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月島
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勘違い/月島
※うちの長編とは別の時間軸の金塊戦争後のお話。
泥沼化していたアイヌの金塊騒動が終わった後、月島は鯉登の元で優秀な右腕として働いていた。
もう過激な争いで同志をなくさないように心に誓っていた。
ある時、まだまだ男社会の軍であったが、鯉登中将の意向もあって一部住み込みで働いてくれる女性を雇うこととなった。
採用するにあたって行った面接で、夢主という女性に月島は目を奪われた。
小柄でほっそりとしているが、目鼻立ちはしっかりといていて愛嬌のある顔立ち。
それでいて凛とした雰囲気を持ち合わせているため、他のどの女性よりも気立てが良さそうな印象だった。
何より、くるくるとウェーブのかかったようなふわふわな髪の毛が、月島のかつての想い人を連想させたのだ。
「夢主といいます。亡き兄が昔、こちらで兵役をしておりました。兵隊さんのお力になりたいと思います。」
そう挨拶をした彼女は真っ直ぐに月島を見つめていた。
ああ、よく似ているけど、違う。
古傷をえぐられたような気がしたが、彼女を私情で不採用にするわけにもいかない。
他にも何人も女性は雇うつもりでいるから、仕事が始まってしまえば彼女一人に執着することもないだろうと月島は彼女にも他の女性たちと同様に採用を言い渡した。
厳しい軍社会で、身の回りの世話や家事をしてくれる女中は重宝した。
彼女たちの多くは若い兵隊から見初められたいというような下心を感じるような人間だったが、仕事はまじめにこなしていたので見て見ぬふりをした。
あらかじめ、何か揉め事や問題を起こせばただでは済まさないと月島が男女双方に強く釘を打ったので、風紀が乱れるようなことはないだろう。
それでも、大勢の軍人がいるにも関わらず見た目にも経歴も立派で目立つ鯉登中将は物凄くモテた。
何人もの女性がきゃあきゃあと騒ぎながら鯉登が動くたびに追いかけている。
身分が違いすぎるため話しかけるようなことはないとはいえ、かなり持て囃されている状況だった。
夢主はというと、仕事に真面目に打ち込み愛想も良い。
どの兵隊にも平等に親切に接する姿勢から、多くの男性からの信頼を得ていた。
月島も例外ではなく、はじめこそ古傷を刺激されるのが嫌で必要以上に事務的な姿勢で夢主に接していた。
しかし、夢主はそんな月島に対しても持ち前の明るさで接していた。
夢主は愛嬌の良さから鯉登中将にも気に入られたのか、よく話しかけられている。
ほとんどは夕食の献立や珍しいお菓子についてなど他愛のない話題であったが。
それを他の女性たちが妬ましそうにしているが、軍の中で無視や村八分にするような動きをしていればたちまち追い出されることを知っている女性たちは手を出しあぐねているようだった。
そのうち仕事が誰よりもできる夢主は、ついに女中のリーダーとなった。
女性陣の働きをまとめ、仕事の割り振りなどを請け負ったり、兵たちからの要望を直接受ける窓口にもなった。
そうなってくると自然と月島と鯉登の二人が夢主と話すことが増えた。
夢主はリーダーになっても態度は変わらず誰とでも平等に話す。
親切で気配りのできる様子は相変わらずであった。
かといって気を許しすぎず、明るく振る舞いながら仕事をこなす彼女の人気はこの頃には男女問わず高かった。
しかし最近は鯉登と話すときに、夢主の顔には気を許しているような素の笑顔が見えるようなことがあった。
普通の人では気づけないようなそんなわずかな様子に月島が気付いたのは、誰よりも月島が夢主のことをよく見ていたからだろう。
