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鶴見
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玉の輿狂愛/鶴見
「え……ここまだ庭……?」
お金持ちの相手は慣れたつもりだった。
しかしこれは……
********************
息を飲むほど大きな豪邸の前で立ち尽くす一人の少女。
名は夢主という。
彼女は家事代行を仕事にしていて、家の掃除や買い出し、料理や洗濯、そして子供の送り迎えなど家事の範囲のことならば何でもこなす。
あわよくばお金持ちと結婚したいと最初は下心満載で始めた仕事だったが、大抵美人の妻や子供を持った幸せな家庭が多いことに気付いて、職場での出会いはないとちょうど諦めがついたところだった。
そして家事代行を頼むような家は大体は裕福で、大きな家ではなくても平均以上の生活水準を保っているような家庭が多かった。
しかし、今回の家はその中でも群を抜いて規格外だった。
「は、初めまして、家事代行サービスの夢主と申します。」
インターフォンを鳴らして、挨拶をする夢主。
恐らくモニター越しに顔を見ていることだろう、ひきつった表情をしてしまっているのをどうにか直したいが緊張が止まらない。
どうやら家には主人しかいないようだ。
こんなに家が大きいのに自分の外にお手伝いはいないのだろうかと夢主は心細くなる。
インターフォン越しに、この屋敷の主がとんでもないことを言った。
「待ってたよ、夢主くん。庭から奥へ入りなさい。玄関があるから。」
そして冒頭の夢主の呟きに戻る。
自分が玄関だと思っていたところは、あくまで客人を通す用の一角でしかなかったようだ。夢主はため息をつく。
言われるがままに、広大な庭園を抜けて仰々しい門を見つけた。
やっとたどり着いた玄関が庭のようだと夢主は驚きを通り越して呆れてしまった。
一体、どんな人物なのだろうかと呆然と考えていると、門の奥の重々しい扉がゆっくり開いた。
自動なのだろう、ギシギシと重みのある音を立てていた。
そしてその中から出てきたのは、顔に特徴的な傷のある、気品のある男性だった。
「やあやあ、夢主くん。監視カメラで追いかけてたんだけどね、待てど暮らせど来ないから、迎えに来ちゃったよ。」
その発言の物騒さに本人は気付いていないのだろうか。
しかし夢主は豪邸っぷりに圧倒されてしまっていて、それどころではなかった。
「す、すみません!あまりに大きい御屋敷に戸惑ってしまいました……。」
慌てて謝罪すると、その男はハハハと高らかに笑う。
いいんだよ、と優しく言うと、紳士らしくエスコートして屋敷に招き入れてくれた。
夢主が客人ではないのでもてなしは大丈夫だと慌てて丁重に断るも、男はもてなしたいのだと強引に夢主を屋敷の奥の客間だろうか、これまた豪華だがシックな部屋へ通した。
アンティーク調のどこぞの宮殿の物のような煌びやかなイスやテーブル、装飾の数々に囲まれて、夢主は大きなソファに座ったまま縮こまった。
そんな夢主に紅茶をいれてテーブルに出した男。
夢主の正面に座るとにこやかに挨拶をした。
「申し遅れたが私は鶴見という。資産家でね、株とか投資の外に会社をいくつか経営してる。家にはいるのだが仕事をしているとどうも家事まで手が回らなくてね。夢主くんには数日住み込みで働いてみてもらって、もしよければ継続で契約しようかと思っているんだ。」
夢主は表情を引き締めた。
というのは、夢主のやっている家事代行サービスは本部が売り上げを管理している。
実際に夢主たちの手元にくる給料と、客が払ったお金はイコールではない。
