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第五十八話 演技と核心
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第五十八話 演技と核心
樺太大泊から北海道への移動を考えている私たち。
移動にはどうしても船が必要だった。
「ちょっと尾形さん?」
「……。」
尾形さんと私は、宿から拝借した布団の布を一部加工して羽織っていた。
尾形さんはともかく、何故か私は町娘のような格好をさせられていた。
もちろん軍服は手荷物として隠し持っている。
町で浮かないよう潜伏するための着物なのに、堂々と尾形さんと同行するなら着ている意味がわからない。
「なんで私こんな格好なんですか?」
文句をチクチクと言っていたが、尾形さんは何も答えない。
尾形さんの考えが読めないことはいつものことなので、ため息をつきながら後をついていった。
そのとき、前方に何か大きなものが倒れていることに気付いた。
「尾形さん……あれって……。」
尾形さんに伝えると、それは人の亡骸であることがわかる。
近づくと港から船に向かって監視をしていたであろう兵士の軍服が見えた。
肩を見ると「27」の文字が……やっぱり鶴見中尉のところの。
尾形さんは何も言わずにムイムイと死体から軍服を剥ぎ取る。
やれやれ、とその姿を見守っていると港の近くの村の子だろうか、小さい子がどうして服を脱がせるの?と聞いてきた。
「もう必要ないだろ?」
尾形さんが答え、銃だって自分がぶっ壊れるまで人を撃ちたいはずだ、と子供には危険なワードを連発している。
「ところで、連絡船はどのあたりにいたのか分かる?」
私が少しかがんで子供に聞く。
その子はうーん、と首をひねりつつ、あのへん、とかなり遠い沖合を指さした。
尾形さんと2人で顔を見合わせ「手練れ」がいることを悟る。
まさか、ヴァシリさんかな。
その後は近くの宿で聞き取りを始める。
アシリパさんが鍵なので、とにかくアイヌの女の子をと聞きこむ。
その結果、海軍がアシリパさんを追い連絡船を砲撃したが、アシリパさんは北海道の近くで流氷に降りていってしまったということが分かった。
「さて、アシリパさんたちの動きはわかりましたね。どうやって連絡船に乗りましょうか。」
首をひねっていると、何も言わずにその場を離れた尾形さんがその辺で棒鱈をもらってくる。
これは無理にでも説得して乗り込むつもりかな、と顔をしかめた。
「私は?」
そう問うと、尾形さんは不気味に笑うだけだった。
いざ連絡船に乗るとき、船員たちに当然のように止められる私たち。
尾形さんは日露戦争の樺太作戦の生き残りだと嘘をついた。
しかも、私は戦争に出た兄を心配して一人家を飛び出してきた病弱な妹だとのこと。
妹の病と自分の怪我を診てもらえる医者に会うため、北海道に行きたいが船賃がないので代わりに棒鱈を、と尾形さんが珍しくまともな人のような口調で喋るのを私はただ後ろで縮こまって見ていた。
それがよりリアルさを演出してしまったのか、船長は涙もろく乗りなさい……と呟き許可してくれたのだった。
船に乗り込んだあと、正式な乗客ではない私たちは船の荷物置き場のような場所で二人で縮こまった。
船長の好意で毛布を何枚かいただけたので、羽織る。
町娘の恰好は動きにくいからもしも戦闘になったらいやだなぁ…なんて考えていると、尾形さんが小さな声でつぶやいた。
「罪悪感を感じたことはあるか?」
急になんだろう、とチラと尾形さんの方へ視線をやるも、尾形さんは上着を被って表情が窺えない。
どういうつもりかは分からなかったが、何をいまさら…というのが正直な気持ちだった。
「人を殺すときに罪悪感を感じないわけないでしょ。でも、この険しい世界で生き残るためですから仕方がないと無理矢理思っているんですけどね。……なんで急にそんなことを聞くんですか?」
「いや……。」
尾形さんの表情は暗い気がした。
尾形さんは罪悪感を感じているのだろうか?それとも、罪悪感を感じないことを気にしているのだろうか?
