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尾形
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夏祭り/尾形
近所に住んでる尾形百之助くんは私の幼なじみ。同い年で幼稚園から高校生の今までずっと同じ学校。母親同士が仲が良いから、小さい時からよく一緒に遊んでた。
元々あんまり喋らない子だった。幼稚園で初めて話しかけた時も、一方的に私が喋ってたと思う。子供だったからそんなに深く考えなかったけど、今思えば尾形くんは「暗い子だな」って思う。
ある時、幼稚園で父の日のプレゼントを作る時間かあった。隣にいる尾形くんがなんだか辛そうだったから話しかけたら、尾形くんの家にはお父さんがいないから気まずいんだって。「じゃあ、それ私に頂戴!」って言ったら尾形くんがちょっとだけ笑ったのを今でも覚えてる。
それからかな、本格的に仲良くなったのは。お迎えの時間までずっと尾形くんと遊ぶようになって、先に私のお母さんが迎えに来ても、「私も尾形くんのお母さんが来るまで待つ!」って駄々をこねていたら、そのうちお母さん同士が仲良くなったんだ。
高校生になった今も、尾形くんは相変わらずクールで取っつきにくい雰囲気を放っている。中学生くらいから色んな女の子が尾形くんにアプローチしているのを見ていたが、容赦のない毒舌で全員が敗北していた。私はもう慣れっこなので何を言われても「うんうん」って笑って聞き流せるし、尾形くんも今更私に言うこともないのだろう、普通の日常会話しかしない。他の女の子たちに尾形くんを呼び出すために私が使われることもあったが、尾形くんがあまりにも怖い顔で私を使うんじゃないと言い放つので、返って印象が悪くなると女の子たちも分かったのかパシりにされることがなくなった。
そんな尾形くんが、だよ?何と……夏祭りに誘ってくれました!
嬉しいなぁ、男の子とお祭りに行くのって憧れてたんだ。今思えばクラスメイトでさえあんまり異性の友達が出来なかったんだよね。お話くらいはするんだけど、全然仲良くなれなかった。個人的に遊びに行こうって話になると何故か皆スゥーッと私の前からいなくなるんだよね。その後は余所余所しくて、何かしちゃったのかな?嫌われちゃったかな?と考えて自分から男の子に話しかけるのが怖くなっちゃった。
お母さんに浴衣を用意してもらって、何度も自分で着付けの練習をした。当日の夜は、お父さんもお母さんも遅くまで仕事があるから、自分で着付けを頑張らなくちゃいけない。お年玉を使ってプチプラだけどメイク道具も揃えた。メイク動画を観て浴衣に合うお化粧を勉強して練習したりもした。
なんでこんなにワクワクするんだろうと自分でも思ったけど、休みの日は基本的にどちらかの家でゲームやったり漫画読んだりぐだぐだと過ごしてるから、一緒に出掛けるなんてことが新鮮に感じたんだと思う。
「やばいやばい」
当日の夕方、私は気合を入れすぎたのか時間配分を大幅に間違えた。着付けとメイクが終わった頃には待ち合わせ時間ピッタリになっていた。まだ髪のセットができていない。尾形くんには間に合わないと思った時点でメッセージを入れてある。「家出るときに連絡するね」と送ったのに尾形くんは「近所だから迎えに行く」と返答していたらしく、私が浴衣の最終確認をしている時点で家のインターホンが鳴った。モニターを見ると私服の尾形くんがこちらをじっと見ている。
「うわー!ごめんっ、今出るから!もうちょっとそこで待ってて」
モニター越しに言うと、尾形くんは少し不満そうにカメラを睨んでいる。
「暑い。家に入れろ」
「え?でも……」
私が渋ると尾形くんがチッと舌打ちをするのが聞こえる。舌打ちの音まで拾うんだから最近の通話ツールはすごいよね。
私が困っていると、玄関の扉がガチャガチャガチャと大きく鳴る。鍵がかかっているのに尾形くんが無理矢理入ってこようとしているのがわかった。
「わぁぁわかったから!」
私はモニターのスイッチを切って駆け足で玄関まで行く。私が鍵を開けるまでガチャガチャガチャとしつこく鳴らしているので、少し怖かった。
カチャッと鍵を内側から捻ると、尾形くんがすぐさま扉を開けた。私が驚いて目を丸くしていると、尾形くんの方がなぜか私の何倍も驚いているような表情で固まっている。
「え?え?どうしたの?」
私が問いかけると、ハッと気が付いた様子で尾形くんの視線が下がった。
「……浴衣」
「そうなの、頑張って着付けてたんだけど時間かかっちゃって。ごめんね」
私がその場でくるっと回って見せると、尾形くんは気まずそうに視線を逸らした。あれ、何かおかしかったかな?