普通に仕事をこなすだけでも会社員と同じくらいの平均的な収入にはなるが、それでも多く手当をもらうためには住み込みや長期契約が必須となる。
この大変な金持ちに長期契約をしてもらうために、夢主は気合をいれた。
「頑張ります!よろしくお願い致します!」
夢主がそう元気よく言うと、鶴見は微笑みを返す。
その視線の鋭さに未だ夢主は気付いていなかった。
その日から、夢主は広すぎる屋敷を一人で任された。
料理は和食から洋食、中華、アジアン料理など夢主は鶴見が所望したものを用意する。
材料はいつも新鮮なものを宅配で用意してくれたので買い出しの必要はなかった。
生活必需品も定期的に届くそうだ。
そうなると夢主の仕事の中心は掃除と洗濯になる。
洗濯は夢主自身と鶴見の分だけのはずだが、どうしても屋敷が広いとあちらこちらにタオルがあったり、部屋ごとにクッションや特注品のカーテンがあるため丁寧な手洗いを要求される。
そして庭の手入れは梯子をもって走り回る羽目になった。
夢主は休むことなく屋敷を歩き回った。
あまりに大変でこれだけ広いのなら専門業者に外注してほしいとすら思ってしまうが、せっかくの長期契約のチャンスなのだからと夢主はぐっと堪えた。
夢主には住み込みの間大きな客室を一室与えられた。
三ツ星ホテルのスイートルームではないかと思うほどの広さと高級感があり、家具家電がすべてそろっている部屋だった。
もっと簡素なところで良い、なんなら外の小屋でも……と夢主は申し出たのだが、鶴見が防犯のためだと夢主を留まらせた。
しかし、夢主はそこまで客室を使うことがなかった。
原因は二日目には鶴見がなにかと仕事の休憩だと夢主を呼びつけるようになったせいだった。
仕事中でもお茶にしようと声をかけてきては夢主も一緒に休ませたり、仕事の手伝いだと言って書斎に夢主を呼びつけては適当に本を読ませたり、眠れないからと一緒に寝させられたこともあった。
男性と一緒に寝ることに抵抗はあったが、鶴見はどこまでも紳士で広いベッドの端っこに自分が寝たりもして、手を出してくるようなことは間違ってもなかった。
夢主は今まで接したことのない年上の気品のある男性に戸惑いと憧れを抱いていた。
鶴見の振る舞いや夢主に対する視線は熱情のこもったものだった気がした夢主だが、仕事なのだし数日だけの我慢!と理性を働かせて邪心を精一杯振り払う日々だった。
あっという間に数日経ったが鶴見は夢主に報告することなく、こっそりと契約を長期に切り替えていた。
いつからかそうやって鶴見の傍にいることが仕事になってきた夢主。
当然だが部屋の掃除や料理が間に合わない。
夢主が焦り始めたころに、鶴見はしれっと料理人やら掃除の外注を頼んでいた。
そうなると当然夢主のやることは本当に限られてきてしまった。
鶴見に給仕をしたり話相手になる程度しか仕事が残らなくなり、一日のほとんどを鶴見と過ごした。
そうこうしているうちにあっという間に一か月ほど経ってしまった。
念のため夢主は本部に連絡をしたが、本部からの返事は不自然なほどにそっけなく、そのまま働くようにとのことだった。
ある日の早朝、夢主は起こされた。
「ん……?ぁ、鶴見様……!?」
優しく肩を揺さぶられて夢主は寝坊をしたと思って飛び起きた。
しかし時計を確認すると寝坊したわけではなさそうだ。
予定ではいつも通りのタイムテーブルで動くはずの鶴見が、きっちりと身支度を終えて夢主を覗き込んでいるので、夢主は慌てる。
「お、おはようございます……申し訳ありませんすぐにご朝食の用意を致します……!」
夢主は寝起きを見られた恥ずかしさと驚きで困惑しながら起き上がる。