そのあとは何も口にすることがなく、ただ船の揺れと動力の振動音だけがそこにあった。
――勇作さん・アシリパさん・祝福・罪悪感・人を殺すということ。
モヤモヤして私は膝を抱えたまま唸る。
少し眠たくなり、うつらうつらとしたまま今までの尾形さんの姿を思い返してみると、ふと急にいろんなことが繋がったような気がした……。
ハッとして顔を上げた。
尾形さんはそんな私の様子を横目で見ているだけだったが、私はもう抑えきれなかった。
「尾形さん。違っていたらすみません、尾形さんは祝福された人間を気にしていますよね?自分は祝福されずに生まれたと思っている。」
「……。」
ピクリ、と尾形さんが身じろぎした。
心に入り込もうとしているのを察しているのだろう。
あえて気付かないふりをして私は続けた。
「金塊を狙う理由は単純に財宝がほしいだけではなくて、金塊やアイヌを利用して出世して自己実現を図ろうとしている。出生がどうだ、育ちがどうだという身分社会で、実力だけで祝福されずにきた人生でも戦えると見せつけたい。自分の母をないがしろにした父の地位に祝福されなかった自分が追いつき追い抜く。欠けている人間の逆襲、下克上、そんなところでしょうか?」
どうだ!?当たっているだろうか、とあえて尾形さんの顔を真っすぐと見つめる。
怒られても失望されてもかまわない。だって私は結局尾形さんの目的にかかわらず尾形さんを祝福し支えると決めているのだから。
意外にも尾形さんはクツクツと喉の奥で笑いをかみ殺した。
「……夢主、お前のような鋭い女は嫌われるぞ。」
ようやく顔を上げたかと思えば、いつもの余裕綽々な表情で髪をかき上げていた。
ふんぞり返るくらいに堂々としている姿は、見栄でも虚栄でもない。
むしろ、私をほめたたえているかのような錯覚も覚えた。
「並みの人間に嫌われても痛くもかゆくもありません。」
尾形さんの様子から答え合わせを済ませ、フフンと得意げに鼻を鳴らす。
「でも尾形さん、一つだけ覚えておいてください。」
「?」
私はそっと尾形さんの手を取る。
ほんのりと温かいその手に自分の手を重ねてぎゅっと力を込めた。
目線は、真っすぐに尾形さんへ。
「私が尾形さんを祝福しているから、欠けた人間のままになんてさせませんからね。」
一瞬驚いたように目を丸くした尾形さん。
しかしすぐに私の手をパッと振り払い、また今までのように膝を抱えてうつむいた。
「未来人風情が、生意気だ。」
その態度に照れているのか怒っているのか判断がつかなかったが、きっと心に届いているだろうと信じて、私も元の姿勢に戻って船が北海道へ到着するのをひたすらに待った。
【あとがき:愛が重いヒロイン。】
樺太大泊から北海道への移動を考えている私たち。
移動にはどうしても船が必要だった。
「ちょっと尾形さん?」
「……。」
尾形さんと私は、宿から拝借した布団の布を一部加工して羽織っていた。
尾形さんはともかく、何故か私は町娘のような格好をさせられていた。
もちろん軍服は手荷物として隠し持っている。
町で浮かないよう潜伏するための着物なのに、堂々と尾形さんと同行するなら着ている意味がわからない。
「なんで私こんな格好なんですか?」
文句をチクチクと言っていたが、尾形さんは何も答えない。
尾形さんの考えが読めないことはいつものことなので、ため息をつきながら後をついていった。
そのとき、前方に何か大きなものが倒れていることに気付いた。
「尾形さん……あれって……。」
尾形さんに伝えると、それは人の亡骸であることがわかる。
近づくと港から船に向かって監視をしていたであろう兵士の軍服が見えた。
肩を見ると「27」の文字が……やっぱり鶴見中尉のところの。
尾形さんは何も言わずにムイムイと死体から軍服を剥ぎ取る。
やれやれ、とその姿を見守っていると港の近くの村の子だろうか、小さい子がどうして服を脱がせるの?と聞いてきた。
「もう必要ないだろ?」
尾形さんが答え、銃だって自分がぶっ壊れるまで人を撃ちたいはずだ、と子供には危険なワードを連発している。
「ところで、連絡船はどのあたりにいたのか分かる?」
私が少しかがんで子供に聞く。
その子はうーん、と首をひねりつつ、あのへん、とかなり遠い沖合を指さした。
尾形さんと2人で顔を見合わせ「手練れ」がいることを悟る。
まさか、ヴァシリさんかな。
その後は近くの宿で聞き取りを始める。
アシリパさんが鍵なので、とにかくアイヌの女の子をと聞きこむ。
その結果、海軍がアシリパさんを追い連絡船を砲撃したが、アシリパさんは北海道の近くで流氷に降りていってしまったということが分かった。
