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第三十一話 耳長お化け
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第三十一話 耳長お化け
樺戸を目指して森を進んで数日。
コタン(アイヌの村)を発見した。
この数日間で、私と尾形さんと牛山さんはアイヌのことを色々と教えてもらった。
杉元さんもアシリパさんと旅をしている間に色々学んだのだろう、私たちに先生のように指南してくださった。
尾形さんは少々不快そうにしていたけれど。
私は日本とアイヌって文化が違うはずなのに、共通しているところもあるんだなあと感心した。
たとえば、色々なものに神が宿っているという考え方は、日本でいう八百万の神だったり、悪いことをしたときはバチが当たるとか、お天道様が見ているとかに近いと思った。
自然や物や命に感謝する姿勢とアイヌたちの生き抜くための知恵がとても美しく、そして強く逞しく感じて、私はアシリパさんからアイヌの話を聞くのがとても楽しみだった。
史実だとアイヌは略奪や虐殺で可哀想なイメージが多く語られていたから、余計に驚いた。
現代で勉強する部分はほんの一部分だ、弱いアイヌなんかいないじゃないか、と感嘆した。
未来では体験しようがないことばかり体験していて、私はこの時代に来れて良かったとすら思っていた。
さて、アイヌの村に入るとエクロクという男性が私たちを迎え入れてくれた。
アシリパさんも言っていたが、アイヌは和人(日本人)と関わりのある仕事をすることもあるようで、一部の人たちは日本語がわかるのも珍しくはないようだ。
そういえば谷垣さんを追ってアイヌの村に入ったときも言葉のわかる人がいた。
「あれ……?」
「ん?」
私が異変に気付くと、皆が私の見ている方を見る。
そこにあったのはこの間アシリパさんに教えてもらった、小熊を還すためのオリだ。
なのに、オリには窮屈そうにミチミチと音を立てて詰められた熊の毛皮がはみ出ていた。
アシリパさんの話だと小熊は成長するまで丁重に育てるとのことだったが、とてもじゃないがそんな風に見えなかった。
エクロクさんは思ったよりも成長が早かっただけだと笑い飛ばす。
「……?」
「……。」
何かおかしいと、私と尾形さんは目を合わせた。
気のせいだといいんだけど。
そして村の長に会わせてくれるというので私たちはお言葉に甘えることにした。
ここでも杉元さんがアイヌ流のマナーを教えてくれるという。
尾形さんの方をチラリと見ると杉元さんは厳しい口調で言い放つ。
「騒ぎを起こしたくなければ行儀よくしろよ、特に尾形。」
「ふふ……。」
「おい夢主なに笑ってんだ。」
私が笑いを零すと尾形さんは不満そうにこっちへ来る。
なんでもない、と手を振るジェスチャーで伝えて私は牛山さんの影に隠れた。
牛山さんはここぞとばかりに私を守ってくださった。
家の前で杉元さんが低く咳ばらいをする。
すると家の人が出てきてこちらを見た後出て行ってしまった。
「あら?行っちゃいましたよ。」
「家の若いものが確認したあと、主人に許可を得るんだ。許可が下りれば家の掃除がこれから始まる。」
なるほどそうなのか、と家の外で待つ私たち。
しかし待てど暮らせど誰も出てこない。
どんだけ散らかってンねん!とツッコミを入れたい気持ちだ。
ついに暇を持て余した尾形さんが蝶々を追いかけ始めた。
「は、早くしないと!尾形さんが蝶々捕まえ始めました!」
私が慌てると、アシリパさんが愉快そうに笑う。
昔和人が雨宿りをさせてもらおうとアイヌの家を訪れたときに、アイヌはこの手続きをしっかりやったせいで入るころには雨が上がっていたという話があるのだそうだ。
そんな話もあるのか、と感心していると、家の中から先ほどの男の人が出てきて案内される。
