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第十三話 杉元に再会
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第十三話 杉元に再会
鶴見中尉からおつかいを受けた。
それは、小樽の花園公園の名物の串団子を買ってくるようにとのことだった。
「何か良いことでもありましたか?」
ちょっと良いことがあったときに鶴見中尉は甘いものを注文なさる。
問いかけると、鶴見中尉はフフ……と笑って教えてくれた。
尾形さんが言っていた刺青を聞きまわっていた人間、その人物を捕まえられそうだということ。
実は以前に玉井伍長率いる隊に偵察に行かせたのだが、生死不明のまま行方が分からないそうだ。
だが今度はかなり有力な情報が入ってきたので、今から連れてくる。
その客人を連れて帰ってきたらお茶と一緒に団子も出してほしいと。
「わかりました。すぐに買い付けてまいります。」
「うん、気を付けてね。夢主くん、武器をいつでも持ち歩くようにね。」
「ありがとうございます。鶴見中尉も、お気をつけて。」
そう会話をしたのがほんのちょっと前。
お茶を用意して部屋に入ると、鼻から血を垂らした杉元さんが周りの兵に銃を向けられ、両手を拘束されて座っていた。
「え……っ!?」
私の様子を見て、杉元さんが小さく首を振る。
面識があることを言うな、ということか。
鶴見中尉は私が血まみれの男の人にびっくりしたと思ったのか、二階堂兄弟が手荒だっただけで軽傷だと教えてくれた。
そして杉元さんに中尉が問いかける。
「甘いものは好きか?」
「え?」
杉元さんが怪訝そうに聞き返す。
「……小樽の、花園公園名物の、串団子です。」
私がテーブルに団子を出すと、手錠をしたまま杉元さんは器用に食べる。
毒が入っているとか考えないのかな。
私が下がろうとすると、鶴見中尉に「夢主くんは私の横に」と言われてしまい、言われるがままに鶴見中尉から一歩下がったところで待機した。
「あんた、女中に軍服を着せるなんて……変わった趣味をしてるんだな。」
鶴見中尉は誇らしげに笑った。
「私は新しい世界を作ろうとしているからね。彼女は、新しい時代の女性だよ。」
「ふぅん……。」
杉元さんはどこか遠くを見るような顔をしている。
あれ、そういえば杉元さんが森で一緒にいた女の子はどこに行ったのだろうか?
ええと名前はたしか……アシリパさん、だったかな。
そして鶴見中尉は、テーブルに串団子の蜜を使って、ふじみと書いている。
尾形さんのメッセージの「ふじみ」……杉元さんには除隊前に「不死身の杉元」という異名があったようだ。
杉元さん、そんなすごい戦いぶりをする兵士だったんだ。
鶴見中尉は刺青人皮のことをこっそりと彼に聞く。
ん、人皮?
刺青の人とは聞いていたが、「人皮」ってことは、人間から皮膚をはがす必要があるってこと……!?
杉元さんはとぼけようとしていたが、鶴見中尉が食べ終えた串団子の串を杉元さんの頬にぶすり、と刺す。
私は悲鳴が出そうになるのを必死でこらえた。あまりの痛々しさに思わず口を手で押さえた。
それなのに杉元さんは声どころか、表情ひとつ変わらない。
「やはりお前は不死身の杉元だ。」
鶴見中尉の残虐な一面を間近で見るのは初めてだった。
中尉は続ける。その表情は怖ろしいほどに歪んでいた。
「だがな、お前がいかに不死身で寿命のロウソクの火が消せぬというのなら、俺がロウソクを頭からぼりぼり齧って消してやる。」
そしてさらに鶴見中尉は、自分の掲げる目標の話と、今杉元さんが助かるには自分に協力するしかないと話を誘導する。
しかし杉元さんは揺らがなかった。
今後は拷問にでもかけるのだろうか。
たまらなくなった私は連行される前の杉元さんの前に出て、鶴見中尉にお願いをした。
「あのっ!……お願いがあります!」
「なんだね?夢主くん。」
「……私に、杉元さんの手当てをさせてください。」
「なんだと……?」
鶴見中尉の表情が険しい。
ゾクッと背中が震えるが、恐怖で屈しないように堪えた。
私は鶴見中尉に近づき、耳元に顔を寄せると小声で続ける。
「……鶴見中尉、杉元さんをこちら側に引き込みたいなら、彼を追い詰めるのは逆効果だと思います。」
「この男がおとなしく言うことを聞くタマかね?」
「少なくとも、恩を売っておく意味は多少あるかと。」
「……ふむ。夢主くんがそうしたいなら、好きにしなさい。噛みつかれないように気を付けるんだよ。」
「ありがとうございます。手当の道具を持ってまいります。」
鶴見中尉のお許しが出ると、私はすぐに医務室に向かった。
そして救急セットを持って戻ってくると、杉元さんがいない。
杉元さんだけではない、鶴見中尉やほかの兵士たちも消えている。
やられた。
もうすでにどこかに連行されてしまった。
しかも、おそらく拷問にかけたりもしているだろう。
考えろ……さっき、鶴見中尉は杉元さんのけがを誰が手荒だったと言った……?
