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安い駒/宇佐美・尾形
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安い駒/宇佐美・尾形
尾形さんが刺青のことを聞きまわっている男の話を聞いて出て行って、その後帰ってこなかったので私はこっそり抜け出して尾形さんを追った。
彼は大怪我を負って崖の下で気を失っていて、私も必死になって尾形さんを助けようと動いた結果、骨折やら靭帯損傷やら色んなケガを拵えてしまった。
私の傷はほとんど癒えてきている状態で、松葉杖がなくても動けるようにはなったが、まだ機敏な動きは難しく自主的にストレッチをしたりとリハビリ生活をしていた。
尾形さんはというと、意識が戻ったことは周囲に伝わっているが、顎のケガを理由にしてあまり周りと話さない生活をしていた。
一応私が尾形さんの身の回りの世話を焼くことを許されているので、仕事の合間になってしまうが定期的に病室を訪れるようにしていた。
「こんにちは、夢主です。」
コンコン、とノックしてから医務室に入る。
いつものように尾形さんの傍へ行こうとして視線を上げた時、目の前に広がる光景に愕然としてしまった。
なんと宇佐美上等兵が尾形さんのベッドの上にまたがるように立って、ギシギシとベッドを揺らしている。
尾形さんはまるで首の座っていない子供のようにガクンガクンと首が揺さぶられていた。
「えっ?宇佐美さん?なにしてるんですか!?」
私が驚いて声を上げると、宇佐美さんはこちらを一瞥して動きは止めずにそのまま答えた。
「あ、夢主~。足の調子はどう?」
「……ご心配いただきありがとうございます。だいぶ良くなりました。」
私は警戒心マックスの状態で返答した。
宇佐美さんは尾形さんのベッドから降りると、こちらに向き直った。
「キミさ、あんまり尾形に深入りしない方がいいよ?こいつ、うなされて譫言でキミの名前なんか呼ばなかったよ。誰の名前を呼んだと思う?ふふふ、勇作殿だよ~。」
楽しそうにそんなことを言ってくる宇佐美さん。
話の内容云々より、彼の様子が私には異常にしか思えなかった。
「いや……別に構いませんけど……?」
そもそも、譫言で私の名前なんか呼ばれた日には恐怖心が芽生える。
だってそんな執着されるほどの間柄じゃないもの。
宇佐美さんは私の返事を聞いていないのか一人で語り出した。
「コイツはさぁ、勇作殿がいなくなれば父に愛され、父がいなくなれば鶴見中尉に愛されると思ってンだよ。可愛いだろ~?」
「……。」
尾形さんの方へとチラリと視線をやったが、相変わらずの無表情だ。
尾形さんの異母兄弟の話なんかは散々聞いてきているが、どれも噂話で本人から聞いた話ではない。
たとえ噂が本当のことだろうと、私には関係のない話だ。
宇佐美さんは私が何も言わずにいると、尾形さんのベッドに腰かけた。
私が挑発に乗らなかったことでこちらに興味をなくし、尾形さんを煽る方向に切り替えたようだ。
「なあ、やっぱりそれでヘソを曲げたんだろ。花沢閣下殺害にはお前とは関係のない別の目的があったから。」
花沢閣下「殺害」?
彼は確か自死したと軍内部の歴史を勉強しているときに見た気がするが。
しかし表向きの話と裏事情が異なることはよくある。
ましてや鶴見中尉が噛んでいるのなら、ありえない話ではない。
宇佐美さんは続ける。
「わきまえろよ!!僕たちは鶴見中尉殿の「駒」なんだぞ!」
尾形さんに顔を近づけて叫ぶ宇佐美さんの表情はかなり険しい。
「僕もおまえも月島軍曹殿や勇作殿や鯉登のボンボンと同じ「駒」なんだよ!!」
語気が荒い。
相当興奮しているようだ。
「いっちょまえに鶴見中尉殿に盾突きやがって。可愛さ余って憎さ百倍で執着してるんだろッ僕には分かるんだ!!お見通しだぞ!!」
なぜ尾形さんは彼にこんなにも怒られている?
