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尾形
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テレパシー/尾形
職場の女性陣でランチをしているときのこと。
同僚の女性が「私、最近催眠術をマスターしたの!」と意気揚々と発表する。
皆、え~っほんとに~!?すご~い!などと口々に興奮した様子で食いつく。
私はというと、その手の物はそこまで信じていなくて、朝の星座占いで良い順位だとラッキーだなぁくらいに思う程度だ。
お弁当をつまみながらも「凄いね」と褒めると、同僚は嬉しそうに笑う。
話を聞いていると、よくある一時的に眠ってしまうやつだったり、手を握ったまま離せなくなるようなものが多いようだ。
何人か試しに催眠術をかけてもらっていて、本当か嘘かは分からないがリアクションを見るに本当のような気がする。
でも演技の可能性もあるし、何ならかけてもらう側の人が催眠術にかかりにいっているとも思った。
「夢主もやってあげるよ。」と言われて、私はたじろいでしまう。
これで拒否をしようものなら、同僚との関係にヒビが入るかもしれない。と怖気着いた私は同僚にされるがままにイスに誘導される。
どんな催眠術が良いかと聞かれても、よくわからないので答えに詰まる。
同僚にお任せすると、「任せて☆恋のおまじないやってあげる。これで夢主にも恋人ができるよ!」とお節介にも皆の前で宣言してくれた。
文句を言う前に始まってしまって、仕方がなく目を閉じておとなしくする。
変な呪文をかけられている間、私はどんなリアクションをしようと頭をフル回転させていた。
あ~最近悩みもあって疲れているから、頭がふわふわしてきた。
「夢主……?夢主!」
そう声をかけられてハッと顔を上げる。
考え込んでいる間に寝てしまったのか、相当集中してしまったのか、同僚が私の顔を覗き込んでいた。
そこまで時間は経っていないようで、皆が催眠術の効果はどうだと口々に聞いてきた。
結局気が利く答えが出てこなかった私は、「なんだか頭がふんわりした。」とだけ感想を伝えた。
それが面白くなかったのだろう。それからそろそろ昼休みが終わる時間だったのもあって、催眠術の回はお開きになった。
デスクに戻ろうとすると、先ほどの同僚が私に声をかけた。
そちらへ行くと、同僚が声をひそめて私に言う。
「さっきのはね、夢主のことが好きな人とだけテレパシーで会話ができる催眠術をかけたの。」
「えっ」
「私が催眠術かけたこと内緒ね~」
そう言って同僚は去っていった。
催眠術ってその場限りじゃないの?
そもそも、恋のおまじないがテレパシーなの?
疑問が頭をいっぱいにしたが、それよりも午後の仕事が始まってしまう。
私は慌ててデスクへ向かった。
自分の席に戻ると、机には山盛りの書類。
「……。」
またか……と顔をしかめてしまう。
最近の私の悩みは、上司からの仕事の圧の大きさだった。
期待してくれているのならばまだやる気は出るが、多分違うと思う。
私の上司は「尾形」と言って、顔がカッコイイから女子社員からは人気があるのだが、性格に難のある男。
彼は仕事はできるがデリカシーや優しさのかけらもない非情な人間だ。
その証拠にこうやって、何の指示も出さないままに仕事を私に投げつけてくる。
デスクから振り返って尾形さんの方を見る。
目が合わないのはわざとだろう。
「尾形さん……なんなんですかこれ!まともな指示もない上に、こんなに今週末期限のものばっかり!」
私がツカツカと歩いて尾形さんの方へ行くと、彼は涼し気な表情でコーヒーを一口飲む。
そして悠長に自分の手元のファイルを何枚かめくったかと思うと、私の手にポンッとそれを乗せる。
「ああ、あとこれも。」
「……っ!」
怒りのあまり声が出ない。
皆も私が尾形さんからパワハラぎりぎりの仕事の押し付けをされているのを知っているので、かわいそうに……といった同情の眼をむけられるだけだった。
最初のうちは尾形さんを好きな女子社員たちから羨ましいと声があがったが、段々押し付けられる量が増えるにつれて、皆いくら尾形さんと接点ができてもこんな量の仕事はやりたくないと引いていった。
頭にきたので、何も言わずファイルを持って席に戻った。
定時になって皆が帰る支度をするが、私は一向に帰れそうにない。