そして慌てて朝食の準備をすると叱られた子供のように鶴見が何か言う前に頭を下げた。
鶴見は突然頭を下げた夢主に少し驚いた様子だった。
「いや、朝食はいつも通り宅配で来るのでいい。少し話がしたくてね。」
「へ……?」
叱られると思っていた夢主はきょとんとした表情を浮かべた。
「こちらへおいで。」
寝巻の姿のまま、部屋のソファに並んで座る二人。
本当は向かい合って座るだろうと思っていたのに、鶴見が先にソファに腰を下ろすと隣をぽんぽんと叩いたので、夢主は何も言えずに隣におずおずと座ることしかできなかった。
夢主はてっきりこの一か月での自分の至らなさにお説教が始めると思っている。
だって、働く前よりも快適な生活をさせてもらっている。
それはそれは客人のような扱い方だった。
そのため、身を縮ませて小さくなっていた。
鶴見はそんな様子の夢主にそんなに怯えることはないと笑った。
そしておもむろに話し始める。
「実はね、夢主くんの働きぶりに感動してね。夢主くんの会社から君を引き抜いたんだ。」
「え?」
夢主は驚いて言葉を失う。
シンプルに意味が分からなかった。
しかしおかまいなしに鶴見は続ける。
「そういうわけだから、今日から私が君の社長であり上司であり主人である。良いね?」
有無を言わさぬ圧力があった。
夢主は困惑した表情を浮かべる。
「ああ、入退社の手続きは全部私の部下がやったよ。優秀なのがいるんだ。今度紹介するね。」
「鶴見様……。」
夢主の気持ちを知ってか知らずか、すべての手続きが済んだ証拠を鶴見が見せる。
ご丁寧にも就業規則や規定が書かれた書類まで夢主個人用のものが渡された。
今までとは桁の違う好待遇の年俸が提示されていた。
そして、契約書の中にあった一枚の紙に夢主は動揺する。
「これって……」
鶴見はうん、と頷く。
その紙には婚姻届の文字が並んでいた。
すでに鶴見の名は記されている。
そしてそっと夢主の両手を包み込む。
「社長であり上司であり主人なんだけど、旦那にもなりたいんだ。いいかな?」
かなり強引なプロポーズ。
夢主は目を丸くしたり顔を赤くしたりと忙しい。
鶴見は真剣に夢主を見つめて、両手を握ったまま動かない。
「ぁ、ええっと、その……?でも……いいんですか?」
一通り無意味な言葉をたくさん発した後に夢主が絞り出したのは、確認の一言だった。
鶴見は勝ち誇った様子を見せる。
もう一押し、と言わんばかりに夢主を抱き寄せた。
「きゃっ」
「君をここから帰したくないんだ。」
「うぁ……、う、」
「どんな手を使ってでも君をここに留めておきたい。閉じ込めてしまいたいんだ。」
そう大人の色気ある男性に耳元で囁かれては、夢主に選択肢はなかった。
こうして、世界的に有名な資産家の妻となった夢主。
初めの頃こそどこからか聞きつけたマスコミや業界人が押し寄せたが、屋敷の厳重な警備と鶴見の言っていた信頼のおける優秀な部下たちの前では歯が立たずそのうち収まった。
夢主はあれからほとんど家を出ることはない。
それどころか一人で出歩くことすらない。
夢主は常に鶴見と共にいる。
時々稀に、屋敷の中でも姿が見えないときは監視カメラが夢主を追いかける。
自ら望んだこととはいえ、これではまるで軟禁状態だと部下たちは心の中で呟く。
しかし、夢主はただあの勢いのあるプロポーズに押されてしまったわけではない。
部屋で一人、薄く化粧をしながら鏡に向かって夢主は微笑む。
鏡越しの視線の先には監視カメラ。
恐らく自分の最愛の人がそこでカメラを通して自分を見ていることだろう。
「ああ鶴見様……。」
夢主はうっとりとした表情をみせ、鏡越しに最愛の人を想う。
お互いにお互いを縛り合う。
