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尾形
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探偵/尾形
夢主はこの春入社した新入社員だ。
夢主が入った会社は、街の小さな探偵事務所だった。
同期は一人もいない。
それどころか探偵の「尾形百之助」以外は事務員すらいない個人事業の事務所だった。
尾形は若いころは警察官だった。しかし複雑な事情から今は探偵事務所を構えている。
複雑な事情というのは彼の家庭にある。
尾形の父親は警視長を務める花沢幸次郎氏で、尾形は彼の妾の子である。
尾形は母方の祖父母に育てられた。
花沢氏には尾形の弟にあたる優秀な息子がいて、現在刑事をやっている。
弟は尾形に対して友好的ではあるが周囲はそうもいかない。
階級社会のやりづらさを感じた尾形は、警察官を辞めて一人事務所を構えることになったのだった。
もともとチームプレイが苦手な尾形はこれで一人で気楽に生きていけると考えたが、探偵業も意外なところで接客対応が必要で、悩んだ末に事務員を募集するに至った。
はじめは男を雇ったが報連相ができないばかりか一般常識も怪しくて、終いには少ない事務所の金品にも手を出し始めたので退職するか警察に行くかと二択を与えて追い出した。
次に雇ったのは女だったが、恋だの愛だのとつまらないものに一生懸命で、仕事そっちのけで真面目とは言えない態度に困っていた。
それだけならまだしも、尾形が外出している間に事務所に男を連れ込んだため、とてもじゃないがこれ以上は無理だとこちらも速攻で解雇となった。
自分の見る目のなさに失望しつつ、求人を載せてすぐに応募してきた女に期待を持たず面接もせずに雇った。
それが夢主だった。
夢主は最初こそ尾形の不愛想な態度に萎縮していたようだったが、仕事態度はとにかくまじめだった。
やる気のある彼女はぐんぐんと成長していき、そのうち慣れてくると、尾形に対して自分も探偵の仕事を手伝いたいと申し出るほどになった。
それだけではない。
いつも一生懸命な夢主が事務所にいると、自然と事務所の空気が明るく感じるものだった。
尾形が素っ気なくしていたとしても、夢主はめげずに話しかけてくれる。
そのうちこの仏頂面にも慣れたのか、冗談を言い合うくらいの仲にはなっていた。
尾形は夢主とのやりとりの中でこれまで自分の人生で感じたことのない不思議な雰囲気を感じ取っていた。
居心地の良さとも言えるが、それ以上の形容しがたい感情が沸き上がり、尾形は時々自分が狂ってしまうのではないかと不安になることすらあった。
仕事上は悟られないように必死にクールな振りをして、この気持ちが何なのかと自問自答する日々が続いていた。
「尾形さん、今日も例の件ですか?」
「ああ。」
出勤してすぐに夢主は今すぐ出かけようとしている尾形を呼び止めた。
探偵事務所は浮気調査や人捜しなど地味な内容の仕事が多い職場だったが、今回はどうやらそうでもないようなのだ。
「じゃあ、私も動きます。」
夢主は持ち前の愛嬌の良さから近所の人にも顔を覚えてもらえて仲良くしており、情報収集の場では非常に役に立つ人材だった。
人懐っこい性格や警戒心のなさが相手の心を開きやすいのか、ここだけの話……なんてご近所さんの不倫やらお買い得情報やらが何もしていなくても夢主の周りには集まりやすい環境になっていた。
今回は警察関係者の動向も知る必要があった。
以前に別件で尾形が警察官時代の知り合いを訪ねた際に、夢主を同行させていた。
夢主のことを最初は女だからとなめていた警官たちも、それなりに仕事で顔を合わせるうちに素直で愛嬌のある夢主に彼らはすぐに心を開いていったのだった。
いつしか夢主を連れずに尾形が警察署に訪問すると、あからさまに嫌そうな顔をされることさえあったのだ。
「尾形さんは張り込みですよね。私、警察署に行ってまいります。」
夢主はこれまで尾形がまとめた情報をメモすると、荷物をまとめ始めた。
「おい、一人で行く気か。」