いつも通り安定の終電だと諦めた。
尾形さんを恨めしく思いながら気晴らしにお茶でもいれてこようと立ち上がる。
たまたま尾形さんの近くを通ると、尾形さんはこちらを見てフン、と鼻で笑ったあと颯爽と帰っていった。
憎いことに、彼は私の倍近い量の仕事をこなして定時に帰るのだ。
そして会社の近くの居酒屋で飲みまくって終電で帰る私に奇遇だな!と嫌味を放つのが趣味のようだ。
経験と持ち前の要領の良さを見せつけられているようで毎回頭にくる。
頭の中で尾形さんへ罵詈雑言を浴びせつつ黙々と仕事をこなす。
とりあえず区切りが良いところまで進めて、終わる兆しが見えてきたので明日に持ち越そうと決めた。
これで今週中にはギリギリ終わるだろう。
はーあ…とため息をついて首を回す。
ようやく集中力が途切れたのもあって、そこでやっと私を呼ぶ声に気付いた。
『夢主……?』
「え?」
『気付いたか。』
「……。」
返事ができなかった。
何故ならこのオフィスには私以外の残業している人はいない。
周りを見渡すも静まり返ったオフィスがあるだけだった。
『おい。』
その声は直接頭に流れてきている。
そのことに気付くと昼間の同僚の催眠術を思い出す。
たしか、「私のことを好きな人とだけテレパシーで会話ができる」催眠術だ。
催眠術が本当だったことも驚きだが、それ以上に私を好きな人がいる事の方が驚く。
私は脳内で返事をしてみた。
(あの……どういうことですか?)
『俺も分からない。急に聞き覚えのある声が頭に流れてきたんだ。夢主だよな?』
男性は私の声を聞き覚えがある声だと言う。
しかし、私は男性の声を聞いてもすぐに誰だとはわからなかった。
初恋の人?学生のときの先輩?同僚にはこんなに声が低い人はいないよな……。
(あの失礼ですが、どなたですか?)
そう問いかけると男性は黙ってしまった。聞かれたくないのだろうか。
あ、でもそうか、私のことを好きなのだから、言い出しにくいのかもしれない。
(すみません、やっぱり大丈夫です。後で言えるときに言ってください。)
『ああ。すまない。』
そう短く言ったあとは、彼の個人を断定するようなことは話さなかった。
帰り道から夜眠るまでずっとその男性と脳内で会話していた。
次の日からも、暇があれば男性と会話をしていた。
集中したいときは電話を切るように遮断できるので、お互いのプライバシーは守られた。
男性は聞き上手で包容力があって話しやすかった。
悩みがあるなら聞くと言ってくれて、尾形さんの話をしてしまう。
男性は酷い奴だと同情して慰めてくれた。
そして同時に、私は頑張っていると褒めてくれた。
それが嬉しくて、つい色んな話をしてしまった。
私を好いているのを知っているのは私だけなのかもしれない。
もし相手が分かってしまったらお互いに日常生活に支障が出てしまうかもしれないから、もう詮索しないことにした。
件の同僚には、催眠術にはかからなかったと報告したところ、「ふーんそう?」と意味深な笑みを浮かべられてしまった。
もしかしたら人前だったから評判を落とされたくなくて強がったのかもしれない。
脳内会話を続けて早一か月が経とうとしていた。
相変わらず尾形さんからは嫌がらせのような仕事量を押し付けられ、脳内の彼に愚痴る日々だった。
(お疲れ様です。今日はこれから職場の飲み会なんです。)
『お疲れ。楽しんでな。』
(ありがとうございます。でもあの上司もいるんですよ……お酒がまずくなります。)
『はは、大丈夫だ。また話はいくらでも聞いてやるからな。』
(ほんとに……あなたが上司だったら良かったのに。)
『……ああ。そうだな。』
声だけの会話なので相手の表情はわからない。
実際私も飲み会に指定された居酒屋へきゃあきゃあと色めき立った女子社員の群れと一緒に移動している最中で、表情だけみれば意気揚々としているかもしれない。
なんとなく彼は時々切なそうな顔をしているような気がする。
気のせいかもしれないけれど。
適当なところで脳内の会話を終わらせて居酒屋へ入る。
すでに尾形さんを含む男性社員が何人か座敷にいて宴は始まっているようだ。
皆尾形さんの隣を狙って騒いでいる。
そんな女子社員に紛れてこっそり端っこに腰を下ろそうとすると、尾形さんが急に私を呼んだ。
「夢主。」
皆の騒ぎ声に紛れて、聞こえてないふりをしようとした。
しかし、私の名前を尾形さんが呼んだことに驚いた皆が静まり返った。
