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尾形
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新人指導/尾形
朝の満員電車を降り、着慣れたスーツをまとい仕事先のビルの前までコツコツとヒールの音を鳴らして歩く女性。
名は夢主といい、入社して今年で3年目になる。
彼女は地元の大学に通い地元の中堅企業に入った、よく言えば真面目な悪く言えば平凡な女性であった。
会社のロッカーに私物を置いて、デスクへ向かう途中同僚に話しかけられる。
「夢主!おはよう。ねえねえ聞いた?」
「おはよう。聞いたって?なんのこと?」
同僚は寝坊したのか髪の毛のてっぺんがピョンッと跳ねている。
それを優しく戻してあげながら、夢主は浮足立つ同僚の言葉に首を傾げた。
「今日から新入社員が配属なんだってさ。うちにも来るかな?」
その言葉に、夢主はふと社用携帯を開いて、あぁ…と呟く。
日付を確認すると4月に入社した新卒が、数か月の研修を受けていよいよ部署に配属される時期であった。
「後輩はもういるけど、指導係とか憧れてたんだよね。」
同僚はウキウキとした様子でカッコイイ先輩になりたい、と言葉をつづけた。
夢主はそんな同僚に「そのままでもかっこいいよ。」と微笑みながら、お世辞まじりの言葉を返し、デスクについた。
今日の仕事の内容の確認や急ぎの案件がないかメールチェックなどをこなしていると、夢主たちのいる課に課長と数人の若者が入ってきた。
同僚はその瞬間にビシッと背筋を正している。
その姿を見て夢主は思わずふふっと笑ってしまった。
今日付けで配属になった新入社員たちが、それぞれ前に立たされて挨拶をしている。
ほとんどがフレッシュな印象の若者たちだったが、1人だけ非常に落ち着いている男性がいて、夢主は感心していた。
自分の時は挨拶なんて何を言ったか覚えていないくらいに緊張したからだ。
例年だと歳が近い方が良いとの考えで、入社2年目である夢主たちの1つ下の後輩が指導役になるのだが、人手が足りないからということで一部3年目の夢主たちの代にも指導者をお願いしたいと課長が続ける。
そして新卒の名前と指導者の名前が読み上げられたとき、夢主の名前も一緒に上がった。
咄嗟に「は、はいっ」と少し裏返った声で返事をした夢主。
結局同僚の名前は呼ばれず少しくやしそうに同僚は夢主へと視線をやっていたが、夢主はまさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったため、動揺していて何もリアクションを返せなかった。
夢主の指導する新人は「尾形」という、異様に落ち着いていたあの男性だった。
尾形は特徴的な眉と顎に傷があり眼の奥が漆黒で、無表情に近いくらいにスン…とした表情をしていた。
ツーブロックのような髪型で、トップはオールバックに流しているが数本前髪が落ちている。
新卒たちがそれぞれの指導者の元へと放流され、尾形も夢主のもとへ歩いてきた。
自分が指導者になるとは思っていなかった夢主は慌ててデスクまわりを簡単に片づけ、他の指導者がやっているよう立ち上がり挨拶する。
「えっと、夢主です。入社3年目です、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
尾形はシンプルに返す。にこりともしていなかった。
かえって夢主の方が緊張してしまいそうなぐらい、彼は落ち着いていた。
結局、他の同僚の見様見真似でデスクの準備をしたり、朝のルーティンや電話応対や備品の場所などを教えているうちにあっという間にお昼の時間になった。
お昼はどうやら他部署の新卒と集まって食べる予定らしく、夢主はやっと解放された。
「夢主指導官~お昼行きましょうや~。」
