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第四十話 ラッコ回
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第四十話 ラッコ回
その日はなんだか雲行きが怪しかったので、訓練はやめた。
海岸沿いにあった猟師の番屋が空いているようだったので、日差しの入る窓際で家永さんに借りたサバイバル用なのだろうか、小さいポケット医学書を読むことにした。
アシリパさんは朝一番にマンボウを獲りにいってしまった。
金塊というよりもアイヌ系グルメ旅だな……と猟に行くアシリパさんの後ろ姿を室内から見送った。
それから数時間後、なんだか本が読みにくいと思ったら、陰ってきた。
雨が降るのかと思って目を凝らすが、何か変だ。
双眼鏡を覗いてみたところ、その正体にゾワッと鳥肌が立つ。
これは……バッタの群れだ!!
実は以前鶴見中尉の所にいたころ、バッタの群れがきて農作物や障子まで食べられた事件があった。
鶴見中尉は大蝗災と呼んでいた。
屯田兵を皆借り出して駆除にあたっていた。
私は怖ろしくて何も力になれず、ただ部屋でお洗濯物をどうしようかと悩んでいたのを覚えている。
急いで番屋の扉を施錠しようとしていると、扉の向こうから杉元さんや谷垣さんの声が聞こえる。
「杉元さん、谷垣さん!こちらへ!」
「夢主ちゃん!」「ありがとう!」
二人を番屋に入れると、白石さんと尾形さんも遅れてやってくる。
「尾形さん、大丈夫ですか?」
「ああ、飛蝗ってやつだな……。」
「インカラマッさんとチカパシくんは?あとアシリパさんも!」
尾形さんの服についたバッタを軍帽で払う。
本当は刀を使いたいくらいだ。
私が姿が見えない人を心配すると、アシリパさんはやはり猟に出たままで、チカパシくんは村に戻っているはずだそう。
インカラマッさんがどこにいるかが気がかりだった。
バッタはどれくらいで通り過ぎてくれるだろうか。
お腹が減ったと白石さんが溢すので、番屋にあるものを拝借してお鍋でも作りましょうと提案した。
皆には座ってて良いと言ったのに、なんだかんだで手伝ってくださる。
この時代の男の人って台所仕事しないイメージだった。
そういえば、この旅では男だ女だと役割分担はあまり言わない。
男女ともに協力し合うのが当たり前になっていた。
生き抜くために自然とこうなったのかしら。それともやはり、アシリパさんのおかげだろうか。
「谷垣さん、これなんのお肉ですか?」
囲炉裏を囲んで鍋に入れたお肉を見つめる。
なんだか不思議な匂いがする。
「海岸で爺さんがくれたんだ、確かインカラマッはラッコの肉だと言っていた。」
「ラッコって食べられるんですかね……。」
皆でうーん、と首をひねる。
一人でもアイヌの人がいれば、と思うが調理方法があっているか確かめる手段もないので仕方がない。
バッタが入ってこないよう、窓や扉を締めきって鍋をやっているせいだろうか、変な熱気がこもる。
「……暑いですね。」
外套は料理する前にとっくに脱いでいたが、それでも暑くて軍服の上着を脱ぐ。
Yシャツ一枚になっても暑いってどういうことだろうか。
それに、なんだか不思議……皆かっこよく見え……いや変わらないか?
でも今日は何故だか、尾形さんが特にカッコイイ気がする。
皆お互いをじろじろと見つめあっている。
私と同じように可笑しな感覚になっているのかしら。
沈黙の中、谷垣さんのボタンがパァンッとはじけ飛ぶ。
これは見慣れた光景のはずなのに、誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
やばい、いよいよ皆の様子がおかしい。
もしかしてラッコに臭気性の毒素があったかと焦って尾形さんに聞こうとそちらを見てぎょっとした。
とっくに外套を脱いでいるものと思っていたが、尾形さんは重装備のまま頭がくらくらする……と呟く。
私が声をかけるよりも先に、皆が寄って集って寝かせた尾形さんの服を脱がす。
えっ、待ってよ、私がいるのに……!
