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第五十三話 甘い嘘
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第五十三話 甘い嘘
樺太アイヌの集落。
家の中では杉元さんがずっと刺青人皮を眺めている。
谷垣さんはせっせとカネモチを作っていて、鯉登さんは杉元さんにちょっかいかけては喧嘩していた。
相変わらず月島さんは無口だった。
私はというと、武器の手入れをしていた。
黙々と作業しつつも、時々は皆の会話に入る。
エノノカちゃんとチカパシくんは外で犬たちと追いかけっこをしている。
旅の目的を忘れたわけではないが、穏やかな時間だった。
武器の手入れが終わったところで、少し鍛錬ついでに体を動かそうと家から出る。
ほぼほぼ散歩みたいなものだったが、近くの山の方へと歩いていると、後ろからガサガサと音がして獣かと思い咄嗟に銃を構える。
すると後ろの藪から姿を現したのは月島さんだった。
銃を下ろすと、月島さんが少しほっとした表情を浮かべた。
「月島さん?」
「夢主さん、すみません驚かせて。どこへ行くのかと思いまして。」
「いえ、大丈夫です……散歩です、少し体を動かそうと思いまして。」
「ご一緒しても?」
「ええ、もちろんです。」
二人で歩き出す。
特に話題があるわけでもなく、黙々と歩いていると、途中で月島さんが私に問いかけた。
「夢主さんは、尾形が金塊を狙う理由、本当に知らないんですか?」
「それが……本当に何も知らされていないんです。杉元さんやのっぺらぼうを撃つことについても何も。第七師団を脱走したときも。私、信用されていないんですきっと。」
少し歩くペースを緩めて、答える。
悲しくなってきてしまって、ついしょんぼりとした口調になった。
「それはないと思いますが。……てっきり尾形は中央に鶴見中尉を差し出すつもりかと私は思ってました。」
中央政府に?と首を傾げる。
そういえば以前に剥製屋の屋敷でそのようなことを月島さんが尾形さんに言っていた気がする。
月島さんの表情は険しい。
こんなにも辛く厳しそうな思いをしてそうに見えるのに、鶴見中尉のもとから離れない月島さんは凄いと思った。良い機会だから聞いてみよう。
「月島さんは、鶴見中尉に絶大な忠誠心を持ってますね。他の皆さまよりも、強固に感じます。」
きょとん、と珍しく驚いたような表情で月島さんは固まり、足を止めた。
私の方へ向き直ると、ああ、と嘲笑気味に口角を上げる。
「私は、鶴見中尉に救ってもらおうなどとは思ってませんので。」
「……。」
そう語る月島さんの眼は驚くほどに冷たく恐ろしさすら感じるものだった。
私は思わず言葉をなくすが、月島さんは私に構わず暗い口調で続けた。
「長い年月を使って傷をほじくり返し、枯れ果てたところに自分の愛情を注ぎこむ。」
「それは……自分のために命をかけて戦う兵を作るためですね。」
「よくご存知で。私はそのためにいます。」
月島さんの表情はいつもよりも暗い。
恐らく、月島さんが探し求めている人を使って鶴見中尉は月島さんを支配したのだろう。
それがどれだけ人の心を壊し破滅に追いやるのか分かった上で、鶴見中尉はあえて残忍な手を使うのだから恐ろしい。
「鶴見中尉は、金塊を資金源に北海道の資源を利用して軍業を拡大して、政変を起こし軍事政権を樹立して、第七師団の地位を向上させるのが目的なんでしょうか。以前、我々の戦友が眠る満州を実質的な日本の領土にする、と声高らかに発することで皆からの支持を得てましたが。」
「本当の目的はわかりません。……彼は甘い嘘で救いを与えるのがお得意ですので。」
月島さんは俯く。
暗い表情に更に影が出来て、不気味にすら思えた。
「月島さんは……なぜそこまで辛い思いをされてでも、鶴見中尉から離れないのですか?」
「私は鶴見劇場をかぶりつきで観たいんですよ。最後まで。」
罠と分かった上で乗ってやろう、という軽い気持ちのものとは少し違うような気がする。
地獄までついていくような呪いに近いものを感じた。
「そのためなら、どんな汚れ仕事でもすると?」
こく、と月島さんは頷いた。
その決意は固そうに見える。
私は月島さんの手をそっと取った。
月島さんは驚いたように顔を上げたので、私はじっと目線を合わせる。
「……私はいずれにせよ月島さんと鯉登さんが、ご無事であってほしいと思います。」