たしか――二階堂兄弟。
だとすると、行動範囲も絞れるし見張りの人間は彼らと親しい隊員のはず。
私はあたりをつけて誰かを隔離できそうな場所を探した。
さきほどの部屋から離れたところにある、普段は物置扱いされている部屋の扉を開けようとしたとき、中から物音がした。
そっと細く扉を開けると、イスに拘束された杉元さんを二階堂さんが馬乗りになってボコボコに殴っている。
殴っているのは恐らく、洋平さんの方だ。
私はバンッと扉を開けると馬乗りになっている洋平さんの腕を掴む。
「だめです!洋平さん……!」
「あれれ、夢主さん杉元の方を守るんですか。」
「いいんですか鶴見中尉に怒られますよ?」
彼らは一旦動きを止めてこちらを脅してくる。
鶴見中尉に怒られるとしても、中尉は一度は治療を許可したのだから、そこを押し通せば問題ないはず。
そもそも、脅されたからといって見なかったことにはできない。
「あなたたちこそ、鶴見中尉に内緒でこんなことをして、許されませんよ!私が報告して差し上げましょうか?」
私は腰の拳銃を左手で、右手で軍刀をそれぞれに向ける。
第七師団の中で私が訓練をしていたことを知らないものはいない。
とはいえ、私は実際に戦争に出たわけではないので、どこまで戦えるか自分でも未知数だった。
もしかしたら彼らからすれば私を殺すのなんて造作もないことかもしれないがハッタリでも追い返さねば。
「まずいよ洋平、夢主さんは鶴見中尉や鯉登少尉のお気に入りだ。」
「あー、そうだな、殺したあとが面倒だな。中途半端に傷物にでもしたらこっちが殺されかねん。」
二人は銃を向けられていても平気でこしょこしょと内緒話をする。
どこか狂っている双子の様子に、不愉快だと思った。
「早く出ていきなさい。」
私が強い口調で言うと、二人は舌打ちをして出て行った。
床に転がっている杉元さんをイスを掴んでなんとか起こす。
うう……尾形さんを川から引き上げた時と違って、力がそんなに出ない。重たい。
彼はボコボコに殴られて血まみれなのに、最初に会った時とちっとも表情が変わらない。私は救急セットを取り出すと、杉元さんの血を軽く拭いて傷口を見る。
「……最初にお伝えしておきますが、私は鶴見中尉の部下なので、拘束を解いたりはできません。あなたが鶴見中尉に仕えてくださるのだったら、鶴見中尉への口添えを致します。その気になったら言ってください。」
鶴見中尉にやられた串の他にもう一本串が頬に追加されている。
二本ともゆっくりと引き抜き消毒液の染みたガーゼをあてる。
そして殴られた顔面を氷水の入った袋で冷やす。
「……どうして助けてくれるの?お姉さん。」
「夢主でいいですよ。杉元さん。」
杉元さんは、ふっと笑いかけた。
こんな状況でも余裕がある、その生命力に驚いた。
「夢主ちゃんはさぁ、なんで俺を助けるの?俺、あの尾形とかいう兵士崖から落としたんだよ?」
「確かにその件については私は悔しい思いをしました。でも、けがをしたこと自体は尾形さんが自分で選択して進んだ結果なので私は口出ししません。私は、私のしたいようにするのです。杉元さんも、そうでしょう?」
「変わってるな、夢主ちゃんは。」
早くも杉元さんの顔色が良くなってきた。
これは本当に不死身かもしれない。
「中尉も言っていたでしょう?私、新しい時代の女ですから。」
にこっとほほ笑むと、杉元さんはアシリパさんと同じだね、と笑い返してくれた。
あのアイヌの子は元気だろうか。
申し訳ないけれど、私にできることはここまでだ。
「気は変わりましたか?杉元さん。」
「悪いね、俺にも俺の事情があってさ。でもありがとう。おかげで凄く良くなったよ。」
「そうですか……。早めに心変わりしてくれることを祈ってます。お気をつけて……ここには不死身の杉元さんを殺しかねない血の気の多いのがたくさんいますから。では、おやすみなさい。」
