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第四十七話 スチェンカ
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第四十七話 スチェンカ
樺太に到着し、皆で荷下ろしをする。
その荷物の中から、チカパシくんとリュウが荷物から出てきた。
「ずっとこの箱の中にいたんですか!?」
私が慌ててチカパシくんを抱えて箱から出す。
リュウは自分からぴょんと飛び出した。
「北海道に戻っても俺がいる場所ない。」
送り返せという声にチカパシくんは真剣な表情で答える。
しかし月島さんは冷たい口調でこれ以上子守りをする気はないので谷垣さんが責任を持てと言い放つ。
結局、このメンバーで聞き込みをすることにした。
以前写真を撮ったときのものがあるので、それを頼りにする。
何度か杉元さんがアシリパさんの写真と間違えて谷垣さんの写真を出していた。
しかもその谷垣さんは無駄にセクシーショットが多い。
「……谷垣さん、なんで写真そんなにふざけてるんですか?」
「えっ?皆も脱いだって聞いたんだが……。」
「ふふ、騙されちゃったんですね。」
フフフと笑うと谷垣さんは途端に顔を赤らめた。
あれ?わたし、もしかして紅一点のポジションを谷垣さんに取られていないか……?
「……寒いなぁ。」
樺太は北海道よりずっと寒い。
そして日露戦争のあとということもあってロシア人がたくさんいる。
寒さのせいと、不安なのもあって背中を丸めていると、鯉登さんが声をかける。
「夢主、あっちに聞き込みに行こう。建物の中なら少しは温まるだろう。」
鯉登さんは寒さに強いのか、はたまた上質なコートを着ているのか。
恐らく後者だろうな。
そんなことを考えながら鯉登さんに連れられてフレップワインの店に入る。
「……素敵な香り。」
建物の中に蔓延したフルーティな香りにうっとりとしていると、お店の人がひとくちどうぞとワインをくださる。
喜んで受け取り一口飲むと、甘酸っぱくてみずみずしい味わいが口の中に広がる。
「はぁ……美味しい。」
「なかなかいけるな。」
二人でぐびぐびと飲んでいると、私たちがいないことに気付いたのか月島さんと杉元さんたちが遅れてやってきた。
杉元さんは鯉登さんに遊んでるんじゃないと嫌味を言いながらボンボンが、と吐き捨てる。
それに反応した鯉登さん、このワインがシミになりやすいとお店の人から聞いていた情報をそのまま使って、杉元さんの上着にバシャッとワインをかける。
「鯉登さん……!?」
一体染み抜きがどれだけ大変か分かってるのこのボンボン様は!?
と、私が主婦のように狼狽していると、杉元さんも仕返しに飲み干したワインのグラスを思い切り鯉登さんに投げつけた。
殴り合いに発展しそうになっているときに、お店の人がチカパシくんを見て、アイヌは二人目だと言うので全員の動きが止まった。
そしてどちらへ行ったか聞くと私たちは大慌てでアシリパさんが行ったであろう方向へ向かう。
道中出会ったロシア人に、アシリパさんに似た人を見ていないかと月島さんが聞いていた。
私も少しなら聞き取れたので、ロシア語の勉強を地道に続けていてよかったと思う。
難しい会話はまだできないが、良い機会なので月島さんの傍で学ばせてもらおう。
目撃情報を頼りにたどり着いた先には、アシリパさんと同じくらいのショートカットの髪の女の子がいた。
どうやら祖父とはぐれてしまったようだ。
その子はアシリパさんと接触していたようで、杉元さんが焦ってまた谷垣さんのヌード写真を出しかけていた時、獣のうめき声がして一旦中断された。
鯉登少尉は可愛らしいと舐めてかかっていたが、散々ヒグマや蛇などに遭っている私たちは警戒心を緩めなかった。
案の定鯉登さんの背中をバリッと引き裂いた獣。
どうやらイタチ科の何かのようだ。
杉元さんと月島さんが何発か撃ち込むも、なかなか銃で死なない。
打ちどころが悪いか?