少し恨めしそうに同僚が声をかけてくる。
夢主はそんな同僚に笑う余裕もなく、げっそりした顔で答えた。
「できることなら代わってほしいくらいだよ。」
「で?尾形くんはどんな感じなん?」
同僚と入ったファミレスにて、適当に注文を終えたところで同僚が問いかける。
夢主はうーん、と少し間をおいてから答えた。
「いい子だとは思うんだよ。真面目だしメモもちゃんと取ってくれるし。でも、でもね、笑顔がないし、相槌も少ないし……無表情だしちょっと怖いんだよね……。私、慕われる先輩ってキャラじゃないからやっていけるか心配……。」
へなへなと力の入ってない声でつぶやく夢主。
同僚はそんな夢主を見て、ふーん、と呟いたあとに幼さも感じられるような無邪気さで笑った。
「夢主はそのままが一番だよ。時間が経てば打ち解けられるって。」
その後も、夢主は他の同僚や指導役たちと相談しながら仕事を割り振ってはチェックや指導を行うといった作業を繰り返していた。
他のペアが仲良く仕事終わりに飲みに行っていたり、他部署の新卒の情報なども入ってきてムードメーカーや期待の新人の情報なんかが入ってくるたび、夢主は憂鬱な気持ちになっていた。
仕事は全くと言っていいほど問題はないのだが、はや2週間も経とうと言う頃になっても、夢主と尾形は世間話一つまともにできていなかったのだ。
夢主は頑張ってニュースから得た情報や天気の話などいろんな話を振るも、尾形からは当たりさわりのない回答が返ってくるだけで全然盛り上がることがなかった。
仕事と割り切ってしまうのは簡単だったが、これでは他の指導役たちがやっているような悩み相談を受けたり信頼されるような関係にはならないのではないかと焦る。
「ああ見えて意外と懐いてるのかもよ?」
一休みしようと自販機のある休憩スペースに行くと、隣にある喫煙室から同僚が出てきた。
タバコの匂いを払うようにパッパッと自分の肩や腰を叩きながら、同僚は続ける。
「だってさ、ちゃんと挨拶や返事はしてるし、夢主が何かするたびに一応視線向けたり、話すときは体をちゃんと夢主の方に向けてるじゃない?」
「そ、そうだったのか。」
「尾形くん無口そうだし、もしかしたら会社では話しにくいようなこともあるのかもしれないから、いつでも相談できるように構えておいてあげればいいんじゃない?」
「うん、そうする。ありがとう。」
同僚は頑張って!と明るく手を振って戻っていった。
一人残された夢主は自販機で購入したミルクティーを飲みながら、ふぅ…と一息ついた。
とある日、たまたま遠方のお得意先への訪問があったため夢主と尾形は二人で出張になった。
会社の経費で新幹線に乗り、お得意先で打ち合わせをしたあとはビジネスホテルに泊まり、次の日は休みのためゆっくり帰宅できるため、いつもは少し楽しみなイベントであったが今回の夢主はその限りではなかった。
「おはようございます。」
待ち合わせをした会社の最寄り駅で、相変わらずの抑揚のない声で尾形が挨拶をする。
「お、おはよう。今日はよろしくね。」
「……。」
夢主が精一杯の笑顔を向けるも、尾形は黙ってうなずくだけだった。
他の新入社員曰く、尾形は無口なタイプであることは間違いないようだ。
とはいえ、同期とはそこそこ話すこともあるとも聞いて、少々夢主は悔しい思いをした。
いつまでも遠慮していては伝わらない、と焦れた夢主は、今回の出張で他のペア同様に尾形との親睦を深めたいと決めていた。
新幹線の座席について、打ち合わせで使う資料を確認しながら夢主は意を決して話しかける。
「尾形くん、今日打ち合わせの後なんだけど……。」
「はい。」
尾形は返事をしたが、夢主が少し言いづらそうに口ごもる。
尾形はそのまま夢主の顔をじっと見つめていた。
「……よ、よかったら、どこかお夕飯一緒に行かない……?」
精一杯の勇気を振り絞って、夢主は尾形に提案した。