ふんどし一枚にひん剥かれた尾形さんの姿に、慌てて顔を逸らしたがそれでも放置するわけにはいかない。
どうにか看病しなくてはと困っていると、扉が開く音がした。
「誰か来ました。」
私がそちらへ向かうとキロランケさんが玄関でバッタを振り払っていた。
「よお、久しぶりだな。」
「キロランケさん……。」
上半身の着物を脱いでニコリと笑うキロランケさん。
追い返すべきだったかもしれないが、驚いたのと警戒心とごちゃまぜになってるところを鍋の熱気で頭がぼんやりして私はまともな判断ができない。
皆は先ほど同様にごくりと生唾を飲み込んでいる。
そしてまた状況は変わらず囲炉裏を囲む。
ラッコ鍋ってこんな味なんだな。
旅の道中で色々なものを食べたけれども美味しい方かもしれない。
キロランケさんは土方さんたちとはぐれたらしく、詐欺師の鈴川の情報をもとに杉元さんたちが釧路に向かうだろうと予想してここまできたらしい。
キロランケさんは話もそこそこに杉元さんに少し見ない間に良い男になったとじっとりとした眼差しで見つめながら言う。
「よせやぁい。」
杉元さんは軍帽で赤くなった顔を隠した。
いや……これは可愛い。
皆の表情を見るに満場一致のようだ。
今度はキロランケさんが筋肉を見せびらかす。
私までつい見入ってしまう。
皆で悶々としていると、キロランケさんがこちらにすり寄ってきた。
「なあ、夢主、そこで転がってる尾形とはどうなんだ?」
「へっ?」
「交わったのかって聞いてんだよ。」
あまりに直球な質問だ。
実際問題、特に進展はない。
だが、ふとエゾシカの中でキスしたことを思い出してしまいそれが表情に出た。
それが皆を勘違いさせたようで、キロランケさんが「あーあ」と呟いたかと思うと私を後ろから羽交い絞めにした。
「うっ……!?キロランケさん!?」
私が慌てて抜け出そうとするが、腕を固定され、両足で私の太ももまでが固定される。
私が藻掻いてもキロランケさんの力ではビクともしない。
キロランケさんはそのまま私の首元に顔を埋めた。
長い髭がサワサワと首筋を撫でる。
それがくすぐったくて、びくっと体が跳ねる。
「やっ……杉元さん……!」
一番近くにいた杉元さんに助けを求める。
杉元さんはこちらに来てくれた。
キロランケさんにより大きく開かされた私の両足の間に杉元さんは座る。
「呼んだ?」
「た、助けてくださ……」
「わかるよ、無理矢理は嫌だよね、夢主ちゃん。ちゃんと手順踏もう。」
そう言って私の頬を両手で包んだ杉元さん。
あっだめだ、この人焦点合ってない!
