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鯉登
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お見合い/鯉登
「ちょっと聞いてるの夢主。」
母に不機嫌そうに言われてはっと我に返る。
「聞いてるよ、お母さん。」
そう?ならいいけど、と母は私の着物の合わせを直す。
「鯉登さんところの息子さんとのお見合いなんてこんな良い機会ないんだから、しっかりしなさいな。」
それが気乗りしないんだよなぁ……。
私は家が飯屋なだけで普通の家庭の一人娘。
それがなんで海軍のお偉いさんのお坊ちゃまと縁談なんか来るのだ。
以前に一度、気品の高そうな馬車に乗ってうちの店に来ただけだ。
別に慎ましい生活に不満があるわけではないが、お金持ちのボンボンにうちの料理が口に合ったとは思えない。
うちの店で食事する彼をなんと場違いな、と思ったのを覚えている。
父は無口で頑固な料理人、母は肝っ玉母ちゃんで有名。
二人共お店があるからと娘の大事な縁談の日に一人で行かせるのだから意味が分からない。
しゃきっとしなさい、と背中を押されて私は仕方なしに屋敷へ向かった。
指定された屋敷に入ると、女中さんだろうか、私と同じ歳くらいの女性が案内してくださる。
女中はお坊ちゃまは突き当りの奥の部屋だと教えてくれたが、手前で下がってしまった。
こういうときって、部屋の中の人に声かけてくれないの?
そういった上流階級のやり取りに馴染みのない私は戸惑ってしまった。
とはいえ、ここで立ち止まっていても仕方がない。
適当に話をして縁談を流して帰ってお店の手伝いをしよう。
その辺の町娘がお偉いさんの縁談を断っただなんてことになったら噂が広まってしまうが、元々がさつな女で通っている私ならお坊ちゃまに嫌われた返品の烙印を押される程度で済む。
私は色恋沙汰より仕事をしている方が向いている。
座敷の前でいったん正座をして、深呼吸。
「鯉登様。」
襖越しに声をかけると、中から男性の声で返事がある。
それを聞いてから私は襖を開けた。
そして名乗ろうとする前に彼は続けた。
「む。女中か。」
えっ、違いますけど、と言おうとしたが、驚いたのと緊張したせいで言葉が出てこなくて間が空いてしまった。
彼は私に背を向けて正座をしていて、山吹色の軍服を身にまとい、姿勢が良く、座っていても上背があることがわかった。
私が戸惑っている間に彼は続ける。
「女中に頼むようなことではないのだが、話を聞いてほしい。その、今日の予行練習させてはくれないか。」
「はい……?」
状況が飲み込めずにいると、私の曖昧な返事を肯定と取ったのだろう、彼はゴホン、と咳ばらいをした。
ああもしかして……先ほどの女中と私は歳が同じくらいだから間違えているのではと気づいたときには、彼は背を向けたまま話を始めてしまっていた。
「私が夢主殿を初めて見たのは店に行くよりもずっと前だ。
その日は非番で私服だったからきっと分からなかったと思う。
急な夕立に見舞われてびしょ濡れで雨宿りに店の前に立ち寄ったときだ。
夢主殿は店の客ではなかった私に手ぬぐいをくれた。
そして自分で拭けると言っているのに体を拭いてくれた。
女子にそのようなことをされたことは物心ついてからはなかった。
私が女子がはしたない、とつい零すと、夢主殿は自分が馬鹿にされることなんかよりも私が雨に濡れて風邪を引く方が大変だと叱ってくれた。
それが私にはとても嬉しかったのだ。
これまでの人生、父にも周りの部下たちにも顔色を窺い、窺われて生きてきた私にとっては衝撃だった。
それからというもの、夢主殿のことが頭から離れずにいた。
次に店に入ったときは軍服を着ていたから夢主殿は覚えていると思う。
夢主殿に話しかけたかったのだが、店に入るまでに勇気を使い果たしてしまって何も話しかけられずに終わった。
その後は恥ずかしいことに夢主殿を遠巻きに見つめることしかできなかった。
夢主殿の母上にはじゃじゃ馬で貰い手がいないと言われたとき、失礼だろうが私はとても嬉しかった。
私は夢主殿を観察していたから知っている。
本当は心の優しい女性であると。
腹を空かせた孤児にこっそりと店の飯を分け与えていたことや、買い出し途中に老人や町の人たちを助けて歩いているのを見たこともある。
そのような心優しくて強い貴女に惹かれてしまったので、どうか結婚を前提にお付き合いさせていただけないだろうか。」
私はそれを聞いているうちに顔が熱くなるのを感じた。
恐らくゆでだこのような顔をしているに違いない。
タイミングが悪いことに、鯉登さんは全て言い終えて一息ついたところで「どうだった」と言ってこちらへ振り替える。
そしてキエエッと猿叫を上げて飛び上がる。
相当驚いたのだろう、尻餅をついて口をパクパクさせていた。
「夢主殿……!?いつからそこに!!?」
「さ、最初からですぅ……。」
真っ赤になってしまっただろう顔を両手で覆う。
今まで殿方から本気で口説かれた経験などない。
初めて覚える感情に戸惑い、涙が浮かんだ。
鯉登さんは全て聞かれていたとわかると吹っ切れてしまったのだろうか、スッと立ち上がる。
そして未だ座敷に入れてすらいない私の前に来るとそのまま勢いよく抱きしめた。
「絶対幸せにすっ!といえしてくれ!」
急な方言と抱きしめられたことに動揺したが、鯉登さんの真剣な表情を見てなんとなく言いたいことがわかってしまった。
「……不束者ですが、よろしくお願い致します……。」
絶対幸せにする!結婚してくれ、でした。
おわり。
「ちょっと聞いてるの夢主。」
母に不機嫌そうに言われてはっと我に返る。
「聞いてるよ、お母さん。」
そう?ならいいけど、と母は私の着物の合わせを直す。
「鯉登さんところの息子さんとのお見合いなんてこんな良い機会ないんだから、しっかりしなさいな。」
それが気乗りしないんだよなぁ……。
私は家が飯屋なだけで普通の家庭の一人娘。
それがなんで海軍のお偉いさんのお坊ちゃまと縁談なんか来るのだ。
以前に一度、気品の高そうな馬車に乗ってうちの店に来ただけだ。
別に慎ましい生活に不満があるわけではないが、お金持ちのボンボンにうちの料理が口に合ったとは思えない。
うちの店で食事する彼をなんと場違いな、と思ったのを覚えている。
父は無口で頑固な料理人、母は肝っ玉母ちゃんで有名。
二人共お店があるからと娘の大事な縁談の日に一人で行かせるのだから意味が分からない。
しゃきっとしなさい、と背中を押されて私は仕方なしに屋敷へ向かった。
指定された屋敷に入ると、女中さんだろうか、私と同じ歳くらいの女性が案内してくださる。
女中はお坊ちゃまは突き当りの奥の部屋だと教えてくれたが、手前で下がってしまった。
こういうときって、部屋の中の人に声かけてくれないの?
