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月島
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甘い嘘/月島
日露戦争後、第七師団ではとある出来事があった。
「失礼します。」
鶴見中尉の執務室に月島軍曹が入る。
月島の腕には毛布に包まれた小さな赤ん坊がいた。
生後3~4か月程度と思われる赤子ですでに首は座っているようで、月島をじっと見つめていた。
「月島軍曹、それは、どういうことだね。」
鶴見の視線は鋭く、月島も顔をいつも以上に引き締めた。
「捨て子のようです。早朝の見回りをした当番が見つけました。」
「なるほど……?」
鶴見が椅子から立ち上がり、月島のもとへ近づく。
月島は赤子を鶴見に見えるように傾けた。
鶴見も顔を覗き込むようにやや上体をかがめる。
赤子は、鶴見を見つけるとキャッキャッと声をあげて笑った。
鶴見はその顔を見て、一瞬懐かしい思い出に浸った。
普段は記憶の隅に追いやりながらも、心の奥にしっかりと残っていた愛おしい我が子を感じ取った。
「どうしますか。」
月島が問いかけると、鶴見はなるべくいつも通りの顔を作りつつも月島に背を向けた。
万が一にでも表情に出てしまうのを防ぐためだった。
本来なら軍でこのような例外的な対応はしない。
今までにもどれだけ辛い思いをしようが理想の実現のために耐えてきた。
それでも、何故かこのときだけは鶴見は冷酷にはなれなかったのだ。
それから十数年後、赤子は成長して立派な少女に育っていた。
少女には鶴見が「夢主」と名付けた。
育児経験などない未婚の兵士がほとんどの中、皆で協力して夢主を育て上げたのだ。
兵士たちに囲まれて育った夢主は可愛らしい見た目とは裏腹に、勝気でパワフルな性格に育った。
誰とでも仲良くできる人懐っこい性格、月島に教え込まれた学力、鶴見や鯉登から得た上品さも持ち合わせるなど、魅力的な面も持ち合わせている。
彼女は第七師団にとってはなくてはならないアイドル的な存在になっていた。
兵舎の中に朗らかで可憐な声が響いた。
「月島~!」
「兵舎の中では月島軍曹と呼んでくださいと言っているでしょう。」
月島があきれた様子で夢主に向き直る。
夢主はニコッと笑ってごまかした。
月島はため息をついた。
こうやって無邪気に笑うことで、皆何もかも許してしまうのだ。
夢主のためにもしっかりと教育しなくては、と月島は気を引き締めた。
そんな月島の思いも知らずに、夢主はするりと月島の腕にくっついた。
「ねえ、ちょっとお茶でもしない?」
「仕事がありますから。」
慣れた様子で夢主の腕から逃れた月島は、ピシャリと言ってのけそのまま歩き出す。
夢主はむうー、と膨れると「ガンコ者!堅物!けち!」と子供のような暴言を放って月島を見送った。
残された夢主はむすっとした顔のまま鶴見中尉の仕事部屋へと向かった。
「鶴見お父様~。」
夢主がゆるい声かけと共に部屋の扉をノックすると、鶴見からは「入りなさい」と短く返事があった。
部屋に入ると、何やら書類とにらめっこしている鶴見が目に入る。
「どうしたんだい?」
鶴見はちらっと夢主を見つめるとすぐに手元へ視線を落とした。
「月島って、私のことどう思っていると思う?」
夢主はつまらなそうに鶴見の部屋の来客用の椅子に座る。
そしておもむろに月島の態度について鶴見へ愚痴をこぼした。
鶴見はハハッと笑いを零した。
あの堅物を落とすのは相当難しいだろう。
ましてや彼の心の中心には亡くなった(と思いこませた)許嫁が居座っているのだから。
鶴見にとって夢主は本物の娘のような存在であった。
実際夢主も鶴見のことを「お父様」と呼ぶ。
娘を政治的に利用するつもりはないが、だからといって年頃の娘をつまらない男にやるのは不本意だと感じていた。
こんな風に夢主が度々月島の名前を出すたびに、鶴見は「あの男なら良いだろう」と認めていた。
月島の己に対する信仰心を持ってすれば、二人とも自分の手元から離れることはないだろう、と。
あとは夢主がどれだけ月島を揺さぶれるかにかかっているのだろうと考えた。
「月島軍曹の昔の話を聞いたことはあるかね?」
書類を脇に寄せて、鶴見は机の上で腕を組んだ。