脳みそ撃ち抜けばいけるかと思うが、動きが早くてとても狙えない。
そうしている間に、先ほどの女の子の祖父が犬ぞりで助けに来てくれた。
皆で犬ぞりに飛び乗る。
しかし何人も乗ったために重くてスピードが落ちるとおじいちゃんが叫ぶ。
そんなとき、皆して谷垣さんを責めた。
むちむちに肥えているからだ、と。
まあ確かにわがままボディしてるけどさ……。
なんで谷垣さんもそこで顔を赤らめるの。
谷垣さんが頑丈なのを知ってるからだとは思うが、走って痩せろ、と犬ぞりから蹴落とされる。
あまりの仕打ちにちょっと引いたが、谷垣さんは文句も言わず走った。
「可哀想……。私もおりましょうか?」
「夢主ちゃん一人降りたところで大した重さの違い出ないでしょ。」
杉元さん……それ女性に言うともれなく喜ばれるやつです。
素で言ってもらえるととても嬉しい。
えへへ、と照れていると月島さんがあきれた様子でこちらを見ていた。
あらら?私の扱い変わってきてない?気のせいかしら。
先ほどの女の子と祖父の家に着く。
女の子はエノノカちゃんというらしい。
改めてアシリパさんがこちらに来たのか聞いてみる。
写真を見せて確認してもらってから、様子を聞く。
アシリパさんはどうやら元気がなかったようだが、ご飯を食べてヒンナと言ってちょっと笑ったそうな。
なんだかその姿が目に浮かぶようで、私は涙ぐんでしまった。
杉元さんも心なしか嬉しそうにしていた。
さて、次の聞き込みポイントまで、何を目指していこうかと話し合っていると、月島さんと鯉登さんがエノノカちゃんと交渉していた。
「……?」
不思議そうに見ていると、谷垣さんが教えてくれた。
「鯉登少尉が歩きたくないから、犬ぞりの報酬の交渉だ。」
「なるほど……。エノノカちゃん、そろばんはじいてる。」
「しっかりしてるな。チカパシは向こうでおっぱいとチンチンの歌を歌っているというのに。」
谷垣さんが少し遠い目をしている。
育児につかれたお母さんみたいになってる。
そうこうしている間に交渉は済んだようで、犬ぞりで近くの村まで連れて行ってもらう。
唯一の酒場があって、そこへキロランケさんたちは入ったようだ。
私たちもそこへ向かうと、明らかなよそ者に冷たい眼差しを向けられた。
「……ロシア人ばかり。」
「夢主さんはロシア語分からないフリしていた方が良いと思います。絡まれますので。」
月島さんが私の前に出て聞いてくれる。
皆アシリパさんを知らないと口々に言うが、それ以前に態度がおかしい。
そういえば以前、鶴見中尉が言っていた。
南樺太にはロシア人を捕まえた監獄があったが、日露戦争で日本兵上陸と共にどさくさに紛れて囚人たちが逃げ出していると。
つまりのどかそうな村でも中身は凶悪犯の集まりかもしれないということを私は思い出していた。
声を荒げている様子の男がいたので視線をやると、よりにもよって杉元さんに絡んでいる。
月島さんに俺に触れたらぶん殴ると言えと言っていたが、通訳するよりも前に触られて杉元さんは宣言通りぶん殴っていた。
杉元さんも一発食らったようだが、今までの怪我と比べると掠り傷のようだ。
「だめだ酔っ払いしかいない。ほか行くぞ。」
杉元さんはプッと鼻から血抜きをして歩き出す。
近場だからと犬ぞりを待たせて聞き込みをしていると、エノノカちゃんが何かを叫びながら走ってきた。
「どうしたの?」
「犬っ、盗られた!」
「ええ!?」
皆で訳を聞くと、おしゃべりロシア人の相手をしている間に紐を切られたらしい。
そしてそのおしゃべりロシア人はすぐに戻ってきて、先ほどの酒場の主人が何やら私たちと交渉するために犬を盗んだようだ。
「……要約しますと、杉元さんがぶん殴ってしまった男の代わりに「スチェンカ」なるものに出ろとのことです。」
月島さんと何とか二人がかりでこそこそと相談しながら通訳してみるも、スチェンカという名詞がなんだか分からない。
そんなバカげた話に乗るわけがないと言っている間に、店主は刺青の手掛かりになるようなことを言い出す。
一瞬にして状況が変わった。
刺青の男もスチェンカを見に来るかもしれないというので、ひとまず要求を飲んでみようということになった。
「スチェンカって何……。」
終始皆はそれで頭を抱えつつ、案内される場所へ向かう。
扉が開くと、ムワワッと熱気と汗と男の香りが広がった。
「ぐわっ……。」
思わず鼻をつまんでしまう。
何だこの掃除されていない運動部の部室を燃やしたような匂いは……!?
どうやらスチェンカとはロシア式の殴り合いの格闘技のようだ。
勝敗も賭けのルールもわからないが、挑発されているうちに杉元さんひとりが出るだけのはずが男性陣全員が出ることに。
「す、杉元さん!まだ脳の手術の痕がありますから、頭や顔をなるべく揺さぶらないようにしてください……!」
普通外科手術してちょっとの人が格闘技やる?