月島自身は自覚はないが、とっくに夢主に惚れていた。
「鯉登さんってば、お茶目な人ですね。ねえ、月島さん?」
くすくすと夢主が笑って、それに鯉登も嬉しそうにしている。
呆然とそのやり取りを見ていた月島だったが、話しかけられてハッとした。
「ああ、そうだな。」なんてそれっぽく返してみたものの、話を聞いていないことに鯉登は気付いていたようだった。
調子が悪いのか、と夢主と別れてから改めて聞かれてしまった。
月島は夢主が鯉登のことを好いているのだろうと確信していた。
そんな素振りは見せないようにしているのだろうが、明らかに自分と鯉登中将の3人で話しているときの夢主の表情は、他の兵士や女性たちと話しているときとは違う。
時折顔を赤らめて笑っているその様子を近くで見せられて、月島は胸の奥が痛むのを感じた。
しかも運が悪いことに月島が違和感に気付いてから、時折夢主と鯉登が2人きりで話しているのを目撃してしまった。
話し声までは聞こえなかったがその時の夢主の表情といったら、まるで年頃の可憐な少女らしいものだった。
そうか、やはり夢主は鯉登中将が好きなのか。
確かに今までずっと右腕として働いている月島から見ても、少々手がかかる性格ではあるが女性からすれば頼りがいのある上に身分も良く容姿も整っている鯉登中将はあこがれの的であろうことに納得はいく。
それならば応援しなくてはならない、と月島はほのかに感じる胸の痛みを無視して夢主の恋路を応援しようとひそかに誓った。
そう決心してからは、夢主には今まで以上に業務的に接することに徹していた。
廊下を歩いていると夢主に話しかけられた。
「月島さん。」
その表情はおだやかではあったが、少し頬を赤らめていた。
そしてその手には夢主が手作りしたのであろう、小さな包みがあった。
きっとその袋の中には鯉登中将のお好きなお菓子が入っているに違いない。
そう思い込んだ月島は顔に出ないように注意していたが最近仕事がたまっていて疲れていたせいか、ふと口から言葉がこぼれてしまった。
「ああ、鯉登中将なら書斎にいらっしゃると思いますよ。」
「え?」
自分でも驚くほど冷たい口調になってしまった。
月島がしまった、と思う前に夢主が不思議そうに目を丸くした。
なぜ鯉登中将の居場所を月島が言ったのか分からないといった様子だった。
「えっと……?鯉登中将は書斎にいらっしゃるのですね。わかりました。」
不思議そうに月島が発した言葉を確認した夢主。
月島は自分のやるせなさに思わず眉間に皺を寄せて、目頭を押さえた。
そのまましばらく黙ってしまったが、夢主は困ったように月島を見上げている。
「……夢主さんは、鯉登中将がお好きなのでしょう。その菓子も中将への贈り物かと。」
誤魔化す言葉が思いつかなった月島は、諦めてため息交じりに呟いた。
もしかしたらいつも以上に冷たい物言いだったかもしれない。
その言葉を聞いた瞬間、夢主の目がこれ以上になく見開かれた。
ほら、図星だろう。
そう確信していた月島だったが、その大きく開かれた瞳からぽろっと一粒の涙が落ちた。
「あっ。す、すみません。書斎ですね、ありがとうございます……っ。」
月島がぎょっとした表情を浮かべた瞬間に、夢主は慌てて涙を隠すように階段を駆け上がっていってしまった。
好いているとばれたのがいやだったのだろうか。
いずれにせよ、月島は彼女を泣かせてしまったことにとてつもない罪悪感を感じた。
書斎に駆け込んだ夢主。
ノックもそこそこに、扉をあけて入ったため仕事をしていた鯉登は驚いた様子で固まった。
「夢主?どうした?」
扉に入ってすぐ、顔を押さえてしゃがみこんでしまった夢主。
鯉登は慌てて立ち上がると夢主の顔を覗き込む。
「……つ、月島さんに、……ぅぅ。」