夢主はおもむろに話始めた鶴見にきょとん、とした顔を浮かべている。
「ないわ。だって、何を聞いてもはぐらかすの。あと、お父様に聞きなさいと言われたこともあるわ。でも本人から教えてほしいじゃない?」
夢主は言い切ってからフン、とやや悔しそうに鼻を鳴らした。
そんな子供っぽい仕草に笑みをこぼしつつ、鶴見は月島の話をしてやった。
もちろん、己が撒いた噂や月島が自分を信じるまでの過程を盛り込んで。
これで嘘は夢主の中でも月島の中でも真実となって、より強固な結びつきとなった。
罪悪感を覚えないわけではないが、二人が手元にいてくれるのだったらこの程度は痛みでもなんでもなかった。
夢主は最初はつまらなそうに聞いていたが、許嫁のいご草ちゃんの話を聞いているうちに顔を曇らせていった。
そんな思い出があったら、自分の入り込む隙間などないだろう。
最後の方はすっかり元気をなくしてしまったが、夢主はとりあえず自室に戻り考えをまとめると言って出て行った。
鶴見は夢主を慰めるような言葉をかけた。
巻き込んでおきながら最後まで良き父親としての姿勢を崩さなかった。
夢主は幼い頃から、かなり鶴見と近い位置にいながら兵士たちとも過ごしてきた。
そんな中で夢主は、父に対して違和感を感じることがあった。
理由はわからないが、恐らく父の持つカリスマ性による何かが原因だと思っていた。
小さい頃から一緒にいるならば鶴見の思想に染まり切ってしまいそうなものではあったが、夢主は多様な人間と関わり合うことから無意識に人の心の機敏について大切なことを学んでいたのだった。
今回夢主は、月島の過去について聞いてしまって、ショックを受けた。
でも、不思議とどこか違和感がある。
そのように感じる根拠はない。話に辻褄が合わない場所があるわけでも、ましてや父が嘘をついているとは思わなかった。
なのに、何かがおかしいと感じてしまう。
自室の布団にまるまって、夢主は悶々と考え込んでいた。
そうこうしているうちに、第七師団は金塊戦争に突入していった。
鶴見は先の戦争で亡くなった同志たちを救うためと言っていたが、これにも夢主は変な感覚を抱いた。
育ての父を疑いたくない一心でこの違和感を心の隅に追いやりながら過ごしていた。
激化していく状況に、鶴見をはじめとして月島や鯉登など夢主の近しい人物たちが次々と兵舎から旅立っていく。
本当は引き止めたくても引き止められない悔しさを胸に、夢主はひたすら全員無事で帰ってきてほしいと願い続けた。
近しい人物たちが周りからいなくなるにつれて、夢主はあちこち出歩くようになった。
もちろん事前に鶴見からは北海道から、否兵舎から出ないようにと言われている。
夢主自身が大切にされているのは当然だが、夢主としては父は自分自身よりもどうせ中央政府を警戒しているのだろうと考えた。
鶴見が不在のときに明らかに鶴見の弱点である夢主に何かあっては、様々な計画にヒビが入るからだ。
それに関しては夢主に反論はない。
鶴見は夢主にとって育ての父であると同時に、策略家・戦略家として尊敬する人物だったのだ。
そんな父が今や夢主に付き人をつける余裕もない第七師団のこの状況は、今までにないチャンスだった。
鶴見や月島から得た知識や今まで溜め続けたヘソクリを使って、夢主は東京へと一人旅立った。
何故東京かというと、様々な地方から人が集まるからだ。
まだまだ世間知らずではあったが知識も学力もあり、なにより兵士たちと一緒に訓練を積んできた夢主にはもはや怖いものはなかった。
ひたすら色々な人に聞き込みをした。
何を聞いたかと言えば「いご草ちゃん」のことだ。
手掛かりは出身地・特徴的な髪の毛・気立ての良さ、ただこれだけだった。
名前も知らない月島の許嫁。死亡したとされているが、夢主は生きているはずだと思った。
父の態度に落ち度はなかった。
女の勘だけで、夢主は突き進んでいた。
高級サロンに出入りすることのある老人が「そういえば三菱財閥の幹部の倅が結婚した相手の女性がすごく似ている」と話しをしてくれた。
直接会うことはさすがに叶わなかったが、ようやくつかんだ手柄だった。
一か月ほどかかって、夢主は遠目であったがいご草ちゃんらしき婦人を見かけることに成功した。
やっぱり生きていた!
