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精子探偵/宇佐美
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精子探偵/宇佐美
鶴見中尉に付き添って出張から戻ってきたときのこと。
自分に与えられた部屋が荒らされていた。
幸い貴重品や武器は出張に持ち歩いていたので無事だった。
机の上にあった書物は引き裂かれているし、椅子は脚が折れている。
ベッドの上の布団もビリビリに破かれ、中の綿が散乱している。
小窓のカーテンも同様だ。
箪笥の中身もボロボロで、寝間着や手ぬぐいですら丁寧に切り裂かれていた。
それだけではないことは部屋に入ってすぐに気が付いた。
部屋内が異臭に満ちている。
この部屋にあるすべてといっても言いほどに、液体が撒かれていた。
扉の取っ手にも液体が撒かれていたようで、扉を開けた時に手についてしまった。
指に着いたそれを眼前に持ってきてまじまじと見て私は気が付いた。
部屋に撒かれていた液体。
それは精液だった。
「ぎゃあああああ!」
可愛くない、本気の悲鳴が出た。
全身の毛が逆立つような感覚を覚えて、切り裂かれた毛布の切れ端で手を必死に拭く。
半狂乱で手を拭いていると、悲鳴を聞きつけた兵士たちが何人も駆けつける。
私の部屋の惨状を見て全員が驚いた様子を浮かべていた。
駆けつけた月島さんが私に問う。
「夢主さん、どうしたんですか!?何があったんです!?」
私は手をゴシゴシと拭きながら涙声で答える。
恐らく真っ青な顔をしていたことだろう。
「わ、わ、わかりませ……先ほど帰ってきたら、お部屋が……!これ、扉で、手が、精液で!」
そう言った後は言葉にならなかった。
手が擦り切れそうなほど拭いていると、月島さんに腕を掴まれる。
「それ以上は手を痛めます。手洗い場に行きましょう。」
月島さんに肩を抱かれて部屋を出た。
月島さんが周りの兵士たちに「部屋に入るな!」と言いつけ、あの惨劇の部屋は開け放たれたまま保存される。
何度も手を洗って、少し落ち着いてきたところで月島さんに声をかける。
「取り乱してすみませんでした……。あの、もう、大丈夫です。」
月島さんは心配そうにこちらを見る。
「夢主さん、本当に大丈夫ですか?今日はもう別の部屋で休まれた方が……。」
「はい。ですが、まずは鶴見中尉に報告しないといけません。」
「わかりました。ご気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね。」
「ありがとうございます。」
私たちが部屋へと戻ると、鶴見中尉がやってきていて、状況に絶句している。
月島さんが手短に中尉に状況を説明すると、「宇佐美を呼べ」と短く言った。
宇佐美さんを呼ばれる意味が分からなかったが、とにかく待った。
その間に鶴見中尉は人払いをした。
野次馬はたくさんいて、少しずつ散っていった。
その中には尾形さんもいて眉間に皺を寄せていたが、野次馬たちにまぎれて部屋から離れていった。
「鶴見中尉殿!お呼びでしょうか!」
宇佐美さんがフンフンと鼻息荒く駆け寄ってきた。
鶴見中尉が状況を説明し、精液が部屋中に撒かれていたことも伝える。
宇佐美さんは話の内容は聞いているようだが、目が血走っていて鶴見中尉だけを熱心に見つめていた。
鶴見中尉はそんな宇佐美さんの様子に慣れているのか、冷静に「犯人を捜すように」とだけ伝えた。
そして中尉は私の方へと向き直った。
「夢主くん、しばらくは来賓用の部屋を使いなさい。月島軍曹、用意してあげなさい。」
「はい。」
控えていた月島さんが短く返事をしてその場を離れた。
私は鶴見中尉に頭を下げた。
「ありがとうございます。お騒がせして申し訳ありません。」
「夢主くんは悪くないよ。ゆっくり休みなさい。」
私の頭をぽん、と撫でて鶴見中尉は自室へと戻って行った。
来賓用の部屋を用意してもらって、月島さんにもお礼を言って別れる。
私はこっそりと自分の部屋へと戻った。
鶴見中尉が宇佐美さんを指名した理由が知りたくて、気になって戻ってしまったのだ。
離れた場所からこっそりと私の部屋をのぞくと、匂いが充満しているだろうに宇佐美さんは部屋の中にいた。
私に背を向けるような形で宇佐美さんがゴソゴソと動いているのが見える。
何やら一定のリズムで揺れる彼に不審に思いながら見守る。
じっと見つめていると、ふと彼が少し横を向いた。
宇佐美さんの腕が股間に伸びていることに気が付く。
何をしているのか分かった瞬間、私の喉がヒュッと鳴った。
宇佐美さんが犯人じゃないか!
