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第四十四話 作戦決行
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第四十四話 作戦決行
さて、今日も今日とて洞窟掘り。
本来力仕事は杉元さんたちの仕事だったが、土方さんから指示を受けてもう少しで開通するだろうから一緒に行ってきてほしいと言われた。
詳しいことは言われなかったが、看守たちの顔が少しでも分かるなら私がいた方が良いと思ってのことだろうと推測する。
ガララッと土砂崩れのようになって通じた穴の先を見上げると、「いらっしゃい」と声がかかった。
驚いた様子の杉元さんたちの後ろからひょっこりと顔を出して見上げると、門倉さんが一人晩酌をしていた。
作戦会議で見た地図を思い出して呟いた。
「門倉さんの宿舎につながっていたんですね。」
「あぁ……?夢主!お前なんでこんなところに。」
眠たそうな表情をしていた門倉さんが私に気付くと、急にシャキッとして私を部屋に引き上げてくれる。
「ご無沙汰しております、門倉部長殿。」
第七師団で女中をしていた頃の営業スマイルで微笑むと、門倉さんは少し狼狽えた。
「以前は鶴見中尉の下におりましたが、今私は土方さんに協力させてもらってます。」
私が説明すると門倉さんは少しだけほっとした表情を見せた。
この人の凄いところはこれだ。
害がなさそうな、むしろ足手まといになっていまいそうなほどの気迫の無さ。
これは相手を油断させるのにとても有効だ。
現に土方さんと内通していたのは門倉さんだ。
私の笑顔に身構えるのも、そんな彼なりの防衛反応だろう。
脱走兵扱いになっていることなど、軽く説明をしている間に杉元さんとキロランケさんは開通した穴から部屋に入っていた。
チカパシくんは他の人たちを呼びに行ったようだ。
部屋に大人数が集まって最終的な確認をする。
門倉さん曰く、犬童の指示によって毎日独房を移動させられているのっぺらぼうがいつどの場所にいるか予想ができるそうだ。
しかも、第七師団がのっぺらぼうを狙っているという噂も耳にしていたらしい。
「第七師団……鶴見中尉……。」
私が険しい顔をすると門倉さんが笑う。
「そんときは囚人に銃を渡すから大丈夫だ。あと裏金で雇った看守の服を着たモグリもたくさんいるからな。」
そんなことをしていたというのか。
土方さんの指示があったにせよ、それを実行できるのは凄いことだ。
「それは……心強いですね。」
遅れてやってきた土方さんやアシリパさんたちも作戦会議に加わる。
のっぺらぼうがアシリパさんのお父さんかどうか確かめるのが目的だ。
更に汚いことを言うと、もし父親だった場合はその先の暗号のヒントに繋がるものはアシリパさんになら話すだろうという大人たちの企みもある。
そういった狙いもすべて分かったうえでアシリパさんはこのポジションを請け負っているのだから、本当にこの子は強い。
そしてふと「聞き耳を立てているなら入ってこい」と土方さんが穴に向かって言う。
私が驚いて振り向くと、尾形さんがにゅっと穴から顔を出した。
顔が全部見えることはなく、頭だけだったり目元までだったりと安定しない。
土方さんは横目でキロランケさんから尾形さんのことを聞いて、金塊目当てにしては出自が厄介だと続ける。
尾形さんはフッと笑った。
「俺が軍をどうこうするために動いているとでも?冗談じゃねえよ面倒くせえ。」
「尾形さん……。」
私も、尾形さんと一緒にいるから同じように疑われているのだろうか。
そもそも尾形さんの目的が全く分からない。
私に話さない理由は何なのだろうか。
正直少し寂しく……いや、虚しくなるときもある。
尾形さんは「てめえらこそ、お互いに信頼があるとでもいうのかよ。」と吐き捨てて穴に入っていった。
追うべきか迷ったが、尾形さんの代わりに作戦を聞いてこなくてはいけない、と私は追いたい気持ちを抑え残ることにした。
尾形さんが消えてから、少し沈黙があった。
「すみません。無礼なことを。」
