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土方組でデート/土方・永倉・牛山・家永・尾形
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土方組でデート/土方・永倉・牛山・家永・尾形
土方陣営に尾形と二人で入り込んだ夢主。
各々刺青人皮についての情報収集をする最中、毎朝必ずと言っていいほどに揉めている事柄があった。
その問題は、「誰が夢主と行動を共にするか」であった。
夢主は当然のように尾形の傍に常にいるのだが、他のメンバーがそれを良しとせず、皆自分についてくるようにと夢主を毎朝誘ってくるのだ。
はじめのうちこそ尾形と夢主がセットで一緒に出歩いていたが、それでは不公平だとあちらこちらから不満の声が上がった。
「ふむ……。」
今日も今日とて皆で言い争って夢主を取り合う姿を、土方は顎鬚を撫でながら見守っていた。
もちろん、土方自身も夢主を連れ歩きたい側の人間である。
夢主は皆の真ん中でオロオロしながらなんとかなだめようとしている。
困り果てた様子で夢主は視線を彷徨わせていたが、土方と目が合うと助けを乞うような表情を浮かべた。
そこで土方はおもむろに手を持ち上げると一発叩いて見せた。
パァン!と乾いた音が鳴り響き、全員が土方に注目した。
「皆、公平に順番で夢主と行動するというのはどうかな?」
その土方の提案で日替わりで夢主はお供する相手が変わることとなった。
初日の相手は土方だった。
いつもの軍服ではなく、今日は土方が誂えた着物に変装をさせた。
家永に手伝ってもらって着替えさせられた夢主は、歩きにくそうに土方について屋敷を出て行った。
その姿を皆が恨めしそうにしつつ見送っていた。
「あ、あのぅ……。」
街に出てから夢主が気まずそうに声をかけた。
夢主はいつもの軍服とは違い動きにくそうである。
更に銃剣や三十年式歩兵銃も手放されているので、十分に心細そうな顔をしている。
それでも夢主はお守り代わりに、こっそりと帯の中に拳銃と小刀を隠し持っていたが土方はそれを知らなかった。
「皆様にご一緒させていただいても、お役に立てる自信がないのですが……。」
土方はフン、と笑い飛ばした。
少し意地悪をしてみる。
「なんだね、尾形と一緒に居られなくて拗ねてるのか?」
「えっ、なんでそうなるんですか!」
心底驚いたような表情をする夢主に、土方は喉でクックッと笑いを嚙み締めた。
「冗談だ。聞き込みの時、女連れであることで警戒心を解くことができる場合がある。」
土方がそう答えると夢主はほっとしたような表情を浮かべた。
夢主にしてみれば気心が知れている尾形と一緒に行動した方が都合が良いのかもしれないが、土方からすれば尾形のような掴みどころのない人間を掌握して協力を求めるのは大変な手間である。
ならば尾形が唯一心を開いているであろう相手から情報を得るのが効率的だという打算があった。
その日は日中のほとんどを聞き込みをして過ごした。
土方が良いところの「旦那」役をして、夢主はその旦那の何番目かの「幼な妻」役だった。
男が単体で嗅ぎまわるよりも、女連れの方が何かと話しやすい。
特に女性同士の方が口を割ってくれることもあった。
実際、商人の家に上がり込んで主人と意気投合しているフリをしながら最近の客の話をしている間、夢主は商人の妻と仲良く会話をしていた。
会話の内容までは聞こえないが、世間話から始まり恐らくは近所の交友関係まで聞きこんでいることだろう。
時折女二人の華やかな笑い声が土方の耳にも入っていた。
土方は頃合いを見計らって腰を上げた。
「そろそろ帰ろうか。」
「はい、旦那様。」
役割を演じさせているだけだと分かっていても、夢主にこのように呼ばせたことは役得であると土方は内心で満足感を噛み締めた。
商人の家を後にすると、もう日が暮れようとしていた。
夢主は小声で土方に言う。
「お夕飯の支度があるので、そろそろ……。」
「楽しい時間が経つのは早いものだな。」
