空欄の場合は夢主になります。
第一話 はじめまして 始まりの話
お名前をどうぞ
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初めまして。
私は夢主と申します。
ただいま陸軍第七師団歩兵第27聯隊の兵舎にて、女中として働いております。
私は元々ここの人間ではありません。
というのは、故郷を離れて奉公……なんてよくある話でもなく、私は西暦2000年を超えた世界からやってきた未来人なのです。
初めてやってきた日は大変でした。
私は普通のどこにでもいるOLだ。
その日も仕事が終わって、自宅へ帰ろうとしていたときのこと。
残業があり遅い時間だったせいもあって、静かで暗い公園の横を通っていた。
私は疲れていたので視線を下にして歩いていて、それがいけなかったのかもしれない。
ふと靴の感覚、正しく言うと地面を踏んだ感覚が、コンクリートから土に変わったことに気づく。
いけない、よそ見をしていて公園の中に入ってしまった……と顔を上げて進路を直そうとしたとき、私の視界には鬱蒼とした森が雪景色と共に広がった。
私は何が起きたのか分からず唖然とした。
いつもの公園には申し訳程度の緑しかなかったはず。
道を間違えたのかと驚いて辺りを見渡すが、薄暗かった住宅街とは全く違った大自然の中の静けさを感じてさらに混乱する。
しかも、いつもよりずっと寒い。
恐怖から来る寒気とは別で、明らかに体感温度が下がっている。
スーツのまま、こんな極寒の森の中を歩き回るなんて無理だ。
「誰かいませんか!」
声を上げながら少しでも月明かりで視界が開けそうなところを目指し、人の気配を待つ。
混乱していたのもあって、少し涙が出てきた。
いい歳して迷子になって泣くなんて、と恥ずかしく思うも、不安が大きくて仕方がない。
「すみません!助けてください!誰か!」
声を上げ続けていると、ガサガサッ!と森から人の気配がした。
獣や不審者などいろんなことを想定して思わず体を固くしてそちらを凝視していると、
闇からヌッと出てきたのは一人の兵隊さん。
歴史ドラマや戦争ものの映画で見覚えのある感じの日本軍の恰好をしていた。
彼は頭から大きなフードつきの上着を着ていて、大きな銃(のちに三十年式歩兵銃と聞いた)を構えたまま、目は暗く、低い声でこちらに声をかける。
「何者だ。」
「夢主といいます、仕事帰りに歩いていましたら、知らないうちにこの森にいました。」
我ながらよくぞ簡潔に言えたと思う。
銃を向けられたのは初めてだった。疲れた脳みそをフル回転させて、敵意がないことを伝えなくては、と思ったのだった。
「……」
男の人は何も言わず銃も構えたまま。
こちらを頭から足の先までじろじろと見て、疑わしそうにしている。
どうしよう、これ以上何も弁解のしようがない。
帰り道に道に迷った挙句、兵隊のコスプレした不審者に撃たれて死ぬなんて……あんまりすぎる。
びっくりして引っ込んでいた涙がぽろっと落ちた。
兵隊さんは少し驚いたようすだったが、基本的には無表情で動きはない。
「助けてください。帰り道がわからないんです。」
めんどくさそうに兵隊さんはため息をつく。
武器はもっていないかと聞かれて必死にこくこくと頭を上下に振った。
すると、彼は銃を下ろし、坊主なのに前髪のあたりを押さえるような仕草をして、こちらに歩み寄ってきた。
握手をするくらいの距離だろうか、なんともいえない距離感だが、初対面にして少し近く感じてしまい少し後退りをしかけた。
「動くな。騒ぐなよ。」
そう言われるやいなや、視界がぐるんと地面の方へと反転した。
気付くと彼にまるで米俵でも担ぐかのように肩に背負われていた。
「きゃあ!」
悲鳴を上げると彼に騒ぐな、とお尻を叩かれる。
殺されてはたまらないと、悲鳴を必死に抑えておとなしく担がれていった。
そして通されたのが、陸軍第七師団歩兵第27聯隊で情報将校をしているという鶴見中尉のもと。
ちなみに兵舎に入ってからこの中尉の部屋に入るまでも私はずっと担がれていた。
兵舎にいる人たちは皆私を背負っている男の人をぎょっとした目でみていたので、この状況が変だという共通の認識があることに安心した。