私が謝ると土方さんは笑って「夢主が謝ることではない」と言ってくれた。
杉元さんもそうだよ、と頷いてくれていたが、私は居心地が悪かった。
最終的に決まった作戦は月の出ない暗い夜、門倉さんの当直の日に、都丹庵士さんの先導でアシリパさんと白石さんと杉元さんが侵入。
インカラマッさんとチカパシくんと永倉さんと家永さんはコタンで待機。
谷垣さんと夏太郎さんは川岸に用意した丸木船で待機。
キロランケさんと牛山さんと土方さんと私は宿舎で待機。
尾形さんは山に隠れて何かあれば狙撃で援護とのこと。
「あの……。」
思わず口を挟んでしまった。
「何故私は狙撃側ではないのですか?尾形さんほどではありませんが、腕には自信があります。」
「……尾形は信用ならんからな。」
そう土方さんは呟いたが、その後付け足すように宿舎にいた方が看守たちの動きを把握しやすいからだと言う。
不満というわけではないが、少し不安は残った。
尾形さんが作戦会議前にあんなこというから別行動になってしまった、と会議後に報告ついでに抗議するも、尾形さんからは「嫌なら勝手に抜け出してこい。」と冷たくあしらわれて終わりだった。
ああ、会議の前に穴に消えていく尾形さんを追いかけなかったから拗ねてしまったのだろうか、と憐れみを込めてため息をついて尾形さんから離れた。
本音を言うと少しでも尾形さんの役に立ちたかったので悔しい。
でも土方さんと上手くやることで、尾形さんの立場を少しでも良くできれば……と考えて前向きに頑張ろうと切り替える。
いよいよ作戦決行の当日。
いきなり見回りに見つかるという出端を挫かれることがあったが、なんとか全員持ち場に着く。
「……杉元さんたち、大丈夫でしょうか。」
キロランケさんと牛山さんと土方さんと、私は宿舎で囲炉裏を囲んでいた。
なんだか……とっても嫌な予感がする。これが胸騒ぎというやつだろうか。
外から聞こえる強い風の音がより一層不安を煽る。
「奴は不死身らしいからな。大丈夫だろう。」
キロランケさんは葉巻を銜える。
牛山さんは落ち着かない様子の私に問いかける。
「夢主、本当に尾形と一緒じゃなくて良かったのか?顔色が悪いぞ。」
「今日の配置については……尾形さんが動きやすいならそれで良いのです。そうではなくて、なんだか……嫌な予感がするんです。おかしいですよね、インカラマッさんみたいな未来予知能力なんて私にはないんですけど……。」
苦笑すると、キロランケさんと牛山さんは私を励ましてくれた。
そうこうしているうちに、ふと振り向くと土方さんがいない。
「……土方さんはどちらへ?」
「あれ、いないのか?」
「怪しいなあのジジイ……。」
二人共顔をしかめる。
探しに行くにしても、見つかるリスクが上がるだけなので私たちはその場を離れることはしなかった。
しばらくすると、カンカンカンカンと鐘の音が鳴って、侵入者だ!!とあちこちから声がする。
「バレてしまいましたね。」
宿舎の影から建物内の見える範囲を見ると、慌ただしく看守たちが出入りしている。
全員が出て行ったところで私たちも動こうと準備をする。
するとその数秒後、爆発音がした。
「今のは?」
「なんか爆発したぞ。」
情報があまりにも少ないが、何か良くないことが起きている、それだけは分かった。
そして看守たちの叫び声の中で、「第七師団だ!」と確かに聞こえたとき、サァァッと全身の血の気が引くのを覚えた。
爆弾の音と衝撃波が続く。
次いで建物の揺れと崩壊が始まった。
私たちも建物から慌てて逃げ出す。
あちらこちらで網走の看守たちと第七師団が戦っている。
網走監獄もかなり武器はそろっていたが、第七師団は圧倒的な兵器を持って押し寄せてきていた。
戦争を経験していない私にとっては音も匂いもすべてが地獄のようだった。
それなのに、こんなときでも頭に浮かんだのは尾形さんのことで、第七師団に捕まっていないかと心配になった。
崩れる建物から谷垣さんとインカラマッさんを牛山さんが助けに行ったのをきっかけに、私はキロランケさんとも別ルートに逸れる。
キロランケさんがただ逃げるわけではなく、確実にどこかを目指して走っていったのは気のせいだろうか?