次は、と視線を動かす前に、足が持ち上げられて思わずエッと声が出た。
キロランケさんが片足だけ自由にしたかと思うと、足先に白石さんがいつの間にか居て、私の足を持ち上げてまじまじと見ている。
そして何を考えたかタイツ越しにではあるが、私の足を舐める。
足を引こうとしても、白石さんは私の膝から足首までをしっかりと持っていて、びくりともしない。
「嘘っ、ちょっと!白石さん!」
「おいしー」
幸せそうに足をしゃぶり始める白石さんに、うっわマジか、とドン引きするが引いている場合ではない。
唯一理性が残っているらしい谷垣さんが一生懸命に尾形さんに呼び掛けているが、尾形さんはうーん……と唸るだけだ。
キロランケさんは首元以外にも耳や肩に舌を這わせたり甘噛みをしてきて、身体が嫌でも跳ねる。
白石さんは足先を口に含んでちゅぱちゅぱと水音をわざとらしく立てる。
杉元さんは私の頬を両手で包んだまま、こちらに顔を近付けてきていて、もう逃げ場がない。
私が涙目になっていても、杉元さんは「大丈夫、幸せにするよ」と、かなり場違いなことを言っている。
「ひゃっ、待って、落ち着いてください!」
「尾形には許したんだろォ?」
耳元を舐めあげながら低くキロランケさんが囁く。
少し恨めしそうな声だったが、その声が身体に響く。
尾形さんにだって、こんなこと許してないのに。
「ぅあ、やだ……。」
「はあ、夢主ちゃんの足、たまんなぁい。」
白石さんがタイツ越しに指先から太ももまでねっとりと舐める。
不快な感覚なはずなのに、ぴくんと足先が動いてしまう。
「大丈夫、先っちょだけだから。」
杉元さんは私の頬を両手で包んだまま、とびっきりの笑顔で微笑む。
何が大丈夫なのか。
このセリフをリアルで聞く日が来るとは思わなかった。
「やだ……尾形さん……!尾形さん助けて!」
ついに追い詰められて、涙がぽろりと落ちた。
何故だかわからないけど、必死で尾形さんの名前を口にした。
しかし皆に囲まれているため視界には尾形さんの姿は映らない。
尾形さんがこの状況に気づいてくれたかどうかが私にはわからなかった。
こうなると、もう目を閉じて最悪の事態に覚悟するしかなかった。
ぎゅっと目をつぶっていると、急に体が自由になった。
拘束が解かれ、不快だった感覚が一瞬にして消えた。
全員そこにいるはずなのに物音ひとつしなかったので目を開けると、ふんどし姿の尾形さんが銃をこちらに向けていた。
私の周りにいた人たちは全員両手を上げて硬直し青ざめている。
何故か尾形さんに呼び掛けて起こしてくれた谷垣さんまで両手を上げている。
谷垣さんは悪いこと何もしていないのに。
尾形さんの顔を見ると、怒りからだろう青筋が立っていた。
こんな怒り方初めて見た。
まさか皆を撃たないよね?
「下がれ。」
尾形さんが言い放つと、私からサササ、と全員が離れた。
そしてゆっくりと尾形さんが近づく。
まだラッコ鍋の効果だろうか、尾形さんの足取りがふらふらしているような気がする。
尾形さんは私を見下ろすと、「立て」と短く言う。
「はっ、はい!」
あまりの恐ろしさにビシッと直立不動に立ち上がる。
「行くぞ。」
「えっ!?あ、ハイッ」
尾形さんがそのまま服を拾って出て行ってしまった。
私は戸惑ってどうしようかと皆をチラリと見るも、早く行けと全員にジェスチャーされてしまったので、荷物を持って後を追った。
「お、尾形さん……!待ってください、服着ましょうよ。」
ふんどし姿のまま黙々と海岸を進む尾形さん。
外はもう落ち着いていて、すっかり日が暮れてしまった。
夜の海は静かで不気味だ。
しかし、よく裸足で石や貝殻の転がる浜辺をドシドシと歩けるものだと感心すら覚える。
尾形さんは立ち止まると持っていた服を適当な岩場に投げる。
「あの、……助けてくださり、ありがとうございます。」
何と言ったらいいのか分からなくて、ありきたりな言葉になってしまった。
尾形さんはもぞもぞとシャツとズボンを着て、軍服を軽く羽織る。
ふんどし姿を見てしまった後だったが、なんとなく気まずくて目を逸らしていた。
「……夢主。」
「ひゃいっ」
急にこちらを呼ぶものだから、変な声が出た。
尾形さんを見ると、尾形さんがあの時の眼をしていた。
以前に、私にあんこう鍋の話をしてくれた時と同じ眼だ。
