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菊田
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コレクター/菊田
大都市の下町にある一軒の甘味処。
以前ここは老夫婦が二人で営んでいたが、給仕や会計などを担当していたおばあさんが亡くなってからはしばらく休業が続いていた。
地元で愛されている店の休業は惜しまれ、ついにそこの常連であった女性がおばあさんの代わりに働くと言い、数か月前に再開されたところだった。
連日の照りつけるような暑い日差しにうんざりしながら、一人の男性が甘味処の扉をあけた。
「あら、いらっしゃい菊田さん。」
常連であって店のホール担当を名乗り出た夢主という女性は、明るくも落ち着いた雰囲気の女性であった。
彼女は元々常連であったこともあり店の仕事にはすぐに慣れ、人当たりも良く誰を相手にしてもすぐに懐に入るような心地の良い接客をすることで評判が良かった。
夢主が扉をあけた客に挨拶をすると、顔に汗を浮かべてやや険しい顔つきをした菊田と呼ばれた男が入ってきた。
「よぉ、夢主。元気か?」
「最近は暑くて大変ですね。菊田さんのお好きなスイカのデザート、入ってますよ。」
そんな風に笑いながら席まで案内した夢主に、菊田は思わず強面のその顔を綻ばせた。
菊田には、過去の記憶がある。
誰にも言ったことはなかったが、明治時代の帝国陸軍にいて戦争に参加したこと、鹵獲にハマっていたこと、中央政府からスパイとして北海道へ異動したことや、過去に自分と同じ食うに困っている青年を助けたことなど、いろんなことを覚えていた。
パフェが提供されるまでの間、前世の記憶に浸りながら菊田はぼんやりと煙草をふかしていた。
時間帯の問題だろうか、甘味処にはほとんど客がいなかった。
「はい、菊田さんスペシャルパフェですよー。」
そう言って夢主が運んできた大きなパフェはスイカを半分に切ったものを器にしていて、その中には様々なフルーツや生クリームやアイスなどが入っている豪華なもので、ぼんやりと過去の記憶に浸っていた菊田は驚いて目を見開いた。
「さすがにオッサン1人でこれはキツイぜ、オヤジさんよぉ。」
テーブルからギリギリ背中の一部だけ見える厨房の店主に訴えるも、店主は振り返ることなく肩を揺らして笑うだけだった。
夢主に至っては、やることがないのだろう、温かいお茶を二つ並べて当然のように菊田の向かいの席に座った。
「おいおい、いいのかよサボって。」
菊田が一応指摘すると、夢主はふふ、と笑って厨房に向かって「休憩入りまーす」とわざとらしく言う。
店主からは相変わらずの職人気質な背中から明るく「あいよっ」と返ってきて、それを見た菊田は返す言葉もなかった。
目の前で頬杖をついた夢主が真っ直ぐに菊田を見つめるものだから、若干の居心地の悪さを感じながらも菊田が黙々とパフェを処理していると、夢主がふと変な問いかけをした。
「菊田さんの趣味ってなんですか?」
そこそこ常連であったが、これまではあんまりプライベートなことは話したことはなかった。
菊田はいたずら心が出てしまい少し悪いことをしてみたい気持ちになって、やや顔をにやつかせてはおもむろに話始める。
「鹵獲、って知ってるか?」
「ろかく?」
夢主は頬杖をついたまま首を傾けた。
「敵の武器や持ち物を奪うことだ。」
「……サバゲ―でもしてるんでしたっけ?」
「ま、最近では戦争が機械化されちまってわざわざ敵の持ち物盗むほど接近しなくてもいいからな。」
怪訝そうな顔をする夢主に、菊田はフッと自嘲しては一息ついて答える。
酒でも入っていたら前世の記憶まで話してしまいそうだったので、そこで慌てて口をつぐんだ。
そして残り少なくなったパフェを口に運んで少し間を持たせて、話を続ける。
「悪趣味な奴が捕虜のものを奪うくらいだろうなぁ。」
「趣味なんですか?戦争が?」