外套を深く被り、なるべく第七師団のふりをして動く。
軍服が見えただけで裏金で雇われた看守たちは逃げ出した。
尾形さんは山に、とのことだったが、この状況で山なわけがない。
当然高所を狙って高い建物の狙撃しやすいポイントを狙っているだろう。
そう推測して、私もなるべく頑丈そうな高さのある建物を目指して走る。
その建物内の踊り場のような開けたところから双眼鏡を取り出して周囲を確認すると、煙で少し視界が悪いが中庭のあたりで杉元さんが囚人服を着た誰かと話しているのが見えた。
囚人服を着ている人物は顔がただれていて……あれがきっとのっぺらぼうだ。
かなり離れた建物の屋根の上にはインカラマッさんとアシリパさんがいて、のっぺらぼうとアシリパさんは互いに双眼鏡で確認しあっている。
まずい。
よりによってあんな開けた中庭のような場所でのっぺらぼうがいるなんて。
煙が少しでも晴れたら狙撃されかねない。
一瞬焦ったがよくよく考えればこの距離を狙撃できる腕の持ち主は恐らく第七師団にも網走監獄にもいないだろう――尾形さんを除いて。
作戦開始当初からずっと胸の中にあった嫌な感じがどんどん強くなる。
私は間違えた選択をしてしまっているのだろうか。
胸騒ぎがするが、せめて杉元さんたちの近くに行かなくてはと思い、踊り場の窓から塀や樋を伝って建物と建物を移動して皆の元へ近づく。
ずっと双眼鏡を当てていたわけではないが、杉元さんとのっぺらぼうが何か話そうとしたとき、あたりに立ち込めていた煙が少し薄くなった。
次の瞬間、バシュッと音がしてのっぺらぼうの頭を銃弾が貫通した。
即死だ、と感覚で分かった。
そして続けて二発目、杉元さんに当たったようで二人が倒れこんだのが見えた。
杉元さんの生死が分からない。
アシリパさんの悲鳴が響く。
「!」
もう二人を倒しているのに何発か撃ち込んでいる。
もしかしたら不死身で有名な杉元さんにトドメを刺そうとしているのかもしれない。
あまりの出来事に言葉を失ってしまったが、無我夢中で建物に飛び移り着地した脚で踏ん張り、銃弾が来た方向へ銃を向ける。
銃を向けてしまってから混乱した。
こんな狙撃ができるのは、尾形さんしかいない。
なんで、杉元さんを撃ったのだろう。
かなり高所に身を隠しているようだったので双眼鏡を目に当てて、ゴーグルのように紐で頭に固定する。
下から上に狙撃するのはなかなかきついのは承知の上。
牽制にでもなればと固定した双眼鏡をスコープの代わりにして、銃弾が来た方向に一発ぶち込む。
撃ち込んだあとに双眼鏡を外して覗くと、建物に映った影が尾形さんがいつもやっている頭を撫でつける仕草をして、その後煙に紛れてフッと姿を消した。
ぬるり、と顔が濡れた感覚があったので指で目元を触ると、撃った衝撃で双眼鏡が顔面に強く当たり目元から出血したようだ。
