遊戯王OCGのSS
ボクたちは精霊を操り、時には荒事だってこなす。裾が広がったドレスや、締め付けの強い装飾なんて邪魔なだけだ。それは肌に一番近いところだって変わらない。
綿の柔らかい素材で、汗を吸いやすく、激しく動いてもズレない。それがボクにとっての『正装』だった。
はずだったんだ。
なのに、今ボクの指先が触れているのは、心許ないほどに薄いシルクの滑らかさと、肌を這うような繊細なレースの感触。
「……なんで、買っちゃったんだろうな、これ」
鏡の中に映っているのは、いつものボクであって、ボクではない何か。火霊術を操る際に纏うあの猛々しさはどこへやら、鏡の中の少女は、自分の身体のラインを露骨に強調する『それ』に翻弄され、頬を林檎のように赤く染めている。
それは、魔が差したとしか言いようがない買い物だった。街の喧騒の中、ふと目に入ったショーウィンドウ。
普段なら素通りするはずの、煌びやかで、どこか背徳的な香りのするランジェリーショップ。
「たまには、ボクだって……」
そんな、形にもならない淡い憧れのような、あるいは悪戯心のような。そんなものが指先を動かした。
手に取ったのは、情熱的な赤。けれどボクの髪色よりもずっと深く、毒を含んだような真紅。布面積は驚くほど小さく、細い紐が複雑に絡み合い、素肌を隠すというよりは、むしろその存在を際立たせるための工芸品。
けれど、いざ身に着けてみると、鏡に映る自分に言いようのない『ちぐはぐさ』を感じて、胸の奥がチリチリと痛んだ。
「……ボクには、やっぱり似合わないのかな」
ボクの胸元は、悲しいくらいに滑らかだ。起伏の乏しいそこに、この過剰なまでの装飾は、まるで場違いな宝物を置いてしまったような違和感を放っている。
これがエリアだったら。あいつはいつも凛としていて、それでいてどこか女らしい。この繊細なレースだって、彼女の白皙の肌にならもっと上品に映えるだろう。
あるいは、アウスだったら。……あいつは、ボクとは正反対に、その、豊かすぎるほどの『起伏』を持っている。この意地悪なほど細い紐だって、彼女の身体ならもっと劇的に、それこそ本来の役割を果たすように、艶めかしく食い込むんだろう。
「ボクが着たって、布が余るだけなのに……」
自嘲気味に呟きながらも、その『異物感』に背筋が震えた。
一歩歩くたびに、硬いレースが敏感なところをくすぐり、細い紐が食い込む。守られている感覚なんて微塵もない。むしろ、裸でいるよりもずっと無防備で、誰かに何かを突きつけられているような。
そして、その『無防備』さは、上半身だけじゃなかった。
ボクは自分の下半身に目をやった。
ただ、細い真紅の紐が、ボクの腰回りを頼りなく這っているだけ。布と呼べるほどの面積はどこにもなくて、ただ、最重要の場所を申し訳程度に覆っている、その、繊細すぎるレース。
いつもなら、動きやすい綿のスパッツか、せめてしっかりしたショーツを履いている。けれど今は、そのどちらでもない。
その事実が、ボクの下腹部に、これまで感じたことのないような、熱くて、ひどく甘い、痺れるような感覚を呼び起こした。
そんな、自分だけの卑屈で熱い秘密に酔いしれていた、その時だった。
「ヒータ?部屋にいるの?」
心臓が跳ね上がった。
聞き慣れた、けれど今は世界で一番聞きたくない、穏やかで涼やかな声。
「エ、エリア……!?」
「入るわよ」
「待っ、待った!ちょっと待てって!!」
返事も聞かず、扉の向こうの気配が動く。ボクは半狂乱で、脱ぎ捨てていた普段着――いつもの、前を一切留めないショート丈のシャツの上から、さらにいつものチューブトップとミニスカートをひったくった。
ボタンも何もない前開きのシャツを羽織る。その上からチューブトップを重ねる。そして、震える手でミニスカートを履き、ベルトを締める。
