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スパイシリーズ/尾形
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秘密の共有/尾形
とある街の一角に、その組織のオフィスはあった。
表向きは不動産屋であったり法律事務所であったりと、万が一事情を知らずに一般人が入り込んだとしても、問題なく接客できる程度には表向きの営業もしっかりと行っている。
そのオフィスの裏の顔は殺し屋集団を束ねる組織の事務所であった。
粒ぞろいの精鋭を取り揃えている組織だったが、その中でもひときわ有名だったのが「尾形百之助」「夢主」の2人だ。
尾形は冷静沈着なスナイパー、夢主は美しく華麗な陽動役。
2人は長く個人行動をしていたが、先日の功績を認められてタッグを組むことになったのだった。
夢主は持ち前の美貌とスタイルの良さ、知的で愛嬌のある雰囲気を存分に生かして美人局のような役回りを得意としていた。
ほかにもあらゆる武道に通じ、毒物や武器の取り扱いにも長けることで有名だった。
美人局のためにキャラを作っているかと言われればそういうわけでもなく、だれに対してもやや誘惑的にふるまったり色気を振りまいて遊んでいるような部分があった。
そんな夢主が事務所で一人留守番をしていた時のこと。
事務所の扉がギィ、と音を立てて開いた。
夢主が事務所へ戻ってきた尾形に話しかけた。
「あら尾形さん。お疲れ様♡」
事務所のドアを開けた尾形は、扉の先でほほ笑んだ夢主を確認した瞬間に、バタンと無言でドアを閉めた。
そして扉の前でまるで頭を抱えるかのように額を押さえた。
尾形は優秀なスナイパーであったが、対人関係においては難しか持っていないタイプだった。
実際夢主と組むまではひたすらに仕事を受けるだけの殺戮マシーンのような生活をしていたのだ。
しかしここ最近は夢主の勢いにやや押され気味であり、どうにも嚙み合わないやりとりに頭を悩ませいる。
「なんで閉めちゃうの?おかえりなさい。」
きょとん、とした顔をした夢主がわざわざ扉をあけて尾形を迎え入れる。
事務所にいる間の表向きは事務員のような恰好をしている夢主。
しかし明らかに素人ではない艶めかしい姿をしている。
意識してか無意識かは定かではないが無駄な色気を振りまく夢主に再度ため息をついて、尾形は夢主を無視するように事務所の中に入っていった。
「ね、尾形さん?」
するり、と尾形の近くに寄った夢主は尾形を上目使いで見つめる。
しかし尾形はぴしゃりとそれを拒絶する。
「話しかけんな。」
「なんで怒ってるの?」
心底不思議そうに首を傾げた夢主に、尾形の怒りが頂点に達した。
尾形は夢主の肩をガッと掴むと自分に引き寄せた。
夢主が扱う体術ならば簡単に振りほどけるが、夢主はそのまま尾形の腕の中に納まった。
「あら積極的♡」
唇に弧を描いた夢主がそう言いながら顔を上げると、尾形の眉がピクリと動く。
どうやら表情には出ていないが怒っているようだと夢主は判断する。
尾形は夢主に顔を近づけると、ニッコリと不穏なまでに微笑んで見せた。
「わからねえか?」
「?」
首を傾げた夢主に尾形は声を低くした。
「……てめぇ、標的がまだいるのに先に帰っただろ。」
夢主はやばい、と本能で感じたのか、尾形から離れようと後ずさりをした。
しかし尾形が夢主の腰をしっかりと掴んで離さなかった。
「だ、だって、私と相性の悪そうな人たちだったしぃ、……尾形さんなら余裕でしょ?」
上目遣いに夢主が見つめると、腹を立てた尾形は腰をつかむ手とは別の手で夢主の顎をそっと持ち上げた。