今度は皆で手をつないで腰をかがめて入る。
私は牛山さんに続いて後ろの尾形さんと手を繋いだ。
ふいに尾形さんと繋いでいる方の手がくい、と動かされた。
そして尾形さんの手が私のお尻にふに、と軽く当たる。
「ちょっ……!尾形さん!?」
「なんだ。」
「なんだじゃないですよ!お尻触ったでしょ!」
「触ってねえ。」
「ほらそこ、静かに。夢主ちゃんはお尻出さないで。」
「うぅ……出してないのに。」
「ははぁ。」
杉元さんに注意されちゃった。
尾形さんがしたり顔でこちらを見てくる。
先ほど杉元さんに名指しで釘を刺された尾形さんのことを、私が笑った仕返しだろうか。
そして家の中に招かれて座ると、長老っぽい人が手をサササと動かす。
真似をするように言われて見様見真似でやろうとしていると、アシリパさんが指をさす。
「ムシオンカミ。」
全員がポカーンとする中、長老の奥様だろうか、女性がブホッと吹き出す。
アイヌ独特の言い回し?ボケかツッコミなのかな?と思ったが、アイヌの長老や若い人は笑っていない。
女の人だけに分かる言い回しがあるのか?と首を傾げた。
そしてアシリパさんはオソマ!といって出て行ってしまった。
うんこ!?今!?
杉元さんがアシリパさんの無礼を謝る。
エクロクという最初に案内してくれた人が気にしないと笑ってくれた。
この人は日本語がわかるのだから、聞いてみようかな。
私は挙手して恐る恐る声をかけた。
「あの……ムシオンカミってどういう意味なんですか?」
「……。」
男性たちはなにも答えない。
「おや?もしかしてわからんのか?」
尾形さんが煽る。
止めようかとも思ったが尾形さんのその表情を見て、ピンときた。
尾形さんはこの人たちがアイヌではないと疑っている。
杉元さんがアイヌにも方言があるとフォローしていたが、尾形さんは引き続き疑いの眼差しを向けている。
場の空気が気まずくなったとき、窓の外から女性が叫ぶ。
「ウンカオピウキヤン!」
なんて?
全員が意味が分かっていないようす。
しかし長老の奥さんだろうか、先ほど噴き出していた女性が言葉を叫ぶ。
「ウンカオピウキヤン……!」
その表情は真剣だったし、とても強張っていた。
「様子がおかしくないですか……?」
「夢主ちゃんまで……。」
私も尾形さんも手の届く範囲に銃を置いている。
私には刀もあるので片手でそっと刀の鞘を握る。
杉元さんの銃は少し遠いところに立てかけてある。
そこから警戒心の差が分かる。
ならわかった、と杉元さんが落ちていた謎の棒を拾って私達に使い方を当てさせようとする。
本物のアイヌならわかって当然らしい。
まずは小手調べに牛山さん。
未亡人の真似をして急にくねくねしだしたと思ったら背中を掻いた。
ああ、孫の手的な!?
しかし違うそうだ。
次はレタンノエカシ。長老だ。
びくっと顔をこわばらせた長老は仕方がなくその棒を受け取る。
お気に入りの服を着ておでかけして、イス代わりにその棒に座った長老。
全員が杉元さんのジャッジを聞こうとババッと杉元さんを注目する。
「なるほど……!そんな使い方もあるのか!」
杉元さんて良い人だよな。
少しため息をついてしまった。
「じゃあ次夢主ちゃん。」
「えっ……目でも潰せそう「もういい、よこせ、俺が正しい使い方を当ててやる。」
尾形さんに遮られて私は不満だった。
しかし尾形さんがニッコニコで棒を受け取ったので、寒気がして何も言えなくなる。
やばい、何かやらかす直前だ。
そう思って私は刀を握って待機する。
尾形さんが長老の足元に棒を振り落とし小指を思い切り打ち付けたのは、その数秒後。
長老からは「痛たあっ」と立派な日本語が出てきた。
牛山さんですら日本語が話せたのか?と疑っているのに、杉元さんはいまだにアイヌが日本語を話せるのは珍しいことではないとかばう。
優しすぎる……この人大丈夫なの?