二人はそうやって共に歳をとり、最期の時まで連れ添う覚悟があったのだ。
傍から見れば異常な愛だったが、それはそれは絶対的で強固な愛だったそうな。
おわり
「え……ここまだ庭……?」
お金持ちの相手は慣れたつもりだった。
しかしこれは……
********************
息を飲むほど大きな豪邸の前で立ち尽くす一人の少女。
名は夢主という。
彼女は家事代行を仕事にしていて、家の掃除や買い出し、料理や洗濯、そして子供の送り迎えなど家事の範囲のことならば何でもこなす。
あわよくばお金持ちと結婚したいと最初は下心満載で始めた仕事だったが、大抵美人の妻や子供を持った幸せな家庭が多いことに気付いて、職場での出会いはないとちょうど諦めがついたところだった。
そして家事代行を頼むような家は大体は裕福で、大きな家ではなくても平均以上の生活水準を保っているような家庭が多かった。
しかし、今回の家はその中でも群を抜いて規格外だった。
「は、初めまして、家事代行サービスの夢主と申します。」
インターフォンを鳴らして、挨拶をする夢主。
恐らくモニター越しに顔を見ていることだろう、ひきつった表情をしてしまっているのをどうにか直したいが緊張が止まらない。
どうやら家には主人しかいないようだ。
こんなに家が大きいのに自分の外にお手伝いはいないのだろうかと夢主は心細くなる。
インターフォン越しに、この屋敷の主がとんでもないことを言った。
「待ってたよ、夢主くん。庭から奥へ入りなさい。玄関があるから。」
そして冒頭の夢主の呟きに戻る。
自分が玄関だと思っていたところは、あくまで客人を通す用の一角でしかなかったようだ。夢主はため息をつく。
言われるがままに、広大な庭園を抜けて仰々しい門を見つけた。
やっとたどり着いた玄関が庭のようだと夢主は驚きを通り越して呆れてしまった。
一体、どんな人物なのだろうかと呆然と考えていると、門の奥の重々しい扉がゆっくり開いた。
自動なのだろう、ギシギシと重みのある音を立てていた。
そしてその中から出てきたのは、顔に特徴的な傷のある、気品のある男性だった。
「やあやあ、夢主くん。監視カメラで追いかけてたんだけどね、待てど暮らせど来ないから、迎えに来ちゃったよ。」
その発言の物騒さに本人は気付いていないのだろうか。
しかし夢主は豪邸っぷりに圧倒されてしまっていて、それどころではなかった。
「す、すみません!あまりに大きい御屋敷に戸惑ってしまいました……。」
慌てて謝罪すると、その男はハハハと高らかに笑う。
いいんだよ、と優しく言うと、紳士らしくエスコートして屋敷に招き入れてくれた。
夢主が客人ではないのでもてなしは大丈夫だと慌てて丁重に断るも、男はもてなしたいのだと強引に夢主を屋敷の奥の客間だろうか、これまた豪華だがシックな部屋へ通した。
アンティーク調のどこぞの宮殿の物のような煌びやかなイスやテーブル、装飾の数々に囲まれて、夢主は大きなソファに座ったまま縮こまった。
そんな夢主に紅茶をいれてテーブルに出した男。
夢主の正面に座るとにこやかに挨拶をした。
「申し遅れたが私は鶴見という。資産家でね、株とか投資の外に会社をいくつか経営してる。家にはいるのだが仕事をしているとどうも家事まで手が回らなくてね。夢主くんには数日住み込みで働いてみてもらって、もしよければ継続で契約しようかと思っているんだ。」
夢主は表情を引き締めた。
というのは、夢主のやっている家事代行サービスは本部が売り上げを管理している。
実際に夢主たちの手元にくる給料と、客が払ったお金はイコールではない。
普通に仕事をこなすだけでも会社員と同じくらいの平均的な収入にはなるが、それでも多く手当をもらうためには住み込みや長期契約が必須となる。