私は一瞬で思考を巡らせた。
宇佐美さんは鶴見中尉の熱狂的な信者である。
つまり、鶴見中尉を裏切る行動をするつもりの尾形さんに気付き、怒りを感じているのだろう。
まずい。
このままだと殺し合いに発展しかねない。
武器はあるが発砲するわけにもいかない。
そこで私は医務室から拝借していた分厚い医学書を手にとり、ゆっくりとベッドに近づいた。
尾形さんが口を開いた。が、声が小さくて宇佐美さんには聞き取れなかったようだ。
改めて尾形さんの口元に彼は耳を寄せた。
それでも私には内容が聞き取れなかったが、何かしら宇佐美さんの神経を逆撫でするようなことを言ったのはわかった。
なぜなら背後からでも分かるほどに一瞬で身体中の毛穴が開くような恐ろしい殺気を放ちながら、宇佐美さんは腰の銃剣を抜き取ったからだ。
「いい加減にしなさい!」
私は叫びながら医学書で宇佐美さんの手を思いっきり打つ。
銃剣は手から落とされたが、宇佐美さんは間髪入れずに尾形さんにつかみかかろうとしていた。
私は半ば尾形さんの上に仰向けで乗っかるような体勢になりながら、必死に尾形さんと宇佐美さんの間に自分の体をねじ込んで止める。
「やめてくださいっ!宇佐美さん、お願いですから落ち着いて!」
尾形さんをぶん殴ろうとしている宇佐美さんの手首を必死に掴んで動きを阻害するも、すぐに圧倒的な力の差で押し返されていく。
もみ合いになっていたのはせいぜい数秒間だろうが、私には恐怖でそれが何分間にも感じていた。
「つ、鶴見中尉に、言いつけますからね!あまり勝手なことをしては彼の一番になれませんよ!」
私がそう叫ぶと、宇佐美さんが「えぇっ」と情けない声を上げた。
言葉と同時にもみ合っていた時の力がすべて抜けていった。
驚いて彼の顔を見ると言葉とは裏腹に表情は恍惚としていた。
はぁ、と私はため息をついた。
あえて尾形さんの方を見ずに宇佐美さんの背中を押してそのまま外へと連れ出した。
医務室の外に追い出した宇佐美さんに向き直る。
彼はまだ興奮した様子でうっとりと「鶴見中尉に叱られてしまう……」と呟いている。
「手、大丈夫でしたか。」
私が医学書でぶん殴った宇佐美さんの左手を指さす。
宇佐美さんは表情を戻すと「これくらいなんともないよ」とケロッとした顔で言う。
鍛えている人は違うんだろうか。
「それより、夢主こそ、あちこちグシャグシャだよ、大丈夫?」
そう言われてやっと私はボサボサになった自分の髪や衣服を整えた。
そもそも誰のせいでこうなったと思っているんだ。
さっきは必死すぎて自分の恰好など気にする余裕がなかった。
はあ、と小さくため息を吐いた。
そして宇佐美さんを真剣に見つめる。
「宇佐美さん。なんの話をしていたのか私にはわかりかねますが、私の知る限り尾形さんは鶴見中尉に逆らうつもりはありません。彼はケガ人なんですから、回復するまではああいう行動はやめてください。」
私の口から出たのは全くの嘘だった。
私はいつからこんなに嘘が上手になったのだろうか。
宇佐美さんはじっとこちらを見つめたが、「キミが言うならそうなのかもね」と呟いた。
「勘違いなさっているようですが、私たち別に何もありませんからね?確かに拾ってもらった御恩がありますが、それ以上は何もありませんから。」
私はげっそりとした表情で呟いた。
これは本当のことだ。
私は尾形さんに御恩があるからついて行くつもりだが、彼の方はこちらをどう思っているか分からない。
未来から来た人間に利用価値を見出しているだけかもしれないので、自分自身の価値を見誤ってはいけない。
「……でも、尾形さんのことを愛す人がいないのなら誰かの代わりを務める覚悟はあります。」
宇佐美さんは私のことをしばらく見ていた。
その表情からは感情が読み取れなかった。
しかし目を逸らしたら私の言葉が嘘になってしまいそうで、私は負けじと視線を交わしていた。
