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尾形
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泣き地蔵/尾形
「尾形百之助」こと俺はこの人生をもう何回も繰り返している。
何度やってもループに入る。
そして何故繰り返されるのか分からないまま過ごしている。
俺の悩みの種はこの繰り返される人生だけではなく、前世の記憶によるものもあるのだから厄介だ。
前世の記憶はぼんやりとしたものだが、恐らく明治時代の日本軍にいたようだ。
どうやら母を殺し、父を殺し、腹違いの弟を殺し、なにか掴みたいものを探し続ける中で俺は散ったようだった。
幸か不幸か、今世では自分が殺した彼らには会っていない。
俺がこうやって繰り返すことで誰かにメリットがあるのだろうかと考える。
万一利益がある者がいるとしたら、人間ではない神に当たる種族なのだろうと漠然と考えた。
知った顔、知った出来事、知った味、知った会話・・・新鮮なものは何一つないただ続く日々を過ごす。
いつも通り出勤し、いつも通りの仕事をやる。
もう何回も同じことをやっているのだから、デスクワークなのに単純作業のバイトで工場で働いているような気分になる。
どんなに何かを積み重ねても、それらはたった数日で無となる。
もしかしたらこのループ地獄は俺の前世の業から来ているのかもしれない。
この人生での償い方の分からない俺は、ひたすら地獄を歩いていた。
ループに入るタイミングは様々で、1日を終えたらきっかり1日分時間が巻き戻っていたこともあったし、退社しようとしたら出社時間だったこともあった。
また2日~5日程度進んだかと思えばまた週の初めに戻っていることもあった。
1か月戻ったときは、さすがに辛くてもう自殺でもしようかと思ったほどだった。
きっかけが何かあるのだろうと思って探していたが、まったくわからない。
細かい部分で違う選択肢を選んだとしても、数日単位で巻き戻されると何が原因なのか見当もつかない。
もう一回、もう一回と繰り返すうちに、自分が何のために生きているのか分からなくなってきた。
これ以上前世の罪を考えながら生きるのは疲れた。
夢主サイド********************
私は夢主、何の変哲もないOL。
普通の家庭に生まれ、普通の友達に囲まれて育ち、普通の大学、普通の会社に入った。
そんな中で人並みに楽しいこと、悲しいことを経験して生きていると思っている。
普通であることを自覚しているからこそ、平凡に生きることを心がけている。
そんな私の最近のちょっとしたマイブームは、同じ職場の尾形さんを観察すること。
2つ上の尾形さんは私が新卒で入ってからずっと同じ課にいて、仕事以外での会話はほとんどない。
普段から無口な人で、どこかアンニュイというか、暗い雰囲気のある人だった。
何故そんな人に興味を持つのかというと、昨日不思議なことがあったのだ。
A社という取引先からの問い合わせ内容が私が入社するよりも前のことで、前任の担当者が尾形さんだったことから私は尾形さんに話しかけた。
私はあらかじめその時の資料と思われるものを手に持って、尾形さんのデスクへ行った。
その時の私は確かに、尾形さんに対して「あのぅ……ちょっとお聞きしたいのですが」と声をかけただけだった。
なのに尾形さんはこちらを見ることなく「A社の資料はそれじゃない。」と即答したのだ。
私は驚いて固まってしまったが、尾形さんは私の顔をちらりとも見ずにA社の資料の場所と、問い合わせ内容に限りなく近い答えをボソボソと喋っていた。
かろうじて肝心な部分は聞き取れていたので、「ぁ……ありがとうございました。」とお礼を言って頭を下げたが、動揺のあまり尾形さんの顔をまじまじと見つめてしまっていた。
尾形さんはやっと私の方を見て、「なんだ?」と不機嫌そうに聞いてきたため、私は慌てて自分の席に戻った。
あの人きっとエスパーなんだ!
