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尾形
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年下の彼/尾形
驚いた。
週末の金曜日、仕事帰りに自分のアパートへ帰宅したら、アパートの前で青年がひとり座り込んでいた。
私の部屋の前ではなかったが、彼の前を通らないと部屋に入れない
冬の夜に、共用廊下の電灯にぼんやりと照らされた青年が一瞬この世の者ではないような気がして、ぞっとしてしまった。
高校生か大学生だろうか。
私服だから年齢がわからないが、20歳そこそこに見える。
雪が降るほどではないが、寒い夜に彼はパーカー1枚で座り込んでいた。
ツーブロックでトップをオールバックに流しているものの、しっかりセットしているわけではないらしく前髪が彼の顔に更に影を落としていた。
気まずく思いながらも彼の方へ近づくと、彼は私に気付いたようだった。
彼がこちらを向いたとき、顔に最近できたものであろう痣があることに気付く。
ぎょっとしながらもこのアパートの住人の知り合いかと思って、ぺこりとお辞儀をした。
希薄な人間関係が多い現代でも、私はこの程度の挨拶は一応していた。
私がお辞儀するも、彼はそれを見た後またさっきまでのように項垂れた。
そろーっと忍び足で家の前に行き、なんだか怖いので急いで部屋に入り鍵をかける。
痩せた青年とはいえ男の人に押し入られたら力では敵わないからだ。
スーツから部屋着に着替えて、簡単に片づけや掃除、洗濯機をまわす。
寒い夜だから、久々にお湯をはってお風呂にも入った。
色々家事をしてからなので遅くなってしまったが自炊をする。
明日は休みだし、少し気持ちに余裕があったのだ。
一人暮らしも長くなってきて、料理のレパートリーも多少は増えた気がするが、同時に手抜きも覚えた。
ということで、あまりものを処分するために簡単な鍋にした。
寒い夜には鍋は最高だ。
鍋を作っていると、野菜を入れすぎたのか一人では食べきれない量になってしまった。
明日の朝ごはんに回してもいいのだが、実は今日の仕事が忙しすぎて昼食に食べられなくて持ち帰ったパンがあって、さすがに明日の朝にはそのパンを処理したいところ。
うーんと考えているとき、一瞬忘れかけていたが座り込んでいた彼を思い出した。
これが良好な関係を築けているお隣さんとか友達だったら迷わず鍋に誘うんだけど……。
知らないひとを家にあげるのも抵抗がある。
そもそも彼は誰を待っているのだろう?
気付くと私が帰宅したから少なくとも一時間以上は経っている。
ひとまずゴミ出しをするフリをして、家から出ると彼はまだアパートの前に座り込んでいた。
眠っているわけでもなく、何をするわけでもなく、ぼんやりとしている。
彼の鼻先や耳が赤く染まっていて、かなり長い時間そうしていたと予想ができる。
よく見ると、スマホや手荷物などが何一つない。
これは訳アリの予感……。
ゴミ捨て場にゴミ袋を置いて、家まで戻る。
また彼の前を通ることになるので、勇気を出して声をかけてみた。
「あの……」
最初彼は私に声をかけられたのだと気づいていないようだった。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る声をかけると、彼はやっと自分が話しかけられたことに気付いた。
こちらを見る目がどこか寂しそうで、闇の深い澄んだ黒い瞳をしていた。
「……あぁ。」
「でも、もう一時間もこうしていますよ。連絡とりたい人がいるなら、スマホ、貸しますよ。」
私が勇気を出して自分のスマホを見せると、彼はまた項垂れた。
「……連絡とれるやつなんていない。」
「そう、ですか。誰かを待っているわけではないんですか?」
彼は私が話しかけてくることを少し鬱陶しそうにしている。
黙って首を振った。
20歳そこらの青年にしては、縮こまったその姿は幼く見えた。
「じゃあ、……ひとまずうちに来ませんか。ごはん余ってるんです。」
うち、と言いながら自分の家を指さす私。
私を見上げたままその言葉の意味がはじめは理解できていない様子だったが、少しの間をおいて彼は驚いたような表情を浮かべた。
「……いいのか。」