その間に尾形さんはもう一度私の名前を呼んだ。
「おい。聞こえてないのか夢主。」
不機嫌そうな顔。そして声。
尾形さんは皆が注目しているのに、ジェスチャーで自分の隣の座布団を指さした。
どうせ仕事のことで怒られるのだろうとビクビクしながら尾形さんの隣に座る。
女子たちも私が尾形さんの隣を獲ったことよりも説教でもされるのだろうと同情した眼差しをくれた。
しかし私の予感とは裏腹に、尾形さんは私の前にあったグラスにビールを注ぐと、飲め、と差し出した。
上司にお酌をさせてしまったが、そんなことよりもいつお説教が始まるかとビクビクしていた。
「い、いただきます……。」
「美味いか。」
「お、おいしいです。」
そう聞かれて凄く困った。
意図が読めずに困惑しつつ棒読みに答えると、尾形さんはフン、と笑った。
ちびちび飲んでると、尾形さんも自分のジョッキにビールを注いで思い切り飲み干す。
飲み終えたらくるか、と身構えるも、尾形さんはおつまみに手を伸ばしていた。
誰かに助けを求めようとしたが、薄情なことに皆はそれぞれで楽しんでいて、私が会話に入れる隙はなさそうだ。
今か今かと待ち構えていても、何も起きないので少しほっとする。
しかし今度は何故私を隣に呼んだと疑問が浮かぶ。
私だって女子社員たちと仲良くお話がしたかった。
それなのにクソ鬼上司のお酌をして機嫌を伺いながら味もしない酒を飲むなんて……と情けなくなる。
しょんぼりしていると、目の前にずい、とメニューが出された。
「?」
メニューの持ち主を見ると尾形さんがいた。
「次何飲む。」
尾形さんは私が悶々としている間にどれだけ飲んだのだろうか。
普段はきっちりとスーツを着こなしているのにジャケットを脱いでいて、シャツ一枚な上にネクタイを緩めていて首元が見える。
普段の行いがなければこれは確かに色男だわ、と悔しく思いながらメニューを受け取る。
「じゃあ、カシオレで……。」
「ん。」
尾形さんは店員さんに注文してくれる。
ついでに自分のお酒も注文しているようだ。
ただそれだけのことなのにとても優しく感じてしまうのだから、これがDV被害者の心理か……と虚しくなる。
なんとなく、尾形さんは苦手だけど、声は良い気がする。
安心感があるというか。
ちょっと脳内の彼と似ているかもしれない。
……いやいや、ないか。尾形さんは私のこと嫌いなはずだもの。
特に誰とも会話のないまま、悶々とした気持ちでお酒を飲む。
脳内の彼とでも会話しようとしたが、どうやら彼の方が切断中のようでつながらない。
飲み会だと言ったから、遠慮しているのだろうか。
残念に思ってため息をつく。
その後急に尾形さんが私に肩を組んで絡んできた。
「ひえっ」
可愛くない悲鳴が飛び出る。
「なあ~夢主~。ちょっと小便、つれてってくれ。」
「ちょっ、セクハラですよ尾形さん……!」
どれだけ飲んでいるのだろうか、尾形さんの呂律が怪しい。
尾形さんが飲み会でここまでつぶれるのは珍しいな、と驚いてしまう。
見かねた男性社員が手伝ってくれると声をかけてくれたが、尾形さんが「野郎が触るな気持ち悪い」と睨みつけて短く言い放ったため、その社員は下がってしまった。
最悪。なんで上司をトイレまで運ばなくちゃいけないの!
しかもここの座敷ってトイレまでの廊下が遠いんだよう。
イライラしながら尾形さんを引きずってトイレへ向かう。
トイレの個室に尾形さんを押し込んで私はトイレの外の壁にもたれかかる。
私も結構飲んだなぁ……誰とも話さないとお酒飲みすぎちゃう。
暇なんだもんなぁ……と、ため息をついてると、急に脳内の会話がつながった。
『なあ。』
(何でしょう!?)
びっくりした。
彼は急に話を始める。
『夢主。』
(はい?)
『俺の声に聞き覚えはないか?』
(えっと、ちょっとわからないです。)
『そうか。』
そう言って彼は一旦会話を切る。
どういうつもりなのだろうかと目をつぶって悶々と考える。
私とはもう面識があるはずだもんなぁ、誰だかわからないなんて失礼かもしれないと思う。
でも変に知り合いだとぎこちなくなりそうだし……。
そこで名前を呼ばれる。
「……夢主。」
「はい。」
『夢主。』
「聞こえてますってば!」
トイレから出てきた尾形さんに二回も名前を呼ばれて、考え事をしていたのにとちょっとイラついて返事をしてしまう。
自分で返事をしておいて、びっくりした。
今、脳内で呼びかけなかった……?