尾形サイド********************
あー……今回のループはスパンが長い。
1日でループするときなんかはまだマシだが、一週間とか一か月戻るとなるとさすがに積み上げたものが崩れた感じがしてしんどい。
無間地獄にいるような気分だ。実際ここは地獄だと思う。
もちろんループするとはいえ、多少ではあるが毎回新しいこともあったりする。
ただ、その新しいことは俺の記憶力の限界が原因で、もしかしたら覚えていないだけで過去のループですでにあったことかもしれないと、もはや自分自身が信用できない域にまで到達していた。
今回の新しいことは同じ職場の後輩だった。
夢主というその女からやけに視線を感じる。
いつもは自分から何か働きかけて新しいことを起こしているが、こと今回に限っては自分から何かをした記憶がない。
無意識に女の興味を惹くことをしてしまったのだろうか。
女がループから脱出するきっかけになる可能性はとてつもなく低く感じた。
何故ならその女は全くといっていいほど特徴がなく、ここまでのループの中でも俺が何をしようが言動に変動がないやつだったからだ。
ゲームで言うところのNPCに近く、他者への影響が限りなく低い女だった。
だから今回の「新しいこと」である「夢主」には俺は何の期待もしていなかった。
夢主サイド********************
引き続き尾形さんを観察しているけれど、わかったことは1つだけ。
あの人は物凄くとっつきにくい性格ってことだけだった。
何か話しかけても素っ気ないし、そもそも話しかけるなっていうオーラが強すぎる。
特に私だけに厳しいってわけではないけれど、そもそも他人に興味がないことがひしひしと伝わる。
だがしかし平々凡々に生きてきた私としてはその態度に傷つくほど繊細でもなく、むしろ慣れっこだった。
何なら最初から期待されていない分、話しかけやすいまである。
毎日毎日を普通に過ごしていると、時々物凄く枠から外れたことがしたくなる。
もちろん犯罪のような他人様に迷惑のかかるようなことはしないし、私にとっての枠越えなんて、帰り道にちょっと良いケーキを買うとかそんな程度で十分だ。
でも、今回の尾形さんに関してはケーキがワンホールケーキとかウエディングケーキ並のものになりそうな予感だった。
「尾形さん?大丈夫ですか!?」
たまたま半分倉庫のような状態になっている資料室に入ったとき、尾形さんが先にいた。
正しくは壁にもたれかかるようにして、彼はしゃがみ込んでいたのだ。
体調が悪いのだろうかと思って慌てて駆け寄るも、彼は私を見て困惑した表情を浮かべるだけだった。
尾形サイド********************
今回の「変化」は期待に反して色々とあった。
とにかく夢主に物凄く話しかけられる。
視線だけではなく、実際にあれこれ世間話をしてくるのだから驚いた。
だがそれでもまたいずれループするのだろうと思うと、飲みに誘われても、遊びに誘われても、ランチですら俺は断っていた。
ともあれ今日で一か月が終わる。
恐らく、今日を終えたらきっとまた今月になるのだ。
ループの中でこれ以上月日が進んだことはなかった。
資料室で調べもの(といってもほぼ内容は頭に入っているので、不自然じゃない程度に時間を潰しているだけだが)をしていると、不意に強い頭痛に襲われた。
いつもループに入るタイミングでさえ体調には何ら変わりがなかった。
むしろ体調が安定しているからこそ、この繰り返しの人生は気が狂いそうになるほど辛い日々だった。
資料を足元に落としてしゃがみ込む、それだけでは倒れそうになって、咄嗟にすぐ傍にあった壁にもたれかった。
こんなことは、初めてだ。
動揺していると資料室の扉が開いた。
何故だかまずい、と本能的に感じる。
あの女の、夢主の声がして、俺に駆け寄ってくるのがわかった。
女が俺の肩に手を置いた瞬間、時間が巻き戻った。
夢主サイド********************
「え……っ」
気が付くと、私は尾形さんのデスクの横にいた。
あれ、今、尾形さんが資料室でしゃがみ込んでて……?