そう言って土方はおもむろに夢主の手を取った。
夢主が土方の顔を見ると、土方は夢主の手のひらに先ほどの商人から買い取った櫛を手渡した。
「え?」
思わず受け取ってしまったが、どういうことかと視線で問いかける。
土方は自信に満ち溢れた表情で笑いかけた。
「今日のお駄賃だ。付き合ってもらって助かったのでな。」
「でも、高価なものじゃないんですかこれ……。」
夢主が困惑して見せるも、土方は「良い」と短く答えて歩き始めた。
夢主は数秒考えてからそれを胸元にしまい込み、遅れて土方を追いかけ帰路へついた。
屋敷に戻ると皆が何か言いたげに見てくるが、夢主はいつもと変わらぬ態度を取る。
実際夢主にはやましいことは何もないので、皆の視線に気づかないフリをするしかなかったのだ。
特に尾形の視線は鋭く険しいもので、殺気すら感じそうなほどだったが必死に無視を貫いた。
翌日は永倉と出かけることとなった。
「今日はよろしくお願いします。」
夢主が頭を下げると永倉は「行こうか。」と声をかけて玄関へ向かう。
今日の夢主は第七師団の軍服だった。
特に指定されなければ軍服を着たいという夢主の意思表示でもあった。
二人の後ろから牛山が「変装させなくていいのかよ、爺さん。」と声をかけるが、永倉はフンと鼻で笑うだけだった。
「今日はどちらへ聞き込みへ?」
道中夢主は永倉へと問う。
夢主は完全に永倉には安心感を持って接していたし、永倉も夢主に対しては自分の道場の生徒くらいの距離感で接していた。
そんな永倉が夢主が誰と一緒に行動するかという争いに参加していた理由は、下心に溢れた連中から夢主を救い出そうという善意からだった。
「そうだなぁ……情報収集は私よりも得意なヤツらが揃っているだろうからなぁ。」
永倉は自分の顎のあたりを撫でて考え込むフリをしていた。
実は永倉の中で今日の予定は既に決まっていた。
フラフラと当てもなく歩いているように見せて、永倉は夢主を歌舞伎や落語、相撲などに連れ出した。
てっきり夢主は観客の中で刺青人皮や金塊の手がかりにつながる人物がいるのかと思って気を引き締めてついて行ったものの、「まずは演目に集中しなさい」と永倉に諭されて普通に鑑賞を楽しんでしまった。
「あのぅ、もしかして今日って……。」
あれこれ鑑賞した後に手頃な甘味処へ入った二人。
ぜんざいを食べながら夢主が恐る恐るといった様子で永倉へと問いかけた。
「たまには良いだろう。」
永倉はふぉっふぉっと老人らしい笑い方をした。
夢主はそれを聞いてやっぱり、と内心でため息をついた。
「でも本当に良いのですか。永倉さんは土方さんに絶大な信頼を置いているようですが。これは裏切るような行為になりませんか?」
夢主が問いかけるも、永倉は気にした素振りも見せなかった。
「いいんだよ、私と土方さんは旧知の仲だからな。」
そう永倉は言っていたものの、屋敷に帰ってから永倉は土方に収穫を聞かれてすっとぼけてみせた。
「馴染みの記者に話をしてきましたよ。そのうち何か連絡があるでしょう。」
「……。」
夢主は何も言わなかったし無表情そのものであったが、土方は何か感じ取ったのか「そうか」と短く言いながらフフと小さく笑みをこぼしていた。
尾形は夢主の身体の近くでクンクンと匂いを嗅いで、「甘い匂いがする」と呟いた。
夢主がドキッとしたのは言うまでもない。
翌日は牛山と出かけることになった。
「よろしくお願いいたします。」
夢主が挨拶すると、牛山は「うむ」と短く返答した。
そのまま出かけようとすると、背後から永倉が「着替えさせないのか?」と問う。
土方も「必要ならば先日の着物を貸す」と続けた。
牛山は少し考える素振りをすると、「家永、またお願いできるか?」と家永に夢主の着付けをやらせる。
夢主は着物の煩わしさに一瞬だけ嫌な顔を浮かべた。
夢主は土方と出かけたときと同じように、拳銃と小刀を帯に潜ませて家から出た。
牛山は基本的には紳士的な性格であるが、長期間女を抱かないと欲求不満になって叫び始める。
その体質を知っている土方は慣れた様子で過去に何度か花街に送り込んでいたが、永倉と夢主はドン引きして見ていた。