「いや……良いと思う」
尾形くんは数秒の間の後に絞り出すような声でそう呟く。尾形くんが必死に目を逸らして顔を赤くしている様子を見て、なんだか私まで恥ずかしくなってしまった。
「ありがと……。えっと、入って入って」
気まずいことに玄関で二人して黙り込んでしまったので、スリッパを出して尾形くんを家のリビングに通す。
「あと髪のセットだけだから!すぐ終わらせるからね!」
私は尾形くんに冷えた麦茶を出すと、髪を整えるためにバタバタと自室へ向かった。
リビング以外はクーラーをつけていなかったため私の部屋はムシムシとしていて、何もしなくても汗が吹き出しそうになる。濃いメイクはしていないとはいえ、せっかく慣れないメイクをしたんだから崩れたくない。手早く髪をまとめて最後に帯や浴衣の合わせなどを確認していると、鏡の中で自室の扉が開くのが見えた。
ホラーな展開かと思って驚いて飛び上がると、鏡越しに尾形くんと目が合う。幼馴染だし私の家の構造なんて知り尽くしているのはわかっている。それでも思わず身構えてしまったのは、尾形くんがいつもよりも切ない目でこちらをじっと見つめていたからだ。
「ど、どうしたの?」
私が話しかけるも尾形くんからの返事はない。「いや……」とほぼ返事になっていない返答をして彼は私の部屋に入ってきた。
尾形くんは姿見の前で立ち尽くす私を無視して、そのまま近づいてきた。尾形くんとは最初からずっと鏡越しに目が合っている。エアコンのついていない部屋が蒸し暑いせいもあるだろうが、明らかに尾形くんの視線のせいで顔に熱が集まるのを感じていた。静かにこちらを見つめてくる彼にたまらず目を逸らした時、尾形くんが後ろから私を抱きしめた。
声も出なかった。
でも私の頭の中はパニック状態で、あれ、尾形くんってこんなに大きかったっけ?尾形くんはさっきまでエアコンの効いたリビングにいたはずのに私よりもずっと身体が熱い。なんていうんだろう、上手く言えないけど男っぽい匂いもする。なんて色んな言葉がぐるぐると頭の中を巡った。
バクバクと心臓が脈打っているのを感じて、混乱の中何も言えずに彼の腕の中に納まっているも、そのまま尾形くんは何も言わない。私はどうしたら良いのかわからなくなって、鏡越しに彼を見て問いかけた。
「ね、ねぇ尾形くん……どうしちゃったの?具合でも悪いの?」
「いや、なんか……なんだろうな」
尾形くんは私を後ろから抱きしめて、首元に顔を埋めている。耳の近くで尾形くんの独特な低い声が響いて、一瞬驚いてしまった。返事になっていない言葉を吐きながら、彼は私の身体を再度ぎゅうと抱きしめる。
「その……好きなんだ。夢主のことが」
「えっ?」
私は間抜けな顔をしていたと思う。鏡越しに尾形くんを見つめるが、彼の表情は依然見えないままだ。そのままの体勢でぼそぼそと呟く。
「他の奴に取られたくない。祭りに誘ったのも先に予約しておけば誰にも誘われないと思った。あと、クラスの男子全員にはもう既に夢主に話しかけるなと言ってある」
「え、え……?」
尾形くんの言葉の意味をすぐには理解できなくて、ぐるぐると頭の中で言葉を反芻するも、「好きだ」という言葉の裏付けでしかなくて余計に混乱した。好かれてはいると思ったけど、幼馴染として友人としてだと思っていた。
私がパニックになっている間に、尾形くんはそっと私から離れた。尾形くんの体温が感じられなくなっても部屋はまだ蒸し暑いままで、汗がじわじわと噴き出てくる。何も言えずに固まってしまった私を、尾形くんは鏡越しにじっと見つめた。その表情は幼い頃の寂しそうな顔と重なった。
「夢主は、俺のことは嫌いか」
尾形くんの声は低く掠れていた。尾形くんも汗をかいている。私も尾形くんも、真っ赤な顔をしていたと思う。私はゆるゆると首を横に振った。
「す、好きではある……と思う。いつも一緒にいたし」
曖昧な返事しかできなかった。突然のことで頭がごちゃごちゃになっていたから。
「……」
