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上等兵シリーズ
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大学時代/尾形・宇佐美
ある大学に夢主という女子大生がいた。
彼女は大学進学を機に地元を離れて、大学の女子寮に入って生活をしていた。
見た目がおとなしそうで清楚な印象を受ける彼女は、男性の多くは守ってあげたくなるようなタイプだろう。
実際、サークルや授業のクラスでは代わる代わる男性にアプローチをされていたが、対応に戸惑っているうちに男性同士でトラブルになってしまうことが多かった。
そうなると面白くないのは周りの女子たちで、目立つ男子をマークしていた女子には嫉妬からあからさまな嫌がらせをされ、最初は話をしてくれていた女子たちも女性同士のトラブルを怖がって徐々に距離を置くようになってしまった。
夢主の地元の友達とは今でもSNSを通じてやり取りをしているが、新しい生活の場に居場所を見つけて忙しくしているらしく、疎遠になりつつあった。
それに夢主自身も、遠い地の友人を心配させたくなくてあまり近況を相談する勇気はなかったのだ。
そうこうしているうちに、大学1年生が終わろうとしていた。
その頃にはどんなに断っていても複数の粘着質な男性に悩まされるのは日常となり、目立つ女子からはあからさまな陰口や暴言を吐かれ、他の女子からは仲間外れにされて、ついに同じ女子寮の人たちからも避けられる状態になっていた。
「うー……そろそろ限界。」
夢主は実害がない限りは耐えることにしていた。
これまで授業を妨害されるようなことや私物を壊されるような被害はなかったからだ。
しかしここ最近は嫌がらせがエスカレートしてきて、脅迫文が送り付けられることもあって学生課などに相談に行ったがやはり実害がないことから身辺に気を付けてとしか言ってもらえなかった。
せめて息抜きだけでもできれば良いが、寮でも学校でも気を張って誰にも相談できない状態にストレスを抱えないはずがなかった。
いつしか夢主は慢性的な頭痛と不眠症に悩まされていた。
眉間に皺を寄せて、たまに頭を押さえながら夢主は大学構内を歩いていた。
悲しいかなすっかり参った様子ですら絵になるほど、彼女の持つオーラは独特のものだった。
そんな様子を、吹き抜けになっているテラスのような場所から見下ろす男性が二人いた。
「あ。百之助~あれだよあれ。」
「なんだよ。」
一人は宇佐美といって、両頬に特徴的なホクロがある坊主頭の男だった。
百之助、と呼ばれたのは宇佐美と同じ高校出身の尾形百之助という、眠たげな目元にツーブロックの髪を後ろに流した男だ。
「有名じゃん、知らない?あの子、裏で〇〇大のサキュバスとか呼ばれてんの。」
「男を惑わす悪魔ってやつか。」
尾形は興味がなさそうに呟いた。
そしてじっと夢主を見つめた後に宇佐美に言う。
「言うほど美女か?」
その言葉に宇佐美は思わず噴き出した。
そして尾形を馬鹿にするように指さして言った。
「ぶはっ、百之助はおこちゃまだな~。わかんない?他の女の子たちがギラギラ着飾って男漁りしてる中、あの子はいつまでも清楚でおとなしそうで儚げな雰囲気。そんな女性が目の前にいたら、男はつい守ってあげたくなっちゃうってわけ。」
「ほーん。」
一ミリも理解していなそうなリアクションをしていながら、尾形の目線は常に夢主を追っていた。
宇佐美は内心「あ、ヤバイかな?」と尾形の執着心を煽ってしまった可能性を考えたが、面倒臭いことが大嫌いな尾形がわざわざ裏の有名人である夢主に手を出そうなどと考えるわけがないとすぐにその考えを打ち消した。
一緒に夢主を見下ろしていた宇佐美だが、くるりと振り返って柵にもたれるようにしながら尾形に提案する。
「今度話しかけてあげよっか。」
「なんでだよ。」
尾形は眉間に皺を寄せた。
その表情は心底嫌そうだ。
「だってさぁ、結構裏ではえげつない嫌がらせされてるらしいよ。」
「俺らに関係ないだろ。」
「うーん、まあそれもそうなんだけど。」
尾形の抵抗はごもっともであったが、宇佐美はスマホをいじる。