夢主はいよいよ訳がわからないといった様子で眉をひそめた。
菊田は夢主が混乱しているのを微笑ましく思い素直に顔に出して笑った。
「だから代わりにコレクターになりつつある。」
ようやく質問に対してわかりやすい答えが返ってきたことに、夢主はほっとした表情を浮かべた。
「へー!なんのです?」
「ん、まぁ……色々だよ。気に入ったもんがあるとつい、な。切手とか、古い雑誌とか……。」
菊田に明治の記憶があるからこそ、あの時代にありそうな文献やら装飾品などを見つけるとつい収集してしまっていた。
他にも心の底からほしいと思ったものに出会えた時は、どんな手を使ってでも集めているのだ。
その時は何で欲しいのか分からないが、後で落ちついて考えてみると前世の記憶に関連があるものが多かった。
きっと本能的に欲しいと感じてしまうのだろう。
そのことを少しボカして夢主に伝えると、夢主は目をキラキラと輝かせて言った。
「好きなものを集めちゃうなんて、ワンちゃんみたい!」
そう明るくも柔らかく笑いながら言った夢主の言葉を聞いた瞬間、菊田はどこかグン、と胸の奥を圧迫されたような気がした。
それはパフェで満腹なせいではなく、心の奥底から沸き上がるものだった。
ああ、いけない。と菊田が思った時にはもう遅かった。
脳みそが理性を働かせるよりも前に、案の定本能で欲しいと感じてしまったのだ。
今まで何度も店に通っていて、話しやすい不思議な雰囲気の女だと思っている程度だったのに。
こんなに無邪気に可愛らしく笑いかけて、更には自分の趣味をそんな風に言ってくれるとは予想もしなかった。
菊田の変化に気付くことのない夢主は、菊田がパフェの最後の一口を食べ終えたところで、会話もそこそこに「休憩終わりっ」と呟いて食器を片付けに立ち上がった。
菊田はそんな夢主の後ろ姿を見ながら、静かに煙草をくわえた。
そして火をつけながら、じっとりとした視線で夢主を捉え、呟いた。
「あーあ。欲しくなっちまったな。」
終わり。
【あとがき:物に執着する人は、人にも愛着強そうだと思って……愛が深くていいですよね。】
大都市の下町にある一軒の甘味処。
以前ここは老夫婦が二人で営んでいたが、給仕や会計などを担当していたおばあさんが亡くなってからはしばらく休業が続いていた。
地元で愛されている店の休業は惜しまれ、ついにそこの常連であった女性がおばあさんの代わりに働くと言い、数か月前に再開されたところだった。
連日の照りつけるような暑い日差しにうんざりしながら、一人の男性が甘味処の扉をあけた。
「あら、いらっしゃい菊田さん。」
常連であって店のホール担当を名乗り出た夢主という女性は、明るくも落ち着いた雰囲気の女性であった。
彼女は元々常連であったこともあり店の仕事にはすぐに慣れ、人当たりも良く誰を相手にしてもすぐに懐に入るような心地の良い接客をすることで評判が良かった。
夢主が扉をあけた客に挨拶をすると、顔に汗を浮かべてやや険しい顔つきをした菊田と呼ばれた男が入ってきた。
「よぉ、夢主。元気か?」
「最近は暑くて大変ですね。菊田さんのお好きなスイカのデザート、入ってますよ。」
そんな風に笑いながら席まで案内した夢主に、菊田は思わず強面のその顔を綻ばせた。
菊田には、過去の記憶がある。
誰にも言ったことはなかったが、明治時代の帝国陸軍にいて戦争に参加したこと、鹵獲にハマっていたこと、中央政府からスパイとして北海道へ異動したことや、過去に自分と同じ食うに困っている青年を助けたことなど、いろんなことを覚えていた。
パフェが提供されるまでの間、前世の記憶に浸りながら菊田はぼんやりと煙草をふかしていた。
時間帯の問題だろうか、甘味処にはほとんど客がいなかった。
「はい、菊田さんスペシャルパフェですよー。」
そう言って夢主が運んできた大きなパフェはスイカを半分に切ったものを器にしていて、その中には様々なフルーツや生クリームやアイスなどが入っている豪華なもので、ぼんやりと過去の記憶に浸っていた菊田は驚いて目を見開いた。
