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有坂閣下
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人外夢主/有坂閣下
とある街の地下施設でオークションにかけられた人外の夢主。
この国では人外は珍しく、特別美しかったり変わった能力のある人外は裏で極秘に取引の対象とされていた。
夢主はどんなに痛めつけられても時間をかければ回復する特殊な体質である。これまでもサディストや性的倒錯者たちの餌食となり、散々な人生を送ってきていた。酷いものになると手足を切り刻まれたり、炎で炙られたりとありとあらゆるこの世の苦痛を与えられてきた。痛覚は通常通り機能しているだけに、その苦しみは計り知れない。
もはや精神的に参っていて逃げ出す気力のない夢主は、今日も空虚な瞳で自分の金額がせり上がっていくのを見ていた。
「○千万円でどうだね‼」一際大きな声が聞こえたかと思うと、場内がざわついた。
周囲は「あれは……天才科学者の有坂じゃないか?」「ここに来ているのは初めて見たぞ」「確か銃器の実験を繰り返しているという……」「あぁ、じゃあ武器の殺傷率を上げるのにはコイツはうってつけだな」などと話している。
これらは当然夢主にも聞こえてはいたが、心が麻痺していて(今度は爆破されるのか……爆破なら痛みが一瞬だからいいかもしれない)と無表情に考えていた。
競り落とされた夢主は有坂の元へと引き渡される。
首輪に繋がった鎖を有坂へと手渡しながら、ほくほく顔の商人は挨拶をした。
「良い買い物をしましたね!まいどあり!」
「……あぁ!どうもありがとう!」
そんなやりとりを聞き流し、夢主は有坂の後ろについていく。有坂は地下施設を出ると夢主に声をかけた。
「君の名前は何というのかね⁉」
「……夢主、です」
「夢主くん!良い名前だ!」
「……」
夢主は無意味なやりとりだと有坂の返事を無視した。初めは友好的でも、いざ家に連れ帰ったら酷い目に遭うというのはよくあるパターンだ。
有坂は自分の車の助手席に夢主を座らせると、しばらく車を走らせた。
その間はただただ沈黙だった。走行音だけが車内に響く。夢主は何も考えずに過ごした。
数十分は走っただろうか、適当な場所に車を停車させた有坂は、後部座席から工具を取り出してあっという間に夢主につけられた首輪を切断してしまった。この首輪は飼い主が持つリモコンを操作すると電流が流れる奴隷管理用のものであった。有坂はそのまま慣れた手つきで同じく電流の流れる手錠も特殊な工具で取り外す。
「ふぅ、これで良いな。他に奴らに付けられた悪趣味な機械は何もないかね?」
「なんで……?」
「?」
夢主が何故自由にするのかと問いかけるも、有坂は小さく首を傾げる。夢主の問いかけの意味がわからないようだ。
「ちょっと失礼するよ」
そう声をかけると、有坂は夢主の頬に優しく触れた。まるで壊れ物を扱うかのような優しい手つきに夢主は戸惑う。今までそんな風に夢主に触れる人間はいなかった。有坂はしばらくの間、じっと夢主の顔を見つめたあと、一人で何か納得したように頷くと工具を後部座席に戻して前に向き直った。
「ふむ。……さて、ひとまず私の家に行こうか!」
「……はい」
夢主は頷いた。夢主自身は心の中ではとっくに諦めていたとしても、脳はまだ恐怖に支配されている。今は優しく紳士な有坂も、きっと今までの人間のように己を無惨に切り刻んで遊ぶのだろう。夢主は膝の上で震える拳を隠すように、両手を重ねた。
「到着だ。さぁおいで!」
「……」
そこは思っていた以上に大きな屋敷だった。しかし今まで夢主を買った男たちとは違い、有坂の家は下品な装飾や無駄に華美な造りはなかった。
夢主は緊張した面持ちで有坂の屋敷に入る。
「まずはルームツアーと行こうか‼」
有坂に案内されるままに、夢主は屋敷をついて回った。噂されていたとおり、有坂は銃器の開発者であるため屋敷の一角は厳重な造りになっており、ほぼ研究施設のようなものだった。
