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第五話 ヒロインキレる
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第五話 ヒロインキレる
軍のひとたちとは大分打ち解けたと思う。
我ながらすごく頑張った。
記憶喪失という隠れ蓑があるおかげか、都合の悪い話題は誤魔化せた。
やはり最初から縁があった面子は話しやすい。
私視点で簡単にだが、改めて彼らの紹介をしよう。
鶴見中尉は気品が高く、やはり人望が厚い。
たまに恐ろしいほどになにやら良からぬことを企んでいるようではあったが、その野望は多くの人間を救うためのものなのではないか、と彼の周りで崇拝するひとたちを見ると感じた。
鯉登少尉とはコミュニケーションに少し難がある。
文化の違いを感じてしまう程度には方言は難しかった。
最近は少し本を読んでみたので、早口でない簡単な文なら聞き取れるようになってきた。
彼の鶴見中尉に対する方言は何一つ聞き取れないままである。
彼の鶴見中尉への気持ちは激しかったが、見ていて少し楽しかった。
月島軍曹はもはやお母さん。面倒見の良いこと良いこと。
鯉登少尉の扱いや、鶴見中尉へ絶対的な忠誠を見せる態度などから、とてもではないがママっぽさを感じずにはいられなかった。
私に対しても気遣いをしてくれる。
凄く色々と気苦労の多そうな生き方をしている人だと思った。
最近話すようになった谷垣さんは、マタギ(猟師)だそう。
筋骨隆々の胸元のボタンがはちきれるらしく、兵舎でもあちらこちらにボタン飛ばしていて、胸毛を見ながら縫い付けているうちに少し仲良くなった。
この人、人間だけど熊さんみたい。なんて失礼なことを思っていたが、
普通にまじめで優しい性格だ。亡くなった妹さんの話をしては、私のことをまた妹ができたみたいだと笑ってくれた。
さて、最後が問題の尾形さん。
何を考えているのかわからないけど、いつも冷めた目をしてこちらを見ている。
どこか見下されているような気がするけど、挑発には乗らないと決めた。
未来人だとすぐバラされると怯えていたが、意外にも言いふらすようなことはせず、私を見守ってくれている様子。
もう少し仲良くなりたいのだが、距離をつめようとすると逃げられる。猫のようなつかめない人だ。
彼については彼から直接聞くというよりは、兵舎にいるひとたちから噂を聞くことの方が多かった。
今日の話は、その中でも事件になったある日のこと。
いつものように男のひとたちに朝から絡まれる私。
今日の私はすこーし不機嫌だった。
なぜかというと、この人たち、いつも尾形さんの悪口を私に聞かせてくる。
私が尾形さんに声をかけていたのが癇に障ったのか、あんなやつと会話しない方が良いと忠告するふりをして有難いことにいろんな話をしてくれた。
・尾形さんは元第七師団長花沢幸次郎中尉と浅草芸者である妾の子。
……それは割と早い段階で知っていた情報だった。この時代だからそんなこともあるだろう。
・彼は凄い狙撃手だが、あまりに無慈悲で人の心がない。
……それは私も感じてる。むしろそれはもっと言ってやってくれ。
とまあ、こんな感じで主に彼の出生の話と彼の性格の悪さについての悪口がほとんどだった。性格の悪さはちょっと私もわかってしまっているので、なんとも思わなかったが、おい立ちは仕方がないよね?