本当ならなんでもない日に飲みに誘いたかったのだが、最近の若い世代は上司と行く飲み会が苦手だとネットで見た。
出張先なら夢主は何度も行っているのでビジネスホテル周りのお店もいくつか知っているし、次の日は休みだから各々好きな時間に帰れば良いので尾形も気兼ねなく乗ってくれるだろうと考えたのだった。
「構いませんよ。」
そう返事がきたとき、つい嬉しさのあまり夢主は「ほんとっ?」と明るい声でリアクションしてしまった。
尾形がまるで猫が驚いたときのような表情で固まる。
はっ、と気づいた夢主は慌てて口元を押さえた。
「ご、ごめん……。その、実は、いつ誘おうか悩んでて……。」
「いや……。」
「じ、じゃあ、適当に予約しておくね。」
「はい。」
慌てる夢主をよそに、尾形はぷい、とそっぽを向くように顔を背けてしまった。
気まずい沈黙が流れてしまい、夢主は資料を確認するフリをしてちょっと泣いた。
打ち合わせは難なく終わり、あとは週明けに会社に持ち帰って報告・調整をする程度で特に問題はなかった。
仕事の解放感もあって、夢主たちはビジネスホテルに一旦戻って荷物を整理し、身軽になったところでさっそくホテルの近くの予約した店に入る。
和風な店に入り、案内されたお座敷の個室に入る。
適当に大皿料理とビールを注文し、先にビールと御通しがきたところでグラスを傾けた。
「今日はお疲れ様。」
「お疲れ様です。」
尾形とグラスをカチッとぶつけ、まずは一口ビールを飲む。
「ふぅ~……仕事終わりの一杯は最高だね。」
「よく飲むんですか。」
夢主は珍しく尾形からパスが来たことに少し驚いたが、遅れて嬉しさがこみ上げてきた。
「うん!結構同期と飲みに行くよ。」
「ああ、同僚さんですね。いつも一緒に居ますもんね。」
「そうそう、同僚はザルだから私がいつも介抱されてるの。」
尾形がははぁ、と笑うので、少しびっくりした表情をして夢主は固まってしまった。
その視線に気付くと尾形はすん、とした顔をして見せた。
そして少し不満そうに問いかけてくる。
「……何か?」
「ぁ、いや、えっと……尾形くんって、笑うんだぁって思って……。」
そう言われた尾形は黙ってしまった。
気分を害したかと思って慌てた夢主が「ごめんっ」と口にしたが、尾形が被せるようにして言う。
「そういう夢主さんこそ。」
「え?」
「俺といるときは笑わないじゃないですか。」
「へぁ?」
変な声が出て、夢主は手に持っていた箸を落としかけた。
尾形は相変わらずの仏頂面のまま夢主を見つめている。
「い、いや、その……私あんまりおもしろい方じゃないし、話すの得意じゃなくて……。それに、緊張しちゃって。」
しどろもどろになりながら言い訳をしていると、尾形がフッと笑った。
「先輩が緊張してどうするんですか。」
「そ、そうだよね。」
夢主は少しほっとしつつ、これではいけないと努めてキリッとした表情を作った。
「話しにくくてごめん。これからはなんでも質問していいからね!社会人の基本は報連相だもんね!」
そんな夢主を焼き鳥を口に含み頬を丸くしつつ、じっと見ていた尾形だったが、ごくっと大きな音を立てて飲み込んだ。
そして、ぺろ、と手に付いたタレを舐めとりながら静かに低く呟いた。
「……「なんでも」ねぇ。」
その妖しげな仕草と声色に夢主が疑問を持つ間もなく、尾形はつづけた。
「夢主さん、彼氏いますか?」
「ぶへぇ?!」
予想外な方向からの質問に驚いて夢主は飲み干そうとしていたビールを噴き出した。
慌てておしぼりで顔を拭きながら、尾形に抗議する。
「そっそういう質問じゃなくてさぁ!」
「「なんでも質問して良い」って言ったのは夢主さんだろ。」
尾形はじっと夢主を見つめ、あえて敬語を使わずに強く抗議した。
その目力の強さに、夢主がたじろいだ。
尾形は夢主の返事を聞くまで動くつもりはないらしく、静かに獲物を狙うような眼差しを向けていた。
