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ヴァシリ
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絵描きの彼/ヴァシリ
冬の寒さも少し落ち着き、新年度が始まろうという頃。
私はついに念願の一人暮らしを始めた。
最初のうちは慣れない掃除洗濯や料理におっかなびっくり過ごしていたけれど、一週間も経つと慣れてきた。
あと数十日で私は新社会人として働く予定だ。
入社準備もバッチリしてあるし、あとは早くこの土地に慣れたい。
今日は近場にあるらしい公園に散歩に出かけよう。
手荷物は最低限。
春を先取りしつつ、動きやすさも考えたカジュアルな服装で外に出る。
歩いて10分程度の距離にある公園まで行くと、平日の昼間ということもあってか思っていたよりはあまり人はいなかった。
老夫婦がゆっくりと歩いていたり、主婦なのだろうかペットと散歩をする人などがちらほらと見受けられる。もしかしたら平日休みの会社員かもしれないお兄さんがランニングをしていたり、歩道から離れたところで寝転がっている人もいた。
その公園はまるで校庭のグラウンドのように楕円形に整備された歩道があって、その中央には小さな池がある。
ほとんど人工物のような手入れのされている池だったが、その周りにはベンチがいくつかあって日陰になるように木々も多くあり過ごしやすそうだった。
楕円形の歩道から少し離れたところには子供用のブランコなどの遊具がある広場もあるようだった。
私はとりあえず歩道となっている場所をぐるりと歩いた。
意外と距離があるが、たまに体を動かすのは楽しい。
身体があたたまってきたところでもう少し外の空気を吸いたいと、ベンチの方へと歩いて行った。
空いているベンチに座って、ぼーっとする。
もうちょっと暖かくなったら、本を読んだり外で軽食を食べるのも良さそうだ。
良い場所を見つけてしまったなぁと思いながら視線を横へやると、私の座っているベンチから少し離れた位置で、地面に座る一人の男性がいた。
フードをかぶり、マフラーで口元を隠しているためほとんど男性の顔は露出していない。
それでも綺麗な青い目をしていて、フードからわずかにのぞいた髪も色素の薄い色をしているのか太陽の光にキラキラと輝いていて、一瞬で目を惹いてしまった。
あまりじろじろ見るのも悪いと視線を逸らそうとした。
しかし私はその人から目を離せなくなる。
いや、正確にはその人の手元から目を離せなくなった。
男性の手元にはスケッチブック。
鉛筆でサッサッと軽やかなタッチで風景を描いている。
彼自身が光に輝いて綺麗に見えているのに、更に彼が描く風景も輝いて見えた。
「わぁ……綺麗。」
思わず声が漏れてしまった。
自分にも驚き咄嗟に口元を押さえるが、彼はハッと私に驚きこちらを見る。
「す、すみません。そーりぃ…」
彼と目が合うが、明らかに日本人ではない。
日本人でなくとも日本語が話せないとは限らないのだが、とりあえずカタコトの英語でジロジロ見てしまっていたことを謝罪する。
その人はしばらくこちらをじっと見つめていたが、すぐにサッサッとまた鉛筆で風景を描く作業に戻ってしまった。
怒られなかったことをほっとしたものの、気まずいので帰ろうかな、と立ち上がる。
すると彼はこちらをバッと向いた。
私は驚いて身構えるも、彼は何も言わない。
でも、何か言いたそうだ。
「……。」
黙ったまま、自分の絵と私が今座っていたベンチを交互に指さす。
「えっと……?見てもいいってこと?」
日本語がわかるのだろうか?
何で通じたのか分からないが、彼は座れとジェスチャーした。
言われたとおりにベンチに再度腰を落とし、黙々と絵を描く彼を観察させてもらった。
なんていうのかな、経験はないけど野生動物とわかり合えた時のような不思議な気分だった。
何分そうしていたのかは分からない。
彼が突然立ち上がると、私に絵を向ける。
「素敵……!」
思わず目をキラキラさせながらぱちぱちと拍手をすると、彼は描きあがったらしい絵をスケッチブックから切り離した。
せっかく描いたのに?と思って見ていると、彼はその絵を私に差し出した。
「くれるの……?」
そう問いかけると、彼はコクコクと頷いた。
日本語話せないけど分かるのかしら?
そんなことよりこんなに素敵な絵をいただけるなんて……!
