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第三十六話 ムワァ
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第三十六話 ムワァ
シカの体内で一晩明かすと、妙な揺れに目を覚ました。
「ん、尾形さん……」
どうせ尾形さんが動いているのだろうと寝ぼけていると、その揺れは外から誰かに揺さぶられていると気づく。
「起きて、尾形さん……。」
「んん……?」
ちょうどアシリパさんたちも起きたようで、静かにシカから出るように言われる。
外に出るとヒグマがシカの死体に群がっていた。
「やば……。」
「夢主、下手に動くな、静かに行くぞ。」
アシリパさんが先導してくれてシカから出る。
まだシカの中にいる白石さんが産み落とされたとき、オギャアと産声をあげたのが怖かったのかヒグマがひるんだ。
その隙に私たちはシカから離れることができた。
朝からスリリングな体験をしたおかげで、尾形さんとも気まずい感じになることがなくて、私はほっとした。
そしてそこからは追手を撒くことも考えて釧路方面へ行こうとなる。
道中ネズミせんべいを食べたり、蛇にビビったりと色々とあったが楽しく旅ができて私は嬉しかった。
ただ、白石さんが私を口説いてくるので尾形さんがシメたり、杉元さんが物凄く意味深な視線を送るので尾形さんと余計に険悪になったりということは何度もあった。
たとえば、道中尾形さんの銃が三十年式歩兵銃と違うことに気付いて指摘すると、杉元さんが元々自分が飛行船に乗り込むときに兵士から奪ったやつだと口を尖らせた。
尾形さん曰く、この三八式歩兵銃は三十年式歩兵銃よりも遠距離射撃ができるということで、杉元さんが持っていても意味がないと嫌味を言う。
実際尾形さんの射撃の腕ならそうかもしれないけど、杉元さんに対する尾形さんの態度はいきすぎていると思うので、私が杉元さんをフォローしたところ、余計に尾形さんを煽ってしまったようで事あるごとに二人は衝突していた。
湿原で丹頂鶴をとったときに、皆で食べながら話をする。
うーん、味は……そこまでおいしくはない。
そういえば、杉元さんって一見ほかの人と違ってそこまでぎらついた野心があるようには見えないんだけど、なんで金塊探しているんだろう。
「……杉元さんって、なんで金塊を探しているんですか?」
「戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れて行って目の手術を受けさせてあげたいんだ。」
「惚れた女のためっていうのは、その未亡人のことか?」
尾形さんが口を挟む。
ニタリと笑っている顔はわざとだろう。
「杉元さん好きな人いたんですね。」
何かと尾形さんと私絡みで衝突しているから、もしかして私のことが……?なんて考えたこともあったが、勘違いだったようだ。恥ずかしい。
杉元さんが何も答えずにいると急にアシリパさんが舞を始めた。
あまりの突拍子のなさに驚いたが、アシリパさんの表情を見るに、あら?もしかして杉元さんのことが?と私は少し邪推してしまう。
「別に……」と顔を赤くして誤魔化すアシリパさんは、なんだか可愛らしい。
幸か不幸か、そのタイミングで向こうから人がやってきた。
アイヌの女性と少年だ。
どうやらアシリパさんたちは知り合いらしい。
「あら、美人さんがいますね。」
「ほんとだ!インカラマッと同じくらいおっぱいでかい!」
子供とは思えない発言に、若干ひきつった顔をしてしまう。
「……夢主と言います。こちらは尾形さんです。どうぞよろしくお願いいたします。」
困惑しつつも自己紹介をすると、インカラマッという女性は占い師で、セクハラ発言をした少年はチカパシというらしい。
話を聞くと、この二人は谷垣さんと一緒にアシリパさんを探していたらしい。
何やら伝えたことがあるのだとか。
しかし伝えることよりも先に事件があった様子。
このあたりの家畜や野生のシカを惨殺して粗末に扱う人間がいるらしく、地元のアイヌが谷垣さんに疑いをかけて追い回しているらしい。
インカラマッさんとチカパシくんを巻き込みたくなくて、谷垣さんはわざと二人から離れたそうな。
真犯人と思われる男は「姉畑支遁」と名乗ったらしい。動物への知識と愛の強い男だったそうだ。
谷垣さんが疑われている理由は、アイヌの人間と谷垣さんの銃が珍しいものだと会話をしたことがあったらしい。
そしてその後に姉畑と一緒に野宿した際に銃を盗まれてしまったおかげで、銃を持っていた姉畑をアイヌの人が谷垣さんだと誤解したからだそうだ。
姉畑は恐らく刺青の囚人だろうと話し合う。
そうとなれば姉畑を止めて真犯人をアイヌに差し出す、いや、その前に刺青を回収しなくては、ということになった。
動物を粗末に扱うとはどういうことかと聞くと、なにやら歯切れが悪い。
要するに姉畑は動物とヤっているようだ。
そしてなぜか事が済むと動物を殺すらしい。
そういえばここに来る途中、シカが殺されていたのを私たちも見た。
熊なら食べるだろうし、アイヌなら持って帰る。
ヤるのもどうかと思うが、その後なぜ殺したのかは私たちにはわからなかった。
アシリパさんが深刻な顔でつぶやく。
「どうしてだ杉元……人間がシカとウコチャヌプコロしても子供なんてできないのに……ましてやオスのシカとウコチャヌプコロする理由がわからない……」
杉元さんもウコチャヌプコロ……と呟いていた。
普通に言えばいいじゃないの。ああ、この時代だとなんていうんだろう、ヤる、は通じるのかしら。性交?交わるとか?