子は親を選べないもん。
他にも、
・妾との間の子が、まともに育つわけがない。
・正妻との間にも優秀な弟にあたる人物がいたが戦争で亡くなった。あいつが死ねばよかったのに。
・あいつには失った軍神の代わりなど勤まらない。
・あんなやついなくなったって誰も困らない。
・優秀だった弟と比べると覇気もないしこの軍には合わない。
・ろくでもない親から生まれたろくでもない人間。
・そもそも存在が気に入らない。
・誰にも愛される資格がない人間だ。
など言いたい放題。
私の表情が若干曇っていることに気付く様子はない。
ところで、この時代の女性に人権らしい人権はあまりない。その代わり生活の面ではかなりの手厚い保護を受けている。女は家事、男は仕事。それについては時代のせいもあるし生活のためなら仕方がない。そういう世の中なのだから文句はない。
そんな時代で言い返したところで話を聞いてくれるとも思えないし、いつもは耐えていたのだが、なんだかこの日は我慢の限界がきた。
尾形さんの悪口を聞いているうちにぽろっ、と涙がこぼれてしまった。
驚いた表情で一瞬静かになった私の周りの男のひとたち。
あんなに騒がしかった男の集団が一瞬で静かになったものだから、その静けさで近くにいる人たちが何事かと様子を見に集まってきた。
視界の端で、その様子に気付いた月島さんと鯉登さんが心配してこちらに来ようとしていること、そして遠巻きにこちらを見ていたのだろう尾形さんが珍しく驚いた表情を浮かべていた様子が見えたが、もう我慢ならない。
「すごく悲しいです。皆さん、そんな風に思いながら、過ごされているのですね?」
「妾の子だから何なのですか。親に責任があることではありませんか。なぜ尾形さんを責めるのですか。」
「正妻のご子息が亡くなったのはとても残念ですが、尾形さんが生き残ったこととは関係ありません。」
「尾形さんは何も悪いことしてません、現に私は彼に救われています。」
「もしも本当に誰にも愛されていないなら、私が愛します。」
「だからどうかもう二度とそのようなことは言わないでください。」
一度話し始めたら止まらなくなってしまった。
本当は怒りにまかせて怒鳴り散らしたかった。
繰り返すが、この時代の女の地位は低いため、歯向かうことがよろしくないのは重々承知だった。それでも言わなきゃ気が済まなかった。
おしとやかな言葉遣いはできたか自信はないけれど、泣きながら訴え怒っているのは絶対に伝わったと思う。
しばらくうつむいていると、月島さんと鯉登さんが怒り狂った表情でその人たちを呼びつけていた。
月島さんが厳しいとはいえあんなに怒るのは初めて見た。鯉登さんに至っては何を言っているのかもはや聞き取れない。
説教されるのが分かったその人たちは本気で怯えていた。
尾形さんは遠巻きにいたはずだが、いつの間にかゆっくりとこちらに近づいてきていた。
「す、すみません。出過ぎた真似を……」
涙を袖で拭って慌てて謝る。
尾形さんは目立つのを嫌っている。余計なことをしてしまったと後悔した。
しかし顔を見ると尾形さんはニヤニヤと不気味に笑っていた。
「「お前が」、「俺を」、「愛す」だと?いい度胸してるじゃねえか。」
一つ一つ丁寧に言葉を拾い上げる尾形さん。
その表情は余裕綽々で、嫌がらせを楽しんでいるようだ。
「ヒエっ……」
「あーあ?こんなに大勢の前で……大胆だなぁ?」
尾形さんがおもむろに私の手をスッと掬い上げるように握ると、手の甲にキスをするような真似をしてこちらを挑発的に見つめた。
「いや、あれはほら、あの、その、……言葉の綾というか……すっ、すみませんでしたーッ!!」
しどろもどろになった私は尾形さんの手を振り払うとそのまま逃げだした。