そう思っていたが、この心配はすぐに無駄だったと思い知らされる。
アシリパさんが刺繍に夢中だと報告しに来た若い人を間髪入れずにぶん殴る杉元さん。
怒りで震える杉元さんに私は今までの優しい杉元さんとはまるで別人だと思った。
そして男からは刺青が見えて、囚人がアイヌに成りすましていたことが判明する。
今までの違和感の理由がわかってとてもスッキリした。
「う゛えろろろろごうろろろあ゛あ゛ッッ!!」
先ほどの謎の棒を持って叫ぶ杉元さん。
この世のものとは思えない叫び声だ。
叫び声が合図になったのか、そのまま戦闘になる。
近距離なので仕方がない、刀で片っ端から男の人を斬りつける。
刺青には傷をつけないに気をつけなくてはいけない。
皮を剥ぐことを考えて、身体の正中線を狙った。
「随分と器用じゃねぇか。」
珍しく上機嫌に私を褒めながらも、尾形さんは近距離でも構わずバカスカ銃を撃っていく。
「どうも。」
返事をしたものの、頭の中では尾形さんの方が慈悲がないのでは?と思ったが、私もそこそこ深手を負わせているので大概だと考えを改める。
途中、杉元さんの銃が狙われている!と気づいたときには尾形さんが杉元さんへ銃を投げる。
「銃から目を離すな一等卒!」
杉元さんは一等卒なんだ。
私は二等兵のままだな……ま、本来の仕事は女中だし脱走兵だし、昇進しても意味なんかないんだけど。
そんなことを考えながらあちこちから湧いて出てくる囚人を斬り捨てる。
近距離戦闘は我ながらなかなか訓練の成果が出てきたと感じる。
土方さんたちに剣術を教えてもらって良かった。
それでも、杉元さんも牛山さんも規格外の強さだ。圧倒される。
少し気が緩んで弓矢が当たりそうになったとき、牛山さんが素手で矢を受け止めた。
「牛山さん!」
「夢主、怪我ないか?」
「ありがとうございます!」
フフンと笑うと牛山さんは他の囚人たちを追って出て行った。
カッコいいし、頼りになるなぁ。
私がぼんやりと牛山さんの背中を眺めていると、尾形さんが視界の隅で舌打ちしていた。が、見てみぬふりをした。
やはり女の人たちは本物のアイヌのようで、囚人たちをボコボコにしていく。
今までの恨みもあるのだろう、棍棒のようなものでぐちゃぐちゃになるまで殴っていた。
杉元さんはアシリパさんに一直線で、ほとんどの囚人を一人で殺して歩いている。
時折尾形さんが後ろから援護射撃をして仕留めていて、仲が悪い割にはお互い助け合っている様子。
牛山さんは熊のオリを壊してしまったようだ。
熊が囚人たちを襲ってまわっている。カオスな状況だ。
私と尾形さんは家から出ると、生き残りの囚人たちを少しずつ追い詰めて数を減らしていく。
「夢主……お前人を殺すのに抵抗がなくなってきたな。」
銃を構えたまま、チラとこちらを見る尾形さん。
そんなこと言われたって、本当は一人だって殺したくない。
でもそれで尾形さんの役に立てるなら……と、思考に蓋をして一生懸命現実逃避しているのだ。
「抵抗ないわけじゃないですよ。私も尾形さんもどうせ地獄行きですよ。」
「……。」
「一緒に地獄行きましょうねえ。」
「フン。」
にっこり笑ってあげると、尾形さんは満足そうに笑った。
全くこの人は狂ってる。
それについていく私も私か。
【あとがき:熊岸長庵のくだりはカット】
樺戸を目指して森を進んで数日。
コタン(アイヌの村)を発見した。
この数日間で、私と尾形さんと牛山さんはアイヌのことを色々と教えてもらった。
杉元さんもアシリパさんと旅をしている間に色々学んだのだろう、私たちに先生のように指南してくださった。