この大変な金持ちに長期契約をしてもらうために、夢主は気合をいれた。
「頑張ります!よろしくお願い致します!」
夢主がそう元気よく言うと、鶴見は微笑みを返す。
その視線の鋭さに未だ夢主は気付いていなかった。
その日から、夢主は広すぎる屋敷を一人で任された。
料理は和食から洋食、中華、アジアン料理など夢主は鶴見が所望したものを用意する。
材料はいつも新鮮なものを宅配で用意してくれたので買い出しの必要はなかった。
生活必需品も定期的に届くそうだ。
そうなると夢主の仕事の中心は掃除と洗濯になる。
洗濯は夢主自身と鶴見の分だけのはずだが、どうしても屋敷が広いとあちらこちらにタオルがあったり、部屋ごとにクッションや特注品のカーテンがあるため丁寧な手洗いを要求される。
そして庭の手入れは梯子をもって走り回る羽目になった。
夢主は休むことなく屋敷を歩き回った。
あまりに大変でこれだけ広いのなら専門業者に外注してほしいとすら思ってしまうが、せっかくの長期契約のチャンスなのだからと夢主はぐっと堪えた。
夢主には住み込みの間大きな客室を一室与えられた。
三ツ星ホテルのスイートルームではないかと思うほどの広さと高級感があり、家具家電がすべてそろっている部屋だった。
もっと簡素なところで良い、なんなら外の小屋でも……と夢主は申し出たのだが、鶴見が防犯のためだと夢主を留まらせた。
しかし、夢主はそこまで客室を使うことがなかった。
原因は二日目には鶴見がなにかと仕事の休憩だと夢主を呼びつけるようになったせいだった。
仕事中でもお茶にしようと声をかけてきては夢主も一緒に休ませたり、仕事の手伝いだと言って書斎に夢主を呼びつけては適当に本を読ませたり、眠れないからと一緒に寝させられたこともあった。
男性と一緒に寝ることに抵抗はあったが、鶴見はどこまでも紳士で広いベッドの端っこに自分が寝たりもして、手を出してくるようなことは間違ってもなかった。
夢主は今まで接したことのない年上の気品のある男性に戸惑いと憧れを抱いていた。
鶴見の振る舞いや夢主に対する視線は熱情のこもったものだった気がした夢主だが、仕事なのだし数日だけの我慢!と理性を働かせて邪心を精一杯振り払う日々だった。
あっという間に数日経ったが鶴見は夢主に報告することなく、こっそりと契約を長期に切り替えていた。
いつからかそうやって鶴見の傍にいることが仕事になってきた夢主。
当然だが部屋の掃除や料理が間に合わない。
夢主が焦り始めたころに、鶴見はしれっと料理人やら掃除の外注を頼んでいた。
そうなると当然夢主のやることは本当に限られてきてしまった。
鶴見に給仕をしたり話相手になる程度しか仕事が残らなくなり、一日のほとんどを鶴見と過ごした。
そうこうしているうちにあっという間に一か月ほど経ってしまった。
念のため夢主は本部に連絡をしたが、本部からの返事は不自然なほどにそっけなく、そのまま働くようにとのことだった。
ある日の早朝、夢主は起こされた。
「ん……?ぁ、鶴見様……!?」
優しく肩を揺さぶられて夢主は寝坊をしたと思って飛び起きた。
しかし時計を確認すると寝坊したわけではなさそうだ。
予定ではいつも通りのタイムテーブルで動くはずの鶴見が、きっちりと身支度を終えて夢主を覗き込んでいるので、夢主は慌てる。
「お、おはようございます……申し訳ありませんすぐにご朝食の用意を致します……!」
夢主は寝起きを見られた恥ずかしさと驚きで困惑しながら起き上がる。
そして慌てて朝食の準備をすると叱られた子供のように鶴見が何か言う前に頭を下げた。
鶴見は突然頭を下げた夢主に少し驚いた様子だった。
