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尾形
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パラサイト/尾形
※ヒロイン盲目の設定(光が若干見えるかどうか)です。
私は生まれつき目が見えない。
人に話すと驚かれるが生まれつきなのでどうしようもない。
一度も見たことがない世界はどんなところなのか気になっている程度だ。
真っ暗闇と強烈な朝日といった強めの闇と光で出来たコントラストであれば、黒と白は区別がつくが、ほかの色はわからない。
最近は有難いことに便利なもので、声だけで操作ができる家電や、視覚が弱い人のためにユニバーサルデザインといった規格が統一されているものがある。たとえば触るだけでわかる印がついているものだとか。
それらを取り揃えて生活していると、案外そこまで不便ではない。
一人暮らしをしている私の部屋は、そんな事情で整理整頓というか、すべての物の位置が私仕様なのだ。
そのため、家の異変にはすぐ気づいた。
「……?」
物の位置が絶妙に変わっている。
本当に小さな変化だった。
恐らく盲目じゃなかったら気づけない程度。
たとえば、換気していた窓の開き具合、冷蔵庫の中身の向き、ごみ箱の中身、トイレットペーパーの残量、リモコンの角度……ほかにも生活にかかわるところは全て。
泥棒に入られたにしては微妙な変化だった。
そこまで貴重なものは家に置いていないので盗難の心配はない。
一応洗濯物をしまうときに下着などもチェックしてみたが変わりはなかった。
物色したけれど何もない部屋だから出て行ったのかもしれない、なんて楽観視してしまったが、次の日も、その次の日も違和感が続いた。
目が見える人なら気にならないのかもしれないが、私にとってはそれはそれはストレスで、少し苛立った。
********************
俺は殺し屋だ。
一般人からはこの仕事は小説や映画の世界のものだと思われているが、実際こうやって生きてきた。
ありがちだが、仕事をしくじって今度は自分の命が狙われた。
俺は今まで稼いだ全財産を持ち、さてどうするかと街を徘徊していたとき、不用心にも窓が開いていて部屋の電気がついていない家を見つけた。
単身者用なのだろうか、こじんまりとしたアパートだ。
少しの間そこに留まり追手をまこうと考える。
しかし、誰もいないはずの家から小さく鼻歌が聞こえる。
これには少々驚いてしまった。
家の様子を伺うと女が一人、暗闇の中で生活していた。
不気味なやつだと物色する。
自分がジロジロと見ていても女は気が付かない。
女を観察していて気付いたが、女は目をつぶっている。
どうやら女は盲目のようだ。
なら都合が良い、と家の外から堂々と女を観察した。
一応不審者だと通報されないように、通りからは見えないよう身を低くした。
女は暗闇の中で器用に料理をし、食事をとり、皿を洗い、部屋を片付ける。
ぺたぺたとあちらこちらを触って、感触を確かめながら動いているが、ぎこちないわけではなくむしろそれが自然な流れだった。
人間は意外と強い。何とでも生きられるようだ。
俺は女の生命力あふれる生き方に魅入ってしまった。
追手をまくだけのつもりだったが、気が変わった。
女が寝ている間に家に入ることにした。
浴室の天井の点検口から屋根裏なのだろうか、スペースがあるところを拠点に選んだ。
女がいるときはなるべく屋根裏に潜み、女がいないときは家電の近くのスペースを基本として家の中を自由に動いた。
というのは、女は大きな家電は声で動かしているようで、滅多に近寄らない。
特に大きなテレビの横。
目が見えないくせにテレビを見るのか、と内心嫌味を吐いたが、女は歌番組や海外の音楽番組を好んで聴いている。
仕事のせいであまり詳しくはなかったが女はクラシックからロック、ジャズ、洋楽、演歌なんでもジャンル問わず聴いていた。
ラジオやCDも聴くようで、この家はいつも音楽に溢れていた。
そういえば、最初に家に入ったときも、女はうっすらと鼻歌を歌っていた。
女が出掛けると俺はこっそりと女の家のものを使う。
最初は慎重に水や多少の食料を拝借するだけだったが、女があまりに鈍感なので段々とシャワーを浴びたり普通にトイレやキッチンを使った。
次第に悪い癖が出てきて、試してみようと思ったことがある。