もう十分傷ついたのだから、どうか二人が満足いく、納得いくところに落ち着けますようにと願う。
月島さんは意外そうに眉を上げた。
「鯉登少尉殿?ああ、いつも一緒にいるからですか?」
「……鯉登さんも、鶴見中尉にハメられてますよね?」
「知っていたんですか?」
意外そうな表情をする月島さん。
仏頂面に見えて、私や鯉登さんの前だと意外と表情豊かだ。
「……詳しくはわかりませんが、昔、拉致された時に鶴見中尉に助けられたと鯉登さんが以前に教えてくれました。何年ごしの再会で運命だと鯉登さんはおっしゃってましが、私は偶然ではないと思いましたので。」
「鋭いですね、その通りです。すべては鶴見中尉の台本通りです。」
月島さんは私の手を握り返す。
「――夢主さん、鶴見中尉の元が嫌でなければこれからもずっとこちら側にいてもらえませんか?危険なことには変わりありませんが、杉元や尾形よりはずっと貴女をお守りできると思うんです。鶴見中尉も夢主さんのことを利用価値があるとお考えのようですから、操られこそすれ、殺されはしないはずです。」
「月島さん……。」
驚いた。
鶴見中尉に言わされてるのかと一瞬疑ったが、いつものような言葉の節々に毒を感じられない。
月島さんは自分は救われないままなのに、本心から私を救おうとしてくれている。
「……。」
どうしよう。いや、私の答えは決まっているのだが、言葉が見つからない。
元々私は尾形さんに救われた身。
たとえ利用され裏切られていても、私から裏切ることはできない。
地獄まで御供する覚悟なのだ。
その覚悟を、ここまで真剣に助けようとしてくれている月島さんに突き付けることができず、私は俯く。
なんとか言葉を返そうとした次の瞬間、村中に悲鳴が響き渡った。
驚いて月島さんと二人で駆け出し、銃を構えて飛び出すと、エノノカちゃんが男に人質にとられている。
村人たちがそれを取り囲む。
銃を持った人もいるが、皆表情が険しい。扱いに慣れていないのだろうか?
私は撃ちやすく犯人から死角になる建物の脇へと移動していた。
建物の影から顔をのぞかせたとき、杉元さんが一直線にエノノカちゃんの元へと進んでいた。
短剣すら握らず拳だけで男をボコボコにする杉元さん。
首を斬られたはずの杉元さんだがぴんぴんしている。
どうやらチカパシくんが背後から男の刃物をこっそり鞘に戻していたようだ。
杉元さんは錯乱しているわけではないはずだが、エノノカちゃんをアシリパさんと呼んでいた。
ああ、重ねてしまっているんだなと予想した。
とどめを刺そうかというとき、他の人たちが杉元さんを止めた。
犯人を木に拘束すると、その男を追ってきた人たちが状況を説明してくれた。
あの男はここから東にある、彼らの村で人を殺して逃げていたそうな。
村に連れ帰って処罰するとのこと。
杉元さんはアイヌには死刑はなかったはずだし、どうせなら俺がやったのにと答えるが、樺太では我々のやり方があると言う。
興味が湧いたのか鯉登さんが聞くと、それは怖ろしいものだった。
目に針を刺し、底の無い棺をかぶせて生き埋めにする、だそうな。
ようするに生き埋めだ。
アイヌにとってはそれだけ殺人は不浄で忌み嫌うものなのだろう。
それで、先ほど銃を構えていたアイヌの人たちの表情は引きつっていたのか。
銃の扱いに慣れていないわけではなく、殺人を嫌がっていたのだ。
……嫌な予感がする。
以前に尾形さんは勇作さんの話をしてくれた。
人を殺さず女を抱かず、綺麗なままで汚れることなく生きている偶像。
勇作さんを汚し、殺し、消す必要があったのは尾形さんがそれを許せなかったからだ。
アシリパさんはどうだろう。
確かに、杉元さんと一緒にいるがアシリパさんが人を殺すことはしなかった。
それを尾形さんが許すだろうか。
一瞬、恐ろしい考えが浮かぶ。
いいや、それは……そうならないように、早く追い付かなくては。
私は動悸を抑えるよに胸のあたりをぎゅう、と握る。
その様子に気付いたのだろう、月島さんが声をかけてきた。
「夢主さん?どうかしましたか。」
「いえ、ええと……私は、殺人をたくさんしちゃったなぁと思いましてね。」
咄嗟に、へらっと笑ってごまかすが、騙せただろうか。
「……時に殺さねば殺されてしまうときもありますから。常に殺人が悪とも限りませんよ。救われる人もいますから。」
月島さんは少し暗い表情で言葉を選びながら励ましてくれたようだ。
