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網走刑務所へ行こう/鶴見・鯉登・月島・門倉
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網走刑務所へ行こう/鶴見・鯉登・月島・門倉
鶴見中尉より、アイヌの金塊の話を聞いた。
そしてその話を聞いてからすぐ、鶴見中尉は網走監獄へと出張に行くと言い始めた。
私はお留守番をするつもりだったのだが、鯉登少尉と月島軍曹も行くから身の回りの世話をしなさい、とのこと。
そうは言っても今まで出張で身の回りの世話なんてほとんどしたことがない。
いつも荷物持ちでさえあんまりさせてもらえなくて、甘やかされてばっかりなのだ。
なぜ私を連れまわすのかわからない。
女連れの方が聞き込みの時に油断させやすいのかしら。
尾形さんからは鶴見中尉からの造反の目論見を聞いたばかりで、私としては彼らから程よく距離を取っておきたかった。
だって、万が一私の様子がおかしいことに気付かれてしまったら尾形さんにも迷惑がかかってしまうでしょう?
それに……あまり一緒にいると彼らを裏切ることが心苦しくなってしまいそうで不安だったのだ。
まぁどのみち拒否権なんてものは私にないので、言われるがままに出張の荷物をまとめていく。
自分の持ち物はほとんどないのであっという間に荷造りが終わってしまった。
手持無沙汰になった私は鶴見中尉の荷造りのお手伝いをしようかと声をかけたが、もう終わったという。
手際の良さに驚いてしまったが、中尉は意外にも身軽だった。
上質な革のカバン1つにまとまったようだ。
続いて月島さんにも何かお手伝いがないかと声をかけに行くと、遠征用の簡素なリュックに何もかも詰め込んだらしく、重そうではあったがまとまってはいた。
最後に月島さんと一緒に鯉登さんの部屋へ向かった。
扉の前で月島さんがノックしながら声をかけた。
「鯉登少尉殿、準備は整いましたか?」
帰ってきた返事はおよそ日本語とは思えないものだった。
「〇×▽◇※~!」
鯉登さんが扉の向こうで騒いでいるので何事かと驚いた私は、月島さんと数秒顔を見合わせる。
少しためらったが、「開けますよ?」と声をかけて扉を開けると、そこには山のように積みあがった荷物に埋もれた鯉登少尉がいた。
「ええ……。」
私がドン引きしている中、慣れた様子で月島さんが荷物の山から鯉登さんを引っ張り出した。
そしてあれはいらない、これもいらない、と勝手に仕分けをして、手際よく最低限の荷物をまとめていった。
その様子はお母さんを彷彿させる絵だった。
「なんでこんなことになったんですか?」
月島さんがせっせと荷物をまとめている中、優雅に椅子に座っている鯉登さんに私が問いかけると、「楽しみすぎてあれもこれもと出してしもた」と鯉登さんは笑った。
普段ご近所の女性たちは鯉登さんが通りかかるとキャアキャアと色めきだっているが、まさかこんな一面もあるなんて思わないだろう。
それとも、こういうお茶目なところも魅力なのだろうか。
鯉登さんの荷物をまとめたことでようやく出発することができた。
第七師団の本部のある旭川からでも網走まで約200km、小樽からだと300kmは優に超えるだろう。
車であっても移動は大変だがこの時代となると列車か馬車である。
うんざりするような距離の移動になるが、鯉登さんは小旅行の気分のようで浮足立っていた。
道中は散々であった。
というのも、はじめは列車で動いていたのだが車両トラブルで動かなくなってしまった。
そこで馬車を使って移動したり、時には野営することもあった。
問題はトラブルの内容ではなく、案の定私が彼らにもてなされてばかりだったことだ。
炊事をしようとしても火起こしから調理まで月島さんがパパッと済ませてしまい、私はほとんど片づけを手伝うだけであった。