切ないような悲しいような、とても孤独で暗く深い闇の広がる瞳。
私はその顔を見ると泣きそうになってしまう。
「……なんであんなことになった。」
尾形さんがくらくらすると言って倒れてからの状況説明をする。
そもそもキロランケさんがやってきたことにすら尾形さんは気付いていなかったようだ。
あそこまで全員が狂ってしまったのは恐らくラッコ鍋の効力だろうとは思う、と前置きした上で謝罪する。
「……油断した私に落ち度があります。すみませんでした。」
自分が情けなくなって下を向いていると、尾形さんが急に私を抱きしめた。
「ヒエッ……!」
可愛くない悲鳴が出た。
もしかして尾形さんにもまだラッコ鍋の不思議な効力が残っているのかと、つい身を固くする。
しかしそれ以上尾形さんは何もしてこなかった。
ただただ、ぎゅうっと強く抱きしめられる。
「尾形さん……。」
「夢主……。」
おずおずと尾形さんの背中に腕を回す。
辺りを見ても夜の海の暗闇が広がるだけで、誰かに見られているかどうかすら確認ができない。
でも、尾形さんが泣きそうな声で私の名前を何度も何度も呼ぶので、もう周りを気にする余裕もなくなってきた。
「……お前は俺のもんだろ。なあ。」
「はい……。」
「じゃあもう他のやつを見るな。」
「はい……。」
別によそ見をしたつもりはないんだけどな、と心のどこかで首を傾げた。
それでも私が従順に返事をしたものだから、尾形さんは満足したらしい。
尾形さんが猫のように私の首元に顔を埋めて何度も頬ずりする。
そしてしばらくそうした後、そのまま首筋にちゅう、と吸い付いた。
「あっ……」
ちょっと、と声をかけるも尾形さんはそのまましばらく離れない。
やっと自由になったときには、尾形さんはそれはそれは満足そうな顔をしていた。
自分では確認できないが、恐らく首元にはがっつりとキスマークがついているのだろう。
恥ずかしかったので照れ隠しに軽く睨みながら文句を言う。
「痛かったんですけど。」
「……首輪。」
尾形さんはそう笑って、私を自由にする。
首元を押さえて、もう……と呟くことしかできない私。
その後私たちは浜辺で波を見つめて何も話さなかった。
沈黙が続いたが、私はその沈黙が不快ではなかった。
【あとがき:ご都合ラッコ鍋は今後も使えそうですね。】
その日はなんだか雲行きが怪しかったので、訓練はやめた。
海岸沿いにあった猟師の番屋が空いているようだったので、日差しの入る窓際で家永さんに借りたサバイバル用なのだろうか、小さいポケット医学書を読むことにした。
アシリパさんは朝一番にマンボウを獲りにいってしまった。
金塊というよりもアイヌ系グルメ旅だな……と猟に行くアシリパさんの後ろ姿を室内から見送った。
それから数時間後、なんだか本が読みにくいと思ったら、陰ってきた。
雨が降るのかと思って目を凝らすが、何か変だ。
双眼鏡を覗いてみたところ、その正体にゾワッと鳥肌が立つ。
これは……バッタの群れだ!!
実は以前鶴見中尉の所にいたころ、バッタの群れがきて農作物や障子まで食べられた事件があった。
鶴見中尉は大蝗災と呼んでいた。
屯田兵を皆借り出して駆除にあたっていた。
私は怖ろしくて何も力になれず、ただ部屋でお洗濯物をどうしようかと悩んでいたのを覚えている。
急いで番屋の扉を施錠しようとしていると、扉の向こうから杉元さんや谷垣さんの声が聞こえる。
「杉元さん、谷垣さん!こちらへ!」
「夢主ちゃん!」「ありがとう!」
二人を番屋に入れると、白石さんと尾形さんも遅れてやってくる。
「尾形さん、大丈夫ですか?」
「ああ、飛蝗ってやつだな……。」
「インカラマッさんとチカパシくんは?あとアシリパさんも!」
尾形さんの服についたバッタを軍帽で払う。
本当は刀を使いたいくらいだ。
私が姿が見えない人を心配すると、アシリパさんはやはり猟に出たままで、チカパシくんは村に戻っているはずだそう。
インカラマッさんがどこにいるかが気がかりだった。
バッタはどれくらいで通り過ぎてくれるだろうか。
お腹が減ったと白石さんが溢すので、番屋にあるものを拝借してお鍋でも作りましょうと提案した。
皆には座ってて良いと言ったのに、なんだかんだで手伝ってくださる。
この時代の男の人って台所仕事しないイメージだった。
そういえば、この旅では男だ女だと役割分担はあまり言わない。