尾形さんは少々不快そうにしていたけれど。
私は日本とアイヌって文化が違うはずなのに、共通しているところもあるんだなあと感心した。
たとえば、色々なものに神が宿っているという考え方は、日本でいう八百万の神だったり、悪いことをしたときはバチが当たるとか、お天道様が見ているとかに近いと思った。
自然や物や命に感謝する姿勢とアイヌたちの生き抜くための知恵がとても美しく、そして強く逞しく感じて、私はアシリパさんからアイヌの話を聞くのがとても楽しみだった。
史実だとアイヌは略奪や虐殺で可哀想なイメージが多く語られていたから、余計に驚いた。
現代で勉強する部分はほんの一部分だ、弱いアイヌなんかいないじゃないか、と感嘆した。
未来では体験しようがないことばかり体験していて、私はこの時代に来れて良かったとすら思っていた。
さて、アイヌの村に入るとエクロクという男性が私たちを迎え入れてくれた。
アシリパさんも言っていたが、アイヌは和人(日本人)と関わりのある仕事をすることもあるようで、一部の人たちは日本語がわかるのも珍しくはないようだ。
そういえば谷垣さんを追ってアイヌの村に入ったときも言葉のわかる人がいた。
「あれ……?」
「ん?」
私が異変に気付くと、皆が私の見ている方を見る。
そこにあったのはこの間アシリパさんに教えてもらった、小熊を還すためのオリだ。
なのに、オリには窮屈そうにミチミチと音を立てて詰められた熊の毛皮がはみ出ていた。
アシリパさんの話だと小熊は成長するまで丁重に育てるとのことだったが、とてもじゃないがそんな風に見えなかった。
エクロクさんは思ったよりも成長が早かっただけだと笑い飛ばす。
「……?」
「……。」
何かおかしいと、私と尾形さんは目を合わせた。
気のせいだといいんだけど。
そして村の長に会わせてくれるというので私たちはお言葉に甘えることにした。
ここでも杉元さんがアイヌ流のマナーを教えてくれるという。
尾形さんの方をチラリと見ると杉元さんは厳しい口調で言い放つ。
「騒ぎを起こしたくなければ行儀よくしろよ、特に尾形。」
「ふふ……。」
「おい夢主なに笑ってんだ。」
私が笑いを零すと尾形さんは不満そうにこっちへ来る。
なんでもない、と手を振るジェスチャーで伝えて私は牛山さんの影に隠れた。
牛山さんはここぞとばかりに私を守ってくださった。
家の前で杉元さんが低く咳ばらいをする。
すると家の人が出てきてこちらを見た後出て行ってしまった。
「あら?行っちゃいましたよ。」
「家の若いものが確認したあと、主人に許可を得るんだ。許可が下りれば家の掃除がこれから始まる。」
なるほどそうなのか、と家の外で待つ私たち。
しかし待てど暮らせど誰も出てこない。
どんだけ散らかってンねん!とツッコミを入れたい気持ちだ。
ついに暇を持て余した尾形さんが蝶々を追いかけ始めた。
「は、早くしないと!尾形さんが蝶々捕まえ始めました!」
私が慌てると、アシリパさんが愉快そうに笑う。
昔和人が雨宿りをさせてもらおうとアイヌの家を訪れたときに、アイヌはこの手続きをしっかりやったせいで入るころには雨が上がっていたという話があるのだそうだ。
そんな話もあるのか、と感心していると、家の中から先ほどの男の人が出てきて案内される。
今度は皆で手をつないで腰をかがめて入る。
私は牛山さんに続いて後ろの尾形さんと手を繋いだ。
ふいに尾形さんと繋いでいる方の手がくい、と動かされた。
そして尾形さんの手が私のお尻にふに、と軽く当たる。
「ちょっ……!尾形さん!?」