それは、テレビの横のスペースに女がいる間も膝を抱えて座ってみることだった。
今までは盲目相手とはいえ、女が家に帰ってくる前までには天井裏に隠れていたが、あえて目の前にいることにした。
女はそのたった一度の試みで気付いたようだ。
その日から食料や食器、衣類などが明らかに二人分置かれるようになったのだ。
しかし出ていけという意思表示になるものは何一つなかった。
お互い無言であったが契約が成立したと思った。
冷蔵庫の中身はいつも充実しているし、綺麗好きのようで家はいつも清潔だ。
とても居心地が良かった。
しかし居候をするだけではこちらの気が済まない。
かといって、中途半端に家事をして女の想像と違う位置に物が移動してしまっては困るだろうと考える。
盲目の女が一体どんな仕事をしているのか知らないが、自分のような裏社会で生きてきた人間と比べれば、はした金しか稼げないだろうと思う。
考えた末に、女の所持品や貯金箱や財布に少しずつ金を足すことにした。
案外このような奇妙な生活も悪くないと感じた頃、女が泣きながら帰ってきた。
********************
家に同居人がいると確信したのは、最初に異変があった日からしばらくしてからだった。
最初のうちは毎日ストレスだったが、下手に騒いで殺されたりするよりはマシだと考えを改めていた。
そう自分を納得させていたのだ。
その人物は私が耳や感覚を駆使して観察してみても、恐らく私が家にいる間はどこかに身を隠している様子。
それなのにある日突然、その同居人はテレビの横を陣取った。
何故気付いたのかというと、私がテレビをつけたとき、音の反響が明らかに違ったのだ。
自分でも目が見えない分耳が良いことは自覚していたが、ここで役に立つとは思わなかったので驚いた。
この勇気ある人物はどういうつもりなのだろうか。
何の狙いがあるのか私にはさっぱり見当もつかないので気が滅入る。
しかし、どうやら人の家を勝手に使っている人は根っからの悪人ではないようなので、この生活がいつまで続けられるのかと賭けてみようと思った。
同居人が姿を隠さなくなった日から、私は二人分の食材や生活用品をそろえた。
以前は無駄な買い物はしないようにしていたが、多めに毛布を買ってみたり、もういらないですよ~みたいな雰囲気を出して服を置いておくとそれらが翌日には消えているので堂々とし始めたな、と一人ニヤついてしまう。
同居人が男性か女性かも分からないので、好みに合うものを選べているか買い物で悩むのが少し楽しみになってしまった。
そしていつからだろうか、お金が増えるようになった。
最初は小銭程度かと思ったが、お札が増えていることに気付いたときには青ざめた。
同居人は律儀に定期的に大金を家のあちらこちらに少しずつ入れていく。
盲目じゃなくても気づくだろうと思うが、コートの上着のポケットだったり、鞄の中だったりと抜け目がない。冷蔵庫に瓶詰のお金が入っていたときには笑いそうになった。
気付けば収入が以前の倍以上になってしまった。
これではまずい、と私は生活用品を更にしっかり揃えた。
食材も二人分、いやもっとだろうか。とにかく生活費にたくさん使った。
恐らく過ごしやすくなっているだろう、と言葉を交わしたこともない同居人に気を使って生活をしていたある日のことだった。
白い杖をついてスーパーで買い物をして、手探りで袋詰めをしていると、隣にいた声からすると中年くらいだろうか、男性から声をかけられた。
「あんたさァ、目見えないのに買い物自分でやってんの?」
「えっ、あ、……はい。」
「その量だと旦那さんいるんだろ?なんで目が見えない嫁さんに買い物なんかさせてんのかね。甲斐性がないよ。」
「えっ」
驚いた。
恐らく初対面だろうに、しかも私が結婚しているとは一言も言ってないのに赤の他人の配偶者の悪口を言ってくる人間がいるとは思わなかった。
今まで目が見えないことで私自身が貶されたり逆に哀れんだ眼差しを向けられているようなことは感じたことがあったが、まさかこんなことを言われるとは。
名前も顔も知らない話したこともない同居人がいますとは言うわけにもいかずに黙っていると、男性は私が話を聞いてくれると勘違いしたのだろうか、ますますヒートアップして同居人(男性は夫だと思っている)の悪口を言う。
私は同居人のことを何も知らないが、悪口を言われてとても気分が悪くなった。
あまりに腹が立ったので、さっさと荷物をまとめて出て行った。