その間、ボクの『秘密』は常に、開いたシャツの隙間から、そして短いスカートの裾の下から、顔を覗かせようと狙っていた。慌てて服を整え、ベルトをきつく締める。その締め付けのたびに、腰回りの赤い紐が肌に食い込み、ボクの羞恥をさらに煽った。
とにかくこの『赤』を隠さなきゃいけない。
「……何よ、そんなに慌てて。顔、真っ赤じゃない」
エリアは不審そうにボクを上から下まで眺める。彼女の澄んだ瞳に見つめられると、服の向こう側を透視されているんじゃないかって、気が気じゃない。
そうだ、ボクのいつもの格好は、風通しの良すぎるスタイル。普段ならそれがボクの『自分らしさ』なのに、今日に限ってはそれが致命的な弱点になる。
ここで下手にボタンを閉めたり、スカートの裾を気にしたりすれば、、それこそ「何かを隠している」と宣伝しているようなものだ。あいつらの鋭い観察眼から逃れるには、いつものように、大胆に、無防備なフリをするしかない。
この薄いシャツの下では、あの真っ赤なレースがボクの肌を強く締め付けている。その事実が、エリアの何気ない視線を熱を帯びたナイフのように感じさせた。
ボクは震える手で、あえてシャツの前を大きく開いたまま、チューブトップの上からシャツの襟元を掴んだ。
「な、なんでもないよ!ちょっと、その……筋トレとか、してたんだよ!」
「ふーん。まあいいわ。みんなで街へ行こうって話になったの。ウィンが行こうってうるさくて」
「街?今から!?」
「そう。ヒータも来るでしょ?断る理由、ないものね」
エリアはボクの返事も待たず、翻って廊下へと消えていった。一人残されたボクは、絶望的な気分で自分の胸元を見た。急いで着たせいで、シャツの襟元が少し歪んでいる。少しでも激しく動けば、肩からあの細い、挑発的な赤い紐が覗いてしまうだろう。
そして履いているのは、ただでさえ短いスカートだ。ちょっと屈んだり、風が吹いたりすれば、その瞬間、この『毒々しい赤』が世界に晒されることになる。
「……最悪だ」
けれど、今さら着替える時間なんてない。ボクは覚悟を決めて、地獄(あるいはもっと奇妙な場所)への一歩を踏み出した。
***
街の空気は、いつもよりずっとざわついて感じられた。
「ねえねえ、ヒータ!あそこの出店、珍しい火の魔石があるみたいだよ!」
ウィンが無邪気にボクの腕を引く。
「わっ、ちょっと、引っ張るなって!」
ウィンに振り回されるたびに、前を留めていないシャツが大きく翻る。その度に、ボクの心臓は口から飛び出しそうになる。『いつものヒータ』を演じるために、ボクは胸元を隠すことができない。
人混みを歩く。すれ違う人々の視線が、ボクの開いた胸元を、そして、無防備なミニスカートの裾を通り過ぎるたびに、氷の刃で肌をなぞられているような寒気と、火であぶられているような熱さが交互に襲ってきた。
「あはは、ヒータ、今日なんだか動きが硬いよ?筋肉痛?」
ウィンがボクの背中をバシバシと叩く。その衝撃のたびに、服の下の『秘密』が擦れて、ボクは変な声を上げそうになるのを必死で堪えた。
もし、このシャツがズレてしまったら。
もし、激しい動きで紐が切れてしまったら。
もし、転んでスカートが捲れ上がってしまったら。
そんな想像をするだけで、頭の中に火炎放射を浴びせられたような熱が回る。
「……ヒータ、本当に大丈夫?」
アウスが、覗き込むようにボクの顔を見る。彼女の落ち着いた、深い土のような瞳。嘘をつけない彼女の視線は、ボクの心の動揺を正確に射抜いているようだった。
「……なんだか、さっきからずっと肩をすぼめているけれど。寒いの?」
「そ、そんなことないよ!ほら、ボクは火霊使いだし!」
ボクは虚勢を張って、あえて胸を張ってみせる。けれどその動作こそが、シャツの隙間からあの赤いレースを覗かせる一番の近道だということに気づいて、すぐに顔を伏せた。