男女ともに協力し合うのが当たり前になっていた。
生き抜くために自然とこうなったのかしら。それともやはり、アシリパさんのおかげだろうか。
「谷垣さん、これなんのお肉ですか?」
囲炉裏を囲んで鍋に入れたお肉を見つめる。
なんだか不思議な匂いがする。
「海岸で爺さんがくれたんだ、確かインカラマッはラッコの肉だと言っていた。」
「ラッコって食べられるんですかね……。」
皆でうーん、と首をひねる。
一人でもアイヌの人がいれば、と思うが調理方法があっているか確かめる手段もないので仕方がない。
バッタが入ってこないよう、窓や扉を締めきって鍋をやっているせいだろうか、変な熱気がこもる。
「……暑いですね。」
外套は料理する前にとっくに脱いでいたが、それでも暑くて軍服の上着を脱ぐ。
Yシャツ一枚になっても暑いってどういうことだろうか。
それに、なんだか不思議……皆かっこよく見え……いや変わらないか?
でも今日は何故だか、尾形さんが特にカッコイイ気がする。
皆お互いをじろじろと見つめあっている。
私と同じように可笑しな感覚になっているのかしら。
沈黙の中、谷垣さんのボタンがパァンッとはじけ飛ぶ。
これは見慣れた光景のはずなのに、誰かが生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
やばい、いよいよ皆の様子がおかしい。
もしかしてラッコに臭気性の毒素があったかと焦って尾形さんに聞こうとそちらを見てぎょっとした。
とっくに外套を脱いでいるものと思っていたが、尾形さんは重装備のまま頭がくらくらする……と呟く。
私が声をかけるよりも先に、皆が寄って集って寝かせた尾形さんの服を脱がす。
えっ、待ってよ、私がいるのに……!
ふんどし一枚にひん剥かれた尾形さんの姿に、慌てて顔を逸らしたがそれでも放置するわけにはいかない。
どうにか看病しなくてはと困っていると、扉が開く音がした。
「誰か来ました。」
私がそちらへ向かうとキロランケさんが玄関でバッタを振り払っていた。
「よお、久しぶりだな。」
「キロランケさん……。」
上半身の着物を脱いでニコリと笑うキロランケさん。
追い返すべきだったかもしれないが、驚いたのと警戒心とごちゃまぜになってるところを鍋の熱気で頭がぼんやりして私はまともな判断ができない。
皆は先ほど同様にごくりと生唾を飲み込んでいる。
そしてまた状況は変わらず囲炉裏を囲む。
ラッコ鍋ってこんな味なんだな。
旅の道中で色々なものを食べたけれども美味しい方かもしれない。
キロランケさんは土方さんたちとはぐれたらしく、詐欺師の鈴川の情報をもとに杉元さんたちが釧路に向かうだろうと予想してここまできたらしい。
キロランケさんは話もそこそこに杉元さんに少し見ない間に良い男になったとじっとりとした眼差しで見つめながら言う。
「よせやぁい。」
杉元さんは軍帽で赤くなった顔を隠した。
いや……これは可愛い。
皆の表情を見るに満場一致のようだ。
今度はキロランケさんが筋肉を見せびらかす。
私までつい見入ってしまう。
皆で悶々としていると、キロランケさんがこちらにすり寄ってきた。
「なあ、夢主、そこで転がってる尾形とはどうなんだ?」
「へっ?」
「交わったのかって聞いてんだよ。」
あまりに直球な質問だ。
実際問題、特に進展はない。
だが、ふとエゾシカの中でキスしたことを思い出してしまいそれが表情に出た。
それが皆を勘違いさせたようで、キロランケさんが「あーあ」と呟いたかと思うと私を後ろから羽交い絞めにした。
「うっ……!?キロランケさん!?」
私が慌てて抜け出そうとするが、腕を固定され、両足で私の太ももまでが固定される。
私が藻掻いてもキロランケさんの力ではビクともしない。
キロランケさんはそのまま私の首元に顔を埋めた。
長い髭がサワサワと首筋を撫でる。
それがくすぐったくて、びくっと体が跳ねる。
「やっ……杉元さん……!」
一番近くにいた杉元さんに助けを求める。
杉元さんはこちらに来てくれた。
キロランケさんにより大きく開かされた私の両足の間に杉元さんは座る。
「呼んだ?」
「た、助けてくださ……」
「わかるよ、無理矢理は嫌だよね、夢主ちゃん。ちゃんと手順踏もう。」
そう言って私の頬を両手で包んだ杉元さん。
あっだめだ、この人焦点合ってない!