他に何か手伝えることはないか、と声をかけても鶴見中尉も鯉登さんも楽しそうに笑いながら私を甘やかす提案しかしてくれなかった。
あまりの自分の至らなさにしょんぼりとしていると、月島さんがフォローしてくれた。
「多分、彼らは夢主さんとご一緒できるだけで嬉しいんだと思います。」
「うう、そうですかね。私本当に何もできなくて……申し訳ないです。」
その場にしゃがみこんで項垂れる私に、月島さんも隣に腰を下ろす。
そしてフッと優しく笑った。
「それに、夢主さんに頼られることを嬉しく思っているもんですよ。」
「そういうものですかねぇ。」
私が呟くと月島さんが頷いた。
「そういうものです。」
「じゃあ、月島さんも?」
ちょっと悪戯に笑って見せると、月島さんはフイッと顔を背けてしまった。
あらら、調子に乗りすぎましたかね。
謝罪しようと口を開きかけたとき、顔を背けたままの月島さんがぼそりと呟いたのが聞こえた。
「はい。」
「!」
嬉しくなって「うふふ」と笑っていると、鯉登さんが私たちの間に割り込んで「私も混ぜろ!」と月島さんに絡んでウザがられていた。
そうだよね、できるだけのことをしよう。
たとえ、いずれ彼らのことを裏切ることとなっても、私は今できることに集中する。そう決めた。
網走監獄に到着すると、数人の看守が出迎えてくれた。
鶴見中尉が挨拶をしている中、女性がいることが珍しいのか皆口には出さないが、私をジロジロとみてくる。
鶴見中尉に拾ってもらった直後も、こんな感覚だった。
尾形さんや月島さんや鯉登さんがいたから、なんとか時間をかけて打ち解けていけたけど、短時間訪問するだけの網走監獄では同じ事が通用するとは思えない。
視線に耐え切れなくなって鯉登さんの陰にそっと隠れるようにすると、それに気が付いた鯉登さんは得意げに胸を張って私を隠してくださった。
「どうも門倉といいます。ご案内しますね。あイテッ!」
門倉と名乗った中年の看守は歩き出してすぐ躓いたものの、すぐに体勢を立て直すとへらりと笑った。
なんだか不思議な雰囲気の人だな。
道中私と目が合うと、「お嬢ちゃんも第七師団なの?」と気の抜けた声で聞いてくる。
「夢主と申します。私は女中です。」
お嬢ちゃんと言われるとちょっと変な感じがする。
まあ、門倉さんからしたらまだまだペーペーかもしれないけれど。
ふうん、と呟いた門倉さんだったが、なんだか納得しているのかしていないのかよく分からない反応だった。
奥の応接間へ案内されてお話を伺う。
席についたのは門倉さんと門倉さんの上司にあたる人、そして鶴見中尉と鯉登少尉だけである。
月島さんは付き人として二人の後ろに仕えている。
私は部屋の外でもよかったのだけれど、寒いから入るようにと案内されたので月島さんの隣に控えた。
金塊の在処を知っている人物がここにいるというのだ。
酷い拷問を受けても黙秘を続けているとのこと。
唯一わかっているのは、死刑囚に刺青を彫り、金塊の在処を示しているらしいとのこと。
もう囚人たちは脱獄してしまっているから、ここにはその張本人しかいない。
「その囚人を見ることはできますかな?」
中尉の申し出に、門倉さんが一瞬だけ少し嫌な顔をした。
しかしすぐに元の表情に戻ると周囲の数人の看守たちと小声で話し合い、了承を得られた。
門倉さんと彼の上官が先頭に立ち、監獄の案内をしてくださることになった。
この門倉という人、応接間までの道中に躓いたり、立ち上がる時に机の角に足をぶつけたりと動くたびに散々な目に遭っている。
こちらと話しているときはとても頼りのない様子であるし、こんなタイプの人間に看守が務まるのかとやや不安になった。
でも、現代日本でも網走監獄といえば厳しく過酷な監獄で有名な観光地だ。