「!?月島が何をした!」
鯉登は顔色を変えた。
まさか自分の信頼している部下がこんなにもよくしてくれる女性を泣かせるなんて、信じられないといった表情だ。
夢主は涙を拭うと深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。
「手作りしたお菓子を、月島さんにあげようとしたんですが……。その、私が鯉登中将を好いているのだろうと言われてしまいました。」
「は?」
鯉登はぽかんとした表情を浮かべた。
余談ではあるが、鯉登は夢主から恋愛相談を受けていた。
そう、夢主が好いているのは月島で、月島と鯉登と3人で話すとき普段と少々様子が違ったのは月島が近くにいることで緊張してしまったからなのだ。
夢主は、この気持ちを抑えきれずにしばしば鯉登に相談をしていたのだった。
鯉登は信頼している己の部下の月島が好かれていることが嬉しく、月島が好きであろう物や話題を教えていたが、皮肉にもそういった話題をしているときの夢主の表情から月島が盛大な勘違いをしてしまったというのが今回の騒動の原因である。
「仕事に真面目なのは良いことだと思っていたが、そこまで鈍いのか月島ァ……。」
鯉登は月島の堅物ぶりを知っていたものの予想以上に鈍いことに苛立ちをあらわにする。
鯉登としても月島のような気心の知れた男を好いてくれる真面目で良い娘である夢主の恋路を応援したかったようで、悔しそうにしていた。
結局その日はいつも通りに仕事をこなしながら、夢主は極力月島に会わないように過ごした。
月島も、気まずさからか夢主を見かけても話しかけないように避けてしまっていた。
その夜、月島は戸締りを確認するために外を巡回する。
当番の宿直者が警備をしているが、金塊戦争以来かなり人数の減ってしまった兵士たちには少しでも多く休んでもらいたいし、少ない人数では警備に穴があくこともある。
明かりを持ってゆっくりと外を歩いていると、住み込みで働いている夢主の部屋の明かりが小さくついた。
先ほどまで間違いなく女性たちが住み込みで働いている区画は暗く寝静まっている様子だった。
驚いて視線をそちらにやると、間もなく夢主が羽織と明かりをもって外に出てきた。
「夢主さん……。」
月島は夢主がわざわざ外に出てきたことに驚き、今日の気まずさを一瞬忘れていた。
しかしすぐに今日あったことを思い出すと、険しい表情をして頭を下げた。
「夢主さん、今日はすみませんでした。嫌な思いをさせてしまいました。」
「やだ、頭を上げてください。」
慌てて月島の謝罪を止めようとする夢主。
しかし月島はぴくりとも動かず、頭を下げ続けた。
「夢主さんの恋路のことは黙っています。約束します。俺はもう関わりませんので。」
そう伝えると、月島に顔を上げてもらおうとしていた夢主の動きが止まった。
「……ちが、違うんです。」
弱々しく呟いた夢主に、月島は驚いてしまい少し顔を上げた。
視線の先には、普段の凛とした様子からは考えられないくらいに困惑し、また暗がりでもわかるくらいに赤面している様子の夢主がいた。
これはいったいどういうことだろうか、と月島が顔を上げると、夢主は羽織の裾をぎゅっと握って言い放った。
「私、月島さんが好きなんです。」
その言葉を月島は一瞬理解できなかった。
聞き間違いかと思うが、何度も頭の中で夢主の言葉を反芻させていた。
「初めてお会いしたときから、月島さんが好きでした。」
緊張からだろうか泣き出しそうなほどに顔をゆがめて、耳まで赤くした夢主がぽつりぽつりと話始める。
見た目こそ違えど、月島の雰囲気が亡き兄に似ていると夢主は言った。
真面目であるところ・仏頂面だけど優しいところ・面倒見の良いところ、そんな風に何個も羅列する。
でも…と夢主は続けた。