ちんぷんかんぷんなまま、キョロキョロとあたりを見渡していると、尾形さんも目を丸くしてデスクの前に座っている。
私たちだけが状況が飲み込めていないような態度でいて、他の皆はいつも通りに仕事をしている。
私の手元を見ると、私が以前にA社の資料だと思って前に尾形さんに持って行ったものが握られていた。
「ぇ、ぇ、今……。」
普段冷静な尾形さんが珍しく変な汗をかいている。
「お、尾形さん……。」
「何も言うな。A社の資料の場所を教えるからついてこい……。」
尾形さんは混乱する私に、ため息を大きくついてから立ち上がった。
尾形サイド********************
最悪だ。
一か月を目前にループしたことじゃあない。
最悪なのは、夢主も俺と一緒に巻き戻ったことだった。
これがどういうことを意味するのか、俺は一瞬で理解した。
今後は夢主にも、俺のせいで起きているであろうこの地獄を体験させてしまうということだ。
俺が今まで耐えてきた時間以上に、今後は夢主もループする可能性が高まった。
こんなことはループの中で初めてだが、何ひとつ喜ばしいことはない。
一人で耐えていた方が何倍もマシだ。
他人を巻き込んだことを理解した俺は、もう誤魔化してループの中で生きているわけにはいかないと決心して、デスクの横で目を白黒させている夢主を資料の場所を教えるという名目のもと、連れ出した。
「エーーーーッ!」
夢主が大声を出すことを想定していなかったので、嬉しくはないがこれも「新しいこと」の1つだった。
誰かにループしているということを話すのは初めてだった。
誰かに話そうと思ったことすらない。
最初の方こそ何とかして自分が正常だと思いたくて、わざとらしく「アレ、こんな会話したっけか?」なんて同期に聞いたりもしたが、誰もが「いや?初めてだろ?」「ボケてんのか?」などと当然のように返すからおかしいのは自分だと嫌でも納得させられたのだ。
腹をくくって夢主にはこれまでの俺がループ中に試したことや、ループする周期がわからないことなど知っている限りの情報を話す。
夢主は俺の話を馬鹿にするでもなく(実際身をもってループしたのだから当然だが)、ふむふむと聞いていた。
予想に反して、夢主はこの展開に困惑しつつも少し喜んでいるようだった。
それはきっと繰り返す辛さを知らないからだろうとこの時は鼻で笑っていた。
夢主サイド********************
ループ!?
なにそれ映画とかフィクションの中だけじゃないんだ!?
ここ最近の尾形さんの様子に合点がいった。
A社のことが事前に分かっていたことも、今まで誰とも深入りしないことも、何かに常に怯えているような様子であることも。
どうせ繰り返されるってことなら、「普通」から外れても戻る道があるってことなのかな?
いよいよ犯罪以外なら何でもやりたくなってきてしまった。
大胆な自分なんて、今までの自分じゃ考えられなかった。
尾形さんは辛い時間を過ごさせてしまうと心配していたが、まったくもって問題なかった。
さて、今日からしばらくは私にとっては繰り返し1回目が始まった。
本当に同じ内容の出来事、同じ内容の話題、同じ味、同じ人との出会いがあって最初はそれに感動した。
自分が少し行動を変えてみると、確かにその場では違うことが起きる。
でも最終的な結論は私の知っている通りの未来が来る。
ゲームの周回プレーのようだと、ワクワクしていた。
尾形さんはやや不機嫌そうに、そんな私の態度を見守っていた。
それからは本当に、数日~1週間を繰り返した。
確かに嫌になることはあった。
だって掃除しててもまた汚れてた日に戻ったりするし、なくさないように気を付けてたお気に入りのペンがまた消えたりする。
でも「あぁ~ループかぁ」なんて納得しちゃって、意外にもさっくりと私は順応した。
飽きてきたらいつもと違うことをしてみればいいんだもん。
普通しか知らなかった私には、挑戦することがまず新鮮であった。
ループが増えると自然と尾形さんと話す機会が増えた。
それにより周囲にも影響が出始めたのか、「2人って元々一緒に仕事してたっけ?」なんて聞かれることも増えた。
それも当然だろう。
こちらはループした分だけ、年月の積み重ねがある。
しかし周囲は人生1回目の真っ最中で、私たちが親睦を深める機会があったとは思いもしないだろうから。
尾形さんはどうせループになるだけだから、と周囲に聞かれても当たり障りのない答えをしていた。
私はなんだか2人だけの秘密ができたみたいで嬉しくて、ちょっと曖昧に笑っておいた。
尾形サイド********************
正直ここにきて予想外な展開が多すぎた。
まず1つ目に、平凡の塊のような夢主がこのループに適応したこと。
2つ目に、夢主が起こす新しいことで、俺の周りにも少しずつ変化が起きていること。
3つ目に、あんなに生きづらかった繰り返しが、嫌じゃなくなってきたこと。
もういつからか俺たちが一緒にいる程度では周囲が驚かなくなっていた。
これは夢主の起こす「新しいこと」の積み重ねと、ループしてもなお物事の結末に微妙な変化が起こるようになったからだ。
ある時夢主にランチに誘われて、俺は二つ返事で当然のようについて行く。
そこで夢主に聞いてみた。
もう何十回とループしたが、嫌じゃないのか、怖くないのかと。
夢主は手元のコーヒーカップを両手で包んだまま視線を落とし、しばらくはうーん、と悩んでいたが、すぐ答えが出たのかすぐにパッと明るい表情で笑った。
元々こんな笑い方をする女だったか?