悶々としながら家まで戻る道中で耐え切れなくなって涙がこぼれた。
そうだ、私は何も知らない。
他人にあることないこと言われたのも腹が立つが、なにより私が同居人のことを何も知らない。
知らないようにしていたのは自分自身だが、その事実を突きつけられたのが辛かった。
知っていれば、反論ができたのかしら……と思うととても悔しい。
泣きながら家に帰ると、同居人はリビングの定位置にいた。
私が泣いているのに驚いた様子だったが、声をかけてくることはない。
いつも通りだ。
すんすん、と鼻をすすりながらキッチンへ行き、料理を始める。
やけくそだったのもあるが、いつもは作り置きにするご飯を今日はお皿に盛りつけてテーブルに運ぶ。
何も言われなかったが、同居人が動揺しているのは肌で感じた。
二人分のご飯を作り終えて椅子に座る。
しかし私は食べ始めない。
同居人がやってくるまで、姿勢を良くして待ち続けた。
********************
なんなんだ。
泣きながら帰ってきたと思ったら、泣きながら料理をする。
そしていつもなら俺の分はラップをかけて置いておくか、作り置きとして冷蔵庫に入れられるはずだった。
今日は違った。
女は二人分の料理を皿に盛りつけるとテーブルに並べる。
そしてどういうつもりか、食べずにじっとしている。
自分の前の席に俺が座るのを待っているのだ。
どういうつもりだ、と何分か様子を伺うが、何も変わらない。
せっかく作った飯が冷めていくのを見ていられなくなり、とうとう俺は観念した。
椅子を引くとギッと軋む音がする。
俺が向かいに座ると、女はハッとした様子を一瞬見せたが、その後「いただきます」と手を合わせた。
そして一口食べてはこちらの様子を伺うのだ。
俺も手を合わせた。
小さい声でいただきます、と呟くと、女はやっと俺が男だと判別できたようだ。
「男性だったんですね。」
と、恐る恐る声をかけてきた。
「ああ。」と短く返した。
あーあこれでこの奇妙な生活も終わりか……と感慨深くなる。
追い出されるのだろうと思ったが、女は食事をしながら一方的に話し始めた。
その内容は他愛もないことだった。
食事の出来はどうだとか、好き嫌いはあるのか、とかふとんを敷いて寝ろだとか、あとはトイレの便器はちゃんと下げておいてくれだとか。
俺は全てに、ああ、とかいや、とか短く返答をする。
ぶっきらぼうな俺とは対照的に女はどんどん嬉しそうに笑うようになった。
今まで一言もかわさずに生活をしていたのがウソのように女はしゃべり続けた。
食事を終えて、ごちそうさま、と言うと女はお粗末様でした、と返す。
その後、少し沈黙があった。
「なあ、なんでさっき泣いてた?」
俺が問いかけると女はハッとした様子を見せるがすぐに押し黙る。
言い出しにくいことだろうか思いながらも言葉を待つと、女は観念したのか話し始めた。
自分がスーパーで言われた言葉。
その言葉よりも、同居人である俺を知らないことが辛くなったそうな。
馬鹿げている。
そもそも悪口は俺に対して、いや、架空の夫に対してだろう。
それなのに女は、「だから今日は食事を作った」と少し恥ずかしそうに笑った。
「あの……なんとお呼びしたらいいですか?」
そうだ。
俺は女の名前を家にあった請求書や表札を見て知っていたが女は何も知らないのだ。
「尾形。尾形百之助だ。」
「尾形さん……。私は夢主といいます。あ、知ってますよねきっと。」
夢主は今更知らないことは何もないか、とあははと明るく笑う。
そしてこう続けた。
「尾形さん、こんな私で良ければこのまま一緒に住んでください。私も人がいた方が安心ですから。今まで通り、いやもっと自由に使ってもらっていいですから。その……ずっと一緒にいてほしいです。」
相当勇気を振り絞ったのだろう、最後の方は消え入りそうな声だった。
その言葉を言われたとき、俺は殺し屋から足を洗う決意を決めた。
********************
初めて尾形さんとお話してから数年。
今となっては奇妙な日常が思い出の話題としてよく上がる。
そしてこの家はいつも音楽と笑い声が絶えない。
「ママ―、パパは?」
下の方から私のスカートを引っ張って高い声でそう聞かれる。
愛しい我が子の手を握ると、私は微笑む
「そうねえ、きっとテレビの後ろあたりかなー?」
「あー!ほんとだ!なんでママはいつもパパが隠れてるとこわかるのー?」
不思議そうに問いかけられる。