前回の記憶をたどるにそろそろ花街に行かせてやらないといけない、と夢主はわかっていた。
そこで牛山が色々と発散している間に自分が聞き込みをすれば良いと考えた。
「街に行きませんか?」
屋敷を出てすぐ牛山にそう提案する夢主。
夢主からの提案の意味を牛山はわかっていないらしく、はじめは「何故だ?」と聞いてきた。
夢主が言葉を濁していると何か思いついたように牛山はハッとした様子で言った。
「夢主からのお誘いってことか……!?」
「いや、私は……」
否定しようとしたのもつかの間、先ほどの発言がスイッチになったのか、途端に牛山がウォォォ!と喜びの雄たけびをあげて夢主を片手に抱え込んだ。
「えええ!?」
夢主は驚いて悲鳴を上げるが、牛山はひょいっと軽々と夢主を片手で抱きかかえる。
たとえ軍服であっても大男の牛山から夢主が逃れられるとは思えないが、抵抗はしただろう。
しかし今日は着物に着替えていたことで動きがかなり制限されてしまい、簡単に抱き上げられてしまった。
牛山はフンッと鼻息を荒く吐き出すと、夢主に言った。
「行きつけの店があるんだ。女連れでも床を用意してくれる。」
夢主は焦って帯に手を伸ばすが、仲間を刺したり撃つわけにはいかない、と踏みとどまった。
「ちょ、そういう意味じゃ……いやだあああ!!助けてーー!!」
屋敷の前で牛山が雄たけびを上げ、夢主が叫び声をあげたことで屋敷から全員が慌てて飛び出してきた。
抱え込まれた夢主が必死にもがきながら助けを乞うと、土方が前に出て牛山に命令した。
「牛山。お前は今日は一人で街へ行け。」
牛山は不満そうにしていたが、土方の後ろで尾形が眼光を光らせながら銃を構えているのに気が付くとあきらめた様子で夢主をそっと地上へ下ろした。
自由を得た夢主は慌てて牛山から距離をとったが、もうすでに牛山は戦意喪失していた。
結局その日は家永と出かけることになった。
家永はそうと決まると、「何を着ますか?私とお揃いにしましょう♪」などと浮かれた様子で、どこからか持ってきた衣装を広げてはああでもないこうでもないとコーディネートを考えていた。
家永と夢主は結局似た雰囲気の洋装にして、家永のメイク道具を借りて二人で長い時間をかけて身支度をした。
その様子を男連中は遠巻きに見ながら、「女ってのはなんでこう身支度に時間がかかるんだ」とひそひそと話し合った。
まるで姉妹のようなコーディネートに仕上がった二人。
出かける二人に永倉が忠告した。
「家永、夢主を取って食うんじゃないぞ。」
「まさか。私が牛山様のように手が早いとでも?」
家永はにっこりと微笑むが、その目の奥が笑っていなかった。
永倉の横から土方も口を出した。
「物理的にも、食いかねんからな。夢主に何かしたら許さないぞ、家永。」
「気を付けます。」
「……。」
夢主はそれぞれの会話をややこわばった表情で見守っていた。
屋敷を出るとすぐに家永は夢主の手を取った。
夢主は驚いて家永を見るが、ニコリと微笑まれて何も言えなくなってしまった。
「なんか……家永さんってお姉さんみたいですね。」
「本当ですか?嬉しいです。私も夢主様のこと、妹のように思ってますよ。」
そんな女子感満載の会話をしながら二人は街へと向かった。
この日の二人の目的は簡単で、しばらくの生活のための道具の買い出しだった。
買い物がてら普段は見向きもしなかったような装飾品や雑貨を見ては、夢主は心を躍らせた。
「わぁぁ、素敵。」
声を上げる夢主に、家永は問う。
「尾形さんから買ってもらったりしないんですか?」
夢主はそこでなぜ尾形の名前が出ると言わんばかりに驚いた。
「まさか!弾薬なんかはもらいましたけど……。あ、そういえば先日土方さんに櫛をいただきました。」
その言葉を聞いて家永はふふ、と笑みをこぼす。
表面上は穏やかだったが、内心ではあのジジイ……と呟いていた。
「それは妬けてしまいますね。夢主様、良かったら私とお揃いで何か買いませんか?」
家永の提案に夢主はパッと顔を明るくした。
