?なぁ、夢主さん?」
「うんうん!」
勇作の登場は、騒がしい声の主の人数が一人増えただけだった。
5宇佐美
宇佐美時重は第七商事に入社して三年目の社員である。所属は法務部。
目鼻立ちのはっきりとした美形である彼は、さっぱりとした坊主頭であっても人目を惹く。両頬の左右対称の黒子がチャームポイントだ。
夢主や杉元と同期入社で、彼は尾形と小学校からの幼馴染である。出身大学も尾形と同じだ。学部が違うためキャンパスが離れてしまったが、結局同じ会社に入社して再会を果たしている。大家族の長男であり面倒見の良い宇佐美は、尾形が気兼ねなく会話できる貴重な友人だ。
宇佐美もまた今回の社員旅行を楽しみにしているうちの一人である。新入社員研修の時から夢主や杉元とは面識があったので、宇佐美が集合場所に到着した時点で夢主・杉元・尾形が揉めているのを目撃しても、遠慮することなくその輪に入って行くことができた。
「おはよう夢主。なにしてんの?」
「あ、宇佐美さんおはようございます!」
夢主が宇佐美に挨拶を返すと、宇佐美はにっこりと笑い返してから周りの面子を見渡した。夢主の隣にいた眩いくらいに整った顔立ちの男、勇作に気が付くと宇佐美は「あれ」と声を上げた。
「勇作さんじゃん。久しぶりだね」
「ご無沙汰しております、宇佐美先輩。わたしも今回の研修に参加することになりました。よろしくお願いします」
「二人はお知り合いなんですか?」
夢主はなぜか宇佐美と勇作には問わず、尾形に向かって問いかけた。尾形は一瞬面食らったような表情を浮かべたが、咳ばらいを一つしてから答える。
「俺と宇佐美は小学校から大学まで同じ学校だからな。俺と勇作さんは一緒に暮らしてはいなかったが、宇佐美は俺に兄弟がいることも昔から知っている」
「なるほど。そうなんですね」
人によっては複雑に感じる家庭事情を聞いても夢主はたいして動揺した素振りも見せなかった。 普通の人間だったら気まずい反応を返してしまうだろう話題であっても、裏表のない明るい夢主がそんな風にリアクションすることで尾形がどれだけ救われるだろうか……と宇佐美は表面上澄ました顔をしつつ考える。尾形が直接口に出したことはないが、長い時間を尾形と過ごした宇佐美にとっては、尾形が夢主に好意を抱いていることなど入社したての頃からお見通しであった。とはいえ、宇佐美もまた夢主を気に入っている。万が一尾形以外の男と夢主がくっつこうものなら、横取りするつもり満々であった。
勇作と肩を組んでいた杉元が「へえ」と小さく呟いている。喧嘩ばかりしている二人は詳しい事情を話す機会もなかったようだ。
「で、何話してたのさ。ずいぶん盛り上がってたけど?」
宇佐美が話を戻そうとするので、尾形が慌てて割り込んだ。
「聞く必要はねえよ」
杉元がここぞとばかりにニヤけながら宇佐美に答える。
「いやなに、俺たちはただ、勇作さんに尾形のことをもっと教えてもらおうと思ってね」
杉元と宇佐美は仕事での直接的な関わりはあまりないが、同期入社であることから当たり障りのない会話はできる程度の関係性だ。その言葉を聞いた宇佐美はニタァと嫌な笑みを浮かべた。
「ああ、そんなことなら僕に聞いてよね。百之助のハナタレ小僧時代から知ってるんだから」
「おいやめろ」
そろそろ尾形が本当に怒り出しそうになっているタイミングで、集合場所にぞろぞろと今回の研修旅行の引率メンバーがやってきた。
6門倉・月島・鯉登
集合場所に入ってきたのは三人の社員だった。