夢主はそんな尾形の様子を見て、観念した様子で小さく呟いた。
「い、いるわけないじゃん……。」
それを聞いた尾形は満足そうに胡散臭さのある笑顔でにっこりと笑った。
そしておもむろに手の平を夢主に向けて、挙手して見せる。
「じゃ、報告します。」
不思議な挙動に夢主が戸惑っていると、尾形はまるで宣誓、と続けるかのような様子で続けた。
「俺が夢主さん狙いますね。」
「!?狙う!?なな…何!?」
文字通り飛び上がって夢主が挙動不審になりながら聞き返す。
聞き間違いかとすら思っているようで、夢主の頭の上には多数の?が飛び交っていた。
そんな夢主と対照的にとても落ち着いた様子の尾形は、ひょいひょいと手前の皿にある料理を口に運んでいる。
もぐもぐと食べ進めながら、顔を赤くして動揺している夢主を見つめていた。
まるで夢主をおかずにご飯を食べているかのような異様さがそこにはあった。
しばらく夢主が混乱しているのを観察していた尾形だったが、夢主が困惑のあまり涙ぐんできたところで声をかけた。
「嫌ですか?」
その問いかけに夢主はビクッと肩を揺らして、視線をウロウロと彷徨わせた。
その反応を見た尾形は確信した様子で、フッと笑いながら前髪を撫でつけた。
「じゃ、決まりですね。俺が落としますから他の男と遊ばないでくださいよ。」
「ぅ……他の男なんて……いないもん。」
「あー話が早くて助かります。」
泣きそうになりながら夢主が答えるさまに、尾形はゾクゾクとした感覚を覚えて思わず唇を舐めた。
「じっくりと距離を縮めるつもりだったんだがな……」と尾形は心の中でつぶやいた。
二人は向かい合わせに座っていたが、おもむろに立ち上がった尾形が夢主の隣に腰を下ろす。
近づいてきた尾形に夢主は抵抗する余裕もなく、潤んだ眼で少しばかり怯えながら尾形を見上げる。
ついに尾形に肩を掴まれて、身を固くした夢主。
尾形はいつも通りの抑揚のない口調でありながら、つい楽しさが表れてしまうのを隠しきれない様子で夢主を追い詰めた。
「じゃあ単刀直入に言いますね、付き合ってくれますか?」
「ぅぅ、はい……っん」
追い詰められた夢主がYESと答えた瞬間に、尾形が夢主の顎を掴んで深く口づけをした。
夢主が顔を背けようとしてもがっちりと顎を掴んで固定し、息継ぎをする間もほとんど与えずに何度も角度を変えて口づけを落とす。
夢主が尾形の胸をドンドンと叩いてもしばらく続け、ついにくたりと力が抜けたところでやっと尾形は夢主を解放した。
週明け夢主が出社すると、他の社員たちがこそこそと噂をしている。
しかも夢主を目にすると全員があっ!と驚いた表情をしつつ、何やらニヤニヤしながら噂話をしている。
何かあったのかと不思議に思っていると同僚が慌てた様子で声をかけた。
「ちょっと夢主!尾形くんと付き合ったんだって!?」
「ヒェァ!?なんでそれを!?」
「え、尾形くんが朝イチで自慢してたよ!?将来は結婚するってさ。」
「はぁ!?」
驚きと怒りで顔を赤くしたり青ざめたりと忙しい状態で夢主がデスクに行くと、先に出社していた尾形がいつも通り抑揚のない声で挨拶をしてきた。
「おはようございます。」
「ぁ、おはよう……じゃなくてちょっと尾形くん!なんでさっそく皆に言ってんの!?」
尾形は怒り心頭といった様子の夢主に不思議そうに首をかしげた。
「社内恋愛禁止でしたか?」
「禁止じゃないよ!でも、だからってプライベートなことを……!」
夢主が説教をしようとしたとき、急に尾形がぐい、と夢主の腕を掴んでを引き寄せた。
踏ん張りがきかずよろめいた夢主を抱き留めて、尾形は耳元で低く呟いた。
「報連相が社会人の基本なんでしょう?周りの男除けしたかったんで利用させてもらいましたよ。」
「~~っこ、この……」
顔を真っ赤にした夢主が耐えきれず「おばか~~!!」と叫んだところをちょうど出社した課長に見つかり、夢主と尾形は呼び出されて説教をくらった。