そう叫び出しそうになった瞬間、何者かに後ろから口を押さえつけられた。
「ムッ!?」
くぐもった悲鳴しか上がらなかったが、慌ててもがく。
まさか部屋に戻ってきた犯人にでも襲われたのかと考えて、恐怖心が芽生える。
「落ち着け夢主。俺だ。」
予想に反して声の主は尾形さんだった。
私が抵抗をやめるとそっと手を放してくれた。
「あいつは何をしている?」
「……。」
私が口ごもると、尾形さんは続きを急かすように視線を下ろす。
「私の部屋で……、自慰を……。」
「は?」
言いづらく感じながらも伝えると、ヒヒィンと声が聞こえた。
二人で物陰から部屋をのぞく。
宇佐美さんの足がカクーンとなって、私の部屋の床には新たに精液が追加された。
「ひどい……!もうあの人が犯人じゃないですか!」
私が半泣きで訴えると、尾形さんは顔をしかめる。
その表情はまるで苦虫を嚙み潰したようなものだった。
上等兵としての知人を信じたいのか、それとも宇佐美さんならやりかねないという気持ちのどちらだろうか。
しばらくの間考え込む素振りを見せた尾形さんだったが、少し唸ったあとに口を開いた。
「……いや、宇佐美は鶴見中尉殿に命じられてアレをしてるんだろ?」
「はい。でもだからって好き勝手していいわけでは……。」
私が抗議するも、尾形さんに手で静止された。
尾形さんは部屋の方を見ている。
私も口をつぐんで部屋へと視線を移した。
そこでは宇佐美さんが這いつくばって色んなものを物色している様子が伺えた。
切り裂かれた布団や書物などを丁寧に触っていく。
しかも宇佐美さんは犯人の精液にまでためらいもせず触れていた。
更に宇佐美さんの表情を見ると何やらブツブツと呟いているようだ。
すべては聞き取れなかったが、その言葉はまるで推理途中の探偵のようだった。
本当に何か考え込んでいる様子から、犯人を捜しているような気がしてきた。
私と尾形さんは少しだけ顔を見合わせてから、宇佐美さんの監視を続けた。
宇佐美さんは定期的に自慰行為をしながら、犯人の気持ちになって(?)部屋の備品の向きや布団の切り裂き方などを模倣していた。
何回か繰り返したところで自慰行為にも限界が来たのか、彼は引き上げていった。
私と尾形さんは何も言葉を交わさず、各々の部屋へと戻って行った。
翌日、部屋の椅子が折れているのを思い出した私は、家事の合間に椅子の作り直しを行うことにした。
簡単な日曜大工なら心得がある。
幸い軍には様々な道具や材料が揃っていたので、兵舎の影で作業をすることにした。
椅子の脚をつけ直すために金槌で釘を打ち付けていると、後ろから声がかけられた。
「夢主。」
「ひゃいっ!」
その声の主を判断するより先に、私はビクッと飛び上がって返事していた。
振り返るとそこには宇佐美さんがいた。
「何してんの?」
「折れた椅子の脚を直してます……あ、昨日はお騒がせしました。」
昨日の宇佐美さんの行動を知らないフリをしなくてはいけない。
表情を作ってなんとか会話する。
宇佐美さんはケロッとした表情で笑った。
「いいのいいの。むしろ鶴見中尉殿に命令してもらえて嬉しいよ~。」
「そ、それは何よりです。」
どれだけ優秀だとしても、昨日のアレはいただけない。
というか、不可解すぎて不気味だ。
「あの……犯人の目星はつきましたでしょうか。」
おずおずと言った様子で問いかける。
宇佐美さんは「あぁ」と思い出したように声をあげた。
「大体ついたけど。」
「えっ本当ですか?」
思わず驚いて声が上擦ってしまった。
宇佐美さんはそんな私を興味深そうに見下ろす。
おもむろに私の手から金槌を取り上げると、彼は椅子を打った。
ガキンッと金属の打ち合う大きな音がして、私は少しだけ驚いてしまった。
打ち込まれた釘を確認して、「うん」と頷いた宇佐美さんはこちらに向き直ると金槌を持ったまま意味深に笑った。
宇佐美さんは薄ら笑いを浮かべたままこちらに近づく。
私は本能からか後ずさりをした。
しかしここは兵舎の影。
兵舎の壁が背中に当たり、私は追い詰められた。