思わず尾形が引き留めるために問うと、夢主は不思議そうにきょとんとした表情を浮かべた。
「もう皆さんとは顔見知りですからね。手分けした方が効率的じゃないですか。あ、事務所の電話もちゃんと私に転送されるようにしてありますから大丈夫ですよ?」
尾形はあきらかに不満そうな表情を浮かべている。
夢主は尾形の意図が分からない様子で、心底不思議そうに首をかしげていた。
「じゃあ、何かあったら連絡くださいね。」
手早く荷物をまとめた夢主は、肩にカバンをかけて事務所から出て行った。
結局何も言えずに送り出してしまった尾形は、事務所で一人ため息をついた。
夢主は仕事のできる優秀な部下だが、警戒心がないことが気がかりだった。
仕事の上での身のこなしや尾行などの警戒心は持ち合わせているようだが、どうも男に対しての警戒心がないように尾形には思えた。
自分がこんな親心のようなものを抱いていると尾形は気付かず、ただただ悶々としているのだった。
尾形はその後張り込みをしたが、ターゲットに動きはなかった。
収穫がないことには慣れている。
忍耐力が必要な仕事だからこそ、結果を焦るなんてことは絶対にあってはならない。
しかしその日の尾形はどこかそわそわしてしまい、夢主に連絡をとって一旦事務所に戻ろうと呼びかけることにした。
連絡を受けた夢主が事務所に戻ると、尾形が先に帰ってきていた。
「あ、尾形さんの方が早かったんですね。お疲れ様でした。どうでした?」
夢主が尾形に話しかけるも、尾形は静かに顔を横に振った。
収穫がないことには慣れているのか夢主は「そうですか」と特に残念がる様子も見せずにうなずいた。
「そっちはどうだ。」
短く問うと、夢主は自分が警察関係者から聞いたことを色々とまとめて話してくる。
内容は尾形の予想の範疇だったので、これで裏取りができたと満足していた。
尾形が事務所の時計を見ると、そろそろ夕飯時だった。
「もう今日はいいだろう。何か食いに行くか?」
今まで仕事が立て込んだときは事務所に出前を取ったり、または駅の近くで一杯ひっかけてから帰ることもあった。
しかし、夢主は残念そうに首を振った。
「すみません、これから予約がありまして。」
「予約?男でもできたか?」
つい口から余計なことを言ってしまったが、夢主はヘラッと笑い飛ばした。
「あはは、男っちゃあ、男ですけど。仕事関係ですよ。」
「なに?」
予想外の返答に、尾形が険しい表情を浮かべた。
夢主はそんな様子に気が付くこともなく話し始めた。
「今日この事件についていろいろ聞いていたら、〇〇署の××って人がもっと詳しく知っているみたいなんです。電話でつないでもらって、今日の夜だったら時間があるからディナーでもしながら話そうって言われたんです。」
「それで快諾したってのか。」
尾形はやや不満そうに言う。
ここでようやく夢主は尾形の機嫌が悪いことに気が付いた。
「ごはん食べるだけですよ?それで情報が入るならいいじゃないですか。経費も使いませんよ?自分のお金で夕飯を食べてくるだけです。」
やや焦りつつも誤解を解こうと必死にしゃべる夢主。
しかし尾形はムスッとしたまま何も言わなかった。
結局夢主は何が悪いのかわからない様子で困惑しつつも、待ち合わせの時間があるからと出て行ってしまった。
尾形は一人事務所に残って、「馬鹿野郎」とだけ呟いた。
尾形にはなぜ自分がこんなにもつまらない気持ちになるのかわからなかった。
その後一時間くらいは大人しく事務仕事をしていた尾形だったが、どうにもソワソワと落ち着かない。
これでは全く仕事にならん、とため息をついて今日は切り上げることにした。
尾形がスマホを開くと夢主からメッセージが来ていて、一応今自分のいる位置情報を送っていた。
ご丁寧に「心配しないでください。」というメッセージ付きで。
その店は調べたところ事務所の最寄り駅の隣の駅のようだ。
しばらくスマホと睨めっこした尾形は何かを決心して歩き出した。
尾形が店の近くにつくと、ガラス張りの雰囲気のある洒落た店の中に、夢主と男の姿が見えた。
男は思ったよりも若く、自分の異母兄弟と同じかそれより年下に思える。
