空欄の場合は夢主になります。
パラドックス/尾形
お名前をどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
パラドックス/尾形
私は最近尾形さんに銃の訓練をつけてもらっている。
訓練を終えた後、建物の縁側のようになっている場所に腰かけて拳銃の手入れをしていると、尾形さんが三十年式歩兵銃をいじくりまわしながら珍しく話しかけてきた。
普段は嫌味以外は滅多に話しかけてこないのに珍しい。
「おい未来人。未来にはどんな銃があるんだ?」
そりゃあ、当然興味はあるでしょうね。
予想していた質問ではあった。
「そもそも、未来の日本では戦争はありませんから私には大した知識はありません。領土問題など政治的な争いはありますが。」
銃の片づけをして手元を見たまま答える。
素っ気ない態度と返答になってしまったが、戦争を経験していない一般の現代人が銃や武器についてあまり知識がないのは当然だろう。
尾形さんはムッとして何も言わなかった。
ああ、いけない。
機嫌を損ねてしまうかもしれない。
でも、尾形さんにスナイパーライフルや戦車についてのなどの未来の知識を与えて良いものだろうか、と急に不安になった。
「あの……ちょっと難しい話になるんですけど。未来が変わると過去が変わってしまったり、過去を変えると未来が変わるという論説があります。」
私がそう話し始めると、尾形さんは視線を上げた。
「私の場合は未来から過去に来ている状態なので、この場合問題になるのが時間的逆説ですね。過去が変化して現在になり、現在が変化して未来になると仮定すると、私が今未来の知識を話すことで未来にどんな影響が出るかわからないんですよ。」
「どういうことだ。」
尾形さんは怪訝そうな顔を浮かべている。
「たとえば、今の尾形さんが過去に戻って自分が生まれる前の若かりし頃の自分の親を殺したとします。未来では尾形さんが生まれないため、親を殺した時点で目の前にいた尾形さんが消えてしまいますよね?これに近い現象が他の行動で起こる可能性を私は懸念してるんですよ。」
タイムパラドックスを説明するときによく用いられるこの例えがまずかったのだろうか。
でも別に尾形さんのことを揶揄してるわけではない。
しかし尾形さんは暗い目で私を見つめている。
とりあえず私は分解していた拳銃を元通りに組み立てて、ホルダーにきちんと戻す。
しばらくの間、私をじっと見ていた尾形さんだったが、突然フッと笑った。
「未来に戻るつもりがあるのか。」
「……意地悪ですね。そりゃあいつかは戻りたいですけど、しばらくはちゃあんと尾形さんについていくつもりですよ。」
そう答えると、尾形さんは前髪を撫で上げた。
その表情は満足そうだった。
良かった。正解だったみたいだ。
常に尾形さんへの答えには細心の注意を払っている。
助けてもらった恩もあるし今後はなるべく役に立ちたいと考えている。
機嫌を損ねられて急に捨てられたりしたくはない。
「どうせしばらく戻らないんだったら、いいじゃねえか。そもそもお前が何か未来を変えるような大発明をするならともかく、話を聞くだけじゃあいくら未来のこと聞いても変わらんだろう。」
尾形さんの言葉も一理ある。
そもそもタイムパラドックス自体が一つの仮説でしかない。
結局現状は時間の行き来は自由にできないことになっているから、理論上の話だ。
ま、私にとっては実際明治時代への渡航を体験しているんだからそうとも言ってられないのだが。
万が一私の未来が変わったところで、きっと誤差でしかないだろう……と高を括ることにした。
私は覚悟を決めると、ふぅとため息を一つついてから話し始める。
「未来では、双眼鏡のような遠くまで見えるレンズを取り付けた銃があります。きっと尾形さんの射程距離よりもずっと遠くですよ。他には、射撃の音を消す消音機を取り付けられる銃もありますね。これは暗殺に適しているかと。」
それを聞いた尾形さんの心なしか目が輝いた気がする。
やっぱり銃が好きなんだな。
尾形さんは目を輝かせたかと思えばフム、と考え込むようなそぶりで自分の顎を触った。
「双眼鏡は高価なものだからな……無理に改造できなくもないが、反動もあるだろうし危険だな。なにより今の銃がこれ以上の長距離射撃に向かないだろうな。そうするとまだ砲弾のほうが効率的だ。」
「……。」
私が黙って聞いていると、尾形さんはブツブツと続けて呟く。