先頭に立っているのは門倉利運。宇佐美のいる法務部の部長である。彼は長年中間管理職だったが昨年度から部長職に昇進した。とはいえ見た目は本当によくいるくたびれたサラリーマンである。本人は普段から省エネルギーな性格をしており、やる気があるのかないのかハッキリしない。だからこそ権力争いや派閥などから逃げ回っているうちに勝手にライバルたちが自滅し合って希望もしていないのに勝手に昇進した強運の持ち主である。日頃の生活では鳥のフンに直撃したり、乗っているエレベータが故障したりと散々である分、ここぞという場面で運の良さを発揮しているようだ。
その隣にいるのは月島基。所属は総務部秘書課の課長。この課は他の課と比べて人数が極端に少ない。月島を筆頭に社長である鶴見篤四郎の精鋭部隊が揃っている。秘書課の人間はそれぞれ秘密や事情を抱えていることが多く、異常なまでの口の堅さを持っている。他にもそれぞれに独自の人脈を持っているなど癖のある人間が多かった。月島は優秀で真面目、更には鶴見に対して絶大な忠誠心を抱いている。鶴見からも信頼されているため何かと面倒ごとを処理させられているせいか、顔に気苦労が現れていた。
そして最後に月島の隣にピッタリとくっついているのが鯉登音之進であった。所属は広報部。鯉登は入社して二年目の社員であるが、社長である鶴見のお気に入りの薩摩隼人だ。見た目が整っていて華やかであることから彼は期待の新人として昨年入社した。鯉登の父親が社長と付き合いがある上に、彼自身も鶴見社長の熱狂的なファンであり、興奮すると癖で早口の薩摩弁が出てくる。部は違えどオールマイティに仕事をこなす月島が彼の子守役を任されているため、今回の社員研修でも月島が指導官に選ばれたことで必然的に鯉登の参加も決定した。
最初に口を開いたのは月島だった。
「今回の指導を務める秘書課の月島です。こちらは法務部部長の門倉さん、そして広報部二年目の鯉登さんです。まずは人数確認をしますね」
月島は両脇の社員を簡単に紹介した。参加者たちは皆月島の恐ろしさを感じるほど冷淡な口調にビビったのかいつの間にか静まり返っていた。
挨拶もそこそこに月島は社員たちを遠くから指さしていち、に、さん……と数えていった。指さされている間は参加者たちも黙って前方にいる三人に注目していた。数え終わって人数が揃っていることを確認できたのか、月島は隣にいる門倉に小さく頷いて見せた。
門倉はそれを受けて面倒臭そうに頭をボリボリと掻いた。
「じゃあさっそく行きましょか。外にバス呼んであるから」
ピシッとした雰囲気の月島とまるでやる気の感じられない門倉。これだけでも混乱を起こしそうなものなのに、二年目にして指導官扱いの鯉登の方が明らかにワクワクしておりそわそわと落ち着かない様子であった。
この第七商事は、幹部クラスや中間管理職、また幹部候補までもが癖が強いメンバーが揃っていることがお分かりいただけたことだろう。
こうして研修旅行が始まった。
7移動
夢主がバスに乗り込もうとしていると、後ろから複数人に同時に名前を呼ばれた。夢主が何事かと振り返るとそこにはさっき集合場所で話した面子のほかに月島と鯉登もいた。
「あ、月島課長……鯉登さん。本日はよろしくお願い致します」
夢主はひとまず一番役職の高い月島に挨拶をした。ついでになってしまったが月島とよく一緒に居る鯉登にも頭を下げる。
月島とは課は違えど同じ総務部に所属しているので顔を合わせることも少なくはない。月島が夢主に用事があることはほとんどないのだが、それでも同じ部署内ということで気にかけてくれているのか顔を合わせた時は普段から何気ない世間話程度はできるような関係性を築いていると夢主は感じていた。実際は何かと鶴見社長や鯉登が夢主を気にかけているので半ば義務的に夢主に話しかけているうちに、月島自身も多少心が揺れ動かされてきて自ら話しかけるようになった、というのが真相である。