次は、と視線を動かす前に、足が持ち上げられて思わずエッと声が出た。
キロランケさんが片足だけ自由にしたかと思うと、足先に白石さんがいつの間にか居て、私の足を持ち上げてまじまじと見ている。
そして何を考えたかタイツ越しにではあるが、私の足を舐める。
足を引こうとしても、白石さんは私の膝から足首までをしっかりと持っていて、びくりともしない。
「嘘っ、ちょっと!白石さん!」
「おいしー」
幸せそうに足をしゃぶり始める白石さんに、うっわマジか、とドン引きするが引いている場合ではない。
唯一理性が残っているらしい谷垣さんが一生懸命に尾形さんに呼び掛けているが、尾形さんはうーん……と唸るだけだ。
キロランケさんは首元以外にも耳や肩に舌を這わせたり甘噛みをしてきて、身体が嫌でも跳ねる。
白石さんは足先を口に含んでちゅぱちゅぱと水音をわざとらしく立てる。
杉元さんは私の頬を両手で包んだまま、こちらに顔を近付けてきていて、もう逃げ場がない。
私が涙目になっていても、杉元さんは「大丈夫、幸せにするよ」と、かなり場違いなことを言っている。
「ひゃっ、待って、落ち着いてください!」
「尾形には許したんだろォ?」
耳元を舐めあげながら低くキロランケさんが囁く。
少し恨めしそうな声だったが、その声が身体に響く。
尾形さんにだって、こんなこと許してないのに。
「ぅあ、やだ……。」
「はあ、夢主ちゃんの足、たまんなぁい。」
白石さんがタイツ越しに指先から太ももまでねっとりと舐める。
不快な感覚なはずなのに、ぴくんと足先が動いてしまう。
「大丈夫、先っちょだけだから。」
杉元さんは私の頬を両手で包んだまま、とびっきりの笑顔で微笑む。
何が大丈夫なのか。
このセリフをリアルで聞く日が来るとは思わなかった。
「やだ……尾形さん……!尾形さん助けて!」
ついに追い詰められて、涙がぽろりと落ちた。
何故だかわからないけど、必死で尾形さんの名前を口にした。
しかし皆に囲まれているため視界には尾形さんの姿は映らない。
尾形さんがこの状況に気づいてくれたかどうかが私にはわからなかった。
こうなると、もう目を閉じて最悪の事態に覚悟するしかなかった。
ぎゅっと目をつぶっていると、急に体が自由になった。
拘束が解かれ、不快だった感覚が一瞬にして消えた。
全員そこにいるはずなのに物音ひとつしなかったので目を開けると、ふんどし姿の尾形さんが銃をこちらに向けていた。
私の周りにいた人たちは全員両手を上げて硬直し青ざめている。
何故か尾形さんに呼び掛けて起こしてくれた谷垣さんまで両手を上げている。
谷垣さんは悪いこと何もしていないのに。
尾形さんの顔を見ると、怒りからだろう青筋が立っていた。
こんな怒り方初めて見た。
まさか皆を撃たないよね?