そもそもこの女を俺は視界にこそ入れていたが、肝心なところは何も見ていなかったようだ。
そんな予想外なことしかしない夢主は、楽しそうに語り出す。
「尾形さんは今まで一人だったけど、私は尾形さんも一緒にループできるんでしょ?
むしろ尾形さんが一緒にいてくれるから、安心して楽しめてます。全然怖くないです。
もしループしてなかったら、私、こんなにいろんなこと出来ませんでしたから。」
そう言い切ってからは、にへら、と力の入ってない笑い方をする夢主。
俺もつられて力の抜けた表情をしていたのだろう、夢主がそんな俺を見てふわりと笑う。
「ねえ尾形さん。」
「なんだ。」
俺に話かけた夢主の声色は表情と同じく穏やかだった。
夢主は被害者でしかないのに、最初から一貫して俺に対して敵意や恐怖、不安、そんなマイナスな感情は1つも見せなかった。
そんな夢主を見ていたら、前世の俺が心の底から渇望していたであろうものがそばにあるような気がした。
「今後何百回、何千回ループしても、私と一緒にいてくれますか?」
夢主の穏やかな声で紡がれたプロポーズともとれるその言葉は、俺にとっては「救い」そのものだった。
俺自身もループの中で夢主に影響を受けていたのだろう。
初めは1ミリも興味がなかった夢主が、知らないうちになくてはならない存在にまでなっていた。
心の底から満たされていながらそれを素直に表現できない俺はフン、と鼻で笑い飛ばす。
そして、おもむろにコーヒーカップを握る夢主の手に、上から覆うように自分の手を置いて優しく握ったところで、俺たちのループは終わった。
おわり。
【あとがき:神様視点「早く付き合え。ああ……また尾形が夢主を無視しおった、よし、ループじゃ。くらえ!」】
「尾形百之助」こと俺はこの人生をもう何回も繰り返している。
何度やってもループに入る。
そして何故繰り返されるのか分からないまま過ごしている。
俺の悩みの種はこの繰り返される人生だけではなく、前世の記憶によるものもあるのだから厄介だ。
前世の記憶はぼんやりとしたものだが、恐らく明治時代の日本軍にいたようだ。
どうやら母を殺し、父を殺し、腹違いの弟を殺し、なにか掴みたいものを探し続ける中で俺は散ったようだった。
幸か不幸か、今世では自分が殺した彼らには会っていない。
俺がこうやって繰り返すことで誰かにメリットがあるのだろうかと考える。
万一利益がある者がいるとしたら、人間ではない神に当たる種族なのだろうと漠然と考えた。
知った顔、知った出来事、知った味、知った会話・・・新鮮なものは何一つないただ続く日々を過ごす。
いつも通り出勤し、いつも通りの仕事をやる。
もう何回も同じことをやっているのだから、デスクワークなのに単純作業のバイトで工場で働いているような気分になる。
どんなに何かを積み重ねても、それらはたった数日で無となる。
もしかしたらこのループ地獄は俺の前世の業から来ているのかもしれない。
この人生での償い方の分からない俺は、ひたすら地獄を歩いていた。
ループに入るタイミングは様々で、1日を終えたらきっかり1日分時間が巻き戻っていたこともあったし、退社しようとしたら出社時間だったこともあった。
また2日~5日程度進んだかと思えばまた週の初めに戻っていることもあった。
1か月戻ったときは、さすがに辛くてもう自殺でもしようかと思ったほどだった。
きっかけが何かあるのだろうと思って探していたが、まったくわからない。
細かい部分で違う選択肢を選んだとしても、数日単位で巻き戻されると何が原因なのか見当もつかない。
もう一回、もう一回と繰り返すうちに、自分が何のために生きているのか分からなくなってきた。
これ以上前世の罪を考えながら生きるのは疲れた。
夢主サイド********************
私は夢主、何の変哲もないOL。
普通の家庭に生まれ、普通の友達に囲まれて育ち、普通の大学、普通の会社に入った。
そんな中で人並みに楽しいこと、悲しいことを経験して生きていると思っている。
普通であることを自覚しているからこそ、平凡に生きることを心がけている。