尾形くんは私の返事を聞いてムスッと明らかに不満そうな顔をした。普段は無表情であることが多い尾形くんだが、慣れてくると案外わかりやすいものだ。
尾形くんは私の肩にそっと手を置く。私が身を強張らせていると、鏡越しに私に見せつけるように視線をやりながら、れろ、と私の首筋を舐め上げた。
「ひゃっ⁉」
「動くなよ」
思わず声を上げると、尾形くんは首筋にちゅ、ちゅう、と音を立てながらキスを落とす。尾形くんの視線が挑発的で直視していたら酔ってしまいそうなほど魅惑的な表情をしていた。私は咄嗟にぎゅっと自分の両手を握って目をつぶっていた。何度か繰り返すと尾形くんは私の顎を掴んで「目を開けろ」と低く囁く。
言われたとおりに目を開けると、真っ赤な顔をして涙目になっている自分と、挑発的な表情でどこか楽しそうにニヤニヤと笑う尾形くんと鏡の中で目が合った。
「俺は、こういうことをする意味で、好きなんだが?わかっているか?」
「……尾形くんってさ、ずるいよね。今までずっと一緒にいたし、悪口も軽口も散々言われたし、いろんな顔見てきたけど、こういうときはちゃんとカッコイイ顔するんだもん」
私が真っ赤な顔でつらつらと文句を言うと、尾形くんは意外そうに目を丸くした後、クククッと喉の奥で笑った。私の言葉を肯定と取ったのだろう。自信に満ちていて、満足そうだった。
「お気に召してもらえたようだな?」
ニタリと笑った尾形くんはまた挑発的な視線を鏡越しに送りながら私の首元に再度口を近づけるフリをしてくる。
「も、もう!ばか!」
私がもがくと、尾形くんはパッと手を放して愉快そうに肩を揺らして笑う。私は尾形くんの手から逃れると、くるっと鏡に背を向けて尾形くんに抱き着いた。尾形くんにまた馬鹿にされるかと思ったけど、今度はそんなことはなくて私の身体に尾形くんの腕が回って、背中を優しくトントンと撫でられた。
「祭り、始まってるぞ」
私が顔を上げると、尾形くんが今まで見たことがないくらい優しい目をして私を見下ろしていた。頬が緩むのを感じながら、私は尾形くんと見つめ合う。
「うん、わかってるけど……もうちょっと……」
私がそう呟くと、私たちは遠くに聞こえるお祭りの賑わいを聞きながら、どちらからともなく唇を重ねた。
おわり
【あとがき:祭りにはこの後もじもじしながら行くよ】
近所に住んでる尾形百之助くんは私の幼なじみ。同い年で幼稚園から高校生の今までずっと同じ学校。母親同士が仲が良いから、小さい時からよく一緒に遊んでた。
元々あんまり喋らない子だった。幼稚園で初めて話しかけた時も、一方的に私が喋ってたと思う。子供だったからそんなに深く考えなかったけど、今思えば尾形くんは「暗い子だな」って思う。
ある時、幼稚園で父の日のプレゼントを作る時間かあった。隣にいる尾形くんがなんだか辛そうだったから話しかけたら、尾形くんの家にはお父さんがいないから気まずいんだって。「じゃあ、それ私に頂戴!」って言ったら尾形くんがちょっとだけ笑ったのを今でも覚えてる。
それからかな、本格的に仲良くなったのは。お迎えの時間までずっと尾形くんと遊ぶようになって、先に私のお母さんが迎えに来ても、「私も尾形くんのお母さんが来るまで待つ!」って駄々をこねていたら、そのうちお母さん同士が仲良くなったんだ。
高校生になった今も、尾形くんは相変わらずクールで取っつきにくい雰囲気を放っている。中学生くらいから色んな女の子が尾形くんにアプローチしているのを見ていたが、容赦のない毒舌で全員が敗北していた。私はもう慣れっこなので何を言われても「うんうん」って笑って聞き流せるし、尾形くんも今更私に言うこともないのだろう、普通の日常会話しかしない。他の女の子たちに尾形くんを呼び出すために私が使われることもあったが、尾形くんがあまりにも怖い顔で私を使うんじゃないと言い放つので、返って印象が悪くなると女の子たちも分かったのかパシりにされることがなくなった。
そんな尾形くんが、だよ?何と……夏祭りに誘ってくれました!