凄く考えたあとに彼は短くそう聞いた。
「いいですよ。お鍋作りすぎちゃって、どうしようかと思っていたんです。」
にっこり笑いながら答え、彼を呼ぶことに成功した私は部屋まで彼を案内した。
彼は気まずそうにしながらも私の後に続いて部屋に入った。
できたての鍋の香りが家の中に広がっている。
心なしか部屋もあたたかいような気がした。
彼に適当に座っているようにと伝えたところ、こたつにしっかりと入っていてやっぱり寒かったんだろうとちょっと笑ってしまった。
二人分の食器を運んで、最後にアツアツの鍋を彼の前に出す。
適当に取り分けて彼に器を与えると、彼は黙ってそれを受け取って一口二口、そしてどんどん止まらなくなる。
食べていくうちに寒さで凍えていた彼の表情が少し和らいだような気がする。
たくさん食べてください、と菜箸を渡して、私も一緒にご飯を食べる。
職場の食堂やデスク以外で誰かと一緒に食べるのは久しぶりだった。
食べながら簡単にお互いの自己紹介をする。
彼の名前が「尾形」ということ・彼は近所の大学に通う3年生であること・実は今現在帰る家がないことを教えてくれた。
尾形くんの父親はお金持ちで大学の学費は一括で払ってくれているので通えているが、尾形くんは父親の不倫相手の子供らしく父親は正妻と住んでいるから住まいは別だし出入りができない。
尾形くんの母親は夜の仕事をして働いているものの、ホストに入れ込んでいたりとっかえひっかえに男を連れ込んでいて居場所がなかったとのこと。
ついに、母親の彼氏に暴力を振るわれて、次に会ったら殺すと言われてからは家に帰っていないそうだ。
相手の男は肉体労働をしていてかなりガタイが良く、食事も滅多に食べられない尾形くんでは力では到底かなわなかったという。
はじめは大学の研究室に泊まり込んだり友人の家にいたそうだが、さすがに毎日ずっと同じところに留まれなくなってしまったそう。
なぜ私のアパートに座り込んでいたのか聞くと、昔母親とこの辺りに住んでいたことがあったそうで、気づいたらここにいたそうだ。
アパートの電灯が、何もない暗闇にいるよりは温かく感じたとも言っていた。
そんな話を聞いて、私は胸がいっぱいになってしまった。
よくそんな環境でここまで生きてこられた。
私が泣きそうになっているのを見て、尾形くんは少し気まずそうな顔をした。
そりゃあそうだろう、同情だけされたって、何にもならないもんね。
「……じゃあさ、うちから通えばいいよ。」
食事を終えたタイミングで私がそう言うと、ある程度鍋を食べて顔色の良くなった尾形くんが「は?」と気の抜けた声をあげた。
「私、見ての通り一人暮らしだし両親や友達もほとんどうちに来ないの。だから尾形くんはここから学校通いなよ。」
その言葉に、尾形くんが目を丸くしている。
なんだか驚いた表情が猫みたいだ。
「夢主……さん、に、何のメリットもないだろ。」
言いづらそうに名前にさん付けをした尾形くん。
ふふ、と思わず笑ってしまった。
「じゃあ家事をちょっと手伝ってもらおうかな。生活費はこれから就活や卒論の発表とかで忙しくなるからバイトもままならないでしょ?ふふ、出世払いしてもらおうかな~。」
お腹いっぱいになって眠気が襲ってくる。
ふわ~と伸びをして、私はそのまま炬燵にごろんと横になった。
尾形さんは驚いたままではあったが私の眠たそうな様子を見て、小さく「よろしくお願いします」と呟いた。
その言葉を聞きながら、私は疲れていたのもあって眠ってしまった。
夜中にハッと気づいて飛び起きると、鍋や食器が片付けられていて、尾形くんは炬燵の脇に遠慮がちに足だけ入って眠っていた。
柔らかいクッションがあるとはいえ、そんな状態で寝たら風邪を引いてしまうと来客用の布団を出して彼に被せると、寝ぼけたまま彼は丸まった。
さっそく片付けという家事をこなしてくれたことに、嬉しく思いながら私は改めて自分の布団に入った。
明日は彼にもちゃんと布団を敷いてあげよう。
翌朝、いつもより早く起きたつもりだったが、とっくに尾形くんは起きていた。
温かいスープを作ってくれていたようで、それと冷蔵庫に入れておいたパンを出してくれて、そうそうこれこれ、とねむけ眼のまま炬燵に入る。
「おはよう尾形くん……ありがとう。尾形くんも冷蔵庫のもの食べていいよ……。」