恐らく顔は顔面を殴られたような痣ができてしまっているだろう。
ああ……即席のスコープだとこうなるのか、と妙に冷静な自分がいることに驚く。
しかし心の奥では腸が煮えくり返っている。
何故金塊の手掛かりになるのっぺらぼうを撃ったのか。何故味方であるはずの杉元さんを撃ったのか。何故私には何も教えてくれていないのか。
そもそも当初の予定とは違ってアシリパさんが杉元さんとのっぺらぼうから離れたところにいるのを察するに、何者かがアシリパさんを作戦外の行動で別の場所に移動させたということだろう。
金塊に繋がる手掛かりを杉元さんが知ってしまうと都合が悪い人物がいる。
つまり、後で必ず邪魔になる杉元さんを早々に消して出し抜くといった、裏の作戦があったのだ。
鮭を食べる前にキロランケさんと尾形さんが揉めていたのは私をこの作戦から外すためだったのか。絶対に私が反対すると踏んで。
頭の中はぐちゃぐちゃだったが、とにかくアシリパさんたち、杉元さんの元へ、と走る。
悔しくて仕方がない。この裏の作戦を知らなかったこと。
何も教えてもらえなかったこと。信頼されるよう上手くやっていると思ったのに。
あまりのやるせなさに涙がこみあげてくるが、泣いている暇はない。
杉元さんは不死身だ、絶対に無事だ。杉元さんの応急処置をするんだ。
そう自分を鼓舞して走って建物を通過したとき、陰からニュッと手が出てきて何者かが私を後ろから羽交い絞めにした。
「ッ!」
蹴りをお見舞いしてやろうとしたとき、私を羽交い絞めにした人物の服の袖の装飾が目に入り、またもスゥッと血の気が引いた。
そしてその袖は血まみれだった。
青ざめていると頭上から声が降ってくる。
「やぁやぁ夢主くん、久しぶりだねえ……。」
その声に私は本能的に観念し、脱力した。
敵うはずがない。
鶴見中尉の背後には恐らく何十人と兵がいるはず。
「……つ、鶴見中尉……ご壮健そうで……なによりです……。」
一体何人殺したのか返り血でびしょびしょの服で私を抱きしめる鶴見中尉。
戦闘は大変興奮したのだろう、額当てから汁がドパドパ出ていて私の額にもボタ、と垂れた。
鶴見中尉は垂れた汁を私の額に血に濡れた指先で念入りに塗り込む。
まるで何かの呪詛を埋め込まれたようだ。
鶴見中尉のすぐ後ろに待機しているのは月島さんと鯉登さんか、と横目で確認していると、鶴見中尉は私を抱きしめたまま、くるりと自分の部下たちの方へ向き直り、高らかに言い放つ。
「夢主くん、奪還完了だ!」
兵士たちはウォォォと興奮した様子で喜ぶ。
相変わらず月島さんは冷めた目で、鯉登さんは私を羨ましがっているような、嫉妬した眼差しを向けている。
私は冷静にまだ尾形さんは鶴見中尉には捕まっていないようだ、と確認した。
そもそも鶴見中尉だって、狙いは杉元さんとアシリパさんとのっぺらぼうでしょ?