宇佐美さんが手を振ったのを視界に収めたので、金槌で殴られると感じて私は目をぎゅっとつぶった。
しかし数秒経っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると、金槌は持ったままだったが壁に肘をついてこちらを見下ろす宇佐美さんと目が合った。
「夢主、キミ一体何したの?」
「は、い?」
いわゆる壁ドンというやつだろうか。
宇佐美さんに覆いかぶされるようにして見下ろされている。
質問の意図が読めずにいると、彼はニヤニヤと笑う。
数秒間そうしていると、パァン!という銃声が響いた。
宇佐美さんも私もビクッと飛び上がらせた。
撃たれたかと思ったが、身体に痛みはない。
視線を上げると少し離れた位置に銃を構えた尾形さんがいた。
「次は当てる。離れろ。」
尾形さんの銃口はこちらを向いている。
「お、おが、尾形さん……?」
私がぶるぶる震えながら呟くと、宇佐美さんはへらっと笑って私を解放した。
「そんなに怒るなよ。手出したりしないって。」
そう両手を上げながら言うと、尾形さんは納得したのか銃を下ろした。
振り返ると兵舎の壁に穴が開いている。
ちょうど私に覆いかぶさる宇佐美さんの頭から拳1つ分離れたところだった。
「撃ち殺されるかと思いました……。」
冷や汗をかきながら尾形さんに駆け寄ると、尾形さんはフンと鼻息を吐く。
「外すわけねえだろうが。」
「それはそうですけど。」
ムスッとして答えると尾形さんはもう何も言わなかった。
今の銃声に驚いて数人が兵舎から出てきてしまったので、尾形さんは「銃が暴発しました」と適当なことを言って追い払っていた。
人払いが済んだところで、宇佐美さんがおもむろに話し始める。
尾形さんは私が直したばかりの椅子に座って、黙って聞いていた。
宇佐美さんの話を聞いて、私も尾形さんも眉を潜めるばかりだった。
しかし彼の話には説得力があった。
鶴見中尉には宇佐美さんから話す!と強く言われたので、報告はお任せしてその日は夜まで何事もなかったかのように過ごした。
その夜、来賓用の部屋でひとりで読書しているとコンコン、とノックがされる。
なるべく平坦な声で「はい」と答えて扉に近づき、深呼吸してから開ける。
その瞬間、扉の向こうにいた人物が飛びかかってきた。
しかし、扉の死角に潜んでいた宇佐美さんがその人物の腕を引いて組み倒す。
そのまま技をかけて固定した上に、尾形さんが銃を突きつけた。
「こ、この人が……?」
私が一歩引いたところで見下ろすと、その人物は動揺した様子で言い訳を重ねている。
そんなに深くかかわったことのない、一等卒だった。
挨拶は兵舎の全員にするし、世間話くらいなら誰とでもする。
だからこそあまり記憶に残っていなかった。
言い訳をしていても現行犯なのだから意味がない。
鶴見中尉がやってきてその人物に処分を言い渡していた。
動機は単純で、私に好意を持ったらしい。
しかし鶴見中尉、月島軍曹、鯉登少尉、更には宇佐美さんや尾形さんなど上等兵とも親しくしていて一等兵の自分は挨拶で精一杯。
想いを伝える勇気もなくてこじらせた結果の凶行だったようだ。
現代日本でもストーカーや粘着気質な男性はいるものだが、明治時代から変わらないとは驚いた。
鶴見中尉には部屋の場所を変えようと言われたが、あの場所は尾形さんが自由に出入りしやすい場所だった。
私個人の判断で変えるわけにもいかなくて、綺麗に消毒してもらって使うことにした。
さすがに精液の撒かれた布団や寝間着などは使う気になれなかったので新品のものを用意してもらう。
宇佐美さんが撒いていた場所には絨毯を拝借して使用することになった。
「皆に愛想振りまくからそうなるんだよ。」
騒動が落ち着いたところで宇佐美さんが呆れたようにつぶやく。
尾形さんは、ははあ、と愉快そうに笑った。
「こいつに堕とせない男はいないだろうからな。」
「はぁ!?私は何もしてませんからね!?」
必死になって言い返したものの、宇佐美さんと尾形さんからは疑いの目を向けられた。
解せぬ。
私は第七師団で役務を全うしようとしているだけなのに!
