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第八話 ヒロイン、襲われる
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第八話 ヒロイン、襲われる
あれから勉強の進みは芳しくない。
普段の勉強に多少ロシア語が入った程度だった。
語学はやはり現代のようにリスニングやスピーキングなしでは厳しい。
読み書きの基本中の基本をやっていると終わりが見えなくて苦しいのだ。
そしてもう一つ、私はこっそりとこの時代の医学を学んでいた。
医務室から何冊か拝借しているが、今のところお咎めはない。
医学を学ぼうと思った理由としては、私自身はワクチンをバリバリ打った超健康体だが、この時代にはおそらくワクチンのない未知の病扱いされているものがたくさんある。
軍を抜けるだなんて何が目的かわからないが、その道中で医学の知識があれば役に立てるかな、なんて漠然と思ったからだった。
とはいえ、一般人の私がイチから学ぶのには少し荷が重すぎた。
こちらも、基本中の基本で少し挫折しかけている……。
あーあ、いっそのこと戦闘とかできた方が手っ取り早く役に立てそうなんだけどな。
でも訓練している兵士たちをみると、女の私には無理かもしれないと感じた。
何より人を斬ったり撃ったりするのが恐ろしい。
それにやることがあるとはいえ、仕事を疎かにはできない。
どうしても全自動の家電が恋しくなる。
洗濯ひとつとっても、現代と違って時間のかかり具合が違った。
ため息をつきながらも、今日はそこそこ掃除を頑張った。
兵舎の玄関にある花瓶の水を取り替えて、今日の掃除を終わりにしようと花瓶を手に取ったとき、扉が開いた音がしたので誰かが戻ってきたと思い、挨拶をしながらそちらを向こうとしたときだった。
「おかえりなさ……きゃあぁぁっ!」
ガシャンッと大きな音を立てて花瓶が割れる。
私の悲鳴もその音と同時に上がった。
気付けば、知らない男の人が私を背後から羽交い絞めにして首元にナイフを突きつけている。
私の悲鳴を聞いて、何人かが玄関の方へ走ってきた。
「夢主さん……!」「夢主……!!」
皆が名前を呼ぶのでそれを聞いて余計に人が集まってくる。
男の人は動くな!!!!と叫ぶと、皆に見せつけるように私の首に突き付けたナイフを握りなおす。
「わい殺さるっ覚悟はできちょるんじゃろうなぁ!!?」
一際大きな声がしたと思ったら殺気をまとった鯉登さんがこちらに剣を向けている。
しかし、月島さんが後ろから鯉登さんを押さえる。
「鯉登少尉!夢主さんが怪我でもされたらどうするんですか!落ち着いてください!」
男の人はフーッフーッと肩で息をしている。
私も恐ろしくて自分の心臓がバクバクと動いているのを感じた。
でも、何もしないわけにはいかない。
「……何が目的ですか。」
震える声で絞り出すように問いかけると、男はそんなことはどうでもいい!と叫び、刃先が首に触れて冷たく感じたため、自然と私は何も言えなくなる。
「やあやあ、何をしているのかね?」
人ごみの中から鶴見中尉の声が響いた。
顔を上げると、鶴見中尉はにっこりと笑っているが、威圧感が凄い。
相当お怒りの様子。
鶴見中尉の周りは自然と道が開いていて、私の少し前まで中尉は来た。
「おれは、おれは……ッ弟をお前らのせいでなくしたんだ!!!!」
男は涙を流した。
要約すると、戦争で連れていかれた兵の中に弟さんがいたそうな。
私も最近日本軍の歩みを学んでいたから知っていたが、これまでに第七師団は多数の犠牲者を出している。
それは鶴見中尉のせいではなく、前任や上層部の軍配の悪さが原因だった。