もちろんその行動は尾形が夢主の色気にあてられたわけではなく、完全な嫌がらせであった。
夢主自身もそのことはわかっている。
接近戦が得意な彼女はいくらでもこの状況から抜け出せる技を持っていたが、からかう材料がさらに手に入るのではないかと期待してあえて困ったようすで微笑みながら視線を彷徨わせた。
「あ。」
そこで夢主が扉のほうを向いてふいに呟いたので、尾形もつられて顔をそちらへ向ける。
そこには組織の幹部である「上」こと「鶴見篤四郎」が立っていた。
鶴見は「おやおや」と困ったように笑っている。
その存在に気付いた瞬間、2人はバッとお互いに離れてその場にひれ伏した。
鶴見は全く動じた様子もなく2人に向かって笑いかけた。
「君たちそんなにもう仲良くなったのかね?」
「い、いえ……。」「そういうわけでは……。」と各々バツが悪そうに否定する。
鶴見の絶対的手腕があるからこそやっていける裏稼業。
横のつながりも多いことからここで仕事を失うと、今後の生計どころか命まで危ぶまれるのだ。
2人は冷や汗をかきながら必死に謝罪の言葉を繰り返した。
「怒ってなんかないよ。うちは自由恋愛だしね。」と鶴見は寛容に笑いながら、次の仕事の内容を話し始める。
暗号を交えて紙やメールで依頼が来ることもあるが、極秘任務や面倒な内容の場合はあえて口頭でその場限りで告げられることがある。
今回は極秘任務に値するらしい。
2人は一瞬にして仕事モードに切り替えて内容を聞き逃さないようにと真剣に聞き入った。
鶴見がいなくなってからの2人は、さきほどの気まずい空気はどこへやら、すぐに仕事の準備に取り掛かる。
今回はかなり綿密な計画が必要だと考えた2人は、黙々とデスクに向かい作業に勤しんだ。
ぽつぽつと事務所にはメンバーが出たり入ったりしていたが、仕事を終えると皆退勤していった。
結局事務所には尾形と夢主の2人だけとなった。
夜遅くなった頃、おもむろに立ち上がって尾形が言った。
「飯、食ってくる。」
夢主は顔を上げて時間を確認すると、もうこんな時間かと驚いていた。
そして自分も立ち上がると尾形の後を追った。
「なんでついてくる。」
尾形は冷たく言い放ったが、夢主は気にしていないようだった。
「打合せでもしながら一緒に飲みましょうよ。どうせこの時間じゃ、お酒のあるところしか開いてないわ。」
仕事の効率を考えても確かに食事をしながらの方が早いだろうと考えた尾形はそれ以上は何も言わなかった。
手頃な店に入った2人は、軽食と酒を注文する。
店はモダンな雰囲気ではあるものの、客が多いせいかやや騒がしいくらいだった。
その環境は2人にとって好都合だった。
騒がしいくらいならば打合せがしやすい。
もし誰かに聞き耳をたてられても良いように、ある程度複雑な暗号と多国籍な言葉を交えて会話をした。
2人が組み始めてからずっとそうだったが、お互い話が早い。
普段はこんなにも噛み合わないのに仕事の話となると意見が合いやすいばかりか、無駄のない仕事のスタイルに落ち着く。
夢主も尾形も、このテンポの良さに驚きつつもしっくりと来るものを感じていた。
「お前、やはり話が早いな。」
一通り打合せが終わり、話がまとまったところで尾形が急にそんなことを言い出した。
普段は滅多に人を褒めないどころか、むしろ馬鹿にしたような態度を取ることの多い尾形がそのようなことを言うのは珍しいことだった。
「あら、ありがとう。相手が尾形さんだからかしらね♡」
夢主は余裕の表情で微笑む。
良い女を演じているわけではなく、純粋に自己肯定感の高さから来る反応だった。
彼女はどんな時も余裕があり、ただお礼を言うだけではなく、その後相手を持ち上げることも忘れない。