「でも……月島さんにはご迷惑かと思って、内緒にしているつもりでした。鯉登中将にも相談に乗ってもらっていたんですよ。」
そう言い終えた夢主は、少し寂しそうに笑っていた。
月島は言葉をなくして唖然としていたが、今までの夢主の様子を思い返し色々なことが合点がいったようだ。
夢主はそんな月島に構うことなく続けた。
「本当にご迷惑をおかけしてすみません。私、早いうちに就職先を探して出ていきます。揉め事を起こしたらいけません、って決まりでしたものね。」
そんなことはない、と言いたいのに月島は言葉に詰まってしまった。
夢主は羽織の影から昼間見せていた菓子の入った巾着袋を出す。
「図々しいけど渡させてください。これ、月島さんのために作ったんです。どうぞ。」
「あ、ああ……。」
月島は小さな袋を受け取り、中に砂糖菓子が入っていることを手触りから確認した。
きっとこの和柄の可愛らしい巾着も、夢主が手縫いしたものだろう。
「……やっと渡せた。」
そう言って笑った夢主は、目じりに少し涙が浮かんでいたようだった。
ご迷惑をおかけしました、と頭を下げながら掠れた声で呟いて、夢主は月島に背を向けた。
彼女が歩き出してやっと、月島は夢主が去っていってしまうことを理解できて動くことができた。
「夢主さん……っ」
そう名前を呼んで、彼女の腕を掴む。
月島はほんの数歩しか動いていないのに、息が切れたような感覚を覚えていた。
「俺、っ……俺も、夢主さんを初めて見たとき……、いやその後もずっと好きでした。でも、鯉登中将の右腕として貴女の恋路を応援するつもりでした。勘違いしたことは謝ります。迷惑なんてとんでもない、貴女さえ良ければ、これからも一緒に居てほしいです。」
あんなにも言葉に詰まっていたのがウソのように、自然と言葉があふれ出ていた。
すらすらと告白の返事が出てきたことに月島自身が一番驚いていたが、夢主は一瞬驚いた様子を浮かべて、すぐに目に涙をいっぱいに溜めてくしゃくしゃになりながら嬉しそうに笑った。
「本当ですか?嬉しい……。」
泣きながら幸せそうな表情を見せる夢主に、月島はたまらなくなって彼女を引き寄せて抱きしめる。
月島の胸に顔を埋めながら、夢主は幸せそうにふふふと笑った。
月島も、しっかりと力強く彼女を抱きしめ続けていた。
少しの間沈黙。
兵舎の中庭にいる2人を夜の静寂が包み込む。
それも束の間、上階の部屋の窓がバンっと勢い良く開いて、明かりを持った鯉登が顔を出し叫んだ。
「月島ァ!よくやったァ!」
「えっ?」「鯉登中将!?」
その声を合図にしたように、バッとあちこちの宿舎に明かりが灯る。
驚いて二人が固まっていると、女中も兵士たちもあちこちの窓を開けて、皆で顔を出す。
おめでとうございます!やら歓声やら指笛やらが鳴り響き、まるでお祭り騒ぎのような状態に。
「みんな知ってたのですか!?」「どういうことですか鯉登中将!」
慌てて二人は離れ、月島は上に向かって叫ぶ。
月島の顔は羞恥心からか真っ赤に染まっていた。
鯉登は、ニヤリと笑うと偉そうに言い放った。
「月島は鈍い男だなぁ。皆知っていることだ。なあ?皆。」
そう観衆に呼び掛けると、男女問わずウンウンと頷いて、何人かはここぞとばかりに野次を飛ばしていた。
「月島軍曹、普段厳しいのに結局自分が夢主ちゃん射止めてんのズルイぞー!」「そうだそうだー!俺たちも恋愛させろー!」「私も鯉登中将と付き合いたいわ!」「あっずるい私も私もー!」などと、次々に声が上がり最終的には皆が言いたい放題叫び収集がつかなくなった。
こうして、今回の騒動が原因となって月島と夢主は公認の夫婦となり、更に兵舎内での自由恋愛が決定。
恋愛トラブルは月島と夢主夫婦が取り成すことになったので、安心して恋愛ができるようになりましたとさ。めでたしめでたし。