「――で、あっちが私の実験場で……」
夢主は有坂の言葉に身震いをした。ここでまた苦痛の日々を過ごすのか、と。
有坂はそのままくるっと夢主に向き直ると、明るい声で続けた。
「最後に‼君にはここの地下室を与えよう‼」
夢主の暗い表情に気がつかない有坂は、地下室への階段を降りていく。夢主は震える足で一歩一歩階段を降りた。
私は、今後ここに監禁されるんだ。下手したら一生出られないのかもしれない。そんなことを考えながら降り立つと、先にいた有坂が地下室の電気をつけた。
「……え?」
夢主は思わず声を上げた。拷問器具や拘束具が並ぶ暗く湿った地下室を想像していた夢主だったが、そこは明るくモダンで清潔な雰囲気の一般的なゲストルームだった。
「どうだい⁉気に入ったかね⁉」
有坂は夢主に問いかけるが、想定外の出来事に反応ができない。
「ど、どうしてですか……」
夢主が問いかけると有坂は「あぁ!」と手を打った。
「いや、見たところ君たちの種族は日光に弱いだろう?先ほど車内で顔色を見たとき、日の光に当たっていた顔の片側だけがカサカサになっていたからね!地下施設にいたときは綺麗だったから君は性質上肌が弱いのかと思ってね!」
有坂の言葉に夢主は目を見開く。これまで肌荒れを気にするどころか痛めつけられることしか経験していない夢主にとってみれば、有坂の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「良い部屋だろう⁉地下にゲストルームがあった中古物件なんだが、私は友人が少ないので空いていたんだよ!実験場に改築しなくて大正解だったね!ハッハッハ!」
高笑いをしながら有坂は階段を上がる。夢主は慌てて後に続いた。
「ま、待ってください……!」
長らく大きな声を出していなかった夢主の声は掠れた。それだけでは有坂の耳には届かなかったので、夢主は迷った挙げ句に有坂の服の袖を引っ張った。
「ん?もうルームツアーは以上だよ!」
「わ、私で実験なさるのではないのですか?」
夢主の問いかけに有坂が目を丸くした。夢主が怯えながら有坂を見上げていると、有坂は数秒後に吹き出した。
「はっはっはっ!私の専門は銃開発だ!わざわざ生身の動物を使わなくたっていくらでも実験の方法はある!」
「で、では!ご主人様は何故私を買われたのですか⁉」
有坂の言葉に戸惑いを隠せない夢主。これまでこんな扱いを受けたことはない。
有坂は笑いを止めると、夢主の両肩にぽんっ、と手を乗せる。夢主は不安そうに有坂を見上げたが、有坂は愛おしそうに目を細めて夢主を見つめた。
「君が美しかったからだよ」
「……⁉」
予想外なことの連続で絶句してしまう夢主。脳内で何度も言葉の意味を探すが、人生で今まで言われたことのない台詞に理解が追いつかない。
有坂は夢主の手を取ると、その手を引いて階段を登り始めた。夢主はされるがままに従いながら、戸惑った様子で有坂を見上げることしかできないでいた。
有坂は先ほど案内したダイニングに夢主を座らせると、インスタント珈琲を作り始める。夢主は何も言い出せずに有坂の挙動をただ見守ることしかできない。珈琲の入ったマグカップを2つ持った有坂が、夢主の前にも1つ置く。
「私も長らくこんな生活をしているからね。まともに人付き合いもなければ、今更女性と付き合うこともない。ただ……余生を誰かと過ごしたくなったんだ」
そう語る有坂の口調は先ほどよりもずっと柔らかく切なかった。
夢主の隣に座って熱い珈琲をふーっふーっと息を吹きかけながらゆっくり飲む有坂。
「わ、私は何をすれば宜しいでしょうか」
夢主は目の前の珈琲の意味がわからなかった。生まれて物心がつくころにはとっくに奴隷として管理されていた。痛めつけられ飽きたら売られる。それだけの人生だった。もう何十年も、何百年も。そう、夢主は人間よりもずっと長命種だった。
夢主の問いかけに有坂は先ほどと同じように愛おしそうに目を細めた。初めて向けられる人間からの優しい顔。夢主はその表情につい魅入ってしまう。
