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第三十五話 密室
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第三十五話 密室
「パウチカムイって……淫魔なんですね。」
このあたりの地形を見てアシリパさんがパウチカムイを教えてくれる。
憑りつかれるとその人間は素っ裸になって踊り狂うという。
何その淫魔……想像を超えてくる。
多分ね、現代日本で言う低体温症による「矛盾脱衣」のことを言ってると思う。
科学が発達していなくとも、生活の知恵としてこの時代から受け継がれるものはあるのだろう。
飛行船が操縦を失ってから数キロ移動したところで私たちは森に降り立つ。
恐らく目立つ浮遊物だったから第七師団にこの場所は把握されてしまっているだろう。
早く逃げなければいけないが、杉元さんの出血が止まらない。
懸命にタオルで出血か所を押さえる。
詐欺師の鈴川聖弘も殺されたし、きっと私の事前情報が足りなかったのだ。
そう思い詰めて泣きそうになってしまう。
すると杉元さんが私の頬をそっと撫でて、こちらを向かせる。
「杉元さん……?」
「夢主ちゃんのせいじゃないよ。薩摩弁での会話も騙せてたし、犬童が下戸なんて知らない人が多いだろう。」
痛みを感じさせないほど優しく微笑んで、杉元さんが私を励ましてくれる。
「白石を取り戻せたからいいんだ。鯉登少尉の銃は低威力の銃。そんな銃で俺が殺せるかよ。」
「……そう、ですね。ありがとうございます。杉元さんがご無事で良かったです。」
ふ、と笑ったあと、杉元さんはそのままこちらを真剣な眼差しで見つめる。
何か言いたいことがあるのかと首を傾げたが、尾形さんが割り込むように「追手がくるぞ」と急かすので簡単な応急処置を施してまた歩き始めた。
山のど真ん中で双眼鏡を覗いていた尾形さんが叫ぶ。
「見つかった!急げ、大雪山を越えるしかない!」
「この山を……!?」
天候が急に不安定になった山は、凍えそうなほど冷たい風と雨が降りそうな雨雲に覆われていた。
低体温症になったら助からないと外套に包まるようにして歩き続ける。
早くも白石さんがブツブツと独り言をつぶやいてはニヤニヤと笑っていて様子がおかしい。
「白石さん……!しっかり。」
「えへへ、夢主ちゃんえへへ…。」
「いつも通りな気もする……!」
でも表情を見るに明らかに目が虚ろなのであまり大丈夫な状態ではなさそうだ。
どうにかしないと、と焦る中、アシリパさんがユクだ!と叫んだ。
そちらを見るとシカが群れでいた。
「杉元シカを撃て!大きいのが三頭だ!」
アシリパさんが指示を出すが、咄嗟のことに杉元さんは狼狽える。
即座に私が一発、尾形さんが同時に二頭撃ち倒してそちらへ駆け寄る。
シカの皮を剥がそうとしていると、白石さんが服を脱いで踊り狂っている。
「これが……パウチカムイに憑りつかれた人……!」
「夢主!早くあいつを押し込め。」
一頭のシカに白石さんと脱ぎ捨てられた衣服を押し込む。
そしてもう一頭に杉元さんとアシリパさんが、残りの一頭に私と尾形さんが一緒に入った。
「うぅ……ちょっと生臭い。」
「凍えるよりマシだろ。」
尾形さんと向かい合ってシカの体の中で暖をとる。
確かに雪山に取り残されるよりは断然温かかった。
さっきまで生きていたシカの体温が、私たちを温めてくれた。
三頭のシカは近場で倒れたはずなのに、皆が無事にシカの中に避難できたか確認ができないほど、風の音が凄かった。
嵐が病むまで、いや、可能なら朝までこのままだろう。
「夢主……。」
尾形さんにふいに話しかけられて上を見ようとするが、スペースが足りない。
少しだけ上目遣いにそちらへ視線をやった。
「……ボンボンのところへ戻りたかったか?」
「鯉登さんのことですか?」
尾形さんは答えない。が、様子を伺うに鯉登さんのことで間違いないだろう。
「……いいえ。今更第七師団に戻ったところで、きっと昔のようには過ごせませんからね。」
「そうか。」
しばらく沈黙したあと、尾形さんがもう一度質問する。
「未来には戻りたくないのか?」
「それは……難しい質問ですね。ここまで来ちゃったら、最後までお付き合いするつもりですけど。」
無意識に最後とは「生涯」の意味で私は口にしていた。
でもきっと尾形さんは「金塊戦争」の意味で受け取ったことだろう。