「……そう?どこか、苦しそうに見えるけど」
アウスがそっと、ボクの肩に手を置く。その指先が、ちょうど下着のストラップがある位置に触れた。
「ひっ」
ボクは過剰に肩を跳ね上げ、アウスの手を振り払う形になってしまった。
「……ごめん。その、びっくりしただけなんだ」
「……ごめんなさい、私こそ」
アウスは少し悲しそうに目を伏せる。彼女が少し前かがみになったとき、その豊かな胸のラインが、ゆったりとしたローブを押し上げているのが見えた。
あんな風に、自然で、豊満で。もし彼女がボクと同じものを着ていたら、きっと『下着』の方が喜ぶんだろうな、なんて。
そんな場違いな劣等感が、恥ずかしさに混ざって胸をチクりと刺す。
「あーあ、ヒータったら。せっかくお出かけなのに、そんなにツンツンしちゃって」
ウィンがボクの腰に腕を回して、じゃれついてくる。
「わっ、やめろ!ウィン、離せ!」
「えー、いいじゃん!減るもんじゃないし!」
ウィンの指が、ボクの腰骨のあたりに食い込む。そこには『あの下着』の、最も過激な意匠を凝らしたパーツがある。
布なんてほとんどない、ただ紐が交差しているだけの、あそこ。
ウィンの手の熱が、薄い布を隔てて直接伝わってくる。
彼女の無邪気な好奇心が、ボクが必死で守っている『秘密の境界線』を土足で踏み越えてくる。不審がられないように、ボクは笑っていなければならない。けれど、この無邪気な接触のたびに、服の下の『赤』がボクの肌に強く意識を刻み込んでくる。
「……っ、ふ、あ」
変な、吐息が漏れた。
ボクは慌てて口を塞いだけれど、もう遅い。
隣を歩いていたエリアが、足を止めてジロリとボクを睨んだ。
「ヒータ。……あなた、今日やっぱり変よ」
「そ、そんなこと、ないって。ボクはいつも通り……」
「いつも通りなら、そんなにビクビクしないわ。まるで、何か悪いことでもしてるみたい」
エリアの言葉に、心臓が爆発するかと思った。
「悪いこと」
そう、これはある種の背信行為だ。
みんながいつも通り、誠実に霊使いとしての絆を深めている中で、ボクだけが服の下に、こんなふしだらな――似合わないと分かっているのに、それでも手放せなかった――ものを着込んで、勝手に一人で熱くなっている。
ボクの視界が、恥ずかしさで白んでいく。
けれど、その恥ずかしさの裏側で、妙な高揚感がチリチリと燻っていた。
誰も知らない。
エリアも、ウィンも、アウスも。
彼女たちが信じている「ぺったんこで、ガサツで、いつも通りのヒータ」のすぐ裏側に、こんなにも赤くて、熱くて、ひどく無防備なボクが隠れているなんて。
彼女たちがボクに触れるたび、その『秘密』との距離がゼロになる。
その危うさが、ボクの感覚を研ぎ澄ませ、心臓の鼓動を狂わせる。
「あ、見て!ヒータに似合いそうなアクセサリー!」
ウィンが指差した先には、燃えるような赤い宝石をあしらったペンダントがあった。
「本当ね。ヒータ、あててみたら?」
エリアがボクの背中を押し、店先へと促す。
店主の老人が、にこやかにボクたちを迎える。
「おやおや、仲の良いお嬢さん方だ。そちらの薄着のお嬢さん、この赤は、あなたにぴったりだ」
老人は、ボクの胸元にペンダントを掲げた。
鏡を見る。
赤い宝石の輝き。そのすぐ下、チューブトップで留められたシャツの隙間。
影になっている部分に、確かに、あの情熱的な『赤』が沈んでいた。
「……っ」
ボクはたまらず、自分の胸元を両手でギュッと押さえた。
「あ、いいよ!いらない!こういうの、ボクには似合わないから!」
「ヒータ?」
ウィンの不思議そうな声。
「……もう、帰る!ボク、先に帰るから!」
ボクはみんなの制止も聞かず、脱兎のごとく駆け出した。
背後でエリアやウィンの呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返る余裕なんてなかった。