2人とも食事をしながら仲良く談笑している。
見ようによっては結婚間近のカップルに見えなくもない。
そう思った瞬間に、尾形の胸の中には沸々と怒りがこみあげてきた。
男は明らかに夢主を狙いにいっている。
夢主のことを喜ばせようと何かプレゼントのようなものまで用意していた。
夢主はプレゼントを目の前に出されると慌てた様子で遠慮していた。受け取らずに固辞し続けていたものの、無理矢理押し付けるように男は夢主に何かの箱を渡していた。
困ったような表情を浮かべた夢主が箱を開けると、そこにはネックレスが入っていたらしい。
心底驚いた様子の夢主は、どうしたものかとただ焦っているように見えた。
その姿を見たとき、尾形は一瞬頭の中に夢主がいなくなってからの自分が思い浮かんだ。
今まで夢主が来るまでは一人ぼっちだった。
幼少期も、警官として生活していた頃も、一人で事務所を構えてからも、夢主が来るまではずっと孤独だったのだ。
やっと、尾形がずっと夢主に抱いていた感情が分かったような気がした。
尾形は辛抱ならなくなってついに店に入る。
店のウェイターが尾形を案内しようとするのを無視して、尾形はズンズンとそのテーブルに近づく。
席の角度的に先に尾形に気が付いた男が「え」と短く声を上げた。
その言葉に夢主が反応するよりも早く、尾形の手が夢主の肩に触れた。
「〇〇署の××さん、だっけか?お食事中悪いんだが、急な仕事なもんでちょっとこいつ借りるわ。」
「ひゃあ!?え、尾形さん!?」
肩をこわばらせて驚いた夢主を無視して、尾形は夢主の手から取り上げたネックレスを箱に戻す。
そしてネックレスの入った箱をドンッと勢いよくテーブルの男の前に打ち付ける。
大きな音が店に響き渡って、客たちも店員も全員が静まり返った。
尾形は男の近くに顔を寄せると低く呟いた。
「二度と近づくな。」
男は尾形のあまりの剣幕に完全に怖気ついていて、硬直してしまっているようだ。
尾形は満足そうにフフンと笑い飛ばすと、ぐいっと夢主の腕をつかんで立ち上がらせ、夢主のカバンを片手に引っ提げて退店していった。
「え、え、なん……ちょっと……!?」
夢主は困惑した様子でそのまま尾形に引っ張られていく。
尾形は何も言わずにただ黙々と歩いていた。
気付けば駅の近くまで来ていたが、尾形は人気のない路地に入り込もうとしている。
不穏な空気に耐えきれなくなった夢主は尾形を引っ張る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。急になんなんですか?」
尾形はピタ、と動きを止めた。
ゆっくりと夢主の方を向き直ると、その目はどこか寂しそうな雰囲気を纏っていて、夢主は思わず息を飲んでしまった。
「……お前、少しは警戒心を持て。」
「な、なんの話ですか。」
尾形は前髪を撫で上げながら、深いため息をついた。
そして一歩一歩夢主に詰め寄りながらグチグチと文句を言う。
「あの時のネックレス、受け取ったらどうなっていたかわかっていたのか?好意を受け取ったとみなされる。」
尾形の暗い目が夢主を見つめていた。
尾形の勢いは止まらない。
「それだけじゃねえ、〇〇署であいつが変な噂を流してみろ。今後の仕事もやりづらくなる。逆に脅しに使われる可能性だってあったわけだが?それともなんだ、あいつに好意でもあったってのか?まだひよっこのお前が一丁前に色仕掛けか?ええ?」
「い、いや、そんなつもりはないですけど。受け取るつもりもありませんでしたよ……。」
普段の口数の少ない尾形からするとありえないくらいに次から次へと言葉が溢れていた。
尾形がズイズイと距離を詰めるので夢主は自然と後ずさりをしていて、言い訳をしながらバツが悪そうに眼をそらしていた。
追い詰められていくうちに気付けば人気のない路地に入り込んでしまっていて、その先は行き止まりになっていた。
夢主は背中に壁が当たったことに気付き絶望した。
尾形は足を止めない。
一歩近づき夢主の目の前で尾形がゆっくりと右手を振り上げるような動作をしているのが見えて、夢主は殴られる可能性を考慮して、ギュッと目をつぶった。