その後しばらく社内で噂の的になりましたとさ。
めでたしめでたし。
おわり。
【あとがき:年下×年上が書きたかった。】
朝の満員電車を降り、着慣れたスーツをまとい仕事先のビルの前までコツコツとヒールの音を鳴らして歩く女性。
名は夢主といい、入社して今年で3年目になる。
彼女は地元の大学に通い地元の中堅企業に入った、よく言えば真面目な悪く言えば平凡な女性であった。
会社のロッカーに私物を置いて、デスクへ向かう途中同僚に話しかけられる。
「夢主!おはよう。ねえねえ聞いた?」
「おはよう。聞いたって?なんのこと?」
同僚は寝坊したのか髪の毛のてっぺんがピョンッと跳ねている。
それを優しく戻してあげながら、夢主は浮足立つ同僚の言葉に首を傾げた。
「今日から新入社員が配属なんだってさ。うちにも来るかな?」
その言葉に、夢主はふと社用携帯を開いて、あぁ…と呟く。
日付を確認すると4月に入社した新卒が、数か月の研修を受けていよいよ部署に配属される時期であった。
「後輩はもういるけど、指導係とか憧れてたんだよね。」
同僚はウキウキとした様子でカッコイイ先輩になりたい、と言葉をつづけた。
夢主はそんな同僚に「そのままでもかっこいいよ。」と微笑みながら、お世辞まじりの言葉を返し、デスクについた。
今日の仕事の内容の確認や急ぎの案件がないかメールチェックなどをこなしていると、夢主たちのいる課に課長と数人の若者が入ってきた。
同僚はその瞬間にビシッと背筋を正している。
その姿を見て夢主は思わずふふっと笑ってしまった。
今日付けで配属になった新入社員たちが、それぞれ前に立たされて挨拶をしている。
ほとんどがフレッシュな印象の若者たちだったが、1人だけ非常に落ち着いている男性がいて、夢主は感心していた。
自分の時は挨拶なんて何を言ったか覚えていないくらいに緊張したからだ。
例年だと歳が近い方が良いとの考えで、入社2年目である夢主たちの1つ下の後輩が指導役になるのだが、人手が足りないからということで一部3年目の夢主たちの代にも指導者をお願いしたいと課長が続ける。
そして新卒の名前と指導者の名前が読み上げられたとき、夢主の名前も一緒に上がった。
咄嗟に「は、はいっ」と少し裏返った声で返事をした夢主。
結局同僚の名前は呼ばれず少しくやしそうに同僚は夢主へと視線をやっていたが、夢主はまさか自分の名前が呼ばれるとは思っていなかったため、動揺していて何もリアクションを返せなかった。
夢主の指導する新人は「尾形」という、異様に落ち着いていたあの男性だった。
尾形は特徴的な眉と顎に傷があり眼の奥が漆黒で、無表情に近いくらいにスン…とした表情をしていた。
ツーブロックのような髪型で、トップはオールバックに流しているが数本前髪が落ちている。
新卒たちがそれぞれの指導者の元へと放流され、尾形も夢主のもとへ歩いてきた。
自分が指導者になるとは思っていなかった夢主は慌ててデスクまわりを簡単に片づけ、他の指導者がやっているよう立ち上がり挨拶する。
「えっと、夢主です。入社3年目です、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
尾形はシンプルに返す。にこりともしていなかった。
かえって夢主の方が緊張してしまいそうなぐらい、彼は落ち着いていた。
結局、他の同僚の見様見真似でデスクの準備をしたり、朝のルーティンや電話応対や備品の場所などを教えているうちにあっという間にお昼の時間になった。
お昼はどうやら他部署の新卒と集まって食べる予定らしく、夢主はやっと解放された。
「夢主指導官~お昼行きましょうや~。」
少し恨めしそうに同僚が声をかけてくる。
夢主はそんな同僚に笑う余裕もなく、げっそりした顔で答えた。
「できることなら代わってほしいくらいだよ。」