「さすがにオッサン1人でこれはキツイぜ、オヤジさんよぉ。」
テーブルからギリギリ背中の一部だけ見える厨房の店主に訴えるも、店主は振り返ることなく肩を揺らして笑うだけだった。
夢主に至っては、やることがないのだろう、温かいお茶を二つ並べて当然のように菊田の向かいの席に座った。
「おいおい、いいのかよサボって。」
菊田が一応指摘すると、夢主はふふ、と笑って厨房に向かって「休憩入りまーす」とわざとらしく言う。
店主からは相変わらずの職人気質な背中から明るく「あいよっ」と返ってきて、それを見た菊田は返す言葉もなかった。
目の前で頬杖をついた夢主が真っ直ぐに菊田を見つめるものだから、若干の居心地の悪さを感じながらも菊田が黙々とパフェを処理していると、夢主がふと変な問いかけをした。
「菊田さんの趣味ってなんですか?」
そこそこ常連であったが、これまではあんまりプライベートなことは話したことはなかった。
菊田はいたずら心が出てしまい少し悪いことをしてみたい気持ちになって、やや顔をにやつかせてはおもむろに話始める。
「鹵獲、って知ってるか?」
「ろかく?」
夢主は頬杖をついたまま首を傾けた。
「敵の武器や持ち物を奪うことだ。」
「……サバゲ―でもしてるんでしたっけ?」
「ま、最近では戦争が機械化されちまってわざわざ敵の持ち物盗むほど接近しなくてもいいからな。」
怪訝そうな顔をする夢主に、菊田はフッと自嘲しては一息ついて答える。
酒でも入っていたら前世の記憶まで話してしまいそうだったので、そこで慌てて口をつぐんだ。
そして残り少なくなったパフェを口に運んで少し間を持たせて、話を続ける。
「悪趣味な奴が捕虜のものを奪うくらいだろうなぁ。」
「趣味なんですか?戦争が?」
夢主はいよいよ訳がわからないといった様子で眉をひそめた。
菊田は夢主が混乱しているのを微笑ましく思い素直に顔に出して笑った。
「だから代わりにコレクターになりつつある。」
ようやく質問に対してわかりやすい答えが返ってきたことに、夢主はほっとした表情を浮かべた。
「へー!なんのです?」
「ん、まぁ……色々だよ。気に入ったもんがあるとつい、な。切手とか、古い雑誌とか……。」
菊田に明治の記憶があるからこそ、あの時代にありそうな文献やら装飾品などを見つけるとつい収集してしまっていた。
他にも心の底からほしいと思ったものに出会えた時は、どんな手を使ってでも集めているのだ。
その時は何で欲しいのか分からないが、後で落ちついて考えてみると前世の記憶に関連があるものが多かった。
きっと本能的に欲しいと感じてしまうのだろう。
そのことを少しボカして夢主に伝えると、夢主は目をキラキラと輝かせて言った。
「好きなものを集めちゃうなんて、ワンちゃんみたい!」
そう明るくも柔らかく笑いながら言った夢主の言葉を聞いた瞬間、菊田はどこかグン、と胸の奥を圧迫されたような気がした。
それはパフェで満腹なせいではなく、心の奥底から沸き上がるものだった。
ああ、いけない。と菊田が思った時にはもう遅かった。
脳みそが理性を働かせるよりも前に、案の定本能で欲しいと感じてしまったのだ。
今まで何度も店に通っていて、話しやすい不思議な雰囲気の女だと思っている程度だったのに。
こんなに無邪気に可愛らしく笑いかけて、更には自分の趣味をそんな風に言ってくれるとは予想もしなかった。
菊田の変化に気付くことのない夢主は、菊田がパフェの最後の一口を食べ終えたところで、会話もそこそこに「休憩終わりっ」と呟いて食器を片付けに立ち上がった。
菊田はそんな夢主の後ろ姿を見ながら、静かに煙草をくわえた。
そして火をつけながら、じっとりとした視線で夢主を捉え、呟いた。
「あーあ。欲しくなっちまったな。」
終わり。
【あとがき:物に執着する人は、人にも愛着強そうだと思って……愛が深くていいですよね。】