「そうだねぇ……お嫁さんになって家事をやってもらおうかなぁ、私は研究で忙しいからねぇ」
「お嫁さん?」
また知らない言葉だった。意味はなんとなくわかる。以前に夢主を買った男が「嫁にこんなことをしているとバレたらヤバい。きっと人間じゃないと思われる」とよく話していたからだ。つまり人間の誰かのことを指すらしい。
「嫌かね?」
有坂の問いかけに夢主は首を横に振った。
「では私は「お嫁さん」という人間になって、「家事」というものをやれば良いのですね?わかりました、ご主人様」
有坂は数秒間不思議なものを見るような表情で夢主を見つめた。夢主も同じく不思議そうに首を傾げた。夢主の肩にかかる天然物の美しい黒髪が絹のようにさらりと揺れた。
「あっはっは!こりゃまいった!君はなかなか大物だね!」
有坂が笑い出すと夢主はびくりと肩を震わせた。失言をした気がしたからだ。
有坂は腹を抱えて笑いながら夢主の頭を優しく撫でる。夢主は殴られると思って身を固くしていたため予想外の優しい刺激に混乱していた。
有坂はひとしきり笑うとヒーヒー言いながら珈琲を一口飲んだ。熱かったようで「アチッ」と声を上げる。それでようやく落ち着いたらしい。
「まず私は有坂成蔵という。ご主人様ではなく有坂、もしくは成蔵と呼んでくれ。次に、嫁じゃないなら――君たちの言葉では何なら通じる?好きな人、恋人、奥さん、つがい?とにかく一生君と一緒に居たいんだ。この先君が幸せに笑って生きられるようにね」
夢主が初めて聞く言葉ばかりだった。それでも意味はなんとなくわかる。だって有坂の言葉が優しくて、その表情が柔らかくて、有坂から夢主に向けられる全てが温かいものだったから。
気付くと夢主の目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。初めてだった。痛くもないのに涙がこぼれ落ちるのは。
有坂はそんな夢主の頭を優しく優しく撫で続けた。
しばらくして夢主が泣き止むと、有坂は夢主の前に置かれた珈琲カップを指さした。
「まずは、珈琲の味から覚えようか」
時は経ち数年後、有坂の屋敷に以前夢主を売り払った商人が大勢人を引き連れてやってきた。
夢主が応答しようとすると、有坂がそれを止める。
「君は下がってなさい」
「でも……」
有坂が応答すると、商人らは強い口調でこう語った。
「貴方が以前購入した奴隷の女はまだいますか?」
「あぁ⁉すまんが耳が遠くてね!新聞はいらないよ!」
有坂の言葉に夢主が吹き出す。夢主は慌てて口元を押さえた。
商人らは途中から苛立ちを隠さなくなり、「奴隷の女を出せ!」「その女は不老不死の悪魔だ!」「我々に引き渡せ」と口々に言う。
有坂はやれやれと肩を竦めると、諦めた様子で夢主にGOサインを出した。夢主はこくりと頷くと、玄関を開けて商人らと対面する。
「あ?誰だお前……」
間髪入れずに夢主は彼らの懐にゴム弾を叩き込んだ。
夢主が構えている銃は有坂が魔改造したエアガンだ。元はエアガンだが、パーツを組み替えればゴム弾や実弾が発射されるようになるばかりか、そもそもの初速やゴム弾自体にも改良を加えてある。ゴム弾を使用するうちは殺しはしないが威力が痛みの最大限に高まるように改造されている。
全員がうずくまる中、夢主は恐ろしいまでに冷酷な表情で彼らを見下ろした。
「私と夫の暮らしを邪魔するならば、容赦しない。今から十秒以内に立ち去らなければ、次は実弾を撃つ」
そう言った夢主がカウントしながら人数分の実弾を込め始めると、痛みに呻いていた彼らは一目散に逃げ出した。
全員が逃げ出してから有坂が後ろで拍手を送る。
「素晴らしい腕前だ!君のために特別に作って良かったよ!」
「お役に立てて何よりです」
夢主は有坂に褒められて嬉しそうにはにかむ。
「ところで今彼らは君のことを不老不死と言っていたね?」
夢主は首を傾げる。その動きにつられてさらりと美しく輝く「白髪」が揺れた。
「うふふ、私の寿命は貴方と半分こしましたよ。あと百年は一緒に居ましょうね」