「で?尾形くんはどんな感じなん?」
同僚と入ったファミレスにて、適当に注文を終えたところで同僚が問いかける。
夢主はうーん、と少し間をおいてから答えた。
「いい子だとは思うんだよ。真面目だしメモもちゃんと取ってくれるし。でも、でもね、笑顔がないし、相槌も少ないし……無表情だしちょっと怖いんだよね……。私、慕われる先輩ってキャラじゃないからやっていけるか心配……。」
へなへなと力の入ってない声でつぶやく夢主。
同僚はそんな夢主を見て、ふーん、と呟いたあとに幼さも感じられるような無邪気さで笑った。
「夢主はそのままが一番だよ。時間が経てば打ち解けられるって。」
その後も、夢主は他の同僚や指導役たちと相談しながら仕事を割り振ってはチェックや指導を行うといった作業を繰り返していた。
他のペアが仲良く仕事終わりに飲みに行っていたり、他部署の新卒の情報なども入ってきてムードメーカーや期待の新人の情報なんかが入ってくるたび、夢主は憂鬱な気持ちになっていた。
仕事は全くと言っていいほど問題はないのだが、はや2週間も経とうと言う頃になっても、夢主と尾形は世間話一つまともにできていなかったのだ。
夢主は頑張ってニュースから得た情報や天気の話などいろんな話を振るも、尾形からは当たりさわりのない回答が返ってくるだけで全然盛り上がることがなかった。
仕事と割り切ってしまうのは簡単だったが、これでは他の指導役たちがやっているような悩み相談を受けたり信頼されるような関係にはならないのではないかと焦る。
「ああ見えて意外と懐いてるのかもよ?」
一休みしようと自販機のある休憩スペースに行くと、隣にある喫煙室から同僚が出てきた。
タバコの匂いを払うようにパッパッと自分の肩や腰を叩きながら、同僚は続ける。
「だってさ、ちゃんと挨拶や返事はしてるし、夢主が何かするたびに一応視線向けたり、話すときは体をちゃんと夢主の方に向けてるじゃない?」
「そ、そうだったのか。」
「尾形くん無口そうだし、もしかしたら会社では話しにくいようなこともあるのかもしれないから、いつでも相談できるように構えておいてあげればいいんじゃない?」
「うん、そうする。ありがとう。」
同僚は頑張って!と明るく手を振って戻っていった。
一人残された夢主は自販機で購入したミルクティーを飲みながら、ふぅ…と一息ついた。
とある日、たまたま遠方のお得意先への訪問があったため夢主と尾形は二人で出張になった。
会社の経費で新幹線に乗り、お得意先で打ち合わせをしたあとはビジネスホテルに泊まり、次の日は休みのためゆっくり帰宅できるため、いつもは少し楽しみなイベントであったが今回の夢主はその限りではなかった。
「おはようございます。」
待ち合わせをした会社の最寄り駅で、相変わらずの抑揚のない声で尾形が挨拶をする。
「お、おはよう。今日はよろしくね。」
「……。」
夢主が精一杯の笑顔を向けるも、尾形は黙ってうなずくだけだった。
他の新入社員曰く、尾形は無口なタイプであることは間違いないようだ。
とはいえ、同期とはそこそこ話すこともあるとも聞いて、少々夢主は悔しい思いをした。
いつまでも遠慮していては伝わらない、と焦れた夢主は、今回の出張で他のペア同様に尾形との親睦を深めたいと決めていた。
新幹線の座席について、打ち合わせで使う資料を確認しながら夢主は意を決して話しかける。
「尾形くん、今日打ち合わせの後なんだけど……。」
「はい。」
尾形は返事をしたが、夢主が少し言いづらそうに口ごもる。
尾形はそのまま夢主の顔をじっと見つめていた。
「……よ、よかったら、どこかお夕飯一緒に行かない……?」
精一杯の勇気を振り絞って、夢主は尾形に提案した。
本当ならなんでもない日に飲みに誘いたかったのだが、最近の若い世代は上司と行く飲み会が苦手だとネットで見た。