「いいんですか!?ぜひ!」
第七師団に拾われてからずっと女性の友達はいなかった夢主。
女友達に飢えていた夢主は嬉しそうにその提案に乗った。
二人はたくさん悩んだ挙句、最終的にはお揃いの髪飾りを購入して街での買い物を楽しんで帰宅した。
「ただいま帰りましたぁ!」
夢主がご機嫌で帰宅すると、全員が心配そうに出迎える。
「家永に食われなかったか?」「血抜かれていないか?」と口々に聞かれて夢主は笑い出してしまった。
「まさかぁ。とっても良いお姉さんでした。」
そう夢主が笑いながら家永にぴとっ、とくっついてみせると男たちからは悔しさからかギリィッと歯ぎしりの音が響いた。
家永は勝ち誇った笑顔を浮かべて、その様子を全員に見せつけていた。
最終日は尾形と出かけることになった。
出かけようとしていると後ろから「着替えさせないのか?」と土方が聞いてくる。
尾形はハッと吐き捨てるように笑うと「どうせ脱がすんだから関係ねえ」と答え、夢主がギョッとした表情を浮かべた。
「絶ッ対、脱ぎませんからね!」と声を荒げ、夢主は怒った様子でズンズンと先に出かけてしまった。
尾形は「ははあ」と嬉しそうに声を上げて夢主の後を追った。
二人は街へ向かわず、人気のない山の中を歩いた。
目的は今日の食料の調達である。
この人数の食料を調達するのはなかなか至難の業だったが、尾形の腕があれば十分可能だ。
尾形は元々寡黙ではあるが、今日はそれに輪をかけて寡黙だ。
どうやら何か考え込んでいるようだった。
獲物を探すフリをして、夢主は時折尾形の横顔をのぞき込んでいた。
夢主は尾形から話し始めるタイミングを待つべきかどうか考えたが、このままでは狩猟に集中できない。
「何か気になることでもありましたか。」
そう切り出すことで、少しでも尾形が話を始めやすいように誘導したつもりだった。
尾形は夢主の言葉にまだ何か考え込んでいるようだった。
尾形は数秒間押し黙った後、ようやく口を開いた。
「他の奴らと行動して、何かあったか。」
言葉通りに取るならばここ数日間の行動の報告を欲しがっているようだ。
しかし、もっと深読みするなら尾形の欲しがる情報だけを与えなくてはいけない、と夢主は考えた。
「……目新しい情報は何も掴めませんでした。すみません。」
夢主が気を利かせてそう答えると尾形は小さく零す。
「そうじゃねえ。」
え?と夢主が聞き返す間に、尾形は狙いを定めて銃を撃つ。
撃たれた鳥が落ちたのを見てから、夢主は尾形へと視線を移した。
尾形はフン、と満足そうに獲物の落下地点を見ている。
夢主がどう答えようかと考え込んでいると、尾形はため息をついて立ち上がった。
撃ち落とした鳥を掴むと、血抜きをその場で行い始めた。
「オッサン共をたぶらかしたんだろ?」
尾形は目線を手元から動かさずに問う。
その言葉の真意が読み取れずに困惑する夢主。
尾形は追い討ちをかけるように続けた。
「着物着て、ちやほやされて楽しかったかよ。」
嫌味っぽい口調に夢主はムッとした。
「ちゃんと拳銃と小刀は持ってましたよ。」
尾形は意外そうに眉を上げた。
てっきり夢主は簡単に銃を手放したものだと思っていたからだ。
夢主はそんな尾形に気付かず続ける。
「それに、ちやほやなんてとんでもない。私が物珍しい存在なだけだと思いますよ。」
その言葉にふと尾形が顔を上げ、暗い目で夢主を見た。
数秒間見つめ合ってしまったが、夢主は目を逸らすことができなかった。
尾形があんこう鍋の話をしてくれた時と同じ、暗い瞳をしていたから。
やっと尾形の言いたいことが分かった気がした。
「……私、尾形さんについて行くって言いましたよね?明日からはちゃんと尾形さんに同行しますから。」
夢主がそう言うと、尾形は満足したのか作業に戻った。
そのあとはひたすら獲物を打っては処理し、時折屋敷に戻って下処理してを繰り返した。
屋敷に戻り夕食時、夢主は改めて特別に人手が必要な用事がない限り、自分は尾形に同行すると宣言した。
尾形は全員から猛烈に非難されるも、得意げに頭を撫でつけながらどこか誇らしげに笑うだけだった。
