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役目/谷垣
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役目/谷垣
吹雪の吹き荒れたある夜、仕事を終えたタイミングで鶴見中尉に呼び出された部屋へ入ると何人かの兵士たちが集まっていた。
中には尾形さんや野間さん、二階堂さんたちもいる。
尾形さんは私の姿をじっと見ているが、特にリアクションは何もない。
私もその視線に気が付かないフリをした。
中にいるメンバーの顔ぶれに意味を見出せずにいると、鶴見中尉に中に入るように促された。
「今日は冷え込むからね。夢主くんも良かったら温まっていきなさい。」
「まぁ、お気遣いいただきありがとうございます。せっかくですから、お茶を用意しますね。」
私は落ち着いた表情を作りお礼を言って中に入る。
内心ではほっと胸をなでおろしていた。何か狙いがあるわけではなさそうだ。
私は座敷に上がるとお茶の準備を始める。
全員にお茶を配り終えて、座敷の中でも鶴見中尉の近くに座った。
尾形さんは何か私に文句がありそうな視線を送ってくるが、やはり気が付かないフリを貫き通した。
最初は皆で軍の内政についてや人間関係などについて話していた。
私はなるべく口は挟まず、皆の聞き役に徹する。
鶴見中尉も椅子に座ったまま身体をこちらに向けて時々会話に入った。
穏やかに時間が過ぎていたが、途中で谷垣さんが入ってきた。
座敷の方にはすでに人が多く、谷垣さんが座るスペースはなさそうだ。
私が出ようかと声をかけるも、鶴見中尉が私を片手で制して目の前の席に谷垣さんを促した。
私がお茶を谷垣さんにお出ししてから少しして、彼は話し始めた。
「鶴見中尉殿は「カネ餅」というのをご存じですか?」
谷垣さんは手で輪っかを作って大きさを示しながら、阿仁マタギに伝わるカネ餅について語り始めた。
時折鶴見中尉が興味深そうに質問を挟む。
村落に伝わる伝統的な作り方をアレンジして持ち歩いていたらしい谷垣さん。
谷垣さんがこっそりとやっていたアレンジに気が付く瞬間のお話を彼は静かに語り始めた。
マタギ仲間の「青山賢吉」という1つ年上の男性。
悪天候で避難したときに彼にクルミ入りのカネ餅がバレてしまったのだという、微笑ましいエピソードを話す。
賢吉さんは谷垣さんの妹さんと結婚し、義理の兄弟となったそう。
私はここまで聞いて表情を曇らせた。
彼の妹さんが亡くなっていることは既に聞いていたからだ。
私の表情から尾形さんは何かを察したのか、視線を落として聞いていた。
妹さんが何者かに殺され、更に賢吉さんが行方不明となった。
状況からどういうことか理解した谷垣さんは復讐に燃えた。
そんな中噂で聞いた賢吉さんが第七師団に入隊したという話。
谷垣さんがマタギを辞めるには十分な理由だった。
まだ賢吉さんを見つけられていない状態の中、弱った母親の訃報も届く。
どん底だったことだろう。
谷垣さんの表情も固いが、鶴見中尉はさすがに表情を変えない。
旅順での戦闘で負傷した白襷隊の男性にカネ餅をあげたことで、自分と同じ秋田出身の一等卒がいると教えてもらったそうな。
これが谷垣さんが賢吉さんの手がかりを得た瞬間であった。
戦争のどさくさで背中を撃てば復讐は終わる。
そう考えた谷垣さんだったが、二百三高地の戦争の壮絶さは言わなくても皆わかっている。
そんな余裕があるはずもなかった。
さすがに鶴見中尉もあの戦闘の酷さを口にする。
爆弾を抱えて捨て身の突撃をしてくるロシア兵を止めるために、一人の兵士が飛び出した。
その顔は間違いなく賢吉さんだった。
谷垣さんは爆破されて重傷を負った賢吉さんをなんとか塹壕に引きずり降ろして、妹さんの復讐をしようとした。
「フミ……」と呟いたのを聞いてたまらなくなった谷垣さんが、賢吉さんを揺さぶり問い詰める。
しかし、臓物は飛び出て足もなくなった彼は鼓膜もやられていて話をできる状態ではなかった。
目も耳も聞こえない、明らかにもうすぐ死ぬだろうと分かる状態だったという。
谷垣さんの気配から傍に誰かいると感じ取った賢吉さんが話し始めた内容は、谷垣さんに対する懺悔だった。
嫁である妹さんが疱瘡にかかったこと。
妹さんの意思で阿仁マタギの一族に迷惑がかからないよう自分を殺してくれと頼まれたこと。
賢吉さんは妹さんの遺志を継いで、妹さんを手にかけたあと火を放ち、村を立ち去ったこと。