私は気が気でないと心配していたが、杉元さんはひらりと手を振るだけだった。
だめだ。
皆ロシア人に日本人が弱いと言われて完全に火がついてしまっている。
っていうか杉元さんや谷垣さんはタッパがあるしパワーもあるので……まぁ、マッチョなのは分かる。
鯉登さんは純粋に動体視力と反射速度が違うし、細いけど機動力があるのが分かる体つきをしている。
その中でも異彩を放っているのは、月島さんだ。
月島さんは一番小柄だけどこの中の誰よりもバキバキの身体してるんだよね。
こんな怖ろしい体つきの男の人たちと私は旅をしているんだなぁ……と少し引き気味にしみじみとしてしまった。
ふと我に返って試合の様子を見ると、案の定体格の良いロシア人に善戦している。
このままなら普通に勝てそうだ。
それにしても、アシリパさんと刺青人皮がかかっているのは分かってるんだろうけどさ、ちょっと楽しんでるよね?
「男の人って皆こうなの……?」
私がため息をついていると、急に後ろからロシア人に話しかけられた。
「Кто парень твоей сестры?」
「……は?どれが彼氏かですって?」
むか、と来た。
私の暫定彼氏候補は私の仲間を撃ち殺そうとした上に、絶賛幼女を誘拐中だよ!と言いたかったが難しいロシア語はしゃべれなかったので、簡単かつ適当返しておいた。
「Все здесь.」
『ここにいる、全員よ』
ヒューと口笛を吹いたロシア人。
そしてその直後、歓声が上がる。
ああようやく終わりましたか。
「お疲れ様でした。」
皆の上着と手ぬぐいを渡す。
勝ったとはいえ、全身が擦り傷や打撲の痕だらけだ。
「……この後は全員手当しますからね……。」
私がそう低く呟くと、若干スッキリした表情をしていたはずのうちの男連中が静かになる。
その空気を感じ取ったのか、周りの歓声を上げていたロシア人たちも少し静かになった。
【あとがき:今更ですが鯉登少尉の薩摩弁とロシア語は適当な無料の翻訳アプリ使ってるので、ネイティブなロシアと薩摩の方はお手柔らかにお願い致します。】
樺太に到着し、皆で荷下ろしをする。
その荷物の中から、チカパシくんとリュウが荷物から出てきた。
「ずっとこの箱の中にいたんですか!?」
私が慌ててチカパシくんを抱えて箱から出す。
リュウは自分からぴょんと飛び出した。
「北海道に戻っても俺がいる場所ない。」
送り返せという声にチカパシくんは真剣な表情で答える。
しかし月島さんは冷たい口調でこれ以上子守りをする気はないので谷垣さんが責任を持てと言い放つ。
結局、このメンバーで聞き込みをすることにした。
以前写真を撮ったときのものがあるので、それを頼りにする。
何度か杉元さんがアシリパさんの写真と間違えて谷垣さんの写真を出していた。
しかもその谷垣さんは無駄にセクシーショットが多い。
「……谷垣さん、なんで写真そんなにふざけてるんですか?」
「えっ?皆も脱いだって聞いたんだが……。」
「ふふ、騙されちゃったんですね。」
フフフと笑うと谷垣さんは途端に顔を赤らめた。
あれ?わたし、もしかして紅一点のポジションを谷垣さんに取られていないか……?
「……寒いなぁ。」
樺太は北海道よりずっと寒い。
そして日露戦争のあとということもあってロシア人がたくさんいる。
寒さのせいと、不安なのもあって背中を丸めていると、鯉登さんが声をかける。
「夢主、あっちに聞き込みに行こう。建物の中なら少しは温まるだろう。」
鯉登さんは寒さに強いのか、はたまた上質なコートを着ているのか。
恐らく後者だろうな。
そんなことを考えながら鯉登さんに連れられてフレップワインの店に入る。
「……素敵な香り。」
建物の中に蔓延したフルーティな香りにうっとりとしていると、お店の人がひとくちどうぞとワインをくださる。
喜んで受け取り一口飲むと、甘酸っぱくてみずみずしい味わいが口の中に広がる。
「はぁ……美味しい。」
「なかなかいけるな。」
二人でぐびぐびと飲んでいると、私たちがいないことに気付いたのか月島さんと杉元さんたちが遅れてやってきた。
杉元さんは鯉登さんに遊んでるんじゃないと嫌味を言いながらボンボンが、と吐き捨てる。
それに反応した鯉登さん、このワインがシミになりやすいとお店の人から聞いていた情報をそのまま使って、杉元さんの上着にバシャッとワインをかける。
「鯉登さん……!?」
一体染み抜きがどれだけ大変か分かってるのこのボンボン様は!?