いや、同じタイミングでつながっちゃっただけかな。
でも脳内の彼の方は何も言わない。
目の前の尾形さんはニヤリと不気味に口角を上げた。
混乱していると、酔っ払って足がもつれたのか尾形さんが私に覆いかぶさる。
壁に手をついて身体を支えた様子だったが、私と尾形さんの顔が近い。
いわゆる壁ドンというやつだ。
「お、尾形さん……?」
困惑した様子で尾形さんを見上げると、尾形さんはニッコリ笑った。
そして脳に声が響く。
『俺が尾形だって言ったら?』
嘘だ!
私は尾形さんを突き飛ばして逃げようとする。
しかし抵抗しても尾形さんはかなり酔っぱらっているはずなのに、ビクリともしない。
「お前のこと好いてるやつと脳内で話せるようになる催眠術、だっけか?」
「そのこと知って……!」
脳内に響いた声が尾形さんだと分かると顔を赤らめたり青ざめたりと私は忙しい。
確かに尾形さんの声だけど、尾形さんとは仕事でもそこまで話すことはないから、気付かなかった。
何より私を好いている人という条件から真っ先に外れていた。
尾形さんは器用にも脳内と直接を交互に組み合わせて私に語り掛ける。
『ちなみに俺がかけてもらった催眠術は「運命の人とテレパシーで会話ができる催眠術」だ。』
運命の人?
それが私ってこと……?
「そうだ。」
思わず脳内でそう考えてしまったために、尾形さんから即答で返事が来てびっくりする。
「ちょっと、脳内読むのやめてください。」
「止めりゃいいだろ。」
「……ずっと騙してたんですか。」
尾形さんを押していた両手を掴まれて壁に押し付けられる。
それどころか私の足の間に膝を割り込ませてぐいぐいと押し上げてくる。
内心焦りつつ、じろりと見上げると尾形さんはまったく酔っぱらってなどいなくて、全部演技だったと分かる。
そして真剣な顔だったがちょっと不機嫌そうに尾形さんが零す。
「最初はすぐネタ晴らししてお前をからかうつもりだったんだ。お前の愚痴聞いてやってるうちに、言えなくなった。」
「う、それは……。」
それはそうだろう。
だって私は愚痴の原因を本人に洗いざらい話していたのだから。
愚痴ではなくてただ喧嘩を吹っかけていただけだ。
いやでも、好きな人にあんな仕事の押し付けとか酷い仕打ちする?
「だって、尾形さん、私のこと嫌ってるから仕事押し付けてるはずじゃ……。」
気まずくなって少し顔を逸らして呟く。
横目で様子を窺うと尾形さんは意外そうに目を丸くした。
「は?」
「え?嫌いですよね?私のこと。じゃなかったらあんなに無茶な仕事ばかり……。」
尾形さんが私を壁に押し付けたまま俯いて、はぁーーと長い溜息をつく。
「お前優秀だから育ててやってたんだよ。……あと、お前が定時に帰ったら他の野郎共に飲み会だのコンパだの連れていかれるだろうが。」
「エッそれだけ!?」
「それだけとはなんだ。ちゃんとギリギリこなせる量をお前には与えてたんだぞ。帰りもちゃんと見届けてやってたし、調整も管理もフォローも完璧だ。」
尾形さんは心外そうにこちらを睨む。
私はまさか尾形さんの独占欲とかいうそんなくだらない理由で毎日疲弊していたのかと思うと、拍子抜けしてしまった。
「なんだぁ……。良かった。」
「それで?」
「え?」
「付き合ってくれるのか。」
時が止まった。
この状況でそれ言うの?
壁に押し付けられたままで両手もそろそろ痛くなってきた。
顔を背けたまま、テレパシーを飛ばす。
(いいですけど、これからは優しくしてくれますか……?)