こんなことしている間に出血死でもされたら……もう後悔なんてしたくない。
半ば仰け反るようにして鶴見中尉と無理矢理視線を合わせる。
「お願いします、杉元さんのところへ行かせてください!」
「ああそうしよう、我々も向かうところだったのだァ。」
間延びしたわざとらしい口調にぞくりと震える。
ああ……こんな怖ろしい人たちを敵に回してしまったなんて。
幸い、言葉に嘘はないようで、その後自由にされて第七師団と一緒に杉元さんたちのもとへ急ぐ。
まだ噴煙が収まらない中で、倒れている人影が見えた。
私が走り出そうとすると、月島さんが私の肩を掴んだ。
谷垣さんが倒れているインカラマッさんを抱きかかえていた。
インカラマッさんのお腹には短剣が刺さっている。
そしてその向こうには杉元さんが頭から血を流している。
「インカラマッさん!谷垣さん!杉元さん!」
「夢主……!」
私が叫ぶと谷垣さんは私に気付いて、続いてその後ろの鶴見中尉へ視線をやると青ざめる。
「谷垣源次郎一等卒……。」
鶴見中尉は妖しく呟いた。
【あとがき:ちょっと登場人物多すぎィ。】
さて、今日も今日とて洞窟掘り。
本来力仕事は杉元さんたちの仕事だったが、土方さんから指示を受けてもう少しで開通するだろうから一緒に行ってきてほしいと言われた。
詳しいことは言われなかったが、看守たちの顔が少しでも分かるなら私がいた方が良いと思ってのことだろうと推測する。
ガララッと土砂崩れのようになって通じた穴の先を見上げると、「いらっしゃい」と声がかかった。
驚いた様子の杉元さんたちの後ろからひょっこりと顔を出して見上げると、門倉さんが一人晩酌をしていた。
作戦会議で見た地図を思い出して呟いた。
「門倉さんの宿舎につながっていたんですね。」
「あぁ……?夢主!お前なんでこんなところに。」
眠たそうな表情をしていた門倉さんが私に気付くと、急にシャキッとして私を部屋に引き上げてくれる。
「ご無沙汰しております、門倉部長殿。」
第七師団で女中をしていた頃の営業スマイルで微笑むと、門倉さんは少し狼狽えた。
「以前は鶴見中尉の下におりましたが、今私は土方さんに協力させてもらってます。」
私が説明すると門倉さんは少しだけほっとした表情を見せた。
この人の凄いところはこれだ。
害がなさそうな、むしろ足手まといになっていまいそうなほどの気迫の無さ。
これは相手を油断させるのにとても有効だ。
現に土方さんと内通していたのは門倉さんだ。
私の笑顔に身構えるのも、そんな彼なりの防衛反応だろう。
脱走兵扱いになっていることなど、軽く説明をしている間に杉元さんとキロランケさんは開通した穴から部屋に入っていた。
チカパシくんは他の人たちを呼びに行ったようだ。
部屋に大人数が集まって最終的な確認をする。
門倉さん曰く、犬童の指示によって毎日独房を移動させられているのっぺらぼうがいつどの場所にいるか予想ができるそうだ。
しかも、第七師団がのっぺらぼうを狙っているという噂も耳にしていたらしい。
「第七師団……鶴見中尉……。」
私が険しい顔をすると門倉さんが笑う。
「そんときは囚人に銃を渡すから大丈夫だ。あと裏金で雇った看守の服を着たモグリもたくさんいるからな。」
そんなことをしていたというのか。
土方さんの指示があったにせよ、それを実行できるのは凄いことだ。
「それは……心強いですね。」
遅れてやってきた土方さんやアシリパさんたちも作戦会議に加わる。
のっぺらぼうがアシリパさんのお父さんかどうか確かめるのが目的だ。
更に汚いことを言うと、もし父親だった場合はその先の暗号のヒントに繋がるものはアシリパさんになら話すだろうという大人たちの企みもある。
そういった狙いもすべて分かったうえでアシリパさんはこのポジションを請け負っているのだから、本当にこの子は強い。
そしてふと「聞き耳を立てているなら入ってこい」と土方さんが穴に向かって言う。
私が驚いて振り向くと、尾形さんがにゅっと穴から顔を出した。
顔が全部見えることはなく、頭だけだったり目元までだったりと安定しない。
土方さんは横目でキロランケさんから尾形さんのことを聞いて、金塊目当てにしては出自が厄介だと続ける。
尾形さんはフッと笑った。
「俺が軍をどうこうするために動いているとでも?冗談じゃねえよ面倒くせえ。」
「尾形さん……。」
私も、尾形さんと一緒にいるから同じように疑われているのだろうか。
そもそも尾形さんの目的が全く分からない。
私に話さない理由は何なのだろうか。