私はふふふ、と笑ってこう答えた。
「パパはかくれんぼが下手なのよ。」
おわり。
※ヒロイン盲目の設定(光が若干見えるかどうか)です。
私は生まれつき目が見えない。
人に話すと驚かれるが生まれつきなのでどうしようもない。
一度も見たことがない世界はどんなところなのか気になっている程度だ。
真っ暗闇と強烈な朝日といった強めの闇と光で出来たコントラストであれば、黒と白は区別がつくが、ほかの色はわからない。
最近は有難いことに便利なもので、声だけで操作ができる家電や、視覚が弱い人のためにユニバーサルデザインといった規格が統一されているものがある。たとえば触るだけでわかる印がついているものだとか。
それらを取り揃えて生活していると、案外そこまで不便ではない。
一人暮らしをしている私の部屋は、そんな事情で整理整頓というか、すべての物の位置が私仕様なのだ。
そのため、家の異変にはすぐ気づいた。
「……?」
物の位置が絶妙に変わっている。
本当に小さな変化だった。
恐らく盲目じゃなかったら気づけない程度。
たとえば、換気していた窓の開き具合、冷蔵庫の中身の向き、ごみ箱の中身、トイレットペーパーの残量、リモコンの角度……ほかにも生活にかかわるところは全て。
泥棒に入られたにしては微妙な変化だった。
そこまで貴重なものは家に置いていないので盗難の心配はない。
一応洗濯物をしまうときに下着などもチェックしてみたが変わりはなかった。
物色したけれど何もない部屋だから出て行ったのかもしれない、なんて楽観視してしまったが、次の日も、その次の日も違和感が続いた。
目が見える人なら気にならないのかもしれないが、私にとってはそれはそれはストレスで、少し苛立った。
********************
俺は殺し屋だ。
一般人からはこの仕事は小説や映画の世界のものだと思われているが、実際こうやって生きてきた。
ありがちだが、仕事をしくじって今度は自分の命が狙われた。
俺は今まで稼いだ全財産を持ち、さてどうするかと街を徘徊していたとき、不用心にも窓が開いていて部屋の電気がついていない家を見つけた。
単身者用なのだろうか、こじんまりとしたアパートだ。
少しの間そこに留まり追手をまこうと考える。
しかし、誰もいないはずの家から小さく鼻歌が聞こえる。
これには少々驚いてしまった。
家の様子を伺うと女が一人、暗闇の中で生活していた。
不気味なやつだと物色する。
自分がジロジロと見ていても女は気が付かない。
女を観察していて気付いたが、女は目をつぶっている。
どうやら女は盲目のようだ。
なら都合が良い、と家の外から堂々と女を観察した。
一応不審者だと通報されないように、通りからは見えないよう身を低くした。
女は暗闇の中で器用に料理をし、食事をとり、皿を洗い、部屋を片付ける。
ぺたぺたとあちらこちらを触って、感触を確かめながら動いているが、ぎこちないわけではなくむしろそれが自然な流れだった。
人間は意外と強い。何とでも生きられるようだ。
俺は女の生命力あふれる生き方に魅入ってしまった。
追手をまくだけのつもりだったが、気が変わった。
女が寝ている間に家に入ることにした。
浴室の天井の点検口から屋根裏なのだろうか、スペースがあるところを拠点に選んだ。
女がいるときはなるべく屋根裏に潜み、女がいないときは家電の近くのスペースを基本として家の中を自由に動いた。
というのは、女は大きな家電は声で動かしているようで、滅多に近寄らない。
特に大きなテレビの横。
目が見えないくせにテレビを見るのか、と内心嫌味を吐いたが、女は歌番組や海外の音楽番組を好んで聴いている。
仕事のせいであまり詳しくはなかったが女はクラシックからロック、ジャズ、洋楽、演歌なんでもジャンル問わず聴いていた。
ラジオやCDも聴くようで、この家はいつも音楽に溢れていた。
そういえば、最初に家に入ったときも、女はうっすらと鼻歌を歌っていた。
女が出掛けると俺はこっそりと女の家のものを使う。
最初は慎重に水や多少の食料を拝借するだけだったが、女があまりに鈍感なので段々とシャワーを浴びたり普通にトイレやキッチンを使った。
次第に悪い癖が出てきて、試してみようと思ったことがある。
それは、テレビの横のスペースに女がいる間も膝を抱えて座ってみることだった。
今までは盲目相手とはいえ、女が家に帰ってくる前までには天井裏に隠れていたが、あえて目の前にいることにした。