「下がれ。」
尾形さんが言い放つと、私からサササ、と全員が離れた。
そしてゆっくりと尾形さんが近づく。
まだラッコ鍋の効果だろうか、尾形さんの足取りがふらふらしているような気がする。
尾形さんは私を見下ろすと、「立て」と短く言う。
「はっ、はい!」
あまりの恐ろしさにビシッと直立不動に立ち上がる。
「行くぞ。」
「えっ!?あ、ハイッ」
尾形さんがそのまま服を拾って出て行ってしまった。
私は戸惑ってどうしようかと皆をチラリと見るも、早く行けと全員にジェスチャーされてしまったので、荷物を持って後を追った。
「お、尾形さん……!待ってください、服着ましょうよ。」
ふんどし姿のまま黙々と海岸を進む尾形さん。
外はもう落ち着いていて、すっかり日が暮れてしまった。
夜の海は静かで不気味だ。
しかし、よく裸足で石や貝殻の転がる浜辺をドシドシと歩けるものだと感心すら覚える。
尾形さんは立ち止まると持っていた服を適当な岩場に投げる。
「あの、……助けてくださり、ありがとうございます。」
何と言ったらいいのか分からなくて、ありきたりな言葉になってしまった。
尾形さんはもぞもぞとシャツとズボンを着て、軍服を軽く羽織る。
ふんどし姿を見てしまった後だったが、なんとなく気まずくて目を逸らしていた。
「……夢主。」
「ひゃいっ」
急にこちらを呼ぶものだから、変な声が出た。
尾形さんを見ると、尾形さんがあの時の眼をしていた。
以前に、私にあんこう鍋の話をしてくれた時と同じ眼だ。
切ないような悲しいような、とても孤独で暗く深い闇の広がる瞳。
私はその顔を見ると泣きそうになってしまう。
「……なんであんなことになった。」
尾形さんがくらくらすると言って倒れてからの状況説明をする。
そもそもキロランケさんがやってきたことにすら尾形さんは気付いていなかったようだ。
あそこまで全員が狂ってしまったのは恐らくラッコ鍋の効力だろうとは思う、と前置きした上で謝罪する。
「……油断した私に落ち度があります。すみませんでした。」
自分が情けなくなって下を向いていると、尾形さんが急に私を抱きしめた。
「ヒエッ……!」
可愛くない悲鳴が出た。
もしかして尾形さんにもまだラッコ鍋の不思議な効力が残っているのかと、つい身を固くする。
しかしそれ以上尾形さんは何もしてこなかった。
ただただ、ぎゅうっと強く抱きしめられる。
「尾形さん……。」
「夢主……。」
おずおずと尾形さんの背中に腕を回す。
辺りを見ても夜の海の暗闇が広がるだけで、誰かに見られているかどうかすら確認ができない。
でも、尾形さんが泣きそうな声で私の名前を何度も何度も呼ぶので、もう周りを気にする余裕もなくなってきた。
「……お前は俺のもんだろ。なあ。」
「はい……。」
「じゃあもう他のやつを見るな。」
「はい……。」
別によそ見をしたつもりはないんだけどな、と心のどこかで首を傾げた。
それでも私が従順に返事をしたものだから、尾形さんは満足したらしい。
尾形さんが猫のように私の首元に顔を埋めて何度も頬ずりする。
そしてしばらくそうした後、そのまま首筋にちゅう、と吸い付いた。
「あっ……」
ちょっと、と声をかけるも尾形さんはそのまましばらく離れない。
やっと自由になったときには、尾形さんはそれはそれは満足そうな顔をしていた。
自分では確認できないが、恐らく首元にはがっつりとキスマークがついているのだろう。
恥ずかしかったので照れ隠しに軽く睨みながら文句を言う。
「痛かったんですけど。」
「……首輪。」
尾形さんはそう笑って、私を自由にする。
首元を押さえて、もう……と呟くことしかできない私。
その後私たちは浜辺で波を見つめて何も話さなかった。
沈黙が続いたが、私はその沈黙が不快ではなかった。
【あとがき:ご都合ラッコ鍋は今後も使えそうですね。】