嬉しいなぁ、男の子とお祭りに行くのって憧れてたんだ。今思えばクラスメイトでさえあんまり異性の友達が出来なかったんだよね。お話くらいはするんだけど、全然仲良くなれなかった。個人的に遊びに行こうって話になると何故か皆スゥーッと私の前からいなくなるんだよね。その後は余所余所しくて、何かしちゃったのかな?嫌われちゃったかな?と考えて自分から男の子に話しかけるのが怖くなっちゃった。
お母さんに浴衣を用意してもらって、何度も自分で着付けの練習をした。当日の夜は、お父さんもお母さんも遅くまで仕事があるから、自分で着付けを頑張らなくちゃいけない。お年玉を使ってプチプラだけどメイク道具も揃えた。メイク動画を観て浴衣に合うお化粧を勉強して練習したりもした。
なんでこんなにワクワクするんだろうと自分でも思ったけど、休みの日は基本的にどちらかの家でゲームやったり漫画読んだりぐだぐだと過ごしてるから、一緒に出掛けるなんてことが新鮮に感じたんだと思う。
「やばいやばい」
当日の夕方、私は気合を入れすぎたのか時間配分を大幅に間違えた。着付けとメイクが終わった頃には待ち合わせ時間ピッタリになっていた。まだ髪のセットができていない。尾形くんには間に合わないと思った時点でメッセージを入れてある。「家出るときに連絡するね」と送ったのに尾形くんは「近所だから迎えに行く」と返答していたらしく、私が浴衣の最終確認をしている時点で家のインターホンが鳴った。モニターを見ると私服の尾形くんがこちらをじっと見ている。
「うわー!ごめんっ、今出るから!もうちょっとそこで待ってて」
モニター越しに言うと、尾形くんは少し不満そうにカメラを睨んでいる。
「暑い。家に入れろ」
「え?でも……」
私が渋ると尾形くんがチッと舌打ちをするのが聞こえる。舌打ちの音まで拾うんだから最近の通話ツールはすごいよね。
私が困っていると、玄関の扉がガチャガチャガチャと大きく鳴る。鍵がかかっているのに尾形くんが無理矢理入ってこようとしているのがわかった。
「わぁぁわかったから!」
私はモニターのスイッチを切って駆け足で玄関まで行く。私が鍵を開けるまでガチャガチャガチャとしつこく鳴らしているので、少し怖かった。
カチャッと鍵を内側から捻ると、尾形くんがすぐさま扉を開けた。私が驚いて目を丸くしていると、尾形くんの方がなぜか私の何倍も驚いているような表情で固まっている。
「え?え?どうしたの?」
私が問いかけると、ハッと気が付いた様子で尾形くんの視線が下がった。
「……浴衣」
「そうなの、頑張って着付けてたんだけど時間かかっちゃって。ごめんね」
私がその場でくるっと回って見せると、尾形くんは気まずそうに視線を逸らした。あれ、何かおかしかったかな?
「いや……良いと思う」
尾形くんは数秒の間の後に絞り出すような声でそう呟く。尾形くんが必死に目を逸らして顔を赤くしている様子を見て、なんだか私まで恥ずかしくなってしまった。
「ありがと……。えっと、入って入って」
気まずいことに玄関で二人して黙り込んでしまったので、スリッパを出して尾形くんを家のリビングに通す。
「あと髪のセットだけだから!すぐ終わらせるからね!」
私は尾形くんに冷えた麦茶を出すと、髪を整えるためにバタバタと自室へ向かった。
リビング以外はクーラーをつけていなかったため私の部屋はムシムシとしていて、何もしなくても汗が吹き出しそうになる。濃いメイクはしていないとはいえ、せっかく慣れないメイクをしたんだから崩れたくない。手早く髪をまとめて最後に帯や浴衣の合わせなどを確認していると、鏡の中で自室の扉が開くのが見えた。
ホラーな展開かと思って驚いて飛び上がると、鏡越しに尾形くんと目が合う。幼馴染だし私の家の構造なんて知り尽くしているのはわかっている。それでも思わず身構えてしまったのは、尾形くんがいつもよりも切ない目でこちらをじっと見つめていたからだ。
「ど、どうしたの?」
私が話しかけるも尾形くんからの返事はない。「いや……」とほぼ返事になっていない返答をして彼は私の部屋に入ってきた。
尾形くんは姿見の前で立ち尽くす私を無視して、そのまま近づいてきた。尾形くんとは最初からずっと鏡越しに目が合っている。エアコンのついていない部屋が蒸し暑いせいもあるだろうが、明らかに尾形くんの視線のせいで顔に熱が集まるのを感じていた。静かにこちらを見つめてくる彼にたまらず目を逸らした時、尾形くんが後ろから私を抱きしめた。
声も出なかった。