女はそのたった一度の試みで気付いたようだ。
その日から食料や食器、衣類などが明らかに二人分置かれるようになったのだ。
しかし出ていけという意思表示になるものは何一つなかった。
お互い無言であったが契約が成立したと思った。
冷蔵庫の中身はいつも充実しているし、綺麗好きのようで家はいつも清潔だ。
とても居心地が良かった。
しかし居候をするだけではこちらの気が済まない。
かといって、中途半端に家事をして女の想像と違う位置に物が移動してしまっては困るだろうと考える。
盲目の女が一体どんな仕事をしているのか知らないが、自分のような裏社会で生きてきた人間と比べれば、はした金しか稼げないだろうと思う。
考えた末に、女の所持品や貯金箱や財布に少しずつ金を足すことにした。
案外このような奇妙な生活も悪くないと感じた頃、女が泣きながら帰ってきた。
********************
家に同居人がいると確信したのは、最初に異変があった日からしばらくしてからだった。
最初のうちは毎日ストレスだったが、下手に騒いで殺されたりするよりはマシだと考えを改めていた。
そう自分を納得させていたのだ。
その人物は私が耳や感覚を駆使して観察してみても、恐らく私が家にいる間はどこかに身を隠している様子。
それなのにある日突然、その同居人はテレビの横を陣取った。
何故気付いたのかというと、私がテレビをつけたとき、音の反響が明らかに違ったのだ。
自分でも目が見えない分耳が良いことは自覚していたが、ここで役に立つとは思わなかったので驚いた。
この勇気ある人物はどういうつもりなのだろうか。
何の狙いがあるのか私にはさっぱり見当もつかないので気が滅入る。
しかし、どうやら人の家を勝手に使っている人は根っからの悪人ではないようなので、この生活がいつまで続けられるのかと賭けてみようと思った。
同居人が姿を隠さなくなった日から、私は二人分の食材や生活用品をそろえた。
以前は無駄な買い物はしないようにしていたが、多めに毛布を買ってみたり、もういらないですよ~みたいな雰囲気を出して服を置いておくとそれらが翌日には消えているので堂々とし始めたな、と一人ニヤついてしまう。
同居人が男性か女性かも分からないので、好みに合うものを選べているか買い物で悩むのが少し楽しみになってしまった。
そしていつからだろうか、お金が増えるようになった。
最初は小銭程度かと思ったが、お札が増えていることに気付いたときには青ざめた。
同居人は律儀に定期的に大金を家のあちらこちらに少しずつ入れていく。
盲目じゃなくても気づくだろうと思うが、コートの上着のポケットだったり、鞄の中だったりと抜け目がない。冷蔵庫に瓶詰のお金が入っていたときには笑いそうになった。
気付けば収入が以前の倍以上になってしまった。
これではまずい、と私は生活用品を更にしっかり揃えた。
食材も二人分、いやもっとだろうか。とにかく生活費にたくさん使った。
恐らく過ごしやすくなっているだろう、と言葉を交わしたこともない同居人に気を使って生活をしていたある日のことだった。
白い杖をついてスーパーで買い物をして、手探りで袋詰めをしていると、隣にいた声からすると中年くらいだろうか、男性から声をかけられた。
「あんたさァ、目見えないのに買い物自分でやってんの?」
「えっ、あ、……はい。」
「その量だと旦那さんいるんだろ?なんで目が見えない嫁さんに買い物なんかさせてんのかね。甲斐性がないよ。」
「えっ」
驚いた。
恐らく初対面だろうに、しかも私が結婚しているとは一言も言ってないのに赤の他人の配偶者の悪口を言ってくる人間がいるとは思わなかった。
今まで目が見えないことで私自身が貶されたり逆に哀れんだ眼差しを向けられているようなことは感じたことがあったが、まさかこんなことを言われるとは。
名前も顔も知らない話したこともない同居人がいますとは言うわけにもいかずに黙っていると、男性は私が話を聞いてくれると勘違いしたのだろうか、ますますヒートアップして同居人(男性は夫だと思っている)の悪口を言う。
私は同居人のことを何も知らないが、悪口を言われてとても気分が悪くなった。
あまりに腹が立ったので、さっさと荷物をまとめて出て行った。
悶々としながら家まで戻る道中で耐え切れなくなって涙がこぼれた。
そうだ、私は何も知らない。
他人にあることないこと言われたのも腹が立つが、なにより私が同居人のことを何も知らない。