おわり。
【あとがき:いまだに精子探偵って何……?ってなる。】
鶴見中尉に付き添って出張から戻ってきたときのこと。
自分に与えられた部屋が荒らされていた。
幸い貴重品や武器は出張に持ち歩いていたので無事だった。
机の上にあった書物は引き裂かれているし、椅子は脚が折れている。
ベッドの上の布団もビリビリに破かれ、中の綿が散乱している。
小窓のカーテンも同様だ。
箪笥の中身もボロボロで、寝間着や手ぬぐいですら丁寧に切り裂かれていた。
それだけではないことは部屋に入ってすぐに気が付いた。
部屋内が異臭に満ちている。
この部屋にあるすべてといっても言いほどに、液体が撒かれていた。
扉の取っ手にも液体が撒かれていたようで、扉を開けた時に手についてしまった。
指に着いたそれを眼前に持ってきてまじまじと見て私は気が付いた。
部屋に撒かれていた液体。
それは精液だった。
「ぎゃあああああ!」
可愛くない、本気の悲鳴が出た。
全身の毛が逆立つような感覚を覚えて、切り裂かれた毛布の切れ端で手を必死に拭く。
半狂乱で手を拭いていると、悲鳴を聞きつけた兵士たちが何人も駆けつける。
私の部屋の惨状を見て全員が驚いた様子を浮かべていた。
駆けつけた月島さんが私に問う。
「夢主さん、どうしたんですか!?何があったんです!?」
私は手をゴシゴシと拭きながら涙声で答える。
恐らく真っ青な顔をしていたことだろう。
「わ、わ、わかりませ……先ほど帰ってきたら、お部屋が……!これ、扉で、手が、精液で!」
そう言った後は言葉にならなかった。
手が擦り切れそうなほど拭いていると、月島さんに腕を掴まれる。
「それ以上は手を痛めます。手洗い場に行きましょう。」
月島さんに肩を抱かれて部屋を出た。
月島さんが周りの兵士たちに「部屋に入るな!」と言いつけ、あの惨劇の部屋は開け放たれたまま保存される。
何度も手を洗って、少し落ち着いてきたところで月島さんに声をかける。
「取り乱してすみませんでした……。あの、もう、大丈夫です。」
月島さんは心配そうにこちらを見る。
「夢主さん、本当に大丈夫ですか?今日はもう別の部屋で休まれた方が……。」
「はい。ですが、まずは鶴見中尉に報告しないといけません。」
「わかりました。ご気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね。」
「ありがとうございます。」
私たちが部屋へと戻ると、鶴見中尉がやってきていて、状況に絶句している。
月島さんが手短に中尉に状況を説明すると、「宇佐美を呼べ」と短く言った。
宇佐美さんを呼ばれる意味が分からなかったが、とにかく待った。
その間に鶴見中尉は人払いをした。
野次馬はたくさんいて、少しずつ散っていった。
その中には尾形さんもいて眉間に皺を寄せていたが、野次馬たちにまぎれて部屋から離れていった。
「鶴見中尉殿!お呼びでしょうか!」
宇佐美さんがフンフンと鼻息荒く駆け寄ってきた。
鶴見中尉が状況を説明し、精液が部屋中に撒かれていたことも伝える。
宇佐美さんは話の内容は聞いているようだが、目が血走っていて鶴見中尉だけを熱心に見つめていた。
鶴見中尉はそんな宇佐美さんの様子に慣れているのか、冷静に「犯人を捜すように」とだけ伝えた。
そして中尉は私の方へと向き直った。
「夢主くん、しばらくは来賓用の部屋を使いなさい。月島軍曹、用意してあげなさい。」
「はい。」
控えていた月島さんが短く返事をしてその場を離れた。
私は鶴見中尉に頭を下げた。
「ありがとうございます。お騒がせして申し訳ありません。」
「夢主くんは悪くないよ。ゆっくり休みなさい。」
私の頭をぽん、と撫でて鶴見中尉は自室へと戻って行った。
来賓用の部屋を用意してもらって、月島さんにもお礼を言って別れる。
私はこっそりと自分の部屋へと戻った。
鶴見中尉が宇佐美さんを指名した理由が知りたくて、気になって戻ってしまったのだ。
離れた場所からこっそりと私の部屋をのぞくと、匂いが充満しているだろうに宇佐美さんは部屋の中にいた。
私に背を向けるような形で宇佐美さんがゴソゴソと動いているのが見える。
何やら一定のリズムで揺れる彼に不審に思いながら見守る。
じっと見つめていると、ふと彼が少し横を向いた。
宇佐美さんの腕が股間に伸びていることに気が付く。
何をしているのか分かった瞬間、私の喉がヒュッと鳴った。
宇佐美さんが犯人じゃないか!