しかし数秒経っても覚悟した衝撃は来なくて、夢主はゆっくりと目を開いた。
尾形は夢主に覆いかぶさるようにこそしていたが、夢主の後ろの壁にこぶしを押し付けて項垂れていた。
自然と尾形が前かがみになることで、夢主の顔のすぐ横に尾形の顔があった。
夢主には尾形を直視することはできなかった。
そして尾形は静かに呟いた。
「やっと、仕事のパートナーができたと思ったんだ。」
その尾形の呟きには、やるせなさを感じた。
夢主は何も言えなくなってしまったが、尾形は続けた。
「俺はお前を大切に思ってる。だから、誰にも取られたくなかった。」
「……別に、どこにも行きませんよ。」
こんな状況にも関わらず夢主の口からはふふ、と思わず笑みがこぼれた。
尾形からこちらを見つめている視線を感じた夢主は、臆することなく視線を絡めた。
じっと見つめあってから、夢主は尾形の頬にそっと手をあてる。
そして頬を優しく撫でながらほほ笑んだ。
「じゃあ、私のことはちゃんと尾形さんが捕まえといてくださいね。」
そんな風に笑って尾形の頬に口づけをしてから、尾形と夢主は仕事上でもプライベートでもパートナーとなった。
~後日~
「こんにちは~。」
明るい口調で夢主が挨拶しながら〇〇署へ入る。
顔なじみの人がいたため、すぐ案内してもらってそこで受付に××さんを呼んでもらった。
呼ばれた××は、やれやれといった顔を浮かべた。
「まったく。夢主さんには恥をかかされちゃったよ。」
「この間はすみませんでした。」
夢主は愛想笑いを浮かべて差し入れとこの間の食事代を手渡した。
そして、にこっと屈託なく笑いながら一言付け加える。
「また、何かあったらお願いしますね。」
「えぇ、もうこりごりだよ、夢主さんの彼氏、めっちゃ怖いんだもん。」
「え~まぁまぁ、そう言わずに。」
お気づきの通り、アノ夜のことはすべて夢主の演出であったというわけだ。
2人が和やかな会話をしていたとき、夢主のスマホが鳴る。
「あ、尾形さんだ。」
「やばい早く帰りな!」
「はーい。またね、杉元さん。」
おわり。
【あとがき:友情出演(?)杉元。】
夢主はこの春入社した新入社員だ。
夢主が入った会社は、街の小さな探偵事務所だった。
同期は一人もいない。
それどころか探偵の「尾形百之助」以外は事務員すらいない個人事業の事務所だった。
尾形は若いころは警察官だった。しかし複雑な事情から今は探偵事務所を構えている。
複雑な事情というのは彼の家庭にある。
尾形の父親は警視長を務める花沢幸次郎氏で、尾形は彼の妾の子である。
尾形は母方の祖父母に育てられた。
花沢氏には尾形の弟にあたる優秀な息子がいて、現在刑事をやっている。
弟は尾形に対して友好的ではあるが周囲はそうもいかない。
階級社会のやりづらさを感じた尾形は、警察官を辞めて一人事務所を構えることになったのだった。
もともとチームプレイが苦手な尾形はこれで一人で気楽に生きていけると考えたが、探偵業も意外なところで接客対応が必要で、悩んだ末に事務員を募集するに至った。
はじめは男を雇ったが報連相ができないばかりか一般常識も怪しくて、終いには少ない事務所の金品にも手を出し始めたので退職するか警察に行くかと二択を与えて追い出した。
次に雇ったのは女だったが、恋だの愛だのとつまらないものに一生懸命で、仕事そっちのけで真面目とは言えない態度に困っていた。
それだけならまだしも、尾形が外出している間に事務所に男を連れ込んだため、とてもじゃないがこれ以上は無理だとこちらも速攻で解雇となった。
自分の見る目のなさに失望しつつ、求人を載せてすぐに応募してきた女に期待を持たず面接もせずに雇った。
それが夢主だった。
夢主は最初こそ尾形の不愛想な態度に萎縮していたようだったが、仕事態度はとにかくまじめだった。
やる気のある彼女はぐんぐんと成長していき、そのうち慣れてくると、尾形に対して自分も探偵の仕事を手伝いたいと申し出るほどになった。
それだけではない。