「おやすみ、良い夜を。」
正直、杉元さんがそんな簡単にこちら側に落ちるとは思っていない。
利害の一致でもしないかぎりは手を組めるわけがないと分かっていた。
だが、一時だけでも恩を売る意味はあるはずだ。
この行動がいつか活きるときがくるはず。
そう思って彼をそのままに扉を閉めた。
きっとそう簡単に杉元さんは死なないだろう。
杉元さんの手当を終え救急セットを戻しに医務室へ向かう途中、鶴見中尉に出会った。
中尉が私のいない間に杉元さんを隔離したことに対して文句を言うか迷った。
しかし中尉の方から明るく声をかけてくれた。
「おお夢主くん、さっきはすまないね、部下が夢主くんが来る前にとせっせと杉元を運んでしまったんだ。私も杉元をどこへ運んで行ったかは知らなくてね。」
嫌味のつもりか?
いや、バカにしているようすはない。
ただ嘘をついているだけみたいだ。
「あら、そうだったんですね。でも大丈夫ですよ。ちゃんと手当はしてきましたので。」
にこっと笑いかけると中尉の口元がぴくり、とひきつる。
あ……怒ってらっしゃる。
「鶴見中尉、私は杉元さんを第七師団へと勧誘してまいりました。いつか心変わりする日が来ると良いですね。」
師団に引きずり込むための行動だったなら怒られないと思った。
軽くお辞儀をして通り過ぎようとすると、中尉に腕を掴まれて廊下の壁に押し付けられる。
所謂壁ドンというやつだが、鶴見中尉が相手だと命の危険しか感じない。
「……っ」
「夢主、君は思い通りにならない女だね。」
「鶴見中尉……。」
やばい、挑発しすぎたか?と今更ながら焦る。
しかし鶴見中尉は目を輝かせて言った。
「良い。すごく良い逸材だ。夢主くんは私をわくわくさせる天才だね。」
「そ、それは、光栄です。」
褒めてくれてはいる。しかし身体が解放されることはない。
それどころか必要以上に顔を近づけてこちらをじろじろと見ている。
おもむろに首筋に顔を埋めたかと思うと突然がぶり、と耳たぶをかじられた。
「い、っ……!」
びり、とした痛みに小さく悲鳴を上げると、鶴見中尉は満足そうに笑って手を離してくれた。
「ああ、おいしいね。もうこれ以上やられたくなかったら、少しはおとなしくしてくれるかな?」
「は、はい。わかりました。」
ようやく身体が自由になると鶴見中尉の上級な変態加減にビビッた私は、逃げるように足早に医務室へ戻った。
医務室に入ってから耳を押さえていた手を見ると、血が鶴見中尉の唾液と混じってうっすらと滲んでいた。
それを見て呆然としていると、声をかけられてビクリとする。
「おまえ、誰に噛みつかれた。」
「尾形さん……!具合はどうですか?」
彼の問いかけに答えるよりも前に、長いこと意識を失ったり戻ってもしゃべることはできずにいたはずの尾形さんがこちらを見ていることに驚いて駆け寄る。
包帯の上からでもわかるほど顔の腫れは酷く、若干変色してしまっている。
顎も縫われたのだろう、顔の両側に縫い跡が痛々しく残っている。
それでも以前よりも彼は元気そうだ。
「よかった……!」
「おい。」
声をかけられてハッと気づいた。
嬉しさのあまり無意識に尾形さんを抱きしめていた。
苦しかったのだろう、私が離れると、けほん、と軽く咳ばらいをしていた。
そしてこちらをじとりと睨むと、小声で罵倒してくる。
「はしたない女だな。」
「す、すみません。安心して、つい……。」
尾形さんは少しだけ伸びた髪を撫でつけた。
ああ、今までやっていたこの妙な動きは、前髪を後ろに流す癖だったんだな、と私は内心答え合わせをしていた。
「まあ良い。俺がここまで回復していることは内緒にしろ。あ、でも飯は食いたいから、話せないことにしよう。たまに飯持ってきてくれ。」
「そ、それはいいですけど。」