おわり。
【あとがき:疲れた……土方組のみんなと絡ませたい!とか言って書き始めた自分を殴りたくなりました。メンヘラ尾形が書けてちょっと楽しかったです。】
土方陣営に尾形と二人で入り込んだ夢主。
各々刺青人皮についての情報収集をする最中、毎朝必ずと言っていいほどに揉めている事柄があった。
その問題は、「誰が夢主と行動を共にするか」であった。
夢主は当然のように尾形の傍に常にいるのだが、他のメンバーがそれを良しとせず、皆自分についてくるようにと夢主を毎朝誘ってくるのだ。
はじめのうちこそ尾形と夢主がセットで一緒に出歩いていたが、それでは不公平だとあちらこちらから不満の声が上がった。
「ふむ……。」
今日も今日とて皆で言い争って夢主を取り合う姿を、土方は顎鬚を撫でながら見守っていた。
もちろん、土方自身も夢主を連れ歩きたい側の人間である。
夢主は皆の真ん中でオロオロしながらなんとかなだめようとしている。
困り果てた様子で夢主は視線を彷徨わせていたが、土方と目が合うと助けを乞うような表情を浮かべた。
そこで土方はおもむろに手を持ち上げると一発叩いて見せた。
パァン!と乾いた音が鳴り響き、全員が土方に注目した。
「皆、公平に順番で夢主と行動するというのはどうかな?」
その土方の提案で日替わりで夢主はお供する相手が変わることとなった。
初日の相手は土方だった。
いつもの軍服ではなく、今日は土方が誂えた着物に変装をさせた。
家永に手伝ってもらって着替えさせられた夢主は、歩きにくそうに土方について屋敷を出て行った。
その姿を皆が恨めしそうにしつつ見送っていた。
「あ、あのぅ……。」
街に出てから夢主が気まずそうに声をかけた。
夢主はいつもの軍服とは違い動きにくそうである。
更に銃剣や三十年式歩兵銃も手放されているので、十分に心細そうな顔をしている。
それでも夢主はお守り代わりに、こっそりと帯の中に拳銃と小刀を隠し持っていたが土方はそれを知らなかった。
「皆様にご一緒させていただいても、お役に立てる自信がないのですが……。」
土方はフン、と笑い飛ばした。
少し意地悪をしてみる。
「なんだね、尾形と一緒に居られなくて拗ねてるのか?」
「えっ、なんでそうなるんですか!」
心底驚いたような表情をする夢主に、土方は喉でクックッと笑いを嚙み締めた。
「冗談だ。聞き込みの時、女連れであることで警戒心を解くことができる場合がある。」
土方がそう答えると夢主はほっとしたような表情を浮かべた。
夢主にしてみれば気心が知れている尾形と一緒に行動した方が都合が良いのかもしれないが、土方からすれば尾形のような掴みどころのない人間を掌握して協力を求めるのは大変な手間である。
ならば尾形が唯一心を開いているであろう相手から情報を得るのが効率的だという打算があった。
その日は日中のほとんどを聞き込みをして過ごした。
土方が良いところの「旦那」役をして、夢主はその旦那の何番目かの「幼な妻」役だった。
男が単体で嗅ぎまわるよりも、女連れの方が何かと話しやすい。
特に女性同士の方が口を割ってくれることもあった。
実際、商人の家に上がり込んで主人と意気投合しているフリをしながら最近の客の話をしている間、夢主は商人の妻と仲良く会話をしていた。
会話の内容までは聞こえないが、世間話から始まり恐らくは近所の交友関係まで聞きこんでいることだろう。
時折女二人の華やかな笑い声が土方の耳にも入っていた。
土方は頃合いを見計らって腰を上げた。
「そろそろ帰ろうか。」
「はい、旦那様。」
役割を演じさせているだけだと分かっていても、夢主にこのように呼ばせたことは役得であると土方は内心で満足感を噛み締めた。
商人の家を後にすると、もう日が暮れようとしていた。
夢主は小声で土方に言う。
「お夕飯の支度があるので、そろそろ……。」
「楽しい時間が経つのは早いものだな。」
そう言って土方はおもむろに夢主の手を取った。
夢主が土方の顔を見ると、土方は夢主の手のひらに先ほどの商人から買い取った櫛を手渡した。
「え?」