多分女性が言ったらはしたない、と引かれるだろうな……現代も同じだけどね。
そんなどうでも良いことを考えていると、尾形さんに手を引かれた。
どうしたのかと問いかけるよりも先に、尾形さんは足早に皆の元から去る。
私は前のめりになりながらついて行った。
谷垣さんを追うつもりかしら。
「鶴見中尉が谷垣さんをこちらに仕向けたとお考えですか?」
「その可能性は捨てきれないな。」
二人で森の中へ入っていくと、ちょうど泉の傍で谷垣さんがアイヌの人に捕まっていた。
「谷垣さんが……!」
私が叫ぶと同時に尾形さんが銃を一発撃ちこんでいた。
尾形さんが姿を見せるので、私も一応銃を構えたまま後ろに続いた。
「久しぶりだな谷垣一等卒。」
「こ、こんにちは谷垣さん。」
「……尾形上等兵!夢主!」
前髪をかきあげて笑顔を見せる尾形さん。
しかしすぐに低い声で鶴見中尉に言われて私たちを追ってきたのかと問う。
谷垣さんはもう軍にも尾形さんにも関わるつもりはないという。
今はお世話なったアイヌの人に恩返しをしたいそうだ。
ああ、なんて真面目で優しい人なの。
「尾形さん、谷垣さんを助けてあげましょう。」
私がそういうと、尾形さんはまたニタリと笑いながら谷垣さんを見下ろす。
「頼めよ、助けてください尾形上等兵殿と。」
「ちょっと尾形さん、そういうのは良くないですよ。」
谷垣さんは尾形さんの助ける方法なんて皆殺ししかないだろうと睨む。
うーん、さすが谷垣さん!尾形さんのことをよく分かってますね。
「夢主、尾形上等兵を何とかしてくれ。アイヌの人たちも話せばわかってくれるはずなんだ。」
「うう、そうしたいのは山々ですけれど……。」
チラっと尾形さんの方を見ると、不気味に笑いながら遠慮するなよと言い放つ。
遠慮しているわけではなくて、貴方に敵いそうにないので困っているのです。
このやりとりをしている間にもアイヌの人たちが私たちに銃を向けている。
「俺らに銃を向けるな……殺すぞ?」
ざわ、と胸騒ぎがするほど尾形さんが冷たい笑みを浮かべる。
明らかな殺気を振り撒いている。
いやいやいや、余計な人殺しはよくない。
尾形さんをなんとかして止めなくてはと困っていると、長老のような人がやってきて谷垣さんを村に連れて行くと指示を出していた。」
村に連れて行って谷垣さんを磔にしたところで、結局事態が進展することもなく言い争いをするアイヌの人たち。
私と尾形さんはやぐらの上に乗って手持無沙汰に銃をいじくりまわしていた。
「なあ谷垣の胸毛がどこまであるか賭けようぜ。」
「なんですかそれ。」
相当暇を持て余したのか尾形さんがおかしなことを言い始めた。
私がツッコミをいれても尾形さんは「じゃあ俺は股間まで」と真顔で言い放つ。
「ええ……胸だけじゃないんですかね?」
渋々答えると、尾形さんはニタリと笑ったまま何も言わなくなった。
ぼんやりと村人のやりとりを眺めていると杉元さんが間に入った。
ようやく私たちに追いついたようだ。
下に視線をやると予想通りアシリパさんもついてきていた。
いきなり現れた杉元さんを殴りにかかる村人。
しかし簡単に返り討ちにあってしまう。まあ、当然の結果だろう。
尾形さんはその様子を見て嬉しそうに笑っていた。
もはや尾形さんは最初から人殺したかっただけなのでは……?