はじめはそのことに喜んだ。
しかし途端に夢主は怖くなってしまった。
真相を確かめることに必死で、そのあとのことを考えていなかった。
いご草ちゃんが今、幸せだったら?いご草ちゃんが、もう月島を必要としていなかったら?どうしたらいいのだろう。
数日考えたものの結論が出なかった夢主は、北海道へ暗い気持ちを抱えて帰路についた。
父親に怒られることを恐れる気持ちもあったが、月島に対してどんな顔をすれば良いかわからなかった。
会うのが怖いとすら思った。
帰ってみればそこに父の姿はなかった。
代わりに鯉登と月島が出迎えてくれた。
2人は体中が包帯だらけではあったが、元気そうだった。
夢主は2人から勝手にいなくなったこと、黙って出歩いたこと、報告や連絡もないのかと、とてつもなく長い説教をされた。
説教が終わると、金塊戦争の終わりを聞かされる。
そこで父が散ったことも。
他にも命を失った兵がたくさんいると聞いた。
夢主は喪失感に苛まれた。
自分は何をしていたのだろう、月島のためと思い奔走したが結果は月島を喜ばせるものでもない。
限界だった。
夢主は泣き崩れながら謝罪をする。
鯉登と月島は困惑しながら夢主をなだめる。
2人もはじめは鶴見を亡くしたことに対して泣いているのだろうと考えたのだろう。
しかし夢主は子供のように泣きながら、月島に対して「ごめんなさい」と繰り返す。
2人はどういうことかと顔を見合わせた。
月島が怪訝そうな顔をして問いかけた。
「俺に、何かしたんですか?」
「つ、月島の、許嫁、調べてたの。」
月島は驚いた様子で息を飲んだ。
泣きじゃくってつっかえつっかえになりながら、夢主は父から聞いたこと、東京でやってきたこと、聞いたことを話す。
いご草ちゃんが生きている。でも、もう結婚してしまっている。
そんな事実を伝えるためだけに飛び出したはずじゃなかった。
違和感を感じたからって、勝手な行動をして後悔している。
父に面と向かってちゃんと反抗すればよかった。自分一人で動かなきゃよかった。
月島を幸せにしたかったのに。ごめんなさい。自分勝手でごめんなさい。
支離滅裂になりながらもそんな言葉を繰り返した。
鯉登が夢主の頭を撫でた。
「夢主が頑張ったのは分かった。安心しろ、なあ、月島?わかっていたんだろう?」
鯉登が月島の肩をポンッとたたく。
月島は観念したようにため息をついた。
夢主はビク、と肩を震わせた。
「俺をみくびるな。」
そう短く月島が呟いた。
夢主の瞳は怯えた様子で月島を見つめる。
「過去を引きずっていたのは認める。」
月島は夢主の前にしゃがみこんで目線を合わせた。
「でも、今回の騒動の途中で気づいたんだ。鶴見中尉の嘘に。」
「え……。」
夢主は言葉をなくす。
驚きもあった。
だって父の嘘は、父の演技は完璧だったから。
「だから、もういいんだ。昔のことは。」
確かにいご草ちゃんのことが大切だった。
でもそれはもう過去のこと。月島のその言葉に嘘はなかった。
夢主を見つめて、月島はそっと手をとった。
そして夢主の手を握りながら真剣に語り掛ける。
「今後は前を向いて生きるつもりだ。夢主には一緒に生きてほしい。」
夢主はこくりと頷いて、月島の胸に飛び込んだ。
おわり。
【あとがき:なんだろうこれ原作沿い?じゃないな?原作の舞台で月島ifみたいなやつ。】
日露戦争後、第七師団ではとある出来事があった。
「失礼します。」
鶴見中尉の執務室に月島軍曹が入る。
月島の腕には毛布に包まれた小さな赤ん坊がいた。
生後3~4か月程度と思われる赤子ですでに首は座っているようで、月島をじっと見つめていた。
「月島軍曹、それは、どういうことだね。」
鶴見の視線は鋭く、月島も顔をいつも以上に引き締めた。
「捨て子のようです。早朝の見回りをした当番が見つけました。」
「なるほど……?」
鶴見が椅子から立ち上がり、月島のもとへ近づく。