宇佐美さんは、「はーぁ」と大きなため息をついて腕を頭の後ろで組む。
「鶴見中尉も夢主のこと気に入ってるし、妬けちゃうなぁ。」
そう呟かれて、少し戸惑った。
今までの言動から察するに「鶴見中尉」が彼のキラーワードだ。
彼を興奮させるほかにも彼の存在意義のようなものを感じる。
刺激をしないように私は動揺を隠して、そのまま彼の言葉を待った。
「あ、そうか。」
宇佐美さんは何かを思いついたように腕を下ろしかけて、そのまま私の両肩をガシッと掴んだ。
その力の強さに思わず身を固くする。
鍛え上げられた彼の両手が肩の上に乗っただけで、私の全身の自由を奪っていることを感じた。
このまま身体ごと壁にでも打ち付けられでもしたら脳震盪じゃ済まなそうだ。
「僕が夢主を貰えばもっと僕を使ってくれるかな?」
どういう意味だ?と一瞬混乱した。
宇佐美さんはきょとんとした私をそのまま抱き寄せた。
もしも骨折した足が完治していたら踏ん張れたかもしれない。
しかし俊敏な動きができないリハビリ中の私の足はもつれ、彼の軍服に顔面からダイブしてしまった。
「わっ!ちょっと……!」
私が抗議をしてもがくが、彼は聞いちゃいない。
「この第七師団の中で人気者の夢主を手中に収めれば、鶴見中尉も一目置いてくれるかな?」
私は必死に抵抗して彼からもがいて離れる。
プハッと息を吐いてから、慌てて否定した。
「私なんかいなくても、とっくに期待されてると思いますよ!宇佐美さんがいるから鶴見中尉は仕事ができているんだと思います!それに、女なんかより仕事に一途な「駒」の方が鶴見中尉はお好きかと!!」
必死になって彼をおだてる言葉を探し、一息で言い切る。
こんなに頭をフル回転させるのは久々であった。
私の言葉を聞いた宇佐美さんはハッとした様子で私を解放した。
私は息継ぎのタイミングを逃したせいか、ぜいぜいと肩で息をしながらやっとの思いで彼と距離を取った。
「なるほど……夢主はやっぱりわかってるねぇ~?百之助とは大違いだ。いいこいいこ。」
そういってわざとらしく小さい子を褒めるように私の頭を撫でてきた。
もはやこの人に触れられることが怖くて仕方がない私は、頭を撫でられている時間を恐怖心を必死に抑えてやり過ごした。
「じゃ、鶴見中尉に何かあったら教えてよね!ついでに僕の話しといてね!」
言いたいことを言った宇佐美さんはご機嫌でどこかへ去っていった。
私はかなり消耗したが、もはや尾形さんのことなんて忘れてしまったかのような様子に、一安心した。
どうにか難は去ったので、よたよたと医務室へと戻った。
尾形さんがこちらを見たが、フンと鼻息を吐いていた。
表情から察するにどうやらご機嫌斜めのようだ。
宇佐美さんの相手をするだけでかなり私の中で何かがすり減ったのを感じる。
こんなにも疲れ切っているのに、尾形さんのご機嫌取りまでしなくちゃいけないなんて……と内心うんざりしつつも、表情にはなるべく出さないように努めた。
「宇佐美さんには一体何を言ったんですか。」
私がベッドの横の椅子に座ると、尾形さんははじめはムスッとしていたが私が何も言わずに尾形さんを見ろしていると観念したのか、ポツポツと宇佐美さんの妄想話と「安い駒」だと言ってやったと教えてくれる。
「はぁ……。」
聞き終わった私はまたもため息をついてしまった。
今日何度目のため息だろうか。
前々から感じていたが、鶴見中尉の周りは変なやつしかいない。
「駒」には意識して変態を集めているのか?とすら思えた。
もしかして私もその変態の中に入っていたりするのだろうか。
遠い目をしていると、尾形さんは私の表情から何かを読み取ったらしい。
急に軽口を叩いた。
「宇佐美と違って、お前は高い駒になったな。」
「褒めてますかそれ。」
げっそりとした様子で問い返すと、満足そうに尾形さんは喉の奥でくつくつと笑った。