横目に尾形さんを見上げると、尾形さんはニタリと笑って私の顎を乱暴に掴むとキスをした。
そして脳内に低い声が響く。
『嫌ってくらい甘やかしてやる。』
何度も深くキスをしている間、ずっと脳内で『可愛い』『好きだ』『お前しかいない』と恥ずかしい言葉が響く。
キスの濃厚さと脳みそに直接響く甘い言葉にくたりと力が抜けてしまった私を、尾形さんはその後見事にお持ち帰りしましたとさ。
おわり。
【あとがき:同僚まじグッジョブじゃない?】
職場の女性陣でランチをしているときのこと。
同僚の女性が「私、最近催眠術をマスターしたの!」と意気揚々と発表する。
皆、え~っほんとに~!?すご~い!などと口々に興奮した様子で食いつく。
私はというと、その手の物はそこまで信じていなくて、朝の星座占いで良い順位だとラッキーだなぁくらいに思う程度だ。
お弁当をつまみながらも「凄いね」と褒めると、同僚は嬉しそうに笑う。
話を聞いていると、よくある一時的に眠ってしまうやつだったり、手を握ったまま離せなくなるようなものが多いようだ。
何人か試しに催眠術をかけてもらっていて、本当か嘘かは分からないがリアクションを見るに本当のような気がする。
でも演技の可能性もあるし、何ならかけてもらう側の人が催眠術にかかりにいっているとも思った。
「夢主もやってあげるよ。」と言われて、私はたじろいでしまう。
これで拒否をしようものなら、同僚との関係にヒビが入るかもしれない。と怖気着いた私は同僚にされるがままにイスに誘導される。
どんな催眠術が良いかと聞かれても、よくわからないので答えに詰まる。
同僚にお任せすると、「任せて☆恋のおまじないやってあげる。これで夢主にも恋人ができるよ!」とお節介にも皆の前で宣言してくれた。
文句を言う前に始まってしまって、仕方がなく目を閉じておとなしくする。
変な呪文をかけられている間、私はどんなリアクションをしようと頭をフル回転させていた。
あ~最近悩みもあって疲れているから、頭がふわふわしてきた。
「夢主……?夢主!」
そう声をかけられてハッと顔を上げる。
考え込んでいる間に寝てしまったのか、相当集中してしまったのか、同僚が私の顔を覗き込んでいた。
そこまで時間は経っていないようで、皆が催眠術の効果はどうだと口々に聞いてきた。
結局気が利く答えが出てこなかった私は、「なんだか頭がふんわりした。」とだけ感想を伝えた。
それが面白くなかったのだろう。それからそろそろ昼休みが終わる時間だったのもあって、催眠術の回はお開きになった。
デスクに戻ろうとすると、先ほどの同僚が私に声をかけた。
そちらへ行くと、同僚が声をひそめて私に言う。
「さっきのはね、夢主のことが好きな人とだけテレパシーで会話ができる催眠術をかけたの。」
「えっ」
「私が催眠術かけたこと内緒ね~」
そう言って同僚は去っていった。
催眠術ってその場限りじゃないの?
そもそも、恋のおまじないがテレパシーなの?
疑問が頭をいっぱいにしたが、それよりも午後の仕事が始まってしまう。
私は慌ててデスクへ向かった。
自分の席に戻ると、机には山盛りの書類。
「……。」
またか……と顔をしかめてしまう。
最近の私の悩みは、上司からの仕事の圧の大きさだった。
期待してくれているのならばまだやる気は出るが、多分違うと思う。
私の上司は「尾形」と言って、顔がカッコイイから女子社員からは人気があるのだが、性格に難のある男。
彼は仕事はできるがデリカシーや優しさのかけらもない非情な人間だ。
その証拠にこうやって、何の指示も出さないままに仕事を私に投げつけてくる。
デスクから振り返って尾形さんの方を見る。
目が合わないのはわざとだろう。
「尾形さん……なんなんですかこれ!まともな指示もない上に、こんなに今週末期限のものばっかり!」
私がツカツカと歩いて尾形さんの方へ行くと、彼は涼し気な表情でコーヒーを一口飲む。
そして悠長に自分の手元のファイルを何枚かめくったかと思うと、私の手にポンッとそれを乗せる。
「ああ、あとこれも。」
「……っ!」
怒りのあまり声が出ない。
皆も私が尾形さんからパワハラぎりぎりの仕事の押し付けをされているのを知っているので、かわいそうに……といった同情の眼をむけられるだけだった。
最初のうちは尾形さんを好きな女子社員たちから羨ましいと声があがったが、段々押し付けられる量が増えるにつれて、皆いくら尾形さんと接点ができてもこんな量の仕事はやりたくないと引いていった。