走るたび、全身の感覚が『そこ』に集中する。
薄い胸を確かに締め付けるレース、肌を噛む紐、股座をくすぐるシルク。
ボクは今、確かに世界で一番恥ずかしい姿をしている。
けれど、夕暮れに染まる街を走り抜けながら、ボクの口角はほんの少しだけ、震えながら上がっていた。
***
誰もいない自室に飛び込み、バタンと扉を閉める。荒い呼吸を整えながら、ボクは逃げるようにシャツとチューブトップ、そしてミニスカートを脱ぎ捨てた。
露わになる、夕闇に沈んだ真紅。
「……はあ」
大きく息を吐き、改めて鏡の中の自分を見つめる。
情熱的な深紅のレースが、ボクの白い肌を侵食するように這っている。
それは、今日一日、ボクをずっと支配していた、小さくて不器用な反逆の証。
あいつらの無邪気な視線や指先に晒され続けたこの『赤』は、ボクの肌に消えない熱を刻みつけていた。
指先で、そっと胸元のレースをなぞってみる。似合わないと思っていた。不釣り合いだと思っていた。でも、鏡の中のボクは、いつものガサツな自分とは違う、もっと脆くて、もっと熱い、名前のつかない感情をその瞳に宿している。
「……変なの」
あんなに恥ずかしくて、逃げ出したいほどだったのに。シャツを羽織り、わざと前を大きく開けてみる。チューブトップはまだ脱いだままだ。鏡の中のボクは、無防備な霊使いの姿をしていながら、その実、誰にも触れさせない秘密の鎧を纏っている。
この下着がボクを女の子にしているのか、それとも、ボクがこの下着に呪われているのか。どちらでもいい。ただ、この締め付けられるような感覚が、今は少しだけ愛おしく感じられた。
ボクはもう一度、鏡に映る『赤』を指先で弾いた。明日も、ボクはいつも通りシャツの前を開け、チューブトップを重ね、あいつらと笑い合う。その足元で、この情熱が密かに燃え続けていることを、ボクだけが知っている。
綿の柔らかい素材で、汗を吸いやすく、激しく動いてもズレない。それがボクにとっての『正装』だった。
はずだったんだ。
なのに、今ボクの指先が触れているのは、心許ないほどに薄いシルクの滑らかさと、肌を這うような繊細なレースの感触。
「……なんで、買っちゃったんだろうな、これ」
鏡の中に映っているのは、いつものボクであって、ボクではない何か。火霊術を操る際に纏うあの猛々しさはどこへやら、鏡の中の少女は、自分の身体のラインを露骨に強調する『それ』に翻弄され、頬を林檎のように赤く染めている。
それは、魔が差したとしか言いようがない買い物だった。街の喧騒の中、ふと目に入ったショーウィンドウ。
普段なら素通りするはずの、煌びやかで、どこか背徳的な香りのするランジェリーショップ。
「たまには、ボクだって……」
そんな、形にもならない淡い憧れのような、あるいは悪戯心のような。そんなものが指先を動かした。
手に取ったのは、情熱的な赤。けれどボクの髪色よりもずっと深く、毒を含んだような真紅。布面積は驚くほど小さく、細い紐が複雑に絡み合い、素肌を隠すというよりは、むしろその存在を際立たせるための工芸品。
けれど、いざ身に着けてみると、鏡に映る自分に言いようのない『ちぐはぐさ』を感じて、胸の奥がチリチリと痛んだ。
「……ボクには、やっぱり似合わないのかな」
ボクの胸元は、悲しいくらいに滑らかだ。起伏の乏しいそこに、この過剰なまでの装飾は、まるで場違いな宝物を置いてしまったような違和感を放っている。
これがエリアだったら。あいつはいつも凛としていて、それでいてどこか女らしい。この繊細なレースだって、彼女の白皙の肌にならもっと上品に映えるだろう。
あるいは、アウスだったら。……あいつは、ボクとは正反対に、その、豊かすぎるほどの『起伏』を持っている。この意地悪なほど細い紐だって、彼女の身体ならもっと劇的に、それこそ本来の役割を果たすように、艶めかしく食い込むんだろう。