月島は赤子を鶴見に見えるように傾けた。
鶴見も顔を覗き込むようにやや上体をかがめる。
赤子は、鶴見を見つけるとキャッキャッと声をあげて笑った。
鶴見はその顔を見て、一瞬懐かしい思い出に浸った。
普段は記憶の隅に追いやりながらも、心の奥にしっかりと残っていた愛おしい我が子を感じ取った。
「どうしますか。」
月島が問いかけると、鶴見はなるべくいつも通りの顔を作りつつも月島に背を向けた。
万が一にでも表情に出てしまうのを防ぐためだった。
本来なら軍でこのような例外的な対応はしない。
今までにもどれだけ辛い思いをしようが理想の実現のために耐えてきた。
それでも、何故かこのときだけは鶴見は冷酷にはなれなかったのだ。
それから十数年後、赤子は成長して立派な少女に育っていた。
少女には鶴見が「夢主」と名付けた。
育児経験などない未婚の兵士がほとんどの中、皆で協力して夢主を育て上げたのだ。
兵士たちに囲まれて育った夢主は可愛らしい見た目とは裏腹に、勝気でパワフルな性格に育った。
誰とでも仲良くできる人懐っこい性格、月島に教え込まれた学力、鶴見や鯉登から得た上品さも持ち合わせるなど、魅力的な面も持ち合わせている。
彼女は第七師団にとってはなくてはならないアイドル的な存在になっていた。
兵舎の中に朗らかで可憐な声が響いた。
「月島~!」
「兵舎の中では月島軍曹と呼んでくださいと言っているでしょう。」
月島があきれた様子で夢主に向き直る。
夢主はニコッと笑ってごまかした。
月島はため息をついた。
こうやって無邪気に笑うことで、皆何もかも許してしまうのだ。
夢主のためにもしっかりと教育しなくては、と月島は気を引き締めた。
そんな月島の思いも知らずに、夢主はするりと月島の腕にくっついた。
「ねえ、ちょっとお茶でもしない?」
「仕事がありますから。」
慣れた様子で夢主の腕から逃れた月島は、ピシャリと言ってのけそのまま歩き出す。
夢主はむうー、と膨れると「ガンコ者!堅物!けち!」と子供のような暴言を放って月島を見送った。
残された夢主はむすっとした顔のまま鶴見中尉の仕事部屋へと向かった。
「鶴見お父様~。」
夢主がゆるい声かけと共に部屋の扉をノックすると、鶴見からは「入りなさい」と短く返事があった。
部屋に入ると、何やら書類とにらめっこしている鶴見が目に入る。
「どうしたんだい?」
鶴見はちらっと夢主を見つめるとすぐに手元へ視線を落とした。
「月島って、私のことどう思っていると思う?」
夢主はつまらなそうに鶴見の部屋の来客用の椅子に座る。
そしておもむろに月島の態度について鶴見へ愚痴をこぼした。
鶴見はハハッと笑いを零した。
あの堅物を落とすのは相当難しいだろう。
ましてや彼の心の中心には亡くなった(と思いこませた)許嫁が居座っているのだから。
鶴見にとって夢主は本物の娘のような存在であった。
実際夢主も鶴見のことを「お父様」と呼ぶ。
娘を政治的に利用するつもりはないが、だからといって年頃の娘をつまらない男にやるのは不本意だと感じていた。
こんな風に夢主が度々月島の名前を出すたびに、鶴見は「あの男なら良いだろう」と認めていた。
月島の己に対する信仰心を持ってすれば、二人とも自分の手元から離れることはないだろう、と。
あとは夢主がどれだけ月島を揺さぶれるかにかかっているのだろうと考えた。
「月島軍曹の昔の話を聞いたことはあるかね?」
書類を脇に寄せて、鶴見は机の上で腕を組んだ。
夢主はおもむろに話始めた鶴見にきょとん、とした顔を浮かべている。
「ないわ。だって、何を聞いてもはぐらかすの。あと、お父様に聞きなさいと言われたこともあるわ。でも本人から教えてほしいじゃない?」
夢主は言い切ってからフン、とやや悔しそうに鼻を鳴らした。
そんな子供っぽい仕草に笑みをこぼしつつ、鶴見は月島の話をしてやった。