「消音機の利点がわからん。相手に位置を知らせないのは重要だが、衝撃を吸収したらその分、威力が落ちかねない。下手に弾詰まりでも起こしたらこっちが死ぬだろうな。」
「……でしょう?結局、科学の進化を待つしかないとは思いますよ。」
少しほっとした。
これで私の知識をもとに尾形さんが何か行動を起こしてしまっては大変だ。
尾形さんはしばらく一人で考え込んでいたが、思考を放棄したらしい。
銃を横に置いたかと思うとそのままごろんッと後ろに寝転がった。
まるで宿題に煮詰まった子供のような行動に思わず笑ってしまった。
「ほかには?」
寝転がったまま私を見上げて尾形さんは問う。
「銃のことはもうわかりませんって。先のロシア軍の装備の方が私の未来の知識よりずっと進んでますよきっと。」
皮肉を込めてそう呟く。
そう、私はあまりに平和ボケした現代日本から来たのだ。
戦争の経験がないことを喜ばしいと思う反面、知識がなくて役に立てそうにもないことが歯がゆかった。
しかし尾形さんの返答は意外なものだった。
「銃はいい。他は?生活のことでもいい。」
尾形さんが銃以外に興味を持つことがあるのね。
そう感じたが余計なことは言わないことにして、私は静かに話し始めた。
「……便利な機械がたくさんあるんです。長距離を凄い速さで移動できたり、離れたところに住んでいても映像や音声をつないでお話ができたり、白黒じゃない現実のような色のついた写真や映像が見れます。」
「そりゃすごいな。」
「掃除も洗濯も自動でやってくれる機械があります。食べ物を長期的に保管できる機械とか、氷も各家庭で簡単に作れるようになるんですよ。」
「ほう。」
「あとは、今の時代では治せない病気でも薬があったり。」
「そうか。」
「もちろん未来でもまだまだ不治の病はありますけどね。でもずっと豊かで便利になっていると思います。」
私が一つ一つ思い出しながら指を折って話をすると、尾形さんは珍しくまともに相槌を打ちながら聞いてくれた。
きっと、私が懐かしそうな顔をしているせいだ。
「でも」と言いながら尾形さんへと視線を下ろすと、やや暗い瞳がこちらを見ていた。
「……私は、この時代で生きたいです。尾形さんと一緒に。」
ははあ、と笑った尾形さんはそのあと少しだけ昼寝をした。
その寝顔はどこか嬉しそうだった。
おわり。
【あとがき:もうこれ逆プロポーズじゃん。】
私は最近尾形さんに銃の訓練をつけてもらっている。
訓練を終えた後、建物の縁側のようになっている場所に腰かけて拳銃の手入れをしていると、尾形さんが三十年式歩兵銃をいじくりまわしながら珍しく話しかけてきた。
普段は嫌味以外は滅多に話しかけてこないのに珍しい。
「おい未来人。未来にはどんな銃があるんだ?」
そりゃあ、当然興味はあるでしょうね。
予想していた質問ではあった。
「そもそも、未来の日本では戦争はありませんから私には大した知識はありません。領土問題など政治的な争いはありますが。」
銃の片づけをして手元を見たまま答える。
素っ気ない態度と返答になってしまったが、戦争を経験していない一般の現代人が銃や武器についてあまり知識がないのは当然だろう。
尾形さんはムッとして何も言わなかった。
ああ、いけない。
機嫌を損ねてしまうかもしれない。
でも、尾形さんにスナイパーライフルや戦車についてのなどの未来の知識を与えて良いものだろうか、と急に不安になった。
「あの……ちょっと難しい話になるんですけど。未来が変わると過去が変わってしまったり、過去を変えると未来が変わるという論説があります。」
私がそう話し始めると、尾形さんは視線を上げた。
「私の場合は未来から過去に来ている状態なので、この場合問題になるのが時間的逆説ですね。過去が変化して現在になり、現在が変化して未来になると仮定すると、私が今未来の知識を話すことで未来にどんな影響が出るかわからないんですよ。」
「どういうことだ。」
尾形さんは怪訝そうな顔を浮かべている。
「たとえば、今の尾形さんが過去に戻って自分が生まれる前の若かりし頃の自分の親を殺したとします。未来では尾形さんが生まれないため、親を殺した時点で目の前にいた尾形さんが消えてしまいますよね?これに近い現象が他の行動で起こる可能性を私は懸念してるんですよ。」
タイムパラドックスを説明するときによく用いられるこの例えがまずかったのだろうか。
でも別に尾形さんのことを揶揄してるわけではない。
しかし尾形さんは暗い目で私を見つめている。