と、私が主婦のように狼狽していると、杉元さんも仕返しに飲み干したワインのグラスを思い切り鯉登さんに投げつけた。
殴り合いに発展しそうになっているときに、お店の人がチカパシくんを見て、アイヌは二人目だと言うので全員の動きが止まった。
そしてどちらへ行ったか聞くと私たちは大慌てでアシリパさんが行ったであろう方向へ向かう。
道中出会ったロシア人に、アシリパさんに似た人を見ていないかと月島さんが聞いていた。
私も少しなら聞き取れたので、ロシア語の勉強を地道に続けていてよかったと思う。
難しい会話はまだできないが、良い機会なので月島さんの傍で学ばせてもらおう。
目撃情報を頼りにたどり着いた先には、アシリパさんと同じくらいのショートカットの髪の女の子がいた。
どうやら祖父とはぐれてしまったようだ。
その子はアシリパさんと接触していたようで、杉元さんが焦ってまた谷垣さんのヌード写真を出しかけていた時、獣のうめき声がして一旦中断された。
鯉登少尉は可愛らしいと舐めてかかっていたが、散々ヒグマや蛇などに遭っている私たちは警戒心を緩めなかった。
案の定鯉登さんの背中をバリッと引き裂いた獣。
どうやらイタチ科の何かのようだ。
杉元さんと月島さんが何発か撃ち込むも、なかなか銃で死なない。
打ちどころが悪いか?
脳みそ撃ち抜けばいけるかと思うが、動きが早くてとても狙えない。
そうしている間に、先ほどの女の子の祖父が犬ぞりで助けに来てくれた。
皆で犬ぞりに飛び乗る。
しかし何人も乗ったために重くてスピードが落ちるとおじいちゃんが叫ぶ。
そんなとき、皆して谷垣さんを責めた。
むちむちに肥えているからだ、と。
まあ確かにわがままボディしてるけどさ……。
なんで谷垣さんもそこで顔を赤らめるの。
谷垣さんが頑丈なのを知ってるからだとは思うが、走って痩せろ、と犬ぞりから蹴落とされる。
あまりの仕打ちにちょっと引いたが、谷垣さんは文句も言わず走った。
「可哀想……。私もおりましょうか?」
「夢主ちゃん一人降りたところで大した重さの違い出ないでしょ。」
杉元さん……それ女性に言うともれなく喜ばれるやつです。
素で言ってもらえるととても嬉しい。
えへへ、と照れていると月島さんがあきれた様子でこちらを見ていた。
あらら?私の扱い変わってきてない?気のせいかしら。
先ほどの女の子と祖父の家に着く。
女の子はエノノカちゃんというらしい。
改めてアシリパさんがこちらに来たのか聞いてみる。
写真を見せて確認してもらってから、様子を聞く。
アシリパさんはどうやら元気がなかったようだが、ご飯を食べてヒンナと言ってちょっと笑ったそうな。
なんだかその姿が目に浮かぶようで、私は涙ぐんでしまった。
杉元さんも心なしか嬉しそうにしていた。
さて、次の聞き込みポイントまで、何を目指していこうかと話し合っていると、月島さんと鯉登さんがエノノカちゃんと交渉していた。
「……?」
不思議そうに見ていると、谷垣さんが教えてくれた。
「鯉登少尉が歩きたくないから、犬ぞりの報酬の交渉だ。」
「なるほど……。エノノカちゃん、そろばんはじいてる。」
「しっかりしてるな。チカパシは向こうでおっぱいとチンチンの歌を歌っているというのに。」
谷垣さんが少し遠い目をしている。
育児につかれたお母さんみたいになってる。
そうこうしている間に交渉は済んだようで、犬ぞりで近くの村まで連れて行ってもらう。
唯一の酒場があって、そこへキロランケさんたちは入ったようだ。
私たちもそこへ向かうと、明らかなよそ者に冷たい眼差しを向けられた。
「……ロシア人ばかり。」
「夢主さんはロシア語分からないフリしていた方が良いと思います。絡まれますので。」
月島さんが私の前に出て聞いてくれる。
皆アシリパさんを知らないと口々に言うが、それ以前に態度がおかしい。
そういえば以前、鶴見中尉が言っていた。
南樺太にはロシア人を捕まえた監獄があったが、日露戦争で日本兵上陸と共にどさくさに紛れて囚人たちが逃げ出していると。
つまりのどかそうな村でも中身は凶悪犯の集まりかもしれないということを私は思い出していた。