正直少し寂しく……いや、虚しくなるときもある。
尾形さんは「てめえらこそ、お互いに信頼があるとでもいうのかよ。」と吐き捨てて穴に入っていった。
追うべきか迷ったが、尾形さんの代わりに作戦を聞いてこなくてはいけない、と私は追いたい気持ちを抑え残ることにした。
尾形さんが消えてから、少し沈黙があった。
「すみません。無礼なことを。」
私が謝ると土方さんは笑って「夢主が謝ることではない」と言ってくれた。
杉元さんもそうだよ、と頷いてくれていたが、私は居心地が悪かった。
最終的に決まった作戦は月の出ない暗い夜、門倉さんの当直の日に、都丹庵士さんの先導でアシリパさんと白石さんと杉元さんが侵入。
インカラマッさんとチカパシくんと永倉さんと家永さんはコタンで待機。
谷垣さんと夏太郎さんは川岸に用意した丸木船で待機。
キロランケさんと牛山さんと土方さんと私は宿舎で待機。
尾形さんは山に隠れて何かあれば狙撃で援護とのこと。
「あの……。」
思わず口を挟んでしまった。
「何故私は狙撃側ではないのですか?尾形さんほどではありませんが、腕には自信があります。」
「……尾形は信用ならんからな。」
そう土方さんは呟いたが、その後付け足すように宿舎にいた方が看守たちの動きを把握しやすいからだと言う。
不満というわけではないが、少し不安は残った。
尾形さんが作戦会議前にあんなこというから別行動になってしまった、と会議後に報告ついでに抗議するも、尾形さんからは「嫌なら勝手に抜け出してこい。」と冷たくあしらわれて終わりだった。
ああ、会議の前に穴に消えていく尾形さんを追いかけなかったから拗ねてしまったのだろうか、と憐れみを込めてため息をついて尾形さんから離れた。
本音を言うと少しでも尾形さんの役に立ちたかったので悔しい。
でも土方さんと上手くやることで、尾形さんの立場を少しでも良くできれば……と考えて前向きに頑張ろうと切り替える。
いよいよ作戦決行の当日。
いきなり見回りに見つかるという出端を挫かれることがあったが、なんとか全員持ち場に着く。
「……杉元さんたち、大丈夫でしょうか。」
キロランケさんと牛山さんと土方さんと、私は宿舎で囲炉裏を囲んでいた。
なんだか……とっても嫌な予感がする。これが胸騒ぎというやつだろうか。
外から聞こえる強い風の音がより一層不安を煽る。
「奴は不死身らしいからな。大丈夫だろう。」
キロランケさんは葉巻を銜える。
牛山さんは落ち着かない様子の私に問いかける。
「夢主、本当に尾形と一緒じゃなくて良かったのか?顔色が悪いぞ。」
「今日の配置については……尾形さんが動きやすいならそれで良いのです。そうではなくて、なんだか……嫌な予感がするんです。おかしいですよね、インカラマッさんみたいな未来予知能力なんて私にはないんですけど……。」
苦笑すると、キロランケさんと牛山さんは私を励ましてくれた。
そうこうしているうちに、ふと振り向くと土方さんがいない。
「……土方さんはどちらへ?」
「あれ、いないのか?」
「怪しいなあのジジイ……。」
二人共顔をしかめる。
探しに行くにしても、見つかるリスクが上がるだけなので私たちはその場を離れることはしなかった。
しばらくすると、カンカンカンカンと鐘の音が鳴って、侵入者だ!!とあちこちから声がする。
「バレてしまいましたね。」
宿舎の影から建物内の見える範囲を見ると、慌ただしく看守たちが出入りしている。
全員が出て行ったところで私たちも動こうと準備をする。
するとその数秒後、爆発音がした。
「今のは?」
「なんか爆発したぞ。」
情報があまりにも少ないが、何か良くないことが起きている、それだけは分かった。
そして看守たちの叫び声の中で、「第七師団だ!」と確かに聞こえたとき、サァァッと全身の血の気が引くのを覚えた。
爆弾の音と衝撃波が続く。
次いで建物の揺れと崩壊が始まった。
私たちも建物から慌てて逃げ出す。
あちらこちらで網走の看守たちと第七師団が戦っている。
網走監獄もかなり武器はそろっていたが、第七師団は圧倒的な兵器を持って押し寄せてきていた。
戦争を経験していない私にとっては音も匂いもすべてが地獄のようだった。
それなのに、こんなときでも頭に浮かんだのは尾形さんのことで、第七師団に捕まっていないかと心配になった。
崩れる建物から谷垣さんとインカラマッさんを牛山さんが助けに行ったのをきっかけに、私はキロランケさんとも別ルートに逸れる。
キロランケさんがただ逃げるわけではなく、確実にどこかを目指して走っていったのは気のせいだろうか?