「ボクが着たって、布が余るだけなのに……」
自嘲気味に呟きながらも、その『異物感』に背筋が震えた。
一歩歩くたびに、硬いレースが敏感なところをくすぐり、細い紐が食い込む。守られている感覚なんて微塵もない。むしろ、裸でいるよりもずっと無防備で、誰かに何かを突きつけられているような。
そして、その『無防備』さは、上半身だけじゃなかった。
ボクは自分の下半身に目をやった。
ただ、細い真紅の紐が、ボクの腰回りを頼りなく這っているだけ。布と呼べるほどの面積はどこにもなくて、ただ、最重要の場所を申し訳程度に覆っている、その、繊細すぎるレース。
いつもなら、動きやすい綿のスパッツか、せめてしっかりしたショーツを履いている。けれど今は、そのどちらでもない。
その事実が、ボクの下腹部に、これまで感じたことのないような、熱くて、ひどく甘い、痺れるような感覚を呼び起こした。
そんな、自分だけの卑屈で熱い秘密に酔いしれていた、その時だった。
「ヒータ?部屋にいるの?」
心臓が跳ね上がった。
聞き慣れた、けれど今は世界で一番聞きたくない、穏やかで涼やかな声。
「エ、エリア……!?」
「入るわよ」
「待っ、待った!ちょっと待てって!!」
返事も聞かず、扉の向こうの気配が動く。ボクは半狂乱で、脱ぎ捨てていた普段着――いつもの、前を一切留めないショート丈のシャツの上から、さらにいつものチューブトップとミニスカートをひったくった。
ボタンも何もない前開きのシャツを羽織る。その上からチューブトップを重ねる。そして、震える手でミニスカートを履き、ベルトを締める。
その間、ボクの『秘密』は常に、開いたシャツの隙間から、そして短いスカートの裾の下から、顔を覗かせようと狙っていた。慌てて服を整え、ベルトをきつく締める。その締め付けのたびに、腰回りの赤い紐が肌に食い込み、ボクの羞恥をさらに煽った。
とにかくこの『赤』を隠さなきゃいけない。
「……何よ、そんなに慌てて。顔、真っ赤じゃない」
エリアは不審そうにボクを上から下まで眺める。彼女の澄んだ瞳に見つめられると、服の向こう側を透視されているんじゃないかって、気が気じゃない。
そうだ、ボクのいつもの格好は、風通しの良すぎるスタイル。普段ならそれがボクの『自分らしさ』なのに、今日に限ってはそれが致命的な弱点になる。
ここで下手にボタンを閉めたり、スカートの裾を気にしたりすれば、、それこそ「何かを隠している」と宣伝しているようなものだ。あいつらの鋭い観察眼から逃れるには、いつものように、大胆に、無防備なフリをするしかない。
この薄いシャツの下では、あの真っ赤なレースがボクの肌を強く締め付けている。その事実が、エリアの何気ない視線を熱を帯びたナイフのように感じさせた。
ボクは震える手で、あえてシャツの前を大きく開いたまま、チューブトップの上からシャツの襟元を掴んだ。
「な、なんでもないよ!ちょっと、その……筋トレとか、してたんだよ!」
「ふーん。まあいいわ。みんなで街へ行こうって話になったの。ウィンが行こうってうるさくて」
「街?今から!?」
「そう。ヒータも来るでしょ?断る理由、ないものね」
エリアはボクの返事も待たず、翻って廊下へと消えていった。一人残されたボクは、絶望的な気分で自分の胸元を見た。急いで着たせいで、シャツの襟元が少し歪んでいる。少しでも激しく動けば、肩からあの細い、挑発的な赤い紐が覗いてしまうだろう。
そして履いているのは、ただでさえ短いスカートだ。ちょっと屈んだり、風が吹いたりすれば、その瞬間、この『毒々しい赤』が世界に晒されることになる。
「……最悪だ」
けれど、今さら着替える時間なんてない。ボクは覚悟を決めて、地獄(あるいはもっと奇妙な場所)への一歩を踏み出した。