思わず受け取ってしまったが、どういうことかと視線で問いかける。
土方は自信に満ち溢れた表情で笑いかけた。
「今日のお駄賃だ。付き合ってもらって助かったのでな。」
「でも、高価なものじゃないんですかこれ……。」
夢主が困惑して見せるも、土方は「良い」と短く答えて歩き始めた。
夢主は数秒考えてからそれを胸元にしまい込み、遅れて土方を追いかけ帰路へついた。
屋敷に戻ると皆が何か言いたげに見てくるが、夢主はいつもと変わらぬ態度を取る。
実際夢主にはやましいことは何もないので、皆の視線に気づかないフリをするしかなかったのだ。
特に尾形の視線は鋭く険しいもので、殺気すら感じそうなほどだったが必死に無視を貫いた。
翌日は永倉と出かけることとなった。
「今日はよろしくお願いします。」
夢主が頭を下げると永倉は「行こうか。」と声をかけて玄関へ向かう。
今日の夢主は第七師団の軍服だった。
特に指定されなければ軍服を着たいという夢主の意思表示でもあった。
二人の後ろから牛山が「変装させなくていいのかよ、爺さん。」と声をかけるが、永倉はフンと鼻で笑うだけだった。
「今日はどちらへ聞き込みへ?」
道中夢主は永倉へと問う。
夢主は完全に永倉には安心感を持って接していたし、永倉も夢主に対しては自分の道場の生徒くらいの距離感で接していた。
そんな永倉が夢主が誰と一緒に行動するかという争いに参加していた理由は、下心に溢れた連中から夢主を救い出そうという善意からだった。
「そうだなぁ……情報収集は私よりも得意なヤツらが揃っているだろうからなぁ。」
永倉は自分の顎のあたりを撫でて考え込むフリをしていた。
実は永倉の中で今日の予定は既に決まっていた。
フラフラと当てもなく歩いているように見せて、永倉は夢主を歌舞伎や落語、相撲などに連れ出した。
てっきり夢主は観客の中で刺青人皮や金塊の手がかりにつながる人物がいるのかと思って気を引き締めてついて行ったものの、「まずは演目に集中しなさい」と永倉に諭されて普通に鑑賞を楽しんでしまった。
「あのぅ、もしかして今日って……。」
あれこれ鑑賞した後に手頃な甘味処へ入った二人。
ぜんざいを食べながら夢主が恐る恐るといった様子で永倉へと問いかけた。
「たまには良いだろう。」
永倉はふぉっふぉっと老人らしい笑い方をした。
夢主はそれを聞いてやっぱり、と内心でため息をついた。
「でも本当に良いのですか。永倉さんは土方さんに絶大な信頼を置いているようですが。これは裏切るような行為になりませんか?」
夢主が問いかけるも、永倉は気にした素振りも見せなかった。
「いいんだよ、私と土方さんは旧知の仲だからな。」
そう永倉は言っていたものの、屋敷に帰ってから永倉は土方に収穫を聞かれてすっとぼけてみせた。
「馴染みの記者に話をしてきましたよ。そのうち何か連絡があるでしょう。」
「……。」
夢主は何も言わなかったし無表情そのものであったが、土方は何か感じ取ったのか「そうか」と短く言いながらフフと小さく笑みをこぼしていた。
尾形は夢主の身体の近くでクンクンと匂いを嗅いで、「甘い匂いがする」と呟いた。
夢主がドキッとしたのは言うまでもない。
翌日は牛山と出かけることになった。
「よろしくお願いいたします。」
夢主が挨拶すると、牛山は「うむ」と短く返答した。
そのまま出かけようとすると、背後から永倉が「着替えさせないのか?」と問う。
土方も「必要ならば先日の着物を貸す」と続けた。
牛山は少し考える素振りをすると、「家永、またお願いできるか?」と家永に夢主の着付けをやらせる。
夢主は着物の煩わしさに一瞬だけ嫌な顔を浮かべた。
夢主は土方と出かけたときと同じように、拳銃と小刀を帯に潜ませて家から出た。
牛山は基本的には紳士的な性格であるが、長期間女を抱かないと欲求不満になって叫び始める。
その体質を知っている土方は慣れた様子で過去に何度か花街に送り込んでいたが、永倉と夢主はドン引きして見ていた。
前回の記憶をたどるにそろそろ花街に行かせてやらないといけない、と夢主はわかっていた。