しかし男にとってはそれは関係のないことで、弟を酷い目に合わせたこの軍に仕返ししてやるとのこと。
鶴見中尉は男を殺すのは簡単だが、私に傷がつくと困る……と呟いていた。
その眼は妖しく光っていて、鶴見中尉が本気でこの男を殺すつもりだと分かった。
その前になんとかしないと。
「……。」
男の話を聞いているとき、力が抜けたふりをして男の腕を掴んでいた手を下ろした。
男がその行動について気づいたようすはなかった。
メイド服のスカートのポケットからハサミをこっそり取り出す。
花瓶の水を替えるついでに、剪定もしようと思っていたので、たまたま持っていたものだ。
鶴見中尉が前に出てきたことで人だかりが開いた道ができていて、私はその先から来るある視線に気づく。
廊下の影から尾形さんがこちらに銃を構えている。
そしてその眼差しはいつでも来いと言っているようだった。
私はごく、と生唾を飲み込む。
男は完全に鶴見中尉に意識がいっている。
私はふー…と小さく息を吐くと、鶴見中尉に恨みつらみを言っている男の喉元を狙って後ろ手でハサミを勢いよく叩き込んだ。
一応動脈に刺さって即死されては困るので、医学の本で読んだばかりの人体の急所を大きく外して狙った。
「ギャッ!」
男は悲鳴を上げよろめき、私を掴んでいた腕が離れた。
私は尾形さんに撃たれないように、咄嗟に横に転がる。
そして間髪入れずにドンッと音がして、私の後ろにいた男は後ろに倒れていった。
その後もう一発銃声がドンッと続いた。
次は悲鳴も出なかったようだ。床に転がり呻く男。
私のハサミは男の首元に刺さったままだ。
尾形さんは男の両足をそれぞれ撃ちぬいていた。
この前の夜の、私の頭を撫でた尾形さんの満足そうな顔が少し脳裏にチラついた。
私、頑張れたと思いませんか?
そう思いながら尾形さんがいた方の廊下へ視線をやるも、もう尾形さんの姿はもうなかった。
「確保!!!!」
そう鶴見中尉が叫ぶと周りの兵士たちが男を押さえつけた。
最も、もうその男は暴れる元気もなさそうだったが。
私はその横で腰を抜かして呆然としていた。
月島さんと鯉登さんが駆け寄ってきてぶるぶると震える私の肩を二人で抱いてくれた。
「夢主…!」「夢主さん、大丈夫ですか!?」
鶴見中尉が医務室へ、と呟き、二人に抱えられるようにして私はその場から離れ、医務室に連れていかれた。
医務室のベッドに座ると、月島さんが私の首に少し濡れたタオルを当てる。
少し染みる感覚がして、それが消毒液のしみ込んだ布だとわかる。
今まで気付かなかったが、私がハサミで男の首を刺した瞬間に、男が私に向けていたナイフが当たって薄く首の皮が切れたようで首から血が滴っていた。
月島さんの手は震えているような気がした。
そして鯉登さんは私の顔を拭いてくださった。
これも気づかなかったが、どうやら私は男の返り血を浴びていたらしい。
二人とも、何も言わずに黙々と手当てをしてくれた。
「……す、すみません、自分でやります……。」
手を伸ばそうとすると、鯉登さんが止める。
「わいを失うかて思うたえずかった……!」
「鯉登さん……。」
「あんな無茶はもうしないでください、夢主さん。」
「月島さん……。」
二人のその声は微かに震えていた。
月島さんも瞳が微かに揺れている。
二人とも動揺しているようだった。
月島さんが止血をしてくれて、そのあとは包帯を巻いてくれた。
最初は人の肉にハサミが突き刺さる感覚が残っていて、腕から指先までカタカタと震えていたが、徐々に落ち着いてきた。
私の様子を鶴見中尉に報告しに行くというので、なら私が行けば手っ取り早いだろうと申し出ると、二人に安静にしていないさいと怒られてしまった。