夢主が営業スマイルを向けて頭を下げると月島は眩しそうに眼を細め、鯉登はわかりやすく顔を赤らめた。二人が声をかけといて話を続けないので不思議に思った夢主が問いかけた。
「あ……もしかしてバスの席次って決まってたりしますか?」
「いいよいいよ夢主さん、早くバス乗ろう?」
黙ってみていた杉元が夢主の問いかけに食い気味に声をかけた。そして強引に夢主の手を引くとバスへと入って行った。それに伴い他のメンバーも続々バスに乗り込んでいく。
「兄様!お隣良いですか?」
「勝手にしてください」
尾形と勇作も続いてバスに乗り込む。その後ろから宇佐美が乗り込んで、前方の席にすでに座っていた門倉の隣に身体をねじ込んだ。
「門倉部長ぉ~お菓子くださいよ」
「お前なんで隣に……煎餅しかないよ?」
「ええ、甘いお菓子はないんですか?シケてんなぁ」
「ひどい!」
そんなやり取りがバスの外側まで響いていた。
「あ、おまえら!くっ……なんて自由な奴らだ」
バスの外で鯉登が悔しそうに呟いた。実は入社してすぐ夢主に惚れた鯉登は、事前に夢主と仲良くなれるようにバスの中で遊べる様々なミニゲームを用意していた。早速それらが無駄になったため鯉登はムスッと不貞腐れた表情を浮かべる。あきれた様子でそれを見ていた月島は「ほら早く行きますよ」と鯉登を荷物ごと押し込んだ。
バスの後方で杉元の隣の席に座った夢主は、二人できゃっきゃっとお菓子交換やカードゲームをやっていた。話題は仕事のことになりがちだったが、杉元の武勇伝は夢主の部署にもよく伝わってくるのでそれらのエピソードを話していた。
「えっそれは本当ですか?」
「そうだよ、取引先が酷い無茶言うからさぁ、俺ちょっとキレちゃって……それ以来なんか皆俺に優しいんだよね」
「杉元さんってお強いんですね。それに……ふふふ、本当にお話が上手で面白いです」
「ええ~そうかなぁ?夢主さん相手だからかなー?」
あからさまなアピールをする杉元を通路を挟んで隣側の列から兄弟仲良く勇作と尾形がムッとした様子で睨みつけていた。視線に気がついた夢主が明るく笑いかける。
「尾形さんと勇作さんも一緒にやりましょう」
夢主が声をかけたことで杉元は夢主を独占できなくなってしまったが、あまりに楽しそうに夢主が笑っているので仕方がないと諦め、結局4人でゲームをしていた。
その様子を車両の前方に乗っている鯉登が羨ましそうに聞いていた。耐えきれなくなったらしい鯉登は月島に「ババ抜きをやろう!」と声をかけて「二人でですか?接待にもなりませんが……」と呆れられていた。
鯉登たちの隣の列にいる宇佐美は門倉の荷物を勝手に漁り「ゲームとかないんですか?あれ、これグラビア雑誌じゃないですか。仕事なのにいけないんだぁ」などと声を上げる。門倉は焦った表情で「馬鹿よく見ろ!ヤ○グジャンプだよ!もうやだ何なのコイツ上司のこと何だと思ってんだよ!」と悲痛な声を上げていた。
8到着
研修先に到着するとさっそくそれぞれに個室が割り当てられた。
鍵を受け取って荷物を置きに部屋へと向かう。夢主の左隣の部屋の扉を杉元がちょうど開けた瞬間だった。
「あ、杉元さんお部屋もお隣ですね」
「夢主さん!」
杉元は嬉しそうに顔を綻ばせる。そして夢主が部屋の鍵を開けている横で、杉元は何か言いたげにまごついた。しかし、夢主は扉を開けながらそんな杉元には気が付かず無邪気に笑う。