尾形はガラにもなく夢主を褒めたことを後悔した。
夢主はそんな尾形をじっと見つめて問いかけた。
「ねえ……、尾形さんはどうしてこの仕事をしているの?」
「……。俺が初めて殺したのは、自分の母親だった。」
酒が回っていたこともあったのだろう、普段なら誰にも話すことなどなかった尾形の生い立ちをぽつりぽつりと話し始めた。
母親を殺し、異母兄弟を殺し、父親を殺したこと。
己が抱くことのなかった罪悪感についてや、祝福される未来があったのかどうかなど。
そんな話を夢主は静かに相槌だけを打って、ただひたすらに聞いていた。
話の最中はテーブルの上に軽く握った拳を置いていた尾形。
仕事柄感情を殺すことは得意でさすがに感情の高ぶりを声や表情にはほとんど出すことはなかったが、話し終える頃にはその拳が小さく震えていた。
話を聞き終えた夢主は震える尾形の拳にそっと手を置く。
普段ならその手を振り払うはずだったが、今日の尾形はなぜだか振り払うことができなかった。
尾形が夢主を見ると、夢主は話し始めたときと変わらず尾形をじっと見つめていた。
尾形は夢主のその瞳に、すべてを許されたような気がした。
その夜、尾形はどうやって帰ったのか覚えていなかった。
気付けば尾形は自室のベッドで中途半端にスーツを脱いだ状態のまま寝ていて、夢主の姿もなければ夢主からのメッセージもなかった。
きっと普通に解散したのだろうと考えた。
あんな風に人生を暴露しておいて、どんな顔で自分は夢主と向き合ったのか全く記憶になかった。
今まで隠してきたことを話したせいか、心なしかスッキリとしているのがまた恐ろしい。
尾形はベッドから起き上がるとあくびをしてボリボリと首元をかきながら、水でも飲もうとひとまずリビングへ向かった。
いつもなら絶対にそんなことはないのに、油断しきっていたせいか、まったく気配に気が付かなかった。
そこには夢主がキッチンで朝食を用意している姿を見つけた。
「お、まえ……。」
寝起きで掠れた声しか出なかった。
夢主は尾形に気が付くと「おはよう♡」と微笑んだ。
一瞬のうちに尾形の頭の中では昨夜自分は何をしたんだ!?と混乱の中に落ちていった。
まさかこの女に手を出したというのか、と絶望的な気持ちになる。
いくら秘密を話したとは言っても、そんな簡単に絆されたいうのか、とぐるぐると考えを巡らせる。
そんな尾形の内心を知ってか知らずか、夢主は心なしかいつもよりもご機嫌な様子だ。
「ふふ、そんなに身構えないでいいわよ。」
「……昨日、何があった。」
そう問いかけるのが今の尾形には精一杯だった。
夢主はくすくすと楽しそうに笑うと、リビングに置き去りになっていた尾形のスマホを指さした。
まさか仕事の機密情報や個人情報を奪われたのかと一瞬考えてしまい、尾形は飛びつくようにスマホをつけた。
しかし一瞬で尾形の予想は裏切られた。
スマホのロック画面に映し出されたのは、子供のように夢主にしがみついて眠る自分の姿だった。
夢主は優しく尾形を抱きしめ、頭を撫でている。まるで聖母マリアのような慈悲深い表情をしていたが、視線はカメラ目線でどこか挑発的だ。
それを片手で自撮りしたものがロック画面に登録されていた。
「なっ……。」
尾形が言葉を失っていると、夢主はどこか嬉しそうに笑った。
そして自分のスマホを取り出すと、お揃いのロック画面を見せつけてきた。
その時の夢主の表情はどこまでも挑発的で魅惑的だった。
「いつでも甘えていいわよ、尾形さん♡」
「この……クソアマが!」
我慢の限界に達した尾形が夢主を家から叩き出して、しばらく口も聞かなくなったとさ。
おしまい。