夢主は愛おしそうに有坂の顔を撫でる。有坂の顔も夢主の手も、同じくらい深く皺が刻まれていた。
「全く。君のおかげでまだまだ楽しく余生を過ごせそうだよ」
おわり
とある街の地下施設でオークションにかけられた人外の夢主。
この国では人外は珍しく、特別美しかったり変わった能力のある人外は裏で極秘に取引の対象とされていた。
夢主はどんなに痛めつけられても時間をかければ回復する特殊な体質である。これまでもサディストや性的倒錯者たちの餌食となり、散々な人生を送ってきていた。酷いものになると手足を切り刻まれたり、炎で炙られたりとありとあらゆるこの世の苦痛を与えられてきた。痛覚は通常通り機能しているだけに、その苦しみは計り知れない。
もはや精神的に参っていて逃げ出す気力のない夢主は、今日も空虚な瞳で自分の金額がせり上がっていくのを見ていた。
「○千万円でどうだね‼」一際大きな声が聞こえたかと思うと、場内がざわついた。
周囲は「あれは……天才科学者の有坂じゃないか?」「ここに来ているのは初めて見たぞ」「確か銃器の実験を繰り返しているという……」「あぁ、じゃあ武器の殺傷率を上げるのにはコイツはうってつけだな」などと話している。
これらは当然夢主にも聞こえてはいたが、心が麻痺していて(今度は爆破されるのか……爆破なら痛みが一瞬だからいいかもしれない)と無表情に考えていた。
競り落とされた夢主は有坂の元へと引き渡される。
首輪に繋がった鎖を有坂へと手渡しながら、ほくほく顔の商人は挨拶をした。
「良い買い物をしましたね!まいどあり!」
「……あぁ!どうもありがとう!」
そんなやりとりを聞き流し、夢主は有坂の後ろについていく。有坂は地下施設を出ると夢主に声をかけた。
「君の名前は何というのかね⁉」
「……夢主、です」
「夢主くん!良い名前だ!」
「……」
夢主は無意味なやりとりだと有坂の返事を無視した。初めは友好的でも、いざ家に連れ帰ったら酷い目に遭うというのはよくあるパターンだ。
有坂は自分の車の助手席に夢主を座らせると、しばらく車を走らせた。
その間はただただ沈黙だった。走行音だけが車内に響く。夢主は何も考えずに過ごした。
数十分は走っただろうか、適当な場所に車を停車させた有坂は、後部座席から工具を取り出してあっという間に夢主につけられた首輪を切断してしまった。この首輪は飼い主が持つリモコンを操作すると電流が流れる奴隷管理用のものであった。有坂はそのまま慣れた手つきで同じく電流の流れる手錠も特殊な工具で取り外す。
「ふぅ、これで良いな。他に奴らに付けられた悪趣味な機械は何もないかね?」
「なんで……?」
「?」
夢主が何故自由にするのかと問いかけるも、有坂は小さく首を傾げる。夢主の問いかけの意味がわからないようだ。
「ちょっと失礼するよ」
そう声をかけると、有坂は夢主の頬に優しく触れた。まるで壊れ物を扱うかのような優しい手つきに夢主は戸惑う。今までそんな風に夢主に触れる人間はいなかった。有坂はしばらくの間、じっと夢主の顔を見つめたあと、一人で何か納得したように頷くと工具を後部座席に戻して前に向き直った。
「ふむ。……さて、ひとまず私の家に行こうか!」
「……はい」
夢主は頷いた。夢主自身は心の中ではとっくに諦めていたとしても、脳はまだ恐怖に支配されている。今は優しく紳士な有坂も、きっと今までの人間のように己を無惨に切り刻んで遊ぶのだろう。夢主は膝の上で震える拳を隠すように、両手を重ねた。
「到着だ。さぁおいで!」
「……」
そこは思っていた以上に大きな屋敷だった。しかし今まで夢主を買った男たちとは違い、有坂の家は下品な装飾や無駄に華美な造りはなかった。
夢主は緊張した面持ちで有坂の屋敷に入る。
「まずはルームツアーと行こうか‼」
有坂に案内されるままに、夢主は屋敷をついて回った。噂されていたとおり、有坂は銃器の開発者であるため屋敷の一角は厳重な造りになっており、ほぼ研究施設のようなものだった。
「――で、あっちが私の実験場で……」
夢主は有坂の言葉に身震いをした。ここでまた苦痛の日々を過ごすのか、と。