頭にきたので、何も言わずファイルを持って席に戻った。
定時になって皆が帰る支度をするが、私は一向に帰れそうにない。
いつも通り安定の終電だと諦めた。
尾形さんを恨めしく思いながら気晴らしにお茶でもいれてこようと立ち上がる。
たまたま尾形さんの近くを通ると、尾形さんはこちらを見てフン、と鼻で笑ったあと颯爽と帰っていった。
憎いことに、彼は私の倍近い量の仕事をこなして定時に帰るのだ。
そして会社の近くの居酒屋で飲みまくって終電で帰る私に奇遇だな!と嫌味を放つのが趣味のようだ。
経験と持ち前の要領の良さを見せつけられているようで毎回頭にくる。
頭の中で尾形さんへ罵詈雑言を浴びせつつ黙々と仕事をこなす。
とりあえず区切りが良いところまで進めて、終わる兆しが見えてきたので明日に持ち越そうと決めた。
これで今週中にはギリギリ終わるだろう。
はーあ…とため息をついて首を回す。
ようやく集中力が途切れたのもあって、そこでやっと私を呼ぶ声に気付いた。
『夢主……?』
「え?」
『気付いたか。』
「……。」
返事ができなかった。
何故ならこのオフィスには私以外の残業している人はいない。
周りを見渡すも静まり返ったオフィスがあるだけだった。
『おい。』
その声は直接頭に流れてきている。
そのことに気付くと昼間の同僚の催眠術を思い出す。
たしか、「私のことを好きな人とだけテレパシーで会話ができる」催眠術だ。
催眠術が本当だったことも驚きだが、それ以上に私を好きな人がいる事の方が驚く。
私は脳内で返事をしてみた。
(あの……どういうことですか?)
『俺も分からない。急に聞き覚えのある声が頭に流れてきたんだ。夢主だよな?』
男性は私の声を聞き覚えがある声だと言う。
しかし、私は男性の声を聞いてもすぐに誰だとはわからなかった。
初恋の人?学生のときの先輩?同僚にはこんなに声が低い人はいないよな……。
(あの失礼ですが、どなたですか?)
そう問いかけると男性は黙ってしまった。聞かれたくないのだろうか。
あ、でもそうか、私のことを好きなのだから、言い出しにくいのかもしれない。
(すみません、やっぱり大丈夫です。後で言えるときに言ってください。)
『ああ。すまない。』
そう短く言ったあとは、彼の個人を断定するようなことは話さなかった。
帰り道から夜眠るまでずっとその男性と脳内で会話していた。
次の日からも、暇があれば男性と会話をしていた。
集中したいときは電話を切るように遮断できるので、お互いのプライバシーは守られた。
男性は聞き上手で包容力があって話しやすかった。
悩みがあるなら聞くと言ってくれて、尾形さんの話をしてしまう。
男性は酷い奴だと同情して慰めてくれた。
そして同時に、私は頑張っていると褒めてくれた。
それが嬉しくて、つい色んな話をしてしまった。
私を好いているのを知っているのは私だけなのかもしれない。
もし相手が分かってしまったらお互いに日常生活に支障が出てしまうかもしれないから、もう詮索しないことにした。
件の同僚には、催眠術にはかからなかったと報告したところ、「ふーんそう?」と意味深な笑みを浮かべられてしまった。
もしかしたら人前だったから評判を落とされたくなくて強がったのかもしれない。
脳内会話を続けて早一か月が経とうとしていた。
相変わらず尾形さんからは嫌がらせのような仕事量を押し付けられ、脳内の彼に愚痴る日々だった。
(お疲れ様です。今日はこれから職場の飲み会なんです。)
『お疲れ。楽しんでな。』
(ありがとうございます。でもあの上司もいるんですよ……お酒がまずくなります。)
『はは、大丈夫だ。また話はいくらでも聞いてやるからな。』
(ほんとに……あなたが上司だったら良かったのに。)
『……ああ。そうだな。』
声だけの会話なので相手の表情はわからない。
実際私も飲み会に指定された居酒屋へきゃあきゃあと色めき立った女子社員の群れと一緒に移動している最中で、表情だけみれば意気揚々としているかもしれない。
なんとなく彼は時々切なそうな顔をしているような気がする。
気のせいかもしれないけれど。
適当なところで脳内の会話を終わらせて居酒屋へ入る。
すでに尾形さんを含む男性社員が何人か座敷にいて宴は始まっているようだ。
皆尾形さんの隣を狙って騒いでいる。
そんな女子社員に紛れてこっそり端っこに腰を下ろそうとすると、尾形さんが急に私を呼んだ。
「夢主。」
皆の騒ぎ声に紛れて、聞こえてないふりをしようとした。