妹さんは賢吉さんが疱瘡にかかっていないのならば、「その命をどうやって使うか…自分の役目を探しなさい」と遺したこと。
どうかこの話を谷垣さんに伝えてくれと必死に賢吉さんは告げた。
目の前にいるのが谷垣さんだとは知らずに。
谷垣さんがくるみ入りのカネ餅を賢吉さんの口に入れ、味に気が付いた賢吉さんが静かに微笑み、息を引き取ったという。
「賢吉は自分の役目を見つけて命を使いました。私の生まれてきた意味は何だろうと毎日考えています。今更阿仁には戻れない…父や兄貴に合わせる顔がありません。」
いつもの男らしい顔つきとは違い、どこか憔悴した様子の谷垣さんがそう締めくくる。
役目という言葉はとても重く感じた。
鶴見中尉はそんな谷垣さんを「必要だ」と確かに言った。
忠実な部下をつくるために演技的なカリスマ性を見せることの多い中尉が、ごく自然に口にした言葉。
続けて「クルミ入りのカネ餅を作ってくれ」とも中尉は言った。
なんとなく鶴見中尉は谷垣さんに優しい言葉をかけるのだろうと思っていたので、意外だった。
もしかしたら、心の内を見せてくれた谷垣さんを中尉は嬉しく思っているのかもしれないと私は感じた。
話を聞いた皆それぞれが複雑な表情を浮かべている。
戦争を経験している誰もが、内容は違えど似たような思いを抱えているのだろう。
本人には悪いが、谷垣さんはまだ幸せな方なのかもしれない。
会いたい人にも会えず、遺書すら残せず、誰にも看取られないで散った命がいくつあっただろうか。
私は痛ましい戦争の話を文献でしか知らない。
幸せなことだろうが、今だけは彼らの気持ちに共感できないのが悔しい。
私は自分が険しい表情をしていることに気が付き、慌てて表情を緩める。
谷垣さんの話がひと段落ついたところで、それぞれが近くの人と話し始めて少しざわついた。
中にはそろそろ部屋へ戻ろうとする人もいた。
そんな中ふと視線を向けると尾形さんがこちらを見つめていた。
その表情はいつも通りの無表情だったが、いつも以上に暗く見える瞳に私は一瞬だけドキンとしてしまった。
相変わらず何を考えているのか全く読み取れない。
しかし、あの暗い瞳に見つめられると、なぜだか私は心がかき乱されるような気持になるのだ。
私の役目は、なんだろうか。
あの暗い瞳を救うことができるだろうか。
そんなことを考えながら、嵐が去るのを待った。
おわり。
【あとがき:谷垣ニシバの話、切なくて好き。】
吹雪の吹き荒れたある夜、仕事を終えたタイミングで鶴見中尉に呼び出された部屋へ入ると何人かの兵士たちが集まっていた。
中には尾形さんや野間さん、二階堂さんたちもいる。
尾形さんは私の姿をじっと見ているが、特にリアクションは何もない。
私もその視線に気が付かないフリをした。
中にいるメンバーの顔ぶれに意味を見出せずにいると、鶴見中尉に中に入るように促された。
「今日は冷え込むからね。夢主くんも良かったら温まっていきなさい。」
「まぁ、お気遣いいただきありがとうございます。せっかくですから、お茶を用意しますね。」
私は落ち着いた表情を作りお礼を言って中に入る。
内心ではほっと胸をなでおろしていた。何か狙いがあるわけではなさそうだ。
私は座敷に上がるとお茶の準備を始める。
全員にお茶を配り終えて、座敷の中でも鶴見中尉の近くに座った。
尾形さんは何か私に文句がありそうな視線を送ってくるが、やはり気が付かないフリを貫き通した。
最初は皆で軍の内政についてや人間関係などについて話していた。
私はなるべく口は挟まず、皆の聞き役に徹する。
鶴見中尉も椅子に座ったまま身体をこちらに向けて時々会話に入った。
穏やかに時間が過ぎていたが、途中で谷垣さんが入ってきた。
座敷の方にはすでに人が多く、谷垣さんが座るスペースはなさそうだ。
私が出ようかと声をかけるも、鶴見中尉が私を片手で制して目の前の席に谷垣さんを促した。
私がお茶を谷垣さんにお出ししてから少しして、彼は話し始めた。
「鶴見中尉殿は「カネ餅」というのをご存じですか?」
谷垣さんは手で輪っかを作って大きさを示しながら、阿仁マタギに伝わるカネ餅について語り始めた。
時折鶴見中尉が興味深そうに質問を挟む。
村落に伝わる伝統的な作り方をアレンジして持ち歩いていたらしい谷垣さん。
谷垣さんがこっそりとやっていたアレンジに気が付く瞬間のお話を彼は静かに語り始めた。
マタギ仲間の「青山賢吉」という1つ年上の男性。
悪天候で避難したときに彼にクルミ入りのカネ餅がバレてしまったのだという、微笑ましいエピソードを話す。