暴力的なシーンが好きな人っているものね。
全員が静まり返ったタイミングを見計らって杉元さんが叫ぶ。
「この谷垣源次郎は寝ている間に犯人に村田銃を奪われたドジマタギだ!」
杉元さんがそう言って谷垣さんのYシャツのボタンを弾き飛ばして、胸毛をひとつかみ毟る。
「うーふッ!」と声を上げた谷垣さんだったが、このやり取りに何の意味があるのだろうか。
しかもその抜いた胸毛で風下にいたアシリパさんが盛大にくしゃみをしていた。
いやほんと、何のくだりなの?
「……私の勝ちですね。」
「ああ?股間まで見てから言え。薄くつながってるかもしれんだろ。」
「ええ……。」
ドン引きする私に尾形さんがフンと鼻で笑う。
私の感情を引き出して遊んでいるとしか思えない。
杉元さんの気迫もあって、3日以内に真犯人を捕まえてこいという話でまとまった。
姉畑の行動を予測して、次は熊とウコチャヌプコロする予定なのではないか、と杉元さんたちは話し合って出かけて行った。
私と尾形さんは村に残り、小熊のオリに入れられた谷垣さんの傍で見張りをすることに。
パッと見だと本当の小熊ちゃんのようだ。
時折、アイヌの人たちが女性なのだから家の中へ……と私に声をかけてくださったが、丁重にお断りした。
そのやりとりを見ていたらしい尾形さんがあとになって私に聞いた。
「そんなに俺のことが好きか?」
ちょっと、近くに谷垣さんいるんですけど?
オリの中でガタンッと谷垣さんが動揺した音が聞こえた。
「ああはい、お慕い申しております。」
素直に返事をするのが恥ずかしくて、わざと面倒くさそうに頭をかきながら適当なトーンで答えて見せた。
尾形さんは照れる私が見たかったのだろう。
つまらなそうに「へーそうかい。」と呟いてその後は何も言わなくなった。
【あとがき:谷垣の胸毛のくだり、いる?いるか……。】
シカの体内で一晩明かすと、妙な揺れに目を覚ました。
「ん、尾形さん……」
どうせ尾形さんが動いているのだろうと寝ぼけていると、その揺れは外から誰かに揺さぶられていると気づく。
「起きて、尾形さん……。」
「んん……?」
ちょうどアシリパさんたちも起きたようで、静かにシカから出るように言われる。
外に出るとヒグマがシカの死体に群がっていた。
「やば……。」
「夢主、下手に動くな、静かに行くぞ。」
アシリパさんが先導してくれてシカから出る。
まだシカの中にいる白石さんが産み落とされたとき、オギャアと産声をあげたのが怖かったのかヒグマがひるんだ。
その隙に私たちはシカから離れることができた。
朝からスリリングな体験をしたおかげで、尾形さんとも気まずい感じになることがなくて、私はほっとした。
そしてそこからは追手を撒くことも考えて釧路方面へ行こうとなる。
道中ネズミせんべいを食べたり、蛇にビビったりと色々とあったが楽しく旅ができて私は嬉しかった。
ただ、白石さんが私を口説いてくるので尾形さんがシメたり、杉元さんが物凄く意味深な視線を送るので尾形さんと余計に険悪になったりということは何度もあった。
たとえば、道中尾形さんの銃が三十年式歩兵銃と違うことに気付いて指摘すると、杉元さんが元々自分が飛行船に乗り込むときに兵士から奪ったやつだと口を尖らせた。
尾形さん曰く、この三八式歩兵銃は三十年式歩兵銃よりも遠距離射撃ができるということで、杉元さんが持っていても意味がないと嫌味を言う。
実際尾形さんの射撃の腕ならそうかもしれないけど、杉元さんに対する尾形さんの態度はいきすぎていると思うので、私が杉元さんをフォローしたところ、余計に尾形さんを煽ってしまったようで事あるごとに二人は衝突していた。