「それから、今までのこと、全部話せ。」
そして、尾形さんは自分が倒れてから今日までのことを私に話させた。
杉元さんの話をすると、生きてるのか。と呟いていた。
「夢主、お前誤魔化そうったってそうはいかねえぞ。」
「はい?」
「全部話せと言ったはずだ。」
なんのことかと思ったが、私が話したのは杉元さんを手当したときのことまで。
その後の鶴見中尉の変態的な行動は話してなかった。
気まずい。
襲われかけたとは言えずにいたが、耳を触ったときに手のひらについた唾液と血が滲んでいる跡を尾形さんは見てしまっている。
「その、これは……鶴見中尉に、壁に押し付けられて……そのあと耳を噛まれました。」
「ははあ、鶴見中尉は違うと思ったが、スキモノだったかぁ。」
尾形さんは馬鹿にしたように笑っている。
他の兵のときもそうだが、尾形さんは私が誰かに好かれているのを心底見下している。
何様だろうかと少しムッとしていると、尾形さんに腕をぐいっと引っ張られてバランスを崩し、彼のベッドに咄嗟に手をつこうとする。
尾形さんが私の肩を掴んで受け止めると、隊服の襟元を引っ張ってそのまま私の首筋に噛みついた。
「いたっ!ちょ、何してるんですか……!」
咄嗟に暴れて抗議するも、尾形さんは首から血が出るほど強く噛みついていた。
肩を抱いている手にも力が入っていて、ほぼ飲まず食わずで寝たきりでどこからこんな力を出してるんだとドン引きする。
血が滲んだことを確認すると満足そうに尾形さんは私を解放した。
尾形さんに文句を言うも、飯忘れんなよと言い捨てて尾形さんは眠ってしまった。
なんて勝手な人なの。
【あとがき:この兵舎にまともなやつはいない。】
鶴見中尉からおつかいを受けた。
それは、小樽の花園公園の名物の串団子を買ってくるようにとのことだった。
「何か良いことでもありましたか?」
ちょっと良いことがあったときに鶴見中尉は甘いものを注文なさる。
問いかけると、鶴見中尉はフフ……と笑って教えてくれた。
尾形さんが言っていた刺青を聞きまわっていた人間、その人物を捕まえられそうだということ。
実は以前に玉井伍長率いる隊に偵察に行かせたのだが、生死不明のまま行方が分からないそうだ。
だが今度はかなり有力な情報が入ってきたので、今から連れてくる。
その客人を連れて帰ってきたらお茶と一緒に団子も出してほしいと。
「わかりました。すぐに買い付けてまいります。」
「うん、気を付けてね。夢主くん、武器をいつでも持ち歩くようにね。」
「ありがとうございます。鶴見中尉も、お気をつけて。」
そう会話をしたのがほんのちょっと前。
お茶を用意して部屋に入ると、鼻から血を垂らした杉元さんが周りの兵に銃を向けられ、両手を拘束されて座っていた。
「え……っ!?」
私の様子を見て、杉元さんが小さく首を振る。
面識があることを言うな、ということか。
鶴見中尉は私が血まみれの男の人にびっくりしたと思ったのか、二階堂兄弟が手荒だっただけで軽傷だと教えてくれた。
そして杉元さんに中尉が問いかける。
「甘いものは好きか?」
「え?」
杉元さんが怪訝そうに聞き返す。
「……小樽の、花園公園名物の、串団子です。」
私がテーブルに団子を出すと、手錠をしたまま杉元さんは器用に食べる。
毒が入っているとか考えないのかな。
私が下がろうとすると、鶴見中尉に「夢主くんは私の横に」と言われてしまい、言われるがままに鶴見中尉から一歩下がったところで待機した。
「あんた、女中に軍服を着せるなんて……変わった趣味をしてるんだな。」
鶴見中尉は誇らしげに笑った。
「私は新しい世界を作ろうとしているからね。彼女は、新しい時代の女性だよ。」
「ふぅん……。」
杉元さんはどこか遠くを見るような顔をしている。
あれ、そういえば杉元さんが森で一緒にいた女の子はどこに行ったのだろうか?