***
街の空気は、いつもよりずっとざわついて感じられた。
「ねえねえ、ヒータ!あそこの出店、珍しい火の魔石があるみたいだよ!」
ウィンが無邪気にボクの腕を引く。
「わっ、ちょっと、引っ張るなって!」
ウィンに振り回されるたびに、前を留めていないシャツが大きく翻る。その度に、ボクの心臓は口から飛び出しそうになる。『いつものヒータ』を演じるために、ボクは胸元を隠すことができない。
人混みを歩く。すれ違う人々の視線が、ボクの開いた胸元を、そして、無防備なミニスカートの裾を通り過ぎるたびに、氷の刃で肌をなぞられているような寒気と、火であぶられているような熱さが交互に襲ってきた。
「あはは、ヒータ、今日なんだか動きが硬いよ?筋肉痛?」
ウィンがボクの背中をバシバシと叩く。その衝撃のたびに、服の下の『秘密』が擦れて、ボクは変な声を上げそうになるのを必死で堪えた。
もし、このシャツがズレてしまったら。
もし、激しい動きで紐が切れてしまったら。
もし、転んでスカートが捲れ上がってしまったら。
そんな想像をするだけで、頭の中に火炎放射を浴びせられたような熱が回る。
「……ヒータ、本当に大丈夫?」
アウスが、覗き込むようにボクの顔を見る。彼女の落ち着いた、深い土のような瞳。嘘をつけない彼女の視線は、ボクの心の動揺を正確に射抜いているようだった。
「……なんだか、さっきからずっと肩をすぼめているけれど。寒いの?」
「そ、そんなことないよ!ほら、ボクは火霊使いだし!」
ボクは虚勢を張って、あえて胸を張ってみせる。けれどその動作こそが、シャツの隙間からあの赤いレースを覗かせる一番の近道だということに気づいて、すぐに顔を伏せた。
「……そう?どこか、苦しそうに見えるけど」
アウスがそっと、ボクの肩に手を置く。その指先が、ちょうど下着のストラップがある位置に触れた。
「ひっ」
ボクは過剰に肩を跳ね上げ、アウスの手を振り払う形になってしまった。
「……ごめん。その、びっくりしただけなんだ」
「……ごめんなさい、私こそ」
アウスは少し悲しそうに目を伏せる。彼女が少し前かがみになったとき、その豊かな胸のラインが、ゆったりとしたローブを押し上げているのが見えた。
あんな風に、自然で、豊満で。もし彼女がボクと同じものを着ていたら、きっと『下着』の方が喜ぶんだろうな、なんて。
そんな場違いな劣等感が、恥ずかしさに混ざって胸をチクりと刺す。
「あーあ、ヒータったら。せっかくお出かけなのに、そんなにツンツンしちゃって」
ウィンがボクの腰に腕を回して、じゃれついてくる。
「わっ、やめろ!ウィン、離せ!」
「えー、いいじゃん!減るもんじゃないし!」
ウィンの指が、ボクの腰骨のあたりに食い込む。そこには『あの下着』の、最も過激な意匠を凝らしたパーツがある。
布なんてほとんどない、ただ紐が交差しているだけの、あそこ。
ウィンの手の熱が、薄い布を隔てて直接伝わってくる。
彼女の無邪気な好奇心が、ボクが必死で守っている『秘密の境界線』を土足で踏み越えてくる。不審がられないように、ボクは笑っていなければならない。けれど、この無邪気な接触のたびに、服の下の『赤』がボクの肌に強く意識を刻み込んでくる。
「……っ、ふ、あ」
変な、吐息が漏れた。
ボクは慌てて口を塞いだけれど、もう遅い。
隣を歩いていたエリアが、足を止めてジロリとボクを睨んだ。
「ヒータ。……あなた、今日やっぱり変よ」
「そ、そんなこと、ないって。ボクはいつも通り……」
「いつも通りなら、そんなにビクビクしないわ。まるで、何か悪いことでもしてるみたい」
エリアの言葉に、心臓が爆発するかと思った。
「悪いこと」
そう、これはある種の背信行為だ。