そうですね、と微笑んだ。
【あとがき:18巻書くことなさすぎて……月島のメンヘラ回作っちゃいました。】
樺太アイヌの集落。
家の中では杉元さんがずっと刺青人皮を眺めている。
谷垣さんはせっせとカネモチを作っていて、鯉登さんは杉元さんにちょっかいかけては喧嘩していた。
相変わらず月島さんは無口だった。
私はというと、武器の手入れをしていた。
黙々と作業しつつも、時々は皆の会話に入る。
エノノカちゃんとチカパシくんは外で犬たちと追いかけっこをしている。
旅の目的を忘れたわけではないが、穏やかな時間だった。
武器の手入れが終わったところで、少し鍛錬ついでに体を動かそうと家から出る。
ほぼほぼ散歩みたいなものだったが、近くの山の方へと歩いていると、後ろからガサガサと音がして獣かと思い咄嗟に銃を構える。
すると後ろの藪から姿を現したのは月島さんだった。
銃を下ろすと、月島さんが少しほっとした表情を浮かべた。
「月島さん?」
「夢主さん、すみません驚かせて。どこへ行くのかと思いまして。」
「いえ、大丈夫です……散歩です、少し体を動かそうと思いまして。」
「ご一緒しても?」
「ええ、もちろんです。」
二人で歩き出す。
特に話題があるわけでもなく、黙々と歩いていると、途中で月島さんが私に問いかけた。
「夢主さんは、尾形が金塊を狙う理由、本当に知らないんですか?」
「それが……本当に何も知らされていないんです。杉元さんやのっぺらぼうを撃つことについても何も。第七師団を脱走したときも。私、信用されていないんですきっと。」
少し歩くペースを緩めて、答える。
悲しくなってきてしまって、ついしょんぼりとした口調になった。
「それはないと思いますが。……てっきり尾形は中央に鶴見中尉を差し出すつもりかと私は思ってました。」
中央政府に?と首を傾げる。
そういえば以前に剥製屋の屋敷でそのようなことを月島さんが尾形さんに言っていた気がする。
月島さんの表情は険しい。
こんなにも辛く厳しそうな思いをしてそうに見えるのに、鶴見中尉のもとから離れない月島さんは凄いと思った。良い機会だから聞いてみよう。
「月島さんは、鶴見中尉に絶大な忠誠心を持ってますね。他の皆さまよりも、強固に感じます。」
きょとん、と珍しく驚いたような表情で月島さんは固まり、足を止めた。
私の方へ向き直ると、ああ、と嘲笑気味に口角を上げる。
「私は、鶴見中尉に救ってもらおうなどとは思ってませんので。」
「……。」
そう語る月島さんの眼は驚くほどに冷たく恐ろしさすら感じるものだった。
私は思わず言葉をなくすが、月島さんは私に構わず暗い口調で続けた。
「長い年月を使って傷をほじくり返し、枯れ果てたところに自分の愛情を注ぎこむ。」
「それは……自分のために命をかけて戦う兵を作るためですね。」
「よくご存知で。私はそのためにいます。」
月島さんの表情はいつもよりも暗い。
恐らく、月島さんが探し求めている人を使って鶴見中尉は月島さんを支配したのだろう。
それがどれだけ人の心を壊し破滅に追いやるのか分かった上で、鶴見中尉はあえて残忍な手を使うのだから恐ろしい。
「鶴見中尉は、金塊を資金源に北海道の資源を利用して軍業を拡大して、政変を起こし軍事政権を樹立して、第七師団の地位を向上させるのが目的なんでしょうか。以前、我々の戦友が眠る満州を実質的な日本の領土にする、と声高らかに発することで皆からの支持を得てましたが。」
「本当の目的はわかりません。……彼は甘い嘘で救いを与えるのがお得意ですので。」
月島さんは俯く。
暗い表情に更に影が出来て、不気味にすら思えた。
「月島さんは……なぜそこまで辛い思いをされてでも、鶴見中尉から離れないのですか?」
「私は鶴見劇場をかぶりつきで観たいんですよ。最後まで。」
罠と分かった上で乗ってやろう、という軽い気持ちのものとは少し違うような気がする。
地獄までついていくような呪いに近いものを感じた。
「そのためなら、どんな汚れ仕事でもすると?」
こく、と月島さんは頷いた。
その決意は固そうに見える。
私は月島さんの手をそっと取った。
月島さんは驚いたように顔を上げたので、私はじっと目線を合わせる。
「……私はいずれにせよ月島さんと鯉登さんが、ご無事であってほしいと思います。」
もう十分傷ついたのだから、どうか二人が満足いく、納得いくところに落ち着けますようにと願う。
