抱きしめたい

 シグマが幼いとき、オリバーと出会って間もない頃。
 シグマは人前では気丈に慎ましく振る舞っていたが、夜更けに一人になると、両親を思い返しては泣いていた。もはや義理の父とはいえ、モーリス王に両親を奪われた恨みを思うと尚更悲しみは大きかった。
 そんなある日、シグマはオリバーといつものように王都に出て散策をしていた。いつものように、などとは言っていられないがご愛嬌である。
 ちょうど当時の二人と同い年くらいの男の子と、その両親が店の前で微笑ましく話をしていた。傍から見れば何でもないような光景だった。いつものシグマなら、いかにも幸せそうな家族は極力視界に入れないでいたが、その日はじっと見つめてしまった。
(だめだ)
堪えていたが、シグマの目が潤みはじめる。泣きそうなのをオリバーに気付かれないように、オリバーから背を向けたシグマだったが……。

「シグマ?」
 オリバーが回り込み、いつもとは違うシグマの様子に気付くと、シグマの手を握り、人気のない路地裏に連れていった。

 路地裏に着く。
「ちょっとここで休もうか」
そうしてオリバーはシグマをゆっくりと抱きしめ、背中をさする。シグマの目から涙がぽろぽろと流れ落ちる。
(ああ。やっぱり、あなたは)
「オリバー……」
シグマはしゃくり上げながら、
「ごめん、なさい……」と続けた。
「謝らなくていいよ」
オリバーはシグマに、
「今も、すごくつらいんだろう」
と話す。
シグマはこくりと頷く。シグマはポケットからハンカチを取り出し、涙を拭う。オリバーは事故の経緯をまだ知らないであろうし、王の息子に気を遣われるのはシグマとしては複雑だったが、抱きしめられることへの安心感は本物だった。

 そうしてシグマが泣き止んできたところで、オリバーはシグマに自身の想いを話す。
「シグマ」
「?」
「叶うなら、おまえとずっと一緒にいたいな」
シグマは
(本当に一緒にいられるかは分からない……でも……僕は……)
と逡巡して、
「……私もです。オリバー」
こう答えた。
 大きな問題は解決したわけではない。しかしながら、オリバーと共に王宮に帰るシグマは、どこか晴れ晴れとした顔つきだった。

 なお、オリバーが自身の専属騎士としてシグマを指名するのはもう少し先の話だ。
1/1ページ
    スキ