そして自分たちが一緒にとっている授業をまとめた時間割のアプリを見せた。
「最近気付いたんだけど、結構同じ講義とってるみたいなんだよね。」
尾形はまじまじと宇佐美の手元を見つめる。
宇佐美がアプリ上で色をつけた講義が夢主と被っているというのだ。
画面上には9割方色がついていた。
「次の講義、いつもグループ作れって言われるじゃん?あの子いつも付きまとうだけで話しかけもしないストーカーたちに囲まれてるせいで、一人でぽつんとしているから課題困ってると思うんだ。」
「やけに親切にするんだな。」
尾形がじとっとした目つきを宇佐美に向ける。
その目線はまるで「何か裏があるんだろう?」と言っているようなものだった。
宇佐美はその視線に気づきながらも、「いいでしょ?百之助いつも全然案出さないから困るんだよ。」と笑ってごまかす。
尾形が宇佐美の足元のカバンへと視線を落とすと、そこには某有名企業のお偉いさんが最近出版した自己啓発本が覗いていた。
確かその本は他人とのコミュニケーションやいじめについて最らしいことが書かれているもので、一部の熱狂的なファンが陶酔しているせいでやや宗教臭いと評判のものだった。
尾形はオールバックの髪を撫でつけながら「ははあ」と笑いを零した。
「いいぜ。」
「じゃあ決まりね、百之助が話しかけてね。」
宇佐美の言葉に尾形が目を丸くする。
「なんで俺が。」
「昨日講義さぼったやつ、代わりに僕が返事しといたんだからな。」
ふん、と偉そうにのけぞって見せてから宇佐美は荷物を片付け始めた。
そして準備ができると尾形に向けていくぞ、と顎で示した。
尾形は釈然としないまま宇佐美の後をついていき、教室へ入った。
教室の後ろの端の方の席にはすでに夢主が一人でぽつんと座っていた。
席はまだらに空いていたとはいえ、不自然なほどに夢主の周りには女子生徒はいなかった。
代わりに絶賛ストーカー中の男性たちが絶妙な距離感で夢主の周りに陣取ってチラチラと夢主を見つめている。
ストーカーは陰湿なタイプが多く、皆視線を浴びせるだけで直接夢主へ話しかけるものはいないようだ。
宇佐美はその状況を見て「改めて見るとあからさまだね。」としみじみと呟く。
そして尾形の背中を押して、早く、と急かした。
尾形は「チッ」と不機嫌そうに舌打ちをして夢主の元へ行った。
「おい。」
そう声をかけられたとき、夢主は我慢の限界が近づいていた。
今日だけでも、もう何人にも声をかけられている。
それに声をかけなくてもずっと不気味に付きまとってくる人たちも居る。
積極的な人たちからは遊ぼうって言われても、結局身体を求めてくる人ばかりで不快でしかない。
元々夢主ははじめからそういった集まりには参加しないようにしていたのだが、露骨に誘われすぎる上にストーカーまでされてここまでくると男性不信になりかけていたのだ。
そんな中、雑に低い声で話しかけられて、夢主の頭の中で何かがプチンとキレたような気がした。
「……せ」
尾形が聞き取れなくて「は?」と聞き返すと、夢主が唇をわなわなと震わせた。
ぎゅっと目をつぶって、肩を震わせながら夢主は最初は絞り出すように、そしてどんどん声を荒げて叫んだ。
「っどうせ、あんたらも私を都合よく使うんだ!それがまた嫌がらせの材料にされるのよ!ふざけんな!」
突然の夢主の声に驚いたのかまだ講義が始まらずにザワついていた教室がシーンと静まりかえった。
遠くにいる女子生徒たちは「は?」と訝しげな視線を浴びせる。
ストーカー男たちは居心地が悪そうに、もじもじとしている。
尾形は目を丸くして固まってしまったが、後ろにいた宇佐美は興味深そうに夢主を見つめた。
夢主はそこでハッと気が付いた様子で改めて尾形と宇佐美を見た。
いつもの下品な笑みを浮かべて近づいている男性たちとは様子が違うことに、やっと気が付いたようだった。
「はっ……ご、ごめんなさい、私……。」
何か要件があったのかもしれない人に、八つ当たりをしてしまったと気が付いて夢主は途端に小さくなった。
困惑した顔を浮かべて少し泣きそうになりながら尾形と宇佐美を上目遣いに見上げる。
夢主が直接見つめているわけではないのに、周りの男性からゴク、と生唾を飲み込むような音が聞こえた。