賢吉さんは谷垣さんの妹さんと結婚し、義理の兄弟となったそう。
私はここまで聞いて表情を曇らせた。
彼の妹さんが亡くなっていることは既に聞いていたからだ。
私の表情から尾形さんは何かを察したのか、視線を落として聞いていた。
妹さんが何者かに殺され、更に賢吉さんが行方不明となった。
状況からどういうことか理解した谷垣さんは復讐に燃えた。
そんな中噂で聞いた賢吉さんが第七師団に入隊したという話。
谷垣さんがマタギを辞めるには十分な理由だった。
まだ賢吉さんを見つけられていない状態の中、弱った母親の訃報も届く。
どん底だったことだろう。
谷垣さんの表情も固いが、鶴見中尉はさすがに表情を変えない。
旅順での戦闘で負傷した白襷隊の男性にカネ餅をあげたことで、自分と同じ秋田出身の一等卒がいると教えてもらったそうな。
これが谷垣さんが賢吉さんの手がかりを得た瞬間であった。
戦争のどさくさで背中を撃てば復讐は終わる。
そう考えた谷垣さんだったが、二百三高地の戦争の壮絶さは言わなくても皆わかっている。
そんな余裕があるはずもなかった。
さすがに鶴見中尉もあの戦闘の酷さを口にする。
爆弾を抱えて捨て身の突撃をしてくるロシア兵を止めるために、一人の兵士が飛び出した。
その顔は間違いなく賢吉さんだった。
谷垣さんは爆破されて重傷を負った賢吉さんをなんとか塹壕に引きずり降ろして、妹さんの復讐をしようとした。
「フミ……」と呟いたのを聞いてたまらなくなった谷垣さんが、賢吉さんを揺さぶり問い詰める。
しかし、臓物は飛び出て足もなくなった彼は鼓膜もやられていて話をできる状態ではなかった。
目も耳も聞こえない、明らかにもうすぐ死ぬだろうと分かる状態だったという。
谷垣さんの気配から傍に誰かいると感じ取った賢吉さんが話し始めた内容は、谷垣さんに対する懺悔だった。
嫁である妹さんが疱瘡にかかったこと。
妹さんの意思で阿仁マタギの一族に迷惑がかからないよう自分を殺してくれと頼まれたこと。
賢吉さんは妹さんの遺志を継いで、妹さんを手にかけたあと火を放ち、村を立ち去ったこと。
妹さんは賢吉さんが疱瘡にかかっていないのならば、「その命をどうやって使うか…自分の役目を探しなさい」と遺したこと。
どうかこの話を谷垣さんに伝えてくれと必死に賢吉さんは告げた。
目の前にいるのが谷垣さんだとは知らずに。
谷垣さんがくるみ入りのカネ餅を賢吉さんの口に入れ、味に気が付いた賢吉さんが静かに微笑み、息を引き取ったという。
「賢吉は自分の役目を見つけて命を使いました。私の生まれてきた意味は何だろうと毎日考えています。今更阿仁には戻れない…父や兄貴に合わせる顔がありません。」
いつもの男らしい顔つきとは違い、どこか憔悴した様子の谷垣さんがそう締めくくる。
役目という言葉はとても重く感じた。
鶴見中尉はそんな谷垣さんを「必要だ」と確かに言った。
忠実な部下をつくるために演技的なカリスマ性を見せることの多い中尉が、ごく自然に口にした言葉。
続けて「クルミ入りのカネ餅を作ってくれ」とも中尉は言った。
なんとなく鶴見中尉は谷垣さんに優しい言葉をかけるのだろうと思っていたので、意外だった。
もしかしたら、心の内を見せてくれた谷垣さんを中尉は嬉しく思っているのかもしれないと私は感じた。
話を聞いた皆それぞれが複雑な表情を浮かべている。
戦争を経験している誰もが、内容は違えど似たような思いを抱えているのだろう。
本人には悪いが、谷垣さんはまだ幸せな方なのかもしれない。
会いたい人にも会えず、遺書すら残せず、誰にも看取られないで散った命がいくつあっただろうか。
私は痛ましい戦争の話を文献でしか知らない。
幸せなことだろうが、今だけは彼らの気持ちに共感できないのが悔しい。
私は自分が険しい表情をしていることに気が付き、慌てて表情を緩める。
谷垣さんの話がひと段落ついたところで、それぞれが近くの人と話し始めて少しざわついた。
中にはそろそろ部屋へ戻ろうとする人もいた。
そんな中ふと視線を向けると尾形さんがこちらを見つめていた。
その表情はいつも通りの無表情だったが、いつも以上に暗く見える瞳に私は一瞬だけドキンとしてしまった。
相変わらず何を考えているのか全く読み取れない。
しかし、あの暗い瞳に見つめられると、なぜだか私は心がかき乱されるような気持になるのだ。
私の役目は、なんだろうか。
あの暗い瞳を救うことができるだろうか。
そんなことを考えながら、嵐が去るのを待った。
おわり。
【あとがき:谷垣ニシバの話、切なくて好き。】