鶴見中尉に叱られるだろうか。たまに悲鳴が聞こえてくるが鯉登さんと月島さんは彼らに何をしたのだろうか。尾形さんは私に何をさせるつもりだろうか。私は明日からどうやって生きていこうか。
そんなことを考えながら、その日は誰とも話すことなく黙々と仕事をして、あまり眠れず夜を過ごした。
案の定、軍の中で女中が尾形を泣くほど好いているという部分だけが抜き出されて噂になって、夢主がもう一度泣くことになるのは後の話。
【あとがき:ただの告白。】
軍のひとたちとは大分打ち解けたと思う。
我ながらすごく頑張った。
記憶喪失という隠れ蓑があるおかげか、都合の悪い話題は誤魔化せた。
やはり最初から縁があった面子は話しやすい。
私視点で簡単にだが、改めて彼らの紹介をしよう。
鶴見中尉は気品が高く、やはり人望が厚い。
たまに恐ろしいほどになにやら良からぬことを企んでいるようではあったが、その野望は多くの人間を救うためのものなのではないか、と彼の周りで崇拝するひとたちを見ると感じた。
鯉登少尉とはコミュニケーションに少し難がある。
文化の違いを感じてしまう程度には方言は難しかった。
最近は少し本を読んでみたので、早口でない簡単な文なら聞き取れるようになってきた。
彼の鶴見中尉に対する方言は何一つ聞き取れないままである。
彼の鶴見中尉への気持ちは激しかったが、見ていて少し楽しかった。
月島軍曹はもはやお母さん。面倒見の良いこと良いこと。
鯉登少尉の扱いや、鶴見中尉へ絶対的な忠誠を見せる態度などから、とてもではないがママっぽさを感じずにはいられなかった。
私に対しても気遣いをしてくれる。
凄く色々と気苦労の多そうな生き方をしている人だと思った。
最近話すようになった谷垣さんは、マタギ(猟師)だそう。
筋骨隆々の胸元のボタンがはちきれるらしく、兵舎でもあちらこちらにボタン飛ばしていて、胸毛を見ながら縫い付けているうちに少し仲良くなった。
この人、人間だけど熊さんみたい。なんて失礼なことを思っていたが、
普通にまじめで優しい性格だ。亡くなった妹さんの話をしては、私のことをまた妹ができたみたいだと笑ってくれた。
さて、最後が問題の尾形さん。
何を考えているのかわからないけど、いつも冷めた目をしてこちらを見ている。
どこか見下されているような気がするけど、挑発には乗らないと決めた。
未来人だとすぐバラされると怯えていたが、意外にも言いふらすようなことはせず、私を見守ってくれている様子。
もう少し仲良くなりたいのだが、距離をつめようとすると逃げられる。猫のようなつかめない人だ。
彼については彼から直接聞くというよりは、兵舎にいるひとたちから噂を聞くことの方が多かった。
今日の話は、その中でも事件になったある日のこと。
いつものように男のひとたちに朝から絡まれる私。
今日の私はすこーし不機嫌だった。
なぜかというと、この人たち、いつも尾形さんの悪口を私に聞かせてくる。
私が尾形さんに声をかけていたのが癇に障ったのか、あんなやつと会話しない方が良いと忠告するふりをして有難いことにいろんな話をしてくれた。
・尾形さんは元第七師団長花沢幸次郎中尉と浅草芸者である妾の子。
……それは割と早い段階で知っていた情報だった。この時代だからそんなこともあるだろう。
・彼は凄い狙撃手だが、あまりに無慈悲で人の心がない。
……それは私も感じてる。むしろそれはもっと言ってやってくれ。
とまあ、こんな感じで主に彼の出生の話と彼の性格の悪さについての悪口がほとんどだった。性格の悪さはちょっと私もわかってしまっているので、なんとも思わなかったが、おい立ちは仕方がないよね?