そんな状態の夢主を気にすることなく、宇佐美が口を開いた。
「なんだ、言えるんじゃ~ん♪大人しいだけのいじめられっ子かと思った。」
「驚かせやがって。」
続いて尾形も「はぁ」とため息をつき、おもむろに夢主の隣の椅子に座る。
宇佐美も尾形の隣の席に当然のように腰かけた。
夢主は突然現れた男性2人に動揺して身を固くしていた。
「な、何ですか……。」
警戒心むき出しで二人を睨むように見る夢主。
そんな視線ですらどこか弱々しくて庇護欲を刺激されるのを感じて、なるほど噂は本当だと二人は顔を見合わせた。
宇佐美がずいっと身を乗り出して話しかける。
「ね。この講義の課題いつもグループワークじゃん?一緒にやろうよ。」
「え……?」
夢主が宇佐美を見つめると、宇佐美はニコ、と笑った。
「そ、それだけ……?」
ちら、と尾形へと視線を移す。
話しかける仕事を終えた尾形は夢主の隣にいながら、もうすでに興味をなくしたかのように机に突っ伏していた。
そんな様子を見て宇佐美がため息交じりに言う。
「こいつこんなんだからさぁ、僕いつも課題ほとんど一人でやってたんだよ。手伝ってくれる?」
宇佐美があまりにも不憫だったせいで、夢主は思わず警戒心が薄れて笑みをこぼした。
やっと夢主が笑ったことに安堵して、宇佐美はスマホの連絡先を見せた。
「あ、僕宇佐美時重。こいつは尾形百之助。多分他にも結構講義被ってると思うから、良かったら他のも一緒に受けよう。これ僕のID。よろしくね。」
慌てて夢主も自分のスマホを取り出す。
連絡先交換など久々で、夢主は連絡先を登録するアプリの使い方を思い出せずモタモタしてしまった。
そして、おずおずと宇佐美の顔色をうかがった。
「私は夢主……知ってると思うけど、私と一緒にいるとトラブルに巻き込まれるかもしれないけど、いいの?」
宇佐美は手慣れた手つきで尾形の上着のポケットからスマホを取り出すと、勝手に尾形の連絡先も登録した。
「いいのいいの。こう見えて僕たち結構強いよ~いざとなったら用心棒もするからさ、任せて。」
いままでの男性たちとは違った雰囲気に夢主は驚きを隠せなかった。
夢主自身も全く警戒していないわけではなく、「なぜそこまでしてくれるのだろう、いつか裏切るのではないだろうか」と怯える心もあった。
それでも彼らは他の人とは違う。信じてみたいと心のどこかで感じたのだった。
そこから講義をいくつも一緒に受けて仲良くなり、いつしか夢主は寮を出て宇佐美と尾形がルームシェアしている部屋に入り浸るようになった。
ストーカーやナンパ男たちからは二人と常に一緒に居ることで付きまとわれることが徐々になくなった。
これに関しては裏で宇佐美や尾形が粘着していた男たちに絡み、圧をかけたことが要因であった。
特定の男性二人と常に一緒にいるようになったことでまた違った噂が流れ出すこともあったが、宇佐美や尾形がこそこそと話している連中を威嚇して時には物理的に蹴散らすので自然と落ち着いていった。
それに伴い、他の男性狙いだった派手な女性たちが夢主への興味をなくして嫌がらせが止まり、無害な女子たちは少しずつではあったが友好的な日常会話程度はしてくれるようになった。
「大学生活って、楽しいんだね。」
大学2年生も終わりが近づいた冬。
いつものように尾形と宇佐美の部屋でだらだらと過ごしているとき、出会った当初では考えられないくらい屈託のない笑みを浮かべて笑うようになった夢主がぽつりと零した。
それを聞いた二人は顔を見合わせた。
「私が楽しめてるのは、2人のおかげだよ。」
「そんなそんな~。」
「ははあ。」
夢主が微笑みかけると、宇佐美と尾形は照れ臭そうに笑った。
尾形にいたっては偉そうにふんぞり返っていた。
「これからもずっと、仲良くしてくれる?」
普通なら恥ずかしくて言いにくい言葉を放ち、どこか切なさを感じるほど不安そうな表情で夢主が二人を見つめると、二人は一瞬真顔になり部屋が静まりかえった。
そしてどちらからともなく笑いだすと、夢主の頭を二人がかりでわしゃわしゃと撫でまわした。
こうして3人は大学生活を満喫して、同じ大学から同じ企業へと入社し、現在に至るのであった。