知らないようにしていたのは自分自身だが、その事実を突きつけられたのが辛かった。
知っていれば、反論ができたのかしら……と思うととても悔しい。
泣きながら家に帰ると、同居人はリビングの定位置にいた。
私が泣いているのに驚いた様子だったが、声をかけてくることはない。
いつも通りだ。
すんすん、と鼻をすすりながらキッチンへ行き、料理を始める。
やけくそだったのもあるが、いつもは作り置きにするご飯を今日はお皿に盛りつけてテーブルに運ぶ。
何も言われなかったが、同居人が動揺しているのは肌で感じた。
二人分のご飯を作り終えて椅子に座る。
しかし私は食べ始めない。
同居人がやってくるまで、姿勢を良くして待ち続けた。
********************
なんなんだ。
泣きながら帰ってきたと思ったら、泣きながら料理をする。
そしていつもなら俺の分はラップをかけて置いておくか、作り置きとして冷蔵庫に入れられるはずだった。
今日は違った。
女は二人分の料理を皿に盛りつけるとテーブルに並べる。
そしてどういうつもりか、食べずにじっとしている。
自分の前の席に俺が座るのを待っているのだ。
どういうつもりだ、と何分か様子を伺うが、何も変わらない。
せっかく作った飯が冷めていくのを見ていられなくなり、とうとう俺は観念した。
椅子を引くとギッと軋む音がする。
俺が向かいに座ると、女はハッとした様子を一瞬見せたが、その後「いただきます」と手を合わせた。
そして一口食べてはこちらの様子を伺うのだ。
俺も手を合わせた。
小さい声でいただきます、と呟くと、女はやっと俺が男だと判別できたようだ。
「男性だったんですね。」
と、恐る恐る声をかけてきた。
「ああ。」と短く返した。
あーあこれでこの奇妙な生活も終わりか……と感慨深くなる。
追い出されるのだろうと思ったが、女は食事をしながら一方的に話し始めた。
その内容は他愛もないことだった。
食事の出来はどうだとか、好き嫌いはあるのか、とかふとんを敷いて寝ろだとか、あとはトイレの便器はちゃんと下げておいてくれだとか。
俺は全てに、ああ、とかいや、とか短く返答をする。
ぶっきらぼうな俺とは対照的に女はどんどん嬉しそうに笑うようになった。
今まで一言もかわさずに生活をしていたのがウソのように女はしゃべり続けた。
食事を終えて、ごちそうさま、と言うと女はお粗末様でした、と返す。
その後、少し沈黙があった。
「なあ、なんでさっき泣いてた?」
俺が問いかけると女はハッとした様子を見せるがすぐに押し黙る。
言い出しにくいことだろうか思いながらも言葉を待つと、女は観念したのか話し始めた。
自分がスーパーで言われた言葉。
その言葉よりも、同居人である俺を知らないことが辛くなったそうな。
馬鹿げている。
そもそも悪口は俺に対して、いや、架空の夫に対してだろう。
それなのに女は、「だから今日は食事を作った」と少し恥ずかしそうに笑った。
「あの……なんとお呼びしたらいいですか?」
そうだ。
俺は女の名前を家にあった請求書や表札を見て知っていたが女は何も知らないのだ。
「尾形。尾形百之助だ。」
「尾形さん……。私は夢主といいます。あ、知ってますよねきっと。」
夢主は今更知らないことは何もないか、とあははと明るく笑う。
そしてこう続けた。
「尾形さん、こんな私で良ければこのまま一緒に住んでください。私も人がいた方が安心ですから。今まで通り、いやもっと自由に使ってもらっていいですから。その……ずっと一緒にいてほしいです。」
相当勇気を振り絞ったのだろう、最後の方は消え入りそうな声だった。
その言葉を言われたとき、俺は殺し屋から足を洗う決意を決めた。
********************
初めて尾形さんとお話してから数年。
今となっては奇妙な日常が思い出の話題としてよく上がる。
そしてこの家はいつも音楽と笑い声が絶えない。
「ママ―、パパは?」
下の方から私のスカートを引っ張って高い声でそう聞かれる。
愛しい我が子の手を握ると、私は微笑む
「そうねえ、きっとテレビの後ろあたりかなー?」
「あー!ほんとだ!なんでママはいつもパパが隠れてるとこわかるのー?」
不思議そうに問いかけられる。
私はふふふ、と笑ってこう答えた。
「パパはかくれんぼが下手なのよ。」
おわり。
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