だめですか?と問いかけても尾形さんは「いや……」としか答えなかった。
たとえ今すぐ私が未来に帰ったところで尾形さんには何も問題がないのだろう、どうでもよさそうだ。
再度沈黙が流れた。
「あの……尾形さんこそ私みたいなお荷物、捨てていきたいとか思ってませんよね?」
視線が合わないのを良いことにずっと聞きたかったことを聞いた。
すごく勇気のいる質問だった。
もしも面と向かって必要ないなんて言われたら、泣いてしまいそうだったのだ。
「馬鹿か。俺がお前にどれだけ……いや、なんでもない。」
「?」
何か言いかけてやめる尾形さん。
前にもこんな感じのことあった気がするなぁ。
少し間が空いたあと、いつものように意地悪な口調で尾形さんは笑う。
「未来人に利用価値がなくなったら置いてってやるよ。」
「あーそういうこと言うんですね。意地悪な人。私はすべて投げ捨てて尾形さんといるのになぁ……?」
そう言って無理矢理にでも視線を合わせようとして上目遣いで見つめると、尾形さんが驚いた表情をしていた。
しかし、すぐにククッと笑いだす。
「ははぁ、大胆な女だ。」
「……お嫌いですか?」
「いや?むしろそれぐらいが丁度良い。」
そう笑った尾形さんが少し身を屈ませるようにしてこちらに顔を近づける。
何事かと身じろぐと、顎をぐい、と持ち上げられる。
そしてちゅ、と唇に啄むようなキスをされた。
「なッ……」
顔が赤くなるのを感じて下を向こうとするが、尾形さんが顎を掴んでいるのと、そもそもシカの中ではそこまで大きく顔が動かせる状況でもない。
ああ、きっと耳まで赤くなってしまっているだろう。
まさかキス程度で……生娘みたいな反応をしてしまってそれが余計に恥ずかしい。
尾形さんの方を見れずにいると、クックックッと笑いがこらえ切れていない様子の尾形さん。
密着しているので私の体も尾形さんが笑うと一緒に揺れる。
あまりに長く笑うので少しムッとして言い返す。
「どういうおつもりですか、尾形さん。」
「はは、お前が俺を愛すんだろ?たまには答えてやらねばなるまいと思ってな。」
「……馬鹿。」
嬉しいような恥ずかしいような悔しいような、いろんな感情が混じり合った私だったが、どうしようもなかったので尾形さんの胸板に顔を押し付けて考えを放棄し、そのまま寝ることにした。
【あとがき:密室。(シカの体内)】
「パウチカムイって……淫魔なんですね。」
このあたりの地形を見てアシリパさんがパウチカムイを教えてくれる。
憑りつかれるとその人間は素っ裸になって踊り狂うという。
何その淫魔……想像を超えてくる。
多分ね、現代日本で言う低体温症による「矛盾脱衣」のことを言ってると思う。
科学が発達していなくとも、生活の知恵としてこの時代から受け継がれるものはあるのだろう。
飛行船が操縦を失ってから数キロ移動したところで私たちは森に降り立つ。
恐らく目立つ浮遊物だったから第七師団にこの場所は把握されてしまっているだろう。
早く逃げなければいけないが、杉元さんの出血が止まらない。
懸命にタオルで出血か所を押さえる。
詐欺師の鈴川聖弘も殺されたし、きっと私の事前情報が足りなかったのだ。
そう思い詰めて泣きそうになってしまう。
すると杉元さんが私の頬をそっと撫でて、こちらを向かせる。
「杉元さん……?」
「夢主ちゃんのせいじゃないよ。薩摩弁での会話も騙せてたし、犬童が下戸なんて知らない人が多いだろう。」
痛みを感じさせないほど優しく微笑んで、杉元さんが私を励ましてくれる。
「白石を取り戻せたからいいんだ。鯉登少尉の銃は低威力の銃。そんな銃で俺が殺せるかよ。」
「……そう、ですね。ありがとうございます。杉元さんがご無事で良かったです。」
ふ、と笑ったあと、杉元さんはそのままこちらを真剣な眼差しで見つめる。
何か言いたいことがあるのかと首を傾げたが、尾形さんが割り込むように「追手がくるぞ」と急かすので簡単な応急処置を施してまた歩き始めた。
山のど真ん中で双眼鏡を覗いていた尾形さんが叫ぶ。
「見つかった!急げ、大雪山を越えるしかない!」
「この山を……!?」
天候が急に不安定になった山は、凍えそうなほど冷たい風と雨が降りそうな雨雲に覆われていた。
低体温症になったら助からないと外套に包まるようにして歩き続ける。
早くも白石さんがブツブツと独り言をつぶやいてはニヤニヤと笑っていて様子がおかしい。
「白石さん……!しっかり。」