きっとどこか仕事において秀でている部分があるのだろう、とみんなで監獄へ向かいながら私はぼんやりと考えていた。
案内してくれる門倉さんとその上官、鶴見中尉、鯉登さん、月島さん、そして最後に私という順番で監獄のあるエリアへ入る。
囚人たちは全員牢屋越しではあるものの、皆ジロジロとこちらを睨みつけていた。
暗い空気感と凍えるような寒さに、身震いをしてしまう。
「いたっ……!」
身体を縮こませて歩いていると、突然こめかみあたりに衝撃を受けた。
「どうした?」「!」「夢主!?」「大丈夫ですか?」
こめかみを押さえてしゃがみ込むと、すぐに先を行っていた全員が振り返ってこちらを心配してくれる。
頭を押さえていた手のひらを見ると少し血がついていて、どうやらすぐ傍にある牢獄の小窓から石か木材の破片のようなものを投げつけられたらしい。
その部屋の囚人はのぞき穴から顔を出して不気味に笑いながら話しかけてきた。
「へっへっへ、女が金塊狙ってんじゃねえよぉ。」
不潔な雰囲気に所々歯が抜けた歯並びが不気味さを際立てている。
よくぞあの小さな穴を通して私の頭に当てられたな。
コントロールだけなら尾形さんより上では……?と妙に感心してしまった。
それでも突然のことに驚いてしまって呆然としていると、鯉登さんが怒鳴りながら扉へ向かう。その手には剣が握りしめられていた。
さすがに鯉登さんが暴走するのはまずいと考えたのか、鶴見中尉が鯉登さんを羽交い絞めにして止めたと同時に、月島さんがおもむろに立ち上がって牢屋へ向かっていった。
門倉さんが月島さんを制止しようとしていたが、中尉が月島さんの動きを止めることなく見送り「やれ」と短く命令する。
月島さんも「はい」と低く答えていた。
その言葉を聞いてあきらめたように門倉さんが頭をボリボリとかいて、「牢屋のカギを出してください」と上官に言う。
上官は難色を示していたが、門倉さんは黙って首を横に振っていた。
上官は恐る恐るではあったが、私に石を投げた囚人がいるであろう部屋を開けようとしている。
制裁をするつもりだろうと予想がついた。
私がぎょっとして「大丈夫ですから……!」と声をかけようとしたが、そんな暇もなく扉が開いた瞬間に月島さんが思いっきり扉の中に身体ごと飛び込んで拳を叩きこんでいた。
ヒュッと恐怖で喉が鳴った。
見てはいけない、と本能でわかっているのに、目が離せなくなってしまった。
囚人の悲鳴と狂ったように拳を叩きこみ続ける鈍い打撃音が響いていた。
目の前で繰り広げられる一方的な暴力行為にガクガクと肩を震わせていると、門倉さんが死角になるように私の前にしゃがみ込んでくれた。
「か、門倉さん……?」
「見る必要はない。忘れなさい。」
そう優しく言ってくれた言葉のおかげで、その背中の向こうから聞こえてくる囚人の悲鳴が遠くなった気がした。
失礼にも彼のことは第一印象では頼りないと思っていたが、優しいところがあるようだ。
「あ、ありがとうございます……。」
囚人からは悲鳴も聞こえなくなった後、月島さんは不気味なほどに落ち着き払った様子で戻ってきた。
結局、私の手当をするということで、これ以上の監獄の視察は中止になってしまった。
手当後は中尉はさっさと私たちを連れて第七師団へ戻ってしまった。
幸い傷は浅かったものの、鶴見中尉の雇った女中の顔に傷をつけたということで大問題になってしまったらしく、後日中尉は網走監獄の人たちから丁重な謝罪を受けていた。
後から聞いた話によると、門倉さんの上官が監督不行き届きによって降格処分を受けたそうだ。
あの場の責任者でもあったから仕方がないのかもしれないが。
監獄の人たちは表面上は私にも管理不足を謝罪してくださったが、私的な女中程度にどれほどの価値があるのだろうか。
この時代の男の人たちのプライドを傷つけてはいけない、と知っていた私は、月島さんによる制裁を公的に許してくださればこれ以上の謝罪はいらないときっぱりと断った。