もちろん、己が撒いた噂や月島が自分を信じるまでの過程を盛り込んで。
これで嘘は夢主の中でも月島の中でも真実となって、より強固な結びつきとなった。
罪悪感を覚えないわけではないが、二人が手元にいてくれるのだったらこの程度は痛みでもなんでもなかった。
夢主は最初はつまらなそうに聞いていたが、許嫁のいご草ちゃんの話を聞いているうちに顔を曇らせていった。
そんな思い出があったら、自分の入り込む隙間などないだろう。
最後の方はすっかり元気をなくしてしまったが、夢主はとりあえず自室に戻り考えをまとめると言って出て行った。
鶴見は夢主を慰めるような言葉をかけた。
巻き込んでおきながら最後まで良き父親としての姿勢を崩さなかった。
夢主は幼い頃から、かなり鶴見と近い位置にいながら兵士たちとも過ごしてきた。
そんな中で夢主は、父に対して違和感を感じることがあった。
理由はわからないが、恐らく父の持つカリスマ性による何かが原因だと思っていた。
小さい頃から一緒にいるならば鶴見の思想に染まり切ってしまいそうなものではあったが、夢主は多様な人間と関わり合うことから無意識に人の心の機敏について大切なことを学んでいたのだった。
今回夢主は、月島の過去について聞いてしまって、ショックを受けた。
でも、不思議とどこか違和感がある。
そのように感じる根拠はない。話に辻褄が合わない場所があるわけでも、ましてや父が嘘をついているとは思わなかった。
なのに、何かがおかしいと感じてしまう。
自室の布団にまるまって、夢主は悶々と考え込んでいた。
そうこうしているうちに、第七師団は金塊戦争に突入していった。
鶴見は先の戦争で亡くなった同志たちを救うためと言っていたが、これにも夢主は変な感覚を抱いた。
育ての父を疑いたくない一心でこの違和感を心の隅に追いやりながら過ごしていた。
激化していく状況に、鶴見をはじめとして月島や鯉登など夢主の近しい人物たちが次々と兵舎から旅立っていく。
本当は引き止めたくても引き止められない悔しさを胸に、夢主はひたすら全員無事で帰ってきてほしいと願い続けた。
近しい人物たちが周りからいなくなるにつれて、夢主はあちこち出歩くようになった。
もちろん事前に鶴見からは北海道から、否兵舎から出ないようにと言われている。
夢主自身が大切にされているのは当然だが、夢主としては父は自分自身よりもどうせ中央政府を警戒しているのだろうと考えた。
鶴見が不在のときに明らかに鶴見の弱点である夢主に何かあっては、様々な計画にヒビが入るからだ。
それに関しては夢主に反論はない。
鶴見は夢主にとって育ての父であると同時に、策略家・戦略家として尊敬する人物だったのだ。
そんな父が今や夢主に付き人をつける余裕もない第七師団のこの状況は、今までにないチャンスだった。
鶴見や月島から得た知識や今まで溜め続けたヘソクリを使って、夢主は東京へと一人旅立った。
何故東京かというと、様々な地方から人が集まるからだ。
まだまだ世間知らずではあったが知識も学力もあり、なにより兵士たちと一緒に訓練を積んできた夢主にはもはや怖いものはなかった。
ひたすら色々な人に聞き込みをした。
何を聞いたかと言えば「いご草ちゃん」のことだ。
手掛かりは出身地・特徴的な髪の毛・気立ての良さ、ただこれだけだった。
名前も知らない月島の許嫁。死亡したとされているが、夢主は生きているはずだと思った。
父の態度に落ち度はなかった。
女の勘だけで、夢主は突き進んでいた。
高級サロンに出入りすることのある老人が「そういえば三菱財閥の幹部の倅が結婚した相手の女性がすごく似ている」と話しをしてくれた。
直接会うことはさすがに叶わなかったが、ようやくつかんだ手柄だった。
一か月ほどかかって、夢主は遠目であったがいご草ちゃんらしき婦人を見かけることに成功した。
やっぱり生きていた!