とりあえず私は分解していた拳銃を元通りに組み立てて、ホルダーにきちんと戻す。
しばらくの間、私をじっと見ていた尾形さんだったが、突然フッと笑った。
「未来に戻るつもりがあるのか。」
「……意地悪ですね。そりゃあいつかは戻りたいですけど、しばらくはちゃあんと尾形さんについていくつもりですよ。」
そう答えると、尾形さんは前髪を撫で上げた。
その表情は満足そうだった。
良かった。正解だったみたいだ。
常に尾形さんへの答えには細心の注意を払っている。
助けてもらった恩もあるし今後はなるべく役に立ちたいと考えている。
機嫌を損ねられて急に捨てられたりしたくはない。
「どうせしばらく戻らないんだったら、いいじゃねえか。そもそもお前が何か未来を変えるような大発明をするならともかく、話を聞くだけじゃあいくら未来のこと聞いても変わらんだろう。」
尾形さんの言葉も一理ある。
そもそもタイムパラドックス自体が一つの仮説でしかない。
結局現状は時間の行き来は自由にできないことになっているから、理論上の話だ。
ま、私にとっては実際明治時代への渡航を体験しているんだからそうとも言ってられないのだが。
万が一私の未来が変わったところで、きっと誤差でしかないだろう……と高を括ることにした。
私は覚悟を決めると、ふぅとため息を一つついてから話し始める。
「未来では、双眼鏡のような遠くまで見えるレンズを取り付けた銃があります。きっと尾形さんの射程距離よりもずっと遠くですよ。他には、射撃の音を消す消音機を取り付けられる銃もありますね。これは暗殺に適しているかと。」
それを聞いた尾形さんの心なしか目が輝いた気がする。
やっぱり銃が好きなんだな。
尾形さんは目を輝かせたかと思えばフム、と考え込むようなそぶりで自分の顎を触った。
「双眼鏡は高価なものだからな……無理に改造できなくもないが、反動もあるだろうし危険だな。なにより今の銃がこれ以上の長距離射撃に向かないだろうな。そうするとまだ砲弾のほうが効率的だ。」
「……。」
私が黙って聞いていると、尾形さんはブツブツと続けて呟く。
「消音機の利点がわからん。相手に位置を知らせないのは重要だが、衝撃を吸収したらその分、威力が落ちかねない。下手に弾詰まりでも起こしたらこっちが死ぬだろうな。」
「……でしょう?結局、科学の進化を待つしかないとは思いますよ。」
少しほっとした。
これで私の知識をもとに尾形さんが何か行動を起こしてしまっては大変だ。
尾形さんはしばらく一人で考え込んでいたが、思考を放棄したらしい。
銃を横に置いたかと思うとそのままごろんッと後ろに寝転がった。
まるで宿題に煮詰まった子供のような行動に思わず笑ってしまった。
「ほかには?」
寝転がったまま私を見上げて尾形さんは問う。
「銃のことはもうわかりませんって。先のロシア軍の装備の方が私の未来の知識よりずっと進んでますよきっと。」
皮肉を込めてそう呟く。
そう、私はあまりに平和ボケした現代日本から来たのだ。
戦争の経験がないことを喜ばしいと思う反面、知識がなくて役に立てそうにもないことが歯がゆかった。
しかし尾形さんの返答は意外なものだった。
「銃はいい。他は?生活のことでもいい。」
尾形さんが銃以外に興味を持つことがあるのね。
そう感じたが余計なことは言わないことにして、私は静かに話し始めた。
「……便利な機械がたくさんあるんです。長距離を凄い速さで移動できたり、離れたところに住んでいても映像や音声をつないでお話ができたり、白黒じゃない現実のような色のついた写真や映像が見れます。」
「そりゃすごいな。」
「掃除も洗濯も自動でやってくれる機械があります。食べ物を長期的に保管できる機械とか、氷も各家庭で簡単に作れるようになるんですよ。」
「ほう。」
「あとは、今の時代では治せない病気でも薬があったり。」
「そうか。」
「もちろん未来でもまだまだ不治の病はありますけどね。でもずっと豊かで便利になっていると思います。」
私が一つ一つ思い出しながら指を折って話をすると、尾形さんは珍しくまともに相槌を打ちながら聞いてくれた。
きっと、私が懐かしそうな顔をしているせいだ。
「でも」と言いながら尾形さんへと視線を下ろすと、やや暗い瞳がこちらを見ていた。
「……私は、この時代で生きたいです。尾形さんと一緒に。」
ははあ、と笑った尾形さんはそのあと少しだけ昼寝をした。
その寝顔はどこか嬉しそうだった。
おわり。
【あとがき:もうこれ逆プロポーズじゃん。】