「なんだ。」
「なんだじゃないですよ!お尻触ったでしょ!」
「触ってねえ。」
「ほらそこ、静かに。夢主ちゃんはお尻出さないで。」
「うぅ……出してないのに。」
「ははぁ。」
杉元さんに注意されちゃった。
尾形さんがしたり顔でこちらを見てくる。
先ほど杉元さんに名指しで釘を刺された尾形さんのことを、私が笑った仕返しだろうか。
そして家の中に招かれて座ると、長老っぽい人が手をサササと動かす。
真似をするように言われて見様見真似でやろうとしていると、アシリパさんが指をさす。
「ムシオンカミ。」
全員がポカーンとする中、長老の奥様だろうか、女性がブホッと吹き出す。
アイヌ独特の言い回し?ボケかツッコミなのかな?と思ったが、アイヌの長老や若い人は笑っていない。
女の人だけに分かる言い回しがあるのか?と首を傾げた。
そしてアシリパさんはオソマ!といって出て行ってしまった。
うんこ!?今!?
杉元さんがアシリパさんの無礼を謝る。
エクロクという最初に案内してくれた人が気にしないと笑ってくれた。
この人は日本語がわかるのだから、聞いてみようかな。
私は挙手して恐る恐る声をかけた。
「あの……ムシオンカミってどういう意味なんですか?」
「……。」
男性たちはなにも答えない。
「おや?もしかしてわからんのか?」
尾形さんが煽る。
止めようかとも思ったが尾形さんのその表情を見て、ピンときた。
尾形さんはこの人たちがアイヌではないと疑っている。
杉元さんがアイヌにも方言があるとフォローしていたが、尾形さんは引き続き疑いの眼差しを向けている。
場の空気が気まずくなったとき、窓の外から女性が叫ぶ。
「ウンカオピウキヤン!」
なんて?
全員が意味が分かっていないようす。
しかし長老の奥さんだろうか、先ほど噴き出していた女性が言葉を叫ぶ。
「ウンカオピウキヤン……!」
その表情は真剣だったし、とても強張っていた。
「様子がおかしくないですか……?」
「夢主ちゃんまで……。」
私も尾形さんも手の届く範囲に銃を置いている。
私には刀もあるので片手でそっと刀の鞘を握る。
杉元さんの銃は少し遠いところに立てかけてある。
そこから警戒心の差が分かる。
ならわかった、と杉元さんが落ちていた謎の棒を拾って私達に使い方を当てさせようとする。
本物のアイヌならわかって当然らしい。
まずは小手調べに牛山さん。
未亡人の真似をして急にくねくねしだしたと思ったら背中を掻いた。
ああ、孫の手的な!?
しかし違うそうだ。
次はレタンノエカシ。長老だ。
びくっと顔をこわばらせた長老は仕方がなくその棒を受け取る。
お気に入りの服を着ておでかけして、イス代わりにその棒に座った長老。
全員が杉元さんのジャッジを聞こうとババッと杉元さんを注目する。
「なるほど……!そんな使い方もあるのか!」
杉元さんて良い人だよな。
少しため息をついてしまった。
「じゃあ次夢主ちゃん。」
「えっ……目でも潰せそう「もういい、よこせ、俺が正しい使い方を当ててやる。」
尾形さんに遮られて私は不満だった。
しかし尾形さんがニッコニコで棒を受け取ったので、寒気がして何も言えなくなる。
やばい、何かやらかす直前だ。
そう思って私は刀を握って待機する。
尾形さんが長老の足元に棒を振り落とし小指を思い切り打ち付けたのは、その数秒後。
長老からは「痛たあっ」と立派な日本語が出てきた。
牛山さんですら日本語が話せたのか?と疑っているのに、杉元さんはいまだにアイヌが日本語を話せるのは珍しいことではないとかばう。
優しすぎる……この人大丈夫なの?