湿原で丹頂鶴をとったときに、皆で食べながら話をする。
うーん、味は……そこまでおいしくはない。
そういえば、杉元さんって一見ほかの人と違ってそこまでぎらついた野心があるようには見えないんだけど、なんで金塊探しているんだろう。
「……杉元さんって、なんで金塊を探しているんですか?」
「戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れて行って目の手術を受けさせてあげたいんだ。」
「惚れた女のためっていうのは、その未亡人のことか?」
尾形さんが口を挟む。
ニタリと笑っている顔はわざとだろう。
「杉元さん好きな人いたんですね。」
何かと尾形さんと私絡みで衝突しているから、もしかして私のことが……?なんて考えたこともあったが、勘違いだったようだ。恥ずかしい。
杉元さんが何も答えずにいると急にアシリパさんが舞を始めた。
あまりの突拍子のなさに驚いたが、アシリパさんの表情を見るに、あら?もしかして杉元さんのことが?と私は少し邪推してしまう。
「別に……」と顔を赤くして誤魔化すアシリパさんは、なんだか可愛らしい。
幸か不幸か、そのタイミングで向こうから人がやってきた。
アイヌの女性と少年だ。
どうやらアシリパさんたちは知り合いらしい。
「あら、美人さんがいますね。」
「ほんとだ!インカラマッと同じくらいおっぱいでかい!」
子供とは思えない発言に、若干ひきつった顔をしてしまう。
「……夢主と言います。こちらは尾形さんです。どうぞよろしくお願いいたします。」
困惑しつつも自己紹介をすると、インカラマッという女性は占い師で、セクハラ発言をした少年はチカパシというらしい。
話を聞くと、この二人は谷垣さんと一緒にアシリパさんを探していたらしい。
何やら伝えたことがあるのだとか。
しかし伝えることよりも先に事件があった様子。
このあたりの家畜や野生のシカを惨殺して粗末に扱う人間がいるらしく、地元のアイヌが谷垣さんに疑いをかけて追い回しているらしい。
インカラマッさんとチカパシくんを巻き込みたくなくて、谷垣さんはわざと二人から離れたそうな。
真犯人と思われる男は「姉畑支遁」と名乗ったらしい。動物への知識と愛の強い男だったそうだ。
谷垣さんが疑われている理由は、アイヌの人間と谷垣さんの銃が珍しいものだと会話をしたことがあったらしい。
そしてその後に姉畑と一緒に野宿した際に銃を盗まれてしまったおかげで、銃を持っていた姉畑をアイヌの人が谷垣さんだと誤解したからだそうだ。
姉畑は恐らく刺青の囚人だろうと話し合う。
そうとなれば姉畑を止めて真犯人をアイヌに差し出す、いや、その前に刺青を回収しなくては、ということになった。
動物を粗末に扱うとはどういうことかと聞くと、なにやら歯切れが悪い。
要するに姉畑は動物とヤっているようだ。
そしてなぜか事が済むと動物を殺すらしい。
そういえばここに来る途中、シカが殺されていたのを私たちも見た。
熊なら食べるだろうし、アイヌなら持って帰る。
ヤるのもどうかと思うが、その後なぜ殺したのかは私たちにはわからなかった。
アシリパさんが深刻な顔でつぶやく。
「どうしてだ杉元……人間がシカとウコチャヌプコロしても子供なんてできないのに……ましてやオスのシカとウコチャヌプコロする理由がわからない……」
杉元さんもウコチャヌプコロ……と呟いていた。
普通に言えばいいじゃないの。ああ、この時代だとなんていうんだろう、ヤる、は通じるのかしら。性交?交わるとか?