薄皮一枚切れたくらいだったのに……と思いながらも、おとなしく医務室のベッドに座っていると、扉が叩かれる。
「はーい?」と声をかけるも、扉の向こうの人は答えない。
月島さんや鯉登さんなら声をかけてくれるだろうし、彼らは今出て行ったばかりだから違うだろう。
仕方がなく立ち上がって扉を開ける。途端に何者かが私の腕を掴むと同時に扉の中に押し入ってきた。
「わぁ!?」
ぐるんと体が反転して、先ほど男にナイフを当てられたときと同じ状態になる。
先ほどと違ったのは、押し入ってきた男の人は後ろ手に鍵をかけたことと、突き付けられたのがナイフではなく手で鉄砲の形を作っただけの指だったことと、腕の主が軍服を着ていて、しかもそれが尾形さんだったことだ。
「こりゃ命がいくつあっても足りないな。」
尾形さんは馬鹿にしたように言いながら、包帯の巻かれた私の首筋をぐりぐりと指で押す。
「いたたた……尾形さん、やめて。」
つい現世で使っていたようなタメ口が出てしまった。
咄嗟に出るのはやはり使い慣れた言語のようだ。
尾形さんはフッと笑うと首から手を離したが、相変わらず後ろから片腕で押さえつけられて動けない。
見上げようにもうまくいかず、どうしようかと思っていると、尾形さんが私の耳元で低く囁いた。
「よくやった。忠犬。」
それは失礼な言葉だったのに、ぞわ、とした感覚と共に、じわじわと胸の辺りから温かいものがせりあがってくる感覚を覚える。
そして尾形さんは私の頭を片手でくしゃりと撫でると、入ってきた扉とは反対側の、外に面した窓から出て行ってしまった。
え。それだけ?
なんだか……猫みたいだな。
そんなことを考えながら呆然とその姿を見送っていると、後ろからコンコンと扉をノックする音が聞こえて慌てて返事をして扉の鍵をあける。
月島さんと鯉登さんが戻ってきていて、窓が開いていることに気付いた月島さんに暑かったですか?と聞かれて焦る。
私はちょっと……と曖昧に答えて少し赤くなった頬を冷ますように窓の外を見て風にあたっていた。
そして二人から意識して顔を背けていたため、先ほど尾形さんにぐりぐりと押されたせいで傷跡が開き包帯から血が滲んでいることがバレて、私が傷口を弄ったと思った2人に私はキツく怒られることになった。
【あとがき:モブ男のおかげでハーレム。】
あれから勉強の進みは芳しくない。
普段の勉強に多少ロシア語が入った程度だった。
語学はやはり現代のようにリスニングやスピーキングなしでは厳しい。
読み書きの基本中の基本をやっていると終わりが見えなくて苦しいのだ。
そしてもう一つ、私はこっそりとこの時代の医学を学んでいた。
医務室から何冊か拝借しているが、今のところお咎めはない。
医学を学ぼうと思った理由としては、私自身はワクチンをバリバリ打った超健康体だが、この時代にはおそらくワクチンのない未知の病扱いされているものがたくさんある。
軍を抜けるだなんて何が目的かわからないが、その道中で医学の知識があれば役に立てるかな、なんて漠然と思ったからだった。
とはいえ、一般人の私がイチから学ぶのには少し荷が重すぎた。
こちらも、基本中の基本で少し挫折しかけている……。
あーあ、いっそのこと戦闘とかできた方が手っ取り早く役に立てそうなんだけどな。
でも訓練している兵士たちをみると、女の私には無理かもしれないと感じた。
何より人を斬ったり撃ったりするのが恐ろしい。
それにやることがあるとはいえ、仕事を疎かにはできない。
どうしても全自動の家電が恋しくなる。
洗濯ひとつとっても、現代と違って時間のかかり具合が違った。
ため息をつきながらも、今日はそこそこ掃除を頑張った。
兵舎の玄関にある花瓶の水を取り替えて、今日の掃除を終わりにしようと花瓶を手に取ったとき、扉が開いた音がしたので誰かが戻ってきたと思い、挨拶をしながらそちらを向こうとしたときだった。