外套を深く被り、なるべく第七師団のふりをして動く。
軍服が見えただけで裏金で雇われた看守たちは逃げ出した。
尾形さんは山に、とのことだったが、この状況で山なわけがない。
当然高所を狙って高い建物の狙撃しやすいポイントを狙っているだろう。
そう推測して、私もなるべく頑丈そうな高さのある建物を目指して走る。
その建物内の踊り場のような開けたところから双眼鏡を取り出して周囲を確認すると、煙で少し視界が悪いが中庭のあたりで杉元さんが囚人服を着た誰かと話しているのが見えた。
囚人服を着ている人物は顔がただれていて……あれがきっとのっぺらぼうだ。
かなり離れた建物の屋根の上にはインカラマッさんとアシリパさんがいて、のっぺらぼうとアシリパさんは互いに双眼鏡で確認しあっている。
まずい。
よりによってあんな開けた中庭のような場所でのっぺらぼうがいるなんて。
煙が少しでも晴れたら狙撃されかねない。
一瞬焦ったがよくよく考えればこの距離を狙撃できる腕の持ち主は恐らく第七師団にも網走監獄にもいないだろう――尾形さんを除いて。
作戦開始当初からずっと胸の中にあった嫌な感じがどんどん強くなる。
私は間違えた選択をしてしまっているのだろうか。
胸騒ぎがするが、せめて杉元さんたちの近くに行かなくてはと思い、踊り場の窓から塀や樋を伝って建物と建物を移動して皆の元へ近づく。
ずっと双眼鏡を当てていたわけではないが、杉元さんとのっぺらぼうが何か話そうとしたとき、あたりに立ち込めていた煙が少し薄くなった。
次の瞬間、バシュッと音がしてのっぺらぼうの頭を銃弾が貫通した。
即死だ、と感覚で分かった。
そして続けて二発目、杉元さんに当たったようで二人が倒れこんだのが見えた。
杉元さんの生死が分からない。
アシリパさんの悲鳴が響く。
「!」
もう二人を倒しているのに何発か撃ち込んでいる。
もしかしたら不死身で有名な杉元さんにトドメを刺そうとしているのかもしれない。
あまりの出来事に言葉を失ってしまったが、無我夢中で建物に飛び移り着地した脚で踏ん張り、銃弾が来た方向へ銃を向ける。
銃を向けてしまってから混乱した。
こんな狙撃ができるのは、尾形さんしかいない。
なんで、杉元さんを撃ったのだろう。
かなり高所に身を隠しているようだったので双眼鏡を目に当てて、ゴーグルのように紐で頭に固定する。
下から上に狙撃するのはなかなかきついのは承知の上。
牽制にでもなればと固定した双眼鏡をスコープの代わりにして、銃弾が来た方向に一発ぶち込む。
撃ち込んだあとに双眼鏡を外して覗くと、建物に映った影が尾形さんがいつもやっている頭を撫でつける仕草をして、その後煙に紛れてフッと姿を消した。
ぬるり、と顔が濡れた感覚があったので指で目元を触ると、撃った衝撃で双眼鏡が顔面に強く当たり目元から出血したようだ。
恐らく顔は顔面を殴られたような痣ができてしまっているだろう。
ああ……即席のスコープだとこうなるのか、と妙に冷静な自分がいることに驚く。
しかし心の奥では腸が煮えくり返っている。
何故金塊の手掛かりになるのっぺらぼうを撃ったのか。何故味方であるはずの杉元さんを撃ったのか。何故私には何も教えてくれていないのか。
そもそも当初の予定とは違ってアシリパさんが杉元さんとのっぺらぼうから離れたところにいるのを察するに、何者かがアシリパさんを作戦外の行動で別の場所に移動させたということだろう。