みんながいつも通り、誠実に霊使いとしての絆を深めている中で、ボクだけが服の下に、こんなふしだらな――似合わないと分かっているのに、それでも手放せなかった――ものを着込んで、勝手に一人で熱くなっている。
ボクの視界が、恥ずかしさで白んでいく。
けれど、その恥ずかしさの裏側で、妙な高揚感がチリチリと燻っていた。
誰も知らない。
エリアも、ウィンも、アウスも。
彼女たちが信じている「ぺったんこで、ガサツで、いつも通りのヒータ」のすぐ裏側に、こんなにも赤くて、熱くて、ひどく無防備なボクが隠れているなんて。
彼女たちがボクに触れるたび、その『秘密』との距離がゼロになる。
その危うさが、ボクの感覚を研ぎ澄ませ、心臓の鼓動を狂わせる。
「あ、見て!ヒータに似合いそうなアクセサリー!」
ウィンが指差した先には、燃えるような赤い宝石をあしらったペンダントがあった。
「本当ね。ヒータ、あててみたら?」
エリアがボクの背中を押し、店先へと促す。
店主の老人が、にこやかにボクたちを迎える。
「おやおや、仲の良いお嬢さん方だ。そちらの薄着のお嬢さん、この赤は、あなたにぴったりだ」
老人は、ボクの胸元にペンダントを掲げた。
鏡を見る。
赤い宝石の輝き。そのすぐ下、チューブトップで留められたシャツの隙間。
影になっている部分に、確かに、あの情熱的な『赤』が沈んでいた。
「……っ」
ボクはたまらず、自分の胸元を両手でギュッと押さえた。
「あ、いいよ!いらない!こういうの、ボクには似合わないから!」
「ヒータ?」
ウィンの不思議そうな声。
「……もう、帰る!ボク、先に帰るから!」
ボクはみんなの制止も聞かず、脱兎のごとく駆け出した。
背後でエリアやウィンの呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返る余裕なんてなかった。
走るたび、全身の感覚が『そこ』に集中する。
薄い胸を確かに締め付けるレース、肌を噛む紐、股座をくすぐるシルク。
ボクは今、確かに世界で一番恥ずかしい姿をしている。
けれど、夕暮れに染まる街を走り抜けながら、ボクの口角はほんの少しだけ、震えながら上がっていた。
***
誰もいない自室に飛び込み、バタンと扉を閉める。荒い呼吸を整えながら、ボクは逃げるようにシャツとチューブトップ、そしてミニスカートを脱ぎ捨てた。
露わになる、夕闇に沈んだ真紅。
「……はあ」
大きく息を吐き、改めて鏡の中の自分を見つめる。
情熱的な深紅のレースが、ボクの白い肌を侵食するように這っている。
それは、今日一日、ボクをずっと支配していた、小さくて不器用な反逆の証。
あいつらの無邪気な視線や指先に晒され続けたこの『赤』は、ボクの肌に消えない熱を刻みつけていた。
指先で、そっと胸元のレースをなぞってみる。似合わないと思っていた。不釣り合いだと思っていた。でも、鏡の中のボクは、いつものガサツな自分とは違う、もっと脆くて、もっと熱い、名前のつかない感情をその瞳に宿している。
「……変なの」
あんなに恥ずかしくて、逃げ出したいほどだったのに。シャツを羽織り、わざと前を大きく開けてみる。チューブトップはまだ脱いだままだ。鏡の中のボクは、無防備な霊使いの姿をしていながら、その実、誰にも触れさせない秘密の鎧を纏っている。
この下着がボクを女の子にしているのか、それとも、ボクがこの下着に呪われているのか。どちらでもいい。ただ、この締め付けられるような感覚が、今は少しだけ愛おしく感じられた。
ボクはもう一度、鏡に映る『赤』を指先で弾いた。明日も、ボクはいつも通りシャツの前を開け、チューブトップを重ね、あいつらと笑い合う。その足元で、この情熱が密かに燃え続けていることを、ボクだけが知っている。
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