どうやら機嫌が直ったようでなにより。
おわり。
【あとがき:長編書き始めてから安い駒の話入れられなくてぐぬぬ!ってなってたので無理矢理書き足しました!】
尾形さんが刺青のことを聞きまわっている男の話を聞いて出て行って、その後帰ってこなかったので私はこっそり抜け出して尾形さんを追った。
彼は大怪我を負って崖の下で気を失っていて、私も必死になって尾形さんを助けようと動いた結果、骨折やら靭帯損傷やら色んなケガを拵えてしまった。
私の傷はほとんど癒えてきている状態で、松葉杖がなくても動けるようにはなったが、まだ機敏な動きは難しく自主的にストレッチをしたりとリハビリ生活をしていた。
尾形さんはというと、意識が戻ったことは周囲に伝わっているが、顎のケガを理由にしてあまり周りと話さない生活をしていた。
一応私が尾形さんの身の回りの世話を焼くことを許されているので、仕事の合間になってしまうが定期的に病室を訪れるようにしていた。
「こんにちは、夢主です。」
コンコン、とノックしてから医務室に入る。
いつものように尾形さんの傍へ行こうとして視線を上げた時、目の前に広がる光景に愕然としてしまった。
なんと宇佐美上等兵が尾形さんのベッドの上にまたがるように立って、ギシギシとベッドを揺らしている。
尾形さんはまるで首の座っていない子供のようにガクンガクンと首が揺さぶられていた。
「えっ?宇佐美さん?なにしてるんですか!?」
私が驚いて声を上げると、宇佐美さんはこちらを一瞥して動きは止めずにそのまま答えた。
「あ、夢主~。足の調子はどう?」
「……ご心配いただきありがとうございます。だいぶ良くなりました。」
私は警戒心マックスの状態で返答した。
宇佐美さんは尾形さんのベッドから降りると、こちらに向き直った。
「キミさ、あんまり尾形に深入りしない方がいいよ?こいつ、うなされて譫言でキミの名前なんか呼ばなかったよ。誰の名前を呼んだと思う?ふふふ、勇作殿だよ~。」
楽しそうにそんなことを言ってくる宇佐美さん。
話の内容云々より、彼の様子が私には異常にしか思えなかった。
「いや……別に構いませんけど……?」
そもそも、譫言で私の名前なんか呼ばれた日には恐怖心が芽生える。
だってそんな執着されるほどの間柄じゃないもの。
宇佐美さんは私の返事を聞いていないのか一人で語り出した。
「コイツはさぁ、勇作殿がいなくなれば父に愛され、父がいなくなれば鶴見中尉に愛されると思ってンだよ。可愛いだろ~?」
「……。」
尾形さんの方へとチラリと視線をやったが、相変わらずの無表情だ。
尾形さんの異母兄弟の話なんかは散々聞いてきているが、どれも噂話で本人から聞いた話ではない。
たとえ噂が本当のことだろうと、私には関係のない話だ。
宇佐美さんは私が何も言わずにいると、尾形さんのベッドに腰かけた。
私が挑発に乗らなかったことでこちらに興味をなくし、尾形さんを煽る方向に切り替えたようだ。
「なあ、やっぱりそれでヘソを曲げたんだろ。花沢閣下殺害にはお前とは関係のない別の目的があったから。」
花沢閣下「殺害」?
彼は確か自死したと軍内部の歴史を勉強しているときに見た気がするが。
しかし表向きの話と裏事情が異なることはよくある。
ましてや鶴見中尉が噛んでいるのなら、ありえない話ではない。
宇佐美さんは続ける。
「わきまえろよ!!僕たちは鶴見中尉殿の「駒」なんだぞ!」
尾形さんに顔を近づけて叫ぶ宇佐美さんの表情はかなり険しい。
「僕もおまえも月島軍曹殿や勇作殿や鯉登のボンボンと同じ「駒」なんだよ!!」
語気が荒い。
相当興奮しているようだ。
「いっちょまえに鶴見中尉殿に盾突きやがって。可愛さ余って憎さ百倍で執着してるんだろッ僕には分かるんだ!!お見通しだぞ!!」
なぜ尾形さんは彼にこんなにも怒られている?