金塊に繋がる手掛かりを杉元さんが知ってしまうと都合が悪い人物がいる。
つまり、後で必ず邪魔になる杉元さんを早々に消して出し抜くといった、裏の作戦があったのだ。
鮭を食べる前にキロランケさんと尾形さんが揉めていたのは私をこの作戦から外すためだったのか。絶対に私が反対すると踏んで。
頭の中はぐちゃぐちゃだったが、とにかくアシリパさんたち、杉元さんの元へ、と走る。
悔しくて仕方がない。この裏の作戦を知らなかったこと。
何も教えてもらえなかったこと。信頼されるよう上手くやっていると思ったのに。
あまりのやるせなさに涙がこみあげてくるが、泣いている暇はない。
杉元さんは不死身だ、絶対に無事だ。杉元さんの応急処置をするんだ。
そう自分を鼓舞して走って建物を通過したとき、陰からニュッと手が出てきて何者かが私を後ろから羽交い絞めにした。
「ッ!」
蹴りをお見舞いしてやろうとしたとき、私を羽交い絞めにした人物の服の袖の装飾が目に入り、またもスゥッと血の気が引いた。
そしてその袖は血まみれだった。
青ざめていると頭上から声が降ってくる。
「やぁやぁ夢主くん、久しぶりだねえ……。」
その声に私は本能的に観念し、脱力した。
敵うはずがない。
鶴見中尉の背後には恐らく何十人と兵がいるはず。
「……つ、鶴見中尉……ご壮健そうで……なによりです……。」
一体何人殺したのか返り血でびしょびしょの服で私を抱きしめる鶴見中尉。
戦闘は大変興奮したのだろう、額当てから汁がドパドパ出ていて私の額にもボタ、と垂れた。
鶴見中尉は垂れた汁を私の額に血に濡れた指先で念入りに塗り込む。
まるで何かの呪詛を埋め込まれたようだ。
鶴見中尉のすぐ後ろに待機しているのは月島さんと鯉登さんか、と横目で確認していると、鶴見中尉は私を抱きしめたまま、くるりと自分の部下たちの方へ向き直り、高らかに言い放つ。
「夢主くん、奪還完了だ!」
兵士たちはウォォォと興奮した様子で喜ぶ。
相変わらず月島さんは冷めた目で、鯉登さんは私を羨ましがっているような、嫉妬した眼差しを向けている。
私は冷静にまだ尾形さんは鶴見中尉には捕まっていないようだ、と確認した。
そもそも鶴見中尉だって、狙いは杉元さんとアシリパさんとのっぺらぼうでしょ?
こんなことしている間に出血死でもされたら……もう後悔なんてしたくない。
半ば仰け反るようにして鶴見中尉と無理矢理視線を合わせる。
「お願いします、杉元さんのところへ行かせてください!」
「ああそうしよう、我々も向かうところだったのだァ。」
間延びしたわざとらしい口調にぞくりと震える。
ああ……こんな怖ろしい人たちを敵に回してしまったなんて。
幸い、言葉に嘘はないようで、その後自由にされて第七師団と一緒に杉元さんたちのもとへ急ぐ。
まだ噴煙が収まらない中で、倒れている人影が見えた。
私が走り出そうとすると、月島さんが私の肩を掴んだ。
谷垣さんが倒れているインカラマッさんを抱きかかえていた。
インカラマッさんのお腹には短剣が刺さっている。
そしてその向こうには杉元さんが頭から血を流している。
「インカラマッさん!谷垣さん!杉元さん!」
「夢主……!」
私が叫ぶと谷垣さんは私に気付いて、続いてその後ろの鶴見中尉へ視線をやると青ざめる。
「谷垣源次郎一等卒……。」
鶴見中尉は妖しく呟いた。
【あとがき:ちょっと登場人物多すぎィ。】