寝ぼけたまま、そう伝えると尾形くんは「はい」と短く答えた。
まだぎこちない感じがしてちょっとだけ笑ってしまった。
尾形くんには昨日お風呂を勧めるのを忘れていた。
今日の夜またお湯をはるから、ひとまずシャワーで我慢してもらった。
私の父親が以前に置いて行ったスウェットを彼に貸して、彼の着ていた服は洗濯した。
「今日、予定ある?」
「いや。」
身支度をしながら聞くと、そう短く返答が来る。
尾形くんはどうやら元々クールなようだ。
じゃあ、ということで土曜日は一日彼のものをそろえるために買い物に行くことにした。
どうやらある程度の私物は大学の研究室に詰め込んであるらしいが、服やスマホなど娯楽品に近いものは何も持っていないとのことだった。
生活必需品はもちろんのこと、これからスーツも必要になるだろうし、スマホがなく連絡が取れない人がまともなところに就活できるはずがない。
お金はかかってしまったけれど貯金もあったし惜しみなく使った。
それで少しでも彼の気持ちが癒えたらと思ったのだ。今までの人生で辛い思いをしてきた分、私が補填したかった。
そうして、私たちははじめはぎこちなく、いつからか一緒にいることが当然のように生活をしていった。
彼がバイトを始めて生活費をくれたり、研究室にこもりきりになってしまったり、就活の練習につきあったりと変動はあったが穏やかで楽しい日々だった。
時は流れて初めて出会ってから2年後のこと。
尾形くんは地元の大きい企業に入社し、しばらく忙しそうにしていた。
コミュニケーション能力に難があると思っていたが、どうやら上辺だけ取り繕うのは得意だったようで、上役に取り入って期待の新人として可愛がってもらっているらしい。
いつものように一緒に食卓を囲んで、食後にお茶を飲みながらまったりしているとき、彼に突然プロポーズされた。
今まで同棲していたとはいえ、恋人同士とは異なる共同生活と呼ぶことが正しいくらいの健全な付き合いをしていた。
あえて断言するが、普通の男女のようなスキンシップをとったことはない。
恋愛の話などほとんどしたことがないし、私も彼もお互いに生活を共にしていることから相手がフリーであることは分かり切っていたが、そういう全く雰囲気にはならなかった。
カッコいい尾形くんのことだ、きっとどこかで彼女を作るだろう。
私はいつか彼が自立したら家を出て行ってしまうとどこかで寂しく思っていた。
それが結局、就職して安定して給料が入るようになっても彼は離れなかった。
嬉しく思いながらも、これはどういう関係なのかと悩むこともあった。
悩んだ挙句結論は出なくて姉弟みたいな感じだとあきらめて勝手に解釈していたが、どうやら彼は違ったらしい。
「夢主さんに助けてもらったおかげで俺は生きてこられた。これからは俺が夢主さんを助けられるようになるから、結婚してほしい。」
一瞬でぶわーっと涙が出てしまって、答えられなかった。
唇がわなわなと震えて、息を吸うので精一杯だった。
泣くこと自体が久しぶりすぎて、苦しかった。
「……う、嬉し……。ありがと、うぅ。」
途切れ途切れにそれだけ言うので精一杯で、私がしゃくりあげていると尾形くんは困ったように笑っていた。
おもむろに尾形くんが私の方に寄ってきたかと思うと、ぎゅうと抱きしめた。
尾形くんは出会ったころと比べるとかなり体格が良くなった気がする。
彼の胸板に顔がくっつくと、尾形くんの心臓がドキドキと言っているのが聞こえる。
ああ、彼も緊張したんだなぁ、となんだか嬉しくなった。
「……あー、ずっとこうしたかった。」
そう呟いた彼の声がいつもより少し低く耳元に響いて思わずドキっとする。
そして身体を優しく少し押されて床に倒れる。
抱きしめられたままだったのでほとんど衝撃はなくて、彼が私の頭を撫でたかと思うと動きが止まる。
まだ涙が引っ込まない潤んだ眼で見つめると、真剣な表情をした尾形くんと目が合った。
心臓が高鳴るのを覚えながらも何も言えなくなってしまう。
「……散々我慢したんだから、覚悟しろよ。」
そう呟いた尾形くんに唇を奪われて、何度も何度も啄むようなキスや舌を絡ませるような深いキスまで繰り返され、私は脳みそまでとろけてしまって一瞬で彼に溺れてしまった。
おわり。