ええと名前はたしか……アシリパさん、だったかな。
そして鶴見中尉は、テーブルに串団子の蜜を使って、ふじみと書いている。
尾形さんのメッセージの「ふじみ」……杉元さんには除隊前に「不死身の杉元」という異名があったようだ。
杉元さん、そんなすごい戦いぶりをする兵士だったんだ。
鶴見中尉は刺青人皮のことをこっそりと彼に聞く。
ん、人皮?
刺青の人とは聞いていたが、「人皮」ってことは、人間から皮膚をはがす必要があるってこと……!?
杉元さんはとぼけようとしていたが、鶴見中尉が食べ終えた串団子の串を杉元さんの頬にぶすり、と刺す。
私は悲鳴が出そうになるのを必死でこらえた。あまりの痛々しさに思わず口を手で押さえた。
それなのに杉元さんは声どころか、表情ひとつ変わらない。
「やはりお前は不死身の杉元だ。」
鶴見中尉の残虐な一面を間近で見るのは初めてだった。
中尉は続ける。その表情は怖ろしいほどに歪んでいた。
「だがな、お前がいかに不死身で寿命のロウソクの火が消せぬというのなら、俺がロウソクを頭からぼりぼり齧って消してやる。」
そしてさらに鶴見中尉は、自分の掲げる目標の話と、今杉元さんが助かるには自分に協力するしかないと話を誘導する。
しかし杉元さんは揺らがなかった。
今後は拷問にでもかけるのだろうか。
たまらなくなった私は連行される前の杉元さんの前に出て、鶴見中尉にお願いをした。
「あのっ!……お願いがあります!」
「なんだね?夢主くん。」
「……私に、杉元さんの手当てをさせてください。」
「なんだと……?」
鶴見中尉の表情が険しい。
ゾクッと背中が震えるが、恐怖で屈しないように堪えた。
私は鶴見中尉に近づき、耳元に顔を寄せると小声で続ける。
「……鶴見中尉、杉元さんをこちら側に引き込みたいなら、彼を追い詰めるのは逆効果だと思います。」
「この男がおとなしく言うことを聞くタマかね?」
「少なくとも、恩を売っておく意味は多少あるかと。」
「……ふむ。夢主くんがそうしたいなら、好きにしなさい。噛みつかれないように気を付けるんだよ。」
「ありがとうございます。手当の道具を持ってまいります。」
鶴見中尉のお許しが出ると、私はすぐに医務室に向かった。
そして救急セットを持って戻ってくると、杉元さんがいない。
杉元さんだけではない、鶴見中尉やほかの兵士たちも消えている。
やられた。
もうすでにどこかに連行されてしまった。
しかも、おそらく拷問にかけたりもしているだろう。
考えろ……さっき、鶴見中尉は杉元さんのけがを誰が手荒だったと言った……?
たしか――二階堂兄弟。
だとすると、行動範囲も絞れるし見張りの人間は彼らと親しい隊員のはず。
私はあたりをつけて誰かを隔離できそうな場所を探した。
さきほどの部屋から離れたところにある、普段は物置扱いされている部屋の扉を開けようとしたとき、中から物音がした。
そっと細く扉を開けると、イスに拘束された杉元さんを二階堂さんが馬乗りになってボコボコに殴っている。
殴っているのは恐らく、洋平さんの方だ。
私はバンッと扉を開けると馬乗りになっている洋平さんの腕を掴む。
「だめです!洋平さん……!」
「あれれ、夢主さん杉元の方を守るんですか。」
「いいんですか鶴見中尉に怒られますよ?」
彼らは一旦動きを止めてこちらを脅してくる。
鶴見中尉に怒られるとしても、中尉は一度は治療を許可したのだから、そこを押し通せば問題ないはず。
そもそも、脅されたからといって見なかったことにはできない。
「あなたたちこそ、鶴見中尉に内緒でこんなことをして、許されませんよ!私が報告して差し上げましょうか?」