おわり。
【あとがき:モテすぎて嫌われたみたいな経緯を書きたかった。なんか宇佐美の功績がデカい。】
ある大学に夢主という女子大生がいた。
彼女は大学進学を機に地元を離れて、大学の女子寮に入って生活をしていた。
見た目がおとなしそうで清楚な印象を受ける彼女は、男性の多くは守ってあげたくなるようなタイプだろう。
実際、サークルや授業のクラスでは代わる代わる男性にアプローチをされていたが、対応に戸惑っているうちに男性同士でトラブルになってしまうことが多かった。
そうなると面白くないのは周りの女子たちで、目立つ男子をマークしていた女子には嫉妬からあからさまな嫌がらせをされ、最初は話をしてくれていた女子たちも女性同士のトラブルを怖がって徐々に距離を置くようになってしまった。
夢主の地元の友達とは今でもSNSを通じてやり取りをしているが、新しい生活の場に居場所を見つけて忙しくしているらしく、疎遠になりつつあった。
それに夢主自身も、遠い地の友人を心配させたくなくてあまり近況を相談する勇気はなかったのだ。
そうこうしているうちに、大学1年生が終わろうとしていた。
その頃にはどんなに断っていても複数の粘着質な男性に悩まされるのは日常となり、目立つ女子からはあからさまな陰口や暴言を吐かれ、他の女子からは仲間外れにされて、ついに同じ女子寮の人たちからも避けられる状態になっていた。
「うー……そろそろ限界。」
夢主は実害がない限りは耐えることにしていた。
これまで授業を妨害されるようなことや私物を壊されるような被害はなかったからだ。
しかしここ最近は嫌がらせがエスカレートしてきて、脅迫文が送り付けられることもあって学生課などに相談に行ったがやはり実害がないことから身辺に気を付けてとしか言ってもらえなかった。
せめて息抜きだけでもできれば良いが、寮でも学校でも気を張って誰にも相談できない状態にストレスを抱えないはずがなかった。
いつしか夢主は慢性的な頭痛と不眠症に悩まされていた。
眉間に皺を寄せて、たまに頭を押さえながら夢主は大学構内を歩いていた。
悲しいかなすっかり参った様子ですら絵になるほど、彼女の持つオーラは独特のものだった。
そんな様子を、吹き抜けになっているテラスのような場所から見下ろす男性が二人いた。
「あ。百之助~あれだよあれ。」
「なんだよ。」
一人は宇佐美といって、両頬に特徴的なホクロがある坊主頭の男だった。
百之助、と呼ばれたのは宇佐美と同じ高校出身の尾形百之助という、眠たげな目元にツーブロックの髪を後ろに流した男だ。
「有名じゃん、知らない?あの子、裏で〇〇大のサキュバスとか呼ばれてんの。」
「男を惑わす悪魔ってやつか。」
尾形は興味がなさそうに呟いた。
そしてじっと夢主を見つめた後に宇佐美に言う。
「言うほど美女か?」
その言葉に宇佐美は思わず噴き出した。
そして尾形を馬鹿にするように指さして言った。
「ぶはっ、百之助はおこちゃまだな~。わかんない?他の女の子たちがギラギラ着飾って男漁りしてる中、あの子はいつまでも清楚でおとなしそうで儚げな雰囲気。そんな女性が目の前にいたら、男はつい守ってあげたくなっちゃうってわけ。」
「ほーん。」
一ミリも理解していなそうなリアクションをしていながら、尾形の目線は常に夢主を追っていた。
宇佐美は内心「あ、ヤバイかな?」と尾形の執着心を煽ってしまった可能性を考えたが、面倒臭いことが大嫌いな尾形がわざわざ裏の有名人である夢主に手を出そうなどと考えるわけがないとすぐにその考えを打ち消した。
一緒に夢主を見下ろしていた宇佐美だが、くるりと振り返って柵にもたれるようにしながら尾形に提案する。
「今度話しかけてあげよっか。」
「なんでだよ。」
尾形は眉間に皺を寄せた。
その表情は心底嫌そうだ。
「だってさぁ、結構裏ではえげつない嫌がらせされてるらしいよ。」
「俺らに関係ないだろ。」
「うーん、まあそれもそうなんだけど。」
尾形の抵抗はごもっともであったが、宇佐美はスマホをいじる。
そして自分たちが一緒にとっている授業をまとめた時間割のアプリを見せた。
「最近気付いたんだけど、結構同じ講義とってるみたいなんだよね。」