おわり。
【あとがき:旧日本軍(特に月島と鯉登)が平時に何をしていたのか知らんので、やりたい放題やりました☆】
※うちの長編とは別の時間軸の金塊戦争後のお話。
泥沼化していたアイヌの金塊騒動が終わった後、月島は鯉登の元で優秀な右腕として働いていた。
もう過激な争いで同志をなくさないように心に誓っていた。
ある時、まだまだ男社会の軍であったが、鯉登中将の意向もあって一部住み込みで働いてくれる女性を雇うこととなった。
採用するにあたって行った面接で、夢主という女性に月島は目を奪われた。
小柄でほっそりとしているが、目鼻立ちはしっかりといていて愛嬌のある顔立ち。
それでいて凛とした雰囲気を持ち合わせているため、他のどの女性よりも気立てが良さそうな印象だった。
何より、くるくるとウェーブのかかったようなふわふわな髪の毛が、月島のかつての想い人を連想させたのだ。
「夢主といいます。亡き兄が昔、こちらで兵役をしておりました。兵隊さんのお力になりたいと思います。」
そう挨拶をした彼女は真っ直ぐに月島を見つめていた。
ああ、よく似ているけど、違う。
古傷をえぐられたような気がしたが、彼女を私情で不採用にするわけにもいかない。
他にも何人も女性は雇うつもりでいるから、仕事が始まってしまえば彼女一人に執着することもないだろうと月島は彼女にも他の女性たちと同様に採用を言い渡した。
厳しい軍社会で、身の回りの世話や家事をしてくれる女中は重宝した。
彼女たちの多くは若い兵隊から見初められたいというような下心を感じるような人間だったが、仕事はまじめにこなしていたので見て見ぬふりをした。
あらかじめ、何か揉め事や問題を起こせばただでは済まさないと月島が男女双方に強く釘を打ったので、風紀が乱れるようなことはないだろう。
それでも、大勢の軍人がいるにも関わらず見た目にも経歴も立派で目立つ鯉登中将は物凄くモテた。
何人もの女性がきゃあきゃあと騒ぎながら鯉登が動くたびに追いかけている。
身分が違いすぎるため話しかけるようなことはないとはいえ、かなり持て囃されている状況だった。
夢主はというと、仕事に真面目に打ち込み愛想も良い。
どの兵隊にも平等に親切に接する姿勢から、多くの男性からの信頼を得ていた。
月島も例外ではなく、はじめこそ古傷を刺激されるのが嫌で必要以上に事務的な姿勢で夢主に接していた。
しかし、夢主はそんな月島に対しても持ち前の明るさで接していた。
夢主は愛嬌の良さから鯉登中将にも気に入られたのか、よく話しかけられている。
ほとんどは夕食の献立や珍しいお菓子についてなど他愛のない話題であったが。
それを他の女性たちが妬ましそうにしているが、軍の中で無視や村八分にするような動きをしていればたちまち追い出されることを知っている女性たちは手を出しあぐねているようだった。
そのうち仕事が誰よりもできる夢主は、ついに女中のリーダーとなった。
女性陣の働きをまとめ、仕事の割り振りなどを請け負ったり、兵たちからの要望を直接受ける窓口にもなった。
そうなってくると自然と月島と鯉登の二人が夢主と話すことが増えた。
夢主はリーダーになっても態度は変わらず誰とでも平等に話す。
親切で気配りのできる様子は相変わらずであった。
かといって気を許しすぎず、明るく振る舞いながら仕事をこなす彼女の人気はこの頃には男女問わず高かった。
しかし最近は鯉登と話すときに、夢主の顔には気を許しているような素の笑顔が見えるようなことがあった。
普通の人では気づけないようなそんなわずかな様子に月島が気付いたのは、誰よりも月島が夢主のことをよく見ていたからだろう。
月島自身は自覚はないが、とっくに夢主に惚れていた。