そう思っていたが、この心配はすぐに無駄だったと思い知らされる。
アシリパさんが刺繍に夢中だと報告しに来た若い人を間髪入れずにぶん殴る杉元さん。
怒りで震える杉元さんに私は今までの優しい杉元さんとはまるで別人だと思った。
そして男からは刺青が見えて、囚人がアイヌに成りすましていたことが判明する。
今までの違和感の理由がわかってとてもスッキリした。
「う゛えろろろろごうろろろあ゛あ゛ッッ!!」
先ほどの謎の棒を持って叫ぶ杉元さん。
この世のものとは思えない叫び声だ。
叫び声が合図になったのか、そのまま戦闘になる。
近距離なので仕方がない、刀で片っ端から男の人を斬りつける。
刺青には傷をつけないに気をつけなくてはいけない。
皮を剥ぐことを考えて、身体の正中線を狙った。
「随分と器用じゃねぇか。」
珍しく上機嫌に私を褒めながらも、尾形さんは近距離でも構わずバカスカ銃を撃っていく。
「どうも。」
返事をしたものの、頭の中では尾形さんの方が慈悲がないのでは?と思ったが、私もそこそこ深手を負わせているので大概だと考えを改める。
途中、杉元さんの銃が狙われている!と気づいたときには尾形さんが杉元さんへ銃を投げる。
「銃から目を離すな一等卒!」
杉元さんは一等卒なんだ。
私は二等兵のままだな……ま、本来の仕事は女中だし脱走兵だし、昇進しても意味なんかないんだけど。
そんなことを考えながらあちこちから湧いて出てくる囚人を斬り捨てる。
近距離戦闘は我ながらなかなか訓練の成果が出てきたと感じる。
土方さんたちに剣術を教えてもらって良かった。
それでも、杉元さんも牛山さんも規格外の強さだ。圧倒される。
少し気が緩んで弓矢が当たりそうになったとき、牛山さんが素手で矢を受け止めた。
「牛山さん!」
「夢主、怪我ないか?」
「ありがとうございます!」
フフンと笑うと牛山さんは他の囚人たちを追って出て行った。
カッコいいし、頼りになるなぁ。
私がぼんやりと牛山さんの背中を眺めていると、尾形さんが視界の隅で舌打ちしていた。が、見てみぬふりをした。
やはり女の人たちは本物のアイヌのようで、囚人たちをボコボコにしていく。
今までの恨みもあるのだろう、棍棒のようなものでぐちゃぐちゃになるまで殴っていた。
杉元さんはアシリパさんに一直線で、ほとんどの囚人を一人で殺して歩いている。
時折尾形さんが後ろから援護射撃をして仕留めていて、仲が悪い割にはお互い助け合っている様子。
牛山さんは熊のオリを壊してしまったようだ。
熊が囚人たちを襲ってまわっている。カオスな状況だ。
私と尾形さんは家から出ると、生き残りの囚人たちを少しずつ追い詰めて数を減らしていく。
「夢主……お前人を殺すのに抵抗がなくなってきたな。」
銃を構えたまま、チラとこちらを見る尾形さん。
そんなこと言われたって、本当は一人だって殺したくない。
でもそれで尾形さんの役に立てるなら……と、思考に蓋をして一生懸命現実逃避しているのだ。
「抵抗ないわけじゃないですよ。私も尾形さんもどうせ地獄行きですよ。」
「……。」
「一緒に地獄行きましょうねえ。」
「フン。」
にっこり笑ってあげると、尾形さんは満足そうに笑った。
全くこの人は狂ってる。
それについていく私も私か。
【あとがき:熊岸長庵のくだりはカット】