「尾形上等兵……それは、なんだね?」
私を背負ったままの彼に問いかけたのは、顔に傷跡があり、仮面のようなもの(これはのちにホーロー製の額当だと教えてくれた)をしている偉い人だった。
「……兵舎の裏手の森で、不審な女を拾いました。帰り道が分からないとのことです。周囲を見ましたが敵勢はおらず、このまま放置しても危害が及ぶ可能性を考え、連れてまいりました。」
初めて彼の名前を知った。
尾形さんというんだな、この無表情の怖い人は。
「それはいかんな、下ろしてあげなさい。」
偉い人は尾形さんにそう指示をする。
尾形さんが丁寧に下ろすはずもなく、どしゃっと雑に下ろされて床にぺたんと座り込んでしまった。
「立て。」
床に落としておいてなにそれ!なんていつもの私ならキレていた。
なんとか立ち上がると、偉い人は声をかけた。
「私は陸軍第七師団歩兵第27聯隊で情報将校をしている鶴見という。お嬢さん、お名前は?」
おお、なんて紳士なんだ。
立ち振る舞いからして気品を感じられる。
思わず姿勢を正して答えた。
「夢主といいます。仕事帰りに歩いていたところ、知らないうちに森にいました。帰り方がわからないんです。」
「それは災難だったね。家はどちらなのかな?」
私が住所を正直に答えると、鶴見中尉は顔をしかめた。
「はて、そのような地名の場所が……いや、この辺りにはないな?」
「!?」
迷ったにしてはおかしいと思ったんだ。
森と公園を間違えるわけがないもの。
だとしたら何だろう、記憶喪失とか…?
私が困っていると、黙って見ていた尾形さんが口をはさんだ。
「この女は記憶喪失だと思います。」
ほう?と鶴見中尉はこちらを鋭く見つめる。
「確かに、夢主さんの着ている服は洋装だね?この辺りではそんな服を着ている人は見ないな。相当遠くから来てしまったんだろう。」
洋装?スーツがそんなに珍しいのか。
困ってしまって何も返事ができなかった。
鶴見中尉はふーむ……と唸って髭を撫でつけている。
傷のインパクトの印象が強いが、よく見るととても整った顔をしている。それでこの立ち振る舞いなのだから、さぞかし人気があるのだろうなんて悠長なことを考えていた。
「若いお嬢さんが一人で生きるのは厳しいだろう。記憶が戻るまで、ここにいなさい。ちょうど兵舎の家事をやる人間を少し雇おうかと思っていたんだ。衣食住は保証するから、仕事をしてもらおう。いいね?」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
私はこのまま殺されたり身ぐるみはがされて追い出されると思っていたので、とても嬉しかった。
鶴見中尉の提案に尾形さんは驚いているようだった。
下がっていいぞ、と言われると尾形さんはどこか不満そうだったが、失礼しますと言って部屋を出る。
そして鶴見中尉が「月島軍曹」と声をかけると、後ろから別の男性の声がして驚いてしまった。
最初から扉の前にいたのか、と目を丸くしていると、これまた厳しい顔をした人が出てきた。
「夢主さんに空いてる部屋を案内しなさい。あと、服は洋装を用意してやってくれ、ほかに必要なものはそろえてあげなさい。」
「はい。」
鶴見中尉の指示を聞いた月島さんは、行きましょうと声をかけて扉を開けた。
私は鶴見中尉の方へ向き直って頭を下げた。
「鶴見中尉、ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
鶴見中尉はにっこり笑顔を作ると、よろしくね、と手を振った。
ああ、人望のある上司って感じ。
そんなことを思いながら月島さんについていった。
「……こちらが夢主さんのお部屋になります。中にあるものは自由に使ってください。」
「わあ、ありがとうございます。すごく素敵なお部屋。」
案内された部屋は決して広くはないが、ベッドとタンスとテーブルとイス。小さめな窓にレースのカーテンがついている洋風のお部屋だった。
可愛らしいけどモダンな家具に私がつい喜んでいると、月島さんが驚いたような表情でこちらを見ていたので、慌てて口を押えた。
「……すみません、はしゃいでしまって。」