出張先なら夢主は何度も行っているのでビジネスホテル周りのお店もいくつか知っているし、次の日は休みだから各々好きな時間に帰れば良いので尾形も気兼ねなく乗ってくれるだろうと考えたのだった。
「構いませんよ。」
そう返事がきたとき、つい嬉しさのあまり夢主は「ほんとっ?」と明るい声でリアクションしてしまった。
尾形がまるで猫が驚いたときのような表情で固まる。
はっ、と気づいた夢主は慌てて口元を押さえた。
「ご、ごめん……。その、実は、いつ誘おうか悩んでて……。」
「いや……。」
「じ、じゃあ、適当に予約しておくね。」
「はい。」
慌てる夢主をよそに、尾形はぷい、とそっぽを向くように顔を背けてしまった。
気まずい沈黙が流れてしまい、夢主は資料を確認するフリをしてちょっと泣いた。
打ち合わせは難なく終わり、あとは週明けに会社に持ち帰って報告・調整をする程度で特に問題はなかった。
仕事の解放感もあって、夢主たちはビジネスホテルに一旦戻って荷物を整理し、身軽になったところでさっそくホテルの近くの予約した店に入る。
和風な店に入り、案内されたお座敷の個室に入る。
適当に大皿料理とビールを注文し、先にビールと御通しがきたところでグラスを傾けた。
「今日はお疲れ様。」
「お疲れ様です。」
尾形とグラスをカチッとぶつけ、まずは一口ビールを飲む。
「ふぅ~……仕事終わりの一杯は最高だね。」
「よく飲むんですか。」
夢主は珍しく尾形からパスが来たことに少し驚いたが、遅れて嬉しさがこみ上げてきた。
「うん!結構同期と飲みに行くよ。」
「ああ、同僚さんですね。いつも一緒に居ますもんね。」
「そうそう、同僚はザルだから私がいつも介抱されてるの。」
尾形がははぁ、と笑うので、少しびっくりした表情をして夢主は固まってしまった。
その視線に気付くと尾形はすん、とした顔をして見せた。
そして少し不満そうに問いかけてくる。
「……何か?」
「ぁ、いや、えっと……尾形くんって、笑うんだぁって思って……。」
そう言われた尾形は黙ってしまった。
気分を害したかと思って慌てた夢主が「ごめんっ」と口にしたが、尾形が被せるようにして言う。
「そういう夢主さんこそ。」
「え?」
「俺といるときは笑わないじゃないですか。」
「へぁ?」
変な声が出て、夢主は手に持っていた箸を落としかけた。
尾形は相変わらずの仏頂面のまま夢主を見つめている。
「い、いや、その……私あんまりおもしろい方じゃないし、話すの得意じゃなくて……。それに、緊張しちゃって。」
しどろもどろになりながら言い訳をしていると、尾形がフッと笑った。
「先輩が緊張してどうするんですか。」
「そ、そうだよね。」
夢主は少しほっとしつつ、これではいけないと努めてキリッとした表情を作った。
「話しにくくてごめん。これからはなんでも質問していいからね!社会人の基本は報連相だもんね!」
そんな夢主を焼き鳥を口に含み頬を丸くしつつ、じっと見ていた尾形だったが、ごくっと大きな音を立てて飲み込んだ。
そして、ぺろ、と手に付いたタレを舐めとりながら静かに低く呟いた。
「……「なんでも」ねぇ。」
その妖しげな仕草と声色に夢主が疑問を持つ間もなく、尾形はつづけた。
「夢主さん、彼氏いますか?」
「ぶへぇ?!」
予想外な方向からの質問に驚いて夢主は飲み干そうとしていたビールを噴き出した。
慌てておしぼりで顔を拭きながら、尾形に抗議する。
「そっそういう質問じゃなくてさぁ!」
「「なんでも質問して良い」って言ったのは夢主さんだろ。」
尾形はじっと夢主を見つめ、あえて敬語を使わずに強く抗議した。
その目力の強さに、夢主がたじろいだ。
尾形は夢主の返事を聞くまで動くつもりはないらしく、静かに獲物を狙うような眼差しを向けていた。
夢主はそんな尾形の様子を見て、観念した様子で小さく呟いた。
「い、いるわけないじゃん……。」
それを聞いた尾形は満足そうに胡散臭さのある笑顔でにっこりと笑った。