尾形はまじまじと宇佐美の手元を見つめる。
宇佐美がアプリ上で色をつけた講義が夢主と被っているというのだ。
画面上には9割方色がついていた。
「次の講義、いつもグループ作れって言われるじゃん?あの子いつも付きまとうだけで話しかけもしないストーカーたちに囲まれてるせいで、一人でぽつんとしているから課題困ってると思うんだ。」
「やけに親切にするんだな。」
尾形がじとっとした目つきを宇佐美に向ける。
その目線はまるで「何か裏があるんだろう?」と言っているようなものだった。
宇佐美はその視線に気づきながらも、「いいでしょ?百之助いつも全然案出さないから困るんだよ。」と笑ってごまかす。
尾形が宇佐美の足元のカバンへと視線を落とすと、そこには某有名企業のお偉いさんが最近出版した自己啓発本が覗いていた。
確かその本は他人とのコミュニケーションやいじめについて最らしいことが書かれているもので、一部の熱狂的なファンが陶酔しているせいでやや宗教臭いと評判のものだった。
尾形はオールバックの髪を撫でつけながら「ははあ」と笑いを零した。
「いいぜ。」
「じゃあ決まりね、百之助が話しかけてね。」
宇佐美の言葉に尾形が目を丸くする。
「なんで俺が。」
「昨日講義さぼったやつ、代わりに僕が返事しといたんだからな。」
ふん、と偉そうにのけぞって見せてから宇佐美は荷物を片付け始めた。
そして準備ができると尾形に向けていくぞ、と顎で示した。
尾形は釈然としないまま宇佐美の後をついていき、教室へ入った。
教室の後ろの端の方の席にはすでに夢主が一人でぽつんと座っていた。
席はまだらに空いていたとはいえ、不自然なほどに夢主の周りには女子生徒はいなかった。
代わりに絶賛ストーカー中の男性たちが絶妙な距離感で夢主の周りに陣取ってチラチラと夢主を見つめている。
ストーカーは陰湿なタイプが多く、皆視線を浴びせるだけで直接夢主へ話しかけるものはいないようだ。
宇佐美はその状況を見て「改めて見るとあからさまだね。」としみじみと呟く。
そして尾形の背中を押して、早く、と急かした。
尾形は「チッ」と不機嫌そうに舌打ちをして夢主の元へ行った。
「おい。」
そう声をかけられたとき、夢主は我慢の限界が近づいていた。
今日だけでも、もう何人にも声をかけられている。
それに声をかけなくてもずっと不気味に付きまとってくる人たちも居る。
積極的な人たちからは遊ぼうって言われても、結局身体を求めてくる人ばかりで不快でしかない。
元々夢主ははじめからそういった集まりには参加しないようにしていたのだが、露骨に誘われすぎる上にストーカーまでされてここまでくると男性不信になりかけていたのだ。
そんな中、雑に低い声で話しかけられて、夢主の頭の中で何かがプチンとキレたような気がした。
「……せ」
尾形が聞き取れなくて「は?」と聞き返すと、夢主が唇をわなわなと震わせた。
ぎゅっと目をつぶって、肩を震わせながら夢主は最初は絞り出すように、そしてどんどん声を荒げて叫んだ。
「っどうせ、あんたらも私を都合よく使うんだ!それがまた嫌がらせの材料にされるのよ!ふざけんな!」
突然の夢主の声に驚いたのかまだ講義が始まらずにザワついていた教室がシーンと静まりかえった。
遠くにいる女子生徒たちは「は?」と訝しげな視線を浴びせる。
ストーカー男たちは居心地が悪そうに、もじもじとしている。
尾形は目を丸くして固まってしまったが、後ろにいた宇佐美は興味深そうに夢主を見つめた。
夢主はそこでハッと気が付いた様子で改めて尾形と宇佐美を見た。
いつもの下品な笑みを浮かべて近づいている男性たちとは様子が違うことに、やっと気が付いたようだった。
「はっ……ご、ごめんなさい、私……。」
何か要件があったのかもしれない人に、八つ当たりをしてしまったと気が付いて夢主は途端に小さくなった。
困惑した顔を浮かべて少し泣きそうになりながら尾形と宇佐美を上目遣いに見上げる。
夢主が直接見つめているわけではないのに、周りの男性からゴク、と生唾を飲み込むような音が聞こえた。
そんな状態の夢主を気にすることなく、宇佐美が口を開いた。