「ありがとう……!えっと、さんきゅう?」
とっさに出るのは日本語で、慌てて英語を付け足す。
彼は私に絵を渡すと自分の荷物を片付け始めた。
ふと手を止めた彼は、私に向かって一言呟く。
「I'm russian.」
あ、そうだったの。
ロシア人か……ロシア語わかんないよ。
困ったなぁ、咄嗟にロシア語なんか出ないよ。
「ありがとう」ってなんていうかスマホで検索しようか、とスマホをごそごそとしていると荷物をまとめたらしいロシア人さんは私の前に立っていて、こちらを見下ろしていた。
「俺は、ヴァシリ、という。」
「!?」
ちょっと、日本語話せるじゃない!
目を丸くして驚いていると、彼は私のリアクションに満足したのかフッと笑った。
「簡単な、日本語、わかる。」
「そ、そうですか。本当にありがとうございます、素敵な絵ですね。」
「……。」
言葉がカタコトなのは関係なく、もしかしたら結構無口なタイプなのかしら?
クールそうに見えるが、絵を褒められて少し嬉しそうにしている気もする。
その日は、そこで別れて私も帰路についた。
ヴァシリさんからもらった絵を、私は家の玄関に飾った。
殺風景だった玄関が少し明るくなった気がした。
入社まであと数日。
この頃買い物の帰りなど、気が向いたら公園に寄ることが増えた。
ヴァシリさんとは公園でよく会う。
顔見知りになったこともあってか、彼は私が公園に来るといそいそと自分の荷物で確保していたベンチに私を誘導する。
そして自分が絵を描き終えるまで、私をベンチに座らせているのだった。
描きあがった絵は、いつも私にくれる。
おかげで私の家は殺風景なワンルームから、アートギャラリーのように変わっていった。
彼の絵は躍動感のあるもの、生命力のあるものが多く、見ているだけで私は少し元気が出た。
ヴァシリさんが絵を描いている間、極端に彼が無口なのも相まってコミュニケーションには少し難があったが、それでもポツポツとお互いのことを話す機会があった。
その時に私は自分の名前・年齢・これから社会人になろう時であることなど色々な話をした。
ヴァシリさんは口数は少ないけれど、しっかりと話を聞いてうんうんと頷いてくれた。
それだけで社会に出ることの不安なども少し軽くなった気がした。
ヴァシリさんは、私に日本語を聞いてくるときがある。
時々交流のある人からのメールも見せてもらって、身振り手振りや言葉を変えたり翻訳アプリなどを駆使して四苦八苦しながらなんとか日本語の意味を教えた。
彼は言葉は少なくても何事にも素直に喜び、嬉しそうに私に感謝を述べてくれた。
ある時ヴァシリさんが私をモデルに絵を描きたいと言い出した。
「え、で、でも……私そんなにお洒落でも綺麗でもないですよ。」
日本人の悪い癖が出て、つい謙遜してしまうと、ヴァシリさんがキッと私を強く睨む。
「私が、描きたいのだ。」
そう言われると何も言い返せない。
仕方がない、モデルの経験なんてないけれどとりあえずじっとしていればいいんだろうか。
「わかりました……えっと、どうすれば?」
ぎくしゃくとベンチに座りなおし、ピシッと固まっているとヴァシリさんがフッと笑った。
「いつも通りでいい。」
「は、はいっ。」
緊張しながら姿勢を正し、少し遠くの風景を見る。
ヴァシリさんの青い目がじっとこちらを見つめていることに最初はドキドキしてしまっていた。
動かなければしゃべっても良いのか、たまにヴァシリさんは気分はどうだ?とか、昨日食べたご飯の話なんかもしてくる。
つい笑って動いてしまいそうになるのに気を付けながら、ポツポツと話した。
その中でふと、「日本人、恋人になるとき、告白?」と聞かれた。
ちょっと考え事をしていてぼんやりとしていたこともあって、特に気を遣わずに反射的に「はい。」と答えていた。
「どうやって?」
そう聞いてきたヴァシリさんに視線を向けると、相変わらずの真剣な眼差しで真っ直ぐにこちらを見つめている。
「え、えーと?「好きです」とか「付き合ってください」とかですかね?」
しどろもどろになりながら答えると、ヴァシリさんは手元に視線を下ろし、あとは何も言わなかった。
時々絵に集中していると会話が途絶えることはよくあったので、今回も返事がなかったことは気にせずにしばし絵を描くヴァシリさんの様子を見つめ、私はまた公園の風景を見ていた。
何分、何十分経っただろうか、少しモデルにも慣れた気がしてのんびりとしていると、ヴァシリさんから「できた」と声が上がった。
ふぅ…と脱力すると意外と体に力が入っていたことに気付く。
私はモデルの仕事は結構な肉体労働だな……と感想を抱きつつ、初めてのことに少し疲れていた。
久々にベンチから立ち上がりヴァシリさんの方へ歩くと、彼は描いた絵をぎゅっと握って固まっていた。
どうしたのだろう?普段と様子が違う、と私が首を傾げて彼を見上げていると、彼は「あー……」と無意味な言葉を発する。
気まずい雰囲気のリアクションは万国共通なのだろうか。
言葉を探しているのかと思ったが、彼は私の手をそっと取ると描きあがった作品を渡しながら唐突に言った。
「好きです。」
「へ?」
間抜けな声が出た。
目を丸くして手元にある作品と彼の顔を交互に見る。
あ、すごい上手。私こんな幸せそうな顔してたのか。……じゃなくて、今なんて?