月島さんは意外そうに眉を上げた。
「鯉登少尉殿?ああ、いつも一緒にいるからですか?」
「……鯉登さんも、鶴見中尉にハメられてますよね?」
「知っていたんですか?」
意外そうな表情をする月島さん。
仏頂面に見えて、私や鯉登さんの前だと意外と表情豊かだ。
「……詳しくはわかりませんが、昔、拉致された時に鶴見中尉に助けられたと鯉登さんが以前に教えてくれました。何年ごしの再会で運命だと鯉登さんはおっしゃってましが、私は偶然ではないと思いましたので。」
「鋭いですね、その通りです。すべては鶴見中尉の台本通りです。」
月島さんは私の手を握り返す。
「――夢主さん、鶴見中尉の元が嫌でなければこれからもずっとこちら側にいてもらえませんか?危険なことには変わりありませんが、杉元や尾形よりはずっと貴女をお守りできると思うんです。鶴見中尉も夢主さんのことを利用価値があるとお考えのようですから、操られこそすれ、殺されはしないはずです。」
「月島さん……。」
驚いた。
鶴見中尉に言わされてるのかと一瞬疑ったが、いつものような言葉の節々に毒を感じられない。
月島さんは自分は救われないままなのに、本心から私を救おうとしてくれている。
「……。」
どうしよう。いや、私の答えは決まっているのだが、言葉が見つからない。
元々私は尾形さんに救われた身。
たとえ利用され裏切られていても、私から裏切ることはできない。
地獄まで御供する覚悟なのだ。
その覚悟を、ここまで真剣に助けようとしてくれている月島さんに突き付けることができず、私は俯く。
なんとか言葉を返そうとした次の瞬間、村中に悲鳴が響き渡った。
驚いて月島さんと二人で駆け出し、銃を構えて飛び出すと、エノノカちゃんが男に人質にとられている。
村人たちがそれを取り囲む。
銃を持った人もいるが、皆表情が険しい。扱いに慣れていないのだろうか?
私は撃ちやすく犯人から死角になる建物の脇へと移動していた。
建物の影から顔をのぞかせたとき、杉元さんが一直線にエノノカちゃんの元へと進んでいた。
短剣すら握らず拳だけで男をボコボコにする杉元さん。
首を斬られたはずの杉元さんだがぴんぴんしている。
どうやらチカパシくんが背後から男の刃物をこっそり鞘に戻していたようだ。
杉元さんは錯乱しているわけではないはずだが、エノノカちゃんをアシリパさんと呼んでいた。
ああ、重ねてしまっているんだなと予想した。
とどめを刺そうかというとき、他の人たちが杉元さんを止めた。
犯人を木に拘束すると、その男を追ってきた人たちが状況を説明してくれた。
あの男はここから東にある、彼らの村で人を殺して逃げていたそうな。
村に連れ帰って処罰するとのこと。
杉元さんはアイヌには死刑はなかったはずだし、どうせなら俺がやったのにと答えるが、樺太では我々のやり方があると言う。
興味が湧いたのか鯉登さんが聞くと、それは怖ろしいものだった。
目に針を刺し、底の無い棺をかぶせて生き埋めにする、だそうな。
ようするに生き埋めだ。
アイヌにとってはそれだけ殺人は不浄で忌み嫌うものなのだろう。
それで、先ほど銃を構えていたアイヌの人たちの表情は引きつっていたのか。
銃の扱いに慣れていないわけではなく、殺人を嫌がっていたのだ。
……嫌な予感がする。
以前に尾形さんは勇作さんの話をしてくれた。
人を殺さず女を抱かず、綺麗なままで汚れることなく生きている偶像。
勇作さんを汚し、殺し、消す必要があったのは尾形さんがそれを許せなかったからだ。
アシリパさんはどうだろう。
確かに、杉元さんと一緒にいるがアシリパさんが人を殺すことはしなかった。
それを尾形さんが許すだろうか。
一瞬、恐ろしい考えが浮かぶ。
いいや、それは……そうならないように、早く追い付かなくては。
私は動悸を抑えるよに胸のあたりをぎゅう、と握る。
その様子に気付いたのだろう、月島さんが声をかけてきた。
「夢主さん?どうかしましたか。」
「いえ、ええと……私は、殺人をたくさんしちゃったなぁと思いましてね。」
咄嗟に、へらっと笑ってごまかすが、騙せただろうか。
「……時に殺さねば殺されてしまうときもありますから。常に殺人が悪とも限りませんよ。救われる人もいますから。」
月島さんは少し暗い表情で言葉を選びながら励ましてくれたようだ。
そうですね、と微笑んだ。
【あとがき:18巻書くことなさすぎて……月島のメンヘラ回作っちゃいました。】