そう叫び出しそうになった瞬間、何者かに後ろから口を押さえつけられた。
「ムッ!?」
くぐもった悲鳴しか上がらなかったが、慌ててもがく。
まさか部屋に戻ってきた犯人にでも襲われたのかと考えて、恐怖心が芽生える。
「落ち着け夢主。俺だ。」
予想に反して声の主は尾形さんだった。
私が抵抗をやめるとそっと手を放してくれた。
「あいつは何をしている?」
「……。」
私が口ごもると、尾形さんは続きを急かすように視線を下ろす。
「私の部屋で……、自慰を……。」
「は?」
言いづらく感じながらも伝えると、ヒヒィンと声が聞こえた。
二人で物陰から部屋をのぞく。
宇佐美さんの足がカクーンとなって、私の部屋の床には新たに精液が追加された。
「ひどい……!もうあの人が犯人じゃないですか!」
私が半泣きで訴えると、尾形さんは顔をしかめる。
その表情はまるで苦虫を嚙み潰したようなものだった。
上等兵としての知人を信じたいのか、それとも宇佐美さんならやりかねないという気持ちのどちらだろうか。
しばらくの間考え込む素振りを見せた尾形さんだったが、少し唸ったあとに口を開いた。
「……いや、宇佐美は鶴見中尉殿に命じられてアレをしてるんだろ?」
「はい。でもだからって好き勝手していいわけでは……。」
私が抗議するも、尾形さんに手で静止された。
尾形さんは部屋の方を見ている。
私も口をつぐんで部屋へと視線を移した。
そこでは宇佐美さんが這いつくばって色んなものを物色している様子が伺えた。
切り裂かれた布団や書物などを丁寧に触っていく。
しかも宇佐美さんは犯人の精液にまでためらいもせず触れていた。
更に宇佐美さんの表情を見ると何やらブツブツと呟いているようだ。
すべては聞き取れなかったが、その言葉はまるで推理途中の探偵のようだった。
本当に何か考え込んでいる様子から、犯人を捜しているような気がしてきた。
私と尾形さんは少しだけ顔を見合わせてから、宇佐美さんの監視を続けた。
宇佐美さんは定期的に自慰行為をしながら、犯人の気持ちになって(?)部屋の備品の向きや布団の切り裂き方などを模倣していた。
何回か繰り返したところで自慰行為にも限界が来たのか、彼は引き上げていった。
私と尾形さんは何も言葉を交わさず、各々の部屋へと戻って行った。
翌日、部屋の椅子が折れているのを思い出した私は、家事の合間に椅子の作り直しを行うことにした。
簡単な日曜大工なら心得がある。
幸い軍には様々な道具や材料が揃っていたので、兵舎の影で作業をすることにした。
椅子の脚をつけ直すために金槌で釘を打ち付けていると、後ろから声がかけられた。
「夢主。」
「ひゃいっ!」
その声の主を判断するより先に、私はビクッと飛び上がって返事していた。
振り返るとそこには宇佐美さんがいた。
「何してんの?」
「折れた椅子の脚を直してます……あ、昨日はお騒がせしました。」
昨日の宇佐美さんの行動を知らないフリをしなくてはいけない。
表情を作ってなんとか会話する。
宇佐美さんはケロッとした表情で笑った。
「いいのいいの。むしろ鶴見中尉殿に命令してもらえて嬉しいよ~。」
「そ、それは何よりです。」
どれだけ優秀だとしても、昨日のアレはいただけない。
というか、不可解すぎて不気味だ。
「あの……犯人の目星はつきましたでしょうか。」
おずおずと言った様子で問いかける。
宇佐美さんは「あぁ」と思い出したように声をあげた。
「大体ついたけど。」
「えっ本当ですか?」
思わず驚いて声が上擦ってしまった。
宇佐美さんはそんな私を興味深そうに見下ろす。
おもむろに私の手から金槌を取り上げると、彼は椅子を打った。
ガキンッと金属の打ち合う大きな音がして、私は少しだけ驚いてしまった。
打ち込まれた釘を確認して、「うん」と頷いた宇佐美さんはこちらに向き直ると金槌を持ったまま意味深に笑った。
宇佐美さんは薄ら笑いを浮かべたままこちらに近づく。
私は本能からか後ずさりをした。
しかしここは兵舎の影。
兵舎の壁が背中に当たり、私は追い詰められた。