そこで牛山が色々と発散している間に自分が聞き込みをすれば良いと考えた。
「街に行きませんか?」
屋敷を出てすぐ牛山にそう提案する夢主。
夢主からの提案の意味を牛山はわかっていないらしく、はじめは「何故だ?」と聞いてきた。
夢主が言葉を濁していると何か思いついたように牛山はハッとした様子で言った。
「夢主からのお誘いってことか……!?」
「いや、私は……」
否定しようとしたのもつかの間、先ほどの発言がスイッチになったのか、途端に牛山がウォォォ!と喜びの雄たけびをあげて夢主を片手に抱え込んだ。
「えええ!?」
夢主は驚いて悲鳴を上げるが、牛山はひょいっと軽々と夢主を片手で抱きかかえる。
たとえ軍服であっても大男の牛山から夢主が逃れられるとは思えないが、抵抗はしただろう。
しかし今日は着物に着替えていたことで動きがかなり制限されてしまい、簡単に抱き上げられてしまった。
牛山はフンッと鼻息を荒く吐き出すと、夢主に言った。
「行きつけの店があるんだ。女連れでも床を用意してくれる。」
夢主は焦って帯に手を伸ばすが、仲間を刺したり撃つわけにはいかない、と踏みとどまった。
「ちょ、そういう意味じゃ……いやだあああ!!助けてーー!!」
屋敷の前で牛山が雄たけびを上げ、夢主が叫び声をあげたことで屋敷から全員が慌てて飛び出してきた。
抱え込まれた夢主が必死にもがきながら助けを乞うと、土方が前に出て牛山に命令した。
「牛山。お前は今日は一人で街へ行け。」
牛山は不満そうにしていたが、土方の後ろで尾形が眼光を光らせながら銃を構えているのに気が付くとあきらめた様子で夢主をそっと地上へ下ろした。
自由を得た夢主は慌てて牛山から距離をとったが、もうすでに牛山は戦意喪失していた。
結局その日は家永と出かけることになった。
家永はそうと決まると、「何を着ますか?私とお揃いにしましょう♪」などと浮かれた様子で、どこからか持ってきた衣装を広げてはああでもないこうでもないとコーディネートを考えていた。
家永と夢主は結局似た雰囲気の洋装にして、家永のメイク道具を借りて二人で長い時間をかけて身支度をした。
その様子を男連中は遠巻きに見ながら、「女ってのはなんでこう身支度に時間がかかるんだ」とひそひそと話し合った。
まるで姉妹のようなコーディネートに仕上がった二人。
出かける二人に永倉が忠告した。
「家永、夢主を取って食うんじゃないぞ。」
「まさか。私が牛山様のように手が早いとでも?」
家永はにっこりと微笑むが、その目の奥が笑っていなかった。
永倉の横から土方も口を出した。
「物理的にも、食いかねんからな。夢主に何かしたら許さないぞ、家永。」
「気を付けます。」
「……。」
夢主はそれぞれの会話をややこわばった表情で見守っていた。
屋敷を出るとすぐに家永は夢主の手を取った。
夢主は驚いて家永を見るが、ニコリと微笑まれて何も言えなくなってしまった。
「なんか……家永さんってお姉さんみたいですね。」
「本当ですか?嬉しいです。私も夢主様のこと、妹のように思ってますよ。」
そんな女子感満載の会話をしながら二人は街へと向かった。
この日の二人の目的は簡単で、しばらくの生活のための道具の買い出しだった。
買い物がてら普段は見向きもしなかったような装飾品や雑貨を見ては、夢主は心を躍らせた。
「わぁぁ、素敵。」
声を上げる夢主に、家永は問う。
「尾形さんから買ってもらったりしないんですか?」
夢主はそこでなぜ尾形の名前が出ると言わんばかりに驚いた。
「まさか!弾薬なんかはもらいましたけど……。あ、そういえば先日土方さんに櫛をいただきました。」
その言葉を聞いて家永はふふ、と笑みをこぼす。
表面上は穏やかだったが、内心ではあのジジイ……と呟いていた。
「それは妬けてしまいますね。夢主様、良かったら私とお揃いで何か買いませんか?」
家永の提案に夢主はパッと顔を明るくした。
「いいんですか!?ぜひ!」
第七師団に拾われてからずっと女性の友達はいなかった夢主。
女友達に飢えていた夢主は嬉しそうにその提案に乗った。