はじめはそのことに喜んだ。
しかし途端に夢主は怖くなってしまった。
真相を確かめることに必死で、そのあとのことを考えていなかった。
いご草ちゃんが今、幸せだったら?いご草ちゃんが、もう月島を必要としていなかったら?どうしたらいいのだろう。
数日考えたものの結論が出なかった夢主は、北海道へ暗い気持ちを抱えて帰路についた。
父親に怒られることを恐れる気持ちもあったが、月島に対してどんな顔をすれば良いかわからなかった。
会うのが怖いとすら思った。
帰ってみればそこに父の姿はなかった。
代わりに鯉登と月島が出迎えてくれた。
2人は体中が包帯だらけではあったが、元気そうだった。
夢主は2人から勝手にいなくなったこと、黙って出歩いたこと、報告や連絡もないのかと、とてつもなく長い説教をされた。
説教が終わると、金塊戦争の終わりを聞かされる。
そこで父が散ったことも。
他にも命を失った兵がたくさんいると聞いた。
夢主は喪失感に苛まれた。
自分は何をしていたのだろう、月島のためと思い奔走したが結果は月島を喜ばせるものでもない。
限界だった。
夢主は泣き崩れながら謝罪をする。
鯉登と月島は困惑しながら夢主をなだめる。
2人もはじめは鶴見を亡くしたことに対して泣いているのだろうと考えたのだろう。
しかし夢主は子供のように泣きながら、月島に対して「ごめんなさい」と繰り返す。
2人はどういうことかと顔を見合わせた。
月島が怪訝そうな顔をして問いかけた。
「俺に、何かしたんですか?」
「つ、月島の、許嫁、調べてたの。」
月島は驚いた様子で息を飲んだ。
泣きじゃくってつっかえつっかえになりながら、夢主は父から聞いたこと、東京でやってきたこと、聞いたことを話す。
いご草ちゃんが生きている。でも、もう結婚してしまっている。
そんな事実を伝えるためだけに飛び出したはずじゃなかった。
違和感を感じたからって、勝手な行動をして後悔している。
父に面と向かってちゃんと反抗すればよかった。自分一人で動かなきゃよかった。
月島を幸せにしたかったのに。ごめんなさい。自分勝手でごめんなさい。
支離滅裂になりながらもそんな言葉を繰り返した。
鯉登が夢主の頭を撫でた。
「夢主が頑張ったのは分かった。安心しろ、なあ、月島?わかっていたんだろう?」
鯉登が月島の肩をポンッとたたく。
月島は観念したようにため息をついた。
夢主はビク、と肩を震わせた。
「俺をみくびるな。」
そう短く月島が呟いた。
夢主の瞳は怯えた様子で月島を見つめる。
「過去を引きずっていたのは認める。」
月島は夢主の前にしゃがみこんで目線を合わせた。
「でも、今回の騒動の途中で気づいたんだ。鶴見中尉の嘘に。」
「え……。」
夢主は言葉をなくす。
驚きもあった。
だって父の嘘は、父の演技は完璧だったから。
「だから、もういいんだ。昔のことは。」
確かにいご草ちゃんのことが大切だった。
でもそれはもう過去のこと。月島のその言葉に嘘はなかった。
夢主を見つめて、月島はそっと手をとった。
そして夢主の手を握りながら真剣に語り掛ける。
「今後は前を向いて生きるつもりだ。夢主には一緒に生きてほしい。」
夢主はこくりと頷いて、月島の胸に飛び込んだ。
おわり。
【あとがき:なんだろうこれ原作沿い?じゃないな?原作の舞台で月島ifみたいなやつ。】