そしておもむろに手の平を夢主に向けて、挙手して見せる。
「じゃ、報告します。」
不思議な挙動に夢主が戸惑っていると、尾形はまるで宣誓、と続けるかのような様子で続けた。
「俺が夢主さん狙いますね。」
「!?狙う!?なな…何!?」
文字通り飛び上がって夢主が挙動不審になりながら聞き返す。
聞き間違いかとすら思っているようで、夢主の頭の上には多数の?が飛び交っていた。
そんな夢主と対照的にとても落ち着いた様子の尾形は、ひょいひょいと手前の皿にある料理を口に運んでいる。
もぐもぐと食べ進めながら、顔を赤くして動揺している夢主を見つめていた。
まるで夢主をおかずにご飯を食べているかのような異様さがそこにはあった。
しばらく夢主が混乱しているのを観察していた尾形だったが、夢主が困惑のあまり涙ぐんできたところで声をかけた。
「嫌ですか?」
その問いかけに夢主はビクッと肩を揺らして、視線をウロウロと彷徨わせた。
その反応を見た尾形は確信した様子で、フッと笑いながら前髪を撫でつけた。
「じゃ、決まりですね。俺が落としますから他の男と遊ばないでくださいよ。」
「ぅ……他の男なんて……いないもん。」
「あー話が早くて助かります。」
泣きそうになりながら夢主が答えるさまに、尾形はゾクゾクとした感覚を覚えて思わず唇を舐めた。
「じっくりと距離を縮めるつもりだったんだがな……」と尾形は心の中でつぶやいた。
二人は向かい合わせに座っていたが、おもむろに立ち上がった尾形が夢主の隣に腰を下ろす。
近づいてきた尾形に夢主は抵抗する余裕もなく、潤んだ眼で少しばかり怯えながら尾形を見上げる。
ついに尾形に肩を掴まれて、身を固くした夢主。
尾形はいつも通りの抑揚のない口調でありながら、つい楽しさが表れてしまうのを隠しきれない様子で夢主を追い詰めた。
「じゃあ単刀直入に言いますね、付き合ってくれますか?」
「ぅぅ、はい……っん」
追い詰められた夢主がYESと答えた瞬間に、尾形が夢主の顎を掴んで深く口づけをした。
夢主が顔を背けようとしてもがっちりと顎を掴んで固定し、息継ぎをする間もほとんど与えずに何度も角度を変えて口づけを落とす。
夢主が尾形の胸をドンドンと叩いてもしばらく続け、ついにくたりと力が抜けたところでやっと尾形は夢主を解放した。
週明け夢主が出社すると、他の社員たちがこそこそと噂をしている。
しかも夢主を目にすると全員があっ!と驚いた表情をしつつ、何やらニヤニヤしながら噂話をしている。
何かあったのかと不思議に思っていると同僚が慌てた様子で声をかけた。
「ちょっと夢主!尾形くんと付き合ったんだって!?」
「ヒェァ!?なんでそれを!?」
「え、尾形くんが朝イチで自慢してたよ!?将来は結婚するってさ。」
「はぁ!?」
驚きと怒りで顔を赤くしたり青ざめたりと忙しい状態で夢主がデスクに行くと、先に出社していた尾形がいつも通り抑揚のない声で挨拶をしてきた。
「おはようございます。」
「ぁ、おはよう……じゃなくてちょっと尾形くん!なんでさっそく皆に言ってんの!?」
尾形は怒り心頭といった様子の夢主に不思議そうに首をかしげた。
「社内恋愛禁止でしたか?」
「禁止じゃないよ!でも、だからってプライベートなことを……!」
夢主が説教をしようとしたとき、急に尾形がぐい、と夢主の腕を掴んでを引き寄せた。
踏ん張りがきかずよろめいた夢主を抱き留めて、尾形は耳元で低く呟いた。
「報連相が社会人の基本なんでしょう?周りの男除けしたかったんで利用させてもらいましたよ。」
「~~っこ、この……」
顔を真っ赤にした夢主が耐えきれず「おばか~~!!」と叫んだところをちょうど出社した課長に見つかり、夢主と尾形は呼び出されて説教をくらった。
その後しばらく社内で噂の的になりましたとさ。
めでたしめでたし。
おわり。
【あとがき:年下×年上が書きたかった。】