【あとがき:うーん。色々と不憫な尾形が書けて幸せ♡
その後は、この画像をネタにしばらく夢主が尾形に仕事や雑用を押し付けているとかいないとか笑】
とある街の一角に、その組織のオフィスはあった。
表向きは不動産屋であったり法律事務所であったりと、万が一事情を知らずに一般人が入り込んだとしても、問題なく接客できる程度には表向きの営業もしっかりと行っている。
そのオフィスの裏の顔は殺し屋集団を束ねる組織の事務所であった。
粒ぞろいの精鋭を取り揃えている組織だったが、その中でもひときわ有名だったのが「尾形百之助」「夢主」の2人だ。
尾形は冷静沈着なスナイパー、夢主は美しく華麗な陽動役。
2人は長く個人行動をしていたが、先日の功績を認められてタッグを組むことになったのだった。
夢主は持ち前の美貌とスタイルの良さ、知的で愛嬌のある雰囲気を存分に生かして美人局のような役回りを得意としていた。
ほかにもあらゆる武道に通じ、毒物や武器の取り扱いにも長けることで有名だった。
美人局のためにキャラを作っているかと言われればそういうわけでもなく、だれに対してもやや誘惑的にふるまったり色気を振りまいて遊んでいるような部分があった。
そんな夢主が事務所で一人留守番をしていた時のこと。
事務所の扉がギィ、と音を立てて開いた。
夢主が事務所へ戻ってきた尾形に話しかけた。
「あら尾形さん。お疲れ様♡」
事務所のドアを開けた尾形は、扉の先でほほ笑んだ夢主を確認した瞬間に、バタンと無言でドアを閉めた。
そして扉の前でまるで頭を抱えるかのように額を押さえた。
尾形は優秀なスナイパーであったが、対人関係においては難しか持っていないタイプだった。
実際夢主と組むまではひたすらに仕事を受けるだけの殺戮マシーンのような生活をしていたのだ。
しかしここ最近は夢主の勢いにやや押され気味であり、どうにも嚙み合わないやりとりに頭を悩ませいる。
「なんで閉めちゃうの?おかえりなさい。」
きょとん、とした顔をした夢主がわざわざ扉をあけて尾形を迎え入れる。
事務所にいる間の表向きは事務員のような恰好をしている夢主。
しかし明らかに素人ではない艶めかしい姿をしている。
意識してか無意識かは定かではないが無駄な色気を振りまく夢主に再度ため息をついて、尾形は夢主を無視するように事務所の中に入っていった。
「ね、尾形さん?」
するり、と尾形の近くに寄った夢主は尾形を上目使いで見つめる。
しかし尾形はぴしゃりとそれを拒絶する。
「話しかけんな。」
「なんで怒ってるの?」
心底不思議そうに首を傾げた夢主に、尾形の怒りが頂点に達した。
尾形は夢主の肩をガッと掴むと自分に引き寄せた。
夢主が扱う体術ならば簡単に振りほどけるが、夢主はそのまま尾形の腕の中に納まった。
「あら積極的♡」
唇に弧を描いた夢主がそう言いながら顔を上げると、尾形の眉がピクリと動く。
どうやら表情には出ていないが怒っているようだと夢主は判断する。
尾形は夢主に顔を近づけると、ニッコリと不穏なまでに微笑んで見せた。
「わからねえか?」
「?」
首を傾げた夢主に尾形は声を低くした。
「……てめぇ、標的がまだいるのに先に帰っただろ。」
夢主はやばい、と本能で感じたのか、尾形から離れようと後ずさりをした。
しかし尾形が夢主の腰をしっかりと掴んで離さなかった。
「だ、だって、私と相性の悪そうな人たちだったしぃ、……尾形さんなら余裕でしょ?」
上目遣いに夢主が見つめると、腹を立てた尾形は腰をつかむ手とは別の手で夢主の顎をそっと持ち上げた。
もちろんその行動は尾形が夢主の色気にあてられたわけではなく、完全な嫌がらせであった。
夢主自身もそのことはわかっている。