そんな私の最近のちょっとしたマイブームは、同じ職場の尾形さんを観察すること。
2つ上の尾形さんは私が新卒で入ってからずっと同じ課にいて、仕事以外での会話はほとんどない。
普段から無口な人で、どこかアンニュイというか、暗い雰囲気のある人だった。
何故そんな人に興味を持つのかというと、昨日不思議なことがあったのだ。
A社という取引先からの問い合わせ内容が私が入社するよりも前のことで、前任の担当者が尾形さんだったことから私は尾形さんに話しかけた。
私はあらかじめその時の資料と思われるものを手に持って、尾形さんのデスクへ行った。
その時の私は確かに、尾形さんに対して「あのぅ……ちょっとお聞きしたいのですが」と声をかけただけだった。
なのに尾形さんはこちらを見ることなく「A社の資料はそれじゃない。」と即答したのだ。
私は驚いて固まってしまったが、尾形さんは私の顔をちらりとも見ずにA社の資料の場所と、問い合わせ内容に限りなく近い答えをボソボソと喋っていた。
かろうじて肝心な部分は聞き取れていたので、「ぁ……ありがとうございました。」とお礼を言って頭を下げたが、動揺のあまり尾形さんの顔をまじまじと見つめてしまっていた。
尾形さんはやっと私の方を見て、「なんだ?」と不機嫌そうに聞いてきたため、私は慌てて自分の席に戻った。
あの人きっとエスパーなんだ!
尾形サイド********************
あー……今回のループはスパンが長い。
1日でループするときなんかはまだマシだが、一週間とか一か月戻るとなるとさすがに積み上げたものが崩れた感じがしてしんどい。
無間地獄にいるような気分だ。実際ここは地獄だと思う。
もちろんループするとはいえ、多少ではあるが毎回新しいこともあったりする。
ただ、その新しいことは俺の記憶力の限界が原因で、もしかしたら覚えていないだけで過去のループですでにあったことかもしれないと、もはや自分自身が信用できない域にまで到達していた。
今回の新しいことは同じ職場の後輩だった。
夢主というその女からやけに視線を感じる。
いつもは自分から何か働きかけて新しいことを起こしているが、こと今回に限っては自分から何かをした記憶がない。
無意識に女の興味を惹くことをしてしまったのだろうか。
女がループから脱出するきっかけになる可能性はとてつもなく低く感じた。
何故ならその女は全くといっていいほど特徴がなく、ここまでのループの中でも俺が何をしようが言動に変動がないやつだったからだ。
ゲームで言うところのNPCに近く、他者への影響が限りなく低い女だった。
だから今回の「新しいこと」である「夢主」には俺は何の期待もしていなかった。
夢主サイド********************
引き続き尾形さんを観察しているけれど、わかったことは1つだけ。
あの人は物凄くとっつきにくい性格ってことだけだった。
何か話しかけても素っ気ないし、そもそも話しかけるなっていうオーラが強すぎる。
特に私だけに厳しいってわけではないけれど、そもそも他人に興味がないことがひしひしと伝わる。
だがしかし平々凡々に生きてきた私としてはその態度に傷つくほど繊細でもなく、むしろ慣れっこだった。
何なら最初から期待されていない分、話しかけやすいまである。
毎日毎日を普通に過ごしていると、時々物凄く枠から外れたことがしたくなる。
もちろん犯罪のような他人様に迷惑のかかるようなことはしないし、私にとっての枠越えなんて、帰り道にちょっと良いケーキを買うとかそんな程度で十分だ。
でも、今回の尾形さんに関してはケーキがワンホールケーキとかウエディングケーキ並のものになりそうな予感だった。
「尾形さん?大丈夫ですか!?」
たまたま半分倉庫のような状態になっている資料室に入ったとき、尾形さんが先にいた。
正しくは壁にもたれかかるようにして、彼はしゃがみ込んでいたのだ。
体調が悪いのだろうかと思って慌てて駆け寄るも、彼は私を見て困惑した表情を浮かべるだけだった。
尾形サイド********************
今回の「変化」は期待に反して色々とあった。
とにかく夢主に物凄く話しかけられる。