「付き合ってください。」
彼は今さっき教わったばかりの言葉を連続で羅列する。
意味はわかる。私が教えた言葉だし。
「……私と?ヴァシリさんが?」
顔が赤くなってくるのを感じながらそう聞き返すと、彼はコクコクと頷いた。
ヴァシリさんの顔もマフラーやフードで隠れていない場所が真っ赤に染まっている。まだ春の陽気までは遠い時期なのに暑そうだ。
じわじわとこみあげてくる感情の正体がわからずに混乱しているが、彼は真っ赤な顔のまま私を真剣な眼差しで見つめていた。
「よ、よろしく、おねがいします。」
嚙みながらやっとの思いで返事をしたが、ヴァシリさんは不思議そうな顔をしている。
あ、伝わっていない。
そう直感で思った私は、ごく、と喉を鳴らし少し深呼吸をしてから勇気を出して一歩踏み出した。
ギュッと彼に抱き着くと、ヴァシリさんは困惑しながらも少し照れた様子で私を抱きしめ返してくれた。
「YES?」
そう聞かれると私はうんうんと頷いて彼の胸に顔を埋める。
彼の服からは絵具の香りがした。
私の顔は、きっと先ほど彼が描いた「絵の中の私」と同様に幸せそうな顔をしていることだろう。
おわり。
【あとがき:異文化交流っていいよね。】
冬の寒さも少し落ち着き、新年度が始まろうという頃。
私はついに念願の一人暮らしを始めた。
最初のうちは慣れない掃除洗濯や料理におっかなびっくり過ごしていたけれど、一週間も経つと慣れてきた。
あと数十日で私は新社会人として働く予定だ。
入社準備もバッチリしてあるし、あとは早くこの土地に慣れたい。
今日は近場にあるらしい公園に散歩に出かけよう。
手荷物は最低限。
春を先取りしつつ、動きやすさも考えたカジュアルな服装で外に出る。
歩いて10分程度の距離にある公園まで行くと、平日の昼間ということもあってか思っていたよりはあまり人はいなかった。
老夫婦がゆっくりと歩いていたり、主婦なのだろうかペットと散歩をする人などがちらほらと見受けられる。もしかしたら平日休みの会社員かもしれないお兄さんがランニングをしていたり、歩道から離れたところで寝転がっている人もいた。
その公園はまるで校庭のグラウンドのように楕円形に整備された歩道があって、その中央には小さな池がある。
ほとんど人工物のような手入れのされている池だったが、その周りにはベンチがいくつかあって日陰になるように木々も多くあり過ごしやすそうだった。
楕円形の歩道から少し離れたところには子供用のブランコなどの遊具がある広場もあるようだった。
私はとりあえず歩道となっている場所をぐるりと歩いた。
意外と距離があるが、たまに体を動かすのは楽しい。
身体があたたまってきたところでもう少し外の空気を吸いたいと、ベンチの方へと歩いて行った。
空いているベンチに座って、ぼーっとする。
もうちょっと暖かくなったら、本を読んだり外で軽食を食べるのも良さそうだ。
良い場所を見つけてしまったなぁと思いながら視線を横へやると、私の座っているベンチから少し離れた位置で、地面に座る一人の男性がいた。
フードをかぶり、マフラーで口元を隠しているためほとんど男性の顔は露出していない。
それでも綺麗な青い目をしていて、フードからわずかにのぞいた髪も色素の薄い色をしているのか太陽の光にキラキラと輝いていて、一瞬で目を惹いてしまった。
あまりじろじろ見るのも悪いと視線を逸らそうとした。
しかし私はその人から目を離せなくなる。
いや、正確にはその人の手元から目を離せなくなった。
男性の手元にはスケッチブック。
鉛筆でサッサッと軽やかなタッチで風景を描いている。
彼自身が光に輝いて綺麗に見えているのに、更に彼が描く風景も輝いて見えた。
「わぁ……綺麗。」
思わず声が漏れてしまった。
自分にも驚き咄嗟に口元を押さえるが、彼はハッと私に驚きこちらを見る。
「す、すみません。そーりぃ…」
彼と目が合うが、明らかに日本人ではない。
日本人でなくとも日本語が話せないとは限らないのだが、とりあえずカタコトの英語でジロジロ見てしまっていたことを謝罪する。
その人はしばらくこちらをじっと見つめていたが、すぐにサッサッとまた鉛筆で風景を描く作業に戻ってしまった。
怒られなかったことをほっとしたものの、気まずいので帰ろうかな、と立ち上がる。
すると彼はこちらをバッと向いた。
私は驚いて身構えるも、彼は何も言わない。
でも、何か言いたそうだ。
「……。」
黙ったまま、自分の絵と私が今座っていたベンチを交互に指さす。
「えっと……?見てもいいってこと?」
日本語がわかるのだろうか?