「おかえりなさ……きゃあぁぁっ!」
ガシャンッと大きな音を立てて花瓶が割れる。
私の悲鳴もその音と同時に上がった。
気付けば、知らない男の人が私を背後から羽交い絞めにして首元にナイフを突きつけている。
私の悲鳴を聞いて、何人かが玄関の方へ走ってきた。
「夢主さん……!」「夢主……!!」
皆が名前を呼ぶのでそれを聞いて余計に人が集まってくる。
男の人は動くな!!!!と叫ぶと、皆に見せつけるように私の首に突き付けたナイフを握りなおす。
「わい殺さるっ覚悟はできちょるんじゃろうなぁ!!?」
一際大きな声がしたと思ったら殺気をまとった鯉登さんがこちらに剣を向けている。
しかし、月島さんが後ろから鯉登さんを押さえる。
「鯉登少尉!夢主さんが怪我でもされたらどうするんですか!落ち着いてください!」
男の人はフーッフーッと肩で息をしている。
私も恐ろしくて自分の心臓がバクバクと動いているのを感じた。
でも、何もしないわけにはいかない。
「……何が目的ですか。」
震える声で絞り出すように問いかけると、男はそんなことはどうでもいい!と叫び、刃先が首に触れて冷たく感じたため、自然と私は何も言えなくなる。
「やあやあ、何をしているのかね?」
人ごみの中から鶴見中尉の声が響いた。
顔を上げると、鶴見中尉はにっこりと笑っているが、威圧感が凄い。
相当お怒りの様子。
鶴見中尉の周りは自然と道が開いていて、私の少し前まで中尉は来た。
「おれは、おれは……ッ弟をお前らのせいでなくしたんだ!!!!」
男は涙を流した。
要約すると、戦争で連れていかれた兵の中に弟さんがいたそうな。
私も最近日本軍の歩みを学んでいたから知っていたが、これまでに第七師団は多数の犠牲者を出している。
それは鶴見中尉のせいではなく、前任や上層部の軍配の悪さが原因だった。
しかし男にとってはそれは関係のないことで、弟を酷い目に合わせたこの軍に仕返ししてやるとのこと。
鶴見中尉は男を殺すのは簡単だが、私に傷がつくと困る……と呟いていた。
その眼は妖しく光っていて、鶴見中尉が本気でこの男を殺すつもりだと分かった。
その前になんとかしないと。
「……。」
男の話を聞いているとき、力が抜けたふりをして男の腕を掴んでいた手を下ろした。
男がその行動について気づいたようすはなかった。
メイド服のスカートのポケットからハサミをこっそり取り出す。
花瓶の水を替えるついでに、剪定もしようと思っていたので、たまたま持っていたものだ。
鶴見中尉が前に出てきたことで人だかりが開いた道ができていて、私はその先から来るある視線に気づく。
廊下の影から尾形さんがこちらに銃を構えている。
そしてその眼差しはいつでも来いと言っているようだった。
私はごく、と生唾を飲み込む。
男は完全に鶴見中尉に意識がいっている。
私はふー…と小さく息を吐くと、鶴見中尉に恨みつらみを言っている男の喉元を狙って後ろ手でハサミを勢いよく叩き込んだ。
一応動脈に刺さって即死されては困るので、医学の本で読んだばかりの人体の急所を大きく外して狙った。
「ギャッ!」
男は悲鳴を上げよろめき、私を掴んでいた腕が離れた。
私は尾形さんに撃たれないように、咄嗟に横に転がる。
そして間髪入れずにドンッと音がして、私の後ろにいた男は後ろに倒れていった。
その後もう一発銃声がドンッと続いた。
次は悲鳴も出なかったようだ。床に転がり呻く男。
私のハサミは男の首元に刺さったままだ。
尾形さんは男の両足をそれぞれ撃ちぬいていた。
この前の夜の、私の頭を撫でた尾形さんの満足そうな顔が少し脳裏にチラついた。
私、頑張れたと思いませんか?