「あとでお部屋に遊びに行っていいですか?またゲームしましょ」
自分が遠慮していたことを簡単に口に出来る夢主に驚きと喜びの感情が入り混じる。杉元はあからさまに顔を明るくして頷いた。
「も、もちろん!」
杉元が全力で頷いていると杉元の背後、杉元の部屋の左隣の部屋の扉が開いて声がかかった。
「じゃあ後で俺も勇作さんと行くからな」
杉元が振り返ると尾形は得意げに髪をなで上げていた。尾形のネットリとした嫌味ったらしい言い回しに杉元が苛ついた様子で返す。
「なんだよお前も隣かよ。ってかお前は来ンな!」
「まぁまぁ二人とも……」
夢主が言い合いに発展するのを止めようと苦笑していると、今度は夢主の右隣の部屋の扉が開いて声が上がった。
「わたしもせっかくですから、ぜひ皆様とご一緒したいです!お願いします!」
声だけですら眩いほどにはつらつとしている勇作がいた。夢主は杉元に笑いかけた。
「ほら杉元さん、勇作さんもこう言ってることですし?せっかくですから皆で遊びましょう。ね?」
「ええ~夢主さんがそう言うんなら。しょうがないな。じゃあ夕飯後の自由時間になったら適当に俺の部屋集合ね」
「はーい!」と答える夢主。勇作も「わかりました!」と嬉しそうに笑う。尾形は満足げな顔で何も言わずに扉をしめた。
各自荷物の整理をしてから再度集合。
その日は座学を行った。仕事に関わる真面目な話がほとんどだったため、さすがの彼らも真剣に受けたようだ。
一日目の研修はそれで終了。宿泊施設で半分宴会のような状態になりながら夕食を終え、その後は大浴場や部屋のシャワーを使用して各自自由時間である。
広々とした大浴場に入った夢主はホクホク顔で部屋に続く廊下を歩いていた。
すると突然夢主の左隣の部屋からドタン!と何か大きなものが落ちたような音が響いた。
「どうかしたんですか!?」
夢主が隣室である杉元に扉越しに声をかける。しかし杉元からの返事はない。恐る恐るドアノブに手をかけるとロックはされていないようだった。扉を開けながら夢主は「お邪魔します」と一応呟く。
部屋の出入り口付近にあるシャワールームから水音が聞こえる。どうやらシャワーを浴びているような音なので杉元がいるのだろうと夢主は判断する。それにしても、先ほどの音は浴室というよりは部屋の中のことだったように思う。夢主には他人の部屋を拝見する気まずい気持ちもあったが音の正体を確かめたい好奇心が勝った。
部屋の奥へと進むと隣室の夢主の部屋とは左右対称のレイアウトの内装が見えてきた。
荷物が散乱しているのを除けば何の変哲もない、と夢主が床へと視線を下ろすとそこにはうつ伏せに倒れる勇作の姿があった。
「きゃああああ!」
夢主の悲鳴が施設に響き渡った。
9事件発覚
夢主の悲鳴を聞いて最初に部屋に駆けつけたのは、他の人よりも部屋が比較的近い尾形だった。
「どうした!?」
いつもよりもやや切羽詰まった様子で尾形が問いかけるも、夢主はその場に腰を抜かしてしまっており震える指で勇作を指差すだけだった。
「勇作さん……!?」
尾形も倒れ込んだ勇作の姿に驚愕してその場に駆け寄った。
尾形が勇作の様子を見るために顔を覗き込もうとしたとき、遅れて月島と鯉登がやってきた。
「夢主さん!どうされましたか!?」
「夢主!無事か!?」
月島はともかく後輩の鯉登にまで呼び捨てで呼ばれているが夢主はそのことに構う余裕はない。夢主が唇を震わせながらなんとか言葉を紡ぎ出す。
「廊下を歩いてたら、ドスンと凄い音がしたので……どうしたんだろうって杉元さんのお部屋に入ったら……勇作さんが……!」