月島さんも「私に怖い思いをさせてしまって申し訳ない」と謝ってくれた。
確かに怖かったけれど、あの場で何もしないわけにはいかないのもわかる。
鶴見中尉や第七師団の面子のためとなれば仕方がないだろう。
月島さんの拳を心配したが、鍛え上げられた拳にはほとんど痣もなく驚かされた。
「鶴見中尉、私のせいで視察が中途半端に終わってしまって申し訳ありませんでした。」
視察があんな形で中断されたことを改めて謝罪する。
しかし中尉は爽やかな笑みを浮かべていた。
「いやいや、いいんだよ。夢主くんは悪くない。それに情報も得られた。」
情報とはなんだろう。
私には思い当たる節がない。
目の前で話を聞いていた限りでは何も収穫があったようには思えなかったのだが。
「……?なら、いいのですが。」
そういえばなぜあの時、鯉登さんではなく月島さんに中尉が命令を下したのか私にはわからなかった。
中尉に「鯉登さんが手に剣を持っていたからでしょうか?」と聞いてみたが、中尉はにっこりと意味深に笑ったまま教えてくださらなかった。
なんだかその様子が不気味で、それ以上は突っ込むことができなかった。
自室のベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺める。
はじめは取り留めのない考えを巡らせていた。
次第に思考が収束するように、渦巻いていく。
金塊のことを知っている人は誰もがそれを狙っている。
特に網走刑務所にいた看守たちからすれば情報源が手元にいるのだから、死刑囚たちが脱獄してしまった後であっても多少有利な立場だ。
しかし、情報を引き出せていない状況で、第七師団の鶴見中尉がやってくる。
鶴見中尉の手腕は知れ渡っているだろう。
最大限の警戒をしたはずだ。
中尉はお気に入りの鯉登少尉や優秀で忠実な軍人である月島軍曹を連れてきた。
いわば中尉が本気で信頼できる部下だけ。
どれだけ中尉が本気で金塊を採りに来ているか、網走刑務所の人たちには伝わったはずだ。
中尉たちを直接足止めすることは難しい。
当初の予定としては、なんとか穏便に話し合いだけで帰らせるつもりだったのではないか?
だから実際に会ってみたいと中尉が言い出したときに、門倉さんが少し嫌な顔をしたのだろう。
ところが実際出迎えてみたら、事前の情報にはなかった女中を連れている。
これはチャンスと思ったことだろう。
予定変更をした。
金塊の在処を知る張本人と鶴見中尉を会わせないために、看守が囚人に中尉の連れてきた女中を襲撃させたとしたら?
騒ぎになれば面会は中止。
そして門倉さんの上官だけがあの場の責任者であったことから、処分される。
最終的に得をしたのは鶴見中尉ではなく……門倉さん?
――いやいや、そんな恐ろしいことがあるわけないだろう。
私はすぐに考えを打ち消して、眠りにつくことにした。
おわり。
【あとがき:皆とおでかけを書きたかった+抜けてるようで抜け目のない門倉と絡ませておきたかった。】
鶴見中尉より、アイヌの金塊の話を聞いた。
そしてその話を聞いてからすぐ、鶴見中尉は網走監獄へと出張に行くと言い始めた。
私はお留守番をするつもりだったのだが、鯉登少尉と月島軍曹も行くから身の回りの世話をしなさい、とのこと。
そうは言っても今まで出張で身の回りの世話なんてほとんどしたことがない。
いつも荷物持ちでさえあんまりさせてもらえなくて、甘やかされてばっかりなのだ。
なぜ私を連れまわすのかわからない。
女連れの方が聞き込みの時に油断させやすいのかしら。
尾形さんからは鶴見中尉からの造反の目論見を聞いたばかりで、私としては彼らから程よく距離を取っておきたかった。
だって、万が一私の様子がおかしいことに気付かれてしまったら尾形さんにも迷惑がかかってしまうでしょう?