「えへへ、夢主ちゃんえへへ…。」
「いつも通りな気もする……!」
でも表情を見るに明らかに目が虚ろなのであまり大丈夫な状態ではなさそうだ。
どうにかしないと、と焦る中、アシリパさんがユクだ!と叫んだ。
そちらを見るとシカが群れでいた。
「杉元シカを撃て!大きいのが三頭だ!」
アシリパさんが指示を出すが、咄嗟のことに杉元さんは狼狽える。
即座に私が一発、尾形さんが同時に二頭撃ち倒してそちらへ駆け寄る。
シカの皮を剥がそうとしていると、白石さんが服を脱いで踊り狂っている。
「これが……パウチカムイに憑りつかれた人……!」
「夢主!早くあいつを押し込め。」
一頭のシカに白石さんと脱ぎ捨てられた衣服を押し込む。
そしてもう一頭に杉元さんとアシリパさんが、残りの一頭に私と尾形さんが一緒に入った。
「うぅ……ちょっと生臭い。」
「凍えるよりマシだろ。」
尾形さんと向かい合ってシカの体の中で暖をとる。
確かに雪山に取り残されるよりは断然温かかった。
さっきまで生きていたシカの体温が、私たちを温めてくれた。
三頭のシカは近場で倒れたはずなのに、皆が無事にシカの中に避難できたか確認ができないほど、風の音が凄かった。
嵐が病むまで、いや、可能なら朝までこのままだろう。
「夢主……。」
尾形さんにふいに話しかけられて上を見ようとするが、スペースが足りない。
少しだけ上目遣いにそちらへ視線をやった。
「……ボンボンのところへ戻りたかったか?」
「鯉登さんのことですか?」
尾形さんは答えない。が、様子を伺うに鯉登さんのことで間違いないだろう。
「……いいえ。今更第七師団に戻ったところで、きっと昔のようには過ごせませんからね。」
「そうか。」
しばらく沈黙したあと、尾形さんがもう一度質問する。
「未来には戻りたくないのか?」
「それは……難しい質問ですね。ここまで来ちゃったら、最後までお付き合いするつもりですけど。」
無意識に最後とは「生涯」の意味で私は口にしていた。
でもきっと尾形さんは「金塊戦争」の意味で受け取ったことだろう。
だめですか?と問いかけても尾形さんは「いや……」としか答えなかった。
たとえ今すぐ私が未来に帰ったところで尾形さんには何も問題がないのだろう、どうでもよさそうだ。
再度沈黙が流れた。
「あの……尾形さんこそ私みたいなお荷物、捨てていきたいとか思ってませんよね?」
視線が合わないのを良いことにずっと聞きたかったことを聞いた。
すごく勇気のいる質問だった。
もしも面と向かって必要ないなんて言われたら、泣いてしまいそうだったのだ。
「馬鹿か。俺がお前にどれだけ……いや、なんでもない。」
「?」
何か言いかけてやめる尾形さん。
前にもこんな感じのことあった気がするなぁ。
少し間が空いたあと、いつものように意地悪な口調で尾形さんは笑う。
「未来人に利用価値がなくなったら置いてってやるよ。」
「あーそういうこと言うんですね。意地悪な人。私はすべて投げ捨てて尾形さんといるのになぁ……?」
そう言って無理矢理にでも視線を合わせようとして上目遣いで見つめると、尾形さんが驚いた表情をしていた。
しかし、すぐにククッと笑いだす。
「ははぁ、大胆な女だ。」
「……お嫌いですか?」
「いや?むしろそれぐらいが丁度良い。」
そう笑った尾形さんが少し身を屈ませるようにしてこちらに顔を近づける。
何事かと身じろぐと、顎をぐい、と持ち上げられる。
そしてちゅ、と唇に啄むようなキスをされた。
「なッ……」
顔が赤くなるのを感じて下を向こうとするが、尾形さんが顎を掴んでいるのと、そもそもシカの中ではそこまで大きく顔が動かせる状況でもない。
ああ、きっと耳まで赤くなってしまっているだろう。
まさかキス程度で……生娘みたいな反応をしてしまってそれが余計に恥ずかしい。
尾形さんの方を見れずにいると、クックックッと笑いがこらえ切れていない様子の尾形さん。
密着しているので私の体も尾形さんが笑うと一緒に揺れる。
あまりに長く笑うので少しムッとして言い返す。
「どういうおつもりですか、尾形さん。」
「はは、お前が俺を愛すんだろ?たまには答えてやらねばなるまいと思ってな。」
「……馬鹿。」
嬉しいような恥ずかしいような悔しいような、いろんな感情が混じり合った私だったが、どうしようもなかったので尾形さんの胸板に顔を押し付けて考えを放棄し、そのまま寝ることにした。
【あとがき:密室。(シカの体内)】