そう思いながら尾形さんがいた方の廊下へ視線をやるも、もう尾形さんの姿はもうなかった。
「確保!!!!」
そう鶴見中尉が叫ぶと周りの兵士たちが男を押さえつけた。
最も、もうその男は暴れる元気もなさそうだったが。
私はその横で腰を抜かして呆然としていた。
月島さんと鯉登さんが駆け寄ってきてぶるぶると震える私の肩を二人で抱いてくれた。
「夢主…!」「夢主さん、大丈夫ですか!?」
鶴見中尉が医務室へ、と呟き、二人に抱えられるようにして私はその場から離れ、医務室に連れていかれた。
医務室のベッドに座ると、月島さんが私の首に少し濡れたタオルを当てる。
少し染みる感覚がして、それが消毒液のしみ込んだ布だとわかる。
今まで気付かなかったが、私がハサミで男の首を刺した瞬間に、男が私に向けていたナイフが当たって薄く首の皮が切れたようで首から血が滴っていた。
月島さんの手は震えているような気がした。
そして鯉登さんは私の顔を拭いてくださった。
これも気づかなかったが、どうやら私は男の返り血を浴びていたらしい。
二人とも、何も言わずに黙々と手当てをしてくれた。
「……す、すみません、自分でやります……。」
手を伸ばそうとすると、鯉登さんが止める。
「わいを失うかて思うたえずかった……!」
「鯉登さん……。」
「あんな無茶はもうしないでください、夢主さん。」
「月島さん……。」
二人のその声は微かに震えていた。
月島さんも瞳が微かに揺れている。
二人とも動揺しているようだった。
月島さんが止血をしてくれて、そのあとは包帯を巻いてくれた。
最初は人の肉にハサミが突き刺さる感覚が残っていて、腕から指先までカタカタと震えていたが、徐々に落ち着いてきた。
私の様子を鶴見中尉に報告しに行くというので、なら私が行けば手っ取り早いだろうと申し出ると、二人に安静にしていないさいと怒られてしまった。
薄皮一枚切れたくらいだったのに……と思いながらも、おとなしく医務室のベッドに座っていると、扉が叩かれる。
「はーい?」と声をかけるも、扉の向こうの人は答えない。
月島さんや鯉登さんなら声をかけてくれるだろうし、彼らは今出て行ったばかりだから違うだろう。
仕方がなく立ち上がって扉を開ける。途端に何者かが私の腕を掴むと同時に扉の中に押し入ってきた。
「わぁ!?」
ぐるんと体が反転して、先ほど男にナイフを当てられたときと同じ状態になる。
先ほどと違ったのは、押し入ってきた男の人は後ろ手に鍵をかけたことと、突き付けられたのがナイフではなく手で鉄砲の形を作っただけの指だったことと、腕の主が軍服を着ていて、しかもそれが尾形さんだったことだ。
「こりゃ命がいくつあっても足りないな。」
尾形さんは馬鹿にしたように言いながら、包帯の巻かれた私の首筋をぐりぐりと指で押す。
「いたたた……尾形さん、やめて。」
つい現世で使っていたようなタメ口が出てしまった。
咄嗟に出るのはやはり使い慣れた言語のようだ。
尾形さんはフッと笑うと首から手を離したが、相変わらず後ろから片腕で押さえつけられて動けない。
見上げようにもうまくいかず、どうしようかと思っていると、尾形さんが私の耳元で低く囁いた。
「よくやった。忠犬。」
それは失礼な言葉だったのに、ぞわ、とした感覚と共に、じわじわと胸の辺りから温かいものがせりあがってくる感覚を覚える。
そして尾形さんは私の頭を片手でくしゃりと撫でると、入ってきた扉とは反対側の、外に面した窓から出て行ってしまった。
え。それだけ?
なんだか……猫みたいだな。
そんなことを考えながら呆然とその姿を見送っていると、後ろからコンコンと扉をノックする音が聞こえて慌てて返事をして扉の鍵をあける。
月島さんと鯉登さんが戻ってきていて、窓が開いていることに気付いた月島さんに暑かったですか?と聞かれて焦る。
私はちょっと……と曖昧に答えて少し赤くなった頬を冷ますように窓の外を見て風にあたっていた。
そして二人から意識して顔を背けていたため、先ほど尾形さんにぐりぐりと押されたせいで傷跡が開き包帯から血が滲んでいることがバレて、私が傷口を弄ったと思った2人に私はキツく怒られることになった。
【あとがき:モブ男のおかげでハーレム。】