「なんだ、言えるんじゃ~ん♪大人しいだけのいじめられっ子かと思った。」
「驚かせやがって。」
続いて尾形も「はぁ」とため息をつき、おもむろに夢主の隣の椅子に座る。
宇佐美も尾形の隣の席に当然のように腰かけた。
夢主は突然現れた男性2人に動揺して身を固くしていた。
「な、何ですか……。」
警戒心むき出しで二人を睨むように見る夢主。
そんな視線ですらどこか弱々しくて庇護欲を刺激されるのを感じて、なるほど噂は本当だと二人は顔を見合わせた。
宇佐美がずいっと身を乗り出して話しかける。
「ね。この講義の課題いつもグループワークじゃん?一緒にやろうよ。」
「え……?」
夢主が宇佐美を見つめると、宇佐美はニコ、と笑った。
「そ、それだけ……?」
ちら、と尾形へと視線を移す。
話しかける仕事を終えた尾形は夢主の隣にいながら、もうすでに興味をなくしたかのように机に突っ伏していた。
そんな様子を見て宇佐美がため息交じりに言う。
「こいつこんなんだからさぁ、僕いつも課題ほとんど一人でやってたんだよ。手伝ってくれる?」
宇佐美があまりにも不憫だったせいで、夢主は思わず警戒心が薄れて笑みをこぼした。
やっと夢主が笑ったことに安堵して、宇佐美はスマホの連絡先を見せた。
「あ、僕宇佐美時重。こいつは尾形百之助。多分他にも結構講義被ってると思うから、良かったら他のも一緒に受けよう。これ僕のID。よろしくね。」
慌てて夢主も自分のスマホを取り出す。
連絡先交換など久々で、夢主は連絡先を登録するアプリの使い方を思い出せずモタモタしてしまった。
そして、おずおずと宇佐美の顔色をうかがった。
「私は夢主……知ってると思うけど、私と一緒にいるとトラブルに巻き込まれるかもしれないけど、いいの?」
宇佐美は手慣れた手つきで尾形の上着のポケットからスマホを取り出すと、勝手に尾形の連絡先も登録した。
「いいのいいの。こう見えて僕たち結構強いよ~いざとなったら用心棒もするからさ、任せて。」
いままでの男性たちとは違った雰囲気に夢主は驚きを隠せなかった。
夢主自身も全く警戒していないわけではなく、「なぜそこまでしてくれるのだろう、いつか裏切るのではないだろうか」と怯える心もあった。
それでも彼らは他の人とは違う。信じてみたいと心のどこかで感じたのだった。
そこから講義をいくつも一緒に受けて仲良くなり、いつしか夢主は寮を出て宇佐美と尾形がルームシェアしている部屋に入り浸るようになった。
ストーカーやナンパ男たちからは二人と常に一緒に居ることで付きまとわれることが徐々になくなった。
これに関しては裏で宇佐美や尾形が粘着していた男たちに絡み、圧をかけたことが要因であった。
特定の男性二人と常に一緒にいるようになったことでまた違った噂が流れ出すこともあったが、宇佐美や尾形がこそこそと話している連中を威嚇して時には物理的に蹴散らすので自然と落ち着いていった。
それに伴い、他の男性狙いだった派手な女性たちが夢主への興味をなくして嫌がらせが止まり、無害な女子たちは少しずつではあったが友好的な日常会話程度はしてくれるようになった。
「大学生活って、楽しいんだね。」
大学2年生も終わりが近づいた冬。
いつものように尾形と宇佐美の部屋でだらだらと過ごしているとき、出会った当初では考えられないくらい屈託のない笑みを浮かべて笑うようになった夢主がぽつりと零した。
それを聞いた二人は顔を見合わせた。
「私が楽しめてるのは、2人のおかげだよ。」
「そんなそんな~。」
「ははあ。」
夢主が微笑みかけると、宇佐美と尾形は照れ臭そうに笑った。
尾形にいたっては偉そうにふんぞり返っていた。
「これからもずっと、仲良くしてくれる?」
普通なら恥ずかしくて言いにくい言葉を放ち、どこか切なさを感じるほど不安そうな表情で夢主が二人を見つめると、二人は一瞬真顔になり部屋が静まりかえった。
そしてどちらからともなく笑いだすと、夢主の頭を二人がかりでわしゃわしゃと撫でまわした。
こうして3人は大学生活を満喫して、同じ大学から同じ企業へと入社し、現在に至るのであった。
おわり。
【あとがき:モテすぎて嫌われたみたいな経緯を書きたかった。なんか宇佐美の功績がデカい。】