何で通じたのか分からないが、彼は座れとジェスチャーした。
言われたとおりにベンチに再度腰を落とし、黙々と絵を描く彼を観察させてもらった。
なんていうのかな、経験はないけど野生動物とわかり合えた時のような不思議な気分だった。
何分そうしていたのかは分からない。
彼が突然立ち上がると、私に絵を向ける。
「素敵……!」
思わず目をキラキラさせながらぱちぱちと拍手をすると、彼は描きあがったらしい絵をスケッチブックから切り離した。
せっかく描いたのに?と思って見ていると、彼はその絵を私に差し出した。
「くれるの……?」
そう問いかけると、彼はコクコクと頷いた。
日本語話せないけど分かるのかしら?
そんなことよりこんなに素敵な絵をいただけるなんて……!
「ありがとう……!えっと、さんきゅう?」
とっさに出るのは日本語で、慌てて英語を付け足す。
彼は私に絵を渡すと自分の荷物を片付け始めた。
ふと手を止めた彼は、私に向かって一言呟く。
「I'm russian.」
あ、そうだったの。
ロシア人か……ロシア語わかんないよ。
困ったなぁ、咄嗟にロシア語なんか出ないよ。
「ありがとう」ってなんていうかスマホで検索しようか、とスマホをごそごそとしていると荷物をまとめたらしいロシア人さんは私の前に立っていて、こちらを見下ろしていた。
「俺は、ヴァシリ、という。」
「!?」
ちょっと、日本語話せるじゃない!
目を丸くして驚いていると、彼は私のリアクションに満足したのかフッと笑った。
「簡単な、日本語、わかる。」
「そ、そうですか。本当にありがとうございます、素敵な絵ですね。」
「……。」
言葉がカタコトなのは関係なく、もしかしたら結構無口なタイプなのかしら?
クールそうに見えるが、絵を褒められて少し嬉しそうにしている気もする。
その日は、そこで別れて私も帰路についた。
ヴァシリさんからもらった絵を、私は家の玄関に飾った。
殺風景だった玄関が少し明るくなった気がした。
入社まであと数日。
この頃買い物の帰りなど、気が向いたら公園に寄ることが増えた。
ヴァシリさんとは公園でよく会う。
顔見知りになったこともあってか、彼は私が公園に来るといそいそと自分の荷物で確保していたベンチに私を誘導する。
そして自分が絵を描き終えるまで、私をベンチに座らせているのだった。
描きあがった絵は、いつも私にくれる。
おかげで私の家は殺風景なワンルームから、アートギャラリーのように変わっていった。
彼の絵は躍動感のあるもの、生命力のあるものが多く、見ているだけで私は少し元気が出た。
ヴァシリさんが絵を描いている間、極端に彼が無口なのも相まってコミュニケーションには少し難があったが、それでもポツポツとお互いのことを話す機会があった。
その時に私は自分の名前・年齢・これから社会人になろう時であることなど色々な話をした。
ヴァシリさんは口数は少ないけれど、しっかりと話を聞いてうんうんと頷いてくれた。
それだけで社会に出ることの不安なども少し軽くなった気がした。
ヴァシリさんは、私に日本語を聞いてくるときがある。
時々交流のある人からのメールも見せてもらって、身振り手振りや言葉を変えたり翻訳アプリなどを駆使して四苦八苦しながらなんとか日本語の意味を教えた。
彼は言葉は少なくても何事にも素直に喜び、嬉しそうに私に感謝を述べてくれた。
ある時ヴァシリさんが私をモデルに絵を描きたいと言い出した。
「え、で、でも……私そんなにお洒落でも綺麗でもないですよ。」
日本人の悪い癖が出て、つい謙遜してしまうと、ヴァシリさんがキッと私を強く睨む。
「私が、描きたいのだ。」