接近戦が得意な彼女はいくらでもこの状況から抜け出せる技を持っていたが、からかう材料がさらに手に入るのではないかと期待してあえて困ったようすで微笑みながら視線を彷徨わせた。
「あ。」
そこで夢主が扉のほうを向いてふいに呟いたので、尾形もつられて顔をそちらへ向ける。
そこには組織の幹部である「上」こと「鶴見篤四郎」が立っていた。
鶴見は「おやおや」と困ったように笑っている。
その存在に気付いた瞬間、2人はバッとお互いに離れてその場にひれ伏した。
鶴見は全く動じた様子もなく2人に向かって笑いかけた。
「君たちそんなにもう仲良くなったのかね?」
「い、いえ……。」「そういうわけでは……。」と各々バツが悪そうに否定する。
鶴見の絶対的手腕があるからこそやっていける裏稼業。
横のつながりも多いことからここで仕事を失うと、今後の生計どころか命まで危ぶまれるのだ。
2人は冷や汗をかきながら必死に謝罪の言葉を繰り返した。
「怒ってなんかないよ。うちは自由恋愛だしね。」と鶴見は寛容に笑いながら、次の仕事の内容を話し始める。
暗号を交えて紙やメールで依頼が来ることもあるが、極秘任務や面倒な内容の場合はあえて口頭でその場限りで告げられることがある。
今回は極秘任務に値するらしい。
2人は一瞬にして仕事モードに切り替えて内容を聞き逃さないようにと真剣に聞き入った。
鶴見がいなくなってからの2人は、さきほどの気まずい空気はどこへやら、すぐに仕事の準備に取り掛かる。
今回はかなり綿密な計画が必要だと考えた2人は、黙々とデスクに向かい作業に勤しんだ。
ぽつぽつと事務所にはメンバーが出たり入ったりしていたが、仕事を終えると皆退勤していった。
結局事務所には尾形と夢主の2人だけとなった。
夜遅くなった頃、おもむろに立ち上がって尾形が言った。
「飯、食ってくる。」
夢主は顔を上げて時間を確認すると、もうこんな時間かと驚いていた。
そして自分も立ち上がると尾形の後を追った。
「なんでついてくる。」
尾形は冷たく言い放ったが、夢主は気にしていないようだった。
「打合せでもしながら一緒に飲みましょうよ。どうせこの時間じゃ、お酒のあるところしか開いてないわ。」
仕事の効率を考えても確かに食事をしながらの方が早いだろうと考えた尾形はそれ以上は何も言わなかった。
手頃な店に入った2人は、軽食と酒を注文する。
店はモダンな雰囲気ではあるものの、客が多いせいかやや騒がしいくらいだった。
その環境は2人にとって好都合だった。
騒がしいくらいならば打合せがしやすい。
もし誰かに聞き耳をたてられても良いように、ある程度複雑な暗号と多国籍な言葉を交えて会話をした。
2人が組み始めてからずっとそうだったが、お互い話が早い。
普段はこんなにも噛み合わないのに仕事の話となると意見が合いやすいばかりか、無駄のない仕事のスタイルに落ち着く。
夢主も尾形も、このテンポの良さに驚きつつもしっくりと来るものを感じていた。
「お前、やはり話が早いな。」
一通り打合せが終わり、話がまとまったところで尾形が急にそんなことを言い出した。
普段は滅多に人を褒めないどころか、むしろ馬鹿にしたような態度を取ることの多い尾形がそのようなことを言うのは珍しいことだった。
「あら、ありがとう。相手が尾形さんだからかしらね♡」
夢主は余裕の表情で微笑む。
良い女を演じているわけではなく、純粋に自己肯定感の高さから来る反応だった。
彼女はどんな時も余裕があり、ただお礼を言うだけではなく、その後相手を持ち上げることも忘れない。
尾形はガラにもなく夢主を褒めたことを後悔した。
夢主はそんな尾形をじっと見つめて問いかけた。