宇佐美さんが手を振ったのを視界に収めたので、金槌で殴られると感じて私は目をぎゅっとつぶった。
しかし数秒経っても衝撃は来ない。
恐る恐る目を開けると、金槌は持ったままだったが壁に肘をついてこちらを見下ろす宇佐美さんと目が合った。
「夢主、キミ一体何したの?」
「は、い?」
いわゆる壁ドンというやつだろうか。
宇佐美さんに覆いかぶされるようにして見下ろされている。
質問の意図が読めずにいると、彼はニヤニヤと笑う。
数秒間そうしていると、パァン!という銃声が響いた。
宇佐美さんも私もビクッと飛び上がらせた。
撃たれたかと思ったが、身体に痛みはない。
視線を上げると少し離れた位置に銃を構えた尾形さんがいた。
「次は当てる。離れろ。」
尾形さんの銃口はこちらを向いている。
「お、おが、尾形さん……?」
私がぶるぶる震えながら呟くと、宇佐美さんはへらっと笑って私を解放した。
「そんなに怒るなよ。手出したりしないって。」
そう両手を上げながら言うと、尾形さんは納得したのか銃を下ろした。
振り返ると兵舎の壁に穴が開いている。
ちょうど私に覆いかぶさる宇佐美さんの頭から拳1つ分離れたところだった。
「撃ち殺されるかと思いました……。」
冷や汗をかきながら尾形さんに駆け寄ると、尾形さんはフンと鼻息を吐く。
「外すわけねえだろうが。」
「それはそうですけど。」
ムスッとして答えると尾形さんはもう何も言わなかった。
今の銃声に驚いて数人が兵舎から出てきてしまったので、尾形さんは「銃が暴発しました」と適当なことを言って追い払っていた。
人払いが済んだところで、宇佐美さんがおもむろに話し始める。
尾形さんは私が直したばかりの椅子に座って、黙って聞いていた。
宇佐美さんの話を聞いて、私も尾形さんも眉を潜めるばかりだった。
しかし彼の話には説得力があった。
鶴見中尉には宇佐美さんから話す!と強く言われたので、報告はお任せしてその日は夜まで何事もなかったかのように過ごした。
その夜、来賓用の部屋でひとりで読書しているとコンコン、とノックがされる。
なるべく平坦な声で「はい」と答えて扉に近づき、深呼吸してから開ける。
その瞬間、扉の向こうにいた人物が飛びかかってきた。
しかし、扉の死角に潜んでいた宇佐美さんがその人物の腕を引いて組み倒す。
そのまま技をかけて固定した上に、尾形さんが銃を突きつけた。
「こ、この人が……?」
私が一歩引いたところで見下ろすと、その人物は動揺した様子で言い訳を重ねている。
そんなに深くかかわったことのない、一等卒だった。
挨拶は兵舎の全員にするし、世間話くらいなら誰とでもする。
だからこそあまり記憶に残っていなかった。
言い訳をしていても現行犯なのだから意味がない。
鶴見中尉がやってきてその人物に処分を言い渡していた。
動機は単純で、私に好意を持ったらしい。
しかし鶴見中尉、月島軍曹、鯉登少尉、更には宇佐美さんや尾形さんなど上等兵とも親しくしていて一等兵の自分は挨拶で精一杯。
想いを伝える勇気もなくてこじらせた結果の凶行だったようだ。
現代日本でもストーカーや粘着気質な男性はいるものだが、明治時代から変わらないとは驚いた。
鶴見中尉には部屋の場所を変えようと言われたが、あの場所は尾形さんが自由に出入りしやすい場所だった。
私個人の判断で変えるわけにもいかなくて、綺麗に消毒してもらって使うことにした。
さすがに精液の撒かれた布団や寝間着などは使う気になれなかったので新品のものを用意してもらう。
宇佐美さんが撒いていた場所には絨毯を拝借して使用することになった。
「皆に愛想振りまくからそうなるんだよ。」
騒動が落ち着いたところで宇佐美さんが呆れたようにつぶやく。
尾形さんは、ははあ、と愉快そうに笑った。
「こいつに堕とせない男はいないだろうからな。」
「はぁ!?私は何もしてませんからね!?」
必死になって言い返したものの、宇佐美さんと尾形さんからは疑いの目を向けられた。
解せぬ。
私は第七師団で役務を全うしようとしているだけなのに!
おわり。
【あとがき:いまだに精子探偵って何……?ってなる。】