視線だけではなく、実際にあれこれ世間話をしてくるのだから驚いた。
だがそれでもまたいずれループするのだろうと思うと、飲みに誘われても、遊びに誘われても、ランチですら俺は断っていた。
ともあれ今日で一か月が終わる。
恐らく、今日を終えたらきっとまた今月になるのだ。
ループの中でこれ以上月日が進んだことはなかった。
資料室で調べもの(といってもほぼ内容は頭に入っているので、不自然じゃない程度に時間を潰しているだけだが)をしていると、不意に強い頭痛に襲われた。
いつもループに入るタイミングでさえ体調には何ら変わりがなかった。
むしろ体調が安定しているからこそ、この繰り返しの人生は気が狂いそうになるほど辛い日々だった。
資料を足元に落としてしゃがみ込む、それだけでは倒れそうになって、咄嗟にすぐ傍にあった壁にもたれかった。
こんなことは、初めてだ。
動揺していると資料室の扉が開いた。
何故だかまずい、と本能的に感じる。
あの女の、夢主の声がして、俺に駆け寄ってくるのがわかった。
女が俺の肩に手を置いた瞬間、時間が巻き戻った。
夢主サイド********************
「え……っ」
気が付くと、私は尾形さんのデスクの横にいた。
あれ、今、尾形さんが資料室でしゃがみ込んでて……?
ちんぷんかんぷんなまま、キョロキョロとあたりを見渡していると、尾形さんも目を丸くしてデスクの前に座っている。
私たちだけが状況が飲み込めていないような態度でいて、他の皆はいつも通りに仕事をしている。
私の手元を見ると、私が以前にA社の資料だと思って前に尾形さんに持って行ったものが握られていた。
「ぇ、ぇ、今……。」
普段冷静な尾形さんが珍しく変な汗をかいている。
「お、尾形さん……。」
「何も言うな。A社の資料の場所を教えるからついてこい……。」
尾形さんは混乱する私に、ため息を大きくついてから立ち上がった。
尾形サイド********************
最悪だ。
一か月を目前にループしたことじゃあない。
最悪なのは、夢主も俺と一緒に巻き戻ったことだった。
これがどういうことを意味するのか、俺は一瞬で理解した。
今後は夢主にも、俺のせいで起きているであろうこの地獄を体験させてしまうということだ。
俺が今まで耐えてきた時間以上に、今後は夢主もループする可能性が高まった。
こんなことはループの中で初めてだが、何ひとつ喜ばしいことはない。
一人で耐えていた方が何倍もマシだ。
他人を巻き込んだことを理解した俺は、もう誤魔化してループの中で生きているわけにはいかないと決心して、デスクの横で目を白黒させている夢主を資料の場所を教えるという名目のもと、連れ出した。
「エーーーーッ!」
夢主が大声を出すことを想定していなかったので、嬉しくはないがこれも「新しいこと」の1つだった。
誰かにループしているということを話すのは初めてだった。
誰かに話そうと思ったことすらない。
最初の方こそ何とかして自分が正常だと思いたくて、わざとらしく「アレ、こんな会話したっけか?」なんて同期に聞いたりもしたが、誰もが「いや?初めてだろ?」「ボケてんのか?」などと当然のように返すからおかしいのは自分だと嫌でも納得させられたのだ。
腹をくくって夢主にはこれまでの俺がループ中に試したことや、ループする周期がわからないことなど知っている限りの情報を話す。
夢主は俺の話を馬鹿にするでもなく(実際身をもってループしたのだから当然だが)、ふむふむと聞いていた。
予想に反して、夢主はこの展開に困惑しつつも少し喜んでいるようだった。
それはきっと繰り返す辛さを知らないからだろうとこの時は鼻で笑っていた。
夢主サイド********************
ループ!?
なにそれ映画とかフィクションの中だけじゃないんだ!?
ここ最近の尾形さんの様子に合点がいった。
A社のことが事前に分かっていたことも、今まで誰とも深入りしないことも、何かに常に怯えているような様子であることも。
どうせ繰り返されるってことなら、「普通」から外れても戻る道があるってことなのかな?