【あとがき:危ない濡れ場まで書きそうになりました(笑)年下尾形に違和感があるのは原作尾形がおじさん臭いせいか……?】
驚いた。
週末の金曜日、仕事帰りに自分のアパートへ帰宅したら、アパートの前で青年がひとり座り込んでいた。
私の部屋の前ではなかったが、彼の前を通らないと部屋に入れない
冬の夜に、共用廊下の電灯にぼんやりと照らされた青年が一瞬この世の者ではないような気がして、ぞっとしてしまった。
高校生か大学生だろうか。
私服だから年齢がわからないが、20歳そこそこに見える。
雪が降るほどではないが、寒い夜に彼はパーカー1枚で座り込んでいた。
ツーブロックでトップをオールバックに流しているものの、しっかりセットしているわけではないらしく前髪が彼の顔に更に影を落としていた。
気まずく思いながらも彼の方へ近づくと、彼は私に気付いたようだった。
彼がこちらを向いたとき、顔に最近できたものであろう痣があることに気付く。
ぎょっとしながらもこのアパートの住人の知り合いかと思って、ぺこりとお辞儀をした。
希薄な人間関係が多い現代でも、私はこの程度の挨拶は一応していた。
私がお辞儀するも、彼はそれを見た後またさっきまでのように項垂れた。
そろーっと忍び足で家の前に行き、なんだか怖いので急いで部屋に入り鍵をかける。
痩せた青年とはいえ男の人に押し入られたら力では敵わないからだ。
スーツから部屋着に着替えて、簡単に片づけや掃除、洗濯機をまわす。
寒い夜だから、久々にお湯をはってお風呂にも入った。
色々家事をしてからなので遅くなってしまったが自炊をする。
明日は休みだし、少し気持ちに余裕があったのだ。
一人暮らしも長くなってきて、料理のレパートリーも多少は増えた気がするが、同時に手抜きも覚えた。
ということで、あまりものを処分するために簡単な鍋にした。
寒い夜には鍋は最高だ。
鍋を作っていると、野菜を入れすぎたのか一人では食べきれない量になってしまった。
明日の朝ごはんに回してもいいのだが、実は今日の仕事が忙しすぎて昼食に食べられなくて持ち帰ったパンがあって、さすがに明日の朝にはそのパンを処理したいところ。
うーんと考えているとき、一瞬忘れかけていたが座り込んでいた彼を思い出した。
これが良好な関係を築けているお隣さんとか友達だったら迷わず鍋に誘うんだけど……。
知らないひとを家にあげるのも抵抗がある。
そもそも彼は誰を待っているのだろう?
気付くと私が帰宅したから少なくとも一時間以上は経っている。
ひとまずゴミ出しをするフリをして、家から出ると彼はまだアパートの前に座り込んでいた。
眠っているわけでもなく、何をするわけでもなく、ぼんやりとしている。
彼の鼻先や耳が赤く染まっていて、かなり長い時間そうしていたと予想ができる。
よく見ると、スマホや手荷物などが何一つない。
これは訳アリの予感……。
ゴミ捨て場にゴミ袋を置いて、家まで戻る。
また彼の前を通ることになるので、勇気を出して声をかけてみた。
「あの……」
最初彼は私に声をかけられたのだと気づいていないようだった。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る声をかけると、彼はやっと自分が話しかけられたことに気付いた。
こちらを見る目がどこか寂しそうで、闇の深い澄んだ黒い瞳をしていた。
「……あぁ。」
「でも、もう一時間もこうしていますよ。連絡とりたい人がいるなら、スマホ、貸しますよ。」
私が勇気を出して自分のスマホを見せると、彼はまた項垂れた。
「……連絡とれるやつなんていない。」
「そう、ですか。誰かを待っているわけではないんですか?」
彼は私が話しかけてくることを少し鬱陶しそうにしている。
黙って首を振った。
20歳そこらの青年にしては、縮こまったその姿は幼く見えた。
「じゃあ、……ひとまずうちに来ませんか。ごはん余ってるんです。」
うち、と言いながら自分の家を指さす私。
私を見上げたままその言葉の意味がはじめは理解できていない様子だったが、少しの間をおいて彼は驚いたような表情を浮かべた。
「……いいのか。」
凄く考えたあとに彼は短くそう聞いた。
「いいですよ。お鍋作りすぎちゃって、どうしようかと思っていたんです。」