声を荒げている様子の男がいたので視線をやると、よりにもよって杉元さんに絡んでいる。
月島さんに俺に触れたらぶん殴ると言えと言っていたが、通訳するよりも前に触られて杉元さんは宣言通りぶん殴っていた。
杉元さんも一発食らったようだが、今までの怪我と比べると掠り傷のようだ。
「だめだ酔っ払いしかいない。ほか行くぞ。」
杉元さんはプッと鼻から血抜きをして歩き出す。
近場だからと犬ぞりを待たせて聞き込みをしていると、エノノカちゃんが何かを叫びながら走ってきた。
「どうしたの?」
「犬っ、盗られた!」
「ええ!?」
皆で訳を聞くと、おしゃべりロシア人の相手をしている間に紐を切られたらしい。
そしてそのおしゃべりロシア人はすぐに戻ってきて、先ほどの酒場の主人が何やら私たちと交渉するために犬を盗んだようだ。
「……要約しますと、杉元さんがぶん殴ってしまった男の代わりに「スチェンカ」なるものに出ろとのことです。」
月島さんと何とか二人がかりでこそこそと相談しながら通訳してみるも、スチェンカという名詞がなんだか分からない。
そんなバカげた話に乗るわけがないと言っている間に、店主は刺青の手掛かりになるようなことを言い出す。
一瞬にして状況が変わった。
刺青の男もスチェンカを見に来るかもしれないというので、ひとまず要求を飲んでみようということになった。
「スチェンカって何……。」
終始皆はそれで頭を抱えつつ、案内される場所へ向かう。
扉が開くと、ムワワッと熱気と汗と男の香りが広がった。
「ぐわっ……。」
思わず鼻をつまんでしまう。
何だこの掃除されていない運動部の部室を燃やしたような匂いは……!?
どうやらスチェンカとはロシア式の殴り合いの格闘技のようだ。
勝敗も賭けのルールもわからないが、挑発されているうちに杉元さんひとりが出るだけのはずが男性陣全員が出ることに。
「す、杉元さん!まだ脳の手術の痕がありますから、頭や顔をなるべく揺さぶらないようにしてください……!」
普通外科手術してちょっとの人が格闘技やる?
私は気が気でないと心配していたが、杉元さんはひらりと手を振るだけだった。
だめだ。
皆ロシア人に日本人が弱いと言われて完全に火がついてしまっている。
っていうか杉元さんや谷垣さんはタッパがあるしパワーもあるので……まぁ、マッチョなのは分かる。
鯉登さんは純粋に動体視力と反射速度が違うし、細いけど機動力があるのが分かる体つきをしている。
その中でも異彩を放っているのは、月島さんだ。
月島さんは一番小柄だけどこの中の誰よりもバキバキの身体してるんだよね。
こんな怖ろしい体つきの男の人たちと私は旅をしているんだなぁ……と少し引き気味にしみじみとしてしまった。
ふと我に返って試合の様子を見ると、案の定体格の良いロシア人に善戦している。
このままなら普通に勝てそうだ。
それにしても、アシリパさんと刺青人皮がかかっているのは分かってるんだろうけどさ、ちょっと楽しんでるよね?
「男の人って皆こうなの……?」
私がため息をついていると、急に後ろからロシア人に話しかけられた。
「Кто парень твоей сестры?」
「……は?どれが彼氏かですって?」
むか、と来た。
私の暫定彼氏候補は私の仲間を撃ち殺そうとした上に、絶賛幼女を誘拐中だよ!と言いたかったが難しいロシア語はしゃべれなかったので、簡単かつ適当返しておいた。
「Все здесь.」
『ここにいる、全員よ』
ヒューと口笛を吹いたロシア人。
そしてその直後、歓声が上がる。
ああようやく終わりましたか。
「お疲れ様でした。」
皆の上着と手ぬぐいを渡す。
勝ったとはいえ、全身が擦り傷や打撲の痕だらけだ。
「……この後は全員手当しますからね……。」
私がそう低く呟くと、若干スッキリした表情をしていたはずのうちの男連中が静かになる。
その空気を感じ取ったのか、周りの歓声を上げていたロシア人たちも少し静かになった。
【あとがき:今更ですが鯉登少尉の薩摩弁とロシア語は適当な無料の翻訳アプリ使ってるので、ネイティブなロシアと薩摩の方はお手柔らかにお願い致します。】