そういった上流階級のやり取りに馴染みのない私は戸惑ってしまった。
とはいえ、ここで立ち止まっていても仕方がない。
適当に話をして縁談を流して帰ってお店の手伝いをしよう。
その辺の町娘がお偉いさんの縁談を断っただなんてことになったら噂が広まってしまうが、元々がさつな女で通っている私ならお坊ちゃまに嫌われた返品の烙印を押される程度で済む。
私は色恋沙汰より仕事をしている方が向いている。
座敷の前でいったん正座をして、深呼吸。
「鯉登様。」
襖越しに声をかけると、中から男性の声で返事がある。
それを聞いてから私は襖を開けた。
そして名乗ろうとする前に彼は続けた。
「む。女中か。」
えっ、違いますけど、と言おうとしたが、驚いたのと緊張したせいで言葉が出てこなくて間が空いてしまった。
彼は私に背を向けて正座をしていて、山吹色の軍服を身にまとい、姿勢が良く、座っていても上背があることがわかった。
私が戸惑っている間に彼は続ける。
「女中に頼むようなことではないのだが、話を聞いてほしい。その、今日の予行練習させてはくれないか。」
「はい……?」
状況が飲み込めずにいると、私の曖昧な返事を肯定と取ったのだろう、彼はゴホン、と咳ばらいをした。
ああもしかして……先ほどの女中と私は歳が同じくらいだから間違えているのではと気づいたときには、彼は背を向けたまま話を始めてしまっていた。
「私が夢主殿を初めて見たのは店に行くよりもずっと前だ。
その日は非番で私服だったからきっと分からなかったと思う。
急な夕立に見舞われてびしょ濡れで雨宿りに店の前に立ち寄ったときだ。
夢主殿は店の客ではなかった私に手ぬぐいをくれた。
そして自分で拭けると言っているのに体を拭いてくれた。
女子にそのようなことをされたことは物心ついてからはなかった。
私が女子がはしたない、とつい零すと、夢主殿は自分が馬鹿にされることなんかよりも私が雨に濡れて風邪を引く方が大変だと叱ってくれた。
それが私にはとても嬉しかったのだ。
これまでの人生、父にも周りの部下たちにも顔色を窺い、窺われて生きてきた私にとっては衝撃だった。
それからというもの、夢主殿のことが頭から離れずにいた。
次に店に入ったときは軍服を着ていたから夢主殿は覚えていると思う。
夢主殿に話しかけたかったのだが、店に入るまでに勇気を使い果たしてしまって何も話しかけられずに終わった。
その後は恥ずかしいことに夢主殿を遠巻きに見つめることしかできなかった。
夢主殿の母上にはじゃじゃ馬で貰い手がいないと言われたとき、失礼だろうが私はとても嬉しかった。
私は夢主殿を観察していたから知っている。
本当は心の優しい女性であると。
腹を空かせた孤児にこっそりと店の飯を分け与えていたことや、買い出し途中に老人や町の人たちを助けて歩いているのを見たこともある。
そのような心優しくて強い貴女に惹かれてしまったので、どうか結婚を前提にお付き合いさせていただけないだろうか。」
私はそれを聞いているうちに顔が熱くなるのを感じた。
恐らくゆでだこのような顔をしているに違いない。
タイミングが悪いことに、鯉登さんは全て言い終えて一息ついたところで「どうだった」と言ってこちらへ振り替える。
そしてキエエッと猿叫を上げて飛び上がる。
相当驚いたのだろう、尻餅をついて口をパクパクさせていた。
「夢主殿……!?いつからそこに!!?」
「さ、最初からですぅ……。」
真っ赤になってしまっただろう顔を両手で覆う。
今まで殿方から本気で口説かれた経験などない。
初めて覚える感情に戸惑い、涙が浮かんだ。
鯉登さんは全て聞かれていたとわかると吹っ切れてしまったのだろうか、スッと立ち上がる。
そして未だ座敷に入れてすらいない私の前に来るとそのまま勢いよく抱きしめた。
「絶対幸せにすっ!といえしてくれ!」
急な方言と抱きしめられたことに動揺したが、鯉登さんの真剣な表情を見てなんとなく言いたいことがわかってしまった。
「……不束者ですが、よろしくお願い致します……。」
絶対幸せにする!結婚してくれ、でした。
おわり。