「ねえ……、尾形さんはどうしてこの仕事をしているの?」
「……。俺が初めて殺したのは、自分の母親だった。」
酒が回っていたこともあったのだろう、普段なら誰にも話すことなどなかった尾形の生い立ちをぽつりぽつりと話し始めた。
母親を殺し、異母兄弟を殺し、父親を殺したこと。
己が抱くことのなかった罪悪感についてや、祝福される未来があったのかどうかなど。
そんな話を夢主は静かに相槌だけを打って、ただひたすらに聞いていた。
話の最中はテーブルの上に軽く握った拳を置いていた尾形。
仕事柄感情を殺すことは得意でさすがに感情の高ぶりを声や表情にはほとんど出すことはなかったが、話し終える頃にはその拳が小さく震えていた。
話を聞き終えた夢主は震える尾形の拳にそっと手を置く。
普段ならその手を振り払うはずだったが、今日の尾形はなぜだか振り払うことができなかった。
尾形が夢主を見ると、夢主は話し始めたときと変わらず尾形をじっと見つめていた。
尾形は夢主のその瞳に、すべてを許されたような気がした。
その夜、尾形はどうやって帰ったのか覚えていなかった。
気付けば尾形は自室のベッドで中途半端にスーツを脱いだ状態のまま寝ていて、夢主の姿もなければ夢主からのメッセージもなかった。
きっと普通に解散したのだろうと考えた。
あんな風に人生を暴露しておいて、どんな顔で自分は夢主と向き合ったのか全く記憶になかった。
今まで隠してきたことを話したせいか、心なしかスッキリとしているのがまた恐ろしい。
尾形はベッドから起き上がるとあくびをしてボリボリと首元をかきながら、水でも飲もうとひとまずリビングへ向かった。
いつもなら絶対にそんなことはないのに、油断しきっていたせいか、まったく気配に気が付かなかった。
そこには夢主がキッチンで朝食を用意している姿を見つけた。
「お、まえ……。」
寝起きで掠れた声しか出なかった。
夢主は尾形に気が付くと「おはよう♡」と微笑んだ。
一瞬のうちに尾形の頭の中では昨夜自分は何をしたんだ!?と混乱の中に落ちていった。
まさかこの女に手を出したというのか、と絶望的な気持ちになる。
いくら秘密を話したとは言っても、そんな簡単に絆されたいうのか、とぐるぐると考えを巡らせる。
そんな尾形の内心を知ってか知らずか、夢主は心なしかいつもよりもご機嫌な様子だ。
「ふふ、そんなに身構えないでいいわよ。」
「……昨日、何があった。」
そう問いかけるのが今の尾形には精一杯だった。
夢主はくすくすと楽しそうに笑うと、リビングに置き去りになっていた尾形のスマホを指さした。
まさか仕事の機密情報や個人情報を奪われたのかと一瞬考えてしまい、尾形は飛びつくようにスマホをつけた。
しかし一瞬で尾形の予想は裏切られた。
スマホのロック画面に映し出されたのは、子供のように夢主にしがみついて眠る自分の姿だった。
夢主は優しく尾形を抱きしめ、頭を撫でている。まるで聖母マリアのような慈悲深い表情をしていたが、視線はカメラ目線でどこか挑発的だ。
それを片手で自撮りしたものがロック画面に登録されていた。
「なっ……。」
尾形が言葉を失っていると、夢主はどこか嬉しそうに笑った。
そして自分のスマホを取り出すと、お揃いのロック画面を見せつけてきた。
その時の夢主の表情はどこまでも挑発的で魅惑的だった。
「いつでも甘えていいわよ、尾形さん♡」
「この……クソアマが!」
我慢の限界に達した尾形が夢主を家から叩き出して、しばらく口も聞かなくなったとさ。
おしまい。
【あとがき:うーん。色々と不憫な尾形が書けて幸せ♡
その後は、この画像をネタにしばらく夢主が尾形に仕事や雑用を押し付けているとかいないとか笑】