気まずい。普通に恥ずかしい。
「いえ。……気に入っていただけたならよかったです。」
ああ、なんて気遣いのできる人。
明日の朝迎えにあがります、何かありましたら当直の見張りが突き当りにおりますと声をかけて月島さんは部屋から出て行った。
「ふぅ……。」
肩にかけたままだった鞄をテーブルに置く。
そういえば軍隊とか言ってたのによく身辺検査されなかったな。
思い返すと、背負ってるときも下ろされた後も、尾形さんがうまいこと影になってくれてたのかもしれないと気づいた。
私は今どこにいるんだろうか、なんでこんなことになってしまったのだろうか、そんなことを悶々と考えながら、タンスに入っていた寝巻を取り出す。
浴衣のような、浴衣より少し厚手のガウンのような素材だ。
それに袖を通していると、窓に人影が写って思わず身構えた。
「誰……?」
びっくりしてドキドキしながら問いかけると、こんこん、と窓を小さく叩かれた。
レースのカーテンをそっと開くと、そこにはフードを深々と被った尾形さんがいた。
窓を開けると尾形さんが窓枠に手をかけて上がり込んでくる。
1階とはいえ、外から入るとなると高さがあって結構キツイと思うんだけど……この人筋肉すごいなと感心してしまう。
「尾形さん……!」
「静かにしろ馬鹿。」
馬鹿ですって!?
私がむかついていると、尾形さんは何も言わずおもむろに机の上の私のカバンを漁った。
「ちょ、ちょっと……何してるんですか。」
驚いて鞄に手を伸ばすと尾形さんが手を振り払う。
「やはり……見慣れないものばかりだ。」
そう呟かれてドキッとした。
私自身はそんなに変わったものを持ち歩いているつもりはなかった。
でも、スマホやらイヤホンやら、文明の利器を彼は物珍しそうに見ていた。
逆にノートやペンやハンカチなどは大丈夫なようだ。
心臓がバクバクとする。とても嫌な予感がした。
「お前、何者だ?」
尾形さんはこちらをじとり、と見つめる。
私はこの違和感を確認せずにはいられなかった。
「あの、すみません。今って何年ですか……?」
「は?」
彼は素っ頓狂な声を出した。
「明治……」
「ええ!?」
大きい声を出したら尾形さんに口を手で塞がれた。
「馬鹿野郎、追い出されたいのか。」
首をぶるぶると横に振ると手を離された。
嫌な予感が的中してしまった。
観念して、小声で話し始める。
「……私、西暦で言うと2000を超えたとこから来たんです。」
「はあ!?」
「ちょっ、静かに!」
今度は私が尾形さんの口を塞ごうとする。
手が届く前に払われてしまったが。
「……。」
「……。」
しばらくお互いなんともいえない表情で沈黙する。
「……未来人。」
ぼそっと言われて、ビクッと肩が震えた。
だって未来人ってどら●もん的なさ!
何かすごいものを持ってたり、発明したり、そんなことを期待されちゃうじゃない!?
歴史だって大した知識はないし、未来予知にも使えないよ。
そもそも私、ただのOLだからね!?
どうしよう異端者として拷問されたりするのかな!?
怯える私の様子をしばらく観察した尾形さんは、ふん、と軽く鼻で笑うと、またないはずの前髪を撫でつけて言った。
この人前髪に何か未練でもあるの?
「明日から楽しみだなぁ?未来人。」
「……。」
むかつく、けど言い返す言葉がない。
尾形さんはごそごそと鞄から文明の利器たちを手に取っていく。
「ちょっと、それどうするつもりですか。私のです。」
「隠しておいてやるよ。中尉に見つかったら拷問かもな?」
そう言い放つ尾形さんは珍しく笑顔だ。
不気味で仕方がない。
拷問、という言葉に奪い返そうと伸ばしていた手が止まってしまった。
「精々大人しくこき使われておけよ。」
そう吐き捨てると、尾形さんはまた窓から出て行った。
むかつく野郎だな!
窓を閉めてカーテンをしめる。
もう二度と開けるもんか。
でも鞄の中身は確かにバレたら厄介そうだ。
持って行ってもらえてよかったかもしれない。
【あとがき:着替えを見られていた件について。】
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