「鯉登さんってば、お茶目な人ですね。ねえ、月島さん?」
くすくすと夢主が笑って、それに鯉登も嬉しそうにしている。
呆然とそのやり取りを見ていた月島だったが、話しかけられてハッとした。
「ああ、そうだな。」なんてそれっぽく返してみたものの、話を聞いていないことに鯉登は気付いていたようだった。
調子が悪いのか、と夢主と別れてから改めて聞かれてしまった。
月島は夢主が鯉登のことを好いているのだろうと確信していた。
そんな素振りは見せないようにしているのだろうが、明らかに自分と鯉登中将の3人で話しているときの夢主の表情は、他の兵士や女性たちと話しているときとは違う。
時折顔を赤らめて笑っているその様子を近くで見せられて、月島は胸の奥が痛むのを感じた。
しかも運が悪いことに月島が違和感に気付いてから、時折夢主と鯉登が2人きりで話しているのを目撃してしまった。
話し声までは聞こえなかったがその時の夢主の表情といったら、まるで年頃の可憐な少女らしいものだった。
そうか、やはり夢主は鯉登中将が好きなのか。
確かに今までずっと右腕として働いている月島から見ても、少々手がかかる性格ではあるが女性からすれば頼りがいのある上に身分も良く容姿も整っている鯉登中将はあこがれの的であろうことに納得はいく。
それならば応援しなくてはならない、と月島はほのかに感じる胸の痛みを無視して夢主の恋路を応援しようとひそかに誓った。
そう決心してからは、夢主には今まで以上に業務的に接することに徹していた。
廊下を歩いていると夢主に話しかけられた。
「月島さん。」
その表情はおだやかではあったが、少し頬を赤らめていた。
そしてその手には夢主が手作りしたのであろう、小さな包みがあった。
きっとその袋の中には鯉登中将のお好きなお菓子が入っているに違いない。
そう思い込んだ月島は顔に出ないように注意していたが最近仕事がたまっていて疲れていたせいか、ふと口から言葉がこぼれてしまった。
「ああ、鯉登中将なら書斎にいらっしゃると思いますよ。」
「え?」
自分でも驚くほど冷たい口調になってしまった。
月島がしまった、と思う前に夢主が不思議そうに目を丸くした。
なぜ鯉登中将の居場所を月島が言ったのか分からないといった様子だった。
「えっと……?鯉登中将は書斎にいらっしゃるのですね。わかりました。」
不思議そうに月島が発した言葉を確認した夢主。
月島は自分のやるせなさに思わず眉間に皺を寄せて、目頭を押さえた。
そのまましばらく黙ってしまったが、夢主は困ったように月島を見上げている。
「……夢主さんは、鯉登中将がお好きなのでしょう。その菓子も中将への贈り物かと。」
誤魔化す言葉が思いつかなった月島は、諦めてため息交じりに呟いた。
もしかしたらいつも以上に冷たい物言いだったかもしれない。
その言葉を聞いた瞬間、夢主の目がこれ以上になく見開かれた。
ほら、図星だろう。
そう確信していた月島だったが、その大きく開かれた瞳からぽろっと一粒の涙が落ちた。
「あっ。す、すみません。書斎ですね、ありがとうございます……っ。」
月島がぎょっとした表情を浮かべた瞬間に、夢主は慌てて涙を隠すように階段を駆け上がっていってしまった。
好いているとばれたのがいやだったのだろうか。
いずれにせよ、月島は彼女を泣かせてしまったことにとてつもない罪悪感を感じた。
書斎に駆け込んだ夢主。
ノックもそこそこに、扉をあけて入ったため仕事をしていた鯉登は驚いた様子で固まった。
「夢主?どうした?」
扉に入ってすぐ、顔を押さえてしゃがみこんでしまった夢主。
鯉登は慌てて立ち上がると夢主の顔を覗き込む。
「……つ、月島さんに、……ぅぅ。」
「!?月島が何をした!」
鯉登は顔色を変えた。