私は一瞬で思考を巡らせた。
宇佐美さんは鶴見中尉の熱狂的な信者である。
つまり、鶴見中尉を裏切る行動をするつもりの尾形さんに気付き、怒りを感じているのだろう。
まずい。
このままだと殺し合いに発展しかねない。
武器はあるが発砲するわけにもいかない。
そこで私は医務室から拝借していた分厚い医学書を手にとり、ゆっくりとベッドに近づいた。
尾形さんが口を開いた。が、声が小さくて宇佐美さんには聞き取れなかったようだ。
改めて尾形さんの口元に彼は耳を寄せた。
それでも私には内容が聞き取れなかったが、何かしら宇佐美さんの神経を逆撫でするようなことを言ったのはわかった。
なぜなら背後からでも分かるほどに一瞬で身体中の毛穴が開くような恐ろしい殺気を放ちながら、宇佐美さんは腰の銃剣を抜き取ったからだ。
「いい加減にしなさい!」
私は叫びながら医学書で宇佐美さんの手を思いっきり打つ。
銃剣は手から落とされたが、宇佐美さんは間髪入れずに尾形さんにつかみかかろうとしていた。
私は半ば尾形さんの上に仰向けで乗っかるような体勢になりながら、必死に尾形さんと宇佐美さんの間に自分の体をねじ込んで止める。
「やめてくださいっ!宇佐美さん、お願いですから落ち着いて!」
尾形さんをぶん殴ろうとしている宇佐美さんの手首を必死に掴んで動きを阻害するも、すぐに圧倒的な力の差で押し返されていく。
もみ合いになっていたのはせいぜい数秒間だろうが、私には恐怖でそれが何分間にも感じていた。
「つ、鶴見中尉に、言いつけますからね!あまり勝手なことをしては彼の一番になれませんよ!」
私がそう叫ぶと、宇佐美さんが「えぇっ」と情けない声を上げた。
言葉と同時にもみ合っていた時の力がすべて抜けていった。
驚いて彼の顔を見ると言葉とは裏腹に表情は恍惚としていた。
はぁ、と私はため息をついた。
あえて尾形さんの方を見ずに宇佐美さんの背中を押してそのまま外へと連れ出した。
医務室の外に追い出した宇佐美さんに向き直る。
彼はまだ興奮した様子でうっとりと「鶴見中尉に叱られてしまう……」と呟いている。
「手、大丈夫でしたか。」
私が医学書でぶん殴った宇佐美さんの左手を指さす。
宇佐美さんは表情を戻すと「これくらいなんともないよ」とケロッとした顔で言う。
鍛えている人は違うんだろうか。
「それより、夢主こそ、あちこちグシャグシャだよ、大丈夫?」
そう言われてやっと私はボサボサになった自分の髪や衣服を整えた。
そもそも誰のせいでこうなったと思っているんだ。
さっきは必死すぎて自分の恰好など気にする余裕がなかった。
はあ、と小さくため息を吐いた。
そして宇佐美さんを真剣に見つめる。
「宇佐美さん。なんの話をしていたのか私にはわかりかねますが、私の知る限り尾形さんは鶴見中尉に逆らうつもりはありません。彼はケガ人なんですから、回復するまではああいう行動はやめてください。」
私の口から出たのは全くの嘘だった。
私はいつからこんなに嘘が上手になったのだろうか。
宇佐美さんはじっとこちらを見つめたが、「キミが言うならそうなのかもね」と呟いた。
「勘違いなさっているようですが、私たち別に何もありませんからね?確かに拾ってもらった御恩がありますが、それ以上は何もありませんから。」
私はげっそりとした表情で呟いた。
これは本当のことだ。
私は尾形さんに御恩があるからついて行くつもりだが、彼の方はこちらをどう思っているか分からない。
未来から来た人間に利用価値を見出しているだけかもしれないので、自分自身の価値を見誤ってはいけない。
「……でも、尾形さんのことを愛す人がいないのなら誰かの代わりを務める覚悟はあります。」
宇佐美さんは私のことをしばらく見ていた。
その表情からは感情が読み取れなかった。
しかし目を逸らしたら私の言葉が嘘になってしまいそうで、私は負けじと視線を交わしていた。
宇佐美さんは、「はーぁ」と大きなため息をついて腕を頭の後ろで組む。