にっこり笑いながら答え、彼を呼ぶことに成功した私は部屋まで彼を案内した。
彼は気まずそうにしながらも私の後に続いて部屋に入った。
できたての鍋の香りが家の中に広がっている。
心なしか部屋もあたたかいような気がした。
彼に適当に座っているようにと伝えたところ、こたつにしっかりと入っていてやっぱり寒かったんだろうとちょっと笑ってしまった。
二人分の食器を運んで、最後にアツアツの鍋を彼の前に出す。
適当に取り分けて彼に器を与えると、彼は黙ってそれを受け取って一口二口、そしてどんどん止まらなくなる。
食べていくうちに寒さで凍えていた彼の表情が少し和らいだような気がする。
たくさん食べてください、と菜箸を渡して、私も一緒にご飯を食べる。
職場の食堂やデスク以外で誰かと一緒に食べるのは久しぶりだった。
食べながら簡単にお互いの自己紹介をする。
彼の名前が「尾形」ということ・彼は近所の大学に通う3年生であること・実は今現在帰る家がないことを教えてくれた。
尾形くんの父親はお金持ちで大学の学費は一括で払ってくれているので通えているが、尾形くんは父親の不倫相手の子供らしく父親は正妻と住んでいるから住まいは別だし出入りができない。
尾形くんの母親は夜の仕事をして働いているものの、ホストに入れ込んでいたりとっかえひっかえに男を連れ込んでいて居場所がなかったとのこと。
ついに、母親の彼氏に暴力を振るわれて、次に会ったら殺すと言われてからは家に帰っていないそうだ。
相手の男は肉体労働をしていてかなりガタイが良く、食事も滅多に食べられない尾形くんでは力では到底かなわなかったという。
はじめは大学の研究室に泊まり込んだり友人の家にいたそうだが、さすがに毎日ずっと同じところに留まれなくなってしまったそう。
なぜ私のアパートに座り込んでいたのか聞くと、昔母親とこの辺りに住んでいたことがあったそうで、気づいたらここにいたそうだ。
アパートの電灯が、何もない暗闇にいるよりは温かく感じたとも言っていた。
そんな話を聞いて、私は胸がいっぱいになってしまった。
よくそんな環境でここまで生きてこられた。
私が泣きそうになっているのを見て、尾形くんは少し気まずそうな顔をした。
そりゃあそうだろう、同情だけされたって、何にもならないもんね。
「……じゃあさ、うちから通えばいいよ。」
食事を終えたタイミングで私がそう言うと、ある程度鍋を食べて顔色の良くなった尾形くんが「は?」と気の抜けた声をあげた。
「私、見ての通り一人暮らしだし両親や友達もほとんどうちに来ないの。だから尾形くんはここから学校通いなよ。」
その言葉に、尾形くんが目を丸くしている。
なんだか驚いた表情が猫みたいだ。
「夢主……さん、に、何のメリットもないだろ。」
言いづらそうに名前にさん付けをした尾形くん。
ふふ、と思わず笑ってしまった。
「じゃあ家事をちょっと手伝ってもらおうかな。生活費はこれから就活や卒論の発表とかで忙しくなるからバイトもままならないでしょ?ふふ、出世払いしてもらおうかな~。」
お腹いっぱいになって眠気が襲ってくる。
ふわ~と伸びをして、私はそのまま炬燵にごろんと横になった。
尾形さんは驚いたままではあったが私の眠たそうな様子を見て、小さく「よろしくお願いします」と呟いた。
その言葉を聞きながら、私は疲れていたのもあって眠ってしまった。
夜中にハッと気づいて飛び起きると、鍋や食器が片付けられていて、尾形くんは炬燵の脇に遠慮がちに足だけ入って眠っていた。
柔らかいクッションがあるとはいえ、そんな状態で寝たら風邪を引いてしまうと来客用の布団を出して彼に被せると、寝ぼけたまま彼は丸まった。
さっそく片付けという家事をこなしてくれたことに、嬉しく思いながら私は改めて自分の布団に入った。
明日は彼にもちゃんと布団を敷いてあげよう。
翌朝、いつもより早く起きたつもりだったが、とっくに尾形くんは起きていた。
温かいスープを作ってくれていたようで、それと冷蔵庫に入れておいたパンを出してくれて、そうそうこれこれ、とねむけ眼のまま炬燵に入る。
「おはよう尾形くん……ありがとう。尾形くんも冷蔵庫のもの食べていいよ……。」
寝ぼけたまま、そう伝えると尾形くんは「はい」と短く答えた。