私は腰の拳銃を左手で、右手で軍刀をそれぞれに向ける。
第七師団の中で私が訓練をしていたことを知らないものはいない。
とはいえ、私は実際に戦争に出たわけではないので、どこまで戦えるか自分でも未知数だった。
もしかしたら彼らからすれば私を殺すのなんて造作もないことかもしれないがハッタリでも追い返さねば。
「まずいよ洋平、夢主さんは鶴見中尉や鯉登少尉のお気に入りだ。」
「あー、そうだな、殺したあとが面倒だな。中途半端に傷物にでもしたらこっちが殺されかねん。」
二人は銃を向けられていても平気でこしょこしょと内緒話をする。
どこか狂っている双子の様子に、不愉快だと思った。
「早く出ていきなさい。」
私が強い口調で言うと、二人は舌打ちをして出て行った。
床に転がっている杉元さんをイスを掴んでなんとか起こす。
うう……尾形さんを川から引き上げた時と違って、力がそんなに出ない。重たい。
彼はボコボコに殴られて血まみれなのに、最初に会った時とちっとも表情が変わらない。私は救急セットを取り出すと、杉元さんの血を軽く拭いて傷口を見る。
「……最初にお伝えしておきますが、私は鶴見中尉の部下なので、拘束を解いたりはできません。あなたが鶴見中尉に仕えてくださるのだったら、鶴見中尉への口添えを致します。その気になったら言ってください。」
鶴見中尉にやられた串の他にもう一本串が頬に追加されている。
二本ともゆっくりと引き抜き消毒液の染みたガーゼをあてる。
そして殴られた顔面を氷水の入った袋で冷やす。
「……どうして助けてくれるの?お姉さん。」
「夢主でいいですよ。杉元さん。」
杉元さんは、ふっと笑いかけた。
こんな状況でも余裕がある、その生命力に驚いた。
「夢主ちゃんはさぁ、なんで俺を助けるの?俺、あの尾形とかいう兵士崖から落としたんだよ?」
「確かにその件については私は悔しい思いをしました。でも、けがをしたこと自体は尾形さんが自分で選択して進んだ結果なので私は口出ししません。私は、私のしたいようにするのです。杉元さんも、そうでしょう?」
「変わってるな、夢主ちゃんは。」
早くも杉元さんの顔色が良くなってきた。
これは本当に不死身かもしれない。
「中尉も言っていたでしょう?私、新しい時代の女ですから。」
にこっとほほ笑むと、杉元さんはアシリパさんと同じだね、と笑い返してくれた。
あのアイヌの子は元気だろうか。
申し訳ないけれど、私にできることはここまでだ。
「気は変わりましたか?杉元さん。」
「悪いね、俺にも俺の事情があってさ。でもありがとう。おかげで凄く良くなったよ。」
「そうですか……。早めに心変わりしてくれることを祈ってます。お気をつけて……ここには不死身の杉元さんを殺しかねない血の気の多いのがたくさんいますから。では、おやすみなさい。」
「おやすみ、良い夜を。」
正直、杉元さんがそんな簡単にこちら側に落ちるとは思っていない。
利害の一致でもしないかぎりは手を組めるわけがないと分かっていた。
だが、一時だけでも恩を売る意味はあるはずだ。
この行動がいつか活きるときがくるはず。
そう思って彼をそのままに扉を閉めた。
きっとそう簡単に杉元さんは死なないだろう。
杉元さんの手当を終え救急セットを戻しに医務室へ向かう途中、鶴見中尉に出会った。
中尉が私のいない間に杉元さんを隔離したことに対して文句を言うか迷った。
しかし中尉の方から明るく声をかけてくれた。
「おお夢主くん、さっきはすまないね、部下が夢主くんが来る前にとせっせと杉元を運んでしまったんだ。私も杉元をどこへ運んで行ったかは知らなくてね。」
嫌味のつもりか?