「鶴見中尉も夢主のこと気に入ってるし、妬けちゃうなぁ。」
そう呟かれて、少し戸惑った。
今までの言動から察するに「鶴見中尉」が彼のキラーワードだ。
彼を興奮させるほかにも彼の存在意義のようなものを感じる。
刺激をしないように私は動揺を隠して、そのまま彼の言葉を待った。
「あ、そうか。」
宇佐美さんは何かを思いついたように腕を下ろしかけて、そのまま私の両肩をガシッと掴んだ。
その力の強さに思わず身を固くする。
鍛え上げられた彼の両手が肩の上に乗っただけで、私の全身の自由を奪っていることを感じた。
このまま身体ごと壁にでも打ち付けられでもしたら脳震盪じゃ済まなそうだ。
「僕が夢主を貰えばもっと僕を使ってくれるかな?」
どういう意味だ?と一瞬混乱した。
宇佐美さんはきょとんとした私をそのまま抱き寄せた。
もしも骨折した足が完治していたら踏ん張れたかもしれない。
しかし俊敏な動きができないリハビリ中の私の足はもつれ、彼の軍服に顔面からダイブしてしまった。
「わっ!ちょっと……!」
私が抗議をしてもがくが、彼は聞いちゃいない。
「この第七師団の中で人気者の夢主を手中に収めれば、鶴見中尉も一目置いてくれるかな?」
私は必死に抵抗して彼からもがいて離れる。
プハッと息を吐いてから、慌てて否定した。
「私なんかいなくても、とっくに期待されてると思いますよ!宇佐美さんがいるから鶴見中尉は仕事ができているんだと思います!それに、女なんかより仕事に一途な「駒」の方が鶴見中尉はお好きかと!!」
必死になって彼をおだてる言葉を探し、一息で言い切る。
こんなに頭をフル回転させるのは久々であった。
私の言葉を聞いた宇佐美さんはハッとした様子で私を解放した。
私は息継ぎのタイミングを逃したせいか、ぜいぜいと肩で息をしながらやっとの思いで彼と距離を取った。
「なるほど……夢主はやっぱりわかってるねぇ~?百之助とは大違いだ。いいこいいこ。」
そういってわざとらしく小さい子を褒めるように私の頭を撫でてきた。
もはやこの人に触れられることが怖くて仕方がない私は、頭を撫でられている時間を恐怖心を必死に抑えてやり過ごした。
「じゃ、鶴見中尉に何かあったら教えてよね!ついでに僕の話しといてね!」
言いたいことを言った宇佐美さんはご機嫌でどこかへ去っていった。
私はかなり消耗したが、もはや尾形さんのことなんて忘れてしまったかのような様子に、一安心した。
どうにか難は去ったので、よたよたと医務室へと戻った。
尾形さんがこちらを見たが、フンと鼻息を吐いていた。
表情から察するにどうやらご機嫌斜めのようだ。
宇佐美さんの相手をするだけでかなり私の中で何かがすり減ったのを感じる。
こんなにも疲れ切っているのに、尾形さんのご機嫌取りまでしなくちゃいけないなんて……と内心うんざりしつつも、表情にはなるべく出さないように努めた。
「宇佐美さんには一体何を言ったんですか。」
私がベッドの横の椅子に座ると、尾形さんははじめはムスッとしていたが私が何も言わずに尾形さんを見ろしていると観念したのか、ポツポツと宇佐美さんの妄想話と「安い駒」だと言ってやったと教えてくれる。
「はぁ……。」
聞き終わった私はまたもため息をついてしまった。
今日何度目のため息だろうか。
前々から感じていたが、鶴見中尉の周りは変なやつしかいない。
「駒」には意識して変態を集めているのか?とすら思えた。
もしかして私もその変態の中に入っていたりするのだろうか。
遠い目をしていると、尾形さんは私の表情から何かを読み取ったらしい。
急に軽口を叩いた。
「宇佐美と違って、お前は高い駒になったな。」
「褒めてますかそれ。」
げっそりとした様子で問い返すと、満足そうに尾形さんは喉の奥でくつくつと笑った。
どうやら機嫌が直ったようでなにより。
おわり。
【あとがき:長編書き始めてから安い駒の話入れられなくてぐぬぬ!ってなってたので無理矢理書き足しました!】