子は親を選べないもん。
他にも、
・妾との間の子が、まともに育つわけがない。
・正妻との間にも優秀な弟にあたる人物がいたが戦争で亡くなった。あいつが死ねばよかったのに。
・あいつには失った軍神の代わりなど勤まらない。
・あんなやついなくなったって誰も困らない。
・優秀だった弟と比べると覇気もないしこの軍には合わない。
・ろくでもない親から生まれたろくでもない人間。
・そもそも存在が気に入らない。
・誰にも愛される資格がない人間だ。
など言いたい放題。
私の表情が若干曇っていることに気付く様子はない。
ところで、この時代の女性に人権らしい人権はあまりない。その代わり生活の面ではかなりの手厚い保護を受けている。女は家事、男は仕事。それについては時代のせいもあるし生活のためなら仕方がない。そういう世の中なのだから文句はない。
そんな時代で言い返したところで話を聞いてくれるとも思えないし、いつもは耐えていたのだが、なんだかこの日は我慢の限界がきた。
尾形さんの悪口を聞いているうちにぽろっ、と涙がこぼれてしまった。
驚いた表情で一瞬静かになった私の周りの男のひとたち。
あんなに騒がしかった男の集団が一瞬で静かになったものだから、その静けさで近くにいる人たちが何事かと様子を見に集まってきた。
視界の端で、その様子に気付いた月島さんと鯉登さんが心配してこちらに来ようとしていること、そして遠巻きにこちらを見ていたのだろう尾形さんが珍しく驚いた表情を浮かべていた様子が見えたが、もう我慢ならない。
「すごく悲しいです。皆さん、そんな風に思いながら、過ごされているのですね?」
「妾の子だから何なのですか。親に責任があることではありませんか。なぜ尾形さんを責めるのですか。」
「正妻のご子息が亡くなったのはとても残念ですが、尾形さんが生き残ったこととは関係ありません。」
「尾形さんは何も悪いことしてません、現に私は彼に救われています。」
「もしも本当に誰にも愛されていないなら、私が愛します。」
「だからどうかもう二度とそのようなことは言わないでください。」
一度話し始めたら止まらなくなってしまった。
本当は怒りにまかせて怒鳴り散らしたかった。
繰り返すが、この時代の女の地位は低いため、歯向かうことがよろしくないのは重々承知だった。それでも言わなきゃ気が済まなかった。
おしとやかな言葉遣いはできたか自信はないけれど、泣きながら訴え怒っているのは絶対に伝わったと思う。
しばらくうつむいていると、月島さんと鯉登さんが怒り狂った表情でその人たちを呼びつけていた。
月島さんが厳しいとはいえあんなに怒るのは初めて見た。鯉登さんに至っては何を言っているのかもはや聞き取れない。
説教されるのが分かったその人たちは本気で怯えていた。
尾形さんは遠巻きにいたはずだが、いつの間にかゆっくりとこちらに近づいてきていた。
「す、すみません。出過ぎた真似を……」
涙を袖で拭って慌てて謝る。
尾形さんは目立つのを嫌っている。余計なことをしてしまったと後悔した。
しかし顔を見ると尾形さんはニヤニヤと不気味に笑っていた。
「「お前が」、「俺を」、「愛す」だと?いい度胸してるじゃねえか。」
一つ一つ丁寧に言葉を拾い上げる尾形さん。
その表情は余裕綽々で、嫌がらせを楽しんでいるようだ。
「ヒエっ……」
「あーあ?こんなに大勢の前で……大胆だなぁ?」
尾形さんがおもむろに私の手をスッと掬い上げるように握ると、手の甲にキスをするような真似をしてこちらを挑発的に見つめた。
「いや、あれはほら、あの、その、……言葉の綾というか……すっ、すみませんでしたーッ!!」
しどろもどろになった私は尾形さんの手を振り払うとそのまま逃げだした。
鶴見中尉に叱られるだろうか。たまに悲鳴が聞こえてくるが鯉登さんと月島さんは彼らに何をしたのだろうか。尾形さんは私に何をさせるつもりだろうか。私は明日からどうやって生きていこうか。
そんなことを考えながら、その日は誰とも話すことなく黙々と仕事をして、あまり眠れず夜を過ごした。
案の定、軍の中で女中が尾形を泣くほど好いているという部分だけが抜き出されて噂になって、夢主がもう一度泣くことになるのは後の話。
【あとがき:ただの告白。】