いや、バカにしているようすはない。
ただ嘘をついているだけみたいだ。
「あら、そうだったんですね。でも大丈夫ですよ。ちゃんと手当はしてきましたので。」
にこっと笑いかけると中尉の口元がぴくり、とひきつる。
あ……怒ってらっしゃる。
「鶴見中尉、私は杉元さんを第七師団へと勧誘してまいりました。いつか心変わりする日が来ると良いですね。」
師団に引きずり込むための行動だったなら怒られないと思った。
軽くお辞儀をして通り過ぎようとすると、中尉に腕を掴まれて廊下の壁に押し付けられる。
所謂壁ドンというやつだが、鶴見中尉が相手だと命の危険しか感じない。
「……っ」
「夢主、君は思い通りにならない女だね。」
「鶴見中尉……。」
やばい、挑発しすぎたか?と今更ながら焦る。
しかし鶴見中尉は目を輝かせて言った。
「良い。すごく良い逸材だ。夢主くんは私をわくわくさせる天才だね。」
「そ、それは、光栄です。」
褒めてくれてはいる。しかし身体が解放されることはない。
それどころか必要以上に顔を近づけてこちらをじろじろと見ている。
おもむろに首筋に顔を埋めたかと思うと突然がぶり、と耳たぶをかじられた。
「い、っ……!」
びり、とした痛みに小さく悲鳴を上げると、鶴見中尉は満足そうに笑って手を離してくれた。
「ああ、おいしいね。もうこれ以上やられたくなかったら、少しはおとなしくしてくれるかな?」
「は、はい。わかりました。」
ようやく身体が自由になると鶴見中尉の上級な変態加減にビビッた私は、逃げるように足早に医務室へ戻った。
医務室に入ってから耳を押さえていた手を見ると、血が鶴見中尉の唾液と混じってうっすらと滲んでいた。
それを見て呆然としていると、声をかけられてビクリとする。
「おまえ、誰に噛みつかれた。」
「尾形さん……!具合はどうですか?」
彼の問いかけに答えるよりも前に、長いこと意識を失ったり戻ってもしゃべることはできずにいたはずの尾形さんがこちらを見ていることに驚いて駆け寄る。
包帯の上からでもわかるほど顔の腫れは酷く、若干変色してしまっている。
顎も縫われたのだろう、顔の両側に縫い跡が痛々しく残っている。
それでも以前よりも彼は元気そうだ。
「よかった……!」
「おい。」
声をかけられてハッと気づいた。
嬉しさのあまり無意識に尾形さんを抱きしめていた。
苦しかったのだろう、私が離れると、けほん、と軽く咳ばらいをしていた。
そしてこちらをじとりと睨むと、小声で罵倒してくる。
「はしたない女だな。」
「す、すみません。安心して、つい……。」
尾形さんは少しだけ伸びた髪を撫でつけた。
ああ、今までやっていたこの妙な動きは、前髪を後ろに流す癖だったんだな、と私は内心答え合わせをしていた。
「まあ良い。俺がここまで回復していることは内緒にしろ。あ、でも飯は食いたいから、話せないことにしよう。たまに飯持ってきてくれ。」
「そ、それはいいですけど。」
「それから、今までのこと、全部話せ。」
そして、尾形さんは自分が倒れてから今日までのことを私に話させた。
杉元さんの話をすると、生きてるのか。と呟いていた。
「夢主、お前誤魔化そうったってそうはいかねえぞ。」
「はい?」
「全部話せと言ったはずだ。」
なんのことかと思ったが、私が話したのは杉元さんを手当したときのことまで。
その後の鶴見中尉の変態的な行動は話してなかった。
気まずい。
襲われかけたとは言えずにいたが、耳を触ったときに手のひらについた唾液と血が滲んでいる跡を尾形さんは見てしまっている。
「その、これは……鶴見中尉に、壁に押し付けられて……そのあと耳を噛まれました。」
「ははあ、鶴見中尉は違うと思ったが、スキモノだったかぁ。」
尾形さんは馬鹿にしたように笑っている。
他の兵のときもそうだが、尾形さんは私が誰かに好かれているのを心底見下している。
何様だろうかと少しムッとしていると、尾形さんに腕をぐいっと引っ張られてバランスを崩し、彼のベッドに咄嗟に手をつこうとする。
尾形さんが私の肩を掴んで受け止めると、隊服の襟元を引っ張ってそのまま私の首筋に噛みついた。
「いたっ!ちょ、何してるんですか……!」
咄嗟に暴れて抗議するも、尾形さんは首から血が出るほど強く噛みついていた。
肩を抱いている手にも力が入っていて、ほぼ飲まず食わずで寝たきりでどこからこんな力を出してるんだとドン引きする。
血が滲んだことを確認すると満足そうに尾形さんは私を解放した。
尾形さんに文句を言うも、飯忘れんなよと言い捨てて尾形さんは眠ってしまった。
なんて勝手な人なの。
【あとがき:この兵舎にまともなやつはいない。】