そう言われると何も言い返せない。
仕方がない、モデルの経験なんてないけれどとりあえずじっとしていればいいんだろうか。
「わかりました……えっと、どうすれば?」
ぎくしゃくとベンチに座りなおし、ピシッと固まっているとヴァシリさんがフッと笑った。
「いつも通りでいい。」
「は、はいっ。」
緊張しながら姿勢を正し、少し遠くの風景を見る。
ヴァシリさんの青い目がじっとこちらを見つめていることに最初はドキドキしてしまっていた。
動かなければしゃべっても良いのか、たまにヴァシリさんは気分はどうだ?とか、昨日食べたご飯の話なんかもしてくる。
つい笑って動いてしまいそうになるのに気を付けながら、ポツポツと話した。
その中でふと、「日本人、恋人になるとき、告白?」と聞かれた。
ちょっと考え事をしていてぼんやりとしていたこともあって、特に気を遣わずに反射的に「はい。」と答えていた。
「どうやって?」
そう聞いてきたヴァシリさんに視線を向けると、相変わらずの真剣な眼差しで真っ直ぐにこちらを見つめている。
「え、えーと?「好きです」とか「付き合ってください」とかですかね?」
しどろもどろになりながら答えると、ヴァシリさんは手元に視線を下ろし、あとは何も言わなかった。
時々絵に集中していると会話が途絶えることはよくあったので、今回も返事がなかったことは気にせずにしばし絵を描くヴァシリさんの様子を見つめ、私はまた公園の風景を見ていた。
何分、何十分経っただろうか、少しモデルにも慣れた気がしてのんびりとしていると、ヴァシリさんから「できた」と声が上がった。
ふぅ…と脱力すると意外と体に力が入っていたことに気付く。
私はモデルの仕事は結構な肉体労働だな……と感想を抱きつつ、初めてのことに少し疲れていた。
久々にベンチから立ち上がりヴァシリさんの方へ歩くと、彼は描いた絵をぎゅっと握って固まっていた。
どうしたのだろう?普段と様子が違う、と私が首を傾げて彼を見上げていると、彼は「あー……」と無意味な言葉を発する。
気まずい雰囲気のリアクションは万国共通なのだろうか。
言葉を探しているのかと思ったが、彼は私の手をそっと取ると描きあがった作品を渡しながら唐突に言った。
「好きです。」
「へ?」
間抜けな声が出た。
目を丸くして手元にある作品と彼の顔を交互に見る。
あ、すごい上手。私こんな幸せそうな顔してたのか。……じゃなくて、今なんて?
「付き合ってください。」
彼は今さっき教わったばかりの言葉を連続で羅列する。
意味はわかる。私が教えた言葉だし。
「……私と?ヴァシリさんが?」
顔が赤くなってくるのを感じながらそう聞き返すと、彼はコクコクと頷いた。
ヴァシリさんの顔もマフラーやフードで隠れていない場所が真っ赤に染まっている。まだ春の陽気までは遠い時期なのに暑そうだ。
じわじわとこみあげてくる感情の正体がわからずに混乱しているが、彼は真っ赤な顔のまま私を真剣な眼差しで見つめていた。
「よ、よろしく、おねがいします。」
嚙みながらやっとの思いで返事をしたが、ヴァシリさんは不思議そうな顔をしている。
あ、伝わっていない。
そう直感で思った私は、ごく、と喉を鳴らし少し深呼吸をしてから勇気を出して一歩踏み出した。
ギュッと彼に抱き着くと、ヴァシリさんは困惑しながらも少し照れた様子で私を抱きしめ返してくれた。
「YES?」
そう聞かれると私はうんうんと頷いて彼の胸に顔を埋める。
彼の服からは絵具の香りがした。
私の顔は、きっと先ほど彼が描いた「絵の中の私」と同様に幸せそうな顔をしていることだろう。
おわり。
【あとがき:異文化交流っていいよね。】