いよいよ犯罪以外なら何でもやりたくなってきてしまった。
大胆な自分なんて、今までの自分じゃ考えられなかった。
尾形さんは辛い時間を過ごさせてしまうと心配していたが、まったくもって問題なかった。
さて、今日からしばらくは私にとっては繰り返し1回目が始まった。
本当に同じ内容の出来事、同じ内容の話題、同じ味、同じ人との出会いがあって最初はそれに感動した。
自分が少し行動を変えてみると、確かにその場では違うことが起きる。
でも最終的な結論は私の知っている通りの未来が来る。
ゲームの周回プレーのようだと、ワクワクしていた。
尾形さんはやや不機嫌そうに、そんな私の態度を見守っていた。
それからは本当に、数日~1週間を繰り返した。
確かに嫌になることはあった。
だって掃除しててもまた汚れてた日に戻ったりするし、なくさないように気を付けてたお気に入りのペンがまた消えたりする。
でも「あぁ~ループかぁ」なんて納得しちゃって、意外にもさっくりと私は順応した。
飽きてきたらいつもと違うことをしてみればいいんだもん。
普通しか知らなかった私には、挑戦することがまず新鮮であった。
ループが増えると自然と尾形さんと話す機会が増えた。
それにより周囲にも影響が出始めたのか、「2人って元々一緒に仕事してたっけ?」なんて聞かれることも増えた。
それも当然だろう。
こちらはループした分だけ、年月の積み重ねがある。
しかし周囲は人生1回目の真っ最中で、私たちが親睦を深める機会があったとは思いもしないだろうから。
尾形さんはどうせループになるだけだから、と周囲に聞かれても当たり障りのない答えをしていた。
私はなんだか2人だけの秘密ができたみたいで嬉しくて、ちょっと曖昧に笑っておいた。
尾形サイド********************
正直ここにきて予想外な展開が多すぎた。
まず1つ目に、平凡の塊のような夢主がこのループに適応したこと。
2つ目に、夢主が起こす新しいことで、俺の周りにも少しずつ変化が起きていること。
3つ目に、あんなに生きづらかった繰り返しが、嫌じゃなくなってきたこと。
もういつからか俺たちが一緒にいる程度では周囲が驚かなくなっていた。
これは夢主の起こす「新しいこと」の積み重ねと、ループしてもなお物事の結末に微妙な変化が起こるようになったからだ。
ある時夢主にランチに誘われて、俺は二つ返事で当然のようについて行く。
そこで夢主に聞いてみた。
もう何十回とループしたが、嫌じゃないのか、怖くないのかと。
夢主は手元のコーヒーカップを両手で包んだまま視線を落とし、しばらくはうーん、と悩んでいたが、すぐ答えが出たのかすぐにパッと明るい表情で笑った。
元々こんな笑い方をする女だったか?
そもそもこの女を俺は視界にこそ入れていたが、肝心なところは何も見ていなかったようだ。
そんな予想外なことしかしない夢主は、楽しそうに語り出す。
「尾形さんは今まで一人だったけど、私は尾形さんも一緒にループできるんでしょ?
むしろ尾形さんが一緒にいてくれるから、安心して楽しめてます。全然怖くないです。
もしループしてなかったら、私、こんなにいろんなこと出来ませんでしたから。」
そう言い切ってからは、にへら、と力の入ってない笑い方をする夢主。
俺もつられて力の抜けた表情をしていたのだろう、夢主がそんな俺を見てふわりと笑う。
「ねえ尾形さん。」
「なんだ。」
俺に話かけた夢主の声色は表情と同じく穏やかだった。
夢主は被害者でしかないのに、最初から一貫して俺に対して敵意や恐怖、不安、そんなマイナスな感情は1つも見せなかった。
そんな夢主を見ていたら、前世の俺が心の底から渇望していたであろうものがそばにあるような気がした。
「今後何百回、何千回ループしても、私と一緒にいてくれますか?」
夢主の穏やかな声で紡がれたプロポーズともとれるその言葉は、俺にとっては「救い」そのものだった。
俺自身もループの中で夢主に影響を受けていたのだろう。
初めは1ミリも興味がなかった夢主が、知らないうちになくてはならない存在にまでなっていた。
心の底から満たされていながらそれを素直に表現できない俺はフン、と鼻で笑い飛ばす。
そして、おもむろにコーヒーカップを握る夢主の手に、上から覆うように自分の手を置いて優しく握ったところで、俺たちのループは終わった。
おわり。
【あとがき:神様視点「早く付き合え。ああ……また尾形が夢主を無視しおった、よし、ループじゃ。くらえ!」】