いつも一生懸命な夢主が事務所にいると、自然と事務所の空気が明るく感じるものだった。
尾形が素っ気なくしていたとしても、夢主はめげずに話しかけてくれる。
そのうちこの仏頂面にも慣れたのか、冗談を言い合うくらいの仲にはなっていた。
尾形は夢主とのやりとりの中でこれまで自分の人生で感じたことのない不思議な雰囲気を感じ取っていた。
居心地の良さとも言えるが、それ以上の形容しがたい感情が沸き上がり、尾形は時々自分が狂ってしまうのではないかと不安になることすらあった。
仕事上は悟られないように必死にクールな振りをして、この気持ちが何なのかと自問自答する日々が続いていた。
「尾形さん、今日も例の件ですか?」
「ああ。」
出勤してすぐに夢主は今すぐ出かけようとしている尾形を呼び止めた。
探偵事務所は浮気調査や人捜しなど地味な内容の仕事が多い職場だったが、今回はどうやらそうでもないようなのだ。
「じゃあ、私も動きます。」
夢主は持ち前の愛嬌の良さから近所の人にも顔を覚えてもらえて仲良くしており、情報収集の場では非常に役に立つ人材だった。
人懐っこい性格や警戒心のなさが相手の心を開きやすいのか、ここだけの話……なんてご近所さんの不倫やらお買い得情報やらが何もしていなくても夢主の周りには集まりやすい環境になっていた。
今回は警察関係者の動向も知る必要があった。
以前に別件で尾形が警察官時代の知り合いを訪ねた際に、夢主を同行させていた。
夢主のことを最初は女だからとなめていた警官たちも、それなりに仕事で顔を合わせるうちに素直で愛嬌のある夢主に彼らはすぐに心を開いていったのだった。
いつしか夢主を連れずに尾形が警察署に訪問すると、あからさまに嫌そうな顔をされることさえあったのだ。
「尾形さんは張り込みですよね。私、警察署に行ってまいります。」
夢主はこれまで尾形がまとめた情報をメモすると、荷物をまとめ始めた。
「おい、一人で行く気か。」
思わず尾形が引き留めるために問うと、夢主は不思議そうにきょとんとした表情を浮かべた。
「もう皆さんとは顔見知りですからね。手分けした方が効率的じゃないですか。あ、事務所の電話もちゃんと私に転送されるようにしてありますから大丈夫ですよ?」
尾形はあきらかに不満そうな表情を浮かべている。
夢主は尾形の意図が分からない様子で、心底不思議そうに首をかしげていた。
「じゃあ、何かあったら連絡くださいね。」
手早く荷物をまとめた夢主は、肩にカバンをかけて事務所から出て行った。
結局何も言えずに送り出してしまった尾形は、事務所で一人ため息をついた。
夢主は仕事のできる優秀な部下だが、警戒心がないことが気がかりだった。
仕事の上での身のこなしや尾行などの警戒心は持ち合わせているようだが、どうも男に対しての警戒心がないように尾形には思えた。
自分がこんな親心のようなものを抱いていると尾形は気付かず、ただただ悶々としているのだった。
尾形はその後張り込みをしたが、ターゲットに動きはなかった。
収穫がないことには慣れている。
忍耐力が必要な仕事だからこそ、結果を焦るなんてことは絶対にあってはならない。
しかしその日の尾形はどこかそわそわしてしまい、夢主に連絡をとって一旦事務所に戻ろうと呼びかけることにした。
連絡を受けた夢主が事務所に戻ると、尾形が先に帰ってきていた。
「あ、尾形さんの方が早かったんですね。お疲れ様でした。どうでした?」
夢主が尾形に話しかけるも、尾形は静かに顔を横に振った。
収穫がないことには慣れているのか夢主は「そうですか」と特に残念がる様子も見せずにうなずいた。
「そっちはどうだ。」
短く問うと、夢主は自分が警察関係者から聞いたことを色々とまとめて話してくる。
内容は尾形の予想の範疇だったので、これで裏取りができたと満足していた。
尾形が事務所の時計を見ると、そろそろ夕飯時だった。
「もう今日はいいだろう。何か食いに行くか?」
今まで仕事が立て込んだときは事務所に出前を取ったり、または駅の近くで一杯ひっかけてから帰ることもあった。
しかし、夢主は残念そうに首を振った。
「すみません、これから予約がありまして。」