有坂はそのままくるっと夢主に向き直ると、明るい声で続けた。
「最後に‼君にはここの地下室を与えよう‼」
夢主の暗い表情に気がつかない有坂は、地下室への階段を降りていく。夢主は震える足で一歩一歩階段を降りた。
私は、今後ここに監禁されるんだ。下手したら一生出られないのかもしれない。そんなことを考えながら降り立つと、先にいた有坂が地下室の電気をつけた。
「……え?」
夢主は思わず声を上げた。拷問器具や拘束具が並ぶ暗く湿った地下室を想像していた夢主だったが、そこは明るくモダンで清潔な雰囲気の一般的なゲストルームだった。
「どうだい⁉気に入ったかね⁉」
有坂は夢主に問いかけるが、想定外の出来事に反応ができない。
「ど、どうしてですか……」
夢主が問いかけると有坂は「あぁ!」と手を打った。
「いや、見たところ君たちの種族は日光に弱いだろう?先ほど車内で顔色を見たとき、日の光に当たっていた顔の片側だけがカサカサになっていたからね!地下施設にいたときは綺麗だったから君は性質上肌が弱いのかと思ってね!」
有坂の言葉に夢主は目を見開く。これまで肌荒れを気にするどころか痛めつけられることしか経験していない夢主にとってみれば、有坂の言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「良い部屋だろう⁉地下にゲストルームがあった中古物件なんだが、私は友人が少ないので空いていたんだよ!実験場に改築しなくて大正解だったね!ハッハッハ!」
高笑いをしながら有坂は階段を上がる。夢主は慌てて後に続いた。
「ま、待ってください……!」
長らく大きな声を出していなかった夢主の声は掠れた。それだけでは有坂の耳には届かなかったので、夢主は迷った挙げ句に有坂の服の袖を引っ張った。
「ん?もうルームツアーは以上だよ!」
「わ、私で実験なさるのではないのですか?」
夢主の問いかけに有坂が目を丸くした。夢主が怯えながら有坂を見上げていると、有坂は数秒後に吹き出した。
「はっはっはっ!私の専門は銃開発だ!わざわざ生身の動物を使わなくたっていくらでも実験の方法はある!」
「で、では!ご主人様は何故私を買われたのですか⁉」
有坂の言葉に戸惑いを隠せない夢主。これまでこんな扱いを受けたことはない。
有坂は笑いを止めると、夢主の両肩にぽんっ、と手を乗せる。夢主は不安そうに有坂を見上げたが、有坂は愛おしそうに目を細めて夢主を見つめた。
「君が美しかったからだよ」
「……⁉」
予想外なことの連続で絶句してしまう夢主。脳内で何度も言葉の意味を探すが、人生で今まで言われたことのない台詞に理解が追いつかない。
有坂は夢主の手を取ると、その手を引いて階段を登り始めた。夢主はされるがままに従いながら、戸惑った様子で有坂を見上げることしかできないでいた。
有坂は先ほど案内したダイニングに夢主を座らせると、インスタント珈琲を作り始める。夢主は何も言い出せずに有坂の挙動をただ見守ることしかできない。珈琲の入ったマグカップを2つ持った有坂が、夢主の前にも1つ置く。
「私も長らくこんな生活をしているからね。まともに人付き合いもなければ、今更女性と付き合うこともない。ただ……余生を誰かと過ごしたくなったんだ」
そう語る有坂の口調は先ほどよりもずっと柔らかく切なかった。
夢主の隣に座って熱い珈琲をふーっふーっと息を吹きかけながらゆっくり飲む有坂。
「わ、私は何をすれば宜しいでしょうか」
夢主は目の前の珈琲の意味がわからなかった。生まれて物心がつくころにはとっくに奴隷として管理されていた。痛めつけられ飽きたら売られる。それだけの人生だった。もう何十年も、何百年も。そう、夢主は人間よりもずっと長命種だった。
夢主の問いかけに有坂は先ほどと同じように愛おしそうに目を細めた。初めて向けられる人間からの優しい顔。夢主はその表情につい魅入ってしまう。
「そうだねぇ……お嫁さんになって家事をやってもらおうかなぁ、私は研究で忙しいからねぇ」
「お嫁さん?」