それに……あまり一緒にいると彼らを裏切ることが心苦しくなってしまいそうで不安だったのだ。
まぁどのみち拒否権なんてものは私にないので、言われるがままに出張の荷物をまとめていく。
自分の持ち物はほとんどないのであっという間に荷造りが終わってしまった。
手持無沙汰になった私は鶴見中尉の荷造りのお手伝いをしようかと声をかけたが、もう終わったという。
手際の良さに驚いてしまったが、中尉は意外にも身軽だった。
上質な革のカバン1つにまとまったようだ。
続いて月島さんにも何かお手伝いがないかと声をかけに行くと、遠征用の簡素なリュックに何もかも詰め込んだらしく、重そうではあったがまとまってはいた。
最後に月島さんと一緒に鯉登さんの部屋へ向かった。
扉の前で月島さんがノックしながら声をかけた。
「鯉登少尉殿、準備は整いましたか?」
帰ってきた返事はおよそ日本語とは思えないものだった。
「〇×▽◇※~!」
鯉登さんが扉の向こうで騒いでいるので何事かと驚いた私は、月島さんと数秒顔を見合わせる。
少しためらったが、「開けますよ?」と声をかけて扉を開けると、そこには山のように積みあがった荷物に埋もれた鯉登少尉がいた。
「ええ……。」
私がドン引きしている中、慣れた様子で月島さんが荷物の山から鯉登さんを引っ張り出した。
そしてあれはいらない、これもいらない、と勝手に仕分けをして、手際よく最低限の荷物をまとめていった。
その様子はお母さんを彷彿させる絵だった。
「なんでこんなことになったんですか?」
月島さんがせっせと荷物をまとめている中、優雅に椅子に座っている鯉登さんに私が問いかけると、「楽しみすぎてあれもこれもと出してしもた」と鯉登さんは笑った。
普段ご近所の女性たちは鯉登さんが通りかかるとキャアキャアと色めきだっているが、まさかこんな一面もあるなんて思わないだろう。
それとも、こういうお茶目なところも魅力なのだろうか。
鯉登さんの荷物をまとめたことでようやく出発することができた。
第七師団の本部のある旭川からでも網走まで約200km、小樽からだと300kmは優に超えるだろう。
車であっても移動は大変だがこの時代となると列車か馬車である。
うんざりするような距離の移動になるが、鯉登さんは小旅行の気分のようで浮足立っていた。
道中は散々であった。
というのも、はじめは列車で動いていたのだが車両トラブルで動かなくなってしまった。
そこで馬車を使って移動したり、時には野営することもあった。
問題はトラブルの内容ではなく、案の定私が彼らにもてなされてばかりだったことだ。
炊事をしようとしても火起こしから調理まで月島さんがパパッと済ませてしまい、私はほとんど片づけを手伝うだけであった。
他に何か手伝えることはないか、と声をかけても鶴見中尉も鯉登さんも楽しそうに笑いながら私を甘やかす提案しかしてくれなかった。
あまりの自分の至らなさにしょんぼりとしていると、月島さんがフォローしてくれた。
「多分、彼らは夢主さんとご一緒できるだけで嬉しいんだと思います。」
「うう、そうですかね。私本当に何もできなくて……申し訳ないです。」
その場にしゃがみこんで項垂れる私に、月島さんも隣に腰を下ろす。
そしてフッと優しく笑った。
「それに、夢主さんに頼られることを嬉しく思っているもんですよ。」
「そういうものですかねぇ。」
私が呟くと月島さんが頷いた。
「そういうものです。」
「じゃあ、月島さんも?」
ちょっと悪戯に笑って見せると、月島さんはフイッと顔を背けてしまった。
あらら、調子に乗りすぎましたかね。
謝罪しようと口を開きかけたとき、顔を背けたままの月島さんがぼそりと呟いたのが聞こえた。
「はい。」
「!」
嬉しくなって「うふふ」と笑っていると、鯉登さんが私たちの間に割り込んで「私も混ぜろ!」と月島さんに絡んでウザがられていた。
そうだよね、できるだけのことをしよう。
たとえ、いずれ彼らのことを裏切ることとなっても、私は今できることに集中する。そう決めた。
網走監獄に到着すると、数人の看守が出迎えてくれた。
鶴見中尉が挨拶をしている中、女性がいることが珍しいのか皆口には出さないが、私をジロジロとみてくる。
鶴見中尉に拾ってもらった直後も、こんな感覚だった。
尾形さんや月島さんや鯉登さんがいたから、なんとか時間をかけて打ち解けていけたけど、短時間訪問するだけの網走監獄では同じ事が通用するとは思えない。