まさか自分の信頼している部下がこんなにもよくしてくれる女性を泣かせるなんて、信じられないといった表情だ。
夢主は涙を拭うと深呼吸をしてからゆっくりと話し始めた。
「手作りしたお菓子を、月島さんにあげようとしたんですが……。その、私が鯉登中将を好いているのだろうと言われてしまいました。」
「は?」
鯉登はぽかんとした表情を浮かべた。
余談ではあるが、鯉登は夢主から恋愛相談を受けていた。
そう、夢主が好いているのは月島で、月島と鯉登と3人で話すとき普段と少々様子が違ったのは月島が近くにいることで緊張してしまったからなのだ。
夢主は、この気持ちを抑えきれずにしばしば鯉登に相談をしていたのだった。
鯉登は信頼している己の部下の月島が好かれていることが嬉しく、月島が好きであろう物や話題を教えていたが、皮肉にもそういった話題をしているときの夢主の表情から月島が盛大な勘違いをしてしまったというのが今回の騒動の原因である。
「仕事に真面目なのは良いことだと思っていたが、そこまで鈍いのか月島ァ……。」
鯉登は月島の堅物ぶりを知っていたものの予想以上に鈍いことに苛立ちをあらわにする。
鯉登としても月島のような気心の知れた男を好いてくれる真面目で良い娘である夢主の恋路を応援したかったようで、悔しそうにしていた。
結局その日はいつも通りに仕事をこなしながら、夢主は極力月島に会わないように過ごした。
月島も、気まずさからか夢主を見かけても話しかけないように避けてしまっていた。
その夜、月島は戸締りを確認するために外を巡回する。
当番の宿直者が警備をしているが、金塊戦争以来かなり人数の減ってしまった兵士たちには少しでも多く休んでもらいたいし、少ない人数では警備に穴があくこともある。
明かりを持ってゆっくりと外を歩いていると、住み込みで働いている夢主の部屋の明かりが小さくついた。
先ほどまで間違いなく女性たちが住み込みで働いている区画は暗く寝静まっている様子だった。
驚いて視線をそちらにやると、間もなく夢主が羽織と明かりをもって外に出てきた。
「夢主さん……。」
月島は夢主がわざわざ外に出てきたことに驚き、今日の気まずさを一瞬忘れていた。
しかしすぐに今日あったことを思い出すと、険しい表情をして頭を下げた。
「夢主さん、今日はすみませんでした。嫌な思いをさせてしまいました。」
「やだ、頭を上げてください。」
慌てて月島の謝罪を止めようとする夢主。
しかし月島はぴくりとも動かず、頭を下げ続けた。
「夢主さんの恋路のことは黙っています。約束します。俺はもう関わりませんので。」
そう伝えると、月島に顔を上げてもらおうとしていた夢主の動きが止まった。
「……ちが、違うんです。」
弱々しく呟いた夢主に、月島は驚いてしまい少し顔を上げた。
視線の先には、普段の凛とした様子からは考えられないくらいに困惑し、また暗がりでもわかるくらいに赤面している様子の夢主がいた。
これはいったいどういうことだろうか、と月島が顔を上げると、夢主は羽織の裾をぎゅっと握って言い放った。
「私、月島さんが好きなんです。」
その言葉を月島は一瞬理解できなかった。
聞き間違いかと思うが、何度も頭の中で夢主の言葉を反芻させていた。
「初めてお会いしたときから、月島さんが好きでした。」
緊張からだろうか泣き出しそうなほどに顔をゆがめて、耳まで赤くした夢主がぽつりぽつりと話始める。
見た目こそ違えど、月島の雰囲気が亡き兄に似ていると夢主は言った。
真面目であるところ・仏頂面だけど優しいところ・面倒見の良いところ、そんな風に何個も羅列する。
でも…と夢主は続けた。
「でも……月島さんにはご迷惑かと思って、内緒にしているつもりでした。鯉登中将にも相談に乗ってもらっていたんですよ。」
そう言い終えた夢主は、少し寂しそうに笑っていた。