「さて、アシリパさんたちの動きはわかりましたね。どうやって連絡船に乗りましょうか。」
首をひねっていると、何も言わずにその場を離れた尾形さんがその辺で棒鱈をもらってくる。
これは無理にでも説得して乗り込むつもりかな、と顔をしかめた。
「私は?」
そう問うと、尾形さんは不気味に笑うだけだった。
いざ連絡船に乗るとき、船員たちに当然のように止められる私たち。
尾形さんは日露戦争の樺太作戦の生き残りだと嘘をついた。
しかも、私は戦争に出た兄を心配して一人家を飛び出してきた病弱な妹だとのこと。
妹の病と自分の怪我を診てもらえる医者に会うため、北海道に行きたいが船賃がないので代わりに棒鱈を、と尾形さんが珍しくまともな人のような口調で喋るのを私はただ後ろで縮こまって見ていた。
それがよりリアルさを演出してしまったのか、船長は涙もろく乗りなさい……と呟き許可してくれたのだった。
船に乗り込んだあと、正式な乗客ではない私たちは船の荷物置き場のような場所で二人で縮こまった。
船長の好意で毛布を何枚かいただけたので、羽織る。
町娘の恰好は動きにくいからもしも戦闘になったらいやだなぁ…なんて考えていると、尾形さんが小さな声でつぶやいた。
「罪悪感を感じたことはあるか?」
急になんだろう、とチラと尾形さんの方へ視線をやるも、尾形さんは上着を被って表情が窺えない。
どういうつもりかは分からなかったが、何をいまさら…というのが正直な気持ちだった。
「人を殺すときに罪悪感を感じないわけないでしょ。でも、この険しい世界で生き残るためですから仕方がないと無理矢理思っているんですけどね。……なんで急にそんなことを聞くんですか?」
「いや……。」
尾形さんの表情は暗い気がした。
尾形さんは罪悪感を感じているのだろうか?それとも、罪悪感を感じないことを気にしているのだろうか?
そのあとは何も口にすることがなく、ただ船の揺れと動力の振動音だけがそこにあった。
――勇作さん・アシリパさん・祝福・罪悪感・人を殺すということ。
モヤモヤして私は膝を抱えたまま唸る。
少し眠たくなり、うつらうつらとしたまま今までの尾形さんの姿を思い返してみると、ふと急にいろんなことが繋がったような気がした……。
ハッとして顔を上げた。
尾形さんはそんな私の様子を横目で見ているだけだったが、私はもう抑えきれなかった。
「尾形さん。違っていたらすみません、尾形さんは祝福された人間を気にしていますよね?自分は祝福されずに生まれたと思っている。」
「……。」
ピクリ、と尾形さんが身じろぎした。
心に入り込もうとしているのを察しているのだろう。
あえて気付かないふりをして私は続けた。
「金塊を狙う理由は単純に財宝がほしいだけではなくて、金塊やアイヌを利用して出世して自己実現を図ろうとしている。出生がどうだ、育ちがどうだという身分社会で、実力だけで祝福されずにきた人生でも戦えると見せつけたい。自分の母をないがしろにした父の地位に祝福されなかった自分が追いつき追い抜く。欠けている人間の逆襲、下克上、そんなところでしょうか?」
どうだ!?当たっているだろうか、とあえて尾形さんの顔を真っすぐと見つめる。
怒られても失望されてもかまわない。だって私は結局尾形さんの目的にかかわらず尾形さんを祝福し支えると決めているのだから。
意外にも尾形さんはクツクツと喉の奥で笑いをかみ殺した。
「……夢主、お前のような鋭い女は嫌われるぞ。」
ようやく顔を上げたかと思えば、いつもの余裕綽々な表情で髪をかき上げていた。
ふんぞり返るくらいに堂々としている姿は、見栄でも虚栄でもない。
むしろ、私をほめたたえているかのような錯覚も覚えた。
「並みの人間に嫌われても痛くもかゆくもありません。」
尾形さんの様子から答え合わせを済ませ、フフンと得意げに鼻を鳴らす。
「でも尾形さん、一つだけ覚えておいてください。」
「?」
私はそっと尾形さんの手を取る。
ほんのりと温かいその手に自分の手を重ねてぎゅっと力を込めた。
目線は、真っすぐに尾形さんへ。
「私が尾形さんを祝福しているから、欠けた人間のままになんてさせませんからね。」
一瞬驚いたように目を丸くした尾形さん。
しかしすぐに私の手をパッと振り払い、また今までのように膝を抱えてうつむいた。
「未来人風情が、生意気だ。」
その態度に照れているのか怒っているのか判断がつかなかったが、きっと心に届いているだろうと信じて、私も元の姿勢に戻って船が北海道へ到着するのをひたすらに待った。
【あとがき:愛が重いヒロイン。】