視線に耐え切れなくなって鯉登さんの陰にそっと隠れるようにすると、それに気が付いた鯉登さんは得意げに胸を張って私を隠してくださった。
「どうも門倉といいます。ご案内しますね。あイテッ!」
門倉と名乗った中年の看守は歩き出してすぐ躓いたものの、すぐに体勢を立て直すとへらりと笑った。
なんだか不思議な雰囲気の人だな。
道中私と目が合うと、「お嬢ちゃんも第七師団なの?」と気の抜けた声で聞いてくる。
「夢主と申します。私は女中です。」
お嬢ちゃんと言われるとちょっと変な感じがする。
まあ、門倉さんからしたらまだまだペーペーかもしれないけれど。
ふうん、と呟いた門倉さんだったが、なんだか納得しているのかしていないのかよく分からない反応だった。
奥の応接間へ案内されてお話を伺う。
席についたのは門倉さんと門倉さんの上司にあたる人、そして鶴見中尉と鯉登少尉だけである。
月島さんは付き人として二人の後ろに仕えている。
私は部屋の外でもよかったのだけれど、寒いから入るようにと案内されたので月島さんの隣に控えた。
金塊の在処を知っている人物がここにいるというのだ。
酷い拷問を受けても黙秘を続けているとのこと。
唯一わかっているのは、死刑囚に刺青を彫り、金塊の在処を示しているらしいとのこと。
もう囚人たちは脱獄してしまっているから、ここにはその張本人しかいない。
「その囚人を見ることはできますかな?」
中尉の申し出に、門倉さんが一瞬だけ少し嫌な顔をした。
しかしすぐに元の表情に戻ると周囲の数人の看守たちと小声で話し合い、了承を得られた。
門倉さんと彼の上官が先頭に立ち、監獄の案内をしてくださることになった。
この門倉という人、応接間までの道中に躓いたり、立ち上がる時に机の角に足をぶつけたりと動くたびに散々な目に遭っている。
こちらと話しているときはとても頼りのない様子であるし、こんなタイプの人間に看守が務まるのかとやや不安になった。
でも、現代日本でも網走監獄といえば厳しく過酷な監獄で有名な観光地だ。
きっとどこか仕事において秀でている部分があるのだろう、とみんなで監獄へ向かいながら私はぼんやりと考えていた。
案内してくれる門倉さんとその上官、鶴見中尉、鯉登さん、月島さん、そして最後に私という順番で監獄のあるエリアへ入る。
囚人たちは全員牢屋越しではあるものの、皆ジロジロとこちらを睨みつけていた。
暗い空気感と凍えるような寒さに、身震いをしてしまう。
「いたっ……!」
身体を縮こませて歩いていると、突然こめかみあたりに衝撃を受けた。
「どうした?」「!」「夢主!?」「大丈夫ですか?」
こめかみを押さえてしゃがみ込むと、すぐに先を行っていた全員が振り返ってこちらを心配してくれる。
頭を押さえていた手のひらを見ると少し血がついていて、どうやらすぐ傍にある牢獄の小窓から石か木材の破片のようなものを投げつけられたらしい。
その部屋の囚人はのぞき穴から顔を出して不気味に笑いながら話しかけてきた。
「へっへっへ、女が金塊狙ってんじゃねえよぉ。」
不潔な雰囲気に所々歯が抜けた歯並びが不気味さを際立てている。
よくぞあの小さな穴を通して私の頭に当てられたな。
コントロールだけなら尾形さんより上では……?と妙に感心してしまった。
それでも突然のことに驚いてしまって呆然としていると、鯉登さんが怒鳴りながら扉へ向かう。その手には剣が握りしめられていた。
さすがに鯉登さんが暴走するのはまずいと考えたのか、鶴見中尉が鯉登さんを羽交い絞めにして止めたと同時に、月島さんがおもむろに立ち上がって牢屋へ向かっていった。
門倉さんが月島さんを制止しようとしていたが、中尉が月島さんの動きを止めることなく見送り「やれ」と短く命令する。
月島さんも「はい」と低く答えていた。
その言葉を聞いてあきらめたように門倉さんが頭をボリボリとかいて、「牢屋のカギを出してください」と上官に言う。
上官は難色を示していたが、門倉さんは黙って首を横に振っていた。
上官は恐る恐るではあったが、私に石を投げた囚人がいるであろう部屋を開けようとしている。
制裁をするつもりだろうと予想がついた。
私がぎょっとして「大丈夫ですから……!」と声をかけようとしたが、そんな暇もなく扉が開いた瞬間に月島さんが思いっきり扉の中に身体ごと飛び込んで拳を叩きこんでいた。
ヒュッと恐怖で喉が鳴った。
見てはいけない、と本能でわかっているのに、目が離せなくなってしまった。
囚人の悲鳴と狂ったように拳を叩きこみ続ける鈍い打撃音が響いていた。