二人はたくさん悩んだ挙句、最終的にはお揃いの髪飾りを購入して街での買い物を楽しんで帰宅した。
「ただいま帰りましたぁ!」
夢主がご機嫌で帰宅すると、全員が心配そうに出迎える。
「家永に食われなかったか?」「血抜かれていないか?」と口々に聞かれて夢主は笑い出してしまった。
「まさかぁ。とっても良いお姉さんでした。」
そう夢主が笑いながら家永にぴとっ、とくっついてみせると男たちからは悔しさからかギリィッと歯ぎしりの音が響いた。
家永は勝ち誇った笑顔を浮かべて、その様子を全員に見せつけていた。
最終日は尾形と出かけることになった。
出かけようとしていると後ろから「着替えさせないのか?」と土方が聞いてくる。
尾形はハッと吐き捨てるように笑うと「どうせ脱がすんだから関係ねえ」と答え、夢主がギョッとした表情を浮かべた。
「絶ッ対、脱ぎませんからね!」と声を荒げ、夢主は怒った様子でズンズンと先に出かけてしまった。
尾形は「ははあ」と嬉しそうに声を上げて夢主の後を追った。
二人は街へ向かわず、人気のない山の中を歩いた。
目的は今日の食料の調達である。
この人数の食料を調達するのはなかなか至難の業だったが、尾形の腕があれば十分可能だ。
尾形は元々寡黙ではあるが、今日はそれに輪をかけて寡黙だ。
どうやら何か考え込んでいるようだった。
獲物を探すフリをして、夢主は時折尾形の横顔をのぞき込んでいた。
夢主は尾形から話し始めるタイミングを待つべきかどうか考えたが、このままでは狩猟に集中できない。
「何か気になることでもありましたか。」
そう切り出すことで、少しでも尾形が話を始めやすいように誘導したつもりだった。
尾形は夢主の言葉にまだ何か考え込んでいるようだった。
尾形は数秒間押し黙った後、ようやく口を開いた。
「他の奴らと行動して、何かあったか。」
言葉通りに取るならばここ数日間の行動の報告を欲しがっているようだ。
しかし、もっと深読みするなら尾形の欲しがる情報だけを与えなくてはいけない、と夢主は考えた。
「……目新しい情報は何も掴めませんでした。すみません。」
夢主が気を利かせてそう答えると尾形は小さく零す。
「そうじゃねえ。」
え?と夢主が聞き返す間に、尾形は狙いを定めて銃を撃つ。
撃たれた鳥が落ちたのを見てから、夢主は尾形へと視線を移した。
尾形はフン、と満足そうに獲物の落下地点を見ている。
夢主がどう答えようかと考え込んでいると、尾形はため息をついて立ち上がった。
撃ち落とした鳥を掴むと、血抜きをその場で行い始めた。
「オッサン共をたぶらかしたんだろ?」
尾形は目線を手元から動かさずに問う。
その言葉の真意が読み取れずに困惑する夢主。
尾形は追い討ちをかけるように続けた。
「着物着て、ちやほやされて楽しかったかよ。」
嫌味っぽい口調に夢主はムッとした。
「ちゃんと拳銃と小刀は持ってましたよ。」
尾形は意外そうに眉を上げた。
てっきり夢主は簡単に銃を手放したものだと思っていたからだ。
夢主はそんな尾形に気付かず続ける。
「それに、ちやほやなんてとんでもない。私が物珍しい存在なだけだと思いますよ。」
その言葉にふと尾形が顔を上げ、暗い目で夢主を見た。
数秒間見つめ合ってしまったが、夢主は目を逸らすことができなかった。
尾形があんこう鍋の話をしてくれた時と同じ、暗い瞳をしていたから。
やっと尾形の言いたいことが分かった気がした。
「……私、尾形さんについて行くって言いましたよね?明日からはちゃんと尾形さんに同行しますから。」
夢主がそう言うと、尾形は満足したのか作業に戻った。
そのあとはひたすら獲物を打っては処理し、時折屋敷に戻って下処理してを繰り返した。
屋敷に戻り夕食時、夢主は改めて特別に人手が必要な用事がない限り、自分は尾形に同行すると宣言した。
尾形は全員から猛烈に非難されるも、得意げに頭を撫でつけながらどこか誇らしげに笑うだけだった。
おわり。
【あとがき:疲れた……土方組のみんなと絡ませたい!とか言って書き始めた自分を殴りたくなりました。メンヘラ尾形が書けてちょっと楽しかったです。】