でも私の頭の中はパニック状態で、あれ、尾形くんってこんなに大きかったっけ?尾形くんはさっきまでエアコンの効いたリビングにいたはずのに私よりもずっと身体が熱い。なんていうんだろう、上手く言えないけど男っぽい匂いもする。なんて色んな言葉がぐるぐると頭の中を巡った。
バクバクと心臓が脈打っているのを感じて、混乱の中何も言えずに彼の腕の中に納まっているも、そのまま尾形くんは何も言わない。私はどうしたら良いのかわからなくなって、鏡越しに彼を見て問いかけた。
「ね、ねぇ尾形くん……どうしちゃったの?具合でも悪いの?」
「いや、なんか……なんだろうな」
尾形くんは私を後ろから抱きしめて、首元に顔を埋めている。耳の近くで尾形くんの独特な低い声が響いて、一瞬驚いてしまった。返事になっていない言葉を吐きながら、彼は私の身体を再度ぎゅうと抱きしめる。
「その……好きなんだ。夢主のことが」
「えっ?」
私は間抜けな顔をしていたと思う。鏡越しに尾形くんを見つめるが、彼の表情は依然見えないままだ。そのままの体勢でぼそぼそと呟く。
「他の奴に取られたくない。祭りに誘ったのも先に予約しておけば誰にも誘われないと思った。あと、クラスの男子全員にはもう既に夢主に話しかけるなと言ってある」
「え、え……?」
尾形くんの言葉の意味をすぐには理解できなくて、ぐるぐると頭の中で言葉を反芻するも、「好きだ」という言葉の裏付けでしかなくて余計に混乱した。好かれてはいると思ったけど、幼馴染として友人としてだと思っていた。
私がパニックになっている間に、尾形くんはそっと私から離れた。尾形くんの体温が感じられなくなっても部屋はまだ蒸し暑いままで、汗がじわじわと噴き出てくる。何も言えずに固まってしまった私を、尾形くんは鏡越しにじっと見つめた。その表情は幼い頃の寂しそうな顔と重なった。
「夢主は、俺のことは嫌いか」
尾形くんの声は低く掠れていた。尾形くんも汗をかいている。私も尾形くんも、真っ赤な顔をしていたと思う。私はゆるゆると首を横に振った。
「す、好きではある……と思う。いつも一緒にいたし」
曖昧な返事しかできなかった。突然のことで頭がごちゃごちゃになっていたから。
「……」
尾形くんは私の返事を聞いてムスッと明らかに不満そうな顔をした。普段は無表情であることが多い尾形くんだが、慣れてくると案外わかりやすいものだ。
尾形くんは私の肩にそっと手を置く。私が身を強張らせていると、鏡越しに私に見せつけるように視線をやりながら、れろ、と私の首筋を舐め上げた。
「ひゃっ⁉」
「動くなよ」
思わず声を上げると、尾形くんは首筋にちゅ、ちゅう、と音を立てながらキスを落とす。尾形くんの視線が挑発的で直視していたら酔ってしまいそうなほど魅惑的な表情をしていた。私は咄嗟にぎゅっと自分の両手を握って目をつぶっていた。何度か繰り返すと尾形くんは私の顎を掴んで「目を開けろ」と低く囁く。
言われたとおりに目を開けると、真っ赤な顔をして涙目になっている自分と、挑発的な表情でどこか楽しそうにニヤニヤと笑う尾形くんと鏡の中で目が合った。
「俺は、こういうことをする意味で、好きなんだが?わかっているか?」
「……尾形くんってさ、ずるいよね。今までずっと一緒にいたし、悪口も軽口も散々言われたし、いろんな顔見てきたけど、こういうときはちゃんとカッコイイ顔するんだもん」
私が真っ赤な顔でつらつらと文句を言うと、尾形くんは意外そうに目を丸くした後、クククッと喉の奥で笑った。私の言葉を肯定と取ったのだろう。自信に満ちていて、満足そうだった。
「お気に召してもらえたようだな?」
ニタリと笑った尾形くんはまた挑発的な視線を鏡越しに送りながら私の首元に再度口を近づけるフリをしてくる。
「も、もう!ばか!」
私がもがくと、尾形くんはパッと手を放して愉快そうに肩を揺らして笑う。私は尾形くんの手から逃れると、くるっと鏡に背を向けて尾形くんに抱き着いた。尾形くんにまた馬鹿にされるかと思ったけど、今度はそんなことはなくて私の身体に尾形くんの腕が回って、背中を優しくトントンと撫でられた。
「祭り、始まってるぞ」
私が顔を上げると、尾形くんが今まで見たことがないくらい優しい目をして私を見下ろしていた。頬が緩むのを感じながら、私は尾形くんと見つめ合う。
「うん、わかってるけど……もうちょっと……」
私がそう呟くと、私たちは遠くに聞こえるお祭りの賑わいを聞きながら、どちらからともなく唇を重ねた。
おわり
【あとがき:祭りにはこの後もじもじしながら行くよ】