多分女性が言ったらはしたない、と引かれるだろうな……現代も同じだけどね。
そんなどうでも良いことを考えていると、尾形さんに手を引かれた。
どうしたのかと問いかけるよりも先に、尾形さんは足早に皆の元から去る。
私は前のめりになりながらついて行った。
谷垣さんを追うつもりかしら。
「鶴見中尉が谷垣さんをこちらに仕向けたとお考えですか?」
「その可能性は捨てきれないな。」
二人で森の中へ入っていくと、ちょうど泉の傍で谷垣さんがアイヌの人に捕まっていた。
「谷垣さんが……!」
私が叫ぶと同時に尾形さんが銃を一発撃ちこんでいた。
尾形さんが姿を見せるので、私も一応銃を構えたまま後ろに続いた。
「久しぶりだな谷垣一等卒。」
「こ、こんにちは谷垣さん。」
「……尾形上等兵!夢主!」
前髪をかきあげて笑顔を見せる尾形さん。
しかしすぐに低い声で鶴見中尉に言われて私たちを追ってきたのかと問う。
谷垣さんはもう軍にも尾形さんにも関わるつもりはないという。
今はお世話なったアイヌの人に恩返しをしたいそうだ。
ああ、なんて真面目で優しい人なの。
「尾形さん、谷垣さんを助けてあげましょう。」
私がそういうと、尾形さんはまたニタリと笑いながら谷垣さんを見下ろす。
「頼めよ、助けてください尾形上等兵殿と。」
「ちょっと尾形さん、そういうのは良くないですよ。」
谷垣さんは尾形さんの助ける方法なんて皆殺ししかないだろうと睨む。
うーん、さすが谷垣さん!尾形さんのことをよく分かってますね。
「夢主、尾形上等兵を何とかしてくれ。アイヌの人たちも話せばわかってくれるはずなんだ。」
「うう、そうしたいのは山々ですけれど……。」
チラっと尾形さんの方を見ると、不気味に笑いながら遠慮するなよと言い放つ。
遠慮しているわけではなくて、貴方に敵いそうにないので困っているのです。
このやりとりをしている間にもアイヌの人たちが私たちに銃を向けている。
「俺らに銃を向けるな……殺すぞ?」
ざわ、と胸騒ぎがするほど尾形さんが冷たい笑みを浮かべる。
明らかな殺気を振り撒いている。
いやいやいや、余計な人殺しはよくない。
尾形さんをなんとかして止めなくてはと困っていると、長老のような人がやってきて谷垣さんを村に連れて行くと指示を出していた。」
村に連れて行って谷垣さんを磔にしたところで、結局事態が進展することもなく言い争いをするアイヌの人たち。
私と尾形さんはやぐらの上に乗って手持無沙汰に銃をいじくりまわしていた。
「なあ谷垣の胸毛がどこまであるか賭けようぜ。」
「なんですかそれ。」
相当暇を持て余したのか尾形さんがおかしなことを言い始めた。
私がツッコミをいれても尾形さんは「じゃあ俺は股間まで」と真顔で言い放つ。
「ええ……胸だけじゃないんですかね?」
渋々答えると、尾形さんはニタリと笑ったまま何も言わなくなった。
ぼんやりと村人のやりとりを眺めていると杉元さんが間に入った。
ようやく私たちに追いついたようだ。
下に視線をやると予想通りアシリパさんもついてきていた。
いきなり現れた杉元さんを殴りにかかる村人。
しかし簡単に返り討ちにあってしまう。まあ、当然の結果だろう。
尾形さんはその様子を見て嬉しそうに笑っていた。
もはや尾形さんは最初から人殺したかっただけなのでは……?
暴力的なシーンが好きな人っているものね。
全員が静まり返ったタイミングを見計らって杉元さんが叫ぶ。
「この谷垣源次郎は寝ている間に犯人に村田銃を奪われたドジマタギだ!」
杉元さんがそう言って谷垣さんのYシャツのボタンを弾き飛ばして、胸毛をひとつかみ毟る。
「うーふッ!」と声を上げた谷垣さんだったが、このやり取りに何の意味があるのだろうか。
しかもその抜いた胸毛で風下にいたアシリパさんが盛大にくしゃみをしていた。
いやほんと、何のくだりなの?
「……私の勝ちですね。」
「ああ?股間まで見てから言え。薄くつながってるかもしれんだろ。」
「ええ……。」
ドン引きする私に尾形さんがフンと鼻で笑う。
私の感情を引き出して遊んでいるとしか思えない。
杉元さんの気迫もあって、3日以内に真犯人を捕まえてこいという話でまとまった。
姉畑の行動を予測して、次は熊とウコチャヌプコロする予定なのではないか、と杉元さんたちは話し合って出かけて行った。
私と尾形さんは村に残り、小熊のオリに入れられた谷垣さんの傍で見張りをすることに。
パッと見だと本当の小熊ちゃんのようだ。
時折、アイヌの人たちが女性なのだから家の中へ……と私に声をかけてくださったが、丁重にお断りした。
そのやりとりを見ていたらしい尾形さんがあとになって私に聞いた。
「そんなに俺のことが好きか?」
ちょっと、近くに谷垣さんいるんですけど?
オリの中でガタンッと谷垣さんが動揺した音が聞こえた。
「ああはい、お慕い申しております。」
素直に返事をするのが恥ずかしくて、わざと面倒くさそうに頭をかきながら適当なトーンで答えて見せた。
尾形さんは照れる私が見たかったのだろう。
つまらなそうに「へーそうかい。」と呟いてその後は何も言わなくなった。
【あとがき:谷垣の胸毛のくだり、いる?いるか……。】