しかし、私の名前を尾形さんが呼んだことに驚いた皆が静まり返った。
その間に尾形さんはもう一度私の名前を呼んだ。
「おい。聞こえてないのか夢主。」
不機嫌そうな顔。そして声。
尾形さんは皆が注目しているのに、ジェスチャーで自分の隣の座布団を指さした。
どうせ仕事のことで怒られるのだろうとビクビクしながら尾形さんの隣に座る。
女子たちも私が尾形さんの隣を獲ったことよりも説教でもされるのだろうと同情した眼差しをくれた。
しかし私の予感とは裏腹に、尾形さんは私の前にあったグラスにビールを注ぐと、飲め、と差し出した。
上司にお酌をさせてしまったが、そんなことよりもいつお説教が始まるかとビクビクしていた。
「い、いただきます……。」
「美味いか。」
「お、おいしいです。」
そう聞かれて凄く困った。
意図が読めずに困惑しつつ棒読みに答えると、尾形さんはフン、と笑った。
ちびちび飲んでると、尾形さんも自分のジョッキにビールを注いで思い切り飲み干す。
飲み終えたらくるか、と身構えるも、尾形さんはおつまみに手を伸ばしていた。
誰かに助けを求めようとしたが、薄情なことに皆はそれぞれで楽しんでいて、私が会話に入れる隙はなさそうだ。
今か今かと待ち構えていても、何も起きないので少しほっとする。
しかし今度は何故私を隣に呼んだと疑問が浮かぶ。
私だって女子社員たちと仲良くお話がしたかった。
それなのにクソ鬼上司のお酌をして機嫌を伺いながら味もしない酒を飲むなんて……と情けなくなる。
しょんぼりしていると、目の前にずい、とメニューが出された。
「?」
メニューの持ち主を見ると尾形さんがいた。
「次何飲む。」
尾形さんは私が悶々としている間にどれだけ飲んだのだろうか。
普段はきっちりとスーツを着こなしているのにジャケットを脱いでいて、シャツ一枚な上にネクタイを緩めていて首元が見える。
普段の行いがなければこれは確かに色男だわ、と悔しく思いながらメニューを受け取る。
「じゃあ、カシオレで……。」
「ん。」
尾形さんは店員さんに注文してくれる。
ついでに自分のお酒も注文しているようだ。
ただそれだけのことなのにとても優しく感じてしまうのだから、これがDV被害者の心理か……と虚しくなる。
なんとなく、尾形さんは苦手だけど、声は良い気がする。
安心感があるというか。
ちょっと脳内の彼と似ているかもしれない。
……いやいや、ないか。尾形さんは私のこと嫌いなはずだもの。
特に誰とも会話のないまま、悶々とした気持ちでお酒を飲む。
脳内の彼とでも会話しようとしたが、どうやら彼の方が切断中のようでつながらない。
飲み会だと言ったから、遠慮しているのだろうか。
残念に思ってため息をつく。
その後急に尾形さんが私に肩を組んで絡んできた。
「ひえっ」
可愛くない悲鳴が飛び出る。
「なあ~夢主~。ちょっと小便、つれてってくれ。」
「ちょっ、セクハラですよ尾形さん……!」
どれだけ飲んでいるのだろうか、尾形さんの呂律が怪しい。
尾形さんが飲み会でここまでつぶれるのは珍しいな、と驚いてしまう。
見かねた男性社員が手伝ってくれると声をかけてくれたが、尾形さんが「野郎が触るな気持ち悪い」と睨みつけて短く言い放ったため、その社員は下がってしまった。
最悪。なんで上司をトイレまで運ばなくちゃいけないの!
しかもここの座敷ってトイレまでの廊下が遠いんだよう。
イライラしながら尾形さんを引きずってトイレへ向かう。
トイレの個室に尾形さんを押し込んで私はトイレの外の壁にもたれかかる。
私も結構飲んだなぁ……誰とも話さないとお酒飲みすぎちゃう。
暇なんだもんなぁ……と、ため息をついてると、急に脳内の会話がつながった。
『なあ。』
(何でしょう!?)
びっくりした。
彼は急に話を始める。
『夢主。』
(はい?)
『俺の声に聞き覚えはないか?』
(えっと、ちょっとわからないです。)
『そうか。』
そう言って彼は一旦会話を切る。
どういうつもりなのだろうかと目をつぶって悶々と考える。
私とはもう面識があるはずだもんなぁ、誰だかわからないなんて失礼かもしれないと思う。
でも変に知り合いだとぎこちなくなりそうだし……。
そこで名前を呼ばれる。
「……夢主。」
「はい。」
『夢主。』
「聞こえてますってば!」
トイレから出てきた尾形さんに二回も名前を呼ばれて、考え事をしていたのにとちょっとイラついて返事をしてしまう。
自分で返事をしておいて、びっくりした。
今、脳内で呼びかけなかった……?