目の前で繰り広げられる一方的な暴力行為にガクガクと肩を震わせていると、門倉さんが死角になるように私の前にしゃがみ込んでくれた。
「か、門倉さん……?」
「見る必要はない。忘れなさい。」
そう優しく言ってくれた言葉のおかげで、その背中の向こうから聞こえてくる囚人の悲鳴が遠くなった気がした。
失礼にも彼のことは第一印象では頼りないと思っていたが、優しいところがあるようだ。
「あ、ありがとうございます……。」
囚人からは悲鳴も聞こえなくなった後、月島さんは不気味なほどに落ち着き払った様子で戻ってきた。
結局、私の手当をするということで、これ以上の監獄の視察は中止になってしまった。
手当後は中尉はさっさと私たちを連れて第七師団へ戻ってしまった。
幸い傷は浅かったものの、鶴見中尉の雇った女中の顔に傷をつけたということで大問題になってしまったらしく、後日中尉は網走監獄の人たちから丁重な謝罪を受けていた。
後から聞いた話によると、門倉さんの上官が監督不行き届きによって降格処分を受けたそうだ。
あの場の責任者でもあったから仕方がないのかもしれないが。
監獄の人たちは表面上は私にも管理不足を謝罪してくださったが、私的な女中程度にどれほどの価値があるのだろうか。
この時代の男の人たちのプライドを傷つけてはいけない、と知っていた私は、月島さんによる制裁を公的に許してくださればこれ以上の謝罪はいらないときっぱりと断った。
月島さんも「私に怖い思いをさせてしまって申し訳ない」と謝ってくれた。
確かに怖かったけれど、あの場で何もしないわけにはいかないのもわかる。
鶴見中尉や第七師団の面子のためとなれば仕方がないだろう。
月島さんの拳を心配したが、鍛え上げられた拳にはほとんど痣もなく驚かされた。
「鶴見中尉、私のせいで視察が中途半端に終わってしまって申し訳ありませんでした。」
視察があんな形で中断されたことを改めて謝罪する。
しかし中尉は爽やかな笑みを浮かべていた。
「いやいや、いいんだよ。夢主くんは悪くない。それに情報も得られた。」
情報とはなんだろう。
私には思い当たる節がない。
目の前で話を聞いていた限りでは何も収穫があったようには思えなかったのだが。
「……?なら、いいのですが。」
そういえばなぜあの時、鯉登さんではなく月島さんに中尉が命令を下したのか私にはわからなかった。
中尉に「鯉登さんが手に剣を持っていたからでしょうか?」と聞いてみたが、中尉はにっこりと意味深に笑ったまま教えてくださらなかった。
なんだかその様子が不気味で、それ以上は突っ込むことができなかった。
自室のベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺める。
はじめは取り留めのない考えを巡らせていた。
次第に思考が収束するように、渦巻いていく。
金塊のことを知っている人は誰もがそれを狙っている。
特に網走刑務所にいた看守たちからすれば情報源が手元にいるのだから、死刑囚たちが脱獄してしまった後であっても多少有利な立場だ。
しかし、情報を引き出せていない状況で、第七師団の鶴見中尉がやってくる。
鶴見中尉の手腕は知れ渡っているだろう。
最大限の警戒をしたはずだ。
中尉はお気に入りの鯉登少尉や優秀で忠実な軍人である月島軍曹を連れてきた。
いわば中尉が本気で信頼できる部下だけ。
どれだけ中尉が本気で金塊を採りに来ているか、網走刑務所の人たちには伝わったはずだ。
中尉たちを直接足止めすることは難しい。
当初の予定としては、なんとか穏便に話し合いだけで帰らせるつもりだったのではないか?
だから実際に会ってみたいと中尉が言い出したときに、門倉さんが少し嫌な顔をしたのだろう。
ところが実際出迎えてみたら、事前の情報にはなかった女中を連れている。
これはチャンスと思ったことだろう。
予定変更をした。
金塊の在処を知る張本人と鶴見中尉を会わせないために、看守が囚人に中尉の連れてきた女中を襲撃させたとしたら?
騒ぎになれば面会は中止。
そして門倉さんの上官だけがあの場の責任者であったことから、処分される。
最終的に得をしたのは鶴見中尉ではなく……門倉さん?
――いやいや、そんな恐ろしいことがあるわけないだろう。
私はすぐに考えを打ち消して、眠りにつくことにした。
おわり。
【あとがき:皆とおでかけを書きたかった+抜けてるようで抜け目のない門倉と絡ませておきたかった。】