それ以上は言葉にならない様子の夢主に、尾形が何も言わずに夢主の肩をぽんと叩く。夢主は戸惑った様子で尾形を見つめたが尾形は夢主の視線を無視して夢主の肩を抱いた。
その様子を見ていた鯉登があからさまに敵意を剥き出しにして、尾形を夢主から引き離そうと胸ぐらを掴む。
「お前か尾形」
「はあ?」
尾形は明らかに不快感を示した。そこで鯉登は倒れた勇作の指先に赤い文字があることに気が付いた。
「ほらあれを見ろ。「アニサマ」と血文字で書いてある。これはダイイングメッセージだろう。尾形が犯人だ」
「仮に俺だとして、そんなあからさまなダイイングメッセージを隠滅せずに放置するほど俺は無能じゃねえ。それから、いくらコネ入社だとしても先輩にその口の効き方はいけませんなぁ?」
胸ぐらを掴む鯉登の手をやんわりと押さえつけては遠回しに「教育がなってない」と月島に抗議する尾形。しかし月島は鯉登の手を止めさせるどころか、ギロリと鋭く尾形を睨んだ。
「知っているぞ。尾形、お前は異母兄弟の勇作さんを疎ましそうにしていたじゃないか」
「それは会社で馴れ馴れしく話しかけられるからです。規律が乱れますから」
尾形は毅然とした態度で言い返す。月島はしばらく尾形と睨み合っていたが「放してあげなさい」と鯉登に命令した。鯉登は「でも……」と渋ったが月島が再度低く繰り返すと渋々といった様子で手を離した。
月島が倒れている勇作に近づき状況を確認する。何かに気が付いたのか月島が「あ」と声を上げたため全員が注目した。
「どうしたんだ月島ぁ」
「月島課長と呼びなさいと言っているでしょう」と一旦たしなめてから月島が続けた。
「勇作さん、生きてますよ」
「えっ!?」
夢主が驚いて勇作の顔を覗き込む。そこには「へへ……」と照れたように笑う勇作がいた。
「何してるんですか!」
夢主が叫ぶと勇作は上体を起こし床に転がっているトマトジュースのパックを見せる。ダイイングメッセージは血文字ではなくこぼれたジュースで書いたようだ。勇作はまるで子供のような笑顔を浮かべる。
「一度殺される役がやってみたくて」
その場にいる全員が絶句する。将来有望な御曹司にこうも無邪気に笑われると誰も文句も言えない。
「何で俺の名前を書いたんですか」
尾形が不満そうな表情で問うと、勇作は「アハハ」と明るく照れ笑いをしながら答えた。
「兄様が好きだからです!あと一度ダイイングメッセージってやつを書いてみたかったんですよね。ほら、ドラマとか映画とかでよく見かけるじゃないですか!」
勇作の眩いほどの笑顔と共に快活に言い切られると尾形は半ば白目を剥いて閉口した。勇作はそんな尾形を見慣れているのかニコニコと笑ったまま続ける。
「あ、でも殴られたのは本当です。実際に倒れてからさっきまでの記憶が曖昧で……誰に殴られたのか思い出せそうにありません。せっかくなので皆様で犯人を推理していただけますか?」
「なっ……救急車呼びましょう!後遺症が出たら大変です!」
夢主は勇作の言葉に驚いて叫ぶ。まだ動揺しているのか震える手でスマホを取り出そうとするも上手くいかない。そんな様子を見て月島が「私が連絡してきます。ついでに会社にも報告してきます」とその場を去った。
その姿を見送ってから、勇作が「あれ?」と呟いて自分の左手を見ていた。
「どうしたんですか?」
「なんか写真のようなものを握りしめていました。誰のでしょうか」