また知らない言葉だった。意味はなんとなくわかる。以前に夢主を買った男が「嫁にこんなことをしているとバレたらヤバい。きっと人間じゃないと思われる」とよく話していたからだ。つまり人間の誰かのことを指すらしい。
「嫌かね?」
有坂の問いかけに夢主は首を横に振った。
「では私は「お嫁さん」という人間になって、「家事」というものをやれば良いのですね?わかりました、ご主人様」
有坂は数秒間不思議なものを見るような表情で夢主を見つめた。夢主も同じく不思議そうに首を傾げた。夢主の肩にかかる天然物の美しい黒髪が絹のようにさらりと揺れた。
「あっはっは!こりゃまいった!君はなかなか大物だね!」
有坂が笑い出すと夢主はびくりと肩を震わせた。失言をした気がしたからだ。
有坂は腹を抱えて笑いながら夢主の頭を優しく撫でる。夢主は殴られると思って身を固くしていたため予想外の優しい刺激に混乱していた。
有坂はひとしきり笑うとヒーヒー言いながら珈琲を一口飲んだ。熱かったようで「アチッ」と声を上げる。それでようやく落ち着いたらしい。
「まず私は有坂成蔵という。ご主人様ではなく有坂、もしくは成蔵と呼んでくれ。次に、嫁じゃないなら――君たちの言葉では何なら通じる?好きな人、恋人、奥さん、つがい?とにかく一生君と一緒に居たいんだ。この先君が幸せに笑って生きられるようにね」
夢主が初めて聞く言葉ばかりだった。それでも意味はなんとなくわかる。だって有坂の言葉が優しくて、その表情が柔らかくて、有坂から夢主に向けられる全てが温かいものだったから。
気付くと夢主の目からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。初めてだった。痛くもないのに涙がこぼれ落ちるのは。
有坂はそんな夢主の頭を優しく優しく撫で続けた。
しばらくして夢主が泣き止むと、有坂は夢主の前に置かれた珈琲カップを指さした。
「まずは、珈琲の味から覚えようか」
時は経ち数年後、有坂の屋敷に以前夢主を売り払った商人が大勢人を引き連れてやってきた。
夢主が応答しようとすると、有坂がそれを止める。
「君は下がってなさい」
「でも……」
有坂が応答すると、商人らは強い口調でこう語った。
「貴方が以前購入した奴隷の女はまだいますか?」
「あぁ⁉すまんが耳が遠くてね!新聞はいらないよ!」
有坂の言葉に夢主が吹き出す。夢主は慌てて口元を押さえた。
商人らは途中から苛立ちを隠さなくなり、「奴隷の女を出せ!」「その女は不老不死の悪魔だ!」「我々に引き渡せ」と口々に言う。
有坂はやれやれと肩を竦めると、諦めた様子で夢主にGOサインを出した。夢主はこくりと頷くと、玄関を開けて商人らと対面する。
「あ?誰だお前……」
間髪入れずに夢主は彼らの懐にゴム弾を叩き込んだ。
夢主が構えている銃は有坂が魔改造したエアガンだ。元はエアガンだが、パーツを組み替えればゴム弾や実弾が発射されるようになるばかりか、そもそもの初速やゴム弾自体にも改良を加えてある。ゴム弾を使用するうちは殺しはしないが威力が痛みの最大限に高まるように改造されている。
全員がうずくまる中、夢主は恐ろしいまでに冷酷な表情で彼らを見下ろした。
「私と夫の暮らしを邪魔するならば、容赦しない。今から十秒以内に立ち去らなければ、次は実弾を撃つ」
そう言った夢主がカウントしながら人数分の実弾を込め始めると、痛みに呻いていた彼らは一目散に逃げ出した。
全員が逃げ出してから有坂が後ろで拍手を送る。
「素晴らしい腕前だ!君のために特別に作って良かったよ!」
「お役に立てて何よりです」
夢主は有坂に褒められて嬉しそうにはにかむ。
「ところで今彼らは君のことを不老不死と言っていたね?」
夢主は首を傾げる。その動きにつられてさらりと美しく輝く「白髪」が揺れた。
「うふふ、私の寿命は貴方と半分こしましたよ。あと百年は一緒に居ましょうね」
夢主は愛おしそうに有坂の顔を撫でる。有坂の顔も夢主の手も、同じくらい深く皺が刻まれていた。
「全く。君のおかげでまだまだ楽しく余生を過ごせそうだよ」
おわり