月島は言葉をなくして唖然としていたが、今までの夢主の様子を思い返し色々なことが合点がいったようだ。
夢主はそんな月島に構うことなく続けた。
「本当にご迷惑をおかけしてすみません。私、早いうちに就職先を探して出ていきます。揉め事を起こしたらいけません、って決まりでしたものね。」
そんなことはない、と言いたいのに月島は言葉に詰まってしまった。
夢主は羽織の影から昼間見せていた菓子の入った巾着袋を出す。
「図々しいけど渡させてください。これ、月島さんのために作ったんです。どうぞ。」
「あ、ああ……。」
月島は小さな袋を受け取り、中に砂糖菓子が入っていることを手触りから確認した。
きっとこの和柄の可愛らしい巾着も、夢主が手縫いしたものだろう。
「……やっと渡せた。」
そう言って笑った夢主は、目じりに少し涙が浮かんでいたようだった。
ご迷惑をおかけしました、と頭を下げながら掠れた声で呟いて、夢主は月島に背を向けた。
彼女が歩き出してやっと、月島は夢主が去っていってしまうことを理解できて動くことができた。
「夢主さん……っ」
そう名前を呼んで、彼女の腕を掴む。
月島はほんの数歩しか動いていないのに、息が切れたような感覚を覚えていた。
「俺、っ……俺も、夢主さんを初めて見たとき……、いやその後もずっと好きでした。でも、鯉登中将の右腕として貴女の恋路を応援するつもりでした。勘違いしたことは謝ります。迷惑なんてとんでもない、貴女さえ良ければ、これからも一緒に居てほしいです。」
あんなにも言葉に詰まっていたのがウソのように、自然と言葉があふれ出ていた。
すらすらと告白の返事が出てきたことに月島自身が一番驚いていたが、夢主は一瞬驚いた様子を浮かべて、すぐに目に涙をいっぱいに溜めてくしゃくしゃになりながら嬉しそうに笑った。
「本当ですか?嬉しい……。」
泣きながら幸せそうな表情を見せる夢主に、月島はたまらなくなって彼女を引き寄せて抱きしめる。
月島の胸に顔を埋めながら、夢主は幸せそうにふふふと笑った。
月島も、しっかりと力強く彼女を抱きしめ続けていた。
少しの間沈黙。
兵舎の中庭にいる2人を夜の静寂が包み込む。
それも束の間、上階の部屋の窓がバンっと勢い良く開いて、明かりを持った鯉登が顔を出し叫んだ。
「月島ァ!よくやったァ!」
「えっ?」「鯉登中将!?」
その声を合図にしたように、バッとあちこちの宿舎に明かりが灯る。
驚いて二人が固まっていると、女中も兵士たちもあちこちの窓を開けて、皆で顔を出す。
おめでとうございます!やら歓声やら指笛やらが鳴り響き、まるでお祭り騒ぎのような状態に。
「みんな知ってたのですか!?」「どういうことですか鯉登中将!」
慌てて二人は離れ、月島は上に向かって叫ぶ。
月島の顔は羞恥心からか真っ赤に染まっていた。
鯉登は、ニヤリと笑うと偉そうに言い放った。
「月島は鈍い男だなぁ。皆知っていることだ。なあ?皆。」
そう観衆に呼び掛けると、男女問わずウンウンと頷いて、何人かはここぞとばかりに野次を飛ばしていた。
「月島軍曹、普段厳しいのに結局自分が夢主ちゃん射止めてんのズルイぞー!」「そうだそうだー!俺たちも恋愛させろー!」「私も鯉登中将と付き合いたいわ!」「あっずるい私も私もー!」などと、次々に声が上がり最終的には皆が言いたい放題叫び収集がつかなくなった。
こうして、今回の騒動が原因となって月島と夢主は公認の夫婦となり、更に兵舎内での自由恋愛が決定。
恋愛トラブルは月島と夢主夫婦が取り成すことになったので、安心して恋愛ができるようになりましたとさ。めでたしめでたし。
おわり。
【あとがき:旧日本軍(特に月島と鯉登)が平時に何をしていたのか知らんので、やりたい放題やりました☆】