勇作の手にあったのはビリビリにちぎられた写真の一部だった。それらは数枚あるがつなぎ合わせても人物が写っているということしかわからなかった。写っている人物の顔も人数も、写真を撮った場面も全く見当がつかない。夢主はのぞき込んで首をひねる。もう少しゆっくり調べる必要があると考えた夢主は勇作に訊ねた。
「勇作さん、この写真預かっててもいいですか?」
「ええ。わたしはこれを持っていた記憶がないので咄嗟に掴んだのか、犯人が証拠隠滅を図っていたのか……手がかりになると良いのですが」
「とにかく勇作さんを殴った奴は存在したってことですか。許せませんね」
尾形が珍しくやる気を出している。異母兄弟が襲われた事実に加えて、真っ先に疑われたことを根に持っているのだろう。疑われたのはダイイングメッセージを書いた勇作が原因であるが、そのことに尾形は気が付いていない。
全員が静まり返った場面で、部屋の出入り口付近から声がかかった。
「あのぅ、俺服着たいんだけど、出てもいい?」
事件の起きた部屋の主である杉元が、バスルームの扉から水を滴らせた格好で上半身だけ出してこちらを見ていた。
「服が……そこのベッドの上にあるんだよね」
びしょびしょの姿で杉元が指を指した先のベッドの上には、カバンから乱雑に投げ捨てられた下着と上下セットのスウェットがあった。
尾形が乱暴に服を掴むと隣にいた夢主に渡す。夢主は思わず「えっ」と声をあげた。
「夢主、運んでやれ」
「バカ尾形!女の子にパンツ触らせんな!」
杉元が思わず身体を乗り出して尾形にツッコミを入れると、腰にタオルを巻いているとはいえ湯上がりの杉元の鍛え上げられた肉体が露わになる。夢主は服を渡そうとして振り向いていて、杉元のその姿を直視してしまったため再度悲鳴を上げた。
「キャーッ!杉元さんのえっち!」
「ごごごごめん!」
「貴様らは何をやっておるのだ!さっさと服を着ろ!」
慌てて扉の陰に隠れた杉元に、夢主の手から奪った洋服を鯉登が投げつけた。先述した通り、鯉登は入社して二年目のため夢主・杉元・尾形の後輩にあたる。先輩社員に対して偉そうな口を利けるところから鯉登のプライドの高さが窺える。
そんなやり取りをしているとちょうど連絡を終えた月島が部屋に戻ってきた。
「勇作さんは救急車が来たら病院へ行ってください。付き添いで私も病院に行きます。他の人は全員座学をやった会議室へ。今、門倉部長と宇佐美が鶴見社長とオンラインで相談できるようにセッティングをしてくれています。あとは頼みましたよ、鯉登さん」
月島が厳しい口調で指示を出すと、鯉登が「キエエ!?」と大きな声を出した。近くで聞いた尾形と夢主は咄嗟に耳を塞ぐほどの声量だった。
「月島ぁん!私を置いていくのか!」
「病院の付き添いが終わったらすぐに戻りますから。鶴見社長には簡単にしか状況を説明できていませんので。門倉部長と宇佐美は現場を見ているわけではないので頼りにできるのは指導役の鯉登さんしかいませんから」
月島はそう言いつつも目線で明らかに夢主に説明をしてくれと訴えている。夢主は少しの間戸惑いの表情を浮かべたが、やがて静かに月島に頷いて見せた。それに気が付かない鯉登は「鶴見社長のお役に立てる!」と興奮した様子で部屋の中を走り回り、月島に怒られていた。
「俺も付き添う」
尾形が急に声を上げた。
「俺と勇作さんは腹違いとはいえ血縁者だ」
「だがしかし……」
渋る月島を遮るように勇作が嬉しそうな声を上げる。
「兄様!なんとお優しい……ぜひお願いします!」
「決まりですな」
尾形は得意げに頭を撫で上げてふんぞり返る。勇作が押し切ったことで月島は何も言い返すことなく「分かった」と短く呟き、勇作・月島・尾形は病院へ向かった。
後編へつづく