「予約?男でもできたか?」
つい口から余計なことを言ってしまったが、夢主はヘラッと笑い飛ばした。
「あはは、男っちゃあ、男ですけど。仕事関係ですよ。」
「なに?」
予想外の返答に、尾形が険しい表情を浮かべた。
夢主はそんな様子に気が付くこともなく話し始めた。
「今日この事件についていろいろ聞いていたら、〇〇署の××って人がもっと詳しく知っているみたいなんです。電話でつないでもらって、今日の夜だったら時間があるからディナーでもしながら話そうって言われたんです。」
「それで快諾したってのか。」
尾形はやや不満そうに言う。
ここでようやく夢主は尾形の機嫌が悪いことに気が付いた。
「ごはん食べるだけですよ?それで情報が入るならいいじゃないですか。経費も使いませんよ?自分のお金で夕飯を食べてくるだけです。」
やや焦りつつも誤解を解こうと必死にしゃべる夢主。
しかし尾形はムスッとしたまま何も言わなかった。
結局夢主は何が悪いのかわからない様子で困惑しつつも、待ち合わせの時間があるからと出て行ってしまった。
尾形は一人事務所に残って、「馬鹿野郎」とだけ呟いた。
尾形にはなぜ自分がこんなにもつまらない気持ちになるのかわからなかった。
その後一時間くらいは大人しく事務仕事をしていた尾形だったが、どうにもソワソワと落ち着かない。
これでは全く仕事にならん、とため息をついて今日は切り上げることにした。
尾形がスマホを開くと夢主からメッセージが来ていて、一応今自分のいる位置情報を送っていた。
ご丁寧に「心配しないでください。」というメッセージ付きで。
その店は調べたところ事務所の最寄り駅の隣の駅のようだ。
しばらくスマホと睨めっこした尾形は何かを決心して歩き出した。
尾形が店の近くにつくと、ガラス張りの雰囲気のある洒落た店の中に、夢主と男の姿が見えた。
男は思ったよりも若く、自分の異母兄弟と同じかそれより年下に思える。
2人とも食事をしながら仲良く談笑している。
見ようによっては結婚間近のカップルに見えなくもない。
そう思った瞬間に、尾形の胸の中には沸々と怒りがこみあげてきた。
男は明らかに夢主を狙いにいっている。
夢主のことを喜ばせようと何かプレゼントのようなものまで用意していた。
夢主はプレゼントを目の前に出されると慌てた様子で遠慮していた。受け取らずに固辞し続けていたものの、無理矢理押し付けるように男は夢主に何かの箱を渡していた。
困ったような表情を浮かべた夢主が箱を開けると、そこにはネックレスが入っていたらしい。
心底驚いた様子の夢主は、どうしたものかとただ焦っているように見えた。
その姿を見たとき、尾形は一瞬頭の中に夢主がいなくなってからの自分が思い浮かんだ。
今まで夢主が来るまでは一人ぼっちだった。
幼少期も、警官として生活していた頃も、一人で事務所を構えてからも、夢主が来るまではずっと孤独だったのだ。
やっと、尾形がずっと夢主に抱いていた感情が分かったような気がした。
尾形は辛抱ならなくなってついに店に入る。
店のウェイターが尾形を案内しようとするのを無視して、尾形はズンズンとそのテーブルに近づく。
席の角度的に先に尾形に気が付いた男が「え」と短く声を上げた。
その言葉に夢主が反応するよりも早く、尾形の手が夢主の肩に触れた。
「〇〇署の××さん、だっけか?お食事中悪いんだが、急な仕事なもんでちょっとこいつ借りるわ。」
「ひゃあ!?え、尾形さん!?」
肩をこわばらせて驚いた夢主を無視して、尾形は夢主の手から取り上げたネックレスを箱に戻す。
そしてネックレスの入った箱をドンッと勢いよくテーブルの男の前に打ち付ける。
大きな音が店に響き渡って、客たちも店員も全員が静まり返った。
尾形は男の近くに顔を寄せると低く呟いた。
「二度と近づくな。」
男は尾形のあまりの剣幕に完全に怖気ついていて、硬直してしまっているようだ。
尾形は満足そうにフフンと笑い飛ばすと、ぐいっと夢主の腕をつかんで立ち上がらせ、夢主のカバンを片手に引っ提げて退店していった。
「え、え、なん……ちょっと……!?」