いや、同じタイミングでつながっちゃっただけかな。
でも脳内の彼の方は何も言わない。
目の前の尾形さんはニヤリと不気味に口角を上げた。
混乱していると、酔っ払って足がもつれたのか尾形さんが私に覆いかぶさる。
壁に手をついて身体を支えた様子だったが、私と尾形さんの顔が近い。
いわゆる壁ドンというやつだ。
「お、尾形さん……?」
困惑した様子で尾形さんを見上げると、尾形さんはニッコリ笑った。
そして脳に声が響く。
『俺が尾形だって言ったら?』
嘘だ!
私は尾形さんを突き飛ばして逃げようとする。
しかし抵抗しても尾形さんはかなり酔っぱらっているはずなのに、ビクリともしない。
「お前のこと好いてるやつと脳内で話せるようになる催眠術、だっけか?」
「そのこと知って……!」
脳内に響いた声が尾形さんだと分かると顔を赤らめたり青ざめたりと私は忙しい。
確かに尾形さんの声だけど、尾形さんとは仕事でもそこまで話すことはないから、気付かなかった。
何より私を好いている人という条件から真っ先に外れていた。
尾形さんは器用にも脳内と直接を交互に組み合わせて私に語り掛ける。
『ちなみに俺がかけてもらった催眠術は「運命の人とテレパシーで会話ができる催眠術」だ。』
運命の人?
それが私ってこと……?
「そうだ。」
思わず脳内でそう考えてしまったために、尾形さんから即答で返事が来てびっくりする。
「ちょっと、脳内読むのやめてください。」
「止めりゃいいだろ。」
「……ずっと騙してたんですか。」
尾形さんを押していた両手を掴まれて壁に押し付けられる。
それどころか私の足の間に膝を割り込ませてぐいぐいと押し上げてくる。
内心焦りつつ、じろりと見上げると尾形さんはまったく酔っぱらってなどいなくて、全部演技だったと分かる。
そして真剣な顔だったがちょっと不機嫌そうに尾形さんが零す。
「最初はすぐネタ晴らししてお前をからかうつもりだったんだ。お前の愚痴聞いてやってるうちに、言えなくなった。」
「う、それは……。」
それはそうだろう。
だって私は愚痴の原因を本人に洗いざらい話していたのだから。
愚痴ではなくてただ喧嘩を吹っかけていただけだ。
いやでも、好きな人にあんな仕事の押し付けとか酷い仕打ちする?
「だって、尾形さん、私のこと嫌ってるから仕事押し付けてるはずじゃ……。」
気まずくなって少し顔を逸らして呟く。
横目で様子を窺うと尾形さんは意外そうに目を丸くした。
「は?」
「え?嫌いですよね?私のこと。じゃなかったらあんなに無茶な仕事ばかり……。」
尾形さんが私を壁に押し付けたまま俯いて、はぁーーと長い溜息をつく。
「お前優秀だから育ててやってたんだよ。……あと、お前が定時に帰ったら他の野郎共に飲み会だのコンパだの連れていかれるだろうが。」
「エッそれだけ!?」
「それだけとはなんだ。ちゃんとギリギリこなせる量をお前には与えてたんだぞ。帰りもちゃんと見届けてやってたし、調整も管理もフォローも完璧だ。」
尾形さんは心外そうにこちらを睨む。
私はまさか尾形さんの独占欲とかいうそんなくだらない理由で毎日疲弊していたのかと思うと、拍子抜けしてしまった。
「なんだぁ……。良かった。」
「それで?」
「え?」
「付き合ってくれるのか。」
時が止まった。
この状況でそれ言うの?
壁に押し付けられたままで両手もそろそろ痛くなってきた。
顔を背けたまま、テレパシーを飛ばす。
(いいですけど、これからは優しくしてくれますか……?)
横目に尾形さんを見上げると、尾形さんはニタリと笑って私の顎を乱暴に掴むとキスをした。
そして脳内に低い声が響く。
『嫌ってくらい甘やかしてやる。』
何度も深くキスをしている間、ずっと脳内で『可愛い』『好きだ』『お前しかいない』と恥ずかしい言葉が響く。
キスの濃厚さと脳みそに直接響く甘い言葉にくたりと力が抜けてしまった私を、尾形さんはその後見事にお持ち帰りしましたとさ。
おわり。
【あとがき:同僚まじグッジョブじゃない?】