まだぎこちない感じがしてちょっとだけ笑ってしまった。
尾形くんには昨日お風呂を勧めるのを忘れていた。
今日の夜またお湯をはるから、ひとまずシャワーで我慢してもらった。
私の父親が以前に置いて行ったスウェットを彼に貸して、彼の着ていた服は洗濯した。
「今日、予定ある?」
「いや。」
身支度をしながら聞くと、そう短く返答が来る。
尾形くんはどうやら元々クールなようだ。
じゃあ、ということで土曜日は一日彼のものをそろえるために買い物に行くことにした。
どうやらある程度の私物は大学の研究室に詰め込んであるらしいが、服やスマホなど娯楽品に近いものは何も持っていないとのことだった。
生活必需品はもちろんのこと、これからスーツも必要になるだろうし、スマホがなく連絡が取れない人がまともなところに就活できるはずがない。
お金はかかってしまったけれど貯金もあったし惜しみなく使った。
それで少しでも彼の気持ちが癒えたらと思ったのだ。今までの人生で辛い思いをしてきた分、私が補填したかった。
そうして、私たちははじめはぎこちなく、いつからか一緒にいることが当然のように生活をしていった。
彼がバイトを始めて生活費をくれたり、研究室にこもりきりになってしまったり、就活の練習につきあったりと変動はあったが穏やかで楽しい日々だった。
時は流れて初めて出会ってから2年後のこと。
尾形くんは地元の大きい企業に入社し、しばらく忙しそうにしていた。
コミュニケーション能力に難があると思っていたが、どうやら上辺だけ取り繕うのは得意だったようで、上役に取り入って期待の新人として可愛がってもらっているらしい。
いつものように一緒に食卓を囲んで、食後にお茶を飲みながらまったりしているとき、彼に突然プロポーズされた。
今まで同棲していたとはいえ、恋人同士とは異なる共同生活と呼ぶことが正しいくらいの健全な付き合いをしていた。
あえて断言するが、普通の男女のようなスキンシップをとったことはない。
恋愛の話などほとんどしたことがないし、私も彼もお互いに生活を共にしていることから相手がフリーであることは分かり切っていたが、そういう全く雰囲気にはならなかった。
カッコいい尾形くんのことだ、きっとどこかで彼女を作るだろう。
私はいつか彼が自立したら家を出て行ってしまうとどこかで寂しく思っていた。
それが結局、就職して安定して給料が入るようになっても彼は離れなかった。
嬉しく思いながらも、これはどういう関係なのかと悩むこともあった。
悩んだ挙句結論は出なくて姉弟みたいな感じだとあきらめて勝手に解釈していたが、どうやら彼は違ったらしい。
「夢主さんに助けてもらったおかげで俺は生きてこられた。これからは俺が夢主さんを助けられるようになるから、結婚してほしい。」
一瞬でぶわーっと涙が出てしまって、答えられなかった。
唇がわなわなと震えて、息を吸うので精一杯だった。
泣くこと自体が久しぶりすぎて、苦しかった。
「……う、嬉し……。ありがと、うぅ。」
途切れ途切れにそれだけ言うので精一杯で、私がしゃくりあげていると尾形くんは困ったように笑っていた。
おもむろに尾形くんが私の方に寄ってきたかと思うと、ぎゅうと抱きしめた。
尾形くんは出会ったころと比べるとかなり体格が良くなった気がする。
彼の胸板に顔がくっつくと、尾形くんの心臓がドキドキと言っているのが聞こえる。
ああ、彼も緊張したんだなぁ、となんだか嬉しくなった。
「……あー、ずっとこうしたかった。」
そう呟いた彼の声がいつもより少し低く耳元に響いて思わずドキっとする。
そして身体を優しく少し押されて床に倒れる。
抱きしめられたままだったのでほとんど衝撃はなくて、彼が私の頭を撫でたかと思うと動きが止まる。
まだ涙が引っ込まない潤んだ眼で見つめると、真剣な表情をした尾形くんと目が合った。
心臓が高鳴るのを覚えながらも何も言えなくなってしまう。
「……散々我慢したんだから、覚悟しろよ。」
そう呟いた尾形くんに唇を奪われて、何度も何度も啄むようなキスや舌を絡ませるような深いキスまで繰り返され、私は脳みそまでとろけてしまって一瞬で彼に溺れてしまった。
おわり。
【あとがき:危ない濡れ場まで書きそうになりました(笑)年下尾形に違和感があるのは原作尾形がおじさん臭いせいか……?】