「いや、朝食はいつも通り宅配で来るのでいい。少し話がしたくてね。」
「へ……?」
叱られると思っていた夢主はきょとんとした表情を浮かべた。
「こちらへおいで。」
寝巻の姿のまま、部屋のソファに並んで座る二人。
本当は向かい合って座るだろうと思っていたのに、鶴見が先にソファに腰を下ろすと隣をぽんぽんと叩いたので、夢主は何も言えずに隣におずおずと座ることしかできなかった。
夢主はてっきりこの一か月での自分の至らなさにお説教が始めると思っている。
だって、働く前よりも快適な生活をさせてもらっている。
それはそれは客人のような扱い方だった。
そのため、身を縮ませて小さくなっていた。
鶴見はそんな様子の夢主にそんなに怯えることはないと笑った。
そしておもむろに話し始める。
「実はね、夢主くんの働きぶりに感動してね。夢主くんの会社から君を引き抜いたんだ。」
「え?」
夢主は驚いて言葉を失う。
シンプルに意味が分からなかった。
しかしおかまいなしに鶴見は続ける。
「そういうわけだから、今日から私が君の社長であり上司であり主人である。良いね?」
有無を言わさぬ圧力があった。
夢主は困惑した表情を浮かべる。
「ああ、入退社の手続きは全部私の部下がやったよ。優秀なのがいるんだ。今度紹介するね。」
「鶴見様……。」
夢主の気持ちを知ってか知らずか、すべての手続きが済んだ証拠を鶴見が見せる。
ご丁寧にも就業規則や規定が書かれた書類まで夢主個人用のものが渡された。
今までとは桁の違う好待遇の年俸が提示されていた。
そして、契約書の中にあった一枚の紙に夢主は動揺する。
「これって……」
鶴見はうん、と頷く。
その紙には婚姻届の文字が並んでいた。
すでに鶴見の名は記されている。
そしてそっと夢主の両手を包み込む。
「社長であり上司であり主人なんだけど、旦那にもなりたいんだ。いいかな?」
かなり強引なプロポーズ。
夢主は目を丸くしたり顔を赤くしたりと忙しい。
鶴見は真剣に夢主を見つめて、両手を握ったまま動かない。
「ぁ、ええっと、その……?でも……いいんですか?」
一通り無意味な言葉をたくさん発した後に夢主が絞り出したのは、確認の一言だった。
鶴見は勝ち誇った様子を見せる。
もう一押し、と言わんばかりに夢主を抱き寄せた。
「きゃっ」
「君をここから帰したくないんだ。」
「うぁ……、う、」
「どんな手を使ってでも君をここに留めておきたい。閉じ込めてしまいたいんだ。」
そう大人の色気ある男性に耳元で囁かれては、夢主に選択肢はなかった。
こうして、世界的に有名な資産家の妻となった夢主。
初めの頃こそどこからか聞きつけたマスコミや業界人が押し寄せたが、屋敷の厳重な警備と鶴見の言っていた信頼のおける優秀な部下たちの前では歯が立たずそのうち収まった。
夢主はあれからほとんど家を出ることはない。
それどころか一人で出歩くことすらない。
夢主は常に鶴見と共にいる。
時々稀に、屋敷の中でも姿が見えないときは監視カメラが夢主を追いかける。
自ら望んだこととはいえ、これではまるで軟禁状態だと部下たちは心の中で呟く。
しかし、夢主はただあの勢いのあるプロポーズに押されてしまったわけではない。
部屋で一人、薄く化粧をしながら鏡に向かって夢主は微笑む。
鏡越しの視線の先には監視カメラ。
恐らく自分の最愛の人がそこでカメラを通して自分を見ていることだろう。
「ああ鶴見様……。」
夢主はうっとりとした表情をみせ、鏡越しに最愛の人を想う。
お互いにお互いを縛り合う。
二人はそうやって共に歳をとり、最期の時まで連れ添う覚悟があったのだ。
傍から見れば異常な愛だったが、それはそれは絶対的で強固な愛だったそうな。
おわり