夢主は困惑した様子でそのまま尾形に引っ張られていく。
尾形は何も言わずにただ黙々と歩いていた。
気付けば駅の近くまで来ていたが、尾形は人気のない路地に入り込もうとしている。
不穏な空気に耐えきれなくなった夢主は尾形を引っ張る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。急になんなんですか?」
尾形はピタ、と動きを止めた。
ゆっくりと夢主の方を向き直ると、その目はどこか寂しそうな雰囲気を纏っていて、夢主は思わず息を飲んでしまった。
「……お前、少しは警戒心を持て。」
「な、なんの話ですか。」
尾形は前髪を撫で上げながら、深いため息をついた。
そして一歩一歩夢主に詰め寄りながらグチグチと文句を言う。
「あの時のネックレス、受け取ったらどうなっていたかわかっていたのか?好意を受け取ったとみなされる。」
尾形の暗い目が夢主を見つめていた。
尾形の勢いは止まらない。
「それだけじゃねえ、〇〇署であいつが変な噂を流してみろ。今後の仕事もやりづらくなる。逆に脅しに使われる可能性だってあったわけだが?それともなんだ、あいつに好意でもあったってのか?まだひよっこのお前が一丁前に色仕掛けか?ええ?」
「い、いや、そんなつもりはないですけど。受け取るつもりもありませんでしたよ……。」
普段の口数の少ない尾形からするとありえないくらいに次から次へと言葉が溢れていた。
尾形がズイズイと距離を詰めるので夢主は自然と後ずさりをしていて、言い訳をしながらバツが悪そうに眼をそらしていた。
追い詰められていくうちに気付けば人気のない路地に入り込んでしまっていて、その先は行き止まりになっていた。
夢主は背中に壁が当たったことに気付き絶望した。
尾形は足を止めない。
一歩近づき夢主の目の前で尾形がゆっくりと右手を振り上げるような動作をしているのが見えて、夢主は殴られる可能性を考慮して、ギュッと目をつぶった。
しかし数秒経っても覚悟した衝撃は来なくて、夢主はゆっくりと目を開いた。
尾形は夢主に覆いかぶさるようにこそしていたが、夢主の後ろの壁にこぶしを押し付けて項垂れていた。
自然と尾形が前かがみになることで、夢主の顔のすぐ横に尾形の顔があった。
夢主には尾形を直視することはできなかった。
そして尾形は静かに呟いた。
「やっと、仕事のパートナーができたと思ったんだ。」
その尾形の呟きには、やるせなさを感じた。
夢主は何も言えなくなってしまったが、尾形は続けた。
「俺はお前を大切に思ってる。だから、誰にも取られたくなかった。」
「……別に、どこにも行きませんよ。」
こんな状況にも関わらず夢主の口からはふふ、と思わず笑みがこぼれた。
尾形からこちらを見つめている視線を感じた夢主は、臆することなく視線を絡めた。
じっと見つめあってから、夢主は尾形の頬にそっと手をあてる。
そして頬を優しく撫でながらほほ笑んだ。
「じゃあ、私のことはちゃんと尾形さんが捕まえといてくださいね。」
そんな風に笑って尾形の頬に口づけをしてから、尾形と夢主は仕事上でもプライベートでもパートナーとなった。
~後日~
「こんにちは~。」
明るい口調で夢主が挨拶しながら〇〇署へ入る。
顔なじみの人がいたため、すぐ案内してもらってそこで受付に××さんを呼んでもらった。
呼ばれた××は、やれやれといった顔を浮かべた。
「まったく。夢主さんには恥をかかされちゃったよ。」
「この間はすみませんでした。」
夢主は愛想笑いを浮かべて差し入れとこの間の食事代を手渡した。
そして、にこっと屈託なく笑いながら一言付け加える。
「また、何かあったらお願いしますね。」
「えぇ、もうこりごりだよ、夢主さんの彼氏、めっちゃ怖いんだもん。」
「え~まぁまぁ、そう言わずに。」
お気づきの通り、アノ夜のことはすべて夢主の演出であったというわけだ。
2人が和やかな会話をしていたとき、夢主のスマホが鳴る。
「あ、尾形さんだ。」
「やばい早く帰りな!」
「はーい。またね、杉元さん。」
おわり。
【あとがき:友情出演(?)杉元。】